他のキャラやチームへの罵倒も多くなされます。
また、ゲーム本編のAI挙動やステージ構成に完全に忠実なお話ではありません。
ご留意してお読みください。
フォーミュラフロント。
それはAI制御の非搭乗型アーマード・コア"u-AC"がぶつかり合う、新世代の興行。
緻密なカスタマイズとAIチューニングによって成り立つメカバトルは、全世界を熱狂させた。
そして今日もまた、AIのスペシャリスト"アーキテクト"達が己の知力を振り絞り、己の誇りをu-ACに託し、静かなる戦場へと赴く!
知性の女神に選ばれ、勝利の栄光を手にするために!
AIロジック最適化! ジェネレータ全開! 敵AC、ロックオン!
レギュレーション《
レディー……ゴー!!
天国と地獄。
フロンティアエリアの市街地はいつしか、そう呼ばれるようになっていた。
天国はもちろん、オーガ・コンストラクション・ファーム本社があり、富裕層が住む中心部。
地獄は、貧民や犯罪者が住む周辺のスラム街だ。
「はっ、何も変わってねえな……ここは」
ディアボリクは物心ついた頃から慣れ親しんだ地獄の有り様を懐かしみ、空き缶を蹴飛ばした。
大通りの端には、無気力に座り込む汚らしい浮浪者達。
道路はまともに整備されておらず、亀裂だらけ。
シャッターを上げている店も、ろくに無い。
ガシャンッ。ガシャンッ。
「出てこいオラァ! ふざけんなクソ店主!!」
「舐めんじゃねえぞ馬鹿野郎! 報酬寄越せェッ!!」
タダ働きさせられたと思しき若者二人が、とある店のシャッターを鉄パイプで執拗にぶっ叩いている。
騙される奴が悪い。
クソも馬鹿野郎も、自分達の方だ。
ディアボリクは鬱陶しい打撃音を聞きながら彼らの後ろを通り過ぎ、思わず笑みをこぼした。
帰ってきた。この地獄へ。
ようやく実感が、沸いてきたのである。
ディアボリクがフォーミュラFの参戦チーム「オーガCF・デュエリング」のメインアーキテクトだったのは、もう過去の話だ。
天国での暮らしは昨日、自らやめた。
アーキテクトとして稼いだ財産も、全て捨て置いてきた。
自分が積み上げたものを後任の無能が崩していく様に、心底呆れ果てたからだ。
それでいいと思っていた。
あの一見清潔に取り繕われた天国より、この露骨に薄汚れた地獄の方が性に合っている。
もうフォーミュラFのことなど、忘れてしまうべきだ。
昔の自分に、戻るのだ。
子供の頃の、生きることだけに必死だった自分に。
フォーミュラFを知る前の自分に。
「……ああ、そうだ。騙される奴が悪いのさ」
ディアボリクはあてどなく歩きながら、独り呟く。
きっちりと"オーガ流のやり方"を貫き、FFAランキング6位までチームを押し上げた、17thシーズン。
ついにチーム史上初となる、フロンティアGPの優勝トロフィーを手に入れた直後。
裏切られた。
傷害事件の冤罪。
ライセンス剥奪。
偵察行為の鉄砲玉。
『俺はもう用済みかよ、オーナー』
『そうなるな。とはいえ、自分が別に潔白の身でないことくらいは自覚しているだろう?』
『自業自得だって言いてえのか? 俺に"オーガ流のやり方"を叩き込んだのは、あんただろ』
『……ふっ』
『結果は出し続けてきた。もうじき三強の喉元に牙が届く。……あと一息なんだぞ』
『そうだ。あと一息で、私のオーガはフォーミュラFの頂点に立つ。世界中が注目し、名だたる企業がこぞって大金を注ぎ込む、現代の"戦場"の頂点に』
『一体何が気に食わねえってんだ?』
『粗暴な元野良犬がオーガの看板を咥えていては、見栄えが悪い』
『ふん、見栄えだと? 笑わせるなよ、今さら良い子ぶりやがって』
『……これまでの"戦果"は認めてやる。本社の近くにいろ、ディアボリク』
ディアボリクはゴミの山に群がる浮浪者達を押しのけ、賞味期限がとっくに切れた缶コーヒーを一本手に入れた。
天国で働く業者が、手前の不始末を隠すために捨てていった物だ。
よくあることである。
天国にとって地獄は、都合の良いゴミ箱なのだ。
「……はは、泥水以下の味だ。たまらねえ」
上機嫌でコーヒーを飲み干し、空き缶を放り捨てて、ディアボリクはまた歩き出す。
そして、この地獄からも見えるオーガ・コンストラクションの本社を眺めた。
三大企業に次ぐ経済規模を誇り、建設業界を半ば独裁する企業。
その社屋は重厚で長大で、そびえ立つ巨大要塞のようである。
傲慢、野心、そして自己顕示欲の塊だ。
あのオーナーには、相応しい。
