恋愛ゲームの世界を願ったらなぜかヒロインになった俺は、攻略を回避するのに忙しい   作:うちっち

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あらためて、よろしくお願いします。

 高宮城先輩お気に入りの場所、屋上の貯水タンクの上に集合した俺たち。ひんやりとした風が吹きつけるものの、ここには誰もいない。俺はゆっくりと、全員の顔を順に見渡した。

 

 

 

 ――いつも通り無表情な高宮城先輩、それをジト目で睨んでいる北辻さん、息を切らしている貝森ちゃんと柚乃ちゃん、ぼーっとこっちを見ている崇高。ふむ、戦意を失っている者はいないな。結構結構。

 

「と言っても、正直あまり戦況はよくありません」

「戦況って」

 

 いやこれはもうあの野郎との闘いなんだよ貝森ちゃん。しかしまずった。高宮城先輩に俺を運んでもらえばいいのでは? と最初は思ったのだが、ここに来るまでの間にそれが不可能なことが判明した。

 

 というのは、なんか背負われて運ばれるのって、揺れるんだよ。小刻みに。それが内臓にダメージを与えるっていうか。それが証拠に、俺はもうボディーブローを打たれ続けた終盤のボクサーみたいになっちゃってるからね。率直に吐きそう。これで2時間なんて過ごしたら持病以前にリアルに死んでしまうので、他の手段を考えないといかん。あ、死ぬって言っても社会的にって意味ね。

 

 

 

 青い顔をして口を押さえながら考え込む俺を見て、貝森ちゃん他もどうやらまずい状況だということを理解してくれたらしい。真剣な顔をしてそれぞれが考え込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「2時間捕まらなきゃいいんでしょ? かかってくる全員張り倒せばよくない? どれだけいても1度に相手するのって前後左右の4人ずつなんだし」

 

 真剣な顔でグラップラー的な意見を述べたのは、当然ながらと言っていいのか北辻さんだった。この人鬼ごっこって知ってんのかな? 遠い外国の人に「日本には『鬼ごっこ』って遊びがあるんですけどどういうものだと思いますか?」ってインタビューで聞いた時くらいしかこんな意見出てこないだろ……。

 

「えー、次の意見ありませんか?」

「何よ! もう少し検討してくれたっていいじゃない!」

 

 時間が勿体ない。だって30分後にスタートしちゃうんだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 すると次に、柚乃ちゃんが笑顔でふわりと手を上げた。おお、賢さではヒロイン中随一を誇る彼女なら、きっと有用な手段を……!

 

「率直に、あきらめる、とかはいかがですかぁ?」

「いやいやいや! もう少し検討して柚乃ちゃん!」

 

「ですけど、夜桜先輩もうヘロヘロじゃないですかぁ。まだ始まってもいないのに。ここは早めにギブアップして無駄な労力を省くべきでは」

 

「そんな現実的な案はいらない! 無駄な労力とか言わないで! 足りない部分は根性で何とかするんだよ!! 次ぃ!」

 

「そんな戦時中みたいな」

 

 

 

 

 

 

 

 うーん……。なかなか「これだ!」というものは出てこないな……。俺は、寒そうに手をさすりながら考えてくれている貝森ちゃんの方に視線をやった。しかし彼女は申し訳なさそうな顔をして小さく首を振る。

 

「すみません……私だけ普通なもので、何も思いつきません」

「さっき芽生えた自覚はどしたの貝森ちゃん! それに私も普通だって!」

「普通な人間は道行く人から写真を撮られたりしませんて!」

 

 ちょっと意地になってるっぽい貝森ちゃん。しかし、俺が今撮られるのは主に目立つ服装とそれ専用にカスタマイズされたツインテリボンのせいのような……。だって、外見レベルで言ったらみんなほぼ同じはずなんだ。可愛い、綺麗とジャンルが違うとはいえ。

