地の底にて   作:イナバの書き置き

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高松燈:いつも心に太陽をII/八幡海鈴:聖域Ⅲ

 

 ──何回間違えれば、気が済む

 

「嘘?ともりん、どういうこと?」

「だ、だって、これ……」

 

 舌打ちが思わず出そうになった。

 燈は特別察しが良い訳ではないけれど、昔から他人の気持ちだとかそう言ったものに対する感受性は人一倍強かった。

 そんなヤツの前で軽率な逃げに走れば容易く見破られることくらい、知っていただろうに。

 そうしてあまりにも浅ましい失態を噛み締める俺の前で、燈が鞄から取り出したのは一枚の写真。

 

「わ、これ昔のともりん?」

「うん。小学校を卒業する時、雪くんが撮ってくれた……大切なもの」

 

 覚えてる、よね。

 おずおずと、しかし確信を持った問いかけに俺は俯くしかなかった。

 忘れる訳がない。

 中高一貫の男子校に通うことになったから一緒に遊べる頻度は少なくなるけど、ずっと友達だって。

 中学の卒業式にはもっと良い写真を撮りに行ってやるから、その時に返してくれって。

 そう言って、親のお下がりのデジタルカメラで撮った燈の写真──気合いが入り過ぎて逆に固くなっている顔を、絶対果たすと誓った約束を忘れる理由が一体どこにあるというのか。

 

「それに、中学に入ってからも時々撮ってくれて……」

 

 中学の入学式のもの、久し振りに二人で遊んだ時のもの、ちょっと遠出して天体観測した時のもの。

 箱をひっくり返したみたいに、思い出の写真が次々に出てきて──どんな顔をして並べられるそれらを見ればいいか、分からなかった。

 収集癖のある燈らしく順番に整理されていて、シワや濡れた跡もない──「本当に大切にしてくれていたんだな」と思うと同時に「だったら何で約束を破った」と己を責める声もする。

 

「えっと、最後のこれは────」

 

 勿論、答えは知っていた。

 

 

「CRYCHIC」

 

 

 燈が、千早さんが口を噤む。

 

「ライブの前に撮ったやつ。記念になるからって」

 

 そうだろうとも。

 あの時は、こんなに仲良くて凄いバンドが解散するなんてこれっぽっちも思っていなくて、絶対大成功するから記念に残しとくべきだって。

 買ったばかりの新しいカメラで一枚撮って──それを現像する頃には、もう全てが終わっていた。

 それは自責の念に苛まれる燈に渡してしまった、過ちの塊に他ならないのだ。

 

「悪かったと思ってる。あの時は相当思い詰めてたのに、追い打ちみたいな真似をして」

「ううん。嫌じゃ、なかった」

 

 燈はそう言うだろう。

 そして、本当にそう思っているのだろう。

 ずっと昔からそういうヤツだった。

 自分がどれだけ辛くても他者から齎されるものを素直に信じられる、燈のそういう善意を俺は心の底から尊敬していた。

 でも、だからこそ。

 

 

「──でも、俺は自分を許せない」

 

 

 いっそ残った左目も抉り出してしまいたいくらい、その写真は俺の罪悪感に爪を立ててくる。

 こんなものを撮っている暇があったら、燈に直接言葉の一つでもかけてやれば。

 何とかしようとして、どうにもならないまま失意に沈んでいくそよの手助けでもしてやれば。

 豊川さんが陥った重過ぎる家の事情を、少しでも探ろうと試みていれば。

 誰より正しい怒りを抱えていた椎名の鬱憤を、僅かでも晴らせてやれたら。

 

 何かが、変わっていたかもしれない。

 

 何も変わらない可能性の方がずっと高い。

 とっくに過ぎたことだとも分かっている。

 幾ら後悔したってもう何の意味も無くて、ただ心が腐っていくだけだ。

 でも、有り得たかもしれない「もし」が頭を過るたびに鬱屈とした気持ちになるものだから、人を撮ろうという気はとても起きなかった。

 言葉は足りていないが、それは燈にも伝わっている筈だ。

 

「って言っても、高松は諦めないよな」

「……うん」

 