そんなことをぼんやり考えつつ歩いていると、いつの間にか広場に出ていた。
この地獄で唯一、比較的まともな娯楽を楽しめる場所である。
足が勝手に、ここへディアボリクを運んだのだった。
『おぉーっと! ウィンド・シア、開幕から凄まじい猛攻だ!! サイクロプスは回り込まれ続け、全く為す術がなぁいっ!!』
地獄唯一のまともな娯楽、フォーミュラF。
オーガ・コンストラクションの"慈悲"によって設置された超大型モニターに、u-AC同士の激しい戦闘が映し出されている。
対戦カードは、「オーガ」対「ソニックブラスト」。
しかし、観衆達の反応は冷ややかだった。
「あーあ、駄目だこりゃ」
「また負ける流れだな」
「ははは、障害物に引っかかってやがるぜ」
天国の主が率いるチームの苦戦を、地獄の有象無象が嘲笑う。
ディアボリクはその様子を、広場の隅で見ていた。
サングラスとマスク、そして目深に被ったジェケットのフード。
誰にも、あの「オーガ」の元メインアーキテクトだとは分からない風体だ。
この地獄においては、こういう格好をいちいち不審がる者などいない。
後ろ暗い人間など、掃いて捨てるほどいるからである。
「オーガ」の4thACが撃破された。
「ソニックブラスト」はまだ、2ndACだ。
もう後が無い。
5thが消耗した敵の2ndを何とか、だらだらとした動きで倒した。
そして。
『決まったぁぁっっ!! ソニックブラスト快勝! ブロック予選こそ突破出来なかったが、好成績で有終の美を飾ったぞ! 一方のオーガは、ジールGPを無念の1勝4敗でシーズン終了! かつての"悪鬼"は、一体どこへ行ってしまったのかぁっ!?』
「おいおい。ソニックブラストにすらボロ負けかよ、クソ雑魚チームが」
「ダッセぇなぁ、今のオーガは。何が"悪鬼"だっつーの」
「へへっ……なあ、アーサーの馬鹿がどんな言い訳吐くか賭けようぜ?」
敗北者を、皆がこぞって罵倒する。
頑丈に作られた超大型モニターへ、ゴミや石ころがいくつも投げつけられた。
フロンティアエリアに天国と地獄を作った覇者が世界中に晒す、無様な姿。
地獄の住人達にとって、これ以上の愉悦は無い。
ディアボリクだって顔を晒して歩いていれば、この広場に辿り着く前に命は無かっただろう。
いや、そんなことはどうでもいい。
それよりも。
「……くだらねえ。アセンもAIも、いつまで経ってもオーガにならねえ」
そう吐き捨ててモニターから視線を切り、ディアボリクは歩き出す。
とりあえず、住居を見つけなければならない。
子供の頃の住処は、とっくに無いだろうから。
ドッ。
「あっ、わりぃ!」
不意に少年がぶつかってきて、走り去ろうとする。
ディアボリクはその腕を素早く掴んだ。
「下手クソが」
「っ」
少年の手には、ディアボリクの財布が握られていた。
しかし。
「おう、兄ちゃん。俺のガキに何やってる」
へらついた笑いの大男が、大きめのシャベルを片手に路地から出てきた。
後ろには、四人の手下。
それぞれ、得物を持っている。
「命が惜しかったら……分かるよな?」
雑にもほどがある、因縁のつけ方だ。
これだから地獄はたまらない。
お行儀良く上辺を飾る天国とは、居心地が違う。
「けっ……まともに喧嘩も売れねえ腰抜けが。誰に口利いてやがる」
「あ?」
「五つ数えてやる。命が惜しかったら……分かるよな?」
大男がシャベルを、振りかぶった。
………
……
…
「やはり、ここにいらっしゃいましたか」
「……何の用だ?」
黒塗りの高級車が三台、広場に停車。
血まみれのシャベルを握るディアボリクの前に、金髪を結い上げた漆黒のパンツスーツ姿の美女が現れた。
同じくフォーマルなスーツをパツパツに膨らませた、屈強な男達も。
乱闘を囃し立てていた観衆が、一斉に静まり返る。
腰を抜かしていた少年は財布を捨て、引きつった声をあげながら逃げていった。
「オーナーがお呼びです、ディアボリク」
「貰った物は全部、あの豪邸に置いてきたはずだが?」
「いいえ。一番重要なものが残っていませんでした」
美女が発言を終えると同時に、男達が一斉に拳銃を向けてくる。
「オーナーは『本社の近くにいろ』と、貴方におっしゃったはずです」
美女の、いや、オーナーの側近の眼差しは、やはり主によく似ていた。
冷徹な目。だがその奥に、熱いものが潜んでいる。
勝利への渇望。
それを満たすためには、どんな手段もいとわない。
他者をどれだけ踏みにじっても弄んでも、必ず頂点に立つ。
