ヒロアカ×サイレントヒル2 完結   作:鯖缶詰

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P.D.S.G. 八百万百編4

 

起:知の迷宮と、漂うカビの匂い

 

 コントロールルームに、静かな安堵の空気が満ちていた。

 自らの過去の罪と向き合い、憑き物が落ちたように晴れやかな顔でポッドから生還した飯田天哉。彼の立派な姿を見届け、八百万百はふうっと短く息を吐いた。

 

「素晴らしいですわ、飯田さん。委員長としての矜持、しかと見届けました」

 八百万は毅然とした笑みを浮かべ、開け放たれたP.D.S.G.のポッドへと優雅な足取りで向かう。

「私も、皆さんに続きますわ」

「八百万」

 バイタルモニターの前に座る相澤消太が、低い声で呼び止めた。

「お前は頭が回る分、仮想空間の異常な情報量に思考を引っ張られすぎる危険がある。……見えたものを、すべて論理で処理しようとするな。限界だと感じたらすぐに知らせろ」

「お気遣い痛み入ります、相澤先生。ですが、頭脳をフル回転させることこそ、私の本分ですから」

 八百万は怯むことなくポッドに身を横たえ、静かに目を閉じた。

 緑谷さん、麗日さん、飯田さん。皆が自らの内面と戦い、打ち勝ってきたのだ。自分だけが逃げるわけにはいかない。

 シューッという排気音と共にハッチが閉じ、彼女の意識は急速に冷たい暗闇へと沈んでいった。

 

     *

 

 ――ひどく、息苦しい。

 

 目を開けるよりも先に、八百万の嗅覚が強烈な不快感を訴えかけてきた。

 肺を満たしたのは、何十年も締め切られた地下室のような、古い紙が放つカビと埃の匂い。

「……ここは……?」

 ゆっくりと身を起こし、周囲を見渡した八百万は息を呑んだ。

 分厚い白霧に沈む、巨大で無機質な空間。左右には、見上げるほど高く、どこまでも続く巨大な木製の書架がずらりと並んでいる。天井は濃霧に飲まれて視認できず、まるで世界のすべてが本棚で囲まれた迷宮のようだった。

 

「図書館、の跡地……?」

 八百万は冷静に状況を分析しようと努めた。

 緑谷さんの時はアメリカの田舎町、麗日さんは遊園地だったと聞く。シミュレーターが搭乗者の深層心理から環境を構築するのであれば、無類の読書家であり、知識を重んじる彼女にとって、「図書館」という舞台が選ばれるのは極めて論理的だ。

 

 ――パラ……、パラ……。

 

 不意に、静寂を破る音が響いた。

 霧の奥深く、姿の見えない誰かが、乾燥した紙のページを永遠にめくり続けているようなノイズ。

 パラ……パラパラ……。

 その規則的で無機質な音は、なぜか八百万の神経をチリチリと逆撫でした。

 

「まずは、状況の確認ですわね」

 不安を振り払うように、八百万は自らの身体に意識を向ける。

 個性「創造」の制限。頭で理解してはいたが、いざその状態に置かれると、想像以上に己の肉体が心許なく感じられた。

 体内の脂質を分子レベルで変換し、物質を組み上げるあの独特の感覚が、完全に途絶えている。まるで、身体の芯から熱を奪われ、内臓が空っぽになってしまったような喪失感。

 

「……落ち着きなさい、百。個性が使えない状況など、想定内ですわ」

 自分に言い聞かせながら、八百万は一番近くにあった書架へと歩み寄った。

 膨大な数の本が収められている。しかし、どれも装丁がボロボロに剥がれ落ちており、タイトルすら読み取れない。

 彼女はためらいながら、分厚い一冊を手に取り、ゆっくりとページを開いた。

 

「え……?」

 そこには、文字が一つも書かれていなかった。

 経年劣化で黄ばんだ、ただの真っ白な紙。

 不思議に思い、八百万は隣の本を、さらにその隣の本を乱暴に引っ張り出し、次々とページをめくった。

 白紙。白紙。どれを開いても、文字はおろか、インクの染み一つ存在しない。

 

