恋愛ゲームの世界を願ったらなぜかヒロインになった俺は、攻略を回避するのに忙しい   作:うちっち

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黒い石(3)

 文化祭翌日の放課後。

 俺はリネットと貝森ちゃんを自分の家に呼び出し、汐音ちゃん追跡計画についてあらためて作戦会議をすることとした。なにせもう残り時間は多くない。リミットが3週間とすると、あと6日だ。

 

 ちなみに柚乃ちゃんは習い事、高宮城先輩は先約あり、北辻さんは部活らしい。

 

 

 

 

 

 

「でも、そもそもどこを捜したらいいかわからないんだよねぇ。……リネット、何かヒントはない?」

 

「そのっ、癖とかは変わらないはずですけどっ」

 

「癖、か……じゃあ、クッキー売り場でも片っ端から探してみる?」

 

「いやいやいや。そもそもセンパイってクッキー作るのが好きであってクッキーそのものが好きなわけじゃなかったんでしょ。絶対いませんて」

 

 ぶんぶんと手と首を振って否定する貝森ちゃん。いちおう彼女には、汐音ちゃんの精神の一部が家出してしまったのだという仮エピソードを話しておいた。すると「精神が家出って何だよ」みたいな顔をしたものの、貝森ちゃんはなんと受け入れてくれた。心広い。その際に貝森ちゃんが漏らした「だから不安定なんですね……」という独り言は聞こえなかったこととしたい。

 

「いいえ、案外的を射てますよっ」

 

「え!? クッキー売り場が!?」

 

「ち、違いますっ。さっきの貝森さんの感想です。たいてい不安定になるんですよ。普段に比べてより癖が出やすくなるというか……自分の体に魂が入っていない状態というのが、そもそも自然ではないので」

 

 ほーん……俺は別にそうじゃないけど、一般的にはそうらしい。ということは汐音ちゃんは今ちょっぴり不安定になってて、しかも自分の癖が出てる状態ってこと? しかしこれだけだと何のヒントにもならんぞ……。

 

 

 

 俺はうろうろと部屋の中を歩き回り、ふと目についた熊のぬいぐるみを逆さにして振ってみた。突然消えた登場人物の部屋に残された手掛かりというものは、えてしてこういうさりげない場所に隠されているものなのだ。しかし俺の予想に反し、ぬいぐるみが半分に割れて中から謎のメモが出現するようなことは特に起こらなかった。

 

「つまりはこういうことですか?」

 

 貝森ちゃんが俺を指さし、リネットに何やら尋ねている。

 

「間違いありませんっ」

 

 真剣な顔をして頷くリネット。どうやら俺の行動が何か2人にヒントを与えてしまったらしい。うむ、やはり行動してみるものだな。

 

 

 

 

 

 ちょっぴりテンションが上がった俺は、続いて床に腹這いになり、ベッドの下を覗き込んだ。しかし、ベッドの下には特に何も見当たらない。埃1つ落ちておらず、奥の方にクッキーの缶らしきものがぽつんと置いてあるのが見えた。……なんだろあれ。

 

 床板は頬にひんやりして、視界の端ではベッドの垂れたシーツの縁がわずかに揺れている。奥は薄暗く、昼間でも小さな洞穴みたいだ。その一番奥に、四角い缶だけが妙に整然と置かれていた。わざと隠されたようにも、忘れ去られたようにも見える、絶妙に怪しい位置である。

 

 

 

 

 

 

「あ、こら! もう、はしたないですってセンパイ!」

 

 上から声が降ってきたので、俺は首だけを動かして見上げる。すると、すぐそばに貝森ちゃんが立っており、腰に手を当て、呆れた顔で俺を見下ろしていた。

 

「まったく、外見と全く合わないですよねぇ……仕方ないったら」

 

 ……どうでもいいけど貝森ちゃんスカートだから思いっきりパンツ見えてる。紳士な俺は目を閉じ、忠告してあげた。

 

「貝森ちゃん、はしたなーい」

「何言って……!!!」

 

 一瞬後、俺の顔のすぐ隣に、どすんと音を立てて貝森ちゃんの足が勢いよく踏み下ろされた。命の危機を感じた俺はそのままベッドの下にごろごろと転がって退避する。

 