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、全員で集まってたら目立つから、夜桜先輩が単体で動くか、誰かと一緒に動くか、ってことが妥当かと思うんですけどぉ……」

 

 確かにそうかもしれん。とすると誰と行動するかだが……。

 

 

 

 

 

 俺はもう1度みんなの顔を順番に見回した。すると、ピコン! と心なしか選択肢が出てきたような気がする。ふむ……。

 

 

 

 

 ⇒「ここは万能、高宮城先輩と!」

  「いやいや北辻さん!」

  「柚乃ちゃんの手段を選ばないえげつなさに賭ける」

  「あえて貝森ちゃんの普通さに頼ってみる」

 

 

 

 

 俺は目を閉じてシミュレーションしてみた。高宮城先輩とだと俺が足を引っ張って即アウトな気がする。あと悲劇が起きてしまう予感。北辻さんは有能なんだけど騒がしいから目立つだろう。柚乃ちゃんはヤバイ方法を考え出してくれそうだから頼るのもありかもしれんが……。

 

 

 

 

 俺は薄目を開けて、なんだか元気がない貝森ちゃんの様子を窺った。そしてさっきの中庭での会話を思い出してみる。……よし。ここは貝森ちゃんと組むか! 別に失敗したってその時はその時だ。崇高と俺であの教室の黒い石の横に一晩中張り付くまでよ。

 

 それはそれで、「こっそりパクれば全て解決するのでは」という欲望との戦いになりそうだが……。いや、まあ他人に迷惑をかけるのはいかんよな。うん。頑張ろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貝森ちゃん、私と組んで行動してくれる?」

「えっ……? あ、あたしですか? いいんですか……?」

「もちろん! 貝森ちゃんが! いいんだよ! じゃあ決まりね!」

 

「夜桜先輩が決められたなら仕方ないですね。でも、亜佑美ちゃんだけに任せてしまうのも心が痛みます……私にも何かお手伝いできることがあればいいんですけれど……頑張ってくださいねぇ」

 

 眉を下げ、とっても申し訳なさそうな表情で、柚乃ちゃんはそう敗戦(?)の弁を述べた。しかしその顔には、自分を差し置いて貝森ちゃんが選ばれたことへの怒りがちょっぴり浮かんでいるような……。いやしかしすごいよな。それでも可愛いもん。さすが俺と同じヒロイン。きっと柚乃ちゃんが俺と同じ格好してたら同じように写真を撮られることだろう。

 

 

 

 

 …………ん? 同じ、恰好……?

 そうだ。こういう作戦はどうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 俺はちょいちょい、と柚乃ちゃんを手招きした。ちょこちょこと小さな歩幅で柚乃ちゃんは俺の前までやってくる。そして笑顔のままで首を傾げた。

 

「はいはい、なんですかぁ?」

「私たち、背格好同じくらいだよね」

 

 体格的には、俺と柚乃ちゃんが小さい、貝森ちゃん普通、北辻さん高宮城先輩大きい、の順。全員標準より細いのは、ゲーム的な都合だろう。俺はふくよかな子も決して嫌いじゃないけど。だってご飯とかめっちゃおいしく食べてくれそうじゃん。そういう意味でも貝森ちゃんって十分いいと思うんだが……おっと。

 

「柚乃ちゃん、さっき言ってくれた、協力してくれる気持ちに嘘はない?」

「え、ええ……まあ……」

「よし! なら、まず服脱いで。ここで。今すぐ」

「え゛っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、柚乃ちゃんと俺は一時退場し、お互いの服を交換した。非常に似合っているゴスロリの服を見下ろしながら、柚乃ちゃんはちょっぴり引きつった笑顔で呟いた。

 

「まさか屋上で脱がされそうになるとは思いませんでしたよぉ……」

「だって着替えに行ってると時間ないかなって」

「夜桜先輩だってそう言われたら嫌でしょ!?」

「私は平気だよ。その陰とかで余裕で着替えられ……こら崇高くん。想像しないで。興奮して出される鼻血ってリアルで見るとちょっと気持ち悪い」

 