 パラ……パラ……。

 霧の奥から響くページをめくるノイズが、急に耳障りなボリュームに感じられた。

 八百万の背筋に、氷のような冷たい汗が伝う。

 

 本に知識が記されていない。

 それは、ただの紙の束だ。文字を持たない本が無限に並ぶこの空間は、知の宝庫ではなく、知性の死を象徴する巨大な墓場に他ならない。

 最大の武器である「知識」が意味を持たず、それを形にする「創造」の個性も奪われている。

 八百万は、無意識のうちに後ずさった。

 すべてを論理で解決してきた彼女にとって、立脚点となる「正解」がどこにも存在しないこの世界は、重力そのものを奪われたかのように、足元がフワフワと定まらない、薄気味の悪い不安と静かな恐怖を彼女に植え付けていた。

 

 

 

 

承:徘徊する「失敗作」と、無言の圧力

 

 白紙の本が際限なく並ぶ、霧の図書館。

 八百万百は、古いカビの匂いに眉をひそめながら、巨大な書架の迷路を慎重な足取りで進んでいた。

 

 パラ……パラ……。

 どこからともなく響く、乾燥したページをめくる音が、彼女の思考を急かすように耳にまとわりつく。

(落ち着きなさい。この空間の法則性を、まずは見つけ出すのですわ)

 己に言い聞かせ、論理的な推論を組み立てようとする。しかし、立脚点となる「情報」がどこにも存在しない。本には文字がなく、風景には変化がない。計算式を与えられずに答えだけを求められているような、強烈なもどかしさが彼女の心を削り始めていた。

 

 ――カチャ、カチャカチャ……ズズッ。

 

 不意に、霧の底から硬質な音が響いた。

 八百万が足を止めると、前方の書架と書架の隙間から、這うようにして『それ』が姿を現した。

 

「……っ、何ですの、あれは」

 八百万は息を呑み、思わず数歩後退した。

 それは、巨大な蜘蛛のようなシルエットを持つ異形だった。だが、生物ではない。ひしゃげた金属の盾、刃のこぼれた剣、導線が剥き出しになった機械の残骸――それらが、タールのように黒く粘り気のある泥で無造作にくっつき合い、不気味に蠢いている。

 

 カチャ、カチャ。

 歪な金属の脚を擦り合わせながら、蜘蛛の怪物は八百万を取り囲むように、横の通路からも次々と這い出てきた。三体、四体、いや、五体。

 彼女の視線が、怪物の胴体を構成している『ガラクタ』に釘付けになる。

(あれは……私が、過去に創造に失敗したもの?)

 咄嗟に構造式を思い描けず、中途半端な形で生み出してしまった盾。強度計算を誤り、すぐに折れてしまった剣。

 怪物たちは、彼女が自らの不甲斐なさを呪い、破棄してきた「失敗作の残骸」そのものだった。

 

 怪物たちは、一切の言葉を発しない。

 ただ、黒い泥を滴らせながら八百万を半円状に包囲し、一斉に、その歪な前脚を彼女の目の前へと突き出してきた。

 前脚の先端に握られていたのは、一枚の薄汚れた紙切れ。

 よく見れば、それは学校で使われる『採点用紙』だった。しかし、点数も、丸も、バツすらも書かれていない。

 完全なる「白紙」。

 

 ゾワリと、八百万の全身の産毛が逆立った。

 言葉など必要なかった。白紙の採点用紙を突きつける無言の行為が、彼女に強烈なメッセージとして突き刺さる。

『お前の思考は遅い』

『何も生み出せないお前は、何の役にも立たない』

『評価にすら値しない、空っぽの人間だ』

 見えない誰かからの無言の圧力(プレッシャー)が、物理的な重さを持って八百万の双肩にのしかかった。

 

     *

 

