恋愛ゲームの世界を願ったらなぜかヒロインになった俺は、攻略を回避するのに忙しい   作:うちっち

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接近、高宮城先輩(1)

「汐音ー! おっはよー!」

 

「おはよ~」

 

 次の日、目が覚めても普通に俺は汐音ちゃんのままだった。やはり俺のあて先不明の頼み事は聞き届けてもらえなかったらしい。……しかしこれはまずいぞ。この感じだと明日も明後日もおそらくこのままだろうという推察ができる。とすると、勝手に戻れるのは望み薄。それ以外の方法を考えないといけないな。

 

 まあ、汐音ちゃん生活自体はゲームの世界を体感できるって面では悪くないが……。もう少しプチ旅行みたいな、そう、2泊3日が約束されてるとかなら別に構わないんだが、一生汐音ちゃん生活だとちょっと色々精神的に無理。昨日の風呂もそうだし、それ以外にも……。

 

 

 

 

「汐音、おはよう!」

 

「あ、うん……おはよ……」

 

 噂をすれば早速来よったで。今日も朝から俺の席にやって来て笑顔を振りまく崇高。現在の俺の憂鬱は8割ほどがこいつで構成されている。

 

 ……崇高、お前も友人としてなら付き合っていけんこともないが、お前は俺をひそかに交際対象として見てるだろう。知っているぞ。だがそれは決して許されない罪だ。俺とこいつを同じクラスにしなかった担任に、ただただ今は感謝したい。ゲームをプレイしている時は、「幼馴染同士を同じクラスにしないなんて許せん」と俺も憤っていたものだが、すまない、あれは撤回させてくれ。

 

 

 

 

 

「汐音、今日も元気なくないか?」

 

 いやちょうどお前のこと考えてたからさ。……あ、そうだそうだ。今日、これから時間あるか? 今度は屋上に行こうや。貝森ちゃんルートでもいいんだけど、いちおう他のヒロインとも繋いでおかないとな。俺以外ならお前は誰と付き合ってもいい。そう考えるとこいつ幸せ者だよな。もっと喜べ。

 

 

 

 

「屋上に……? なんでだ?」

 

「もっと近くで空が見たいから」

 

 あ、ちなみにこれ屋上で高宮城先輩と初めて会った時に言われる台詞な。あの人、屋上の貯水タンクの上でこれまた2週間くらいお前のこと待ってるんだぞ。雨の日も。高宮城先輩ともあろう方になると、天気で空を差別したりはしないということだろうか。すごい境地だ。

 

 

 

 ところが、俺が小粋に誘ってやったのにもかかわらず、主人公の野郎はなぜか返事をしなかった。それどころか、級友の女の子モブと一緒に何やら俺から距離を取る。そして、ひそひそと2人で何かを話し始めた。

 

 まあ何だろうが別に構わんが、チラチラこっち見ながら喋んの止めてくんないかな。「なになに?」って素知らぬ顔して混ざりたくなるじゃん。ま、いいか。

 

 

 

 

 

 

「……今日といい昨日といい、汐音おかしいよね」

 

「いやそれが……昨日の中庭でも後輩の子が……」

 

「それって不自然じゃない……? で、可愛かったよねって? まさか汐音……頼まれてその子に協力してるんじゃ…………ごめんって。そんな目で睨まないでよ」

 

 

 

 

 

 そしてやがて、2人は探るような顔でこちらに連れだってやってきた。……お、もう作戦会議終わり? で、どしたん? なんか知らんが、崇高屋上行きたくないの? 

 

 

 

「なあ汐音、昨日の子がまた待ってるとか……なのか?」

 

「貝森ちゃんはいないよ」

 

「『は』……?」

 

 

 

 あーもうめんどくせえなこいつ。これはしたくなかったが仕方がない。昨日の朝と同じように俺は主人公の制服の袖をぐいぐいと引っ張って、上目遣いで奴を見上げた。

 

「……ねえ、崇高くん。お願いだよぉ……」

 

「うっ……。…………わかった! 行くぞ汐音ぇ!」

 

「あんた、ほんと汐音のこの顔に弱いよね……」

 

 

