恋愛ゲームの世界を願ったらなぜかヒロインになった俺は、攻略を回避するのに忙しい 作:うちっち
同行者のうち1人が突然教室の床に正座し始めて説教されるというあまり日常では見られない光景が繰り広げられたはずなのに、そんな俺たちを見て、北辻さんがどこか楽しげにくすくすと笑った。心が広いのか、やっぱりあんまり何も考えていないのか。少々判断に困るところだ。
「仲がいいのね」
「いえ全然仲良くないんです。それどころか困ってて。もう少し常識を身に着けて欲しいんですけど……」
いやそうだ、今はそれどころではない。崇高が正座で動けない間に、俺は教室の端っこに座っている責任者らしき眼鏡女子のところにぱたぱたと駆け寄った。邪魔者がいない今がチャンスだ。しかし、崇高と違って至極常識的な行動しかしていないはずなのに、眼鏡女子は走り寄る俺を見てなぜか少々怯えた表情を見せた。
「あの! 展示品って記念に貰えたりしないんですか? 文化祭が終わったらどっちみち破棄しちゃうんだと思うんですけど。私なら誰よりも大事に部屋に飾れますっ!」
「何言ってるんだ汐音!? 常識的に考えて駄目だろ!?」
外野からそんな心無い声が飛ぶが、俺は振り向かずにシカトした。常識のない人間が言う常識など、いつの時代も非常識以外の何物でもないに決まってるのだ。
しかし、ぽかんと俺の顔を眺めた眼鏡女子は、困惑したようにしばらく沈黙した。ふと、その視線がすーっと俺の背後へスライドしたので、崇高が今度は俺の背中でもさすりに来たのかと思って振り向くと、北辻さんが眼鏡女子に拝むようなポーズを取ってくれていた。よくわかってなさそうだけど援護射撃してくれるらしい。どうやら北辻さんが言っていた後輩はこの眼鏡女子か。
「まあ……北辻先輩の知り合いみたいだし……あげてもいいけど。可愛いし」
「やった! やったぁ! ありがとうございます!! ……ほら見ろー!!」
馬鹿な、という顔で俺たちを見つめる崇高。これで常識がないのはどちらかがはっきりしたな。わーいと北辻さんに駆け寄り、その手を熱烈に握って振り返ると、崇高はぐぬぬと大いに悔しそうな顔をした。わはは、ざまあ見やがれ。どちらが常識人かはこれではっきりしたようだな。大事なことだから2回言っておく。
手を繋いでくるくると踊る俺とそれに付き合ってくれる北辻さん。俺たちをしばし笑顔で眺めた後、眼鏡女子はピンと人差し指を立てた。
「ただし! 文化祭が終わったらね」
「それはもちろ……」
俺は頷きかけて、途中で口をつぐむ。変な沈黙になってしまったので、眼鏡女子は「えっどないしたん?」みたいな顔をしたが、俺は浮かんできた疑問をもう少し形にしようと黙って頭を回転させた。
……疑問、というより。正確に言うなら、気になることが1つある。
それは、さっき思い浮かべて、なんで? って思ったことと共通する。なんで展示品が盗まれるの、ってあれ。だってそんなの盗んでどうするんだ。そりゃ展示した本人の思い出にはなるかもだが、普通は一般的に価値なんてないじゃん。
……そう、価値なんてない。……普通は。……でも、もし。展示品の中に、価値のあるものがひっそりと紛れ込んでいたら? この眼鏡女子が北辻さんの後輩だったから貰えるようなもので、そうでなければ確かに厳しいだろう。なら、誰か欲しい者がいたとしたら? そいつはどういう手を取る?
……おそらく、盗んででも手に入れようとするんじゃ、ないだろうか。なら俺の想像が正しければ、文化祭が終わった時には……きっともうこの石は、ここにない。
「いえ、今ください!!」
「え、これ本気? あ、本気だ。……あなた、見た目の割りになかなか貪欲ね。うーん……でもさすがにそこまで特別扱いは……」
「ど、どうしても駄目ですか……?」
うるうると涙目で見つめてみたが、眼鏡女子は「うっ」とたじろいだものの、結局譲ってくれるとは言ってくれなかった。くそう、崇高なら一発なのに。たぶんあいつならあのケースの中のもの全部くれるぞ。ただそのどっちがまともな対応なのかはちょっとわからんが。
しかし、眼鏡女子はしばらく考え込んでいたかと思うと、ぽんと手を打った。……お? ひょっとして気が変わって頭崇高になってくれた? キラキラした目で見つめる俺に、だが眼鏡女子は思っていたのと違う条件を提示してきた。
「そうだ。スタンプラリー制覇してきたらあげられるよ。それなら特別扱いにはならないし」
「スタンプラリー?」
「ええ、あれって完全制覇の賞品が『屋台や出し物になんでも希望を叶えてもらえる』ってものだから。ま、難易度がヤバいからだけど」
……スタンプラリー。文化祭の色々なイベントを回り、課題をクリアすることで貰えるスタンプを集める企画。まあ、よくあるやつだ。これがなぜ「何でも希望を叶える」なんて賞品になっているかというと、答えは簡単。難しすぎてクリアした人間がいないからだったりする。
グループでチャレンジしてもいいのだが、そもそもクリア前提で作られてないっていうか……。たぶん半分でも達成できたらその時点で歴代3位には入れるんじゃないだろうか。俺でもゲーム内でクリアしたことはない。……何せ、あの高宮城先輩ですらも単体だと無理だったからな……。
……ん……? 待てよ? ……単体……?
