恋愛ゲームの世界を願ったらなぜかヒロインになった俺は、攻略を回避するのに忙しい 作:うちっち
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「――て! 目を開けてくれ!」
目を閉じていると、不意にガタガタと体を揺らされる。それにしても随分長く揺らすなぁと思っていたら、どうやら持ち上げられて私は運ばれているらしかった。道理で地面全体が揺れているような感覚がするわけだ。でも、真っ暗な中で揺られると酔いそうになる。やめて。どうせ声からして崇高くんでしょ。
しかし、ぐらぐら回る感覚の中で、突然音が消え、不意にぱっと視界が切り替わる。さっきまで、目を閉じて誰かに運ばれていたはずなのに……いつの間にか私は一人、星空に浮かぶ細い道の上に立っていた。
頭上と左右、そして足元、道の下にも広がる無数の星の海。周囲を覆う深い闇。周囲は見渡す限り、星の輝き以外に明かりはなく、まるで、宇宙の上にかかった橋の上に、私だけがぽつんと取り残されているみたいだった。そして……ちりちりと肌を刺すくらいに空気が冷たい。行ったことはないけれど、きっと、空の上もこれくらいに寒いのだろう。ここに初めて来たときには、私もついに死んだのだと、真剣に思ったのを覚えている。……そう。私はここに来るのは、これが初めてではない。
振り返ってみると、私の後ろにも細い道はずっと続いている。目を細めてみると、その上に浮かぶ、連続した無数のスクリーンのようなもの。そこには色々な光景が映し出されていた。
例えば、私から一番近い場所にあるそれには、昨日崇高くんが「友達と喧嘩した」と泣きついてきた場面が浮かび上がっている。正直、もう少ししっかりして、と思わなくもない。
……まあ、人には向き不向きがあるものだ。彼にもきっと輝ける場所が世界のどこかに用意されているのだろう。……そう、信じておくとしよう。それよりも、問題は。
私はもう一度、後ろでなく今度は前、道の先へ視線を移した。すると、そう遠くない位置で、道は途切れていた。目を凝らすと、それがどのあたりかが辛うじて見える。
だいたい高校二年生の、服装から見て秋か冬。おそらく、秋。そこで道は終わっている。毎回ここに来るたびに確認しているが、その状況はついぞ変わることはなかった。
……やはり、何か手を打っておく必要があるだろう。なぜなら、おそらくこの道は……。
「……汐音!」
名前を呼ばれ、ぱちりと目を開ける。すると、血相を変えてこちらを覗きこむ崇高くん。その向こうには、風に揺れている白いカーテンと、同じく白い、壁と天井。微かに鼻をつく、消毒液の匂い。……どうやら、病室か。また私は倒れたらしい、と予想を立てておく。
と、崇高くんが私のベッドに顔を埋めて、突然おーいおいと大声を上げて泣き始めた。
ちょっ……やめ、それやめて! もうやめてって! び、病室だってばここぉ!
私は思わず周りを見渡し、一人部屋だったことに今更気づいて、少しほっとする。少しだったのは、これが自分の幼馴染なんだ、という事実をどう受け止めていいかが分からなかったからだ。崇高くん、毎度ながら貴方の存在は、私にはちょっぴり重すぎるよ。
「よかった……! もう、目が覚めないかと思って……!」
「やだなぁ。大袈裟だよ崇高くん。……だから今すぐ泣くのを止めてね、いい子だからね」
「大袈裟って……! だって、もう息もほとんどしてなかったし……!」
「あ、そうなんだ……。でも、私は死なないよ。だって……」
私はそこで口をつぐんだ。言いかけたけどやっぱり言わない、という意思は間違いなく伝わったはずなのに、崇高くんは私をまじまじと見つめた。
「だって、何だ?」
「……それより、ごめんね。今、何日?」
「いつも通り過ぎだって……で、だってって?」
私が黙ってニコニコと笑っていると、私の心配性な幼馴染は肩を落とした。私がこうなると何も答えなくなることを、彼はよく知っているのだった。
私は窓の外へふいっと視線を映し、心の中でだけ、彼の疑問への答えを呟く。
……だって。私は間違いなく、高二の秋までは死なないから。小さい頃から何度も見たあの星空の中の道。私がおそらく死にそうになると行くあの道は、きっと私の過去と未来だ。
そしてだからこそ、何度倒れても私はあまり危機感を抱くことができなかった。なぜなら、高2までの未来が、確かに私にはあったから。
よって私は少なくともそれまでは死なないのだ、と半ば気楽に認識していたし……同時に、そこから先の道が何度見ても見当たらない私は、きっとそこで死ぬのだろう、とも……理解していた。それこそ小さい頃から、ずっと。
……だから、今更手を打つと言っても……。
私は崇高くんを置いておくことにして、ふと手を広げ、差し込む日の光に透かしてみた。その手の内には、光を通してはっきりと見える薄い血の赤。それを見ていると、まだ自分が確かにここにいるということを実感できる、気がした。
ただ、残り時間はもうそんなに多くない。……さてさて。じゃあ、これからどう動くか。
……いったい、どうしたものかなぁ……。
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「……いやそっからどうすんの」
文化祭当日の朝、ベッドから身を起こして俺の口から出たのはそんな感想だった。
今のは、夢? いや、病室の窓に映った汐音ちゃんの姿が今よりミニマムだったところを見ると、あれは汐音ちゃんの過去の記憶、か?
