石鹸なんてなくたっていい 作:曇らせ好きなヤンデレの妹に愛され(ry
「シュウは、どうしてこの学院に来たの?」
日が傾き、茜色に染まる学生寮の部屋。
輸送用の小型コンテナひとつ分にも満たない持ち込みの私物を荷ほどきしていたら、ティールがそう問いかけてきた。
俺と違って入学式が終わって真っ直ぐに寮に戻ったらしいティールは、とっくに荷物の整理を終えて手持無沙汰になっているらしく。
自分に割り当てられたベッドの上で無防備にゴロゴロと転がっている。
めちゃめちゃリラックスしてくつろいでるな……。
「魔法をより深く学ぼうと思った時に、どこが一番いいかって考えたら、自然とな。実質一択だったと言っても良い」
「そうなの?」
「ああ、『オコトワリー象牙塔』は入門するために必要な魔法使いの伝手がなかったし、『ウ・サンクス愛聖教会』の方は……胡散臭い……じゃなくて、なんというか、ええと、宗教的な理由で」
「なるほど、その2カ所以外なら、確かにこの学院が一番レベルが高いね」
帝国の威信をかけて、数多の魔法使いたちが年輪を刻んできたこの学院は、帝国の高度な魔法技術を支えるのみならず、世界に名だたる魔法教育・研究機関になっている。
『魔法都市の象牙塔』、『愛聖教会大神殿』と並び称される、世界三大魔法教育拠点のひとつ。
それがこの『帝国立魔法学院』なのだ。
「魔法が使えるって知ったあの時、俺は、すごく嬉しかったんだ。使える魔法が増えて、出来ることがどんどん増えるのが楽しくて。魔法の勉強なら、全然苦にならなかった」
「分かるなぁ。僕もとっても楽しかった。魔法で空を飛んだ時とか、自由になれた気がして!!」
ティールの紫水晶の瞳が、きらきらと輝く。
分かるぞ、飛行魔法は俺も真っ先に試そうとしたぐらいだ。
翼を持たない人間が、自由に空を舞う浪漫。魔法の素晴らしさの一端だと思う。
「だから、もっと知りたいって思った。魔法の可能性を。俺に、一体何が出来るのかを」
「あはっ、カッコつけだね、シュウ」
「悪いかよ。……まぁ、俺はそんな感じだ。ティールは?」
「僕?僕はね、シュウみたいなカッコいい理由はないんだよねぇ」
上を見上げるティール。釣られて首を上げても、そこには天井しかない。
一呼吸おいて、静かな言葉が流れ出す。
「ぶっちゃけちゃうとね、親に行けって言われたから……それ以上の理由はないんだ。みんなみたいに将来軍で手柄を立てようなんて名誉欲も、シュウみたいな知識欲も、僕にはない」
「そんなもんだろ、別に悪いことじゃない」
「えっ?」
俺の相槌に、ティールが振り向いて目を瞠る。
なんとなしに口をついた言葉だったから、少し、続きに詰まった。
前世の自分だって、高校選びに何となく以上の理由はなかったはずだ。強いて言えば家から近かったことが決め手だったか。
だから別に、流されていても悪いわけじゃない……と思ったのだが、いきなり前世がどうこう言い出すのは狂人の挙動だ。
それに、親に行けって言われた、というティールの発言もスルーはできない。
ティール自身の意志というよりは、親に言われて男装することになった、ような気がする。
何らかの事情があるはずだが……厄介ごとの香りしかしねぇ!!
「あ~……アレだ、他の人より魔法が得意だから魔法を頑張る!それぐらいの心構えでも今はいいんじゃないかなぁ!!」
「……そっか、そうだね。そう言ってもらえると、ちょっと気が楽になるよ」
語気強めにゴリ押すと、ティールはクスリと小さく笑った。
クソっ、こいつ、男にしては可愛すぎるぞ!男装してる自覚を持て!
「明日からの授業、ちゃんとついていけるかなぁ……?」
「大丈夫だ、為せばたいてい何とかなる。それに、」
不安の尻尾がちらちら見えるティールに対し、俺はわざとらしいぐらいに胸を張ってみせる。
代々の皇帝たちが大事にしてきたこの学院で、魔法の才能以外のものが合否に関与する余地はない。
どんな事情を抱えているにせよ、お前も入試を突破した一人なんだぜ。
「入試席次240位の俺より、ティールの方がずっと優秀だ、違うか?」
「あはは!それを言われちゃうと、言い返しにくいなぁ」
「頑張ろうぜ、ティール」
「うん、励ましてくれてありがとう、シュウ。優しいんだね」
なぜかギュッと手を握って来るティールから顔をそむける。
何やってんの君???男装してるって自覚あるんですか???
もしかしてわざとやって……俺に探りを入れてるのか……???
ダメだ、何も分からない。ドツボにハマりそうだ。
ちなみにティールの席次は第100位らしい。普通に上半分じゃねーか。
俺みたいなイレギュラーは測り切れないとしても、基礎的な素質についてはティールの方がずっと上だってことだ。頑張れよ。
「ねぇ、シュウ。ちょっと気になったんだけど」
「どうした?」
「寮のベッド、硬くない……?」
「そうか?ベッドなんてこんなもんだと思うが」
「うちのベッドはもっとふかふかしてたのに……うぅ、ちゃんと寝れるかなぁ……」
「慣れだよ慣れ。3日も経てば馴染んでくるさ」
お嬢様にはちょっと硬いかもな、と思ったのを、グッと飲み込む。
ティールの男装は、男装と知らなければ分からないくらいには仕上がった見た目をしている一方で、本人の言行にやや脇の甘いところがある。
危なっかしいというか、目が離せないというか。
ただひとつ、はっきり言えることがあるとすれば。