恋愛ゲームの世界を願ったらなぜかヒロインになった俺は、攻略を回避するのに忙しい 作:うちっち
――私は私という存在がなくなることが、ずっと怖かった。
あとは……勝手に時期が決められてるのも気に食わない。だからなんとか生き続けたいと、いつもそう願ってたんだ。噓じゃないよ。
だから、過去の私の願いも、捨てないで大切にしようと思った。だって、それはかつての私そのものだから。
「私と同じ波長を持っていて。私のために何でもしてくれる人を、連れてきて……か」
それからも、私は『黒い石』を1つだけ持ち歩き、事あるごとに願いを込めた。何度も、何度も。しかし、……しかし、私の呼びかけに答えてくれる者が現れることは、結局1度もなかった。
この世界には……ひょっとしたら私の望む人は、1人もいないのかもしれない。
私は誰もいない道の上で、残り数枚だけとなった目の前のスクリーンを見つめた。もうすぐ、夏も終わり、秋が来る。同時に、私のリミットも。
最近は『黒い石』のせいかここに来なくても未来が見えるようになったのだが、正直勘弁してほしい。なんだか期限を突き付けられているようで嫌になっちゃうから。
でも、どうする? もう過去の私の願い――「私自身が生き続けること」は、諦める? それに必要な最後のピースが、見つからないわけだから。
私は道の上に座り込み、スクリーンを見つめながら、手の中で『黒い石』を遊ばせた。準備はできている。もう1つの願いは、決行するだけだ。けれど……。
決めきれないまま、私はなんとなく、上を見上げた。
いつもと同じように視界一面に広がるのは、まるで降ってくるような星空で。誰もいない道の上で星の海を眺めていると、なんだか自分がもう死んでしまったように思えてくる。だってここは、言わばこの世ならざる場所みた、い、な……。
…………いや。待って。
私はある考えを思いつき、もう1度手の中の『黒い石』を握りしめて、立ち上がった。
そしてそのまま、頭上の星々に願いを込めて手を伸ばす。
わかった。私の世界には、私の望む人は、いない。
なら、ここなら? この世ならざる場所である、星空の道でなら……ひょっとしたら世界の枠なんてものも、越えて……呼び声に応えてくれる人は、いないだろうか?
もう1度。
私は、願う。
多々の星に。
この中に、1つくらい、私に応えてくれる輝きがあることを信じて。
* * * * * * * * * * * *
俺はそれから、街のあちこちを巡った。
北辻さんの広い人脈を辿り、柚乃ちゃんの上流社会への伝手を追い。
高宮城先輩に乗っかり、貝森ちゃんとついでに崇高を引き連れて。
西に東に、北に南に。
しかし、汐音ちゃんの足取りは掴めない。以前の目撃情報は幾つか出てきた。夏、汐音ちゃんはどうやら1人で街を歩き回っていたらしい。おそらく『黒い石』を集めていたのではないだろうか。なんで石の場所がわかったのかはよくわからんけど。
残り5日。
今日は柚乃ちゃんと崇高をお供に連れ、俺は商店街のベンチに座り込んだ。ぜーぜーはーはーと息をつく。病気が治ったか知らんが、体力はそんなすぐにつくものでもないらしい。当たり前か。
「わたしは夜桜先輩がどうしてこんなに一生懸命になるのかがよくわかりませんけどねぇ」
ベンチで隣に座った柚乃ちゃんが、カップを両手でちんまりと持ちながら呟いた。確かに、期限が来れば俺は戻れるらしいから関係ないかもしれない。でも、俺がいるここは、本来なら汐音ちゃんの場所だ。なら、あるべき姿に戻して返すのが筋だと思う。……そうだろ崇高?
