恋愛ゲームの世界を願ったらなぜかヒロインになった俺は、攻略を回避するのに忙しい   作:うちっち

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「いつか、私を捕まえて」

 えーっと、整理すると。文化祭でイベントがあるのは4人か。卒業生の北辻さん、高宮城先輩、後輩キャラの柚乃ちゃん、そして貝森ちゃん。

 

 

 1日目の午前は北辻さんと校内や体育館のイベントを回って、午後は高宮城先輩と出店を巡る。で、2日目は柚乃ちゃんと貝森ちゃん。こうして見ると時間的にはそこまでシビアでもない……が……今更ながら大きな問題に気づいてしまった。

 

 

 というのは、北辻さんと高宮城先輩は相性悪いし、貝森ちゃんと柚乃ちゃんに至っては相性悪いどころかもう、犬猿の仲というか……。……ヤバくない? いや、この際、北辻さんと高宮城先輩はまだいい。一方的に北辻さんが先輩をライバル視してるだけだし。

 

 

 ただ、貝森ちゃんと柚乃ちゃんは……うーん……。柚乃ちゃんがいっつも貝森ちゃんに絡んで大事なものを横からかっさらっていく、みたいなそんな関係。そんな2人と同日にデート。あれこれ泥沼じゃね? 唯一の救いは、今の貝森ちゃんにとって主人公はおそらく大事でも何でもないっていうことか。……これ救いか? なんか言ってて悲しくなってきたけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、昇降口で今日もあれこれ考えを巡らせていると、向こうから授業の終わったっぽい貝森ちゃんが駆け寄ってきた。主人公と俺はもう合流してるので、これで3人揃ったことになる。高宮城先輩は部活。ちなみに弓道部だったりする。そして今日会いに行く北辻さんもそう。

 

 

 

「汐音先輩、今日こそ商店街行きますか? 竜造寺先輩もいますし」

 

「うーん……よし、今日は行こ! たぶん会えると思うし」

 

 まあ、高宮城先輩とちょっとアレとはいえ、北辻さんもいい人だし。ただ明らかチートの高宮城先輩にいっつも部活でボッコボコにされてた、ってだけで。

 

 でもあらためて、そんな相手をライバル視してひたすら努力してた精神力はなかなか大したもんだと思う。だが、あの人は根性で言うと貝森ちゃんにおそらく次ぐ。だって高宮城先輩の身体能力1人だけヤバいもん。格闘漫画とかにいてもトーナメントで普通に8強あたりまで残りそう。その人に常人が食らいついていくのが、果たしてどれだけ根性のいることか。

 

 

 

 

 

 

 と、ここで、商店街までの道すがら、俺は貝森ちゃんにさりげなく柚乃ちゃんとの関係を聞いてみることとした。確かにさ、2人はゲームの中では関係悪かったよ? でもここだと親友だったりするかもしれないじゃん。そんな幸せな世界があっても罰は当たらないと思うな俺。

 

 

「突然だけど貝森ちゃんってさぁ、苦手な人とかいる?」

 

「ほんと突然ですね!? えーっと、……そのぉ……苦手っていうかちょっと怖いっていうか……はい。でもそんなに心配しないでください。あたし、大丈夫ですよ。そりゃ色々気にはなりますけど、悪い人じゃないことも分かってますから」

 

「……うん、うん……ん……? ……あれ? ……え、これ誰の話?」

 

「い、いえ!? あ、そういう話じゃなく……? いやもうこれどっちだろ……。すみません、忘れてください。……えーっと、苦手な人ですか? 同級生に1人いますよ」

 

 どこかどよよんとした顔で俺の問いに応えてくれる貝森ちゃん。俺と彼女が今思い浮かべている顔はおそらく同じだろう。こっちでもやっぱ仲悪いんだ。いやでも、ひょっとして全く違う人かもしれん。もう少し探ってみよう。

 

 

 

 

「……どんな人?」

 