「……不味いな。緑谷や飯田の時とは、まるで違うベクトルだ」

 コントロールルームで、相澤消太は重々しく呻いた。

 バイタルモニターに表示された八百万の心拍数は、驚くほど平坦だった。肉体的なパニックには陥っていない。だが、それに反比例するように、脳波データの特定の領域が、異常な数値を叩き出していたのだ。

 

「前頭葉の血流と脳波が、レッドゾーンを振り切っています!」

 発目明が、警告音の鳴るパネルを叩きながら叫ぶ。

「恐ろしい処理速度です。彼女、仮想空間の中で何かを必死に計算し、思考を回し続けています。このままでは、精神がオーバーヒートを起こしますよ!」

 相澤は、ギリッと奥歯を噛み締めた。

 頭が良すぎるがゆえの悲劇だ。八百万は今、「答えのない問題」を突きつけられている。だが彼女の優秀な頭脳は、「解けない」という事実を許容できず、無限の演算ループに陥っているのだ。

「考えを捨てろ、八百万……。お前の敵は、お前自身の思考そのものだぞ」

 相澤の祈るような呟きは、真っ暗なモニターに吸い込まれていった。

 

     *

 

「どうすれば……どうすれば最適解を導き出せますの……!」

 八百万は、カチャカチャと這い寄る失敗作たちに囲まれながら、両手で自らの頭を抱え込んだ。

 逃げるべきか。いや、通路は塞がれている。戦うべきか。しかし、武器がない。創造は使えない。周囲の本棚を利用して戦う? どうやって? 構造が不明だ。強度も分からない。

 早く正解(対処法)を考えなければ。皆の足手まといにならないよう、完璧な答えを。

 

 考えろ、考えろ、考えろ。

 焦れば焦るほど、思考は粘り気のある泥沼にはまり込み、空回りしていく。

 白紙の採点用紙が、ジリジリと彼女の顔の前に迫る。

(何も、思いつかない……っ。私は、個性がなければ、知識がなければ、ただの無力な……!)

 

 パラ……、パラパラパラパラッ!

 ページをめくるノイズが、彼女の焦燥を煽るように狂ったテンポへと加速する。

 決断できない己への自己嫌悪と無力感が、八百万百という少女の精神を、真綿で首を絞めるように確実に追い詰めていた。

 

 

 

 

 

転:知識の牢獄(裏世界)と、完璧主義の怪物

 

 考えろ。最適解を導き出せ。

 無限の演算ループで頭蓋が焼け焦げそうになりながら、八百万百はカチャカチャと這い寄る失敗作たちから逃れ、巨大な円形書庫へと転がり込んだ。

 

 パラ……パラパラパラパラッ!

 焦燥を煽るページをめくる音が、いよいよ耳をつんざくほどの極限のテンポに達した。それはまるで、無数の見えない手が、世界中の書物を一斉に乱読しているかのような狂気のノイズだった。

 

 そして、限界点は唐突に訪れた。

 

 ビリイィィィィィィィィッ!!

 

 パラパラという乾燥した音が、突如として『一斉に何万冊もの本が引き裂かれるような悲鳴』へと変貌した。

「きゃあっ!?」

 それは、空間そのものが上げるけたたましいサイレンだった。八百万は耳を塞いで床に蹲る。

 鼓膜を破壊せんばかりの轟音と共に、世界が裏返り始めた(ピーリング現象)。

 見上げるほど巨大だった木製の書棚が、腐った肉のようにボロボロと崩れ落ちていく。白濁した霧が晴れ、足元の床は冷たく錆びついた鉄格子へと反転した。

 図書館の跡地は、一瞬にして『無数の錆びた鳥籠がぶら下がる、巨大な牢獄』へと姿を変えていた。

 牢獄の壁面には、古びた数式や化学構造式が、おびただしい量のどす黒い血文字で書き殴られている。知性の象徴だった数式が、今はただ彼女を呪う呪縛の文様にしか見えなかった。

 古いカビの匂いは消え失せ、噎せ返るような鉄と血の匂いが鼻腔を蹂躙する。

 

 ギィ……、ギィィ……。

 揺れる無数の鳥籠の奥から、ドレスの裾を引きずるような重い足音が近づいてきた。

 

