恋愛ゲームの世界を願ったらなぜかヒロインになった俺は、攻略を回避するのに忙しい 作:うちっち
「ねえ崇高くん。なんで遅かったの?」
そう。問題はその1点に尽きる。さすがに来るのが遅すぎた。あれじゃ先輩が無口キャラとか以前の話だからな。お前、今の立ち位置「貯水タンクの上ですれ違った人」だぞ。なかなか聞かんぞその肩書き。
「いや、それはちょっと……」
ところがなぜか顔を赤くして、崇高は顔をすっとそらした。さらにそのまま目の前の景色を眺め、俺の質問を堂々とシカトする。
……ほう、黙秘か。やらかした後だっていうのに、君なかなかいい度胸してるね。まあどうせこいつのことだから、飛んでるちょうちょについうっかり気を取られたとかそういうアレなのだろう。まあいい、過ぎたことを後からグダグダ言われるほど面倒くさいことはない。遅いのが罪なのは理解しただろう。次から気を付けたらそれでいいか。
それと確認しておきたいことがもう一つ。どっちかというと、こっちの方が重要だ。俺は隣の崇高の方にずいっと大きく身を乗り出した。
「で、私がもっと聞きたいのはね。さっきの先輩を見て、どう思った?」
「……え? いや、なんでこんなところに? って……」
「それはちゃんと言ってくれてたよ⁉ 聞いてなかったの⁉」
「同じよ、しか言ってなかったような……」
いったん崇高との反省会を止め、俺は腕組みをしてさっきの記憶を思い返した。……ふむ……。確かに、そうかもしれない。そうだよな。途中参加だと意味が分からない。引用元聞いてないもん。そもそもお前が遅れたのが悪いんだけど。猛省しろ。
「空が近いから、この場所が好きなんだって」
「さっき教室で汐音が言ってたやつ……? じゃああの人、前からの知り合いか?」
「ううん、さっき初めて会ったよ」
「……どういうことだよ……」
そう言って頭を抱える崇高。……そんなに難解か? 崇高ひょっとして空とか興味ない人? なら先輩はちょっときついかもしれないな。まあでも相手の好きなものを否定せず受け入れることも大事だぞ。お前はそれが出来る男だって、俺は信じてる。
「で、さっきの話なんだけど。先輩を見て、どう思った? ……すごく美人だったでしょ?」
「……ああ……まあ……」
「笑顔も綺麗だったでしょ?」
「……まあ……」
「好きに、なった?」
「……だから俺好きな人いるって……っていうかもう今、言う!」
「あっ、そろそろ戻らないと! ごめん私、先行くね!」
そう早口で言って立ち上がり、俺は崇高を残してダッシュで梯子に駆け寄った。そのまま振り向かず、ダダダダ、と一目散に駆け下りる。
……あっぶね! 何あいつ、前触れもなくいきなり告白しようとしてきやがったぞ! 自爆テロやめろ。史実に従え。いや史実だと汐音ちゃんの部屋なんだけどな。よってすまんがお前は俺の部屋に絶対入れられん。悪いが了承してくれ。
その後、俺が下で待っているにもかかわらず、結構な長時間、崇高は降りてこなかった。そして、不貞腐れたような雰囲気のまま、ようやくハシゴを降りてくる。それを見上げて、俺はなぜこいつがすぐに登ってこなかったのかをやっと理解した。
……なるほどね。そりゃ下にいたらスカートの中身も盛大に見えただろう。そういえば俺が上から見た時、こいつ目そらしてた気がする。……いや、でもその紳士的な姿勢は大いにいいぞ。さすが主人公。
俺が笑顔でうんうんと頷いていると、崇高は何やら不機嫌そうな顔で俺を見つめた。何だお前、さっきのことまだ根に持ってるのか? 機嫌直せよ。ほら、じゃあさっさと行くぞ。
「……汐音は何に頷いてたんだよ……?」
「崇高くんのいいところをまた一つ見つけてしまったなって。見直しちゃった。やるじゃん」
「えっ?」
「でもそういうのはさ、どんどん相手に伝えていかないと駄目だよ。相手によっては伝わらないこともあるんだし。それって寂しくない? 言葉ってね、やっぱり大事だと思う」
「…………えっ? それってさ、つまり…………汐音! 俺の話を聞いてくれ!」
「はい、じゃあ授業に戻ろっかー」
「えぇぇぇぇ……もう俺全然わかんねぇ……」
がりがりと頭を掻きながら、それでも黙って俺の後をついてくる崇高。その素直さは買いだね。俺も、お前が幸せになる応援ならしてやらなくもないんだからさ。
そして、昼休み。中庭でまた貝森ちゃんと主人公と俺の3人で、お昼ご飯を食べる。
……しかし貝森ちゃん、ゲームでもルートに乗った後はお昼を一緒に食べるようになるんだけど、これまでどうしてたんだろう。別の子たちと食べてたんじゃないの? 急にそっちスルーでも大丈夫?
