問い1:誰に許可を得たのか。
──あなたのご両親に
さも当たり前のように八幡は言った。
俺の許可は、と訊けば、何故それが必要なのかと言いたげにきょとんとした顔をしていた。
クール系な八幡にしては珍しい表情だが、それすら様になる顔の良さに少し腹が立つ。
しかし騙されてはならない。
コイツは素知らぬ顔で我が家への引っ越し計画を進めていたトンデモベーシスト。
顔の造りが良いからと言って絆されるようでは、この先やっていくことは出来ないだろう。
問い2:いつ許可を得たのか。
──あなたの入院中に
曰く「あなたと話すよりずっと機会がありましたよ」とのこと。
確かに目覚めてから暫くは発熱したり身体の節々が痛みを訴えたりで、寝ている時間の方が多かった──無理に起こす訳にもいかないだろうし、その間に俺の親と話すチャンスは幾らでもあるだろう。
しかし、それなら何故一言でいいから俺に言ってくれなかったのか。
言ってくれれば色々と対応出来たのに。
どっちみち入院しているから話す意味はない?
それはそうだ。
けど、こう……何かあるだろう、何か。
当人抜きで話が纏まることの異常さを、八幡には是非もっと自覚して欲しい。
問い3:目的は何か。
──あなたの面倒を見るためです
──後、花咲川に近いので
正直、右目が見えないというハンデには未だに慣れていない。
家に帰ってくるまでの間だけでも電柱に何度か体をぶつけそうになり、隣を歩く八幡に怪訝な顔を向けられていた。
折れた腕も治ったが、万全と呼ぶには程遠い。
日常生活を送る上で、見知った人間の助けを得られるなら心強いだろう。
ムジカの活動で何かと忙しい八幡にしても、通学が楽になるならそれに越したことはない。
お互い良いこと尽くしでWIN-WINだ。
──そんな訳あるか
あまりにスラスラ答えるものだから危うく丸め込まれそうになったが、そうはいかない。
単純な話として俺は男、八幡は女。
しかもAve Mujicaのベース担当。
全国ツアーをやるレベルで有名バンドのメンバーが男と同じ屋根の下で過ごしているとすれば、それはスキャンダルに他ならない。
況してやAve Mujicaはつい最近まで解散騒動で大きく揺れていたグループだ。
特に疚しいことが無かったとしても、1LDKに男女が二人となれば下衆の勘繰りは避けられないだろう。
「……?それが何か?」
「いや、何かって……」
「特に咎められるようなことはしていないですし、取材が来るなら包み隠さず話せば良いでしょう」
「……いや、それはそうだけど」
「ああ、勿論ムジカのメンバーも了承済みです」
しかし、八幡から返ってきたのは「どうでもいい」というシンプルな一蹴。
心底問題ないと思っていなければ出てこないであろう返答に、こちらも閉口するしかなかった。
加えて、ムジカのメンバーも後押ししているとのこと──いや何やってるんだあの人たちは。
家出からの同棲とか言う弾けたコンボを決めているらしい豊川さんと三角さんは兎も角、祐天寺さんはその辺りのリスクを理解しているだろうに。
誰か止める人はいないのか。
若葉も当てにはならないだろうし、こうなると揃いも揃って正気ではないと見える。
そうしてげんなりする俺に、八幡は告げた。
「信用してください」
何か言い返そうとして、ぐっと言葉に詰まる。
──これだ
コイツの口から出るこの言葉に、俺は弱かった。
八幡が何かにつけて「信用」と口にするようになったのはかなり最近のことだ。
けれど、それに対する拘りの強さを見れば如何に他者からの目線を気にしているかよく分かる。
直接聞いたことはないが、きっと信頼関係で何かしらの深い傷を抱えているのだろう。
そのトラウマのせいで、他者と歩み寄りたいのにいざそうなったら後退りしてしまう難儀な状態にあるのは、俺のような鈍い人間でも感じ取れた。
何十ものバンドで雇われ傭兵みたいなことをやっていたのも、そういう事情があるに違いない。
しかし、だ。
「お前、そういう距離の詰め方をするやつだったか?」
「何が言いたいんですか」