 睨み合う、と言うほどではなかった。

 高松と喧嘩なんて絶対に御免だ。

 写真についての非は約束を破り、嘘を吐いた俺にあるのだから、最初から勝ち目なんて無い。

 そもそも、燈を相手に勝ち負けを競おうとも思わないし──あれだけ酷いことをしたのに、また悲しませるような真似をするのは避けたかった。

 それだけは、何があっても。

 

 

「……分かった」

「雪くん……!」

 

 

 だとするなら。

 結局、俺が折れるしかないだろう。

 燈と喧嘩なんてしたことはないが、やりたいことに合わせてやるのが何だかんだで一番上手く回るのだ。

 

「少し考えさせてくれ」

「えっと、どういうこと?」

「どっちみち目のことがあるから、納得いくものが撮れるか分からないんだ。だから答えはその辺りを試してからにする。燈も千早さんも、それでいいだろ?」

「考えてくれるだけでも十分だよ!ねっ、ともりん!」

「うん……うんっ!」

 

 大袈裟なくらい全身で喜びを表現する燈の姿に、此方も毒気を抜かれてしまう。

 そう、態々瘡蓋をひっぺがさなくたってギクシャクする相手とやっていく術はある──昔のように、といかないのは些か残念ではあるけれども。

 それでもやっぱり、燈が喜んでいるのを見てるだけで自分も何だか嬉しくなってくるのは変わらない。

 アイツが生き生きとしているならこちらも自然と元気が出てくるし、反対に悲しんでたり悩んでたりするとどうにか助けてやりたくなる。

 多分、俺にとっての燈は太陽みたいなものなんだろう。

 

 だから、がっかりはさせたくない。

 

 取り敢えず、家に帰ったらカメラの調子を確認する必要があるだろう。

 そもそも部活以外であまり触っていなかったのに、一ヶ月も入院していたせいで段々と手が撮影の感覚を忘れ始めているし──右目の喪失がどう影響するのかも、実際にやってみないと分からない。

 だが、何にせよやってみよう。

 為せば成る、とも言う訳だし。

 八幡に一歩踏み出せたみたいに、燈にだって。

 そう決意を改めて、顔を上げて。

 

 

 

「何をしているんですか、こんなところで」

 

 

 

 制服姿の八幡が、どこか冷めた瞳でこちらを見下ろしていた。

 

「あれ?八幡さん?」

「ああ、どうも千早さん。その節はお世話になりました」

「ううん。全然良いんだけど……どうしたの?」

「実は、そこの彼……御嶽さんに話がありまして」

 

 目を丸くしてまた口をつぐむ燈に、驚きつつも突然現れたアイツに質問を投げかける千早さん。

 おかしなところは、殆どない。

 強いて言うなら放課後になった途端いつものパンクスタイルに着替えるのが習慣らしい八幡が、花咲川の制服を身に着けたままであること。

 あまり見ない格好に新鮮なものを覚えたが──それよりも「何故」が募る。

 

 ──何故

 

 確かに、八幡は俺の居場所を把握することが出来る──強引な押しに負けてインストールした位置情報共有アプリのせいで、現在地は常に筒抜けだ。

 それ自体は良い。

 いや、あんまり良くはない。

 特別踏み込んだ関係でもない相手に色々知られているのはちょっとどころではなくおかしい。

 とは言え八幡が本心から俺を心配してくれているのは分かるし、気遣いを無下にするつもりはなかった。

 

 ──なのに、何故

 

 幾ら右目が潰れたって、俺は高校生。

 不意に予定が変わることくらいそう珍しくはない。

 帰りに寄り道をしたくなることだってあるし、そのまま流れで友達と夕食に行くケースもまま起こり得る。

 それがたまたま顔見知りの千早さんと燈で、写真部へ顔を出すのを一旦後回しにするのがそんなに気に障ることなのか。

 俺が朝伝えた予定と異なる行動を取ることは、そこまで八幡にとって重要なことなのか。

 

 そうではなかった筈だ。

 

