恋愛ゲームの世界を願ったらなぜかヒロインになった俺は、攻略を回避するのに忙しい   作:うちっち

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対策、文化祭!(上)

 さて、貝森ちゃんと別れた後、俺は自分のクラスへ戻りながら、あらためて現状の問題について考えを巡らせた。オリジナルの汐音ちゃんのことも気になる、気にはなるが。

 

 

 

 ここで言う問題とは、人名で表現すると「竜造寺崇高」、すなわち主人公の彼女を誰にするかということであった。文化祭はそのための恰好のイベントなはず、なんだが……。

 

 

 

 まず、ヒロイン勢をどう誘ったものか……。そもそもデートって言ったら普通は一対一なんだろうけどさ、これたぶん俺が途中までフォローした方が良さそうだよ。何せ初対面時にあいつが一対一で交わした言葉、あの貝森ちゃん相手でさえ四つだぞ……。

 

 仮にこのままあやつがサシでデートしたところで、高宮城先輩なら間違いなく会話0。柚乃ちゃんは貝森ちゃんと4言しか話さないやつに興味は示さないだろうから当然0。貝森ちゃんもたぶんほぼ0。なにこれ、もう永遠の0じゃん。

 

 

 

 

 てことで。俺のフォローでデートを演出→二人きりに、という形を提唱したい。同じ墓に入るまで面倒を見るというなら御免だが、手を貸すくらいなら問題ない。礼もいらん。二人の結婚式のスライドの最後に「スペシャルサンクス:夜桜汐音ちゃん」と入れてくれたら十分だ。

 

 そして、俺がクラスの自席に戻ると、そこには予想通り崇高がいた。ていうか勝手に座っている。さらに、やや不貞腐れたような顔で、矢継ぎ早に俺に口を開いた。どうやら、何か気に食わないことがあるらしい。

 

 

 

 

 ……非常に長かったので詳細は割愛するが、「席を外していると心配だ」と崇高は言いたいようだった。こいつの中の汐音ちゃんは自由にトイレに行くことも許されないらしい。囚人かな?

 

 俺はうんうんわかったそうだねごめんね、とひとしきり適当に頷いた後。さっそく、しかしさりげなく、奴に本題を切り出した。

 

 

 

「……ところで。崇高くん、文化祭の日、空いてる? 2日とも」

 

 すると、崇高はなんか心臓バクバクいってるけど息ができない、みたいな、ハリウッド映画に出てくるショックを受けた老婦人っぽいリアクションを唐突に取り始めたので、俺は内心ちょっぴり引いてしまった。

 

 

 

 

 

 同時に、しーん、と教室内はなぜか急に静まり返る。なんか、崇高と俺がすごく注目を集めている気がする。……まあそりゃ引くよ。純粋に怖いもん。

 

「……空いてる! 俺空いてる!」

「あ、よかった。ならちょっとそのまま空けててくれる? 一緒に回ろうよ」

「回る回る!!」

「で……ひょっとしたら友達も一緒に回るかもしれないけど、それは別にいいよね?」

 

 崇高はそこで唐突に黙りこんだ。雰囲気も、あからさまにがっかりしたものに変わる。

 

 まあ……気持ちは分からなくもない。せっかくだから二人で回りたい。青春の1ページ。わかる。でも崇高もわかるな。残念ながら、お前に今回交渉の余地はない。

 

 

 

 

 そして、しばし長考したのち、崇高は俺の目を見つめてきた。……ほう……。覚悟を決めた、いい男の目をしておる。こやつ、このような顔もできるようになったのか。

 

「俺、汐音と二人で回りたい」

「……あ、そっかー……へー……そう来ちゃうんだ……」

 

 意外な返答に、俺は内心頭を抱えた。だって全然自分を抑える気ないもんこいつ。開き直っちゃったもん。……デートを餌にぶら下げれば問答無用で食いついてくるかと思ったが……。

 

 

 

 

 そして俺の耳に、さらに巨大な爆弾発言が飛び込んでくる。

 

「だって俺、汐音のことが好きなんだ」

「…………ん?」

 

 なんか今、決しては聞こえてはいけない言葉が聞こえたような……。幻聴かな? だって、史実っていうかゲームなら、汐音ちゃんの部屋でこいつは告白するはず。それを差し引いても、こんな衆人環視の真っ只中でなんて、普通に考えてあり得ないもんな。普通に聞き違いだろう。

 

「……ごめん、なんて?」

「汐音のことが好きなんだ。嘘じゃない」

「いや、別に内容が聞こえてないわけじゃないの。だってこの距離だし」

 

