恋愛ゲームの世界を願ったらなぜかヒロインになった俺は、攻略を回避するのに忙しい 作:うちっち
「協力します。『センパイ』に。……あらためて、よろしくお願いします」
「あ、うん……よろしくね?」
がっしりと俺たちは固い握手を交わした。彼女は周囲を見回したかと思うと、俺の方にそっと身を乗り出した。そしてそのまま、声のトーンを落とす。
「で、センパイの最終的な目的って聞かせてもらってもいいですか」
「なぜ小声……ま、まあ二つあって。一つは、みんなが幸せでいられたらいいなってこと」
うんうん、と力強くうなずいてくれる貝森ちゃん。以前は同じこと言っても笑ってた気がするけど、今回は真剣に聞いてくれてる気がする。これまで築いてきた俺たちの絆の力だろう。さすが俺。そしてさすが貝森ちゃん。まだ戻ってこない崇高ならこうはいかない。
「そして、目的はあと一つ、実はあってね。あと一つは……」
「一つは……?」
ごくり、と喉を鳴らし、貝森ちゃんが続きを促す。
「いなくなった私を探すこと」
「じ、自分探し⁉ ……ふふっ……なんか身構えてたら思ったより中二なのが来た……」
再び顔を伏せ、しばらく肩を震わせて笑う貝森ちゃんの後頭部を、俺は複雑な思いで見つめた。
そして貝森ちゃんがようやく笑い終わるのとほぼ同時に、母上殿が教室に戻ってきた。
「ただいま。さっき廊下に出たら汐音なんだか指名手配されてたわよ。我が娘の姿があんなに大々的に貼り出されて、私も母親として鼻が高いわ。思わず写真撮ってきちゃった。にしても何あれ? 鬼ごっこって。ていうか席に戻るの早くない? いつ座ったのよあなた」
「お母さん! しーっ! しー!」
帰って来て早々機関銃のように喋る母上殿から嬉しくない報告を受け、俺は口に人差し指を再度当てる。にしても指名手配て。廊下にどんな光景が広がっているのかは大体予想できたが、確認しに行く意欲はとんとわかなかった。あと、崇高は……? ま、いても変わらないからいいけど。あいつ本当に主人公か?
そうして、母上殿は急に何やら懐かし気な目の色になった。ひょっとして過去の汐音ちゃんも、隙あらば街中に指名手配されてしまうようなアクティブな子だったりしたんだろうか。
「……でもそういえばさ、あなた昔っからそういうの好きだったわよねえ」
「?? そういうの、って? 指名手配されること?」
「いや、だから、鬼ごっこよ。体力全然ないのに不思議と逃げるのも捕まえるのも上手くてね。日が暮れるまで毎日付き合わされた私が言うんだもの、間違いない」
それは汐音ちゃんが未来視なんてスキルをデフォルトで所持してたからでは……。いや、しかし毎日夕暮れまでやるってそれ込みでも好きだな。これは捕まえるのに骨が折れるかもしれない……。とすれば、母上殿の話は大いに参考になるだろう。
「ねえ、私ってどういう場所に隠れるのが好きだったかな?」
「なに汐音、いきなり自分クイズ? えーっとね……どこっていうか……鬼の後ろを気付かれないようについて回るのが好きだったわよ。少し悪趣味よね。一生懸命探してて、ふと何気なく振り向いたら……さっきまで誰もいなかったはずなのに、影のようにぴったりと私のすぐ後ろにいることが多くて。正直、怖かった。……でも、でもね。一番怖かったのは、いつの間にか後ろにいたことなんかじゃないの。……じゃあ、何が怖かったって、わかる? 私が振り向いた一瞬はあの子ね……真顔なの。表情が一切ないっていうか……。すぐに、ぱっと笑うから、注意して見ないと気付かないくらいなんだけど。でも我が子ながら、少し気味が悪かったわ。あの子、いつも笑ってたけど……あれって本当の笑顔だったのかしらって……あら……? そんなこと言ってたら……今も! 2人の後ろの窓に! ほら!」
突然声のボリュームが三倍ほどに上がったことに驚き、ぴょこん、と俺と貝森ちゃんが同時に椅子から飛び上がった。それを見て、母上殿はけらけらと笑う。
……いやよく考えたら話の中のあの子って、俺じゃないか。後ろに誰がいるっていうんだ。ばっくんばっくん脈打ってる胸を押さえて、俺は無理やり心を落ち着けた。
貝森ちゃんも何食わぬ顔をしていたが、さりげなく椅子を動かし、窓を背にするのを止める。怖い話でさ、急に声大きくするのって、俺、邪道だと思うな。
母上殿は一時笑い転げた後、ごめんごめんと手を合わせてきた。ただ、さっきの顔傑作だったわよ二人とも、とも付け加えてきたので、何に謝ったのかは正直わからなかった。
