恋愛ゲームの世界を願ったらなぜかヒロインになった俺は、攻略を回避するのに忙しい 作:うちっち
「ど、どしたの? 貝森ちゃん」
あんまり固まってるから心配になって声をかけると、びくっと貝森ちゃんは反応した。そして何やら恐ろしいものを見る目で俺を見返す。
……いやどうしたの。「クッキーに二日って……この人時間かかりすぎ……」とか? まあ俺もちょっと思った。俺の中ではクッキーって、こねてすぐオーブン行きなイメージなんだが……。しかしここは逆にチャンスかもしれない。
「貝森ちゃん! 今度はさ、クッキーの作り方教えて?出来上がったの一緒に食べようよ」
「……⁉ あ、あたし⁉ あたしですか⁉ ひょっとして何か起きるんですか⁉」
貝森ちゃんは座ったまま、ずざざっと後ろに三歩ほど下がった。器用。ちょっと仲良くなれた気がしてたのに、開いた距離が心の遠さを表しているようで、俺は少し悲しくなる。貝森ちゃんはどうやらオカルト完全否定派らしい。でも違う、俺にそんな変な力はないんだって。
「ううん、ちょっと話したいこともあるし。今のままだと嫌だなぁって」
「話したいこと、ですか……?」
俺が笑顔で語りかけると、貝森ちゃんは腰が引けながらもいちおう返事をしてくれた。ただ目がすごく泳いでいる。悲しい。
……これあれじゃないか? クッキーの話始めた崇高のせいでは? あれ崇高の罠だったの? 他人の足を引っ張る企みは幸せは生まんぞ。
「貝森ちゃんも気になってること、あるんでしょ? 二人でゆっくり話そうよぉ」
「べ、別にあたし気になってることなんて、ないですよ」
「いやいや気になってなかったら朝あんなこと聞かないでしょ……あ」
両手で口を押さえた俺を、ビシッと凍り付いたような表情で見つめる貝森ちゃん。まずい、失言だった。
「なななななんで朝のことを……あ、竜造寺先輩から聞いて……?」
救いを求めるように視線を崇高に送った貝森ちゃん。しかし、「?」という疑問符を浮かべた崇高を見て、やたらに絶望した表情になった。
いやそんな怖がらなくても。ひょっとして貝森ちゃん、怖がり? ……そうだっけ? むしろゲームではお化け屋敷もキャーキャー言いつつ楽しんでた気がするが……。まあ、ここは普通に説明するか。
「聞いてないけど、見てたからね。私、ちょうどあそこにいたから」
「見てた、ですか? でも誰もいなかったはず……」
「えー、ずっと真横にいたよ? すぐ隣」
「ま、真横……? ど、どこですか?」
朝に自分と崇高がいたあたりをちらりと見る貝森ちゃん。確かに、中庭の隅っこには壁と茂みしかなく、一見隠れられるようなスペースはない。だが、あの茂みは中身がスカスカなのだよ。それさえ知れば不思議なことは何も……あ。
でもあそこヒロインの柚乃ちゃんの秘密基地だった。俺がそれを暴露するのはなんか駄目だな。……じゃあどこだよ。あそこ茂み以外だと壁しかないんだが……。か、壁? 壁でいける? なんとかごまかせない?
「ふふ、あの壁の辺りでずっと立ってたよぉ。貝森ちゃん、グーで何するつもりだったの?」
「……ひえっ……」
あ、これ失敗だ。貝森ちゃん真っ青。冷静になってみたら朝から校舎の陰の壁沿いに立ってるって、それはそれで恐怖だな。ここは俺だけだと何ともならない。第三者に介入してもらおう。……第三者。この場には2人いるが、俺は一瞬たりとも迷わなかった。
「先輩! 助けてください! 私はただ仲良くクッキー作りたいだけなんです……」
「どうして難しいのかしら?」
「えーっと……」
真顔で尋ねる高宮城先輩に目を合わせず、視線をさまよわせる貝森ちゃん。そりゃ本人を目の前にして「この人全部見通せる能力持ってそうで怖いんです」とは言い辛かろう。
「じゃあ作ってくれるんだ?」
「……そのぉ」
「あ、嫌、なんだ……そう……」
「……あーもう、そんな顔……わかりました! 何度でも作ってやりますよ!」
貝森ちゃんは突如として立ち上がり、やけくそのように胸を張った。おお、貝森ちゃん来てくれるんだって。やった! やったぁ!