「今のは汐音先輩が悪い」

「あたしもそう思うわ」

 

「……それはともかく。作戦はこうです。柚乃ちゃんには私に変装してもらい、高宮城先輩は柚乃ちゃんを背負って逃げ回ってもらいます。そしたらみんなそっちに行くんじゃないかなって」

 

 すると、さっきと違ってすごく嫌そうな笑顔で柚乃ちゃんが手を上げた。でもすげぇ、まだ笑顔だよ。さすが猫の被り方に年季が入ってる。

 

 

 

 

 

 

「ちょっとわたしの負担が大きすぎるんじゃないですかぁ?」

「大丈夫! 絶対捕まらないから!! それに捕まったらすぐに身代わりだって白状していいから!」

「……まあ、それならいいですかねぇ。要は時間稼ぎですか」

 

 渋々ながら、といった感じで了承してくれる柚乃ちゃん。しかし高宮城先輩に背負われて逃げ回るという任務がどういうものかを知っていたら、果たして彼女は素直に頷いてくれたかどうか。

 

 

 

 

 

「で、あたしたちはどうしたらいいのよ」

「北辻さんはさりげなく高宮城先輩をフォローというか、向かってくる鬼の方々を邪魔していただけたら。やっぱり北辻さんのフォローがあってこそ、高宮城先輩の逃げは完成すると思うんです」

 

 なくても逃げ切りそうだけど、ないよりはある方がいいだろうし。すると、北辻さんはちらちらと高宮城先輩の方を見ながら、これまた非常に嫌そうな顔をしてみせた。しかしその口の端がちょっぴり上がっていたのを俺は見逃さなかった。

 

「ええ~……ま、そこまで言われたらしょうがないわね。高宮城の足りない部分、あたしがフォローしてあげるわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのお……汐音先輩、あたしは……?」

「貝森ちゃんは私と校内を回ろ? こういうのってね、堂々としてる方が目立たないんだから」

「うーん、そういうものですか……?」

 

 貝森ちゃんは大いに異論のありそうな表情をしたものの、頷いてくれる。しかしそのままちらりと柚乃ちゃんの方へ視線を動かした。

 

「でも柚乃って、汐音先輩ほど髪長くないから無理ありません?」

 

 確かに貝森ちゃんの言う通り、俺の髪は通常だと背中の真ん中くらいまでの長さがあるのに対し、柚乃ちゃんは肩くらいまで。長さのあるふわふわツインテを再現するにはちょっぴり量が足りない。しかしあらためてこの髪、長すぎるだろ……。嘘みたいだろ、俺のなんだぜこれ。洗うの大変だし、全然乾かないし。汐音ちゃんは切ろうと思ったりしなかったのだろうか。俺なら思う。というか毎日思ってる。

 

 

 

 

 

 

「じゃあちょうどいい機会だし、柚乃ちゃんの長さまで私が髪切ったら……ごめんなさい、冗談なので北辻さんそんな怖い顔しないでください」

「でも、どうします? 柚乃にすっぽり何か被って逃げさせますか。ズタ袋とか」

「ふふ、自分がやったら? 亜佑実ちゃん」

「あたしがやっても意味ないでしょ! 単に顔隠して校内歩いてる変な人になっちゃうじゃん!!」

「なんだ、それならいつもとそんなに変わらないじゃない」

「変わるわ!」

 

 2人がわーわー言い合ってるのを見ながら、俺は頭を回転させた。確かに、顔は伏せてもらうにしても、髪型はぜひとも再現したいところだ。しかし……ふーむ……。髪、髪ねえ……。

 

 

 

 

 

「なあ汐音、クラスに借りに行ったらどうだ?」

「え? 髪を、借りに……? 崇高くん……どしたの急に……頭おかしくなっちゃった?」

 