「ちょっと! 覗いたでしょ!!」

 

「むしろ今のは見せてきたというのが正しい気が……」

 

「こら! 出てきなさーい!」

 

 

 

 

 俺は立て籠るべく、ベッドの奥まで匍匐前進で移動した。ふはは、これだけ狭ければ貝森ちゃんは入って来れまい。

 

 ついでに、せっかく近くまで来たので、さっきのクッキー缶に手を伸ばす。どこにでもあるような、四角い金属製のクッキー缶だ。表面にはファンシーな花のイラストが描かれている。

 

 ……これ、ひょっとしたら汐音ちゃんが隠していたおやつとか? ゲーム内随一の料理家でもある汐音ちゃんセレクトのお菓子となると、お味が正直ちょっと気になる。俺も今は汐音ちゃんなので味見する権利くらいはあるのではないだろうか。いやあるな。どれ一口。

 

 

 

 

 

 

 しかし、触れてみると、その缶はなんだか異様に重かった。引っ張って動かそうとすると手に残る、明らかにずっしりとした手応え。……これ、クッキーじゃないな……。500円玉? てことはひょっとして汐音ちゃんの貯金箱? まあともかく、これをきっかけに貝森ちゃんの怒りをまずは鎮めるとするか。

 

 金属の底が床を擦ると、ごりっと嫌な音がした。中身が隙間なく詰まっているのか、揺らしても軽やかな気配がない。ただ重い。重すぎる。お菓子にしては夢がない重量感であった。

 

「貝森ちゃん! ちょっと待って! ベッドの下に何かある!」

「その手には……!」

「これ明らかに怪しいよ、ちょっと中身を見てみようよ」

「……明らかに、怪しい? 何がですか?」

 

 お、食いついてきた。しめしめ。ここで畳みかけなければ。俺はさらに深刻そうに声を上げた。

 

「クッキーの缶なんだけど、重いんだよ、すごく。中に何か入ってるんだと思う」

「いやそれ単に貯金箱か何かでしょ」

 

 ……ぎくり。

 

 

 

 

 

 

「わ、私なら、貯金箱はベッドの下には置かないなぁ……だっておやつ買うとき困るじゃない」

「なんで使うこと前提で話してるのかわかりませんが、確かに、ベッドの下には置かないか……」

 

 考え込んでいるらしき貝森ちゃんの声からは、先ほどまでの怒りは薄れているような気がした。……おお、さすが汐音ちゃんの私物(?)だけあって効果覿面。ひょっとしたら俺のこのピンチを救うために、あえてここに置いておいてくれたのかもしれん。サンキュー汐音ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 俺がえいえいと苦労して缶をベッドの下から引っ張り出すと、貝森ちゃんはしげしげと覗き込んで来た。……よし。完全に興味はこっちに移っているな。もはや俺がなぜベッドの下に潜っていたかも忘れているに違いない。そして貝森ちゃんも缶に手を当て、揺らそうとしてその重さを実感したらしい。不思議そうに首をかしげる。

 

「確かに、やたら重いですね……何が入ってるんだろう」

「開けてみたら案外いいものが入っているかもしれませんねっ、宝石とかっ」

 

 心なしかわくわくしたような表情でリネットも指を伸ばし、缶を触る。ベコッとわずかに表面が凹む音がした。いやぁ、さすがに俺も宝石はないと思うわ。そんなに期待するとがっかりしちゃうぞ。俺は缶の蓋に手をかけ、勢いよくばっと開けた。

 

「そんなこと言って、ただの石だったりしてー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――缶の中には。隙間なくぎっしりと、おびただしい数の『黒い石』が詰められていた。

 

 おそらく50個は下らないだろう。その全てが、不気味な光沢を放っている。リネットがひっ、と大きく息を吞む音が聞こえた。

 

 

 俺は蓋を持ったまま、2人と顔を見合わせた。見間違いかと思い、何度か見返したものの、変わらず蓋の開いた缶と大量の『黒い石』は、そこにある。

 