「いやもう裏表激しいっていうか。で、なぜか何かとあたしに絡んでくるんですよ。しかも要領はやたらいいから、いっつもあたしよりうまくやるっていう」

 

「実は仲よかったりしない?」

 

「いや今その要素全くなかったですよね。あー、でもこれそのうち汐音先輩にも絡んでくる可能性あるのか……絶対ややこしくなりそう……」

 

「どんな女の子? 外見は?」

 

「…………あたし女の子って言いましたかね?」

 

「だ、だって裏表激しいっていったらやっぱり女子なイメージがあるから」

 

 全国の女子の皆さんすみません。ていうか俺も今そうだし。ここは痛み分けということで、何とか許していただきたい。

 

 

 

 

 

 じろりと俺を横目で見た貝森ちゃんは、それでも気を取り直したように、宙を見上げた。そして、ふーっ、と大きなため息をつく。

 

「全身ガラス細工みたいに細くって小さくって……髪編み込んでふわふわと女の子っぽい、一見、優しそうな見た目してます。汐音先輩もふわふわした感じですけど、なんていうか、先輩と違って純真さはないですね。で、いつもめっちゃくちゃ猫被ってます。でも実際は内で何考えてるのか……」

 

 一見、って部分になんかすっげえ力入ってた。これこの世界でも絶対関係悪いわ。でも柚乃ちゃんもぶりっ子にたまに疲れて秘密基地で心休める、人間っぽいところもあるんやぞ。まあそれを貝森ちゃんに知られたらあの子自害するだろうけど。こう考えるとお互いほんと仲悪いな。

 

 

 

 

 と、ピタリと貝森ちゃんが急に足を止めた。そして何かに気づいたようにはっと顔を上げる。どしたのそんな愕然とした顔しちゃって。忘れ物?

 

「…………待ってください。まさか、柚乃に会いに行く、とかじゃないですよね。今日」

 

 いやいやいや。このまま会いに行くとかだとさ、ハブとマングース的な対決始まっちゃうじゃん。それだけでもアレなのに、一緒に行くってそれ俺も同じ闘技場にインするってことでしょ? それを楽しめるような精神はまだ俺も残念ながら身につけられてはいない。

 

 

 

 

 

 

 

「えー、違うよぉ。今日会いに行くのはね、北辻さん。……ちなみに柚乃ちゃんだったとしたら……貝森ちゃんはどうするのかなぁ~、なんて……」

 

「あたし用事思い出しました」

 

「ほんと! ほんと今日は違うからぁ! 止まってぇ!」

 

 180°方向転換し、逆方向にずんずんと歩いていく貝森ちゃん。俺も引き留めようとしたものの、そのままずるずると引っ張られる。……ヤバい。何がヤバいって、北辻さんも厳し目の人だもん。崇高だけだと絶対怒られるぞこれ。ていうかおい、見てないでお前も助けろ崇高! 幼馴染がアスファルトの上を引きずられていくのをあわあわ見守ってるんじゃない……!

 

 

 

 

 

 結局、再三の説得の結果、無事貝森ちゃんは商店街についてきてくれることとなった。正確には、俺を引きずったまま去れるほど貝森ちゃんが冷酷になり切れなかったからだと思われる。ちなみに主人公は俺たちの周りをぐるぐる回るばかりで、全く役に立たなかった。早くも今日これから先に不安が立ち込める。

 

 

 

 

「ともかく会いに行くよ! 北辻さんに!」

 

 

 

 ――北辻英梨奈(きたつじえりな)。先輩キャラ。ヒロインの中でこの人だけ唯一高校生じゃなく、大学1年生。身長165センチくらいとけっこう高身長。プライドがとても高く、高飛車っていうか高圧的。だけど実は面倒見がいいツンデレ系なお姉さん。可愛い物好きという意外な一面もある。高宮城先輩の(自称)ライバル。

 

 

 

 

 

