石鹸なんてなくたっていい   作:曇らせ好きなヤンデレの妹に愛され(ry

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第2話 決闘観戦者は全員女

 

 一時間後。

 あっという間に手続きと準備を済ませてしまったライムによって、俺は決闘の場に引きずり出されていた。

 

 学院には、魔法を練習するための場が豊富に用意されている。

 山や川、滝、森など自然を模したフィールドに、魔法の防壁で上空を遮蔽したドームもどき。

 そして今俺が立つ、小さな円形の闘技場。1対1の決闘ではポピュラーな舞台だな。

 これらの場は、生徒なら誰でも全て申請ひとつで一定時間占有できると聞く。やる気さえあれば鍛錬し放題だ。

 

 まぁこうやって私闘の現場になることも珍しくないんだろうけど。

 許可が下りてるってことは、決闘すること自体は特におとがめなしってことか。

 

 

「ちゃんと逃げずに来ましたわね。褒めてあげますわ」

 

「逃げても後から面倒が追って来るだろ。とっとと終わらせよう」

 

 

 舞台の中央で俺と向かい合ったライムは、ニコリと笑った。

 優雅な微笑みだが、内に潜む獰猛さが少しだけこぼれ出ているようにも見えた。

 武闘派の辺境伯・バルケットー家の血を継ぐライムによく似合う、戦士の笑みだ。

 

 

「それより、着替えなくていいのか?」

 

「戦闘礼装のことを言っていますの?ご心配なく、これしきのことに、いちいち持ち出すまでもありませんわ」

 

 

 俺もライムも、学院指定のブレザー姿。そこに、安全対策として貸し出された帽子状のヘッドプロテクターをかぶっているだけだ。

 魔法の糸で編まれた、軽くて動きやすく、魔力の底上げまでしてくれる良い制服だが……全力で飛んだり跳ねたり走ったりするには、さすがに不安がある。

 ミニスカートをひらめかせ、黒のニーハイとの間に生まれる絶対領域を惜しげもなく見せつけているライムはともかく。スラックスで走り回るのはちょっと無理だろ。

 

 そんな俺の懸念を別方向に取り違えたまま、ライムが誰かに手を振った。

 どこから噂を聞き付けたのかぽつぽつと集まっているギャラリーに……では、ないな。

 一人の少女が、真っ直ぐこっちに向かって歩いてくる。

 

 

「お手数おかけしますわ、先輩。どうぞよしなに」

 

「ライムさん、お気になさらず。風紀委員の仕事の一環です」

 

 

 風紀委員……あ、もしかして審判か?

 ただの私闘じゃなくて、結構ガチで形式を整えに来ている。

 絶対逃がす気ないだろ。俺も逃げる気はないけども。

 

 

「貴方がシュウさんですね。風紀委員として、今回の決闘の立会人を務めます。職務として公平に勝負を預かりますのでご安心ください」

 

「お疲れ様です、ありがとうございます、よろしくお願いします」

 

 

 やっべ、返答が定型文まみれだ。

 でもまぁ、公平にやってくれるのは俺としてはありがたい。

 審判が相手に肩入れしている戦いほど、どうにもならないものもないからな。

 

 

「シュウ、知っての通り、私は炎属性の魔法を得意としています」

 

 

 聞いてるよ。それがどうかしたか。

 

 

「炎魔法は、威力の加減が難しい……対人に用いる場合には、特に」

 

 

 …………そうだな。

 

 

「ですので、決闘のルールとして初撃決着を提案しますわ」

 

「一度でも攻撃が当たった、もしくは当たったとみなされた時点で負け。構いませんわね?」

 

 

 ライムの口から出てきたのは、物騒な前置きとは裏腹なごく普通の提案だった。

 だいたいの決闘は、初撃決着か、杖を取り落としたら負けか、何でもアリの殺し合いのどれかになる。

 今回は名誉を賭けた決闘で、本気の殺し合いではないから、致命傷にならないように十分に配慮するということ。

 それでも事故は起こるが、殺す気でやり合ってなければ治癒魔法で何とかなることの方が多い。治癒魔法士様万々歳だ。

 

 

「問題ないよ。ところで、寸止めの扱いはどうなる?」

 

「審判が当たったとみなせば、有効としますわ。……私相手にやれるものならば、やってみせなさい」

 

 

 ぶわり、と熱気が顔面を通り過ぎていく。

 式典の時といい、ライムは、感情の乱れや昂りがすぐに魔力に現れやすいタイプらしい。

 

 

「私が勝ったら、貴方の身柄は当家(バルケットー家)で預かります。下人として、生涯私と帝国のために尽くしなさい」

 

「俺の自由は!?」

 

「真面目に奉公するなら人並みの待遇と休暇くらいは保障しますわよ?」

 

 

 ほんの少し気を緩めていたところに、とんでもないストレートパンチが襲ってきた。

 それは現代人の感覚では自由とは言わないんだ。勘弁してくれ。

 

 

「私の秘密を見たのですもの。その場で焼かれていても文句は言えないと思いませんか?」

 

 

 俺に近づき、顔を寄せ、囁き声で恐ろしいことをおっしゃるライム様。

 決闘に至った経緯は一応内緒……ってことでいいのか?