分からない振りをする八幡。
だが俺は知っている。
八幡の感情は表情ではなく行動に顕れる。
「お前は俺の世話を焼くようなヤツじゃないだろ」
「……」
「いや、責めてるんじゃなくてな。こういう時、お前は何でもないように接してくるもんだと思ってたが」
よもや気のせいではあるまい。
彼女らしくない、強引なやり方。
一定の距離を保ちたがる八幡が、自分から進んで距離を詰めるようなことをするだろうか。
ムジカの仲間たち相手ならまだしも、俺なんかに。
所詮は知り合い以上友人未満でしかない俺を相手に、此処まで親身になる理由があるのか。
その疑問を口に出せば、八幡は一瞬ムッとしたような顔をし──やがて、俯きながらポツリと呟いた。
「全部、あなたのせいじゃないですか」
「俺の……?」
「後は自分で考えてください。それでは」
「いや、おい……」
捲し立てるように言うだけ言って、八幡は隣の部屋──今日付けでアイツの部屋になった、に引っ込んでいく。
ポツンと取り残された俺に出来ることと言えば、精々溜め息を吐くことくらい。
「……何なんだ」
前から八幡のことはよく分からなかったが。
今日の八幡は、何時にも増してよく分からない。
一月前の八幡海鈴にとって、
出会いも、大して劇的なものではない──一人暮らしを始めたは良いものの、持ち前の方向音痴を発揮し右往左往していた彼に道を訊ねられただけ。
それが何度か続いて、気付けば道案内の最中に軽い世間話をするようになったり、互いが住んでいる場所を知るようになった、それだけの関係性。
今から思い返すに、相手のことをよく知らないのが逆に良かったのだろう。
全く己の事情に無関係な外野の方が気楽なこともある、人間関係とはそういうものだった。
──尤も、今の海鈴はその浅はかさを恨んでいるが
つくづく人間は学ばないものですね、などと心の中で自嘲すらした。
信用を得たいのなら、相手の懐に飛び込むしかない──たとえどれだけ深く、拭い難いトラウマを抱えていたとしてもだ。
僅か数ヶ月前、そう言った部分を避ける姿勢を「本当にムジカやってたの?」だとか「信用出来ない」と立希に咎められたばかりなのに、この始末。
況して、それが自分たちが起こした騒動のために奔走していた相手なら尚更だ。
当時再結成のため動き出した海鈴とモーティスの間を取り持ったのが彼なのだから、最早ムジカにとっても無関係とは言えないだろう。
それを、海鈴は見過ごした。
彼なら大丈夫だろう、と。
近付けば程々に遠ざかり、遠ざかればその分だけ近付いてくる雪に、海鈴は聖域を見出だしていた。
MyGOの一部に祥子や睦と言ったCRYCHICに関係がある人物でありながら、彼女たちから距離を置く彼を……そう、
誰も彼に踏み込まず、彼もまた誰かに踏み込まない──全ての他者に作っていた壁の内側で、自分だけは絶対に距離感を間違えないのだと。
その結果、想像以上に信用を重く見ていた雪は海鈴を庇ってトラックに轢かれてしまった。
自分が轢かれれば良い、などとは決して思わないが、だからと言って彼が轢かれるのを許容する道理も有り得ない。
──二度同じ過ちを繰り返すつもりはない
力なく横たわる体も、あってはならない方向に曲がった右腕も、強く縁石に打ち付けた顔面から広がっていく血の溜まりも、見るのは一度で十分だ。
感じて、記憶するのはあの時背中を突き飛ばした熱だけで良いし、関係性は至上の信用を得て、至上の信用を送るものに決まっている。
そのための布石は、もう打った訳で────
「海鈴」
突然机に置かれた紙パック飲料に、顔を上げる。
よく見知った顔があった。
「何してんの?」
「何、とは?」
「海鈴が何もないのに教室に留まってずっとスマホ見てるって、珍しいでしょ」
「立希さんこそ。今日は練習だと聞いていましたが」
「燈が何か用事あるらしくて、今日は流れた」
「そうですか。こちらも似たようなものです」
「珍しいね」
椎名立希との会話は、海鈴にしては軽妙で砕けたもの。
それだけ気が許せる相手であるということだ。
