地の底にて   作:イナバの書き置き

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八幡海鈴:聖域Ⅳ/Ave Mujica:恐れるなかれⅠ

 Ave Mujicaは、控えめに言って多忙だ。

 何せ全員が有名人だ。

 人気アイドルユニットの一人である三角さん。

 演技、動画投稿、ムジカで三刀流の祐天寺さん。

 当人はかなり不本意だろうが、俳優と女優の娘としてメディア露出を求められる若葉。

 そして、リーダーとして全体の音頭を取りつつ作曲や衣装と言ったムジカの世界観作りを一手に請け負う豊川さん。

 

 八幡だって、例外ではなかった。

 

 何十ものバンドに助っ人として参加するアイツの名は、この大ガールズバンド時代でもよく目立つ。

 今でこそ本気で取り組むためムジカに一本化しているが、多忙振りは並大抵のものではない。

 食事の時間すら厳密に管理し、本番前の僅かな時間を仮眠に充てて睡眠の帳尻を合わせ、挙げ句にバンドのスケジュール管理までこなす様は、アイツの多才さと多忙さを何より象徴していた。

 それでいてベースの超絶技巧を全く損なわないのだから、ストイックな生き様には感服するばかりだ。

 

 そう、八幡は本当に凄いヤツなのだ。

 同時に変なヤツでもあるけれど。

 九割五分くらい何を考えているか分からない仏頂面で、そこから飛び出してくる言葉や行動は予想の遥か斜め上を行くが、そういった部分を含めてもなお尊敬が余裕で勝る。

 実のところ詳しく知っているガールズバンドなんてMyGO!!!!!とAve Mujicaくらいだが──その中で一番総合的に秀でた資質を持っているのは誰か、と問われれば俺は間違いなく八幡を挙げるだろう。

 アイツが向けてくれたものには劣るが、俺は八幡の才覚に絶対の信用を置いていた。

 その上で、だ。

 

 

 ──八幡にとって「()()()見る」とは何か

 

 

 それは自身に対してそうするように対象を管理することである、と俺は考える。

 つまるところ、徹底した生活習慣の矯正──平たく言えば、俺は生活において一切の自由を失った。

 逐一予定や行動を報告するよう求めたのも、恐らくはその一環だろう。

 バンドの掛け持ちで分散されていたリソースの全てを集中させて、俺はがんじがらめにされるのだ。

 夜更かしやら何やらをしたくなる健全な男子校生として、これほど絶望的なことはない。

 

 と、思っていたのだが。

 

 

「いや、全然いけるな……」

 

 

 何か思ってたより、ずっと居心地が好い。

 黄身がやや固めになるまで焼かれた目玉焼きを口に放り込みながら、思わず感心の溜め息を吐いてしまった。

 

「何がですか?」

「八幡の料理が美味いって話」

「はあ、ありがとうございます」

 

 白米、味噌汁、目玉焼きにほうれん草の煮浸しとヨーグルト──ごく普通の日本朝食といった感じだが、栄養バランスがしっかりと考えられている。

 その上、自分の作るものとは質が違う。

 材料そのものは普段スーパーで買っているのと同じなのに、何故なのか。

 これが男のズボラ飯には持ち得ない料理の奥ゆかしさだとでも言うのか。

 これでも一人暮らしのクオリティにはそれなりの自信があったのだが、今やそれは八幡の手料理に粉々にされてしまっていた。

 しかし、だ。

 

 

「あのさ」

「はい」

「カリリンメイトだけ食べるの止めない?」

 

 

 コイツ──この八幡海鈴とかいう輩は、俺には手の込んだ朝食を作ってくれる癖に、自分はサクッと栄養食品を放り込んで済ませてしまう。

 それでテキパキと身支度を整え、スケジュールの確認を終わらせたら、何をするでもなくこちらをじっと見てくるのだ。

 本当に、食べ終わるまでの十数分間ただひたすら俺を凝視することに時間を費やしている。

 正直、何を考えているか分からない──八幡のような美人に見詰められる、というのは悪い気はしないが、どうにも妙な空気になって落ち着かないのだ。

 とは言え、八幡は厚意から俺の面倒を見てくれている訳で、生活リズムに口出しなんてするものじゃない──アイツもそれを不快に思ったのか、眉をひそめて不満を露にする。

 

「何故です。何か問題があるんですか」

「いや、そういう訳じゃないんだが……」

「ハッキリ言ってください」

 