それが、オーガ。
「気に入らねえ」
ディアボリクはシャベルを地面に叩きつけた。
「あんたは相変わらず、オーナーと同じ目をしてやがる。便利な犬を見る目で、俺を見てやがる」
「……君もずっと変わらない。オーナーと同じ目をしているわ。飢えた狼の目を」
側近が不敵に笑み、言葉を続ける。
「だからこの広場にいたのでしょう? フォーミュラFを、見ていたのでしょう?」
ディアボリクは鼻を鳴らし、シャベルを投げ捨てた。
………
……
…
数日後。
フロンティアエリアの中枢。
オーガ・コンストラクション・ファーム本社の、広々とした社長室。
「FFAランキング13位、か。18thから21stまでの短期間でここまで順位を落とすとは。見事だな、アーサー・フィン」
「っ……」
立派なエグゼクティブチェアに腰かけ、窓の外を眺める壮年のオーナーが、「オーガ」のメインアーキテクトの"戦果"を評する。
傍には側近の美女が控え、無表情で目を閉じている。
「最高の環境は与えてやった。出来うる限りの"援護"もな。……それでこの体たらくか」
「ぼ、僕は……いえ、私は5対5でやるXリーグの勝手がまだ掴めていなくて……! BリーグやRリーグとここまで違うなんて……」
「ほう。4シーズンも猶予をくれてやったのに、まだ足りないか」
「今のXリーグは魔境です! 17th以前の三強時代とは、レベルが全く違います!!」
遠巻きに囲む、拳銃を携えた黒服の集団。
ディアボリクの後任であるアーサーがそれに酷く怯え、目を泳がせながら弁明する。
下位リーグであるBリーグやもう一つの上位リーグであるRリーグにおいて、低迷していたチームをいくつも立て直してきた男である。
メディアやファンに対する誠実な対応や爽やかな容姿から、高い評価を受けていたアーキテクトだった。
「確かな経験と実績を持つはずのお前が5対5の勝手を掴めないというのも、奇妙な話だ。19thシーズンでBリーグからデビューしたベアトリスは、20thでオウレットアイに加わり、既に活躍している。お前の半分も生きていない、小娘がな」
「か、彼女は伝説のアーキテクトを父に持つ天才です! 幼い頃からu-ACのAIに親しんでいたとインタビューで語っていました! あまりにも例外過ぎます!」
「ならば今シーズンの最後にお前が惨敗した、ソニックブラストの話をしようか?」
「……!」
「"金持ち企業の道楽"と言われる奴らですら、17thに参戦して現在9位。御曹司のアグレストは、Bリーグでの経験すら無かった。当初は酷い有り様だったが、今やお前より成績は良い」
「ぅ、っ……」
「答えろ、アーサー。私のオーガは、何故ここまで落ちぶれた? 何が不足している? 設備か? スタッフか? 方々への根回しか? それとも……」
窓から向き直ったオーナーの凍てついた眼差しが、アーキテクトを突き刺した。
「お前の実力か?」
弱々しい呻きだけが、静まり返った社長室に流れる。
緊張を破ったのは、応接用のテーブルが蹴られる音だった。
ソファに座る、ディアボリクだ。
「負け犬の躾を見物させるために、わざわざ俺を呼び戻したのか?」
「…………」
「その犬が使えねえってんなら、新しいのを見つけてくればいいだけだろ。ネオニアのレイヴィングにでもケツ穴を差し出せよ」
「レイヴィングには断られた。加えてネオニアEPCは、あの男の身辺を完全に綺麗にしている。FFAを動かす隙すら無い」
「だったら、シュバルツのジークヴァルトかSOLのシルヴァーナ。……それか、ソニックブラストの同期の奴」
「いずれもコンタクトは取った。確かな信念のある者達だ。どれだけ金を積んでも動かない。無理やり連れてきても、AIのタブレットより鉛弾を選ぶだろう」
「はっ、そうかよ。ざまあねえな。ならもう、ジュブナイルとつるんでダンスでもしてな」
ディアボリクは鼻で笑い、立ち上がった。
そのまま社長室から出ていこうとしたところを、三人の黒服が阻み、銃口を向けてくる。
「この木偶共をどけろ、オーナー」
「……ディアボリク。何のために呼ばれたのか、分かっているはずだ」
「自分の発言すら覚えてねえのか? 焼きが回ったな、あんたも。粗暴な野良犬は、見栄えが悪いんだろ?」
「野良犬にしてはやはり物覚えが良いな。流石だと褒めてやる」
ディアボリクはオーガの頂点に立つ男と、"悪鬼"そのものと向き合った。
広い室内で離れて対峙していても、はっきりと分かる。