 以前の八幡はこちらの事情なんてお構い無しにやって来て、好き放題やっては帰っていく台風のようなヤツだった。

 そして、台風は通り過ぎるもの。

 今の八幡のように、誰かの周囲に留まるような性質ではない。

 ムジカという居場所を得てその性質は変わりつつあるのだろうが──それにしたって様子がおかしい。

 大体、以前の八幡は何十ものバンドを平気な顔で掛け持ち、ムジカのスケジュールも管理する超人だったではないか。

 特にムジカなんて全員有名人で忙しいからリスケが頻発していた筈──もし八幡がその度に動揺するような人間なら、今頃憤死しているのが自然だろう。

 

 だったら、何か理由がある筈だ。

 今回に限って、ここまで冷たい怒りを湛える理由が────

 

 

「ほら、行きますよ」

「おい、八幡……っ」

 

 

 だが、考える時間は与えられない。

 右側の視界が欠けているのをいいことに腕を掴まれ、ぐいと立ち上がらせられる。

 そのまま腕を引っ張って歩き出す八幡に「金払わないと」と抵抗すれば、踵を返したアイツは唖然とする二人のテーブルに何枚か札を置いて足早に戻ってくる。

 口を挟む暇すらない、僅か数十秒の出来事。

 そうして、店を出て暫く歩いた後──八幡が突然立ち止まる。

 

「急にどうしたんだよ────」

 

 八幡、と続けようとして、続けられなかった。

 訳も分からないまま振り回される苛立ちも、一瞬で消えた。

 

 

「そう、ですね」

 

「本当に、どうしたんでしょう、私は」

 

 

 泣いていた。

 およそ泣いている姿なんてこれっぽっちも想像出来ないストイックなベーシスト八幡海鈴が、子供みたいにポロポロと涙を零していた。

 

「俺の、せいか」

 

 また、人を泣かせた。

 

「ごめん」

 

 何故そうなったのかは分からないけど、きっと俺のせいだ。

 CRYCHICの時もそうだが、俺は誰か傷つけてばかりな自分が嫌いで嫌いで仕方が無い。

 燈みたいに言葉で人の心を動かすことも出来ない、八幡のようにベースでバンドを支えることも出来ない、そんな人間に心を抉る能力だけは持たせた神様が恨めしくて仕方が無い。

 

「……っ、あなたが謝ることではありません」

「そっか」

「……信用してくれないんですか」

「いや、信用してる。嘘じゃない」

「だったら、どうして────」

 

 でも、八幡はそんな俺を見捨てないでいてくれる。

 信用してくれている。

 だったら。

 もし俺に、許されるなら。

 

 

「分からないんだ、本当に」

「……」

「だから、話そう」

 

 

 ちゃんと、話したい。

 俺の何が八幡を傷つけてしまって、これからどうしたらいいのか。

 他の何から逃げてしまったとしても、八幡には誠実に向き合って与えられた分の信用を返してやりたい。

 それが、不甲斐ない俺にとってせめてもの恩返しなのだから。

 

「折角だから、何か美味しいもの……ケーキでも買ってさ」

「……」

「八幡は普段色々制限してるんだから、たまには好きにしたっていいだろ?」

「……」

「……どうかな」

 

 なんて言ってはみたものの、浅はかな御機嫌取りだとは自分でも思う。

 それでも、今一瞬八幡が泣くのを止められるならそれでいい。

 八幡には、泣いてるよりは何考えてるんだか分からない例の仏頂面でいて欲しい。

 

 

「……チーズケーキで、お願いします」

「……いいよ、今日は奢る」

 

 

 そのためなら幾らか懐が寂しくなるくらい。

 大したことは、ない筈だ。

 

 

 

 

 

「何だったんだろ。何かあったのかな?」

 

 慌ただしく出ていく二人を見送りながら、千早愛音は首を傾げた。

 ムジカ解散騒動に巻き込まれたお陰で海鈴と雪に交流があるらしいことは愛音も知るところだったが、それにしては何か様子がおかしい。

 親密そうと言えばそう見えるし、何か捻れていると言えばそのように見ることも出来る。

 具体的な正体こそ掴めないものの、愛音の直感は「何か変」を敏感に感じ取っていた。

 そして、この直感は大抵当たる。

 愛音の他人の機微を読み取る能力の高さは、彼女と交流のある人間なら誰もが知るところだった。

 