 正直、あまり言いたくはない。

 八幡が優しいのをいいことに我儘を言おうとしている訳で、合理性は全くと言っていいほど無い。

 ただ、そういう意思疎通の不足が先日八幡を泣かせてることに繋がったのもまた事実で──言わずに拗れるより言って恥をかく方がマシか、と考えた俺は、気が進まないながら口を開いた。

 

 

「何かこう、外に出たら忙しいんだから」

 

「もう少し、ゆっくりしてもいいんじゃないのか」

 

 

 言った。

 ああ、言ってしまった。

 我ながらなんて情けない。

 俺風情が八幡の人生に口を挟むなんて、烏滸がましいにもほどがあるだろうに。

 案の定八幡はポカンと口を開けて「コイツ何言ってるんだ」と言わんばかりの表情をしているし、恥ずかしさで顔から火が出そうだ。

 だが、一度口から出た言葉を呑み込むことは決して出来ない。

 

「や、余計なこと言った。忘れてくれ」

 

 聞かなかったことにしてくれるのに一縷の望みを託して、視線を逸らしてみるものの。

 

「忘れません」

「えっ」

「口外もしません。信用してください」

 

 何でだよ。

 食い気味の否定に、思わず頬が引き攣る。

 

「でも言質は取ったので、覚悟しておいてくださいね」

「え、何するつもりなのお前」

「それはその時のお楽しみということで」

「何でだよ、怖えよ」

 

 一体何をしでかすつもりなのか。

 なまじ普段の八幡は物事を淡々とこなすヤツだからこそ、その口から出た「お楽しみ」が恐ろしい。

 ストレスを散財で発散したり「信用」に異様なほど執着する奇行を繰り返す彼女から繰り出される行動が並大抵のものであるはずがない。

 せめて……せめてこれまで散財して買ってきたもので部屋を埋められるとか、それくらいに留めてくらると助かるのだが。

 しかし、こうなった時の八幡を止める術がないことも俺はよく知っている──燈の時のように、最終的にはこちらが折れることになる。

 或いは、それも信用の発露なのだろうか。

 

「八幡」

 

 まあ、何にせよ。

 

 

「ピンナップの件、ありがとな」

「……?」

 

 

 突然礼を口にする俺に、八幡は怪訝な顔をする。

 気付いていないなら、それもまた美徳だ。

 何せ八幡は絶対に損をさせない。

 モーティスにギターを仕込もうとした時のように、自分の目的のために他者を利用する時もあるが──それでも、誰かが損をするような仕組みや策を巡らせることは決してしない。

 最低でも等価交換が成立するように無意識の内から彼女は行動を選んでいるのだ。

 まあ、モーティスに関して思うところがないと言えば嘘になるが……何にせよ、だ。

 

 

「お前のやることだ、信じる」

 

 

 つまり、八幡がやってみろと言うなら最終的に必ず上手く行く。

 苦労したり驚いたりするかもしれないが、何らかの形でそれ以上の結果が返ってくる。

 そこについて疑う余地は欠片も無い。

 信用しているし、信頼もしている。

 

「……あなたは、本当に……」

「何だよ」

「いえ、何でもないです」

 

 自分でも中々こっ恥ずかしいことを言い放った俺に、八幡は呆れた表情を隠さない。

 だが、元々俺と八幡はそういう距離感だった。

 互いに好き放題言ったり連れ回したりして、傍若無人振りに呆れながらも何だかんだで付いて行く──話す内容がより深くなっただけで、関係性は何も変わらない。

 

 

「少し、顔を洗ってきます」

「ああ……でもメイクとかもう済ませたんじゃ」

「あなたのせいですよ」

「何で……?」

 

 

 俺はアイツが分からない。

 アイツも俺を分からない。

 でも、知ろうとはしている。

 それだけでいい、それ以上は必要ない。

 そんな気がした。

 

 

 

 

「立希ちゃん……ちょっと、いい?」

「燈?何かあった?」

 

 土日と言えば、学生にとって大切な休日。

 同時に、複数の学校の生徒が集まるMyGO!!!!!にとっては全員が都合を合わせられるまたとないチャンスでもある。

 従って、野良猫そのものな楽奈さえ捕獲出来ればメンバーが集うのは自然な話。

 椎名立希もまた、欠伸を噛み殺してバイト先でもあるライブハウスRiNGに訪れていたのだが──一足先に到着していた燈の様子に眉を潜めた。

 

