石鹸なんてなくたっていい   作:曇らせ好きなヤンデレの妹に愛され(ry

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第1話 魔法学院の首席少女

 

 ファンタジーな世界に転生したら、何をしてみたいか。

 

『魔法を使ってみたい』ってのは、ごくごくありふれた当たり前の答えのひとつだと思う。

 

 

 

 

 

 幸運なことに、生まれ変わった俺の身体には、人並み以上の魔力と、人を凌駕する魔法の才能が備わっていた。

 磨けば磨いただけ煌びやかに輝ける、そんな下地を初めから持っていた。

 きちんとした魔法の訓練を受ける前から、俺はこの不可思議で幻想的な力にすっかり魅了されていた

 

 不運なことに、俺は望まれていた水属性魔法の適性を持っていなかった。

 判明した時に向けられた失望の目線は、今でもたまに俺の心をざわつかせる。

 虫を見るような目、とは、もしかしたらああいう目のことを言うのかもしれない。

 

 幸運なことに、俺は火属性の魔法の適性が友達の誰より抜きんでて高かった。

 その才能は、失望をかき消して余りあるものだったらしく、俺は常に特別扱いされるようになった。

 褒められて、讃えられて、最強だと持ち上げられて。出来ることがどんどん増えていくのが楽しくて楽しくて仕方なくて。

 

 不運なことに、俺に魔法を教えられる人は、俺の能力を磨いて高みへ導ける人は、あっという間にいなくなってしまった。

 だから俺は、悩み迷った果てに、思い出の詰まった故郷を離れることを選んだ。

 

 

 

 そうして俺は今、前世以来の学生生活を迎えようとしている。

 ブレザータイプの真新しい制服を着て、講堂に詰め込まれて、眠たくなりそうな式次第をやり過ごす。どこも変わらんね。

 

 

「麗らかなる春の日差しの元、私たち239名は、この帝国立魔法学院に入学いたします」

 

 

 腰まで伸びた艶やかな赤髪を颯爽とたなびかせて壇上に上がった新入生代表の少女が、よく透き通ったソプラノで型通りの挨拶を述べる。

 生徒とその親姉妹、教師、来賓として居並ぶ高位貴族たち……何より、戦の合間を縫ってわざわざ臨席している至尊の女帝その人。

 無数の視線を一身に浴びながらも、彼女の立ち姿と声には僅かな揺らぎもない。

 

 

「帝国立魔法学院は、帝国のみならず、世界中に名を轟かせる数多の魔法使いを育て上げて来た、最高峰の学び舎」

 

「叡智の結晶にして、歴史と伝統あるこの学院の、栄えある第100期生としてこの門をくぐる栄誉を賜り、身が引き締まる思いです」

 

 

 力強く言葉を吐き出し切った瞬間、少女の赤髪がぶわりと燃えるように揺らめいた。

 未来への期待と興奮に、無意識に魔力が漏れ出しているらしい。

 莫大な魔力をその身に宿していなければこうはならない。

 さすが入試の首席合格者、持って生まれた才能が違う。

 

 

「私たちはこれからの3年間、帝国の未来を担う者として恥じぬよう、全力を賭して学び続けることを誓います」

 

「全身を巡る魔力を練り上げ、先達が積み上げてきた技を受け継ぎ、人を導く魔法使いとして相応しい精神を養うことを誓います」

 

「239名全員が、誉れある学院の生徒であるという自覚と誇りを持ち、互いを高め合う同志として助け合い、共に歩むことを誓います」

 

「そして、地上で最も輝けるお方、皇帝陛下の威光を遍く知らしめる無尽の剣の一となるべく、勇往邁進、努力し続けることを誓います」

 

 

 挨拶の途中で、拍手が沸き起こる。帝国に住まう臣民として、皇帝陛下はちゃんと讃えないとな。

 言ってることは、立派に国に貢献できるように心技体を鍛えます……ってありきたりなことだけなんだが。

 皇帝陛下の剣となる、つまり卒業後に帝国軍へ入隊することが、事実上義務付けられている。

 前世で言えば防衛大学校みたいなもんだ。

 

