恋愛ゲームの世界を願ったらなぜかヒロインになった俺は、攻略を回避するのに忙しい   作:うちっち

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プロローグ

 突然だが、ラブコメにおける幼馴染と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。

 

 真面目な優等生? 世話焼き? 料理上手? ……それとも、ひょっとして。最終的にメインヒロインに主人公を奪い取られる、負けヒロインだったりしないだろうか? ……わかる。幼馴染って、負けるよな。そして、そういった幼馴染は決まって最終回では笑顔で主人公を祝福していたりするのだ。笑うな。君は泣いていい。

 

 

 

 そして、そういう風潮は世間では確かに主流かもしれないが。かく言う俺は、幼馴染は応援したい派だったりするのだ。だって、みんな健気じゃないか。大体の場合、ずっと近くでいたからこそ言い出せない思いがある、ってのも慎ましくていい。だから、世の中の幼馴染同士は是非とも幸せになってほしいし、報われてほしいとも思う。

 

 だが……何事にも例外というものは存在する。残念ながら。

 

 

 

 

 

 

 そのとき、俺は視界の片隅に映った怪しい動きに気づき、それまでしていた考え事をいったん止めた。そして、歩きながらさりげなく、自分の手をひょいっと上方向に動かす。一瞬前まで俺の手があった場所を幼馴染の手が通過するのを、俺は視界の端に確かに捉えた。

 

 ……やはり狙われていたか。だがまだまだ甘いな。

 

 

 俺は足を止め、自分の隣を歩いていた幼馴染を振り返ってじっと見つめた。すると、幼馴染は捨てられた子犬のような目をしてこちらを見つめ返してくる。くーん、という擬音が聞こえるような気さえした。

 

 俺が手を避けたのがわざとなのは完全にバレているらしい。少しだけ胸に広がる罪悪感。しかし、すまん。俺にもどうしても譲ってやれない部分があるんだ。

 

 

 俺がせめてもの罪滅ぼしにとニコニコと笑って見せると、幼馴染はほっとしたように顔を緩ませた。そして、俺の手を指さして、遠慮がちに口を開く。

 

「寒くない?」

 

 ……どうやらまだ諦めていないらしい。わかる。手を繋いで下校っていいよな。幼馴染ならなおさらだ。だがそういうわけにもいかないんだよ。わかってくれ。ちなみに今日の最低気温は天気予報によると10℃。秋にしては寒い日だ。

 

「……いや、全然寒くないけど。むしろ暑いくらい」

「でもほら、こんなに手が冷たいし」

 

 そのまま突然手をぎゅっと握られたので、俺はさりげなく、だがしっかりと手を振り払った。そして、3歩ほど後ろに下がり、ささっと幼馴染から距離を取る。

 

「いや違うから。今のは急に触られたから、びっくりして体温が下がったんだよ」

「そんなことある⁉」

 

 んなわけあるか。信じるなそんなこと。俺はそれ以上幼馴染と立ち止まって会話するのをやめ、再び歩き出すことにした。このまま立ち止まって喋っていると、それだけ攻撃する機会を提供してしまうからな。

 

 

 

 

 

 しかし、なぜか幼馴染は一向についてこない。どうしたんだ。そう思って俺が振り向くと、幼馴染は深刻な表情で佇み、ちょうど自分の手を悲しげに見つめているところだった。

 

 ……ごめんって。別にお前の手が汚れてるとかそういうのじゃないから。

 

 

 

 

 俺は悲壮な顔で立ち止まる幼馴染に、何も気づかない振りをして声を掛ける。

 

「どうしたの?」

「いや……別に、何でもない」

「さ、行くよ? 崇高くん」

「待てって……汐音!」

 

 幼馴染の崇高(まさたか)は、早足で俺に追いついてくる。こうして並ぶと、俺の視界はこいつの肩くらいにしか届かない。こいつ公式プロフィールだと180cm近くあるからな。そして、一方こちらはといえば……。

 

 

 俺は、こっそり自分の体を見下ろした。制服に包まれた、全てがこじんまりとした小さな体に、白くほっそりとした手足。こうなってからしばらく経ったが、ひらひらと風に翻るスカートは、どうにも一向に慣れることができそうになかった。

 

 

 ……幼馴染同士で幸せになってほしいとは思う……それは確かだ。が、何事にも、例外はあるのだ。悲しいことに。

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも、どうしてこんなことになっているのか。いったい何が起こっているのか。それが、俺自身、振り返ってみてもよくわからない。異変が起こったのは、少し前のことにさかのぼる。

 

 

 

 さて、これまた突然な話で恐縮だが、俺の趣味は恋愛シミュレーションゲームだ。可愛い子がたくさん出てくるあれ。ゲームではなんとたいてい、そんな可愛いキャラとの恋愛に発展する。まあ、そもそも名前に「恋愛」って付いちゃってるしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はその日、大学からの帰り、発売されたばかりの新作ゲームを小脇に抱えて家路を急いでいた。ちょうど都合のいいことに金曜日、土日は休みという絶好のシチュエーション。まあ、大いに浮かれてたわけだ。