でも、そうだとすると汐音ちゃん明らかにカウントダウン始まっちゃってたじゃないか。しかもゲームだと海外行くのって二年生の終わりなのに、その前の秋に終わりが来てる。秋って今だ。というか今半分冬だから、おそらくもう過ぎてる。
と、すると……? あの後、彼女は一体、どうしたんだろう……?
しかし、いくら考えても答えは出ず。俺がもう一度すっぽりと布団を被って寝転ぶと、ふと枕元のイルカの時計と目が合った。イルカは何も言わずに無機質な目で俺を見返す。……七時。いつの間にかもう起きる時間だった。
俺はそっとベッドから床に足を下ろし、もう一度そっと枕元を振り返る。そこには、イルカの時計。ゲームで汐音ちゃんが一番気に入っていたもの。
……そうか。
汐音ちゃんは少なくとも、この部屋から何も持って行っては、いない。
朝食のパンにバターを塗り、もぐもぐと少しずつ咀嚼していると、母上殿がウキウキした様子で口を開いた。母上殿はいっつもテンション低くはないが、今日は一層高い。そのせいか、なんだかそわそわと体を動かしている。
「ねえねえ、今日は崇高くん、迎えに来てくれるって?」
「みたいだねぇ」
「なんでそんなに冷めてるの? せっかく一緒に登校できるのよ! こんな一大イベントの日にね!! お母さんにはこんなことなかったわ!!」
「うん」
「お父さんとはね、大学の時に会ったからね」
「大学には文化祭ってないの?」
「うっ」
胸を押さえてテーブルにぱたりとうつ伏せになる母上殿。あったけど行ってない、という返事を全身で表現していただいたので、俺はそれ以上何も言わないこととした。
やがてむくりと身を起こし、何事もなかったかのように母上殿は笑顔で話を続けた。
「でも、晴れてよかったわねえ。今日、めっちゃくちゃいい天気よ」
「うん。お母さんも来るんだっけ?」
「当たり前よ! 娘の一大イベントの日に行かないわけにいくもんですか!!」
「私は何もしないんだけど……」
すると、母上殿はなぜかニヤニヤと笑みを浮かべた。このこのぉ、みたいなリアクションも取ってくる。
しかし俺にはとんとピンとこなかった。4股デートがバレているのかと一瞬思ったが、それを娘の一大イベントとはさすがに表現しない気がする。しかも4股かけるのは崇高だしな。まったくけしからん奴だ。
「だからぁ、崇高くんよ」
「あ、やっぱり4股デートで正解なの?」
「4股!? あなたそんなに浮気性だったの!? いや我が娘ながらヤバいくらいに可愛いから出来そうは出来そうだけど!! 駄目よそんな!!」
「いや、4股するのは崇高くんだから」
「……何ですってぇ!?」
その時、ピンポーン、とチャイムが鳴った。おそらく主人公が俺を迎えに来てくれたのだろう。本当なら高宮城先輩北辻さん貝森ちゃん柚乃ちゃんの家を順番に回って呼び鈴を鳴らして欲しいところなのだが、それはさすがに求めすぎか。奴にはこの後、その分働いてもらうとしよう。
俺は席を立ち、鞄を手に取った。振り向いて、頭を抱えたままわなわなと震えている母上殿に挨拶する。
「じゃあもう時間だし、行ってくるね。また着いたら連絡して」
「後でお母さん、崇高くんに話があるわ。4股なんて……! さすがに許されないわよ……!」
「あ、それは許してあげて。私が望んでることだし」
「あなたその年でどんな爛れた性癖持ってるの!? ……あなたぁ、娘が、私達の娘がわからないわ……」
もう1度ばったりとうつ伏せになってしまった母上殿は気になったが、普通に喋ってはいたので置いて玄関を出た。
するとそこにいたのはやはり崇高。今日の主役であり、中心であり、主人公。俺はさっそく上から下まで崇高の服装をチェックする。
……ほうほう。制服なのだが、今日はキッチリと決まっている気がする。……うむ、悪くない。やるじゃん!