「……何、ですの」

 現れた『それ』を見て、八百万の全身の血液が凍りついた。

 それは、豪奢だが黒く汚れきったドレスを纏う、長身の異形の女だった。だが、人間の頭部があるべき場所には、肩幅よりも巨大な『錆びた鳥籠』が直接首に縫い付けられている。

 そして、その鳥籠の中には、瞬き一つしない無数の『目玉』が蠢き、血走った視線を一斉に八百万へと向けていた。

 

 さらに異様なのは、女の身体だった。

 ドレスを突き破り、彼女の肉体からは無数の「中途半端な武器」――柄の折れた剣、銃身の曲がった大砲、刃の欠けた槍などが、まるで内側から生え出たハリネズミのトゲのように突き刺さっていたのだ。

 

 ブチッ、ズバァッ!

「ひっ……!」

 怪物は、自らの腹部に深々と刺さっていた折れた剣を、乱暴な手つきで引き抜いた。真っ赤なデータノイズが血の代わりとなって噴き出し、ドレスをさらに黒く染め上げる。

 怪物は、激痛に身をよじらせながらも、引き抜いたその剣を引きずり、重い足取りで八百万を巨大な鳥籠の中に閉じ込めようと迫ってきた。

 

(……あぁ、そういうことでしたのね)

 

 生理的な恐怖を通り越し、八百万の心に痛烈な『気づき』が雷のように落ちた。

 

 鳥籠の中で彼女を監視する、無数の目。それは「他者からの期待」だ。

 完璧で、優秀で、何でも生み出せる天才。そう見られているというプレッシャー。

 そして、自らの肉体に突き刺さった無数の武器。それは「完璧な正解(モノ)を出さなければならない」という強迫観念そのもの。

 

 この痛々しくも悍ましい怪物は、他ならぬ八百万百自身が、自らの精神を縛り付け、傷つけ続けてきた『重圧と完璧主義の呪い』が具現化した姿なのだ。

 

『コタえロ……。セイかい、ヲ……出セ……』

 鳥籠の奥から、ノイズまじりの合成音声が響く。

「いや……」

 八百万は、後ずさりながら首を横に振った。

 

 期待に応えられない自分には、価値がない。

 常に正しい答えを、完璧な武器を創造できなければ、私はただの空っぽな人間だ。

 己がずっと抱えていたその暗い呪いが、怪物となって自分自身を殺しにきた。白紙の本ばかりのこの世界で、今の自分は何も生み出せず、武器一つ作れない。

 無力だ。圧倒的な無力。

 鳥籠の怪物が、血まみれの折れた剣を高く振り上げる。

 逃げ場のない知識の牢獄で、完璧主義という自らの業を前にして、八百万百の誇り高き心は、今まさに完全に折れようとしていた。

 

 

 

 

結:白紙の受容と、鳥籠の崩壊

 

 血と鉄の匂いが充満する知識の牢獄で、巨大な鳥籠の怪物が、錆びた槍をゆっくりと高く振り上げた。

 

 鳥籠の中に蠢く無数の『目』が、八百万百を一斉に見下ろしている。

『コタえロ……』

 早く正解を出さなければ。完璧な武器で、この状況を打破しなければ。

 強迫観念が頭蓋の裏側で警鐘を鳴らす。だが、白紙の本ばかりのこの世界で、彼女には武器を創造する「個性」も、解決の糸口となる「知識」も与えられていない。

 振り下ろされる凶刃を前に、八百万は恐怖で身をすくませ、ぎゅっと目を閉じた。

 

(あぁ……私は、何も生み出せない……)

 

 空っぽだ。他者の期待に応える完璧な正解を出せない自分には、何の価値もない。

 絶望が彼女の心を黒く塗り潰そうとした、まさにその刹那だった。

 

 ――ふと、彼女の脳裏に、真っ白なページの感触が蘇った。

 

(……白紙、ですの?)