俺がベンチ横に立つ崇高を見上げると、奴も大きく頷いた。
たぶん事情はわかってないだろうが、こいつもよくついてきてくれてる。お前の恋路を応援してやらんでもない。俺が相手じゃなければな。……まあ、汐音ちゃんは脈なさそうだったけどさ。
俺は勢いよく立ち上がる。そうだ、リミットはあと5日。それだけあれば人1人くらい見つかるってもんよ。
「さあ行くぞー! 汐音ちゃんを捜しに!!」
「おう!!」
「わたし自分が何してるかわからなくなること、最近多いんですよねぇ……」
「……お、ひょっとして楽しくない?」
すると柚乃ちゃんはくすりと笑った。
「まあでも、悪くはありません、ということにしておきましょうか」
その笑顔は、以前よりもどこか本音で話してくれているように、俺には見えた。
……俺、柚乃ちゃんはそっちの方がかわいいと思うな、個人的にはさ。
残り4日。
今日は、北辻さんと崇高と一緒に、聞き込み中心で街を回った。高校1年生から3年生、大学生、会社員、八百屋、警察に探偵まで、北辻さんが仲介してくれた街の人々に俺たちは片っ端から当たり、質問を繰り返した。
「私みたいな顔の子を、最近見ませんでしたか?」
「ど、どういう意味……?」
「実は、私の双子の妹が家出しちゃったんです……」
ハンカチ*1を取り出し俺がそっと目元を拭うと、たいていの人は快く協力してくれた。警察の人はご親切にも捜索願を作成しようかと申し出てくれたが、それは丁重にお断りしておく。だって魂の捜索願って、出すとしても警察じゃなさそうだもん。
「げ、目元を擦り過ぎて赤くなってきちゃった」
「ああもう……ほら、見せてみなさい」
呆れた顔で覗き込んでくる北辻さん。俺は大人しくじっとしながら、北辻さんに改めてお礼を言った。
「北辻さん、もうすぐ大事な大会なんですよね? ……付き合わせてしまって、すみません……」
「もう、違うわよ」
「あれ、大会じゃない?」
俺のゲーム知識だと来週北辻さんは地方大会で圧倒的優勝を果たすはずなんだが、違ったか? 俺もしばらくゲームから離れてしまっているからな……。
「大会はあるけど。『すみません』なんていらないわ。あたしが勝手に手伝ってるだけなんだから」
「じゃあ……ありがとうございます」
「よろしい。それなら受け取りましょう」
凛とした表情で胸を張り、謝意を受け取ってくれる北辻さん。やっぱり彼女は、どこか大人だった。
さらに翌日。あと3日。
高宮城先輩に抱きかかえられた俺は、高機動で街を駆け回った。屋根の上だろうが電柱だろうが塀だろうが先輩には関係ないらしく、ひょいひょいと軽やかにその上を駆け抜けていく。背後を振り向くと、遠回りでダッシュしている崇高が目に入った。……おお、あいつもやるじゃん。
そして距離的には街を計3周くらいはしたはずなのだが、目につくところに汐音ちゃんは見当たらなかった。
そもそも魂ってどういうところに隠れるのか。リネット曰く、普通の人間と同じように見えるはずだと言ってたけど。それだと最近の目撃情報が一切ないのがおかしい。
「先輩はどう考えますか?」
「なら、見えるところにはいないのかもね」
「……え? じゃあ例えば……?」
「空の上とか」
「汐音ちゃんが規格外っぽいとはいえ、それはさすがにないと思います」
「……そう。……早く見つかると、いいのにね」
空を見上げ、表情を変えずにぽつりと呟く高宮城先輩。俺はその台詞に大いに励まされる。たぶん以前の先輩なら、後半は口にしていなかったのではないだろうか。
「私、先輩に随分助けられました」
「……そう」
「感謝、しています」
「同じよ」
「え?」
俺は振り向いて先輩を見上げたが、彼女はもう何も言わなかった。しかし、一瞬だけ彼女が浮かべた笑みに、俺は吸い込まれるように魅入られる。俺が今まで生きて見てきた中で、一番透明な笑顔だった。ずきりと自分の胸が痛む音が聞こえるくらいに。
すぐに先輩は元の無表情に戻ってしまったけれど、確かに胸に刻まれたその笑顔を、俺はこれから先、ずっと忘れない。そんな気がした。
翌日。もうあと残り2日である。
6日あれば見つかるとか言ってた過去の俺に説教してやりたい。もう半分以上過ぎたのに、手掛かり0なんですけど。
本日はリネット、俺、崇高のトリオで捜索中。昨日崇高って喋ってたっけ? 結局途中で消えたよな。まあ、途中までついて来れたことを賞賛すべきか。
俺は喫茶店で休憩中、テーブルに寝そべりながらリネットに愚痴をこぼした。
「リネットー、なんとね、あと2日しかないんだよ。……だよぉ?」
「そ、そうですねっ」
「見た人もいない。捜してもどこにもいない。私って実は本当は汐音ちゃんだったのかな? ただちょっと他の世界から来た人になった夢を見てただけ?」
「じ、自分を見失わないでくださいっ」
わたわたとリネットが俺の腕を引っ張ってくる。
……お、おう。そうだな。俺ちょっと錯乱してたわ。俺が汐音ちゃんの存在を信じずしてどうする。
しかし現状、マジでいないのも確か。リネットの魔法でも何ともならないらしい。どうやら『黒い石』フル装備の汐音ちゃんはリネットを超える存在になっているみたいで、とんと見当がつかないとのことだった。
