マヨナカラジオ   作:オバボバボボぼ

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マヨナカの眠れぬ白鳥

午前00時00分。

空がいっそう深い黒を(まと)いはじめる頃。

 

その時間に、外を歩いたことはあるだろうか。

 

理由はなんだっていい。

コンビニにアイスを買いに行くとか、

煙草(たばこ)が吸いたくなったとか。

 

マヨナカは、真夜中とは少し違う。

 

その時間だけ、

この世と別の世界の境界が

ほんの少し曖昧(あいまい)になる。

 

その間、本来こちら側に来るはずがない人間が訪れたり、そちら側に行けないはずの何かがそちらに迷い込んでしまう。それがマヨナカ。

あの電波塔(でんぱとう)は、そんなマヨナカの間だけに現れる。

 

 

 

 

もし、貴方がマヨナカに紛れ込んでしまったのなら。

 

夜更町(よふけまち)0丁目0番地。一番目立つ電波塔の下においで。

 

きっと彼女が、貴方を見つけるから。

 

──────────

 

芋を洗う、と言えるほどではないが、それなりに人混みで溢れた夜の街。

私はコンビニ前の街路樹の根元で、(チュー)ハイ缶片手に座り込んでいた。

明日提出の課題にも手をつけず、散らかった部屋も放置したまま。

訳もなく酒を買って、コンビニに出入りする人々を胡乱(うろん)な目つきで眺めている。

 

別に何かを企んでいるだとか、そう言った考えも何もない。

ただ、眠れないから、そこに居る。

 

ぐびっと、一気に缶の中身を飲み干しコンビニ前のゴミ箱に勢いよく放り込む。

また次のコンビニまで当てもなく歩く。

酒を一缶飲み、また次へ。

これを繰り返すと、次第に酔いが回ってくる。フラフラな状態でやっと家に戻れば、床に倒れ込んだまま、朝を迎えている。最近は専ら、そうして夜をやり過ごしている。

 

今宵もまた酔い潰れるため、少し先にあるコンビニに入店する。

学生たちが立ち読みを繰り返したのか、折り目のついたグラビア雑誌を一瞥しながら、お酒コーナーへと向かう。

 

やけに店内が静かだな。

 

違和感を感じながらも、スマホを見ると時間は「00:00」を示していたので、深夜のコンビニなんてそんなものかと納得することにした。人の声がしない中、冷蔵ショーケースのブーンという鈍い駆動音に密かに安寧を覚える。

しばらく経ってから、酎ハイ缶を1つ手に取ってそのままレジへ向かう。

 

「あれ?」

 

そこで、やっとこさ気がついた。

 

誰もいない。もしかしたらバックヤードに誰かがいるのかもしれないと思い

すみませーんと声をかけてみるも、誰も出てこない。一部の店舗では営業時間の短縮が行われているらしいが、ここはまだ24時間営業のはずだ。それに、閉店するにしても電気は消すだろうし、私に声もかけるだろう。

 

「おっかしいなあ…」

 

何事かとは思ったが、会計ができないのならば仕方がないと、酒をショーケースに戻して退店する。商品棚に綺麗に陳列された商品と、ピロリローンという甲高い音だけが、私を見送っていた。

 

外に出れば再び次のコンビニがある地点に向かって歩き始める。コンビニと同様に、街も異様に静まり返っていて、より、私の孤独感が強まる。私が酒を買おうとしている間に、みんなどこへ行ってしまったというのだろう。

 

思えば、普段はあれだけ街路灯の代わりに街を照らしていた車も、黙るということを知らなさそうな立ち飲み大学生も、夜の街を飾っていたはずのものが、何一つ残っていない。そういえば、と思い、再びスマホを取り出して時間を確認する。先ほど見た時から確実に1分以上経過しているのに、未だに「00:00」と表示されていた。

そもそも、スマホの表示で、「00:00」と出る事は有り得ないはずだ。

 