「でもあれね、私のとっておきの怪談もまだまだ捨てたもんじゃないわね」
「そのとっておきの怪談とやら、主役が私だったんだけど」
「いいじゃない。主役を志す姿勢はいつでも大事よ。ま、親の中ではいつでも自分の子が主役ってことよね。あれお母さん今いいこと言っちゃった」
「そ、そういう問題かなぁ……」
確かに母上殿に比べたら全人類の95%くらいは細かい性格に分類されることだろう。……俺? 俺ももちろん95%側だよ、言わせんな恥ずかしい。
「ていうか休憩いつまで? あなたも駄弁ってないでそろそろ働きなさいよ」
「休憩っていうか、私今日と明日は教室で働くのを全面的に免除されてるから」
「……ん? 全面的に、免除?」
母上殿は笑うのをやめ、ちょっぴり不思議そうな顔になった。そしてひょいと首をかしげる。……親である自分が娘のクラスにやってきて自由奔放に振舞うのがどれだけ年頃の高校生にとって恥ずかしいものかを今更ながら理解した、とかだろうか。なら母上殿はこの年でまだ進化するな。
「ならさっきはボランティア? さすがは我が娘ね」
「さっきって何? ……あれ、お母さん、進化は?」
「進化……? 汐音あなた、脈絡がなさ過ぎて怖いわ。本当に私の娘なのかしら……」
「センパイ、今のはいくら何でも唐突ですって」
俺は1ミリも悪くないはずなのに、なんだか横と前から同時に責められてしまった。貝森ちゃん、君さっき俺の味方してくれるって言ってなかった? あれってまさか俺が見てた幻覚の貝森ちゃんだったの? 俺はずっと独り言を言っていた……?
しかし、これは少々まずいかもしれん。母上殿が気兼ねなく自由に喋るおかげか、さっきから教室内の注目を集めてしまっている気がする。ほら、あっちの隅のやつらとかなんかひそひそしてるし。……よし、そろそろここも出るか。
「さ、行こうか貝森ちゃん。戦場が私たちを待ってる」
「あ、待ってくださいって!」
俺は立ち上がり、教室の出口を目指して歩き出そうとし、振り返った。母上殿がおかしなことを言うのはこれまでもよくあることなのだが、なんとなくちょっと気になったから。
「お母さん、さっきのボランティアがどうこうって話、あれ何だったの?」
すると、「いってらっしゃーい」と手を振ってくれていた母上殿は、不思議そうな顔で俺の問いに答えてくれた。
「だってついさっき、あなた教室の入り口に立ってたじゃない。あれ呼び込みじゃなかったの? でも駄目よ、客引きなら笑わないと。あんな真顔じゃちょっと怖いわ」
……なるほど。汐音ちゃんもここに来ているらしい。しかしさすがにオリジナルだけあってなかなかいい度胸をしている。にしても、後ろをついてくる、という母上殿のヒントは今も有効みたいだ。ということは、袋小路に俺が誘い込んで追ってきた貝森ちゃんが挟み撃ち、という形で必勝かもしれない。いやこれは必勝だな。ふはは、敗北を知りたい。
廊下を歩きながら俺が高笑いしていると、貝森ちゃんがつんつんと後ろから俺を突っついてきた。
「あの、どうしました……? いつもよりさらに不気味ですよ」
「いや、鬼ごっこの必勝法をね、思いついたんだ。……聞きたい? 聞きたいよね? わかるよ、貝森ちゃん今そんな顔してるもん」
「まずなぜそれを今急に……あ、でも高宮城さんのため、とかなのかな……。何ですか?」
「まず私が袋小路に逃げ込んで、鬼を誘い込むんだよ」
「ふむふむ……ふむ?」
「で、後ろからやってきた貝森ちゃんと私で鬼を挟み撃ちにするの」
どやぁ、という表情を俺が貝森ちゃんに向けると、貝森ちゃんは眉をひそめ、まるで何か理解しがたいものを見たような目で俺を見た。
彼女は、何か言おうとして何度か躊躇った後、突然、不自然なほどに優しい顔で微笑んだ。そして柔らかい口調で、口を開く。
「……センパイ、一つ基本的なことを確認したいんですが。鬼ごっこって知ってます……?」
「さすがにそれ聞くのは失礼だぞー。いくら仏の汐音先輩でも怒っちゃうよ」
「そりゃ聞きますって……なんで鬼を捕まえる競技になってるんですか。普通逆でしょ」
「貝森ちゃんこそ、鬼ごっこって知ってる? ほんとーにほんとーに、きちんと知ってる?」
「いや、まあ詳しいルールとか言われたら困りますけど。だから、鬼が追いかけて、タッチしたら鬼が交代、でしょ……? あれ、違う……?」
「そう。鬼ごっこは捕まえられた人が鬼になる。つまり表裏一体というか……お?」
ふと俺は視線を感じて、地団太を踏むのを止め、顔をぐるりと巡らせた。……さっそく、来たか?