 

「帝国の栄光と安寧のため、私たちは学び、鍛え、成長し続けます」

 

「先生方には、未熟な私たちを厳しくご指導くださいますようお願い申し上げます」

 

 

 温かくご指導ください、じゃねぇんだな……まぁ当然っちゃ当然だが。

 この学院もまた、戦争続きの帝国の最前線なんだ。生温い教育なんかしてる余裕はない。

 

 

「以上を持ちまして、新入生代表の挨拶とさせていただきます」

 

「新入生代表、1-A、ライム」

 

 

 壇上の少女が自分の通り名を名乗って締めくくり、優雅に一礼する。

 鋼が通っているかのような折り目正しい姿勢からは、彼女の積み上げてきた鍛錬と教養が垣間見える。

 わずかに弛緩した空気の中で、機械的な拍手の合間にまぎれて小さな私語がいくらか飛び交う。

 

 

「あれが『焔弾の射手』様……カッコいい……!」

 

「さっすが、辺境伯の一人娘サマは出来が違うわ」

 

「南方戦線は小康状態なんでしたっけ……自分一人、後方に……」

 

「そのうち『不死鳥』を継ぐのかしら」

 

 

 ……内緒話のつもりなんだろうけどな、聞こえてるぞ。

 お前ら仮にも皇帝陛下の御前だぞ、弛んでる、いや甘やかされてんな……。

 イメージ通りの貴族のご令嬢って感じのも混ざってるのに、3年かけて皆立派な軍人に仕上げてるんだから優秀な教育機関である。

 

 しかし、南方の辺境伯、か。

 代表の少女が名乗ったライムという名にも、壇上を降りていく時にちらりと見えた顔にも、覚えはないが。

 南方の辺境伯という言葉が示す家名は、帝国にはひとつしかない。

 この世界の魔法使いの慣習に則って彼女が名乗らなかったフルネームを、俺は心の中でそっと呟く。

 

 絶対関わらないようにしよう。俺の平穏な学生生活のためにも。

 

 

 

 緊張感に包まれた入学式が終わり、伸びをしながら廊下を歩く。

 やっぱ皇帝陛下怖ぇよ、ただそこに在るだけで場が引き締まりすぎる。

 去年は最前線から抜けれなくて欠席せざるを得なかったと風の噂(私語)で聞いた。毎年来てんのか……。

 

 今日は式典だけで、本格的な始動は明日から。

 寮の自分の部屋に戻って休んでも良いし、同級生や先輩と交流を深めてもいい。

 そんな状況で、俺は早速『大図書館』の方へ足を向けていた。

 

 帝国が世界各国から収集した魔法書を片っ端から収めた知識の宝庫。

 蔵書数はなんと、100万冊とも1000万冊とも言われる。幅広すぎだろ。ちゃんと全容把握できてるのか?

 

 大図書館は、さっきまで式典を催していた講堂や、学生寮や食堂といった新入生たちの向かいそうな場所とは、おおむね逆方向に位置する。

 廊下を歩けば歩くほど、周りに人はまばらになり、そしてすれ違う人さえいなくなった。

 しんと静まり返った廊下。俺もつい、なんとなく、足音を立てずに歩いてしまう。

 

 窓から差し込む陽光が、磨き上げられた石床に落ちて細長い帯になる。

 綺麗に、均等に描き出された光と影の縞模様は、まるで横断歩道のようで、訳もなく心が弾んだ。

 白いとこだけ踏んで歩くやつあるだろ。アレだよアレ。

 

 そうやって一人慎重に歩いてたら、不意に、床の精緻な文様にわずかな乱れを見た。

 影を追って顔を上げれば、教室のドアが、ひとつだけ開いているのが見えた。

 他の教室の戸は皆閉じている。今日は上級生含めて授業はやっていないはずだ。閉め忘れか?