何が起きているのかはわからなかったが、確実に何かがおかしいことは、アルコール漬けの脳でも理解できた。取り敢えず、何が起きているかわからない以上、一度家に戻ったほうが良いだろう。家が安全というか、影響を受けていないかどうかはわからないけれど、何故か家だけは大丈夫、普段と変わってはいけないモノという感覚があるのだ。

 

ふらつく足取りで、家に向かって歩こうと踏み出した途端。

目の前の地面が不自然に盛り上がり始める。

 

ブツッブツッ。ツーツー。

謎の電子音やノイズが頭の中に響く。

それに呼応するようにボコボコっと地面が膨張を続ける。

 

膨れ上がったアスファルトを押し破り、

そこから這い出るように鉄の巨人が姿を現した。

 

月へ手を伸ばしながら、 (そび)え立った電波塔。私は不思議と、その根元にある格子状の扉に目を向けていた。

 

「何これ…」

 

時計の文字盤のようなインジケーター。逆三角形のボタンが付いているのを見て、これはかなり古い設計だがエレベーターなのだと分かる。

 

「押していいやつなのかな」

 

特に警戒もせず、普段やっているようにボタンを押すと、すぐにポーンという音と共にカチャンと音を立て、格子状の扉が開く。

エレベーターの中に入り、蝶ネクタイのようなボタンを押すと、ゆっくりと扉が閉まる。

階数のボタンを押さなかったにも関わらず降下を始めた。

 

やがてインジケーターが「0000」を示した時、ドスンとした軽い衝撃が響きながら扉がゆっくりと開く。

 

そこにあったのは、放送スタジオだった。

長方形机に背凭れのある椅子。机の上にはマイクや「ON AIR」と書かれたランプ、2人分の飲み物。読み上げる予定なのかお便りのような物も幾つか積み上げられていた。

 

何より目に付いたのは、「00:00」と表示しているフィラメント管時計だ。スマホの時計が示していた異常な表記がここにもある。皆が消えた事と何か関係があるのだろうか、そう考え色々漁ってみるも、何も無い。至って普通のラジオスタジオだ。

 

いや、こんな所にスタジオがある事自体普通じゃないな。

 

しかし何も出てこないんじゃ仕方がない。

そう思ってくるりとエレベーターの方へと向き直ると、そこに誰かが立っていた。

 

頭頂は軽く短く整えられ、段のついた髪が首元へ向かって長く流れていた。無造作に跳ね、襟足だけが狼の尾のように細く長く伸びている。革のクロップドジャケットとワイドなカーゴパンツ。水色のサングラスに錠剤のような形をしたピアスと、だいぶファンキーでファンシーなファッションの女性だった。

 

「あれ?君ってもしかして?」

 

私…?

彼女が私に向かって発した第一声の意味はわからなかったが、私は私以外に人が居たという事実に安心感を覚える。

ほっとした気持ちでいると、瞬きを一度しただけのはずが、少し遠くに居た彼女はすでに目の前に居て、私の顔を覗き込んでいた。

 

「ん〜?」

 

「うわっ」

 

「うわって何よ。まあせっかく来てくれたんならちょっとお話ししてこ?」

 

まつ毛長〜。なんて悠長なことを思っていると、彼女は私の手を引いて、さっきの放送スタジオの椅子に座らせた。

 

「よっこらしょーいち」

 

対面に座った彼女は、フィラメント管の時計を一瞥した後、手元にあった装置?のボタンを一つ押して、おしゃれなジャズっぽい音楽を流し始める。

しばらくして音楽が止まったら、マイクに向かってタイトルコールや何やらし始める。なるほど、此処は彼女のスタジオで、今からラジオの時間というわけか。

 

…それなら、私がこの席に座ってるのはおかしくないか?