(……リッキーなら、何か知ってるかも)

 

 海鈴と雪、両方に関わりのある人物と言えばやはり椎名立希以外いないだろう。

 と言っても雪は燈と同じように彼女との連絡も絶っていたようだから、聞けるのは主に海鈴に関する事柄になりそうだが。

 何にせよ、方向性を決めたなら後は速い。

 早速ポケットから取り出したスマホで、立希に連絡を取ろうとして──ふと、隣の燈がやたらと静かなことに気付く。

 

「……ともりん?」

「ここ、じゃない。こっち?でもない……」

 

 燈は、鞄の中身をひっくり返す勢いで一心不乱に漁っていた。

 

「ともりん、何探してるの?手伝おうか?」

「ぁ、あのちゃん。その……」

 

 愛音の言葉に、燈は一瞬言い淀んだ。

 それ自体は珍しいことではない。

 ただ、今の燈が発したそれは「言葉を上手く選べない」というよりも「言おうとしていることが正しいか分からない」ことによるもの。

 事実、燈は迷っていた。

 単に興味のあるものを集めるだけでなく、それを綺麗に整頓することにも満足感を覚える彼女は記憶力が非常に良い。

 どこで拾ったとか買ったとか、そういう事柄はつぶさに覚えている。

 

 

「──写真が一枚、足りなくて」

 

 

 だからこそ、記憶と符合しない。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

「え?」

 

 

 確かにライブの前に雪が撮った写真を燈は受け取った。

 でも、それが最後の一枚ではない。

 ライブが終わった後に、彼はCRYCHICのメンバー全員を収めた写真をもう一度撮っていた筈。

 最高のライブだった、と大袈裟なくらい褒めちぎりながら。

 そもそも貰っていなかったのか。

 それとも、貰っていたのに失くしてしまったのか。

 最も精神的に追い込まれていた時期の出来事故、燈は自分の記憶に確信を持てずにいる。

 

 

 

「どこに、いったんだろう……」

 

 

 

 それがあるのか、思い出せない。

 一度芽生えた違和感は、どれだけ鞄を漁っても拭えなかった。

 

 

▼▲▼▲▼

〔 石 拾 い の 唄 〕

 

 

い つ も 心 に 太 陽 を

 

聖   域

 

 

〔 信 用 中 毒 者 〕

▲▼▲▼▲

 

 

 

 自分は相当自制心の強い方だろう、と海鈴は考えていた。

 栄養バランスを考慮して間食や炭水化物を控え、バンドメンバーとの「適切な距離感」を保つため過度な主張は控える。

 立希や若麦辺りが聞けば真顔で「何言ってんの?」と返してきそうな主張ではあるが、兎に角当人はそう思っていた。

 しかし、近頃はこれが全く上手くいかない。

 ムジカの騒動以来バンド仲間たちに自分の内心を伝えられるようになってきてはいるが、それ以上に感情に振り回されているように思えてならなかった。

 

「……なるほど。そういうことでしたか」

「……そうなんだよ。別に疾しいことがあった訳じゃない」

「それは、理解しましたが」

 

 今日の件だってそうだろう。

 彼が買ったケーキをつつきながら、内心で溜め息を吐く。

 友人に誘われて予定が変わることくらいよくあること。

 サポートベーシストとして数多のバンドで数多の人間を見てきた海鈴は、そう言った事情を人よりよく理解している筈だった。

 それを、ほんの少し事前の想定と違っただけで「彼の身に何かあったのか」と慌てて駆け付けたせいで大事にしてしまった。

 挙げ句に、無事で良かったやら呑気に燈たちとパフェを食べているのに腹が立ったやらで、色んな感情が溢れて涙が零れる始末。

 

「一生の恥ですね」

「悪かったって。本当に」

「別にあなたが悪いとは言ってません」

 