「俺、ずっと伝えてたつもりだったけど、気づいてなかった?」

「……あのさ、話を進めないで。少し待ってくれる? ちょっと気持ちを整理したいから」

「ああ、もちろん」

 

 

 

 

 俺はいったん後ろを向いて、まずは崇高を視界から追い出すことに成功した。しかしその代わりに目に入るのは、なんだか祝福の視線を送ってきているクラスメイト達。「おめでとう!」とか垂れ幕を書き始めてる者がいるのすら見える。

 

 だがちょっと待ってくれ、今祝うべきことなんて何一つ起きてないんだ。ダラダラと油汗が自分の頬を流れ落ちていく感覚がリアルに伝わってくる。どうやら早急に対応をしないとこれはまずいぞ。が、しかし、どうする……?

 

 

 

 

 

 俺はしばらく考え、…………そして、結論を出した。

 

 ……よし。多少強引だが、なかったことにしよう。全てをスルーして普段通りにしていたら、崇高もそのうち諦めるはず。とすると文化祭は危険だ。だってさすがに日が近すぎる。こいつもさっきの今で告白を忘れてくれはしないだろう。

 

 

 

 

「あのさ、やっぱり文化祭はもういいや。二日とも予定入れてくれていいよ。じゃあね」

「……なっ……⁉」

 

 がっしりと腕を掴まれたので、そのまま自然に去ろうとした俺の作戦は失敗した。さらに崇高は血相を変えて大声で叫ぶ。どうでもいいけどここ教室だって理解してるのか?

 

「ちょっ……それは、それはないだろ!」

「ええ……? だって嘘じゃないんでしょ? なら結論ってもう一つじゃない」

 

 すると、突然、女子モブが崇高を俺から引きはがし、ぐいぐいと教室の隅に引っ張っていった。そしてひそひそ何かを耳打ちしている。何を話しているかはいまいち判然としなかったが、きっと、崇高に思い直すように説得してくれているのだろう。

 

 俺はこっそり耳を澄ませてみた。……かわいい口実……誘うのが恥ずかしい……乙女……とかなんか俺に関係ない単語が漏れ聞こえている気がする。

 

 

 

 

 

 

 そして実に十分を超える審議の後。ようやく戻ってきた崇高は、なんとさっきの今だというのに、告白も含めた宣言を全面撤回してきた。いったいどういう説得がなされたのか。ありがとう女子モブ、あと、よければその説得術を俺にも後で教えてもらえない?

 

「さっきの話だけど。わかった。とりあえず結論も待ってくれていいし、誰か呼んできてくれて、いい」

「ありがとう。じゃあそういうことで」

「楽しみにしてるから!」

「はーい。……あ、そうだ、私デジカメ持っていくね。いっぱい撮るから。将来、結婚式のスライドの画像に困ったらいつでも相談してくれていいよ!」

 

 

 

 

 気まずい空気を塗り替えるべく放った俺のウイットに富んだ一言に、それまでで一番の規模でざわざわと教室内のギャラリーは揺れた。

 

 

 

 

 

 

 ともかく主人公は確保した。次はヒロイン勢か……。しかし、崇高とデートしない?と誘っても来てくれる子は残念ながら現時点ではいないだろう。これは準備が必要か。

 

 それから俺は街を駆け巡って準備を整えたのち、ヒロインと文化祭について話をすることとした。4人相手の攻略とはいえ、全エンドを知る俺にとっては不可能ではない。

 

 

 

 

 

 

 ということで、まずは高宮城先輩から。まずは屋上に赴き、先輩と合流。しばらく空を一緒に眺めた後、俺はストレートに話を切り出した。

 

「先輩、文化祭ってもう予定あったりしますか?」

「ないわ」

「じゃあ、一日目の午後、私と一緒に回ってくれませんか?」

「人が多いから嫌よ」

 

 ……多くない文化祭ってあるのかな? しかし予定通りよ。思ったよりいい返事が返ってきたくらいだ。「あなたと行く理由ないから」とか言われるかと思った。これって人が多くなかったら一緒に行ってもいい、ってことだから。

 

 ……さて、では。

 

 

 

 

「もし来ていただけたらこれを差し上げます」

 

 ちらり。俺は背中に隠していた、町一番の洋菓子店と言われる満月堂の限定シュークリームを取り出した。すると先輩の顔色がさっと変わる。

 