そう考え、ゆっくりと音を立てないよう席を立ち上がろうとすると、不意に手首をガシッと掴まれ、再び席につかされた。

 

「ちょっとちょっと、どこ行くつもり?」

 

「あ、お邪魔だったかなと…」

 

「邪魔だったらそこに座らせないよ。君今ラジオに出てるんだから」

 

「え?!」

 

そんな、勝手には困る。私はいち早く家に帰ってどうにかして寝る方法を模索しなければならないのに。いや、こんな状況で今更家に帰っても意味はないか。

渋々パートタイムラジオパーソナリティとして参加することを決めた私は、マイクの位置を自分の近くに下げつつ、彼女の方に向き直る。

 

「こほん。それじゃ早速、お便りを読んでいくとしよっか」

 

下にある抽斗(ひきだし)?のような場所から紙を一枚取り出して、それをはっきり、ゆっくりと丁寧な声で読み上げていく。

 

「ラジオネーム、『白鳥ピョピョ』さん

 

マヨナカラジオの皆様へ。

 

私は今、ロシアにある音楽院を卒業し、作曲家として活動しています。

現在は初めての交響曲の作曲に挑戦しているのですが、その音楽院で大御所からボロクソに言われた経験から、批評されること自体にトラウマを感じています。

 

そこで、一度恩師に作曲中のものを見せると、反応がよろしくなく。

ショックではありましたが、指示を受け、きちんと手直しをしました。

そこでもう一度先生に見せに行ったんです。」

 

「おー。頑張ってるね」

 

「というかこれって…」

 

「まあまあ。続き読むね?」

 

「そこでもう一度先生に見せに行ったんです。

 

すると、先生はこう言いました。

『こんな交響曲は、どの部分も上演しないほうがいい』

 

その時から、いやそれよりも前から眠れない夜は多かったのですが。

寝ようとするたびに今まで受けた批判の数々が思い浮かんで、瞳を閉じることも億劫になりました。『通俗的(つうぞくてき)』『感情的すぎる』『だらしない』。そんな言葉が(よぎ)らぬよう、寝ずに作曲活動に(いそ)しみました。

 

しかし最近では頭痛や幻覚、腸にも異常が出るようになってしまいました。

私は一体、どうすれば眠れるのでしょうか。」

 

……眠れない。私と同じだ。

瞳を閉じると、(まぶた)の裏に無数の目玉や口が見える。

目玉は私を抉る様な視線で、ぐるり、ぐるりと舐め回す様に見る。

口は歯をカチカチさせ、唾液を飛ばしながら私を軽蔑する言葉を浴びせる。

 

夜という暗く、寂しい、静かな時間の中で、私の心だけがその視線から逃げ惑っているのだ。そんな夜を、ケーキのろうそくの数だけ繰り返してきたから、彼の気持ちはよく分かる。

 

孤独から逃げるために、

人は何かに没頭する。

 

私は酒。

彼は作曲。

 

それだけの違いだ。

 

「君が答えてあげなよ」

 

半透明の水色レンズ越しに、彼女は私に言った。

答える。私がか。自分の不眠すら解決できてない私が何をアドバイスできようか。

仮に言葉が出てきたとて、それは説得力皆無。無責任の塊だ。

 

「…私も、あなたと同じで眠れないことが多い、あと実は音楽もやってる」

 

「へえ!」

 

と言ってもお便りの人みたいなクラシックじゃなくて

ポップとかロックみたいなイマドキな感じだけど。

 

「批評もよくしてもらうし、批判もたくさん貰う。変だとか、落ち着きがなさすぎるとか、色々言われる」

 

「でも別にそれって、私たちを傷つけたくて言ってるわけじゃない…って思うことにしてる。批評する側はきっと私より経験も知識も深い。でも良い音楽って、そう簡単なものじゃないと思う」

 

「知識人の中では評価が低くても、大衆からは大きな評価を得ることなんてザラにある。あなたの音楽もきっと、大衆には受け入れられる可能性だってある。世俗的って、そういう意味だし」

 