 ちょろいもんだぜ。……え、これひょっとして袖引っ張って上目遣い+涙目で「お願いだから何も聞かずに貝森ちゃんと付き合って……」とか言ったら即解決するんじゃね? さすがに駄目か? だがいざという時の選択肢の1つとして、俺の胸にはしまっておくとしよう。

 

 

 じゃあとりあえず、行きますか。……屋上、高宮城先輩の元へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、屋上に来たは来たけどさ……」

 

 不思議そうな顔で屋上に佇む主人公を置いておいて、俺はあたりを見回した。えーっと、確かにいるはずだが……。

 

 ……あ、いた。貯水槽の上で今日も遠くを眺めておられる。相変わらずお美しい。

 

 

 さっそく貯水槽の上まで行こうと俺はハシゴに手を伸ばしたものの、しかしこれが全然届かなかった。ぴょんぴょんと一生懸命手を伸ばして跳ねていたら、やがて主人公が俺の脇の下に手を差し入れ、ひょいと持ち上げてくれる。おー、サンキュー。

 

 ……でも今なんか子猫みたいな持ち上げられ方したな……。やっぱ汐音ちゃん軽すぎ。ラーメン屋毎日参りを提案したのは決して間違ってはなかったかもしれん。

 

 

 

 

 

 とりあえず、がっしゃがっしゃと金属音を鳴らしながら、俺は貯水槽の上まで勢いよく登りきる。登った後に下を見ると、なぜか主人公は顔を赤くして顔を明後日の方に向けていた。

 

 なんだあいつ。遅れてきた思春期か? まあいい、今はあいつに構っている暇はない。

 

 

 

 

 

 

 

「……あら。可愛い同席者ね」

 

 透明な声、と言ったらいいのか。そこにいたのは、すらりとした長身の女子生徒だった。黒髪ロングの腰ほどまであるストレート、きりっとした意志の強そうな瞳。高宮城 沙月(たかみやぎ さつき)。クールな先輩キャラ。常に厳しい。だけど実はちょっとお茶目な不思議ちゃんでもある。

 

 

 

 

 元々のゲームのストーリーを説明しよう。

 

 まず、主人公の俺はたまたま屋上にやってきた際、貯水槽の上に佇む女子生徒を見つけ、なんとなく気になって「なぜこんな場所にいるのか」と話しかける。すると、彼女からは『もっと近くで空が見たいから』という返事のみが返ってきた。それ以外ほとんど会話はなかったものの、2人で黙って空を眺めたその静かな雰囲気が気に入って、主人公は屋上にその後、何度も顔を出すようになる。段々とお互いのことを話すようになっていく二人。

 

 そんなある日、実は並外れた身体能力を持っているのだと彼女から主人公は打ち明けられる。その日を境に、次第に俺たちの生活は非日常に飲み込まれていくのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔します」

 

 まずは頭を下げ、高宮城先輩の隣に行き、よいしょと腰を下ろした。そのまま上を見上げてみる。今日の天気は晴れ。冷たく青い空の所々に、ちぎれた雲が浮いている、そんな秋と冬の間の日だった。

 

 

 

 おぉー。確かに空が、近い気がする。視界のほとんどが空というか。耳を澄ますと、はるか高くで飛行機が飛んでいるキーンという音と。校舎で行われているであろう授業の教師の声が、風に乗ってかすかに聞こえてくる。

 

 ……ほう……ここ、悪くないかも。さすがは高宮城先輩。ちょっと寒いけど。

 

 

 

 

 

 

「何を見てるの?」

 

「確かに、なんだか空が近い気がして」

 

 あ、いかん。ファーストコンタクト時の先輩の台詞を取ってしまった。俺が隣の先輩を振り向くと、なんだか彼女は目を見開いていた。あ、なんか珍しい。あんまり表情変えないのに。でもそうだな、自分の思ってたこと言われたらなんか怖いよな。それはわかる。大変申し訳なかった。

 

 ……というか、崇高まだ? あいつが来ないとここに来た意味ないんだけど。何をぐずぐずしてるんだ。

 

 

 

 くすり、と小さな笑い声が先輩から漏れる。思わず、といった感じの笑みだった。そのまま、口に手を当てて、くすくすと控えめに先輩は笑う。それに俺はちょっと見惚れた。さすが美人度で言うとヒロイン№1*1だぜ。絵になる。

 

 

 

 

「気が合うわね」

 

「はい! この場所、素敵です」

 

「……高宮城沙月。あなたは?」

 

「夜桜汐音です」

 

「珍しい苗字」

 

「それはお互いさまではないでしょうか……」

 

 いや一番珍しいのって明らかに貝森ちゃんなんだけどな。何だよ森の貝って。アンモナイト? しかし、まだか崇高。お前がいないのにどんどん話が進んでるぞ。彼女候補とのファーストインプレッションに居合わせないとか、お前ほんとに恋愛シミュレーションゲームの主人公?