 海鈴の古傷に「一人で早とちりした挙げ句泣き出してしまう」が追加されるのは、最早避けられまい。

 かと言って、午後九時を回ったこの時間からでは散財して晴らすのも難しい。

 斯くなる上は、食って飲んで消化すべし。

 カロリーのバランス調整は明日の自分が何とかしてくれるだろう──そう信じて海鈴はサイダーを思い切り呷った。

 

「それはそれとして」

「はい」

「次から予定外の行動を取るなら先ず連絡して下さい。一番最初に、私に」

「なんでですか」

「なんでもです。信じてください」

「……はい」

 

 八幡海鈴の美徳は切替の早さにもある。

 落ち込むだけ落ち込んだら、後はミスの根源を断つだけ。

 自身の信用と泣かされた負い目で彼をやり込めた海鈴は満足気に頷き、更に切り込み始める。

 

「そう言えば、MyGOのアー写を撮るんでしたよね」

「高松に頼まれてな」

「浮気ですか。出るとこ出ますよ」

「違う。それに出るってどこに出るんだ」

 

 不安が一つ片付いた今、関心は雪が受けた依頼の内容にある。

 彼の趣味が写真撮影であることは知っていた。

 ただ、やはり人を撮っているところは見たところがない。

 

「実際、どうなんですか。やれる見込みはあるんですか」

「分からん。右目が見えない状況で写真って撮れるもんなのか?」

「知りませんよ。気になるなら試してみたらいいじゃないですか」

 

 カメラはそこにあるんですし、と言い放ってから考え込む。

 試す。

 誰で。

 自然に考えれば、MyGOの誰かで。

 それは──それは、とても面白くない。

 

「……八幡?」

 

 その信用を受け取るべきは、自分ではないのか。

 いや、そうではない。

 御嶽雪は突然手に余るレベルの信用を勝手に押し付けてくる癖に、こちらが信用を返そうとしたり欲しいと思った時には遠ざかっていく人間だ。

 それは海鈴自身にも言えることだが、それはさておき気付いたのだ──こう言う手合いには向こうが寄ってくるのを待つのではなく、こちらから積極的に行く必要がある。

 そうでなくては信用の双方向性は成立しないと。

 

 

「私から、一つ提案があるのですが」

 

 

 故に、海鈴は今一度布石を打つ。

 

 

 

「ムジカのピンナップを撮ってみませんか?」

 

 

 

 ただし、今度はムジカを噛ませる形で。

 自分もバンドも全てを使って、八幡海鈴は彼からの「信用」をもぎ取りに行こうとしていた。

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

 

 ──間違えたかもしれない

 

 

 

 今さらのように後悔した彼女は、深い溜め息を吐いた。

 愛音に情報を与えたのは純粋に力を借りたかったのもあるが、それ以上に彼が心配だったから。

 本当に癪ではあるのだが、愛音のコミュニケーション能力はよく認めている──実際、今のMyGOがあるのは彼女の人と人とを繋げる力によるところが大きい。

 

 ──それでも、足りなかった?

 

 送られてきたメッセージを見る限り、今も彼はCRYCHICの件に深く囚われている。

 自分と同等か、下手をすればそれ以上に。

 そして病院で「今度は間に合った」と笑顔で話す彼は、明らかに越えるべきでない一線を越えかかっていた。

 間に合わせるためなら、平気な顔をして命を投げ出すほどに自分を追い込んでいた。

 当人に自覚はないのだろうが。

 

 本当なら、今すぐ頬を張って文句の一つでも言ってやりたいところだった。

 そんなことをしたって誰も救われない。

 誰かを悲しませるか、底のない沼に沈んでいくだけなんだよ、と。

 

「……はぁ」

 

 でも、言えない。

 彼女がそれを口に出すことが出来ない、単純にして最大の理由がある。

 

 

 

「別に、嫌いなんて一言も言ってないんだけどな」

 

 

 

 御嶽雪は、長崎そよに嫌われている。

 頑なにそう思い込んでいる。

 あの時から、ずっと。




◯最後の一枚
御嶽雪がライブ終了直後のCRYCHICを撮ったもの。
幸せだった頃の、最後の記憶。
高松燈の手に渡った、かと思われていたが…。
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