 つか顔がいいなお前。貴族なんて美女美少女の集まりだけどその中でもとびっきりだぞお前。

 

 

「焼かれる側としては文句しかないな……で、俺が勝ったら?」

 

「?」

 

「俺が勝ったら、俺は何を得られるんだ?天秤を釣り合わせるふりくらいはしてくれ」

 

「貴方が?私に……勝つ?」

 

 

 首を傾げないでくれよ。

 当然俺の聞くべきことだろ。

 

 

()()()()()()2()4()0()()……最下位の貴方が?主席の私に?」

 

「やってみないと分からないさ」

 

「いつかの未来ならばともかく、入学したばかりの今、序列がひっくり返っているとはとても思えませんわ」

 

 

 ライムは誇らしげに胸を張り、高らかに謳う。

 

 

「それに、私は実家で実戦の場にも立ちましたの。貴方とは経験が違いますわ」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 

 学院は、これから戦場に立つ魔法使いを育てる場所。

 年齢と経歴を考えれば、実戦を経験している者は確かに珍しい。

 試験で示された才能の差もかけ合わせれば、ライムが勝利を確信するに相応しいアドバンテージだ。

 

 

「ですが、条件が不公平だという主張は認めましょう。あなたがもし勝ったなら……此度の無礼を水に流した上で、私の一存で叶えられる範囲のお願いを、ひとつ聞きましょう」

 

「分かった。お願いってのは、何でもいいのか?」

 

「良くありませんわよ。お母さまの逆鱗に触れない程度に、常識と節度をよく弁えることです……もっとも、」

 

 

 予防線を張ったとはいえ、白紙の小切手に等しい。

 自由を互いの天秤に乗せた上で、ライムは自信たっぷりに笑って叫ぶ。

 

 

「私が勝つ以上、貴方が何を考えても夢幻に消えますわよ!!」

 

 

 27人のギャラリーから、黄色い歓声が飛ぶ。

 ライムの勝利を、誰も疑っていないのだろう。

 

 

「キャーッ!!ライム様カッコいいーっ!!お美しいーっ!!」

 

「ライム様ーっ!!頑張ってくださーいっ!!」

 

「男なんて、さっさと燃やしちゃえー!!」

 

「何したか知らないけど、灰になっちゃえばいいのよ」

 

 

 ……俺への罵声、ちょっと多くねぇ?

 社交界でも名を知られた貴族令嬢であるライムが応援されるのは当然としても、これはちょっと想定以上というか。

 

 

「まぁ、俺のやることは変わらない。勝つだけだ」

 

「いい瞳ですわ。貴方はきっと強くなる……でも、今この時、ここにある実力の差というものを、教えて差し上げます」

 

 

 互いの視線が交わって、火花が散るイメージが見えた。

 俺はライムだけを見据えていて、ライムもまた俺だけを見ていた。

 俺たちの世界にいるのは、俺とライム、たった二人だけ。

 

 

「ライム、シュウの両名は、開始位置についてください」

 

 

 審判の子の指示に従って、ライムと距離を取る。

 競技フィールドの中心に立つ審判まで目測でおよそ5m。同じだけ向こう側で、ライムが杖を構える。

 

 『焔弾の射手』なんて二つ名を戴く彼女が、初手で何をしようとしているかを想像するのは容易いことだ。

 称号通りに炎の弾丸を飛ばしてきて、俺に回避を許さずヒットさせるつもりに違いない。

 たった一発当てればいい今回のルールだと、魔法の威力は関係ないからな。ギリギリまで削ぎ落としていい。

 

 同時に操る弾丸の個数と軌道には、術者の技量が大きく反映される。

 弾丸の軌道をマニュアルで操作して敵を追いかけるなら……そうだな、4個も同時操作できれば十分すぎる腕前だろう。

 空中を不規則に飛び回る4つの球体から、一度もかすりもせず逃げ続けるなんてことは困難極まる。絶対にどこかで死角を突かれる。

 

 

 だから、始まる前に一瞬で片を付ける。

 