 

 

 

 

 

 カンカンカン、と金属音を立てて登ってくる音がようやく聞こえる。お前おせーよ。もう8割終わったわ。高宮城先輩は無口属性半分くらい持ってるから、ただでさえあんま喋ってくれないのに。

 

 

 そして主人公が顔を見せると、高宮城先輩はピタリと笑うのを止めた。あ、もったいない。いやギリギリ見れた? あれだけで一目惚れしてもおかしくないからな。できるだけフラグは拾っていただきたい。

 

 

 

 

 高宮城先輩は真顔のまま、立っている主人公とすれ違い、ゆっくりとハシゴを降り始める。そこには何の会話もない。……おおう。3秒くらいしか接点ないじゃん。……あ。せめて、台詞台詞!

 

 

 

「先輩!」

 

 俺の呼びかけに、高宮城先輩は動きを止め、目を細めてこちらを見つめた。なに? って言ってるみたいな表情だ。もう今日の発言分終わっちゃった? 電池切れ? でも後一言だけ! どうかお願い!

 

「先輩は、ここで何をしてたんですか? どうしてここに?」

 

 

 

 

 

 

 俺の問いに、先輩はハシゴに手をかけたまま、空を一瞬見上げた。そして首を振り、確かにもう1度、かすかに笑った。

 

「同じよ」

 

 その言葉を最後に、先輩は姿を消した。カンカンカン、という主人公より軽い金属音が響き、その後屋上の扉が開かれ、閉じる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 残された俺と主人公は、貯水タンクの上で、顔を見合わせる。ヒューッと俺たちの間を吹き抜ける風が、なんだかさっきより冷たかった。

 

「……いや、今の人、誰だ?」

 

 お前、そこから? まあ確かにお前いなかったもんな。崇高何やってたんほんとに。判断が遅いよ。お前が現れてから10秒も経たずに離脱を選択した先輩を見習え。

 

「高宮城沙月さん、だよ。先輩。……それより、どうだった?」

 

「え? どう……って?」

 

「笑ったとこ。見た?」

 

「ああ、いちおう……見たけど……」

 

「どうだった!?」

 

「え? だからどういう意味……?」

 

「もう! 好きになったとかほら、そういうのあるでしょ!?」

 

「なんで俺はこんな場所でそんなことを、よりによって汐音に怒られてるんだよ……」

 

 なぜか空を仰いで、途方に暮れたように呟く主人公。いやいやお前、さっきの先輩の笑顔見て何も感じないの? ……君、ちゃんと情緒ある?

 

 

 

 

 ……ええい、仕方ない。確かにあれだよな。崇高にはまだちょっと難しかったかもしれんな。もう少し噛み砕いていこうか。じゃあ、ちょっくらそこに座れ。いいから。

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、崇高に座れとジェスチャーで示し、その隣に自分も腰を下ろした。すると、校舎で一番高い場所なせいか、ここからは街並みが非常によく見えた。おお、なんかこうして見下ろすと、視野が広がった気分。

 

 座っていると、強い風にあおられてパタパタとスカートがはためき、長くなった俺のふわふわの茶色い髪もさらさらと後ろに流される。で、だ。崇高、なんで今怒られてるか分かるか? 

 

 ぼーっとこちらを見てる崇高の袖を俺は引っ張った。先輩との屋上デートのシミュレーションをしてるとこ悪いが、さっきのお前は赤点だ。最初にそれを自覚しないとな。

 

 

 

 

 

「ねえ崇高くん。なんで遅かったの?」

 

 そう。問題はその1点に尽きる。あれじゃ先輩が無口キャラとか以前の話だから。今の立ち位置「貯水タンクの上ですれ違った人」だぞ。なかなか聞かんぞその肩書き。

*1
俺調べ

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