俺は何食わぬ顔で周囲を念入りに見回し、汐音ちゃんと、ついでに罠に必要な要素である袋小路を探した。しかし、残念ながらそのどちらも見つけることができなかった。うーん、探してみると、学校の廊下って袋小路あんまりないな……。
そして、視線の主を探すべく、きょろきょろと俺がなおも周囲を見回していると、人混みの中、見知った顔がじっとこちらを見ているのがふと目に入った。どうして気づけたのかというと、相手がバリバリに目立っていたからだ。小さな体に、内気そうな緑の瞳。そして、目立っていたのはその髪。肩まで下ろされた外はねの彼女の髪は、見事なまでに銀色だった。
俺と目が合ったのに気付いたのだろう、相手はくるりと背中を向けて駆け出す。俺も夢中でその後を追いかけた。……待て! 逃がすか!
しかし、その子は凄まじい速度で階段をぴゅーっと駆け下り、俺の視界からあっという間に姿を消した。ぜーはー息を切らせる俺の横で、不思議そうな顔をして同じく止まる貝森ちゃん。
「あ、もう終わりですか? 急にスキップし始めたかと思ったらすぐ止まるんですから」
「……スキップとは何だ……スキップとは……100%私の全力疾走だっての……ぜー、ぜー」
「今のが⁉ そ、それは……あの、すみません……で、なんでいきなり全力疾走を……?」
「……はぁ、はぁ、……どうしても捕まえて話を聞きたい人間を……見つけて……」
それから、俺の呼吸が戻るのにはそれから実に五分を要した。いかん、汐音ちゃんボディ、ハンター向いてない。
「でも誰を追いかけてたんですか? ……まさか、自分とか言わないですよね?」
「いや、そうだったらよかったんだけど。残念ながら違うんだよ」
「それ残念なんだ……じゃあいったい誰だったんですか? さっきの外人さん……?」
俺はその問いには答えず、彼女が姿を消した階段の方を黙ってじっと見つめた。誰だったかを貝森ちゃんには言っても分からないだろう。だって、彼女が転校してくるのは来年の春なんだから。……でも、なぜだ?
……なぜ今、リネット、君が……メインヒロインが、ここにいる?
俺は屋上の緑のフェンスに指をかけ、下を見下ろした。どうやら追手が全くこちらに来ない理由は、高宮城先輩がずっと目立つ場所を走り回ってくれているからみたいだ。
現に今も、校舎の雨どいに手をかけてロッククライミングみたいにぺたりと壁に張り付いてる先輩の姿がここからでも見える。そして意外なことに柚乃ちゃんが再起動を果たしたらしく、背中から先輩にあれこれ指示を飛ばしていた。イモリみたいにひょいひょい壁を移動する高宮城先輩と、それに沿って地上を動く追手らしき集団。……なんか、俺たちを差し置いて鬼ごっこ、向こうの方ですごく盛り上がってる。
いや、言いたいことはたくさんある。まず、柚乃ちゃん適応力ヤバない……? あれ普通に3階の高さくらいにいるんだけど……。あと北辻さんは姿が見えなかった。さすがについていけなかったらしい。
「あ、SNSやばいですよ。怪情報が乱れ飛んでます。さすがに発信者が多すぎてこれは柚乃じゃ無理な気がしますけど……おかげでさっきのクラスでの出来事も紛れちゃってますね」
「北辻さん、後輩に知り合い多いからねえ……搦め手かぁ……。じゃあ私たちは動かない方がいいのかな。あんまり参加してる感じがしなくてあれだけど」
「まあ、勝った後のことを考えましょうよ、鬼ごっこももうすぐ終わりますし。えーっと、で、明日はどこ回ります? 柚乃も頑張ってるみたいなんで、わたあめ食べさせてやりますか」
「お、貝森ちゃん、柚乃ちゃんにちょっと優しくできそう?」
「いや、優しくっていうか……」
貝森ちゃんは口ごもり、考えながら、自分の心の内を少しずつ言葉にしてくれた。
「あたしはあいつのことをよく知りません。嫌うかどうかは、知ってからにしようかなと」
「おおー、偉いぞ」