 唐突な電波発言にドン引く俺。全くだ何言っとるんだこいつ、という冷たい目で全員から見られる崇高。すると、慌てたように崇高は手を振り回し、懸命な顔で弁明する。

 

「いや、汐音のクラス、コスプレ喫茶だろ!? カツラみたいなのも置いてあるだろきっと! そういう意味!」

 

「……あ」

 

 あった! あったわ! 今朝無理やり着替えさせられた控室にそれらしき箱とか置いてあった気がする。なんだこいついいこと言うじゃん。俺はぱちぱちと拍手をして崇高に賞賛を送る。

 

「崇高くんすごい! 冴えてる!! 天才!!」

「そうだろそうだろ! 俺も自分の才能が怖い……なんてな! ははは!」

 

「さっきの汐音先輩の台詞の後であんな無邪気に喜べる竜造寺先輩が怖い」

「記憶力がないんじゃない? わぁ、亜佑実ちゃんとお揃いだね」

「断じて! あれとは違う!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして無事、クラスからカツラをパクってくることに成功し、柚乃ちゃんは高宮城先輩に背負われて出陣した。屋上を去るときに柚乃ちゃんが見せた陰った表情が、任務のやばさを今更ながらに察知したことを告げていたが、もはや手遅れといえよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、こんなところでゆっくりしてていいんですか? ここ、汐音先輩のクラスじゃないですか」

 

 ひそひそ、と貝森ちゃんがテーブルから身を乗り出して俺に囁く。そう、俺と貝森ちゃんとついでに崇高は、我がクラスがやっているコスプレ喫茶に客としてやってきていた。さっき既にアナウンスがなされ、既に鬼ごっこは開始されているらしい。俺は注文したアイスティーを口に運び、余裕をもって笑った。

 

「だってここにいるなんて思わないでしょ? へへー、それに変装してるし」

 

 俺は眼鏡を上げ下げしながら対策をアピールする。着ぐるみを着て座ろうとも思ったのだが、その方が目立ってしまうのでは? と俺の理性がストップをかけたので残念ながらやめておいた。言い出さなくてよかったと、さっきの俺を褒めてやりたい。

 

「確かに印象は違うかも……今度は髪も編み込んでるし」

「北辻さんがやってくれたけど、あの人も大概何でもこなすよね」

「ああ……そうですよ、なのにあたしを選ぶとか」

「そここだわるね貝森ちゃん」

「そりゃこだわりますって……」

 

 貝森ちゃんは悩みの重さを現すように深くため息をつきながら、べたーっとテーブルに突っ伏した。うーん、これは重症だ……。俺は何か貝森ちゃんが元気になりそうなものを探して、窓の外に視線をさまよわせる。……あ。

 

 

 

 

「見て見て貝森ちゃん、窓の向こう」

「なんですか……?」

「高宮城先輩が校庭の木から木に飛び移ってるよ」

「なんかもうそこまでいくと羨ましくもならない……っていうか柚乃は!?」

 

 がばっと顔を上げる貝森ちゃん。確かに、背負ってたら落ちるよな……。どうなってるんだろ。俺は目を凝らしてみた。

 

 

 

 

 

「なるほど……抱きかかえてるね。でも首がガックンガックンなってるから、あれ気を失ってるんじゃないかなあ。北辻さんも下走ってよくついて行ってるけど」

「柚乃よ……安らかに眠れ……」

 

 貝森ちゃんはそう呟いて目を閉じ、静かに十字を切った。……あれ、貝森ちゃんってキリスト教? いやまあノリだけかも知らんけど。

 

 

 

 

 

「まあそれはともかくさ、せっかくだし明日の予定組もうよ。今日は結局スタンプラリー制覇で時間かかっちゃったから、明日こそ文化祭を楽しもう」

「あ、結構熱意ありますよね。なんでなんですか?」

「それはね――」

 

 

 

 その時、突然、よく通る声で誰かが俺に声をかけてきた。それは、俺もよく知ってる人の声だった。

 