「……これ、覚えてる?」

 

 言って、燈がポケットから出したのは一枚の写真。

 一目見るだけで、立希はそれが何なのか看破した。

 

「CRYCHICの、ライブの時に撮ったやつだよね」

「ぅ、うん。そうなんだけど……」

 

 忘れる筈がない──立希にとってCRYCHICはもう「終わった」バンドだが、それでも輝かしいあの頃が記憶から消えた訳ではない。

 祥子と、睦と、そよと、燈と……それに、雪。

 彼自身は最後まで頑なに自分がCRYCHICの一員だとは認めなかったが、あそこまでどっぷり浸かっているならもうメンバーも同然だ。

 誰かが六人目のCRYCHICと言っても、当人以外誰も否定しなかったと思う。

 燈の幼馴染みというだけあって変なやつではあるけれど、立希も彼が自分たちの輪の中にいてもそう悪い気はしなかった。

 しかし、何故今燈があの頃の話をするのか。

 

「……もしかして、アイツが燈に何かした?」

「……えっと、違くて。私がやっちゃった、のかも」

「詳しく聞かせて」

 

 燈の話は、どうにも要領を得ない。

 決して彼女が悪い訳ではないが、言葉を選び過ぎるあまりかえって話の核心を捉えられないのは出会った頃からずっとそうだ。

 ちょっと立ち話で済まないのは、最早明白だった。

 そうして腰を据えて聞き取りを進めていけば──次第に、軽率に燈を彼の下へ連れて行った愛音への苛立ちと、アー写のためにベストを尽くそうとする心意気への感心が混ざって何とも言えない気分になってくる。

 

「アイツ、本当に……」

「ぉあ……あのちゃんは、悪くない」

「それは分かってるから尚更腹が立つんだよ……でも、言いたいことは分かった。確かに、ライブの後にも写真は撮ってたと思う」

「やっぱり……」

 

 舞台袖に引いた直後、まだ興奮も冷めやらぬ中五人が並んだ写真を撮ったのを立希も覚えている。

 ある意味、CRYCHICの絶頂期──輝いていた時間の中で最も鮮烈な瞬間を選ぶとするなら、立希はライブが始まってからカメラのシャッターが切られるまでを挙げるだろう。

 勿論MyGOに懸ける思いが衰えることはないが、あの瞬間を忘れられる訳もなかった。

 

「でも、それがどうなったかは私も知らない。そもそも現像して燈に渡してたのも今初めて知ったし」

「そっか……」

「ごめん、燈の力になれなくて」

「ぅ、ううん。覚えてくれてただけでも、助かったから」

 

 実際、燈としては自分の記憶が間違っていないことを確認出来ただけでも十分な成果だった。

 最後の一枚は失くしてしまったのではなく、そもそもからして持っていなかった。

 そして、彼はたとえ失敗しても撮ったものは全て現像することを燈は知っている。

 失敗しないよう自分に圧をかけると同時に、何が良くなかったのか後から見直すため、と彼から直接聞いていた。

 つまり、雪はその存在を誤魔化したかったから先にライブ前の写真を最後の一枚と断定したのだ。

 本当の「最後」は、今も誰かが持っている。

 

「それにしても……そっか、海鈴が」

 

 立希としても、色々と見えてくるものがあった。

 雪が轢かれてから様子はずっとおかしかったが、特に先日の海鈴は異様だった──彼の居場所を常に把握していると臆面もなく言い放ち、少し予定外のことが起きると大袈裟なくらい取り乱す。

 挙げ句に引き留める立希の言葉に耳も貸さず走り出した理由が、雪と燈たちの……言い方は悪いが、密会であるとするなら説明はつく。

 はっきり言って、今の海鈴は異常だ。

 立希とて「普通の海鈴」を知っている訳ではないが、それにしても雪への執着は常軌を逸している。

 例えるなら、そう。

 彼という聖域を守るため、近付く人間全てに威嚇する番人のような────

 

「立希ちゃん?」

「ん?ぁ、ああ……ごめん。ちょっとボーっとしてた」

「あんまり夜更かししたら、良くない……と思う」

「ん、気を付ける」

 

 いや、気のせいだろう。

 浮かんだ疑念を立希は振り払う。

 あの海鈴に限ってそのようなことはないだろう。

 それに、もし海鈴が雪に依存しているのだとしても悪いことではない。

 今まで拠り所が無かった彼女が、ムジカと彼という居場所を手に入れたなら、それは寧ろ良いことではないか。

 そもそも、自分には関係のないことだ。

 そう、自分に言い聞かせて。

 

 

 ──本当に?