よしよし、と俺が背伸びをして隣の貝森ちゃんの頭を撫でると、彼女は少しくすぐったそうな顔をした。べ、別にそんなんじゃないですから、みたいなことをもごもご呟く。
「でも、なんで心変わりできたの?」
「……一言でいうと……センパイのおかげ、ですかね。あいつにも色々あるんだってわかったし。それにもっと中身が不明な人を見てると、柚乃の方がまだわかりやすい気がしてきます」
お、おう。貝森ちゃんそれ褒めてる? けなしてる? ま、まあいいか。俺のおかげで貝森ちゃん柚乃ちゃんの間には何か改善が見られそう、それで十分だ。
それと同時に、俺はさっきのことも納得する。なんでリネットが文化祭に来てるのかはわからない。確かそんな話はなかったはずだが……。
でもこの際、なぜかわからなくてもいい。文化祭中に彼女に話を聞ける可能性がある、それで十分。なぜなら彼女こそが、このゲームの不思議部門担当*1だから。そういう意味では今出てきてくれて助かったかもしれん。うん。ともかく、これで役者は全員揃ったわけだ。
俺たちがそのまま屋上でのんびりと下の追いかけっこを応援していると、やがて日が傾き、夕暮れの赤が空を染め始めた頃、放送で終了時間が来たことが告げられた。MVPは高宮城先輩と柚乃ちゃん、アシストは北辻さんといったところだろうか。
そして俺の手元には、無事黒い石がやってきた。よしよし、まだ盗まれると決まったわけじゃないが、これで安心だ。……あ、そうだそうだ。あの会長の面を拝みにいかねば。まあ俺なんもしてないけど。
そして、俺たちがテントに赴き、平然としているようでどこか悔しそうにしている会長の顔を堪能したあたりで、崇高がとぼとぼとやってきた。お前そういや途中からいなかったな。
「で、崇高くんはどこ行ってたの? 母上殿と一緒にどっか行った後、いなくなっちゃったけどさ。ていうかなんでそんなにボロボロなの?」
「……いや、その母上殿が急に4股とか……」
「あ、その前にまずちょっといい? 崇高くんにその呼び方されるのなんか嫌」
「じゃあお母さんで。お母さんにちょっと呼ばれて」
「根本的な嫌具合が解消されてないんだよ。だって崇高くんのお母さんじゃないじゃない」
「まだな」
「まだって何なのまだって。どういう意味? ……あ、ごめんやっぱり言わないで黙って」
「……夜桜先輩と竜造寺先輩は仲がいいんですねぇ」
「もちろん!」「それどういう意味でかな?」
「揃ってるわね」
「厳密には揃ってはいませんけどね。……ところで明日、みんなで屋台巡りしませんか? 柚乃にもわたあめ食べさせてあげる」
「あらありがとう。……でもなんでわたあめなのかしらぁ……?」
みんなが明日の予定についてあーでもないこーでもないと話し始めたところで、俺は崇高にこそこそっと近寄り、ひそひそともう1度尋ねてみた。なぜならさっきの4股というワードにちょっぴり心当たりがあったからだ。
「で、お母さん、なんて?」
「俺が4股かけてるってなぜか急に言い出して」
「へ、へー」
俺の頬をつーっと冷たい汗が伝った。いかん、朝は時間がなかったから説明を端折ってしまったし、ひょっとしてこれは俺のせいでは……。
「でもそれは説明して誤解を解いたんだよ」
「……お?」
「で、謝られたんだけど。教室まで戻る時、『でも可愛い女子に囲まれて悪い気はしないんでしょ?』って笑いながらふっと聞かれてさ」
「うん」
「つい『ええ、それはまあ……』って答えたら、顔が無表情にいきなり変わって。『尻尾を出しおったな』って」
「ひえっ」
恐ろしい……。油断させてからとは。絶対その場にいたくない。ってことは本性を現した母上殿に崇高はボロ雑巾にされてしまったということか……。
「それで思わず逃げた途中……高宮城さんを追いかける集団に轢かれた結果、出来たのがこの傷だ」
「……母上殿! 関係なーい!」