石鹸なんてなくたっていい   作:曇らせ好きなヤンデレの妹に愛され(ry

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第3話 ルームメイトは――

 

「どこへ行くのですか、シュウ」

 

 

 騒めきの残る闘技場フィールドから逃げるように離れた俺の背へ、止まれの声がかかる。

 振り向かなくても分かる。追いかけてきたのは、ライムだった。

 

 

「どこって……大人しく寮に帰ろうと思ってた、疲れたし」

 

「なるほど、所用はないのですね。なら少し付き合いなさい。一瞬で終わらせたのだから、言うほど疲れてもいないでしょう」

 

「精神的には疲労困憊だよ……」

 

 

 断って立ち去ろうかとも思ったが、手を掴まれて引き止められてしまった。

 振り解いてまた不興を買うのも面白くないしな。

 

 

「それで、要件って」

 

「色々言いたいことはあるのですが……そうですね、まず。私は貴方に謝らないといけないと思うのです」

 

 

 謝られるようなこと、何かあったかな。

 決闘吹っ掛けられたこと自体は、事故とはいえ仕方ないことだし。

 

 

「入試最下位での合格だから。オーラがないから。男だから。そんな理由で私は貴方を侮り、簡単に勝てる相手だと決めつけた。……貴方のことを、何も知らないのに」

 

「逆だったら俺だって同じように思うだろうし、君が勝っていたらどれも正しい理屈だろう?」

 

「私の気が済まないのです。怒りで視野が狭くなっていた……というのも、言い訳ですが。無礼はきちんと正さねば」

 

 

 ライムが腰を折る。

 謝罪まで何となく優雅に見えるライムは、やはり貴族令嬢としての立ち振る舞いを徹底的に仕込まれてるな、なんて。

 明後日の方向に思考が流れる。

 

 

「ごめんなさい、シュウ。戦士として、恥ずべき行いでしたわ」

 

「謝罪を受け入れるよ、ライム。元々気にしてないさ」

 

 

 顔を上げたライムが、ほっとしたようにふんわりと笑う。

 決闘前のキリっとした顔も良かったが、笑顔も良く似合ってるぞ。

 

 

「シュウ、貴方は決闘に勝利した。約束通り、貴方の無礼……えぇと、私のを、見た、ことは……水に流します。流しますが、吹聴はしないように!」

 

「ありがとう、それぐらいの良識は弁えてる」

 

「っ……す、少しくらいは照れなさい!?乙女の柔肌をじろじろと見ておいて!!」

 

「理不尽だな!?」

 

 

 許してもらって一安心……と思っていたら、唐突にライムの感情が爆発した。

 こっちに火の粉(※物理)を飛ばしてくるな!熱い!!

 もっと自分の魔力をきちんと制御しろ……!

 

 

「とにかく、他言無用ですわよ。いいですわね!?」

 

「そんなに念押ししなくても、君の着替えを見た話なんてペラペラしゃべったりは」

 

「い、い、で、す、わ、ねっ!?」

 

「…………はい」

 

 

 圧力に押された俺の渋々ながらの返事に頷くライム。

 咳払いと共に暴れていた魔力を霧散させ、話を切り替えてくる。

 

 

「では次、決闘に勝った貴方のお願いをひとつ聞く、という約束の話です」

 

「あぁ、そういえばそんなことも言ったな」

 

「貴方から申し出たことですわよ?それで、貴方の望みを聞こうと思いまして」

 

 

 と、言われてもだな。

 今この場で彼女に叶えてもらいたいお願いなんて思いつかないわけで。

 

 

「今日の決闘のきっかけと結果、丸ごと他言無用に……ってのは」

 

「私は別に構いませんが、私と貴方だけが口を閉ざしても無駄ですわよ?観戦者(ギャラリー)の皆が好き勝手噂するでしょうし」

 

「だよなぁ……じゃあ今のはナシで」

 

 

 ライムが頷いたのを見て、しばし考えこむ。

 些細なことでもいいんですのよ、と声がかかるが、あまりにどうでもいいお願いをしてもな……。

 

 

「……すまない、保留にしても構わないだろうか」

 

「仕方ありませんわね。でも、あまり長くは待ちませんわよ。ほったらかして権利だけ握ったままにしようとするなら、F組の教室に乗り込みますからね」

 

「しないしない、だからそれは勘弁してくれ」

 

 

 俺の平穏な学生生活をこれ以上破壊しないで欲しい。

 とっくに終わっている気しかしないが。

 

 

「あんな魔法を使える時点で、遅かれ早かれ注目されるに決まっています。諦めなさいな」

 

「…………」

 

「貴方の魔法は普通じゃない。入試では評価対象外でも、実戦的な訓練が始まればあの固有魔法(オリジン)は――」

 

「詮索はよしてくれ。互いに秘密には踏み込まない……ってことで、勘弁してくれないか」

 

 

 ライムの言葉を断ち切って、強く拒絶する。

 ――時間操作の転生特典(チート)を持ってる、なんて話をするつもりはもうない。誰にも。

 

 

「ふふ、分かりましたわ。これでお相子、ですわね」

 

「え、何が?」

 

「貴方が私の秘密を見て、私も貴方の秘密の一端を見た、ということですわ」

 

「着替えの場面見ただけだろ!?秘密って言い方なんか生々しいからやめて!?」

 

 

 俺が思わずツッコミを入れると、ライムは小さく笑いをこぼす。

 楽しそうだな、からかってんのか?