ただ、それを聞いて「ずっと1人で食べてた」という恐ろしい地雷が出てこないとも限らないので、安易に尋ねるのは自制しておく。
いいか崇高、これが人間関係におけるさりげない気遣いってやつだぞ。さっきの今であれだが、何でも口に出したらいいってもんでもないみたいなんだ。難しいよな。これは俺もよく失敗するからまだよくわからん。
俺は心の中で主人公へのレクチャーの練習をしながら、もぐもぐと頑張って小さな口を動かし、弁当を次々に頬張る。うん、我ながらうまい。
……いや、今日のこれは俺が作ったんだけど、なんかいけたわ。朝早くに目が覚めて、台所に何となく行ったら自然と作ってた。たぶんこれまでの習慣、ってことなんだろうけど……。
しかしふと、疑問が湧く。俺が汐音ちゃんになってる。これはいい。いや本当は全然全く1ミリも良くないんだが、まあ、ひとまずいいとして。
じゃあ問題。……汐音ちゃんの中身ってどうなったの? 俺が上書きしちゃったとかだったら、申し訳なさ過ぎて死にたいんだけど。でも体の中にいる風でもないし。いやそもそも体の中って何言ってるんだって感じだが。
でも、実際、今の俺の中に汐音ちゃんは感じない。ただ体に染みついた、無機質な習慣だけがある。これは……いったい、何を意味するんだろう。
「汐音先輩、どうしたんですか。卵焼き口に運んだまま固まっちゃって。やたら真剣な顔ですけど。殻でも入ってました?」
「……うん。ちょっと自分という存在がどこにいるか、ってことをね。考えてたんだよ」
「それ卵焼き食べてるときに気になります!?」
とりあえず、今はその疑問を胸の内にしまっておくこととした。確かに汐音ちゃんがどうなったかは非常に気になる。気になるが……。
それよりもまず今は、主人公を誰かにくっつけることが先決だ。だって今日の朝とかあれ明らかにヤバかったからな。俺の努力にもかかわらず、秒読みが始まってしまっていると見ていいだろう。危険な状態だ。
よって、今日すぐにでもこいつには他のヒロインに告白してもらいたい。第一候補は……やはり、貝森ちゃんになるか? だって高宮城先輩はまださすがに……なあ。今朝のあれを知り合ったと言っていいかすら、俺にはわからん。
で、商店街で会える北辻さんとも、まだ会ってさえいないからね。メインヒロインも転校すらしてきてないし。とすると消去法で1人しか残らない。
……よし、貝森ちゃん。君に決めた! プッシュは任せろ!
「貝森ちゃんってさ、可愛いよね」
「はい? あの……はあ、ありがとうございます。でも可愛いって言ったら、汐音先輩の方が明らかに上ですけど……」
「俺もそう思う」
お前はちょっと黙っててくれ。いや、でも確かに俺も悪かった。汐音ちゃんってこのゲームにおける可愛い部門担当だから。人をダシにして得意分野に持ち込むみたいな感じになってしまったかもしれない。申し訳ない。修正しよう。
「それだけじゃなくてね、貝森ちゃんは、頑張り屋さん」
「昨日知り合ったばっかりですけど……」
「ふふ、それくらい、一目見たらわかるよぉ」
「『それくらい』の範囲広くないですか!? 汐音先輩、適当過ぎです!」
「俺はそんなことはないと思う」
「崇高君うるさい。……ということで、はい! いつも頑張ってる貝森ちゃんには、好きなおかずをあげましょう」
「……いいんですかね……? では、すみませんが、いただきます」
いいんだよ、そもそも俺の隣に許可も得ずに取っていくやつがいるんだから。
しかし、おいしそうにおかずを頬張る貝森ちゃんを、なぜか崇高は恨めしげな眼で見つめた。……おい、いったいどうした。それは未来の彼女を見ていい目では決してないぞ。
「……崇高くん? どしたの?」
「汐音の弁当を食べるのは俺の特権だと思ってたのに……」
おまっ……お前、そんなことくらいで拗ねるなよ……! その発想やばいぞ。どんどん成長していつかストーカーになるやつ。それはいかん。人の道に外れてる。
だいたい弁当なら、昨日も貝森ちゃんちょっと食べてただろうに。ええい、修正だ修正! お前にはヒロインを射止めるという大役があるんだから。人間的にも成長してもらわないと。