「わかりました! じゃあすぐに戻ってきますから! 行くよ、崇高くん! 北辻さん!」
「ま、待てよ汐音!」
そして、スタスタと俺の隣に並んだ北辻さんに、俺は真剣な顔で話しかけた。
「北辻さん、1つお願いがあります」
「あら、あらたまって、何?」
「今日だけ、今日だけでいいので、どうか誰とも喧嘩しないでください」
「……それだけ? 別にそのくらい、いいけど……」
「ありがとうございます!」
喜ぶ俺を見て、北辻さんは困惑した表情で何回も首をひねった。
「あたし、そんなに怒りっぽく見られてるのかしら……誰とでも別に喧嘩なんてしないと思うけど……」
俺は、集合した一同の顔をぐるりと見渡した。約1名、北辻さんが高宮城先輩をギリギリと睨みつけている他は、当初予想していたよりは不穏な雰囲気はない。しかしほんとに北辻さんが我慢してくれるとは思わなかった。よかった先に釘刺しといて。
……あと1年生2名もよく来てくれたものだ。約束してたのは明日なのに。柚乃ちゃんは貝森ちゃんを呼んだら勝手についてきただけだけど。ただ、貝森ちゃんと柚乃ちゃんは隣り合っているのに不自然なほどに視線を合わせなかった。こちらも注意は必要だろう。
だがこのメンバーなら不可能はない。何せ普段は1人しかいないヒロインが俺も含めて5人いるんだからな。さすがヒロインだけあって、彼女たちは得意分野では他の人間の追随を許さないほどのスペックを誇る。あ、崇高はいてもいなくてもどっちでもいいや。
「では、説明します! 今日目指すは、スタンプラリーの制覇! これだけです! 何か質問は?」
「はい!」
さっと手を挙げた貝森ちゃんに俺はビシッと指をさした。いいよいいよ、その積極姿勢。貝森ちゃんのそういう前向きなとこ、俺好きだな。
「……なんでそんなことしないといけないんですか?」
「それはね、賞品が欲しいから」
「……賞品って?」
「教室で展示されてる品をくれって言ったら、まずはスタンプラリーを制覇して来いと言われたんだよ」
「ヤバい……汐音先輩が何言ってるのか全然分からない……」
すると、「はぁい」とその隣で可愛く柚乃ちゃんが手を挙げる。ちらりと貝森ちゃんに目をやった後、柚乃ちゃんはいかにも嘘っぽく微笑みながら口を開いた。
「わたしには今のでバッチリわかりましたよぉ」
「嘘ぉ!? 柚乃それ絶対嘘でしょ!? 嘘だ!!」
「亜佑美ちゃんだけじゃない? わからないの」
そう言われて、ちょっぴり自信がなくなったらしい貝森ちゃんは、救いを求めるように高宮城先輩へ視線を移した。
「高宮城さん……わかりました……?」
「だいたい」
「嘘でしょ!? ほんとに……? ……あ、あたしの物分かりが悪いのかな……」
高宮城先輩が分かってるのは、スタンプラリーを制覇して俺が賞品をゲットしたいと考えてる、ってとこくらいまでなんだと思うが、貝森ちゃんにはそこまで読み取るのはまだ難しかったらしい。まあ何でも構わん。さあ、じゃあ行くぞ、約束された明日へ。みんな俺についてこい!