ムジカを除いて海鈴との距離がこれだけ近いのは雪と彼女くらいのものだろう。
そして、CRYCHIC絡みで何かあったのか彼女は雪に対してあまり積極的な態度は取らない。
その辺りはいずれ当人から聞き出すとして、一先ず聖域を侵される危険性は低いと判断した海鈴は肩から力を抜いた。
「ムジカは荒れてますよ。前の時ほどではありませんが」
「……それは、アイツのことで?」
「アイツが
さりげなく親密なアピールを交えながら、海鈴は溜め息を吐く。
事実として、ここ一月と少しの間ムジカは荒れに荒れていた。
無論ライブや練習で音を外すなんてヘマはしないし、インタビューでの受け答えだって完璧に流してみせた自信がある。
しかしその一方で、全員心のどこかに彼の存在が引っ掛かっていたのは確かで──特に当事者である海鈴と、何かにつけて重責を引き受けがちな祥子は事故の影響が強かった。
それは最早思い詰めると言う域を通り越して、ムジカの特徴である演劇に不安や焦燥を織り込んだ内容が見え隠れする始末。
観客の受けはすこぶる良かったが、当人たちからすれば傷を抉って直視する自傷行為でしかない。
不幸中の幸いは、荒れる要因がムジカの「外」にあることか。
祥子を中心として改めて団結したAve Mujica。
その結束自体は欠片も損なわれていないばかりか、彼女たちの決意はこれまでより更に深く強固になっていた。
彼に右目を差し出させて生き永らえたバンドをそう簡単に終わらせてなるものか、というプレッシャーが皮肉にもムジカのパフォーマンスを一段階上に押し上げていたのだ。
しかし、それは後のペースを考えない全力疾走でもあって──これではまた睦のように誰か壊れかねないと危惧した初華と若麦の手によって、今日は強制的に休みとされた……と言うのがここまでの経緯だ。
今頃、祥子も初華によって何かしらのメンタルケアが行われているだろう──ここまで散々理不尽に打ちのめされ、尚も立ち上がってきた彼女の心配は海鈴はあまりしていなかった。
距離を置いた考えではなく、ムジカの一員として信用しているが故の判断は、彼女のスタンスが変わりつつあることの証明。
今の八幡海鈴は、本気でムジカをやっている。
が、しかし自己診断能力には大いに疑問を抱えていた。
(別に帰っても、良かったのですが)
三軒茶屋のマンションではなく、彼の住むアパートに。
それが最も正しく、信用される選択肢だと海鈴は断定する。
何せ雪はまだ危うい。
腕は完治し、もう通学も再開したとは言え、右目が見えない生活に慣れているようにはとても思えない。
しょっちゅう物や曲がり角に肩をぶつけたり、視界の狭さに困惑している様を見れば安堵よりも心配が勝るのは自然な話だ。
況して包丁を握って料理など、もう危険過ぎてさせられない。
海鈴による信用の返済方法は、彼の生活を補助してこれらの危機から遠ざけること──聖域を守り、聖域から信用を受け取ることで彼女が理想とする信用のバランスは成立する。
──ただ、家に帰るのは彼がいてこそ
彼の家は彼が居てこそ聖域足り得るのであって、彼がいなければただの1LDKに過ぎない。
加えて元来のストイックさと手際の良さで家事は粗方片付けてしまったので、帰る意味がないと言うのが正直なところだった。
これならジムに行ってトレーニングするなり、RiNGに行ってベースの練習をするなりした方が余程有意義だろう。
だが、それをも退ける理由が今の海鈴にはある。
「……何見てんの?」
「これですか?」
「海鈴、位置ゲーとかやるタイプだったんだ。意外」
机に置かれたスマートフォンの画面。
そこに映し出されているのは、簡略化された地図と時折小さく動く赤い点。
立希がそれを見て思い当たったのは、少し前に流行った所謂位置ゲーだが────
「ああいえ、違います」
海鈴は、ほんの僅か笑みを浮かべて首を振る。
「これは、雪さんの位置情報です」
「はあ!?」
かつて、海鈴はムジカの演劇の中で騎士のように剣を持ったことがあった──
しかし今その忠節は、彼に対して向けられている。
そして、文字通り