俺は箸を置き、崇高に対してくるりと向き直った。すると、俺が真剣な顔になっているせいか、崇高はちょっぴりたじろぎ、何も言わずとも背筋をまっすぐに正す。貝森ちゃんも神妙な顔をして口をつぐんだ結果、まるでお通夜のような重苦しい沈黙が中庭を支配した。
「私は私の料理を喜んで食べてもらえるのが好き」
「……知ってる」
「それで、色んな人に食べてもらえたら、皆が喜ぶからそれも好き」
「……知ってる」
「それは、崇高くんは、嫌?」
「……嫌、じゃない……」
「じゃあ、いい? 私は貝森ちゃんが食べてくれるの、嬉しいよ」
「…………いい」
多少沈黙はあったものの、俺の話に対し、崇高は渋々ながらに頷いた。
ちなみにこれ、料理については汐音ちゃんがゲーム内で言ってた台詞である。しかし……「いい」と言えたのは崇高もなかなか偉いぞ。これ成長じゃないか? 崇高ってひょっとして、投手で言うと3回くらいから調子上げていくタイプ? ならまだ行ける気がしてきた。
そして、説教が落ち着いたとみてか。そろーっと貝森ちゃんが手を挙げた。
「あの、汐音先輩。嬉しいって言っていただいたんですが、この空気、大変食べ辛いです……」
「そうだよね!ほら!崇高くんのせいだよ!だよぉ!貝森ちゃん食え!私が許す!」
「えっ今の全部俺のせい?」
「いえ、半分以上は汐音先輩が原因のような……でもこうなったらいただきます!」
そう言って貝森ちゃんは俺の弁当箱に手をかけ、半ばやけになったように勢いよく食べ始める。……え? 貝森ちゃん、今なんて?……俺? この空気、半分以上俺のせいなの?
「……んー! でもやっぱりおいしいですねー!」
次々にお弁当に箸を伸ばす貝森ちゃん。おお、食べづらいって三十秒前に言ってた子とは思えない食べっぷり。ほら崇高ちゃんと見てる?未来の嫁の可愛いとこだぞ。
ところが、美味しそうに頬張る貝森ちゃんと減っていく弁当を見て、崇高は明らかに血相を変えた。まるで、近所の悪ガキが自分の家の柿を盗ってるのを見たときみたいな顔だった。
いや、だからお前……、つい今言ったばっかりじゃないか。君はあれかね、三分前のこと覚えてられないタイプの人? もう一回? もう一回さっきの説教いる?
「貝森! お前……! それ以上はやめろ! これ俺の弁当だぞ!」
「いや私のだよね」
「だいたい竜造寺先輩、呼び捨てしてもいいって言いました?……あ!あたしの卵焼き!」
「いや私の……聞いてる? おーい、ねえ君たち、ちょっと人の話聞こ?」
わーわー言いながらおかずを3人で奪い合っていると、弁当はあっという間に空になった。そして、二人が俺の話を聞いてくれることは最後までなかった。
……うん。いやいや、でも昨日よりはこの二人、仲良くなってるんじゃないか? この調子だと、一月後は結婚式も夢じゃなくない?
そして放課後。俺たち三人は今日も集合した。やる気満々の貝森隊員が、今日も手を挙げて発言する。もう隊の中での序列は早々に決まってしまったと見ていいだろう。
「で、今日は商店街なんですよね!」
「その予定だったんだけど……高宮城先輩と会えたから、目標を変えようと思うんだよ!」
ここはせっかくなので、高宮城先輩と会った日限定で発生する放課後イベントを拾っておきたい。あれも必須って訳じゃないが、起こるのがこの日しかないし。回収回収。
すると、貝森ちゃんがたいへん不思議そうな顔で、再びゆっくりと手を挙げた。
「えーっと、まず高宮城先輩って誰ですか?」
よし、説明するからよく聞いておいてくれ。そうだよな、君は知らないから。仕方ない。
そして、なぜか崇高も首を捻りながら手を挙げた。ちょっと嫌な予感がする。そして俺のその予感は見事に当たった。
「高宮城先輩、って誰だ……?」
ちょっと待て。お前、今朝屋上にいなかった? それともあれはお前にそっくりな違う人?
「崇高くん! 今朝の屋上でのこともう忘れたの?」
「屋上……? あ、ああ……あの人か……あの人に会いに行くの? ……そうだ! 俺、汐音にちゃんと伝えたいことがあるんだ! ちょっとこの後2人きりに」
「ってことでぇ! 今日は今すぐ丘に行きたいと思うんだよぉ! 質問や意見は受け付けない! じゃあ出発!! カモン貝森ちゃん! お願い、一切離れず私を守って!」