 この人に関しては、商店街の定食屋の娘なのでそこに行けばいつでも会える。攻略の際は何度も通ってまず店の常連になる必要があるのだけど、今回に限っては俺には秘策があった。個人的には嫌だが、背に腹は代えられん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ちょっとトイレに、と言って商店街入口で中座し、しばらくして戻った俺を見て、貝森ちゃんと主人公は外から見て分かるほどに硬直した。

 

 

 

「なんでここでいきなり髪型変えたんですか」

「やだなぁ、ちょっとリボンつけただけじゃない」

 

「いやこれつけただけってそんな軽いもんじゃないでしょ。リボンに合わせられるように髪の方もまとめた上でちょこっと崩してるし。自分の強みを最大限に生かした、全身がもう可愛い系の極致っていうか。元々ですら凶悪だったのに、まださらに戦闘力上げてきますか」

 

「貝森ちゃんがバトル漫画みたいなコメントしてくる……でも可愛い物好きの北辻さんなら、これで何とかならないかなと」

 

 凶悪て。まあこれ汐音ちゃんがデートの時にしてきてくれる髪型だからな。俺にはできないけど、俺が持ってきたリボンに反応したのか、手が動いていつの間にかできていた。きっと、鏡の前で何度も練習したんだろうと思わせるくらいに、滑らかな動き。

 

 

 

 

 

 ……この世界の汐音ちゃんは、果たして、その鏡の先にいったい誰を見ていたんだろう。そして、今、どこに……?

 

 

 

 

「でも竜造寺先輩が魂抜けちゃったじゃないですか」

 

「崇高くんはほんと駄目だなぁ……」

 

 ほんっとこいつ役に立たねぇ……。さすがに北辻さんが面倒見いいと言っても、この状態の人間を好きになるほどダメンズ好きではない気がする。

 

 

 

「んー……じゃあちょっと、そこのベンチで休憩していこうか」

 

「あ、はい」

 

 操られたゾンビみたいな足取りで俺たちの後ろをよろよろとついてくる主人公。そして、ベンチに腰を下ろした俺と貝森ちゃんの隣に、おそるおそる、といった感じで奴も腰を下ろした。……なんか、初めてベンチ見た人みたいになってる……。

 

 

 

 

 

 

 

 ベンチからほど近い商店街のアーケードに、ぞろぞろと下校中の学生や仕事帰りの大人たちが吸い込まれていくのがここからだとよく目に入った。

 

 

 座った俺たちの間には会話はなく、俺はそのまま、なんとなく空を見上げてみる。放課後すぐなのにもう日が落ちる、そんな空の色だった。赤と青とオレンジが混じり合った空気の中で、次第に今日が終わっていく。

 

 

 すると、隣の貝森ちゃんが不意にふっと姿勢を正した。そして真剣な顔で、膝に手を当てたままで真直ぐにこちらを向く。……え、なにあらたまって。真面目な話?

 

 

「汐音先輩に一つ、聞いておきたいことがあります」

「……貝森ちゃん?」

「先輩は何がしたいんですか。色々な人の所を回って、集めて。あなたの最終的な目的は、いったい何ですか」

 

 

 

 

 他のヒロインを崇高とくっつけることが目標なんだけど……。最終的な目的、と言われるとなんだか違う気もする。男とはパス、っていうのとは別に、最初に思ったことがあったはずだ。目的、つまり、俺がしたいと思ったこと。

 

 

 

 …………そう。俺は、きっと……。

 

 

 

 

 

 

「…………きっと?」

 

「え?」

 

 

 

 前触れもなく、急に。俺の目の前の世界からは、人っ子一人いなくなっていた。空の色は変わらない。葉の落ちつつある街路樹も、商店街の明かりのついたアーケードも。

 

 

 

 

 

 ただ、目に映る世界には、綺麗さっぱり、人だけがいなくなっていた。同じベンチに座っていたはずの貝森ちゃんも、崇高もいない。さっきまでの雑踏の騒がしさも消え、ただ耳の痛くなるような静けさだけがある。

 