「汐音! どう? 儲かってる!? ていうかなんで客席に座ってるのあなた」

「お母さん! しーっ! しー!」

 

 俺はガタンと立ち上がり、口に指を当ててストップをかける。クラスの人間には隠れてることを言ってるから大丈夫なんだけど、客に鬼ごっこ参加者がいないとも限らないからな。いや、まあこんなところでお茶してるやつは鬼ごっこスルー組だと見込んで俺もここで忍んでいるわけだが。決して油を売っているわけではない。

 

 

 

 しかし俺の言葉を聞いて、なぜかざわざわとクラス内は揺れた。

 

「あれが汐音のお母さん……!? いや、めっちゃ美人系じゃん……! 意外……!」

 

「汐音ちゃんも大きくなったらあんな感じになるのかもね」

 

「あははは、なんか恥ずかしいよなこういうのって」

 

「なんで君が照れるの崇高くん」

 

 とりあえずお前は座れや。しかし俺が崇高を着席させたばかりだというのに、母上殿はなんだか怖い笑顔でこちらに寄ってきた。そしてそのままぐいっと崇高の腕をつかむ。

 

「痛っ……え、なんですか?」

 

「あなたに汐音の母として聞いておきたいことがあるの。ちょっと来て。来なさい。いいから。来い。今すぐ」

 

 

 

 ぐいぐいと引っ張られ、あっという間に崇高は教室の外に連行されていった。なんだか無事で済まない気がする。俺は貝森ちゃんを見習って、見よう見まねで十字を切った。

 

「グッドラック、マサタカ」

「なんで片言なんですか」

「気分だよ気分。それより、明日明日。明日のこと決めちゃおう」

 

「今の、汐音先輩のお母さんでしたよね?」

「そうだよー。我が母上殿」

「うわなにその呼び方」

 

「お母様って呼ぶのは柚乃ちゃんくらいじゃないかなあ」

「あいつも何だその呼び方……いえ、やっぱり親から違うんだなあって」

 

 アンニュイな感じで母上殿が消えていった教室の扉を見つめ、遠い目になる貝森ちゃん。その扉の向こうから、かすかに人の叫び声がしたような気がした。怖っ。何だ今の。

 

 

 

「うちの親なんてあれですよー。あたしを見たらわかると思いますけど、心底普通ですもん」

「そう? でもけん玉とかオルガンとか、得意じゃない。ああいうのカッコいいと思う」

「もはやなんで知ってるかは聞きませんけど、全然カッコよくないですよねそれ」

「そんなことないよ」

 

 貝森ちゃんはやれやれ、という感じの笑みとともに首を振ったけれど、俺が真面目な顔をしていたせいだろう、ちょっと不思議そうな表情を浮かべた。

 

「……なんでです?」

「子どもが生まれた時のために、って一生懸命練習した特技だから」

 

 あれは貝森ちゃんルートの最後の方だったか。親の仕事の都合で転校しそうになって、自分は親に愛されていないと貝森ちゃんが家出した時、貝森ちゃん母がぽつりぽつりと話してくれたエピソードだった。それを聞いて涙する貝森ちゃん(ゲーム)。一緒にむせび泣く俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 貝森ちゃんは俺の言葉を聞いてはっとしたように動きを止め、黙ってちょっとだけ下を向いた。……そのまま黙っているべきか迷った末、俺は優しく声をかけることにした。だってゲームの時はめっちゃくちゃそう思ったもん。俺がこの子を抱きしめてやりたいって思ったもん。今こそその時では。

 

「貝森ちゃん、泣いちゃいそう? いいよ、私も一緒に泣いてあげる」

「…………最低な慰め方だ……っていうかほんとに泣いてる!?」

 

 おっといかん。ゲームをプレイしてた時の俺の十分の一ほどだったが、俺もいつの間にかもらい泣きしてしまっていたようだった。

 