俺は笑って貝森ちゃんの手を握りしめ、そのままぶんぶんと何度も振る。困ったような顔の貝森ちゃんは、それでも離さずに振り回されるままでいてくれた。その顔を見上げて、俺はもう1度にっこりと微笑んだ。
「じゃあ、何度でも一緒に作ってくれるということで。あらためて、これからもよろしくね。……私はさっき、作るって貝森ちゃんが言ってくれて……嬉しかったよ」
「……あーもう! ほんっと! ずっるい!」
じたばた足踏みをする貝森ちゃんだったが、もう遅い。ははは、言質は取った。せっかくだから週5でお菓子作りって名目で呼び出しちゃおうかな。……さすがに多すぎ?*1
その後、ぜーはー息をついていた貝森ちゃんも、しばらくしたら落ち着いたようだった。俺はお茶を飲みながら上を見上げる。今日も秋晴れの、いい天気だ。……あ。秋といえば。
「そういえば、もうすぐ文化祭だねぇ」
「あー……確かに。汐音先輩は何か予定あるんですか?」
「うーん……私は帰宅部だし、クラスで何か言ってたかなぁ……」
そもそもここ数日サボってばっかりだから。まあどうでもいいか。クラスの予定は俺には関係ない。崇高の野郎をヒロインとデートさせなきゃいけないから。……そういや貝森ちゃんもイベントなかった? 君、ちょっと崇高とデートしてみない?
俺は文化祭の予定について頭を巡らせ始めた。二日間という限られた時間の中で、複数のヒロインのイベントを消化するためにはどうするか……。ふむ、困難ではある。しかしミステリーの犯人ばりに、タイムスケジュールを緻密に組み上げれば、決して不可能ではないだろう。
さて、俺が昼食を終え、教室に戻ってくると。黒板は何やら色とりどりの文字でびっしりと埋まっていた。なになに。
タコ焼き屋、演劇、メイド喫茶……どうやら我がクラスも文化祭の催し物について論議していたらしい。まあ好きにしてくれ。俺は手伝ってやれんが。
すると、席に着いたばかりの俺のところに、女子モブがタッと足早に駆け寄ってきた。この子は高宮城先輩のところに行く時に崇高とごしょごしょやってた子だ。どうやらあいつと友達らしい。それを考えると、つい俺は迎えながら遠い目になってしまう。
……友達、か……。貝森ちゃんと先輩は崇高の友達か、と言われるとまだ心もとない。……なあ君、今からヒロインになるつもりない? ひょっとしてその報告に来てくれた?
ところが、彼女はそんな決意を表明してくれるために俺のところに来たわけでは残念ながらなかったようで、俺の机の前までやってくると、いそいそと口を開いた。
「私、文化祭でライブやりたいんだ」
お、おう。ライブだろうが独唱だろうがはたまたマグロ解体ショーだろうが、好きにしたらいいさ。駆け寄ってきてまで言いたいの? ただ君、ぶつける先、間違ってない?
しかしその話には続きがあった。どうやら彼女の陳情先は間違いなく俺であったらしい。その子は、突然がっしりと俺の手を握りしめ、声のボリュームを3割ほど跳ね上げる。
「でね、汐音にボーカルかギターかベースかキーボードをやってほしくて。汐音なら、絶対人気出るしお客さんも大勢見に来るよ!」
「……えーっと、もう1度言ってくれる? いまいち自信が持てなくて」
「ライブをやろうと思うんだ」
「あ、そっちじゃなくて。ボーカルかギターかベースかキーボード、の方」
「なんだ、聞こえてるじゃない。このこの、自信が持てないとか言っちゃって」
自信が持てないのは君が正気かどうかだよ。汐音ちゃん歌まったく駄目なのに。友人ならそれを知らないはずがない。ということで、ボーカル駄目。
で、ギターかベースかキーボード、って選択肢広くない? 全然メンバー集まってないじゃないか。全部できないって。お菓子作りならともかく。でも舞台上でギターがいきなりお菓子作り出したら客も困惑するだろ。俺たちは何を見せられてるんだ、って。
「ごめん……悪いんだけど……無理。私、音楽って止められてるから」
「そんなことあるの⁉ ご、ごめん……そっか、お医者さんにだよね……」
俺の適当な返事に納得したのか、トボトボと去っていく女子モブ。……そういや、あの子自身はライブで何したかったの?
そして、会話が終わるのを見計らっていたかのように、俺の前にはお次のモブがやってきた。今度は男女のペア。
……なに? 俺の前で宣言すると願いが叶う、みたいなノリなの? こいつらに永遠の愛でも誓われた日には俺は机をひっくり返してしまいかねない。今の俺には第三者の幸せを祈る暇はないのだ。
張り付けたような笑顔になっているであろう俺の前で、二人は続けざまに口を開いた。
「夜桜さん、俺たち、お化け屋敷やりたいんだ!」
「あ、うん……やったらいいんじゃないかなぁ……」
「でね、これをお願いしに来たんだけど……汐音ちゃんには座敷童をやってほしいの! 想像しただけでぴったりだし! こんな可愛い座敷童がいたら、お客さん大行列だよ!」
ふむ、さっきよりはまだマシな依頼だが……。確かに似合うのは間違いないだろう。だがお化け屋敷だと途中抜けがしにくそうだな。申し訳ないが却下だ。
「ごめん、私、座敷童苦手だから……」
「座敷童が苦手⁉」
「というか、お化け屋敷が苦手で。中にいたらたぶん私ずっと絶叫してると思う」
「そ、そうなんだ……じゃあしょうがないかな……」
俺の言い訳もある意味ホラーだった気がするが、彼らはいい人だったらしくそれで引き下がってくれた。ずっと絶叫って。*2
「……汐音~、お願い! 頼みたいことあるんだけどさ」
「その前にちょっといい? なんでみんな私のところに来るの」
3人目が俺の前に現れて何か言おうとする前に、疑問を口にする。というかちらちらとこちらを窺っている人間がまだ複数いるところを見ると、3人目では終わらないのではないだろうか。なに? 文化祭って俺の許可制だったの? 汐音ちゃん闇の権力者?