 とりあえず、蓋をそっと閉めた。パコン、と軽い音を立てて、クッキー缶は元の閉じられた状態に戻る。その表面に書かれた可愛らしい花の絵が、急にやけに恐ろしいもののように見え、俺は座ったまま少し後ずさった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬で半泣きになっているリネットを引っ張り、俺たちはいったん汐音ちゃんの部屋から撤収した。ダダダダ、と勢いよく階段を一斉に駆け下り、そのままリビングに駆け込む。

 

 そしてお互い顔を見合わせ、思いっきり叫んだ。

 

「えーーーーっ!?」

「うわぁっ……うわぁんっ!!!!」

「絶対ヤバいですよねあれ!!」

 

 

 

 一通り思いっきり叫び終わった後、俺たちは少し落ち着いた。母上殿が出かけていたことは、不幸中の幸いだったと言える。

 

「いや、世界を改変するとかいう石が一個人の部屋になんであんなにあるんですか」

「わ、わかんないですようっ……もうやだぁっ……」

 

 リネットがいつの間にか半泣きから全泣きにスライドしてる。いかん、俺と貝森ちゃんにはアレの危険さがいまいち具体的にはわからんから君が頼りだというのに。

 

 よしよし、と貝森ちゃんがリネットを撫で続け、俺が簡単なお菓子を作ることで何とかご機嫌を直してもらう。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ようやく泣き止んだリネットから、あらためて事情を聞き取ったところによると……。

 

「あの『黒い石』はっ……1つあれば世界を改変する力、つまりは通常の理を超えた事象を起こせるんですっ」

 

「……ちなみに50個あれば?」

 

 そうそこ大事よ貝森ちゃん。俺もそれ気になった。

 ところが、リネットはその問いに一言も返事することなく、下を向いて何やら黙り込んでしまう。それだけでなく、結構な沈黙ののち、顔を両手で覆ったかと思うといきなりしくしくと泣き出してしまった。

 

 ……なんか、嫌な予感しかしないんだが……。

 

 

 

 

 そしてリネットはそのまま、ぽつりと呟いた。

 

「汐音さんは……もしかして……世界をっ、恨んでいたんでしょうか……」

 

 あ、そんなにヤバいんだ。なんか世界全部巻き添えにして自殺でもしそうな勢い。

 いやぁ、でも汐音ちゃんってそんなタイプでもない気がするんだよな……。俺が知ってるゲームでもそうだし、ちょくちょく姿を現した時の発言や過去の出来事見ても。あれが全て演技だとしたらもうどうしようもないが……。

 

 

 

 

 

 しかしそこが同時に引っかかりもする。つまり「なんで手掛かりを残してくれてるの?」って部分。

 

 現状を見る限り、汐音ちゃんはどうやらどこかで何かをしていて、何でか知らないがそれを内緒にしている。なのに、俺の前に出てきて手掛かりらしきことを思い出したように言ってみたりする。これって矛盾じゃね?

 

 

 

「つまり、そこが不安定なのかもしれません」

 

「というと?」

 

「あの『黒い石』は全て使用済みでした。間違いなく汐音さんは、隠れて何かまずいことをしていますっ。でも、止めてほしい。助けてほしいとどこかで願っているのかもっ。なら早く止めないといけませんっ!」

 

「ただ単にめんどくさい人じゃないですか……」

 

「うーん……それもあまりピンとこないんだよねぇ」

 

 リネットと俺たち2人の温度差が縮まらない。だって汐音ちゃん、「見つけられるものなら見つけてみれば?」位のノリだったぞ。そんな切羽詰まった感じもしなかったが……。

 

 

 

 

 でもさ、無事に見つけたとする。

 汐音ちゃんは「はい参りました!」って言って素直に投降してくれるだろうか。

 しなさそう。

 

 

 

 

 

「見つけたらどうしたらいいのかな? そこで逃げられたら困るでしょ」

「そうですね……で、でもあなたが取り押さえたら戻ると思います。意志を持って触れられたら、魂は自然と体に戻るものですからっ」

 

「意志を持って触れるってどういうこと?」

「そ、そうですね……つまりは『逃がさないぞ!』とかっ。そう思って触ったらいいんです」

「意外に簡単だね」

「でも見つけないと始まりませんよねそれ……呪文とやらでさ、手っ取り早く捜せないの?」

 