さて。では、まずどこに向かうかを決めなければならんな……。
俺達はまずグラウンドの大会本部のテントでスタンプラリーの用紙をゲットし、それを覗き込みながら最初の獲物について協議した。俺はグラウンドで観衆が集まってわーわー盛り上がっているあたりをとりあえず指さし、提案してみる。
「どうせ全部回って撃破するんだから、近い順に回ったらいいんじゃないかなあ。まずはあそことか」
「相変わらず汐音先輩は見た目に反して好戦的ですね……えーっと、あそこでやってるのは……陸上部……で、内容が『400メートル走対決』と『タイヤ引き競争』? ……これマジですか? 負けるに決まってるじゃないですか」
「そもそもタイヤ引きって陸上競技なのかしら……」
果たして、人だかりのある場所に近づいてみると、確かにそこは陸上部への挑戦の真っ最中だった。トラックを一周するコースが舞台みたいだ。たださすがにハンデがあるようで、陸上部の走るコースはスタート位置が三十メートルほど後ろに設定されている。
すると、コースの手前、受付らしき机にいた見知らぬ癒し系の一年生がふとこちらを見た。かと思うと、ニコニコ笑って手を振ってきた。
「わー、貝森さんだー」
「友紀ちゃん、そういえば陸上部だったっけ。チャレンジしたいんだけど、いい?」
「いいけど、今はやめといた方がいいかなぁ……だって次の相手、エースの今宮先輩だよ?」
そう言われてトラックを見ると、ぴょんぴょんと跳ねて準備運動をしている男子生徒は、すらりとして確かになんだか足が滅茶苦茶速そうだった。貝森ちゃんが俺の耳元で囁く。
「……だそうですが、どうします? 汐音先輩」
「んー……しかしこれも勝負。相手には運が悪かったと諦めてもらうしかないね」
足が速いほどプライド傷つけちゃうだろうからなぁ……。しかしいかに足が速かろうと、人間はティラノサウルスより速く走ることはできないのだ。いや高宮城先輩は別に大型爬虫類とかじゃないんだが、それくらいのスペックたぶんあるから……。もしこの人がフェンスの崩壊したジュラシックパークに行ったとしても、しれっと単身無傷で帰って来そう。
でもあらためて、なんでこの人だけこんなに人外なんだろう……? ゲームじゃその辺りは明らかにならなかったが……。まあいいか。ゲームってたいていそういう規格外な登場人物って1人はいるし。今はそんな些細なことを考えている場合ではない。
……いや、でもこれ、頼んでしまっていいのか? 先輩の隠している面を一般に公開してしまうことにならない?
俺は先輩と2人で離脱し、助っ人を頼むことについて、あらためて先輩自身の意思をきちんと確認することとした。しかし、先輩はあっさりと首を縦に振る。
「何も問題はないと思うのだけれど」
「でも、目立っちゃいません……?」
「だから朝も言ったじゃない。別に構わないわ」
先輩の表情は変わらなかったが、本当にそう思ってくれているであろうことは伝わってくる。俺は先輩を見上げ、深く頭を下げた。気分は用心棒に後を任せる悪代官の気分。
「じゃあ高宮城先輩、いえ、先生。あとはお願いします」
ちなみに歩いていく先輩を見送る他4人の視線は、それぞれ心配3、怒り1といったところ。もちろん誰が1かは言うまでもない。いや、でもなんで怒ってるの……?
俺たちから少し離れた場所、グラウンドのコースでスタート位置に悠然と立つ高宮城先輩は、いつも通り無表情のまま。貝森ちゃんが不安そうにそれを見つめる。
「大丈夫かなぁ……だって、エースですよ? すっごく速そうですよ? 差をつけられすぎて高宮城さんが傷ついちゃったら気の毒ですよ」
「貝森ちゃんってさ、怪獣映画でゴジラと自衛隊が戦う場面でさ、ゴジラの心配をする子?」
「いえ、さすがにそれはしませんでしたけど。なんで急にそんな話をするんです」
「すぐにわかるよ」
そして、貝森ちゃんの心配をよそに、レースは無情にも始まりを迎えた。係に案内され、無表情のままスタートラインに佇む高宮城先輩。そのままふわりと空を見上げ、静かに目を閉じた。おお、あれはめったに見られない先輩の本気モードではないか。なぜか今日の先輩はやる気に溢れておられるらしい。
「では位置について、よーい……スタート!」
パァン、と鳴らされた合図とともに、高宮城先輩と陸上部男子がほぼ同時に地を蹴って走り出す。次の瞬間、高宮城先輩はまるでマンガみたいに土煙を上げながら、直線を瞬く間に駆け抜けた。後ろの男子も焦ったようにその背を追うが、開いた距離は全く縮まらない。