「だって仕方ないじゃない。汐音が可愛いから……」
「……から……?」
「どうしても出し物が決まらなくて。だから汐音がどれに賛成するかっていうのは大きいんだよ。確保するだけでほぼ決定な一大戦力だからね」
まあ汐音ちゃんは可愛いから、その部分は否定しないけども。……俺が賛成したらなんでもいいって? ヒロイン巡り、って言っても彼らは果たして頷いてくれるのだろうか。
「で、どれがいい? ……演劇良くない?」
「ちなみに演目は?」
「不思議の国のアリスとかどう?」
あー、あの青いワンピース確かにすごく似合いそう。ただそれアリスが汐音ちゃんありきじゃん。主役なんて断じて俺はやらんぞ。台詞が覚えられない。一言も発しないならいいけど。でもそれきっと客も困惑するよ。「あの主役の子だけミュートになってる……」って。そんな前衛的な劇に、俺は出演者として名を刻みたくはない。
「恥ずかしいからダメ」
「恥ずかしくないよ!絶対似合うって!それに他の演目でもいいから!何でもいいよ!」
似合うかどうかで拒否してるんじゃないんだ。モブDよ、俺の話を聞いてくれ。
「百歩譲って千と千尋のカオナシとかならいいけどねぇ」
「あれ仮面被ってるじゃん!もったいな!ほぼ喋らないし!メインって言ってるでしょ!」
「カオナシってどのバージョンの予告編でも十秒以内に登場するからもうメインだよね」
「意味わかんないけど汐音がやりたくないのはわかった」
そして俺たちの会話を聞いていたその他の級友も、わらわらと俺の机にやってきた。どうやら演劇は受けが悪そうだ、と判断して自分の推しをプッシュしに来たらしい。
「タコ焼き! タコ焼き! タコ焼き!」
「いや金魚すくいだろ! タコ焼きなんて人によって出来上がりに差が出るものを提案するなんて、正直頭を疑うね!」
「今何月だと思ってんだ! ここは上品かつ精緻なバランスが求められる水の芸術! アクアリウムだって!!」
「あわわわわわわ」
三方向から違うジャンルの企画を叫ばれて、ちょっぴり目が回ってしまう。水産物を、焼くかすくうか見せるかどれなんだ。だいたい俺は聖徳太子じゃない、順番に喋らんかい。それ以前に何もせんと言ってるだろうが。えーい野郎ども、落ち着けい!
俺は両手を机に思いっきり叩きつけ、まずは聴衆を黙らせることとする。ぺちぺちーん、という非常に軽い音がした。だが、いちおうそれで皆は聞く体勢になってくれたようで、しーんとその場に静寂が訪れる。
「聞いて、私はねぇ……!」
いや待て、しかしだ。何もしない、というのも良くないか? ただでさえ「汐音ちゃんのやりたいやつにしよう」とか特別扱いされてるというのに。クラスのマスコット枠みたいだからまだ許されてるようだが、これ以上我儘を言ったら女子の世界では迫害されてしまうかもしれん。
悪口とかなら別にいいんだけど、靴隠されたり鞄を池に放り込まれたり教科書を墨塗りされたりすると困る*3。母上殿に心配をかけてしまうからな。
「……えーっと……裏方がやりたい、かなぁ。何に決まっても頑張って手伝うから。だからみんなのやりたいのに決めてほしいんだよ。あんまり私、当日動けないと思うし」
「……裏方……? なんで!? 勿体ない……!」
「いや待て。……で……して……」
設営なら当日の日中は暇だろうし、食べ物でも事前に作れるものを俺が量産する係になれば問題ない。要は文化祭の日にフリーになれればいいんだ。正直出し物が何だろうが大差ない。
何やらひそひそと向こうの方で話し合っていたモブ一同は、やがて再びこちらに、なぜか全員でやってきた。そして、眼鏡をかけた頭の良さげな男子がすっと前に一歩出る。
「ちなみにさ、夜桜さん。裏方の定義ってどこまでかな?」
「て、定義!?」
「定義するものが存在するものだからね」
「な、なんか数学者みたいなこと言い出したよぉ……う、裏方の定義? 現場に出ないお手伝い、みたいな……? 普通そうじゃないの……?」
「……だってさ。それならやってくれる、と」
「う、うん……まあ……」
それを聞き、納得したように去っていく級友の方々。……え、今ので何か納得できるとこあった? ま、まあ伝わったよな? 当日の俺はヒロイン巡りで忙しいってさ。