恋愛ゲームの世界を願ったらなぜかヒロインになった俺は、攻略を回避するのに忙しい   作:うちっち

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接敵、主人公 / 遭遇、貝森ちゃん(下)

 そして訪れた放課後。三人で昇降口横に集合した後、さあ街に繰り出すかという段階になって。なんと急に崇高の野郎が「用事を思い出したから行けない」とか言い出した。

 

 なんだこいつは。お前ゲームだといつも暇だったろうが。ていうか以前好きだった級友の佐藤さんを俺が誘った時も同じようなこと言ってたのを唐突に思い出してしまったではないか。俺が誘うたびになぜか出現する無限の用事。くそう。

 

 

 

 俺はひとまず腕を組み、崇高の処遇についてしばし考える。ゲームのキャラなのにシナリオにない予定を入れるという大罪を犯したこいつを、貝森ちゃんのペンダントみたいに窓から突き落とすか、それとも許すか。その二択で迷った結果、今回は初犯なので許すこととした*1

 

「ごめんな! 明日は絶対空けとくから!」

 

 おう、その言葉忘れるなよ。よし、じゃあ今日は行ってよし!

 

 

 

 

 

 

 すると崇高が走り去っていくのを見送った後、貝森ちゃんが笑顔でぱっと手を挙げる。

 

「汐音先輩、あたし! なんとあたし空いてますよ! 商店街でしたっけ?」

 

 おお、その積極的な姿勢、誰とは言わないがどこぞの崇高にも見せてやりたい。ただ、貝森ちゃん、自分の恋人候補が来られなくなったことを悲しんでいる様子は全くないな……。で、商店街、か……。

 

 

 

「……でも、行く時は崇高くんがいて欲しいしなぁ……」

 

 だって俺たちはお散歩しに行きたいわけじゃなくて、崇高をヒロインに引き合わせに行くわけだし。肝心の主役がいないんじゃ話にならない。

 

 

 

 

 ただ、俺が考えこんでいると、突如、貝森ちゃんがなぜか俺の腕をぐいぐいと引っ張ってきた。そして有無を言わせぬ勢いで、人気のない校舎の陰までずるずると引きずって連れてこられる。

 

 汐音ちゃんと貝森ちゃんの力の差は相当あるみたいで、俺も多少抵抗しようとしたものの、貝森ちゃんの腕はびくともしなかった。そして貝森ちゃんは校舎裏で左右をきょろきょろと見回し、なぜか周囲の人の有無を丹念に確認する。

 

 

 

 

 にしても、いきなりどうした……? あとなんで人目を……? ……ま、まさか。カ、カツアゲとか……? 確かにキャラの新しい面に触れると幸せって言ったばっかりだけど、そういう面は決して見たくないんだが。

 

 

 しかし、貝森ちゃんは俺の予想に反し、顔を寄せてきて、ひそひそと、とんでもない話を囁いてきた。

 

「あの、こんなこと聞いていいかわかんないんですけど。……汐音先輩と竜造寺先輩って。お付き合いされてるんですか……? そうするとむしろあたし、お邪魔じゃ……?」

 

「それは! ない!! ありえない‼ ていうか貝森ちゃんさ……その話、即刻止めてくれるかな? 想像しただけで鳥肌立つんだけど。ほらこんなに立っちゃったよ見て」

 

 俺がつい勢いで腕をまくって見せると、貝森ちゃんはうろたえたように半歩下がった。

 

「……ご、ごめんなさい……仲いいからてっきり……というかそんなになんですね……」

「もしそうなったら切腹して死ぬね。潔く」

「そこまで⁉」

 

 ……しまった。これでは言ったら貝森ちゃんの中での奴の株が下がってしまう。でも「付き合いたい」なんて俺は口が裂けても言えない。しかし褒めはしないといかん、えーっと。

 

 

 

「私には合わないけど……きっと好きな人はすごく好きだと思うなぁ」

 

 最終的に、俺が例の佐藤さんに告白した時に言われたお断りの文句を引用しておいた。トラウマを思い出したからにはどこまでも行け、ということだろう。ありがとう佐藤さん。君の台詞は、今ゲームの世界にいる俺の役に間違いなく立ってるぜ。

 

 

 

 

 

 結局、貝森ちゃんと俺は商店街に行かず下校することとした。ていうか、貝森ちゃん家に帰ったら1人になっちゃうじゃないか。その話を聞いた当日にそのまま帰すのはいかがなものか。まあ崇高の野郎は用事とやらですぐ帰ったけどな。

 

 ……しかしあいつ、ほんとにゲームの世界の俺か? あれでほんとにトゥルーエンドに辿り着けるの? 選択肢次第で結構死んだぞ? いや恋愛シミュレーションで死ぬっていうのがまずおかしいんだけど。そのうち転校してくるであろうメインヒロイン周りがヤバいんだよ。崇高大丈夫? 無事に生きていける?