 

 

 海鈴も雪も、立希にとっては大切な友人だ。

 向こうがどう考えているかは知らないが。

 それが底の見えない沼に沈んでいくのを、黙って見過ごすことが本当に出来るのか。

 出来たとして、そんな自分を椎名立希は許せるのか。

 許せる訳がない。

 

「……はあ」

 

 次なるライブは近くもないが、そう遠くもない。

 作曲と練習、野良猫の面倒を見るのに加えて、愛音の衣装作りに協力させられる未来を考えたらとても余裕があるとは言い難い。

 その上友人の個人的な事情に首を突っ込むなんて、明らかに自分のキャパシティを超えている。

 

 

「最悪」

 

 

 それでも。

 かつて一緒にはしゃいだ友人と、何だかんだ言いながら互いを認める友人が崖から足を踏み外そうとしている時──どうしても黙っていられないのが、椎名立希という人間の性だった。

 

 

 

▼▲▼▲▼

〔 信 用 中 毒 者 〕

 

 

聖   域

 

恐 れ る な か れ

 

 

〔 A v e M u j i c a 〕

▲▼▲▼▲

 

 

 

 俳優と大女優の娘である若葉睦の自宅は、最早邸宅と言っても良いほどに大きく広い──その上、地下は防音室になっていてギターやらドラムやらを鳴らしても全く問題無いようになっている。

 つまり、バンドが練習するならうってつけ。

 元は完全に実力とネームバリューで集められたムジカも、再結成してからは睦の領域であるこの家に訪れる頻度が増えたらしい。

 

 勿論、俺は全然行っていない。

 

 確かに以前から家の場所は知っていたが、中学から通してもまともに中に入ったのは一度か二度だろう。

 それもムジカ解散後、八幡に頼まれて様子を見に行った時で──思い出すだけでもあれは大変だった。

 同じように様子を見にきたそよとばったり遭遇してしまうし、睦はおかしくなっているしでもう何が何だかまるで分からなかった。

 と言うか、モーティスの存在をこの時初めて知った。

 それでもうお互いめっちゃくちゃ気まずいけどモーティスを放っておく訳にもいかず、交代で面倒を見たのもよく覚えている。

 と言ってもアイツはそよの方によく懐いたから、俺はたまに単身赴任から帰ってくる父親みたいな扱いをされていたが。

 

 そう、モーティス。

 

 最期はライブの最中に消えたと聞いている。

 その時、アイツはどんな気持ちで逝ったんだろうか。

 自分が納得出来る結末を迎えられたんだろうか。

 睦のために生まれた人格なのだとしても、あれは間違いなくモーティスという個人だったのだからやりたいこともあっただろうに。

 

 睦自身も、同じだ。

 

 モーティスは睦が死んだと言っていた。

 アイツは演技はできても嘘が吐けるようなヤツじゃないから、多分本当なんだろう。

 人格の死というものが何なのか、直面したことがない俺には分からない。

 でも、それがどうしようもないほど突然で、どうしようもないほど避け難いものなのは俺も知っている。

 だから、俺に出来ることと言えば精々悼んでやることくらい──忘れないでいてやることだけだった。

 

「────き」

 

 でも、やっぱり。

 もう少し何かしてやるんだった、という後悔は尽きない。

 若葉の話が出たり、若葉邸を訪れるたびにそう思う。

 何でもいいから、何か。

 睦やモーティスが喜ぶものなんて全く知らないけど、それでも何か────

 

 

「────雪!」

「……あ、あぁ。ごめん、ボーっとしてた」

 

 

 呼び掛ける豊川さんの声で、我に返る。

 そうだ、今はピンナップの件について説明を受けるため若葉の家を訪れたのだった。

 アイツらを悼むなら、後でも出来る。

 

「もう、本当に大丈夫ですの?やはり事故の後遺症が何かあるんじゃ……」

「ないない、全然へーき。大体そんなにヤバかったら今日此処に来てないって」

 