 それもそのはず。このシュークリームは限定と名に冠するだけあってめったに販売されない、実に幻と言われる逸品なのだ。ふふふ、しかしこれが十一月一週の水曜日に店舗にひっそり並ぶことなぞ、俺にはお見通しよ。

 

 先輩は、一瞬たりとも迷わなかった。

 

「行くわ」

「やったぁ! ありがとうございます! そうだ、屋台巡りしましょうよ! 私、気になるお店をもういくつかピックアップしてるんです!」

「……そう。それは少し、楽しみね」

 

 ぴょんぴょんと跳ねて喜びを表す俺と対照的に、先輩は、穏やかに微笑んだ。

 

 

 

 その笑顔は一瞬で、注意しないと見落としてしまうくらいに微かだったけど。その言葉と笑顔は、確かに文化祭当日を想像してくれていることが何となく伝わってきて、俺は嬉しくなる。

 

 俺は先輩に献上するため、シュークリームを厳かに捧げ持った。表彰状を貰う時のように俺の前に姿勢よく立ってくれる先輩。

 

「では、手付金ならぬ手付シュークリームをお渡しします」

「契約成立ね」

「……あ、そうだそうだ。崇高くんも呼んでいいですよね?」

 

 

 

 ところが、高宮城先輩は俺の一言を聞いて、なぜか伸ばした手をピタリと止めた。そのまままじまじと俺の顔を覗き込んでくる。

 

 ……どうしたの先輩。そんな不思議そうな顔して。

 

 俺の疑問を読み取ったのか、先輩は口を開いてくれた。困ったように、端的に。

 

「彼と一緒に回る理由がないわ」

「……えーっと……え……ここでそれ? ……り、理由ならありますよ?」

「何かしら」

「……シュークリームは崇高くんと回ってくれるお代も含まれてます!」

 

 

 

 頑張って探してみたのだが、確かに先輩のおっしゃる通り、理由なぞ欠片もなかった。なのでそう言って押し切ることとする。

 

 すると先輩は、伸ばしていた手を引っ込め、真剣な顔で考え事を始めた。……え、これそんなマジで審議しないといけないやつ……?

 

 

 

 

 それから先輩は三十秒ほど長考したのち、ためらいがちにシュークリームに再度手を伸ばした。先輩の三十秒は常人で言う十分に相当する。

 

 ……食欲で一番簡単に釣れるだろうと思った高宮城先輩でこれ? なんか、これから先が思いやられる気が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今日は汐音先輩、いらっしゃらないんですか?」

「そうなんだよ。なんでも他の友達と……食べると……急に言われて……」

「しっかりしてください!……まさかこれ今日あたしが面倒見ないといけない感じ……?」

 

 茂みの向こうに見える景色の中では、崇高が立ち眩みのような感じで、頭を抱えて芝生の上に座り込むところだった。すまない貝森ちゃん、今日だけ許してくれ。どうか、将来添い遂げる練習だと思って。

 

 俺は植え込み内部にあるトンネルの中で、そろそろっと四つん這いのままで前進する。トンネルの中は大変狭いので、体を動かすたびにガサガサと体に枝や葉が触れて音を立てた。しかし、それは風に揺られる木々のざわめきに紛れ、主人公たちの注意を引くことはなかった。

 

 

 

 

 

 そしてしばらく進んだのち、俺は前に目標を発見した。チェックのスカートに包まれたお尻。秘密基地の主、柚乃ちゃんだ。予想通り。

 

 俺はさらに接近し、ひそひそと彼女のお尻に話しかけた。

 

「ねえ柚乃ちゃん、ちょっといい?」

「……ひゃんっ⁉」

 

 びくんっ、と一瞬飛び跳ねた後、お尻と足が狭いトンネル内でどすんばたんと暴れた。ばきべきべきっ! と小枝が折れる音が結構大きく響く。やばい、これさすがに聞こえたんじゃ?