 

 

 俺が歩きながら下を向いて、この世界の主人公である崇高の行く末について思いを馳せていると、貝森ちゃんが下から俺の顔をのぞき込んできた。その顔には、悪戯っぽい笑みが浮かべられている。

 

「あ、まーた竜造寺先輩のこと考えてるでしょ」

「…………うん」

「やっぱり大好きじゃないですか……。え、ちなみにどんなことを?」

「これから生きていけるのかなぁって」

「いったい何考えてるんですか⁉」

 

 汐音先輩がわからない……と天を仰いで呟かれてしまった。しかしやがて気を取り直したように、貝森ちゃんは笑顔で話を続けてくれる。

 

 

 

「ところで……落とした小銭、見つかりました?」

「小銭……?」

「……やっぱりいいです。うーん、でも汐音先輩、まだわかんないですねぇ」

「あ、小銭って散らばったやつのこと? もちろん全部拾ったよ。1円でも馬鹿にできないからね。私、コンビニでおにぎりせんべい買おうとして1円足りなかったことあるんだから」

 

 

 すると、何やら難しい顔をして何度も首をひねる貝森ちゃん。きっと今もこの子は自身の悩みについて考え、心を痛めているのだろう。こんな可愛い子が曇る世界を許しておいてはいかんな……。よし。ここはひとつ、貝森ちゃんの好物でも食べに行きますか!

 

「ねえ貝森ちゃん、お腹減らない?」

「……あ、はい。まあ……?」

「ちょっと味噌ラーメンでも食べに行こうよ」

「放課後すぐ⁉」

 

 

 

 

 貝森ちゃんは女子高生でありながら週3で行くラーメン屋があるくらいのラーメン通のはず。ここはせっかくだから、聖地巡礼と行こうじゃないか。この世に貝森ちゃん推しは星の数ほどいる(はず)とはいえ、実際に彼女とラーメン屋に行ったことのある人間はそういないだろう*2

 

 正直全然腹は減ってないんだが、愛があればどうとでもなるはず。悪いね貝森ちゃん推しの諸君、俺だけこんな経験しちゃって。ははは、じゃあ楽しませてもらってきます!

 

 

 

 

「……うぐぅぅぅ……ぬぬぬぬぅ……」

 

 俺は目の前の丼を見つめた。確かにうまいんだけど……全然減らないというか。1口食べるごとに上がっていく満腹ゲージの量が多すぎる。ここまで仕様に差があるとは……。

 

 

 

 つい普通盛りを頼んでしまったが、やはり麺少な目にしておくべきだったのか……。汐音ちゃんそもそも病弱キャラだし。ラーメン屋自体無謀だったかもしれない。今更だが。

 

「だから放課後すぐに行くんですか、って言ったのに……」

 

 すでに食べ終わってる貝森ちゃんが餃子を突っつきながら、どこか呆れた顔で俺を見つめた。ていうかさっきテーブルになかったよねその餃子。追加注文? 食欲旺盛だね。

 

「あたし残り食べますよ。連れてきちゃった責任もあるし」

「それは違う! 頼んだのは私! ここは一切手出ししないでもらいたい……んだよぉ」

「み、見かけの割に男らしい……けど、大丈夫かなぁ……?」

 

 

 

 

 

 

 それから実に数十分後。「悪戦苦闘」では表せないくらいの不利な戦いを終え、俺はへろへろと貝森ちゃんを振り返った。テーブルの上には辛うじて空になった丼。

 

 ……非常に、厳しい戦いだった……。だが……俺は、確かに打ち勝ったんだ。

 

 

 

 

「ほら見て貝森ちゃん……私、勝ったよ……」

「いやなんか汐音先輩顔色ヤバいですって!土色!……ていうかこれもう負けですよ!! 良くて引き分け!最後まで見守った私も悪いですけど!!……えーっと、立てますか?」

 

 ……足に力を入れてみる。プルプルと震える足は、今の俺がいかに軽いとはいえ、体重を支えてくれるかと言われると心もとない。いやしかし、世の中レッサーパンダだって立つんだ。少し食べすぎた後の俺くらいが立てないわけがない。