 

 ところが、家に帰って俺が鞄を開けると、ゲームと一緒に見覚えのない物が出てきたんだ。それは黒く、尖った、石のような何かだった。……なんだろう。日本史の教科書で見る、矢じりの先とかについてる……そう、黒曜石とかいうあれに似てた。なんだこれ。まあいい、後回しだ。そんなことより、その時の俺には大切なものがあった。

 

 

 というわけで、俺はそんな謎の石は後回しにして、さっそくゲームのプレイを開始した。最初はほどほどに切り上げようと思っていたんだが、見事に先が気になる展開につい、切り上げ時を見失ってしまい……。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、3徹後の月曜日朝。選択肢に一喜一憂し、時に展開に涙し。俺はおそらく最速に近いペースで、全キャラのエンディングに辿り着いた。いや、なんというか、一言でいうと、ただただ素晴らしかった。

 

 個性的で可愛いヒロインの数々と、街に伝わる「願いが叶う」という古い伝承を絡めたストーリー。その全てが俺の好みにピッタリと嵌まる。きっと俺の今までのゲーム遍歴は、今日このゲームに会うためにあったんだ、そんなことさえ思った。

 

 目を閉じ、椅子に背を預けながら、余韻に身を委ねる。プチっと何か頭の後ろで切れるような音がして、じわっと温かい何かが広がっていく気がした。きっと体も感動を表現してくれているのだろう。

 

 ……そうだ! この状態で寝たら、夢の中でゲームの続きが見られたりするのでは? 世界最速クリアの賞品として贈られる、俺だけのアフターストーリー。それが見られる可能性が一番高いのってまさに今なのでは? うん、そうに決まっている。間違いない。

 

 

 そのままウキウキでベッドに潜り込むと、すぐにふわりとした眠気がやってきた。もう1度、さっきのゲームを思い出す。夢のような時間だった。

 

 

 

 

 あんな世界が、あんな学生生活が。俺にもあったら……。次第に夢に落ちていく中で、俺は何度も、強く、願った。

 

 

 

 

 ……ああ……あんな世界に、俺も行けたら良かったのに――。

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま俺は眠っていたらしい。そして、スイッチが入るように、ぱちっと不意に目が覚めた。全身を覆う、長時間眠った後特有の気だるさ。だが眠気は全く残っていない。3徹の割に爽快な目覚め。だが、よいしょと体を起こすと、なぜかふわりと甘い匂いがした。同時に、茶色がかった髪がさらさらと肩に触れる感触がする。

 

 ……いや、起きたばかりでなんなんだが。なんか、おかしい。

 

 

 

 まず俺の髪は黒いし、長くもない。じゃあこの髪、何? ていうかまず疑問なんだけど、着てる服も違わない? やたらファンシーなパジャマになってる気がする……。

 

 

 訳の分からないまま、まだぼんやりとした目で部屋の中をとりあえず見回してみた。ぼやけた視界の中で、次第にピントが合い、室内の様子を俺に伝えてくれる。

 

 

 

 白を基調にした、見知らぬ部屋だ。でもなんか可愛いぬいぐるみとか置いてある。……いやいやこれ明らか女の子の部屋じゃないか? ……俺って無意識のうちに女の子の部屋に忍び込んじゃったの? それってヤバくない? 絶対ヤバい。

 

 

 

 

 

 とりあえず、そっと布団から出て、ベッドからおそるおそる降りてみる。すっごく嫌な予感がするというか。なぜか伸びている髪+この部屋+俺の着ているやたらファンシーなパジャマ。

 

 ていうか俺の視力が極端に低下していなければ、明らかにちょっと胸がある。うん、やっぱり全然わからん。一体どういうことなんだ。夢か? まだ夢の中なのか?

 

 

 そのまま、混乱した状態でそばの机に近づくと、写真立てがいくつか飾ってあるのに気がついた。そしてそれは、なぜかどれもよく見覚えのあるものだった。というのも、ゲーム内でイベントスチルとして描かれた一枚絵。それと同じ構図、内容のものだったからだ。

 

 

 いや、でもまだ疑問は全く解決していない。しかもゲームじゃなくてこの写真も実写だし。でも完全に人物にはどれも面影があるっていうか……。

 

 

 

 

 

『ゲームの世界に行けたらなあ……』

 

 

 

 

 

 寝る前に呟いた言葉を思い出して、なんだか嫌な予感がする。

 

 ……ちょっと待った。確かに言ったよ。そう言いましたよ。でもね。行きたい=主人公になりたい、なんだよ。ここ重要。あの流れで女キャラになりたい、って思う野郎はあまりいないと思う。

 