 しかし涙を拭いて俺が顔を上げると、貝森ちゃんは目の周りこそちょっと赤くなってはいたものの、全然泣いていなかった。ま、まあゲームとはシチュが違うし。

 

 

 

 

 

 

 そして、貝森ちゃんはその後もしばらく一人で何か考え込んでいたものの、不意に、何か吹っ切れたかのように首を大きく振った。同時に、ふうっと大きく一つ溜息をつく。

 

 

「……ま、いいです」

「……ん?」

「汐音先輩が何を知ってようが、乗せられてやろうって。そう言ってるんです」

「……おお! ほんと!? やった! やったぁ!」

 

 俺はすぐさま立ち上がり、くるくるとその場で喜びのダンスを踊った。一通り舞い終わり、すとんと席に着く俺を、一転呆れたような顔で貝森ちゃんは見つめる。

 

 

 

 

 

「なんで踊ったんです今」

「知ってる? 文化祭で流れるマイムマイムって、古来に水を発見したヘブライ人が思わず踊ったものが起源なんだって*1

「……つまり?」

「喜びと踊るのは表裏一体なんだよ貝森ちゃん」

 

 「へーそうですか」とグラスの氷をくるくるとかき混ぜながら、貝森ちゃんは一応といった感じで頷いてくれた。そして気を取り直したように、ずいっと身を乗り出してくる。

 

 

 

 

 

「で、2日目ですけど。目的としては何になります? いちおう協力すると言った手前、聞いておきたいんですけど」

 

「目的はね。……ただ、遊ぶこと」

「へ? 遊ぶ……? ……あーはいそうですか。それは楽しみですねー」

「あ! 疑ってるっていうか何か隠してると思ってるでしょ! そういう目だ! それは!」

「違うんですか?」

 

「遊ぶだけっていうか……柚乃ちゃんは、こういうお祭り参加したことないからただ回るだけでもいい思い出になると思うし。だってわたあめ食べたことないんだよ!? 絶対食べさせて、最後のわたでもなんでもなくなったやつを食べるときの微妙な気分とか味わってほしいし。……高宮城先輩はああだから。もう少し、周りに興味を持ってもらえたらいいなって。だって勿体ないじゃない。先輩はね、きっかけがあったらめっちゃくちゃ好奇心旺盛なんだよ? 北辻さんだって、これから先、近くにライバル店ができた時にデザートを思いつくきっかけはここで屋台巡りと舞台観たからだって言うんだから」

 

 

 

 

 

 いかんなんかついめっちゃ早口になってしまった。まあともかくこの文化祭ってイベントの宝庫なんだよ。

 

 ぜーはー息をつく俺を、貝森ちゃんはポカンと口を開けてしばらく眺める。と、急におかしそうに笑いだした。しばらく笑いやまない貝森ちゃんを前に、俺は大変居づらい時間を過ごす。

 

 

 

「……え、今笑うとこあった……? 私の熱い想いを表明した、とっても感動的な場面だったはずなんだけど」

「くっくっ……あいつあんな顔してわたあめ食べたことないんだ……それは絶対食べさせたいですね……!」

「あ、うん……そうだけど、メインの話そこ?」

 

 

 

 

 

「聞いてて思いました。そういえば……私も最近、家で寂しくなること、なくなったな、って」

「おお……それは何より、だけど……話繋がってるかなこれ?」

「繋がってますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑い過ぎたのか、涙を拭いて、貝森ちゃんはすっと俺に手を伸ばした。その意図がわからず、俺は彼女の顔を見つめる。

 

 

 

 すると、貝森ちゃんはもう1度、笑った。

 これまで見た中で一番綺麗な、透き通るような笑みだった。

 

 

 

「協力します。()()()()に。……あらためて、よろしくお願いします」

 

*1
「マイムマイム」のサビは「マイム・マイム・マイム・マイム ミィ・マイム・ベサソン!」という歌詞で、これは「水・水・水・水 水が出て嬉しいな!」という意味

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