「捜してみましたよぉ……で、でも、このあたりに魂なんて全然いないんです。あの学校にも、教室でかつて首吊り自殺した生徒の霊がいたくらいでっ……大したものは全然……」

 

 なんだか危険な情報が出てきたので、俺と貝森ちゃんは顔を見合わせた。お互い頷き、まず俺が優しくリネットに尋ねてみる。

 

 

 

 

 

「……ねえそれ何年何組? もう少し詳しく」

「1年C組でしたっ」

「よっしゃセーフッ!」

「……うわ、よりによってうちのクラス……」

 

 貝森ちゃんががしがしと頭を掻きむしった。

 うんわかる、大変だよな。せいぜい頑張っていただきたい。

 安全地帯となることが確約され笑う俺を、貝森ちゃんはじろりと睨みつけてくる。

 

「ちなみに右から2列目の後ろから3つ目の席ですっ」

「……柚乃の席じゃん……」

「柚乃ちゃん幽霊苦手なのに……かわいそう……」

 

 彼女のこれからの学生生活に幸あることを願いたい。思わぬ流れ弾で被害者が出てしまったが、うむ。汐音ちゃんを捜すという方針に間違いはなさそうだ。あとはどこを捜すかだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「汐音、お待たせ、帰ったわ! じゃあ準備しなさい、そろそろ病院に行くわよ」

 

 俺たちが考え込んでいると、いつの間にか母上殿が帰ってきた。……はて、病院とな?

 

「退院しても定期的に通院しなさいって言われたじゃない、忘れたの?」

 

 呆れたような顔でそう言う母上殿。はい忘れてました。……まあ確かに汐音ちゃん病弱キャラだもんな。腹いっぱいラーメン食べたりとか既にやりたい放題やっちゃってるけど。

 

 俺は作戦会議終了を貝森ちゃんとリネットに告げ、本日は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして病院に行き、診察を受けた俺は、血液検査の結果を元に医師の先生から経過について母上殿同伴の上で話を聞いた。なんと、どうやら今まで入院の原因となっていた正体不明の病気は順調に治りつつあるらしい。……これって俺が入ってるからだよな。うむ、俺が来た意味もいちおうあったみたいで何より。

 

「ほ、本当ですか……? 本当に、汐音はもう大丈夫なんですか……?」

 

 涙声で先生に尋ねる母上殿。いつもお気楽で気丈なその声は震えていた。……この展開はヤバい。俺の涙腺が危ない。頼むからこれ以上何も言ってくれるな。事務的に「本日の代金は○○円になります」とだけ言ってくれ。

 

 俺の心の声が届いたのか、先生はニコリと優しく微笑んだ。

 

「ええ。これまで、親子ともによく頑張りました。……通院は続けていただかないといけませんが、ひとまず大きな問題はなくなったと言っていいでしょう。おめでとうございます」

 

「ありがとうございます……! ……よかったね。よかったね、汐音……!」

 

 そのまま隣の母上殿に、ぎゅっと抱き寄せられた。震える肩に、見えなくとも母上殿が今泣いていることを知る。自然と涙が零れ、俺も一緒にぽろぽろと涙する。しかし同時に……やっぱりやるせなさと違和感は拭えなかった。

 

 ……だって。

 ここでそれを聞くべきは、汐音ちゃん、君なのに。

 なんで、なんで……今、君はここにいないんだよ。

 

 

 

 

 

 

 その後、保護者の方と個別で話がしたい、と言われてしまい、手持ち無沙汰になった俺はふらふらと病院内をさ迷った。

 

 

 

 

 

 

 

 なんとなく足の向くまま階段を上がり、三階の奥まで来たところで、不意に足が止まる。ここを、俺は知っている気がした。

 

 廊下の一番奥の病室。中には誰もいない。

 開いた窓から夜風が吹き込み、カーテンが静かに揺れていた。

 

 俺は窓側のベッドへ歩み寄り、その横の椅子に腰を下ろす。シーツに触れた瞬間、わかった。

 ここだ。汐音ちゃんが入院していたのは、たぶんここだ。

 