 

 

「冗談ですわよ。でも、少しスッとしましたわ。悔しかったんですもの」

 

「悔しい?」

 

「ええ……次は、負けませんわ」

 

 

 リベンジマッチがあることを前提にしないで欲しい。

 俺はライムみたいな目立つ子と戦うのは嫌だぞ。

 そうやって目立てば目立つほど余計なイベントが湧いてきて……。

 

 

「面倒だ、という顔をしてますわね。安心なさい、シュウ。貴方が望まずとも、仮に私が望まなかったとしても……遅かれ早かれ、ですわよ」

 

「嫌だなぁ……それ……」

 

「受け入れなさいな。力持つ者の責務ですわ」

 

 

 ライムの言葉と期待のこもった熱い視線を振り払って、俺はこの場を後にする。

 寮に戻ろう。で、今日はもうゆっくり休もう。

 

 

 

 

 

 帝国立魔法学院は、全寮制の学校だ。

 貴族も平民も平等に、という建前の下、3年間を同じ屋根の下、同じ釜の飯を食って過ごすことになる。

 軍に直結した育成機関なのだから、当然必要な処置だろう。変なプライド持ってたり、見下したりして規律が乱れても困る。

 

 辿り着いた男子寮は、女子寮と比べると二回りは小さな建物だった。

 男女の人数差を考えれば、寮の一角を間借りするのではなく、独立した建物として存在しているだけマシだと思う。

 

 

 何しろこの魔法学院、女子生徒が全体の9割以上を占めている。

 

 

 男性と女性を比較した時、女性の方が魔法素質がずっとずっと高い。

 それが、この世界の常識だ。

 軍に入り、前線で魔法を使う者たちもほとんど女性。

 ごく僅か、女性たちに比肩するだけの稀有な才能を持ち合わせた男以外は、魔法を用いない兵科に属するか、または銃後で支援を担うか。

 

 そんな世界で、俺や、この寮に入っている生徒たちは、いわば『男だてらに』魔法を振るうことが出来る。

 魔法使いの社会は女社会だから、男の魔法使いは異物扱い……であると同時に、常に品定めされ、身柄と『遺伝子』を狙われ続ける。

 逆に魔法を使えない普通の男たちからの羨望や嫉妬にも事欠かない。

 故に、魔法を使える男同士の連帯感は相当なものだ。

 

 

「1年F組のシュウです。今日からお世話になります」

 

「シュウくんね。えーっと……207号室だ。はい、これが部屋の鍵」

 

「ありがとうございます」

 

 

 ルームメイトと仲良くね、という寮監の声を背に受けながら、階段を上がる。

 全室2人部屋。原則同じ学年の者同士を組み合わせ、1年間同じ相手と共に寝起きする。

 同室者との相性は、学生生活の快適さを大きく左右するだろう。

 なるべく優しい人であって欲しい。祈り願わずにはいられない。

 

 たどり着いた207号室の扉の前で、俺は深呼吸をした。

 もしかしたら、さっきのライムとの決闘の時より緊張しているかもしれない。

 あっちは自分の力でどうにかできるが、同室者の性格は自分じゃどうにも出来ないしな……。

 

 勇気を持って、ガチャリとドアノブを回す。

 想像よりはゆとりのある部屋の中で、金髪の同室者がくつろいでいた。

 

 

「君が僕のルームメイトか。遅かったね、どこか寄り道でもしてた?」

 

「あぁ、ちょっと……色々あったんでな」

 

「そうなの?気になるなぁ、後で聞かせてよ」

 

「ん……まぁ、また後でな」

 

 

 距離を探り合う、当たり障りのない会話。

 男にしては高めの、濁りの無い声が心地いい。変声期が来てないのか。

 まじまじと見れば、小柄で筋肉も薄い。魔法使いは意外に体力勝負でもあるんだぞ、心配だな……。

 

 

「あ、自己紹介がまだだったね。僕はティール」

 

 

 ティールはおもむろに立ち上がって、俺に手を伸ばす。

 友好の握手ってとこか。俺もティールの手を握り返して、

 

 

 

()()()()()()()()()()っていいます。1年間よろしくね、シュウ」

 

 

 

 何の前触れもなく襲ってきた衝撃に、思わず手に力が入る。

 ティールがフルネームを名乗ったこと、ではない。親愛の証としてフルネームを名乗ることはなくもない。

 問題なのは、名前そのもの。

 

 

 この世界には、ごくたまに、妙な響きの名前を持つ者がいる。

 正確には、妙な響きに聞こえるのは俺の耳のせいだ。俺が転生者で、日本語話者だからだ。

 彼女たちにとってはごく普通の名前でも、俺には全く違った意味にしか聞こえない。

 そして、そんな名前を持った少女と出会う時は――

 たいていの場合、ロクなことにならない。

 

 

「どうしたの、シュウ?険しい顔してる……もしかして、僕のこと知ってた?」

 

「……いや、知らない。初対面だし、君の名を聞いた覚えもない」

 

「そっか、よく分かんないけど……よろしくね、シュウ」

 

「あぁ、よろしく、ティール」

 

 

 だから、お前がわざわざ()()()()()()理由なんて、俺はツッコまない。

 絶対にツッコまないからな!!

 

 

 

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