「どうしたものかなぁ……」
「汐音さんを、よく知っている人がいればっ、いいんですけどっ」
「それ俺だ!! 俺だよ!!」
「ひっ」
突然叫び声をあげた崇高に驚き、リネットはぴゅーっと走り去って彼方へ消えていった。カランカラン、と入口扉のベルが鳴り、彼女が外へ退避したことを俺たちに教えてくれる。
「……崇高くん?」
「いや、マジですまん」
それからリネットが席に戻ってくるまでには、実に30分を要した。あと2日しかないのに。
そして崇高に汐音ちゃんの行先で思い当たるところを聞いてみたが、過去の思い出話という名ののろけしか出てこなかったので途中でぶち切った。肝心なところで役に立たん奴。
「ということでやっぱり手掛かりがないんだよぉ……」
「見つけないとまずいですっ。放っておくと絶対にえらいことになっちゃいますからっ」
「えらいこと、って具体的には?」
「ええっと、世界をばらばらに崩壊させるとかっ。もしくは人類全部を呪うとか」
「うーん……それが、イメージに合わないんだよねぇ」
俺が腕を組んで考え込んでいると、リネットは困ったように笑った。
「で、でもっ。あなたは汐音さんをよく知っているんですよねっ? 私よりも、ずっと。なら、その直感の方が正しいのかもしれませんっ。あなた自身がどう思うかをよく考えてみたらいかがでしょうっ」
俺が知る汐音ちゃん、か……。
結局、その日も結論は出なかった。
あと1日。
はっきりした期限はわからないが、次に寝て起きたらゲームオーバーと考えておいた方がいいだろう。だって俺、起きたら汐音ちゃんだったもんな。
今日は貝森ちゃん、俺、崇高の3人で捜す予定……だったが。突然、俺の携帯に貝森ちゃんから着信が入った。
『センパイ、すみません。今日ちょっとお母さんが体調崩して病院に行ったみたいで……過労らしいから大丈夫だとは思うんですけど……』
「いいよいいよ! もちろん、そっちに行ってあげて。今まで一番力になってくれたのが貝森ちゃんなんだから。気にする必要なんて、一切ないからね」
『ありがとうございます!』
ほっと安心したような溜息が、電話越しに聞こえた。そりゃ当たり前だって。崇高に2人分働いてもらうまでよ。貝森ちゃんは何も気にする必要はない。
「じゃあ切るね」
『……あの! あたし、明日空けておきますから!』
俺は一瞬、答えに詰まる。
……明日はおそらく、俺は、もういない。
それでも、何気ない風を装って頷いた。
「うん、わかった。じゃあ、また明日ね」
『ごめんなさいっ!』
それで、電話を切れば終わる。
そのはずだった。
しかし、俺は思わず口を開いた。これから先も、この世界で過ごしていくであろう彼女に。俺がいないとしても、君の周りには頼れる人が沢山いる。そんなこときっと知っているだろうけれど、それでも伝えておきたかった。
俺が知る貝森ちゃんは、ゲームでもここでも、一歩どこか遠慮してしまう、そんな子だから。
「……貝森ちゃん」
『え、なんですか?』
「何かあったら高宮城先輩と北辻さん、リネットに頼るように。あと、柚乃ちゃんと仲良くね」
『……? それって、どういう……?』
「明日説明するよ」とだけ言い残して、俺は電話を終了した。
……さらば貝森ちゃん。達者で暮らしてくれ。俺は我が右腕、相棒の幸せをただ祈った。直接見届けられないのが、少々残念ではあったけれど。
さて。
ではラスト1日は崇高と俺の2人体制なわけだが……このままだと普通に過ぎてしまう気しかしないので、やり方を変えねばならんだろう。
俺は「犯人は現場に舞い戻る説」に従い、崇高を連れて自室に戻った。その際、俺に何か余計なことを言ったりしないよう、何度も何度も言い聞かせる。何せ、汐音ちゃんルートで主人公の崇高が告白する場所が汐音ちゃんの部屋だからな。史実を考えると超一級の危険地帯なのだが、この際背に腹は代えられない。
そして俺は部屋の隅から隅まであらためて探し回ったが、特に何も手掛かりらしきものは見つけられなかった。
俺はベッドの下に格納していたクッキー缶を取り出し、見つめる。……遺留品はこれだけだ。ここにヒントがあると見るべきだろう。ちなみに崇高は俺の言いつけに従い、少し離れた場所で大人しく正座をしている。
俺は缶の中の『黒い石』を一つ取り出し、しげしげと眺めてみた。……うーん……しかし俺ってこういうの詳しくないしなぁ……。
しばらく見つめた結果、何もわからんということがわかった。そもそも見てわかるならリネットが既に指摘してくれているだろうし。
俺は再度、昨日のリネットの言葉を思い出す。「あなた自身がどう思うかを考えてみたら」、そう言っていたっけな。俺はその言葉に従い、あらためて考えてみる。
――汐音ちゃん。
生き続けたいと願った君が、今ここにいないその理由は、一体何か。
リネットは「汐音さんは世界を恨んでいたのでは」と言っていたが、俺はピンと来ない。むしろ俺の知っている君は、自分より周りの人間のことを先に考える子だったはずだ。つまり……つまり?