位置共有アプリは、そのための手段の一つに過ぎない。
まあ、「危ないですから」「信用してくれないんですか?」とゴリ押ししたらアプリを入れてしまう彼にも非が無いと言えば嘘になるが。
ともあれ、これが海鈴が教室に留まっていられる理由だ。
雪のスケジュールは完璧に把握しているし、不測に備えて位置情報まで監視しているのだから焦る理由など何もない。
これから彼は一月振りの写真部へ赴く筈だから、もう少し時間を潰してからジムに行くなりしてもまだ余裕がある。
「いや、海鈴。ヤバいよそれ……」
「そうですか?まあ、勇み足だった可能性は──」
そうしてあまりに重い信用と管理体制に表情を引き攣らせる立希に気付かぬまま、海鈴はほんの少し満足気に視線を戻し────
「なっ、あっ……!?」
赤点が、高校の外──予想していた方向とは正反対に動き始めた状況に、思わず頓狂な叫び声を上げてしまう。
何だってこう、思い通りに行かないのか。
一月前だって、そうだ──彼は海鈴にとっての聖域なのに、自分から他者を立ち入らせようとする。
全く自覚が無いまま、二人だけの心地好い距離感に他人を迎え入れようとしてしまう。
それが許せないし、何故そんなことをするのかと悲しくも思う。
「海鈴?」
「すみません、用事が出来ました」
「ちょっと、何処行くの!?」
二度と汚されてなるものか。
そう決意した海鈴は、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がるや否や猛然と走り出した。
マトモな喫茶店に入るのは、久し振りだった。
男子高校生が複数人でどこかに寄るとなれば、ファミレスやラーメン屋になる場合が多い。
何故そうなるのかと言えば、話すよりも食べることに重きを置いた結果だろう。
良くも悪くも大雑把で淡白、それが男子校の常。
だからこそ、花の女子高生二人と小洒落たカフェでお茶をする、という状況そのものが俺にとって全く未知の領域となる。
「ねぇともりん、ここのパフェ盛り付けスゴくない?」
「う、うん……層が凄くて、美味しそう」
「写真撮って後でリッキーに送っちゃおっと」
対面で仲睦まじくパフェに目を輝かせる彼女たち──MyGOの千早愛音と高松燈を前にして、俺はただ黙してスプーンを口に運ぶのみ。
八幡くらい女子高生らしさに欠けているのが相手ならまだしも、この二人を前にして俺のような人間で対応が務まる筈がない。
コミュニケーション能力が云々以前に、男子校生活は女子との話し方を綺麗さっぱり頭から消し去ってしまったのだ。
──いや本当に、どうしてこうなった
事が起きたのは、僅か数十分前。
久し振りの授業をなんとか乗り越え、写真部へ顔を出そうと鞄を肩に掛けたまさにその時。
教室に駆け込んできた友人に「校門の外でお前を呼んでるヤツがいる」と教えられ、何事かと思いつつ行ってみれば何と千早さんと高松がいたのだ。
勿論学校中の奴らに二人と話す瞬間は見られているし、何ならこうしてカフェでパフェを食べている瞬間だって見られている可能性は高い。
出逢いに飢えた友人たちに問い詰められる明日の俺を考えると、ほんの少しげんなりするが──その一方で、どこか胸が弾むような気持ちを覚えているのもまた事実だった。
「……良かったな、高松」
「ぉ……えっと、何が?」
「楽しそうなお前見るの、久し振りな気がする。良い友達ができたんだな」
「うん……あのちゃんは、大切な友達」
CRYCHICがバラバラになった時の憔悴した燈の姿は、もう見ていられなかった。
結局苦しみに寄り添ってやることも出来ず、罪悪感から避けるようになっていたヤツが何を言う、と自嘲する自分もいる。
けれど、新しいバンドで新しい途を歩いている幼馴染みの姿を見れば、自然と笑みが漏れてしまうのも仕方ないだろう。
胸の前で拳を握り、一つ一つ言葉を選んで千早さんとの強い友情を語る燈は中学の時より遥かに成長したように思えた──それこそ、こんな彼女を見れただけで「今日は良い一日だった」なんて思うくらいには。
だが、それはそれとして訊かねばならないことがある。