 心配そうな豊川さんに、敢えて戯けてみせる。

 まあ、空元気と言えばそうなのだろう。

 だが、若葉のことを考えるだけで一々落ち込んでいたら一生何も手につかない。

 病は気からとも言うし、多少無理矢理でも元気に振る舞うことにも意味があるに違いない。

 そんな俺の内心を見抜いたのか、そうではないのか──判別は付かないが、呆れたような溜め息を吐いた豊川さんは改めてタブレットの画面を開く。

 

「今回雪に依頼するのは、雑誌のピンナップですわ」

「それは八幡から聞いてる。テーマは?」

「日常のAve Mujica、ですわね」

「へえ」

 

 それは、それは。

 よくそのテーマで通したな。

 ムジカは豊川さん──オブリビオニスが構想する世界観に基づくバンド。

 以前は仮面で素顔を隠し、誰がやっているのかさえ秘匿していた。

 今は幾らか方向転換したとは言え、ムジカ特有の重厚で哲学的な演劇の仮面はそのままにしておくものだと思っていたが。

 

「再結成から今に至るまで、ムジカは順調そのもの……ですが、以前の解散がまだ心に残っているファンも少なくありません」

「それをピンナップで払拭したいと」

「パフォーマンスで二度と解散しないと証明するつもりなのは変わらないけれど、使えるものは何でも使うつもりですわ」

 

 成る程。

 やはり安直に方針を変えた訳ではない。

 言葉の通り、使えるものは何でも使う。

 そういう覚悟を豊川さんは固めているようだった。

 それならそれで安心した。

 が、しかし何故そこで俺が抜擢されたのか。

 ムジカならプロのカメラマンがついてるだろう──そう問えば、彼女はその凛とした美貌を少し緩ませた。

 

「言ったでしょう、ムジカの『日常』と」

「……それで?」

 

 こいつ何も分かっていない、みたいな表情をされるが分からないものは分からない。

 そうして思い当たる節を求めて首を捻っていると、やがて呆れたような表情で豊川さんは口を開いた。

 

 

「プライベートを見せてもいい程度には、雪を信頼しているということですわ」

「──へ」

 

 

 思わず、思考が途切れる。

 

「あなた、自分のことになると本当に鈍いですわね……」

「いや、そんなこと……本当に言ってる?」

「あるから言っているのです」

 

 初華も、睦も、にゃむも。

 全員許可を取っていますわ──そう告げる豊川さんに、思わず俺は唖然としてしまった。

 俄かに信じ難い話だ。

 特ににゃむち先輩なんて一番プライベートを撮られるのを嫌がるものだと思っていたが、彼女も含めてムジカ全員がOKを出していると言う。

 これで驚くなと言う方が無理な話だろう。

 しかし、本当にそうだと言うのなら。

 

「無論、ムジカを安売りするつもりはありません」

「……」

「相応のクオリティのものが撮れなかったら、この話は無かったことにさせてもらいます」

 

 

 ──それを了承出来るのなら、この手をとって。

 

 

 緩んだ空気が、一気に引き締まる。

 失敗は許されない。

 何に於いても、絶対に。

 ムジカのリーダーとして四人の人生を預かっている豊川さんしか出せない、思わず尻込みしてしまいそうな威圧感はそう語っている。

 けど──退かない。

 

 

「分かった。よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします──雪」

 

 

 しっかりと、差し出された手を握る。

 やれることを、やれるだけやる。

 俺と豊川さんの関係は、昔のように単なる友人とはいかないだろう。

 それでも、この信条だけは変わらない。

 あの頃と同じように、仕上げてみせる。

 

 

「……」

 

 

 でも。

 豊川さんと向き合っていたから──気付かなかった。

 

 

 

 

「……祥と、雪?」

 

 

 

 階段から俺たちを見詰める、金糸雀色の視線に。




◯御嶽雪
大丈夫?生活の全て管理されて居心地が良いとかメンタルおかしくなってない?信用足りてる?

◯八幡海鈴
聖域絶対守るベーシスト。
ムジカ解散後睦(モーティス)を放置せず主人公を派遣している。
でも自分が直接行った訳じゃないので立希から「ホントにムジカやってる?」されるのは変わらない。

◯椎名立希
友人二人がおかしくなってる…早く何とかしないと…

◯豊川祥子
顔には出さないがかなり主人公を心配している。
Mujica本編のあれこれを乗り越えた後なので多分本作で一番か二番目に爽やかな人。
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