 

 

 

「ちょっ、無理!これ絶対無理ですって!ここあたし小さい頃から常連で店の人とも顔なじみなんで、たまに裏も上がらせてもらうんですよ。休んでから行きましょう?ねっ?」

 

 そのまま俺は貝森ちゃんによって奥に搬送された。丁寧に運んでくれた貝森ちゃんのおかげで、搬送中に悲劇が起こることは幸いにしてなかった。彼女の気遣いに感謝したい。

 

 

 

 

 

 

 

 奥の6畳くらいの和室で、俺はそのまま寝かされる。ひんやりとした畳の感触が背中越しに伝わってきて、心地よかった。

 

 ……あーでも確かに、横になると少しだけ胃が落ち着くような気がする。目を閉じると、ぐるぐる回っているような感覚と、どこか懐かしい畳の匂い。

 

 

 

 寝たままなんとなく顔の横に手をやると、長いふわふわの茶色い髪が手に触れた。それでやっと、今の自分の姿を思い出す。

 

 ……そりゃ容量違うわなぁ……。ていうか今更だけどさ、この夢長くない?あとリアル過ぎない?どうなってるんだろう…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ぴとり。

 うとうとしていると、不意に、おでこにひんやりと冷たいものが当てられて、俺ははっと目を覚ました。額に手を当てると、そこには貝森ちゃんが置いてくれたのか、濡れタオルが乗せられていた。気がつくと、薄い毛布も体にかけられている。

 

 貝森ちゃんは俺の顔を覗き込み、申し訳なさそうに控えめに笑った。

 

「あ、ごめんなさい。起こしちゃいました?」

「……寝てないよ?」

「いやーがっつり寝てましたって。くーくー寝てて、子供か小型犬みたいで可愛いかったですよ。……わかります、食べ過ぎると眠くなっちゃいますよね」

 

 

 

 窓を見ると、確かに外は真っ暗になっていた。……明らかに、もう夜になってる。貝森ちゃんあれからずっと待ってくれてたの? いい子すぎない?

 

「いやいや、だってあたしが連れてきましたし!」

 

 そもそもの話をするなら、連れて来いって言ったのは俺だ。それにお勧めの店紹介するのってそんな重い責任発生しないから。それに、最終的にはこれに帰結すると思うんだよ。

 

「だから頼んだのは、私!」

「ああもうまた……意外に強情なんですねぇ」

「意外に?」

「妖精みたいな外見の割に、って意味です」

 

 これ誉められてる? まあ確かに汐音ちゃんって外見だけならフェアリーみたいだし。中身も本来はすごく優しいし。

 

 ……でもそんな子を海外に送って行方不明にするスタッフってヤバくないか? ストーリーの終わり方くらいは協議して決めてると思うんだが、「よし、じゃあこの子は海外送りで行こう!」ってなったってことだよな? その冷徹さが怖い。俺は想像の中での社内会議に身を震わせた。

 

 

 

 

 

 その時、部屋の隅に置いてある俺の鞄の中から、突如携帯の着信音らしきものが響いた。貝森ちゃんが鞄を持ってきてくれたので、俺は上半身だけを起こして携帯を取り出す。

 

 ……あ。「お母さん」って表示されてる。どれ、母上殿はいったい何のご用事かな?

 

「……もしもし?」

『あ、よかった。……今どこにいるの? なかなか帰ってこないから心配してたのよ』

「今ね、友達と勉強会してるところ。……数学の宿題で、分からないところがあって」

『そうだったの……でもちゃんと連絡はしなさい。別に行くなとは言わないから』

「はーい。ごめんなさい。じゃあね、あと……1時間くらいで帰るよ」

 

 

 和室の壁にかかっている時計をちらりと見る。ふむ、夜の七時か……。これ貝森ちゃん三時間くらい待ってくれてたんじゃないか? ……マジですごくいい子じゃ……。

 

 

 ごめん、ともう一度、目線で謝ると、貝森ちゃんは黙ってぱたぱたと手を左右に振った。謙虚。この子もう仏の生まれ変わりだろ……。

 

『そうそう、崇高くんも心配して家に来たわよ。ちゃんとそっちにも連絡してあげなさい』

 

 そっちはどうでもいいや。にしてももう用事終わったのか。……あ。それとちょうどよかった。母上に絶対に伝えないといけないことがある。

 

 