 代わりに、ベンチで俺の隣に座る、ただ一人の小さい人影。茶色がかった、肩より下くらいまで伸びたふわふわの髪。大きな瞳。透き通るような白い肌。俺がこの世界に来て初めて見た顔。そこには、楽しそうな満面の笑みが浮かべられていた。

 

 

 

 

「きっと、なに? ふふ、そんな風に途中で止められると気になっちゃうよねぇ」

「汐音、ちゃん……?」

 

 

 

 その笑顔を見ていると、さっき思い当たった何かは、俺の中ですぐに霧消してしまった。俺の隣で、汐音ちゃんはニコニコと笑う。風に揺られるふわふわとしたその長い髪には、今の俺と違ってリボンは巻かれてはいない。

 

「なぁに?」

「君は今、どこにいるんだ?」

「知りたい?」

 

 

 

 汐音ちゃんは、クスクスとさらに笑った。何か面白いことを思いついた、子供のように。

 

「なら、追いついてみてよ」

「え?」

「ただそんなには待てないかなぁ……ほら」

 

 

 

 

 汐音ちゃんはそっと俺の方に手を伸ばす。

 俺は彼女がいなくなってしまうような気がして、思わずその手を両手で捕まえた。しかし、確かに触れているはずなのに、まるで幻か何かのように、何の手応えも感じられない。

 

 

 

 

 そして突然目の前が眩しい光に満たされる。何も見えなくなった世界の中、耳元で囁かれた声だけが、こだまのように何度も響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「――じゃあ約束。いつか、私を捕まえてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、なんですかこの手」

「え?」

 

 気がつくと、貝森ちゃんの呆れたような顔が目の前にあった。同時に、ざわざわという雑踏の音が耳に戻ってくる。そろそろと目線を下にやると、なぜか俺の両手はぎゅっと貝森ちゃんの手を固く握りしめていた。

 

 

 

「なんか急に固まったかと思ったら手握ってくるんですもん。びっくりしましたよ」

「……汐音ちゃんは?」

「あれ? 自分が分からなくなっちゃいました? 汐音ちゃんはあなたですよ?」

 

 貝森ちゃんから諭すようにゆっくりとそう言われ、俺は再度自分の手を見つめた。貝森ちゃんの細い指は、俺の小さな手の中に収まっている。

 

 

 

 

 

「……この手、なに……?」

「いや、汐音先輩が握ってきたんでしょ!」

 

「やだ、貝森ちゃんたら大胆……」

「だから汐音先輩が!! 握ってきたんでしょ! ほら、離す!」

 

 ばっと振り回すようにして、勢いよく手を離される。いや、そんな嫌がらなくても。え、でも今のは、なに? 白昼夢? それにしてはなんだか……。

 

 

 

 

 俺が自分の手をまじまじと見つめていると、貝森ちゃんがやれやれ、と肩をすくめた。

 

「何がしたいんですか、って聞いたら固まっちゃうんですもん。そんなに答え辛かったですか? 実はやっぱり悪い人で、悪いこと企んでますか?」

 

「……ああー……そこからかぁ……」

「そこからって、もう……しっかりしてくださいよ……」

 

 俺はいったい、何がしたいのか。きっと最初に手繰り寄せたイメージは決して間違っていない。俺は、掌をそっと空に透かしてみた。小さなその手の内には、はっきりと見える薄い血の赤。それを見ていると、自分が確かにここにいることを実感できる、気がした。

 

 

 

 

 

「目的なんだけどさ。……みんなが平和だと、きっといいよねぇ」

 

 そのまま空を見上げていると、思わずそんな言葉が俺の口から漏れた。ぽかん、と一瞬あっけにとられたような顔をした後に、隣の貝森ちゃんはくすっと笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、なんですかそれ。曖昧すぎますよ。定義をもう少しきちっとしてください」

「それ昼も言われたなぁ。貝森ちゃん、ひょっとして理系でしょ」

「だから! 汐音先輩が! ガバガバすぎるんです!」

 

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