 

 ドアを開いて中を確認すると、その教室には机も椅子もなかった。

 壁沿いに木箱が雑然と積み上げられているだけ。広い校舎の外れの、倉庫代わりにされてしまった空き教室。

 

 

 そこに、下着姿の少女が立っていた。

 

 

 黒のブラジャー。緻密な文様を描くレース付き。まず間違いなく、模様で魔法を補助する術式を刻んでいる。

 傷ひとつない白い肌。治癒魔法があるとはいえ、術者の腕や治療するまでの時間次第で傷跡が残ることは珍しくない。優れた治癒魔法師を抱えているはずだ。

 揺れる深紅の長髪は、炎属性を操る魔法使いには一般的な特徴。内に秘めている魔力は俺より多いと直感する。

 

 ややつり上がった眦。きつめの美人という印象を与える瞳。

 普段なら髪と同じく真っ赤に燃えているであろう紅玉の瞳が、今は困惑に力なく揺れていた。

 

 

「……………………え?」

 

 

 新入生代表、首席入学者――ライムが、なぜか半裸のままで固まっていた。

 

 

「あぁ、すみません、失礼しました、どうぞごゆっくり」

 

 

 うっかり彼女と目が合ってしまったので、サクッと謝罪を述べて撤退。

 扉を閉めて回れ右。堂々と歩いて離脱する。この後何がどうなるか、予知能力者でなくても分かる。絶対分かる。

 彼女は半裸、着替えの真っ最中。追ってくるとしても30秒、素早くたって20秒はかかる――

 

 

「ちょっと!そこの貴方!!待ちなさい!!!」

 

 

 バンっと、扉が蹴破られる勢いで叩き開かれた。

 ライムの裂帛の気合を込めて叫ぶ声が聞こえる。14秒。予想以上に早かった。

 観念して振り向けば、怒りに顔を染め、背後に陽炎を立ち昇らせた魔女がそこにいた。

 ……怒り?

 

 

「……見ましたわね、貴方」

 

「君の着替えを覗く形になったことは謝罪する。申し訳ない」

 

「すっとぼけても無駄ですわ。どこの手の者か知りませんが、私を付け狙っていたのでしょう」

 

「誤解があるようだ。俺はこの先の大図書館に用事があって」

 

「言い訳は無用です」

 

 

 俺の正当な弁明をぴしゃりと切り捨てて、ライムは腰に両手を当てる。

 成長途上な胸を張り、全身で怒りを表しながら、高らかに裁きを告げてくる。

 

 

「乙女の柔肌と秘密を覗き見ておいて、まさかタダで済むとは思っていませんわよね?」

 

「本当にすまなかった、だがあれは事故のようなもので」

 

 

 頭を垂れ、首を差し出し、真摯に謝罪を表明してみせる。

 ほんの少しだけ、圧力が薄れた気がした。

 

 

「……まぁ、故意でなかったことは信じてあげますが……しかし、私の結論には何も変わりありません。事故だろうと過失だろうと、貴方が私の秘密を見たことに何の違いもありませんもの」

 

 

 何も見ていない……とは、まぁ、言えないな……。

 胸部のなだらかな丘とか。綺麗な顔とか。

 

 

「貴族として、許すことのできない無礼ですわ。必ず、貴方にその罪を贖わせます。我が家名にかけて」

 

 

 …………。

 まぁ、やっぱり、そうなるのか。

 知ってた。知ってたさ。遅いか早いかの違いだけだって。

 

 

 「貴方の名を問いましょう」

 

 「シュウ。俺の名は、シュウだ」

 

 

 ライムが、杖を取り出す。

 彼女の昂った感情が、抑えきれない魔力が、真っ赤なオーラとして具現する。

 

 

 

「我が名はライム!()()()()()()()()()!!」

 

「シュウ、貴方に――決闘を申し込みますわ!!!」

 

 

 

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