 いや待て、大体、人がゲームの世界に行くなんてそんな非現実なことがそもそも起こるわけがない。うん、ないわ俺。さすがにないない。

 

 

 

 

 

 

 その時、部屋の隅に鏡を発見した。そのまま鏡の前に立ってみると、はっきりと俺の姿が映る。しばらくそれを眺め、もう1度ベッドに戻って、俺はどさりとうつぶせに倒れた。

 

 

 

 

 鏡の中には、茶色がかった、肩より下まで伸びたふわふわの髪。大きな瞳。気弱そうに下がった眉。透き通るような白い肌。ヒロインの1人、夜桜汐音(よざくらしおね)がいた。

 

「なにこれ……?」

 

 俺の喉から出たその声は、明らかに少女のもので、普段より1オクターブほど高かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからしばらく現実逃避していたものの。

 

 母と思われる人物に起こしに来られてしまったので、俺はなんとか制服に着替え、道をてくてくと登校しながら頭の中を整理していた。それにしても足がスースーする。ジャージを履いて出かけようとしたら、母(仮)が怪訝そうな目で見てきたので、不本意ながらスカートを履くしかなかった。学校に着いたら、「女子生徒にもズボンを着用させるべし」との校則を提言しようと俺は心に誓う。

 

 ……おっと、いかん。そんなことより。今、俺がなっているこの子のことだが……。

 

 

 

 

 ――夜桜汐音。幼馴染+病弱キャラ。原因不明の病を患っていて、よく倒れる。そのせいか気弱な一面があるが、その一方で他人を一番に考える優しさを持つ。~だよ、~だよぉ、という口癖あり。甘いものが好き。料理上手。俺的には推し№2。これだけ特徴を挙げたというのに、なんと俺との共通点は「人間」というくらいしかない*1

 

 

 

 確かに、あの世界の登場人物として振舞い、他のキャラと触れあうのは本望ではある。これが夢なら俺の望んだものにほぼ等しい。だが……。

 

 

 

 

「いやでもやっぱ無理だわ無理」

 

 だってこれあれだぞ? 机の写真を見る限り、これから汐音ちゃんルート進む感じだぞ? 下手すると主人公と俺が? 俺は可愛い女の子を愛でるのは好きだが、可愛い女の子として愛でられるのは好きじゃない。だが、かといって、俺が拒否した場合……。

 

 

 

「誰とも結ばれなかったときって、結末がえぐいからなぁ……」

 

 いやなんか、みんな幸せになりませんでした! って感じのやつなんだこれが。この汐音ちゃんも療養とか言って外国行ってそのまま消息不明になるしさ。個人ルートに進んだ場合は選ばれなかったヒロインもなんだかんだ幸せになってるのに。それが主人公が誰とも結ばれないだけで全員不幸に。なんだ主人公の野郎は。黒魔術師?

 

 

 

 まあ今のこの状況は、普通に夢だろう。だってゲームの世界の登場人物になるなんてことがあり得るわけがない。しかし、夢だろうが、俺がヒロインになるなんてのはお断りだ。

 

 

 だがその一方、キャラが不幸になるのも俺の良しとするところではない。そして机の写真を見る限り、まだギリギリ個人ルートに進んではなさそう。ふむ、と俺は軽く首をかしげる。ならば……よし。

 

 

 

「……他のキャラのルートに今から変えてみる、とか?」

 

 これなら俺は被害に遭わないし、キャラも不幸にならない。みんな幸せ。よしこれで行こう。主人公と幸せになる権利は君ら他のヒロインに譲らせてくれ。なに、礼には及ばない。ただ……それでも残る大きな問題が1つ。

 

 

 

 

 

 

 ちょうどその時、登校中の俺を追い抜いた女子生徒がくるりと振り返り、こちらに笑いかけた。同時にしゅたっと手を挙げて元気に挨拶してくれる。

 

「汐音ちゃん! おはよ! 今日は体調大丈夫?」

「…………おはよ~。うん、大丈夫……だよ。ありがとう」

 

 歩様を緩め、隣に並んだクラスメイトに俺は微笑んだ。……これ。これが大きな問題だ。

 

 俺がもし「おう。で、お前誰?」とか返したらその瞬間個人ルートがどうとかいう以前に世界観が崩壊してしまう気がする。よって、汐音ちゃんのキャラを壊さないようにしながらでないといけないが、これがきつい。精神的にゴリゴリ何かが削られていく気がする。

 

 

 

 

 そっと、俺は歩きながら小さく溜息をついた。俺はただこの世界のキャラのやり取りを静かに見守る、そんな存在になれるだけで良かったのに……。

 

 

 

 

「こんなことならいっそのこと、校庭に生える木に生まれたかった……」

「いきなりどしたの汐音ちゃん⁉ 明らかに大丈夫じゃなくない⁉」

 

*1
さすがに言いすぎでは

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