というか両者の間には、海を泳ぐサメとそれから泳いで逃げる人間くらいの速度の差があった。いや、決して誇張ではなく。しかし先輩の体、本気で何でできてんだろ……。
「勝てる、勝てるぞ! 行けーっ!」
「……いや、え……えっ? 何あれ……」
「ち、ちょっといくらなんでも速すぎませんか……?」
素直に盛り上がる崇高と、喜ぶより先にちょっと引いている貝森ちゃんと柚乃ちゃん。
観客の間にもざわめきが広がり始めた頃、高宮城先輩は1周を早くも走り終えて悠々とゴールを駆け抜ける。その時、対戦相手はまだ最初のコーナーを曲がり終えた所だった。
そして、高宮城先輩は汗もかかずに涼しい顔をして戻ってくる。その後ろをぞろぞろとついてきながら、熱いスカウトの言葉をかける陸上部の皆様方。きっと我が校の陸上部の中では、常識の範囲内の存在であるかより足が速いかどうかが大切なのだろう。
ちなみに先輩が俺達のところに戻ってきた時にようやく相手はゴールし、地面に両膝から崩れ落ちていた。最後まで心折れなかった彼の完走を称えたい。
「勝ったわ」
「な、何、今のは……」
「い、いったいどういうことなのかしらぁ……?」
勝利宣言をする先輩を前に、そっと寄り沿う貝森ちゃんと柚乃ちゃん。なんか意外な所で意気投合してるようで何よりである。
「お疲れさまです! ……じゃあ帰ってきて早速なんですけど、次も高宮城先輩にお願いしていいですか? ほら、タイヤ引き」
「汐音先輩鬼畜過ぎません!? いや今の見てたら勝てそうですけど……」
「いえ、待ちなさい!」
そう叫んでばっ、と手を広げ、まるでマントを翻すようなポーズを突然取る北辻さん。マント羽織ってないので何もなびくものはなかったけれど、たぶん気分の問題だろうから深く考えるのはやめておくか。えーっと、で、なに急に?
「なんで高宮城ばっかりに頼るわけ!? 今度はあたしが行くわ!」
そう言い残して颯爽とトラックに向かう北辻さんを、はらはらとした目で見送る俺。……だ、大丈夫かな……? 北辻さんって有能なんだけどあくまで人間の範囲内っていうか……。恐竜映画で言うと中盤まで頼りになるベテラン職員なんだけど「ようしいい子だ」なんて子供の恐竜を調子乗って追い詰めてたら後ろから親の恐竜に食べられる、みたいな立ち位置だから……。
俺達が北辻さんの背中に送る視線は心配3、無表情でよく分からない1。誰が1なのかは言うまでもない。しかし、俺が見る限り、高宮城先輩は何の感情も北辻さんに送る視線に乗せてはいなかった。やっぱあんまり興味持たれてないんだろうか。
「だ、大丈夫ですかね……? だってあのタイヤ、すっごく重そうですよ? 1つ30kgあるんですって。それが3つですよ? 明らかに女性には無理じゃ……?」
「う、うーん……でも北辻さんって高宮城先輩のライバルだし……」
「そりゃさっきはびっくりしましたけど。だけどあんなことができる人間がこの世に何人も存在するわけ、が……ん?」
「ぬぉぉぉぉぉりゃあああああ!!!」
鬼神のような叫びをあげ、鬼神のような顔で走る北辻さん。その胴にはロープが巻かれており、土煙を上げながらタイヤがずるずるとすごい勢いで引きずられている。後ろから追う陸上部の後ろにはタイヤが4個。その差は詰まらず、追いつかれる前に北辻さんがゴールを力強く駆け抜けた。
戻ってきた後、ぜーはーぜーはーと北辻さんは膝に手をついて屈んでしばらく息を整え、キッと顔を上げて高宮城先輩を睨みつけた。
「ほら、勝ったわよ!! これで文句ないでしょ!?」
すると高宮城先輩は少しだけ不思議そうな顔をし、少し首を傾けた。何言ってるんだろうこの人、みたいな表情だ。それがまた気に食わなかったらしく、噛みつかんばかりの勢いで北辻さんは食って掛かる。
「なによ!? 何か不思議なことある!?」
「いえ。最初から、北辻先輩が勝つのは疑っていませんでしたから」
無表情のまま、淡々と言う高宮城先輩。北辻さんは虚を突かれたような顔をして一瞬動きを止めた後、少し顔を赤らめてそっぽを向いた。
「そ、そう……? ま、まあそれが分かってたらいいわ」
一方、その光景を見ていた俺と貝森ちゃんと柚乃ちゃんは少し離れた場所で円陣を組み、頭を寄せ合ってひそひそと会談した。
「北辻さんって高宮城さんのこと実は大好きですよねぇ」
「実はっていうか明らかにっていうか。あれもう恋する乙女でしょ」
「……ちょっとそこ、うっさい! 聞こえてるわよ!?」