「で、本題は?」
「ぉ、ぁ……その……」
そうして話題が飛んだり逸れたりパフェに舌鼓を打ちながら聞き取ったところによれば、どうやら燈たちがやっているバンドはアー写……所謂アーティスト写真を撮ろうと言う話になっているらしい。
MyGO!!!!!の評判は聞く限りかなり良好だし、これまで作ってきた歌の数からしてCDを欲しがるファンが出てきたっておかしくない頃合いだ。
そう言った時に備えつつ、宣伝のための新しい一手を打つのは賢い選択だろう。
──ところが、だ
MyGOのメンバーは全員写真撮影に疎く、意見が纏まらないせいでその話は流れかけているのだとか。
一応ライブハウスRiNGのスタッフに頼めば撮ってくれそうではあるが、画角や衣装にこだわりたい千早さんとしては適当に一枚撮るだけでは物足りない。
燈としても、折角のアー写なのだから良いのだと嬉しくなるし──二人で知恵を搾った結果、写真撮影が趣味の俺を頼ることにした、と。
どうもそういう経緯らしい。
「にしても、よく俺がここに通ってるって分かったな。誰から聞いたんだ?」
中学まで燈の家は隣だったが、両親が地方に転勤するのに合わせて高校から一人暮らしを始めた俺の家を知っているのは八幡くらい。
罪悪感で通う高校も燈には伝えていなかったし、CRYCHICの面子とは殆ど連絡を絶っていたから俺がどこで何をしているかなんてまず分からない筈。
もし八幡以外で知っている人間がいるとすれば────
「ん〜?そよりんが教えてくれたよ?頼んだら『教えてあげるから、後は好きにして』って」
「アイツ……」
まあ、長崎そよ以外いるまい。
燈や椎名の連絡先は消したままだが、そよとはモーティスの面倒を一緒に見た時にまた繋がりが復活していた。
と言っても何か用がない限りは一切動かない、緊急時のホットラインみたいな扱いだが──それより、素直に千早さんに俺の事を教えた方が意外だった。
何せ、アイツは俺を嫌っている。
勿論その原因はCRYCHIC解散時に動けなかった俺にあるし、嫌われて当然だと思う。
しかしこうして情報を明かしたということは、俺がMyGO!!!!!に関わるのを認めたのとほぼ同義。
若葉のような共通する懸念事項がなければ顔を会わせる機会は無いと考えていたが、アイツの心境にどんな変化があったのだろう。
そして、そういった事情を踏まえて答えるならば。
「……ごめん。正直YESともNOとも言えないかな」
目のことがあるからさ、と戯けてみれば分かりやすく燈の表情が翳る。
──またしくじった
片目が写真撮影に大きな影響を及ぼしたと考えているのだろう。
良くも悪くも軽く流しがちな男子校のノリで話題に挙げてしまったが、燈みたいな優しいヤツが聞けば気にするに決まっている。
普段は優柔不断な癖に、何でこういう時だけ軽々しく他人の気持ちを考えない言動に走ってしまうのか。
けれど、それだけではない。
事故が関係無いと言えば嘘になるが、俺が返事を出せない理由は目が全てではないのだ。
「人、全然撮らないんだ」
「え?」
「別に決められてる訳じゃないけど、何となくね」
コンテストやコンクールに出す写真は、もっぱら風景などを撮ったもの。
たまに生き物も撮ったりはするが、基本的に人をレンズに入れることはない……
平たく言えば、逃げの一手だ。
踏み込むのが怖くて、距離を置こうとしている。
「あー、そうだったんだ。ごめん、無理言っちゃって……」
「いや、気にしないでよ。俺もあまり力になれなくて……」
だが、もっと早く気付くべきだった。
「……うそ」
「ともりん?」
燈が俺を見ている。
瞳に強い光を宿して、しっかりと俺の心を捉えている。
そうだ、そうだったじゃないか。
昔から、高松燈という人間はそうだった。
俺なんかよりずっと意志が強くて、誰に何を言われても自分が歩くと決めた道を進み続ける凄いヤツだった。
「それは、嘘、だよ……雪くん」
そんなヤツの前で他者に踏み込む姿を見せようものなら。
燈も思い切り踏み込んでくることくらい、少し考えたら分かっただろうに。