 

 八百万は、ハッと息を呑み、目を見開いた。

 そうだ。本が白紙であるならば、それは「知識がない」のではなく、「これから何でも描き込める」ということではないか。

 正解が書かれていないのなら、自分で間違えながら答えを探せばいい。

 

「……私は」

 

 八百万は、震える膝に力を込め、床からゆっくりと立ち上がった。

 防戦一方だった姿勢を解き、武器も、知識も、個性も持たない、ただの「八百万百」という一人の等身大の少女として、丸腰のまま巨大な怪物の前へと真っ直ぐに歩み出る。

 

「私は……完璧な答え(モノ)を出せなくても、私ですわ」

 

 その言葉は、悲鳴やノイズが渦巻く裏世界において、ひどく静かに、しかし凛とした響きを持って空間を震わせた。

 怪物の動きが、ピタリと止まる。

 

 八百万は、自らの精神を縛り付けていた怪物の『目』――他者からのプレッシャーを、決して逸らすことなく見つめ返した。

 常に正しくあろうとしなくてもいい。天才と呼ばれなくてもいい。

 恵まれていることへの重圧を手放し、彼女は、腹の底から自らの本音を叩きつける。

 

「間違えても、失敗しても……!」

 一歩、前に出る。

「私は、考えることを、挑むことをやめません!!」

 

 それは、「間違えてはいけない」という長年の呪縛からの、完全なる解放の宣言だった。

 不完全な自分を受容し、泥臭く立ち向かう強さを肯定した瞬間。

 

 パキッ……、ピキピキピキッ!!

 

 怪物の頭部を覆っていた巨大な鳥籠に、内側から眩い亀裂が走った。

『ア……ァァ……!』

 鳥籠の中に蠢いていた無数の『目』が光に溶け、次の瞬間、けたたましい破壊音と共に錆びた鳥籠が粉々に砕け散った。

 同時に、完璧主義の象徴として怪物の肉体を傷つけていた無数の「中途半端な武器」が、淡く発光する『光の羽』へと変容していく。

 

 ファサッ……。

 呪いの重圧から解き放たれた怪物は、美しい光の羽を散らしながら、ふわりと空気に溶けるように消え去った。

 見上げれば、血文字で埋め尽くされていた牢獄の暗い天井が崩れ落ちている。そこから、冷たい霧を切り裂くように、暖かく、どこまでも澄み切った知性の光(朝日)が真っ直ぐに差し込んできた。

 

 光を全身に浴びながら、八百万は静かに目を閉じる。

 何も持っていなくても、私の価値は失われない。

 胸の奥に芽生えた、泥臭くも確かな『真の自信』が、彼女を心地よい温もりで包み込んでいた。

 

『――シミュレーション・クリア。全プログラムを終了します』

 

     *

 

 シューッ……。

 現実世界のコントロールルームに、低い排気音が響く。

 

 開いたポッドのハッチから、八百万百はゆっくりと身を起こした。

 額にはうっすらと汗が滲んでいたが、その表情に以前のような「焦燥感」や「気負い」は微塵もなかった。

 

「八百万さん! 大丈夫……!?」

 駆け寄ってきた緑谷や麗日たちに向けて、八百万はふわりと、憑き物が落ちたような柔らかい微笑みを向けた。

 

「ええ、大丈夫ですわ。……お見苦しいところを晒してしまったかもしれませんが、私にとっては、とても必要な『失敗』でした」

 そう言ってポッドから降り立つ彼女の足取りは、不思議なほど軽く、しかし確かな力強さに満ちていた。

 

 バイタルモニターの前で腕を組んでいた相澤消太は、脳波の過負荷(オーバーヒート)が綺麗に収束しているのを確認し、ふっと息を吐いた。

「……どうやら、頭でっかちの呪いは解けたようだな」

「はいっ」

 八百万は、相澤に向かって深く頷く。

「これからは、いくらでも泥を被る覚悟ですわ。……私は、ヒーローですから」

 

 迷いのないその澄んだ瞳は、彼女が「天才」という窮屈な鳥籠から、真の意味で羽ばたいたことを何よりも雄弁に物語っていた。

 

 

 

 

 

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