「感情的だって、悪い言葉じゃないよ。音楽は、芸術は、そういう言葉にしづらいものを伝える媒体で、手段だから。それはきっと貴方にしか作れない音だと思う」

 

「だから一度、全部とは言わないけど…コンクールとかに出さないなら、演奏()ってみたらいいんじゃないかな……いろんな人が聞いてる場所で」

 

嗚呼。我ながらなんて無責任で、残酷なアドバイスだろう。彼がもし、この言葉で一度は立ち直れても、そこで失敗したらもう二度と立ち上がることは無くなってしまうだろう。私が送った言葉はそういう、「励まし」であり「呪詛」でもあった。

 

「うん。良いね。私もそう思うよ」

 

「交響曲だって言ってたし、楽章を抜粋してやってみれば良いんじゃないかな。きっと大丈夫だろうけど、もし何かあったらまた、お便りを送ってよ」

 

「このラジオってそんなお便りの倍率低いの?」

 

「どれだけお便りがあっても必ず届くよ。だってここは

夜、眠れない人のためのラジオだから」

 

眠れない人のためのラジオ…。

それじゃあ私は、私は何故此処にいるんだろうか。

 

「君は特別。だから此処にいるの」

 

特別。その言葉に引っ掛かりを覚えていると

フィラメント管時計が激しく明滅を始める。

火花を散らしながら数回点滅を繰り返すと、その表示は「1868」となっていた。

 

直後にガガッ、ガーッと何かの駆動音が鳴り、時計の台座から一枚の紙が出てくる。

それ、FAXの役割も果たしてたのか…そう思いながら紙を取って確認すると

そこには「ありがとう」とだけ書かれていた。

 

「…うまく行ったってこと?」

 

「きっとね。そうでなくとも、乗り越えたんだよ」

 

乗り越えた…それは彼の執念の成果だったのか。それとも単なる幸運だったのか。実力だったのか。このラジオのおかげか。いずれにせよ、私と違い、彼は久々に落ち着いて眠ることができたのだろう。

良かった、と思うと同時に自分はこのままで良いのかという焦りを覚えた。

このまま、酒の力で無理やり眠って良いのだろうか、と。

 

「君も、焦っちゃダメだよ」

 

ぽん。と肩に手を置かれてハッとする。

そっか、焦らず丁寧に…か。

気がつけばラジオは終わっていて、彼女は後ろに流れる音楽と共に別れの言葉をマイクに投げかけていた。

 

「…なんでチャイコフスキー?締めの曲にしては長くない?」

 

「良いんだよ。それに、君は聞いとくべきだ」

 

その言葉に従い、流れる旋律に耳を傾ける。

交響曲第一番「冬の日の幻想」。その第一楽章。

題名の通り、雪が舞い、日光を身に受け煌々と輝くような、跳ねる様な旋律が耳に飛び込んでくる。雪原をソリで滑るような、ワクワクとした気持ちになれる。彼が初めて作った曲らしいが、並々ならぬ努力があったのだろうなと感じさせる。

 

より曲に没入したくなろ、思わず目を閉じて、しまった。

そう思ったが、見えたのは目玉や五月蝿(うるさ)い口ではなかった。

 

何もない真っ白な世界で、雪ん子(ゆきんこ)が踊っている。

穢れを知らない純真無垢な笑顔が、陽のように瞬いて。

そんな、寒いはずなのに、暖かい世界だった。

 

……気がつくと、私は家のベッドの上で寝ていた。

カーテンの隙間から差し込む朝日が、床から舞う微かな埃を現像する。

 

どうやら私も久しぶりに、ぐっすり眠れたらしい。

 

いつもよりも爽快な気分で、朝の支度をする。

鞄を背負(しょ)い、靴紐を結び、イヤホンを耳にはめ

スマホから音楽配信アプリを開く。

 

 

──プレイリストには「冬の日の幻想」と「マヨナカラジオ」があった。

 

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