 

 

 

 

 俺はこっそりと中庭の様子を窺った。幾重にも重なった枝葉の隙間から見える中庭では、貝森ちゃんが眉を顰め、きょろきょろとあたりを不審げに見回しているところだった。

 

「……何か、変な音しませんでした? あと声も……」

「貝森、今、何か言ったか? すまんがよく聞こえなかった」

「いえ……あたしが悪かったです……」

「しかし汐音はどうして……やっぱり告白したのが早すぎたのか……」

「こ、告白! 竜造寺先輩が汐音先輩に? 何てことしたんですか!」

「……何てことってなんだ……?」

 

 ナイスだ崇高。しかしその時、高宮城先輩がこちらへ視線をふらふらと彷徨わせた。まるで、何かを探しているような。そして次の瞬間、葉っぱ越しに俺と目線ががっちり合う。

 

 しかし、先輩は一瞬目を見開いて動きを止めたものの、すぐ無表情に戻り、何事もなかったかのように手元のペットボトルに視線を移した。

 

 ……え、いいんだ。先輩の中での俺っていったいどうなってるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「な、ななな、なんですかぁ……? なんでここに……?」

 

 とその時、ひそひそと怒鳴るという、なかなか器用な真似を柚乃ちゃんがしてきた。俺は柚乃ちゃんのお尻に向かって優しく話しかける。

 

 いや、植木の中のトンネルが狭すぎて方向転換もできないからな。出る時とかもバックで出ないと駄目そうな程だし。だから絵面的には少々まずいがこれは仕方ないんだ。

 

「えっと、ここなら柚乃ちゃんも素直に話せるんじゃないかと思って」

「この状態でですかぁ⁉」

 

 顔を突き合わせていないから自信は持てないが、ぷんすかと揺れるお尻を見る限り、柚乃ちゃんはどうやらお怒りのようだ。確かに俺も四つん這いになってる状態で背後の人間とお尻で談笑できるかと言われると少々心もとない。

 

 

 

 

「そもそもどうして夜桜先輩がここにいるんですかぁ!」

「あ、それは簡単だよ。この前のお昼、柚乃ちゃんここから覗いてたでしょ」

「……! き、気づいてたんですか……? ちなみにそれ、亜佑美ちゃんにも……?」

「言ってないよ。柚乃ちゃんが嫌がるかなぁと思ったから。……言った方がよかった?」

「いいえぇ! 止めてくださいぃ!」

 

 ひとまず柚乃ちゃんが落ち着くのを待った。俺もお尻の揺れ具合で相手の動揺っぷりを図ったことはないので確かなことは言えないが、大方の予測はできる。

 

 

 

 

 しばらく待っていると、左右に揺れていたお尻が安定してきたので、俺は話の続きに戻った。

 

「で、何を話したいかというとね。一つ、お願いがあって来たんだ」

「……亜佑美ちゃんと仲良くしろ、ですかぁ?」

 

 お断りだ、という感じが左右に揺れるお尻から明白に伝わってくる。……あれ? 意外に意思疎通できるな……。これひょっとして、意外に人間ってお尻で会話できるんじゃないか? ただ俺にこのテーマを究明することは今日以外は難しそうなので、この研究の続きは後世に委ねることとしたい。

 

「柚乃ちゃん、嫌そうだね」

「あったりまえですよぉ。大嫌いですもん」

 

 

 

 

 

 ……ここで説明しよう。こんなに2人の仲が悪い理由。それはひとえに2人とある先輩との関係性にある。

 

 まず柚乃ちゃんは、貝森ちゃんと同じ手芸部に所属している。だが、そもそもなんで彼女がその部を選んだかというと、これには大きな理由があった。

 

 ざっくり言うと。柚乃ちゃんにはかつて非常に世話になり、尊敬していた女の先輩がおり。その先輩が高校で手芸部に所属していたのだった。当然入学してすぐ入部届を出し、一番に部に顔を出したかった柚乃ちゃん。ところが……。

 

 彼女は細すぎるせいか、俺ほどではないが非常に体が弱かった。入学早々体調を崩し、しばらく入院する柚乃ちゃん。そして療養期間を経て学校に戻ってきた彼女が見たのは、一番に手芸部に入部して件の先輩に可愛がられるポジションを確立していた貝森ちゃんだった……。

 

 

 

 

 

 ……うん。誰も悪くない。悪くないがゆえに、解決しづらい。だって貝森ちゃんが「先輩を横取りしちゃってごめんね」って謝ってすむものでもないし。それを聞いた柚乃ちゃんは、きっと二度と手芸部に姿は現さないだろう。

 

 

 

 

 

 つーん、としているらしき柚乃ちゃんだったが、俺は別に貝森ちゃんと仲良くしろと言うつもりはなかった。それは二人が決めることだ。

 

 まあ、個人的には仲いい二人も見てみたいのだが……。

 

 

 

 

「いや違うよ。それより、文化祭、一緒に回らない? 私、柚乃ちゃんと楽しく文化祭過ごせたら嬉しいな。ほら、こんな風にお尻とじゃなく面と向かってお話ししたいしさ」

 