「あと今日、夜ご飯いらない」

『どうしたの? ……体調、悪い?』

「お腹いっぱいだから」

『……何食べたの?』

「お昼に友達からパン貰ったりして、食べ過ぎちゃった……。ごめんなさい」

『……まあ、いいけど。わかったわ、1時間後ね』

 

 

 

 

 俺は無事通話を終える。すると隣で聞いてた貝森ちゃんは、なんだか呆れたような顔をしていた。一体どうしたの? 仏の生まれ変わりな君が呆れるとかいったい何があったんだ。

 

「いやぁ……よくそんなに真顔でポンポン嘘が出てくるなぁと……」

「嘘? 人聞きの悪いこと言わないでほしいなぁ」

 

「汐音先輩はパン貰ってなんてなかったし、お弁当は逆に取られてたじゃないですか」

「確かにそれは嘘だけど……でもお腹いっぱいなのは本当。ほら、これでイーブンだよ」

「半分嘘な時点でヤバいですからね! あと数学の宿題とかもう100%嘘じゃないですか」

「人間には容量がある、って学んだからあれは数学」

「範囲広すぎです! あと、友達と勉強会してる、っていうのも完全に嘘だし……」

 

「うーん……勉強会は嘘かもしれないけど」

「けど、なんですか?」

「友達と、っていうのは嘘じゃないから。ほら、これで半分半分」

「……あーもう! ほんとわかんない!」

 

 

 

 そのままぐしゃぐしゃっと頭をかきむしる貝森ちゃん。いや、急にどうしたの。あらら、髪乱れちゃってるじゃないか。

 

 

 その後もふーふーと息を荒くしていた貝森ちゃんは、深呼吸をしたり胸に手を当てたりして、やがて何とか落ち着いたようだった。ただ、何がそんなに彼女の情緒に触れたのかは謎。

 

「でもなんか、竜造寺先輩の気持ちは今ちょっとわかりました」

「それ絶対ヤバいよ……あ。ううん、とっても素敵だと思う」

「その二つって間違えることあります?」

「人ってね、誰しも間違うものなんだよ。……でも、分かる……って?」

「……あ、そろそろ行けますか」

 

 

 そう言って、すっくと立ち上がる貝森ちゃん。どうやら俺の疑問には答えてくれないらしい。

 でもよかったな崇高よ。なんかよくわからんが、お前の気持ちを分かってくれる子がここにいるらしい。これもう確定じゃないか? おめでとう、二人の結婚式には呼んでくれ。

 

 

 

 

 

 すっかり暗くなり、街灯が薄く照らす夜道を俺たちは連れだって歩く。やがて、別れ道で俺たちは立ち止まった。貝森ちゃんはそこでもう一度ぺこりと頭を下げる。

 

「ありがとうございました。汐音先輩のおかげで、今日はなんだか寂しくなかったです」

「じゃあこれから毎日ラーメン屋、行く?」

「それ絶対駄目! あ。……はい。とりあえず、やめときましょうか」

 

 めっちゃくちゃ真剣な顔で止められる。……いや、冗談だったんだけど。

 

「とにかくこっちこそ、おいしいラーメン屋教えてもらってありがとう」

「……ほんとにおいしかったですか?」

「最初の四割くらいはね」

「ああ、ほんとーに……お疲れさまでした。……それと。さっきの話の続きですけど」

「続き……?」

 

 顔全体に「?」が表示されていたであろう俺の顔をしばらく見つめて、貝森ちゃんは黙ってくるりと背を向けた。そして俺と違う方へ、ゆっくりと歩き出す。

 

 

 

 

 ……あ、さっきのってあれかな? 崇高の気持ちを貝森ちゃんが分かるっていう逆プロポーズ発言のこと? でも続きって言いながらもう帰っちゃってるんですけど。まあいいか、気をつけて帰ってくれ。

 

 俺はせめてお見送りすべく、その後ろ姿に大きく手を振った。

 

 

 

 

 

 

 しかし貝森ちゃんは何歩か歩いた後、不意に立ち止まった。そして、もう一度、何かを思い出したようにそっと振り向く。貝森ちゃんは、楽しそうに笑っていた。夜道で距離があるにもかかわらず、表情が輝いて見えるくらいに。そうして、彼女は口を開いた。

 

 

 

 

「汐音先輩はですね、なんかずるいです」

「へっ?」

「ではまた明日! 失礼します!」

「あ、うん。また明日……え、ずるい? ……私? なんで?」

 

*1
執行猶予ではある

*2
おそらく1人もいないと思われる

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