……そうか。
「自分のことより優先することができた」と汐音ちゃんは言っていた。
ということは、周りの人間に関する何かだ。汐音ちゃんは、何か周りの人間について、対応しなければならないことがあることを、知った?
それは何か。
それさえ分かれば、答えは出るはずだ。
でも、汐音ちゃんの周りの人間って言ったら母上殿か崇高くらいだよな……。母上か、崇高に、何か……問題が……? でも、おかしな感じなんて……別に……。
しかし、そこで何か引っかかるものを感じた。
……そういや、崇高といえばさ。なんか前、あいつに違和感あったんだよ。あれっていつだったっけ……?
俺は、心の中で引っかかったものを途切れないよう、慎重に手繰り寄せる。
あれは確か……そう、文化祭中、リネットを捜した時だ。
あの時、俺は皆に協力を求めた。で、どんな子よ、ってなって。俺は絵を描いたりして説明したわけだ。そこはいい。
ただ問題なのは、
なら、リネットの話が出たとき、崇高にはそれらしきリアクションがあっていい。だって、今回の話で最も重要な役割を果たしたのが、彼女だ。手掛かりはあればあるほど良い。なのに、なぜ、面識があることを、崇高は話さなかったんだ……?
事実、たまたま北辻さんレーダーに引っ掛かったからいいようなものの、リネットに会えなかったらもう手の打ちようがなかった。
その代わりにあいつが言った台詞は確かこうだ。
――「へー、こんな子か。汐音は相変わらず絵が上手いな」――
そして脳裏に、リネットの家を訪れた時の、汐音ちゃんの記憶が蘇った。
あの時、リネットと汐音ちゃんは、何を話していたか。俺も直接、リネットにそれを確認したはずだ。
* * * * * * * * * * * *
「そういえば、なんで崇高くんを怖がってたの?」
「……あの人は呪いなんてものでなく、もう存在そのものが歪んでいますから」
「んん? どゆこと?」
「とにかく周りを巻き込む不幸を呼び寄せやすい体質というかっ」
「うん」
「一言で言うと、生きて動くブラックホールみたいな存在ですっ」
* * * * * * * * * * * *
「呪いは体と魂に刻み込まれた歪みのようなものなので、それをどうにかしないといけませんっ」
「どうにか? まさか、注射とか? じゃないよねぇ」
「いえ例えば、体と魂を切り離すとか。もしくは
* * * * * * * * * * * *
……まさか。
いや。しかし、俺の予想が合っていたとしても、実現不可能だ。だって、魂の形が合わないと、一緒の体にはいられないんだろ? 崇高と汐音ちゃんは、明らか違うって、当の汐音ちゃん自身が……。
そこで、もう1度俺は、自分の目の前にあるクッキー缶を、見つめた。
——周り全ての幸せを願っただろう彼女。
——クッキー缶一杯の『黒い石』。
——1つだけでも世界を改変するという。
——それだけ必要だったのは、なぜか。
……そういやさ。体に複数の魂が入ってると、調和が乱れるんだよな?
最初から、ずっと不思議だったんだ。ゲームの俺は、こんなにポンコツだったかって。こんなんじゃ人望もそんなにないだろ。完璧超人の、主人公だったはずなのに。
そして耳元で、いつぞやの母上殿の言葉が蘇った。
「——鬼ごっこの時にね。気が付くといつもすぐ後ろにいる子だったわ」
俺は振り向く。
……間違いない。
君は、きっと――。
そして俺は手を伸ばし、確かに
「——汐音ちゃん。捕まえた」