俺は思いっきり主人公の背中を何度も叩き、最後の仕上げとばかりに激励した。と、ぺちぺちと軽い音が響き、なんだかくすぐったそうな顔をされる。
……い、いや、こういうのは強弱じゃない。気持ちが伝わればいいんだよ。
「期待してるからね! 崇高くん!」
「お、おう。汐音も文化祭、楽しみだって言ってたもんな!」
「……あれ? 言ったかな?」
「ああ。夏前に確かに言ってた。俺が汐音の話を覚えてないわけない」
お、おう。そうか。……夏前? なら、それは俺じゃなくってきっと本物の……。
俺が下を向いて立ち止まり、今朝見た汐音ちゃんの夢を思い返していると、突然ぎゅっと手を握られた。隣を見ると、不自然なまでに前だけをまっすぐ向いた崇高が、俺の手を握ったまま足早に歩き始める。
「ち、ちょっと崇高くん……放してってば……! っていうか痛い……!」
俺は手を繋がれているので自然と引きずられながら早足になる。引っ張っても全然抜けない、どころか手がミシミシ言っている。こいつ後で説教だな。女子と手を繋ぐときに握力は必要ないという生まれたてのゴリラでもわかることをこいつはどうもまだ理解できてないらしい。
どうやら離してくれなさそうだ、と理解した俺はやがて抵抗を諦めた。今日、登校時にいい思い出を作ってやる代わりに、こいつはこの分も上乗せで死ぬ寸前までこき使ってやろう。
その時、一陣のひんやりとした風が吹き抜け、ぶるりと思わず身が震えた。俺は前を行く崇高の背中を、そしてその向こうにある空を見上げる。母上殿の言う通り、雲一つない、よく晴れた秋の空。しかし時折舞う風の冷たさは、冬がそう遠くない場所まで確かに来ていることを知らせてくれているようだった。
文化祭を楽しみにしていたという汐音ちゃん。彼女はこのイベントに、一体何を見たんだろう。しかし俺がどれだけ目を凝らしても、広がる青空の向こうに答えは見つけられなかった。
俺たちが登校すると、そこはもういつもの学校とは違っていた。綺麗に掃除されて何も余分なものがない普段とは違い、どこか雑多で、ざわざわと活気に溢れている。
あちこちに手作りであろう色とりどりの看板が掲げられている。校庭には、屋台や催し物のテントがあちこちに並んでいて、わっせわっせと生徒が何やら大きな荷物を運び込んでいる。校舎の陰を覗いてみると、そこには何やら椅子と机が積み上げられ、やがて訪れるであろう自身の出番を待っていた。
文化祭がこれからやってくるのだ、ということを実感する。いやー、しかしやっぱこういう雰囲気っていいね。なんかこう、場がエネルギーに満ち溢れてる、みたいなさ。
俺は自分の教室に入り、中をぐるりと見まわした。
ここも他の場所と同じく、いつもとは様子が違う。いくつか置かれた丸いテーブルと綺麗な白のテーブルクロス、カーテンで隔離された奥に設置された大きな冷蔵庫と電気ポット、窓際に並ぶ謎のお洒落っぽいオブジェ。なんでも我がクラスは、コスプレ喫茶をやるらしい。俺は重要ミッションがあるゆえ手伝えないが、頑張っていただきたい。
「あ、汐音はこっち」
「えっ……? な、何か準備まだあったっけ?」
ところが教室に入るなりモブにぐいぐいと引っ張られ、女子更衣室の方に連れて行かれた。俺も裏方として、(低い部分の)飾り付け、配線のセッティング(主に足元)、家でのクッキー増産(作成協力:貝森ちゃん)などなど、事前の準備ではけっこう働いたので、今日は他の面々に任せることになっていた。だから俺がやることなど、何か準備を忘れていたとかでない限りないはずなのだが……。
「今日は竜造寺くんと校内回るんだよね。……頑張ってね! もう今日で決めてきな! ……で、これこれ、せっかくならこのタスキをかけててほしいんだ。ほら、宣伝宣伝」