 俺の一言で、ずっとお尻と一方的に会話されていた今の現状を柚乃ちゃんは思い出したらしい。彼女は狭い空間内で器用に足をばたつかせ、憤慨のお気持ちを大いに表明した。なんとなく柚乃ちゃんもこの会話方法に慣れてきているような気がする。

 

「……それがほんとならですよ! もうほんっと、さいってーの誘い方ですよねぇ! 場所といい、タイミングといい! 夜桜先輩が女性じゃなかったらもう変態ですよぉ!」

 

 その言い方だと中身男な俺が変態みたいじゃないか。やめてくれ、俺は紳士なんだ。

 

 

 

 

 ……しかし柚乃ちゃんもこの状態なら流石に素で喋ってくれるな……。猫かぶりモードが外れたのは俺のプレイ時は中盤以降だったが……。もうプレイしていたのが遥か昔のことのような気がする。

 

 同時に、俺の部屋がなんだか遠い世界のものに感じられて、少し、それが恐ろしくなった。俺は少し頭を振り、気持ちを切り替える。今すべきは柚乃ちゃんの説得だ。

 

 

 

 

「……でも、こんな風に話せると嬉しいや。ひょっとして私達、仲良くなれるかもね」

「耳悪いんですかぁ? だいたいなんでわたしが亜佑美ちゃんの先輩と……一緒に……」

 

 急激にしゅんとしてしまう柚乃ちゃん。『先輩』という言葉で何かを思い出したのだろう。俺は彼女の様子の変化には触れず、できる限り優しく話を続けた。

 

「貝森ちゃんの先輩ということは、柚乃ちゃんの先輩でもあるから。……違う?」

「絶対違います」

 

 私の先輩、っていうのにこだわってるからね柚乃ちゃん。ただ残念ながら(?)、件の手芸部の先輩は万人を愛する聖人だった、っていうのが上手くいかないところだ。

 

 黙り込んでしまった柚乃ちゃんのお尻から目線を外した。少し返事待ちかな。

 

 

 

 

 会話が終了し、やることがなくなってしまった俺は、よいしょとトンネルの中でなんとか体勢を変え、仰向けになって上を見上げてみた。

 

 すると、植木のアーチを抜けてくる柔らかな木漏れ日がちらちらと目に入る。遠くで、わいわいと騒いでいるらしき誰かの声がかすかに耳に届いた。ただ、このトンネルの中は何の音もせず、外界から隔離されているように、静かだった。

 

 ……確かに秘密基地だ。ここを「内緒ですよ」と顔を赤らめてこっそり教えてくれる柚乃ちゃんの表情を見ることができなかったのは残念だが、それは主人公に譲るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくの間も、沈黙がその場を支配した。しかしふと、俺の頭の上から、柚乃ちゃんの声が聞こえてくる。それは注意しないと聞き逃してしまうような、小さな声だった。

 

「……なぜ、仲直りしろと言わないんですか」

「だって、柚乃ちゃんはもうわかってるみたいだし」

「きっと事情を聞けば、夜桜先輩はこう言いますよ。『そんなことで……」

「――そんなことで仲違いしたの? なんて、私は言わないよ。事情は知らないけどね。それはきっと、柚乃ちゃんにとっては大事なことだったんだろうから」

「……。そうですか」

「なかなか物事って、思ったとおりに運ばないものだねえ」

「そう、なんでしょうね……」

 

 そして再び沈黙が降りる。

 

 ……たぶん、柚乃ちゃんは分かってる。貝森ちゃんは悪くないと。ただ、それで割り切れないこともある。だから一度は二人で向き合って話し合うべきなんだ。今のままじゃ、いつまで経っても解決はしないんだろうから。しかし俺がそれを言うべきでもおそらくないだろう。

 

 

 

 

 

 俺が考え込んでいると、意外にも。柚乃ちゃんから、さっきより少しはっきりとした声で、返事があった。

 

「まあ、いいですよぉ」

「……え?」

「文化祭です。……ただし。この場所のことを誰にも言わないこと。それが条件です」

「ほんと? ……やった! やったぁ! ありがとう柚乃ちゃん!」

 

 

 

 

 どういう心境なのかはいまいちよくわからないが、うむ、めでたい。それにしてもそろそろ昼休みが終わってしまうな。戻らねば。

 

 

 

 俺が四つん這いに戻り、バックでそろそろと後退を始めると、同じように俺の前の柚乃ちゃんもついてきた。やはりこのトンネル内ではこれが正しい作法らしい。

 

 

 

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