オーナーの目は、何も変わっていない。
自分を拾った時と。
そして捨てた時と。
「戻ってこい、ディアボリク。再びオーガの力を世界中に見せつけろ」
「お断りだ。どうせ俺がその負け犬の尻拭いをしても、用が済めばまた切り捨てる。……違うか?」
「ああ。他に使える犬が見つかれば、当然のことだな」
「上辺だけの誠意すら見せねえのかよ。それでもビジネスマンか?」
「オーガの何たるかを知り尽くした今のお前に、建前など不要だろう」
「ふん、どこまでも馬鹿にしやがって」
クスクスと、笑う声がした。
ディアボリクを地獄から再び引きずり上げてきた、オーナーの側近である。
「お前はオーナーと同じ目をしている」と自分に言い放った、オーナーと同じ目をした女だ。
「……人類が地下世界から巣立って、長い歳月が流れた」
オーガが、語り始める。
「いくつもの試練を乗り越え、人類の闘争は武力衝突から興行へとその主舞台を移した。今となってはフォーミュラFこそが、人類最大の"戦場"となった」
「…………」
「三大企業も、とうとう軍縮を始めた。経済戦争よりもフォーミュラFに投資した方が遥かに有益、という有り様だからな。かつて戦場の華だったACを駆る渡り鴉達は、絶滅寸前」
「……焼きが回ったどころか、ボケまで始まったのか? もう何度も聞かされた話だ。それがどうした」
「勝利、蹂躙、支配。それによる優越感。フォーミュラFは、私の飢えを満たしうる唯一の場だ」
「そこまで言うなら、自分でアーキテクトをやれよ。犬が咥えてきた涎まみれのトロフィーを手にして、あんたは誇らしいのか?」
「ハハハ……お前こそどうだ? "オーガ流のやり方"で積み上げてきたものを、無能に台無しにされた気分は」
「最高だったぜ。あの豪邸で試合を見てるだけで、ずっとイライラしてた。終いにはソニックブラストなんて三流チームにまでボロ負けするとはな」
「ふっ……ハハハハハ!!」
社長室に、三つの笑いが響く。
黙りこくっていたアーサーは困惑した表情で、視線を右往左往させた。
「……オーナー、一つ復帰の条件がある」
「何だ」
「そこのアーキテクトと戦わせろ」
「えっ……ぼ、僕と!?」
「オフシーズンだから、実機で勝負だ。俺が勝ったら、チームに戻る」
急に巻き込まれたアーサーが、大きく狼狽する。
「優劣など、今さら証明するまでもないだろう」
「勘違いするな、オーナー。本当のオーガがどういうものか、最後に教えてやるだけだ。アーキテクトをやめたくなるほど、徹底的にな」
「な、何だって……!?」
「甘ちゃん、ハンデをやるよ。お前が一番自信のあるu-ACの機体構成をそのまま使って、AI周りだけを弄るミラーマッチだ。5対5は苦手らしいから、1対1で勝負」
「……っ!」
「バトルエリアと勝負の日付もそっちで決めろ。俺のチームスタッフは、お前の半分でいい。メンバーも任せる。……これならまあ、対等な勝負になるだろ?」
ディアボリクが視線を向けた先で、「オーガ」のメインアーキテクトの顔が強く紅潮した。
「……わ、分かった! 後悔するなよ、ディアボリク!」
アーサー・フィンが拳を握りしめ、声を張る。
そして肩をいからせ、早足で社長室から出ていった。
その横顔は憤怒と羞恥、そして虚勢が入り混じった表情だった。
ソニックブラストの御曹司も、最初に打ち負かした時はこういう表情をしていた。
もっとも、あの男は既に一皮剥けたようだが。
「……随分と面白い余興を考えたな、ディアボリク」
「ああ、言い忘れてた。ハンデをもう一個追加だ、オーナー。こっちの情報は全部、あの甘ちゃんに流してやってくれ」
「良いだろう。これで負ければお前は野良犬どころか、犬の糞以下だ」
「負ければ、だと? ありえない仮定してモノ言うんじゃねえよ」
また三つの笑いが、広い室内に響き渡った。
勝利のためには、手段を選ばない。
だが勝って当然の相手には最高の屈辱を与えて、踏みつけにする。
それもまた、オーガ。
※注意
ディアボリクの傷害事件を「冤罪」として描写していますが、これは本作の独自設定です。
ゲーム本編のFBC NEWSでは「原因は明らかにされていないが、さる筋によると」という形で傷害事件の内容が語られ、そこにディアボリクが絡んだ「のだという」ことで説明がなされます。
全て伝聞の形式であったため、そこから着想を広げたお話となっています。
また、PSP版Rリーグでのディアボリクの諸言動についても、このお話では加味していません。