「うん、今日はね、そのつもり! タスキもいいよ。準備も手伝ってもらったしね」
『2-B コスプレ喫茶やってます』と大きな字で書かれたタスキを「はい」と手渡された。決めてきな、に対して俺が笑顔で腕を振り上げると、更衣室にいた裏方女子たちが一斉にキャーっと騒ぐ。ははは、ありがとう。タスキくらいお安い御用さ。
俺なんて昔、文化祭ではガチャピンの着ぐるみ着て立札持ちながら校舎中を練り歩いたことすらあるからな。ただ、あれも別に恥ずかしくはなかったな……。みんなに注目されてちょっとテンション上がってしまったくらいだ。それに比べりゃタスキがなんぼのもんじゃい。しかし、俺がよいしょとタスキをかけようとすると、なぜかそれは制止された。
「あ、待って待って。そのままだとコスプレ喫茶ってわからないでしょ」
「いや、それは日本語が読めたらわかるんじゃ……? ここにほら、でかでかと書いてあるじゃない」
「ということでこれよ!」
話を聞かないモブ女子によってじゃん、と広げられたのは、黒を基調にしたワンピースドレスだった。ほぼ黒一色だが、すそと首元の縁取りだけが白い。そしてひらひらとやたらにフリルがついている。さらに、黒い日傘、黒ニーソとどんどん手渡されたので俺はとりあえず受け取り、それらに目を落とした。……黒っ。なんじゃこら。こんなん全部着たら推理マンガの犯人くらいに全身黒くなるぞ……。
「……えっと、なにこれ?」
「クラスで会議して投票した結果、汐音にはゴスロリが似合うってことになりました」
「え、なにそれ私知らない」
「正確にはこれはゴスロリではないんだけどね。ただだからこそ、コスプレっぽく格好そのものを楽しむという僕らのクラスのコンセプトを宣伝できると踏んでいるんだ」
くいっと眼鏡を押し上げながらモブ女子の横で解説してくれる眼鏡男子。……ほーん、熱弁サンキュー。でも全然わからん。……ん? 男子?
俺がもう1度視線を上げると、眼鏡男子は女子一同からボッコボコの袋叩きにされて、廊下にポイっと放り出されるところだった。袋叩きに参加していたモブ女子は扉を閉じて施錠した後、手をぱんぱんっ! と払った。そしてにっこりと微笑む。
「わかった?」
「……いや私って裏方じゃ……?」
「だから教室の当番には当ててないでしょ? 当日自由にしていいかわりに、裏方として宣伝してもらわないと。ほら、最前線は教室でしょ。宣伝は後方支援だよ。後方支援っていったら裏方だよ」
「……そ、そっかぁ……でも、恥ずかしいから普通の恰好がいいなあ……」
制服のスカートですらいまだに抵抗あるのに、こんなひらひらしたのを身に着けたりしたら俺は羞恥で死んでしまうぞ。ガチャピンの方が100倍マシだ。露出部分はそこまで多くはないとはいえ、そんな問題ではない。
「ちなみに着ないなら、教室の当番をやってもらわざるをえないんだけど」
「なんで!? 私けっこう貢献したでしょ!? クッキーとか美味しいって言ってくれたじゃない!! 今日回れないとマジで困るんだよ!? 今日の文化祭はね、私にとっては言うならば桶狭間! ううん関ヶ原! いや、本能寺みたいなものなんだよぉ!!」
「でも……他の裏方も全員こういうの着て校舎を回るのに、汐音1人だけやらないって言うならそりゃねえ……」
ふーやれやれ、とモブ女子は腰に手を当て、首を振って大きなため息をついた。同時に、「え゛っ」という感じで一斉にこっちを見る裏方女子一同。モブ女子が笑顔のままで周りを見渡すと、彼女らはみなこくこくと首を縦に振った。
えっみんな? みんなこんなの着るの? ……いや、裏方の比重大きすぎない?
「裏方って思ったより大変なんだね……」
「私らも教室で頑張るからさ。……じゃあスタイリスト班、準備しなさい! 汐音を完成版に!」
「「ラジャー!」」
「……完成版?」