 

「両者、準備はいいですね!?ではこれより、1年A組のライム対1年F組のシュウによる決闘を行います!」

 

 

 審判が退いて配置に着けば、俺とライムを遮るものは何も無い。

 ライムの背後に揺らめくオーラに、火の粉が混じって散る。完全な戦闘態勢。

 木剣を抜いて、正眼に構える。場の外側で、わずかにざわめきが広がる。

 

 

「3!」

 

 

 足に力を籠める。

 最速で飛び出せるように。

 

 

「2!」

 

 

 剣の握りを確かめる。

 間違っても、ライムにぶつけて怪我をさせないように。

 

 

「1!!」

 

 

 心の中で、俺の、俺だけの能力の起動キーを諳んじる。

 世界の全てが静止したかのような錯覚。

 

 零と一の間で、鮮やかな深紅の長髪と、どこまでも透き通った炎の魔力だけが、小さく揺れていた。

 

 

 

「……決闘(デュエ)――」

 

 

 合図が言い切られるか言い切られないかの、ちょうどその刹那。

 俺は地面を蹴って、魔法を発動させる。

 

 

 

 次の瞬間。

 ライムが魔法を唱えようと杖を振り上げた左手が、俺の右腕にぶつかった。

 

 

「……え?」

 

 

 焔弾の魔法の詠唱を紡ごうとしていたライムの唇が、半開きのままで動きを止める。

 もはやくっつきそうなほど近くにある彼女の瞳が、困惑に揺れるのが見て取れた。

 

 そりゃあそうだろう。

 ほんの一瞬前まで、10m向こうにいた俺が。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「な、にが」

 

「俺の勝ち。……ですよね、審判さん」

 

「え?……あ、はい、これは……そう、ですね……?」

 

 

 誰一人、何が起きたか分かっていない。

 誰一人、状況についていけていない。

 

 

「え?何が起きたの?」

 

「ライム様の相手が……え?なんで?」

 

「剣を、突き付けて……?」

 

「いつの間に……?」

 

「嘘でしょ、ライム様、まだ詠唱すらしてないわよ……?」

 

 

 動揺と困惑の声が、俺の耳にも届く。

 最初に衝撃から立ち直ったのは、剣を突き付けられたままのライムだった。

 

 

加速魔法(ヘイスト)、ですの?いえ、でも、こんなに速く動けるはずが……見えなくなるほど早いなんて、ただの加速魔法じゃありませんわね」

 

「ご想像にお任せということで」

 

「……まさか、固有魔法(オリジン)?だとしたら、確かに現行の入試では測れないけれど」

 

「……ご想像にお任せということで」

 

 

 ライムの疑念と追及の眼差しをさらりと受け流して、審判のジャッジを待つ。

 あんた、まだ仕事が残ってるぜ。きちんと勝ち名乗りを上げてくれよ。

 

 

「ぁ……け、決着。しょ、勝者……1年F組の、シュウ……」

 

「先輩、それでは聞こえませんわよ。もっとはっきり叫ばなくては」

 

「ライム?」

 

 

 まだ目の前の光景が信じがたいのか、自信なさげに呟かれた審判の言葉に対して。

 ダメ出しをしたのは、なんと敗者であるはずのライムだった。

 

 

「常識の枠にとらわれ、貴方を侮り、完全に虚を突かれた私の負けですわ。無論、2度同じ手は通じませんが……この勝負は、貴方の勝ちです」

 

「……あ、あぁ……ありがとう」

 

 

 案外物分かり良いな……。

 彼女の言う通り、ただの奇襲で終わらせているのも事実。

 負けを認めずに暴れたり、やり直しを要求されてもおかしくないかも、なんて思ってたんだが……。

 

 

「貴方がオーソドックスな杖でなく、剣を抜いた時点で頭を切り替えるべきでした。……次は、負けませんわ」

 

 

 え、やだよ。次とかないよ。勘弁してくれ。

 俺は平穏な学生生活を過ごしたいんだ――。

 

 

「しょっ!勝者ッ!!1年F組の、シュウっ!!!!!」

 

 

 審判が叫び、甲高い悲鳴が一斉に響き渡る。

 

 

「えええええっ!?」

 

「ら、ライム様ぁあああ!?」

 

「嘘でしょ……!?」

 

「待って!?何が起きたの!?」

 

「数合わせの男なんかに……ライム様が……!?」

 

「誰か!誰か説明して!?」

 

「アイツ……シュウって誰よ!?」

 

 

 ……どうやら俺の平穏な学生生活は、開始一日目にして盛大に終わったらしい。

 

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