 

 

 

 

 

 そして、窓辺にパジャマ姿の汐音ちゃんがいた。

 

 彼女はそっと外へ手を伸ばしていた。何か、ひどく大切なものでも見つめるみたいに。

 

「何を、見てるんだ?」

『ここにはね、花が咲いてるんだよ』

 

 見れば、窓の外の木に蔦が絡みついている。今は花なんて咲いていない。けれど彼女は、確かにそこに何かを見ていた。

 

「汐音ちゃん、花好きだっけ?」

『今は、好きかな。目にするもの、全部好き。ここに帰ってくるたびにそう思う』

「帰ってくるって、病院に?」

『はずれ。……まあ、入院するたびに感じるものは正直あるけどねぇ』

 

 汐音ちゃんは口に手を当て、くすくすと少しだけ笑った。そして正解を口にしてくれる。

 

『あの道から、ここに帰ってくるたびに、だよ』

 

 ……汐音ちゃんが死にそうになるたびに見たという、あの星空の道。

 果てのない闇の中、足元にはただ一本、細い道だけがどこまでも伸びていて、見上げれば頭上いっぱいにこぼれ落ちそうなほどの星々が広がっていた。生きた人間を迎えるには静かすぎるその景色を、汐音ちゃんは何度見てきたのだろう。「汐音さんは、世界を呪っていたんでしょうか……?」というリネットの言葉が脳裏に蘇った。

 

 

 

 

 

「なら、じっとしておけばよかったんじゃないか。しばらく待っていれば、君もさっきお母さんと一緒に、喜べたはずなのに」

『いやぁ、それがそうもいかなくなったんだよねぇ』

「どうして?」

『……さあ?』

「そろそろ、はっきりさせたいんだ」

 

 焦りから、語調が思わず強くなってしまう。しかし汐音ちゃんは特に気にした様子も見せず、口の端を上げた。

 

『……もっと、大事なものがあることを知ったの』

「自分より?」

『そうだよ』

「……それが何か、教えてくれないか」

 返事はない。

 

 

 しかしここが勝負だ! 俺は汐音ちゃんを説き伏せるべく、威勢よく立ち上がる。すると、今ずっと見つめてお話していたはずの汐音ちゃんは、窓辺からぱっと一瞬で消えた。いや早すぎ!

 

 

 

 

 

 

 

 ……また、置いていかれた気がした。けれど、たぶん今のあれも過去の汐音ちゃんだ。だったら今の会話だって、俺に向けられたものじゃないのかもしれない。そう、独り言、みたいな。

 

 それでもいい。

 いいさ。なら、俺が勝手に隣に立てばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 窓の外では、夜の色がますます濃くなっていた。病室の白い壁に映るカーテンの影が、風のたびに形を変える。たった今までそこにいたはずの気配だけが薄く残っていて、それが余計に空っぽの窓辺を際立たせていた。

 

 

 

 

 汐音ちゃんがいつも1人だったなら、少しくらい他人に頼っても罰は当たらないだろう。俺なんていっつも誰かに手伝ってもらってるぞ。

 

 しかし俺はそこまで考えて、貝森ちゃんみたいにぐしゃぐしゃっと頭を掻きむしった。だから手伝う以前に、どうやってまず見つけるんだよ……。

 

 

 

 

 

 それから俺は、母上殿から連絡があるまで、ずっとそこで窓の外を眺めた。

 

 考えはまとまらない。焦るばかりで、答えなんて全然出てこない……けれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 汐音ちゃんは、あの時たしかに笑っていた。

 自分の終わりを見つめる顔じゃない。もっと先を見ている顔だった。

 

 ならきっと、まだ何かある。

 汐音ちゃんには、何かしようとしていることがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺が、勝手に隣に立ちたいと思うなら。

 探すしかない。

 

 

 

 

 

 窓ガラスにうっすら映った自分の姿は、汐音ちゃんの顔をしているのに、考えていることはどうしたって俺のものだった。そのちぐはぐさを抱えたままでも、もう進むしかない。立ち止まっている時間の方が、ずっともったいなかった。

 

 

 

 

 

 

 ……リネットの予告した最終期限まで、あと6日。

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