好きな女の子を守るために強くなった結果、何故か彼女を曇らせてしまった 作:えしゅろん
「はぁ……はぁ……はぁ……!!」
心がぐちゃぐちゃだ。
私はブリーフィングが終わってから、耐えきれなくなった。
脇目も振らずに自室へ向かって走った私は、トイレに駆け込んで全部吐いた。
「――――ぅええ」
何だ何だ。
ライルなのか――いや、ライルはあんな目をしてない。
彼の皮を被った何かだ。
「セリア! セリア! 大丈夫!?」
心配になって来たのか、ブルー・コメットの副隊長――メイリンが部屋にやってきた。長くて綺麗な黒髪を振り乱しながら駆けつけてくれた彼女は、端正な顔を歪めて私の背中を摩る。
「ねぇ……セリア、あの……ライルって人って」
「………………信じたくない」
「………………違う人?」
「いや、多分……本人、だけど……私の知る、ライ……ルじゃないと思う……」
顔は間違いなくライルだった。
ずっとずっと会いたくて仕方なかった彼だ――見た目だけは。
「ガワだけが同じで……中身が違う、あんな…………目も、雰囲気もしてなかった。違う人になってる、何があったの、ライル……ライル……」
「セリア、セリア!」
「…………ごめん、ごめん、ごめんね、ライル……! 私のせいで……!」
メイリンの声が段々と遠くなっていくにつれて、私は今更後悔していた。
(わたしのせいだ、わたしが彼を永遠に変えたんだ)
私は……きっと最初の段階で間違えていたんだ。
ライルを死に追いやるだけじゃなく、何もかも変えたのは私だ。
◆
きっかけは私が8歳の時、ヘラルドによって全て奪われた事から始まった。
「――お父さん……お母さん……!」
シティ・アルタの外縁部に住んでいた私は、ヘラルドの襲撃を受けた。ありったけのスワームを投入され、戦う手段を持たない市民は無残に殺された。
私はズタズタにされた父と母に縋りつき、泣くことしか出来なかった。
「ギギギギ!!」
「ひぃっ」
当然その泣き声をスワームは拾う。
一番下のスワームでも、ブラスターライフルで幾度も叩き込まないと死なないタフさを持つ。そんな化け物相手に、小さな子供はひとたまりもない。
だけど――彼は違った。
「や、や……めろ!」
いきなり小さな私の前に同い年の男の子が割り込んだ。
手には瓦礫から拾った鉄棒が握られている。
「ぼ、僕が……相手だ……!」
「ギギギギィィ……!!」
「だ、だめ……!」
勝てる訳ない。
そんな棒で何が出来る。
でもなんでだろう。
「おまえたちの好きにはさせない……!」
私はこの男の子がすごく頼もしく見えた。
「下がりなさい、2人とも」
「ぇ……?」
そんな時にセンチネルを着た綺麗な女の人が現れた。
灰色の装甲が特徴的なセンチネルを着たその人は、私とその男の子を抱き抱えて下がった後、右手から大砲を
「ギ――――」
するとスワームは蒸発、すぐに爆発した。
「避難所まで連れていく、しっかり捕まってなさい」
「は……い……」
私と男の子はその女の人が抱き抱えられた状態で、空を駆けるように飛ぶその人を見ていた。
(あんな簡単に……ヘラルドを)
憎き機械を簡単に倒せるセンチネルの力を目の当たりにして、私は「欲しい」と思った。けど同時に私はこうも思った。
(どうして……この男の子は……あんな勇気を持てたのかな)
私を守ろうとしてくれた男の子――ライル。
彼のことをもっと知りたいと思った。
◆
それから私たちはシティ・アルタの孤児院で住むことになった。この世界で孤児は珍しくない。特にシティの外で住む人間――数は少ないがいる事にはいる――で保護された孤児の数と言ったらかなりのもの。
そんな中でシティの中で暮らしておきながら、運悪く親を亡くした私たちは、すぐ仲間意識が芽生えて仲良くなった。
「ライル! 今日雲が少ないらしいから星見よ!」
「うん……!」
ライルは意外なことに、普段は物静かだった。
私はまだ社交的だったから、皆と打ち解けるのは早かったけど、ライルは私以外の人と話すことはあまりなかった。
「ねぇライル、どうしてあの時……私を助けてくれたの?」
「え?」
「だって……自分が死ぬかもしれないのに、よく前に出れたなって思ってさ……!」
するとライルは恥ずかしそうに言った。
「別に……そんな大した理由じゃないよ。目の前で人が死ぬのを見たくなかったんだ。勇気なんかじゃないよ」
「でも……ライルも死にかけたよ? あれは勇気じゃないの?」
「僕は
さらりと言った言葉に私は言葉を失くした。
ライルは失うものがないから、もう死んでもいいと思っていたのだと。
「少なくともあの時は、僕は死んでもいいけど……誰かが死ぬのを見たくなかった。おかしいよね……こんな事思うのって」
「ライルはおかしくない、少なくとも私を助けてくれたのは事実だよ!」
「お……おう、ちょっと近いって」
私は多分ほっとけなくなったんだと思う。
ライルはなんかいつのまにか消えちゃいそうな雰囲気があった。
(私が守らないと……!)
家族を亡くし、それでも私を助けてくれたライルのために、私は何か恩返しがしたかった。それは彼が生きられるような世界を、私が作ることだと。
(センチネルに乗れたら……私はライルを守れる!)
だから最初は私1人でセンチネルに乗る気だった。
私が強くなって彼を守ればいいと思った。
だけど同じようなことをライルが考えてない訳がなかった。
孤児院で暮らしてしばらく経った時だ。
「――セリアはやっぱりヘラルドを憎んでる?」
「……どうしたの? いきなり」
「なんとなく気になって」
正直言って当たり前だ。
というか憎んでない人はいないだろう。
何故当たり前の事を言ってるのかと聞こうとしたら、先にライルが口を開いた。
「セリア、たまに怖い顔する時あるからさ。やっぱり……憎んでるのかなって」
「憎んでるよ……うん」
「この手で倒したい?」
「うん、ライルは違うの?」
思い切って聞くとライルは難しそうな表情をした。
「憎いけど、僕はさ……大切な人が死ぬのが嫌なんだ」
「ヘラルドがいたら……」
「ああ、わかってる。でもヘラルドを倒しに行くという事はさ。殺される確率もここにいるより上がるでしょ?」
そこまで言われて私はやっと気づいた。
「僕はセリアを失くしたくないんだよ。だから出来る事なら……ここで平和に暮らしてほしい。その代わり……僕がヘラルドを倒しに行く。マジでそう考えてる」
「ライル……」
「男たる者、やっぱり女の子守りたいじゃん?」
「ふふふ、何それ」
まずセンチネルが着れるかもわからないけどと、自信なさげに笑うライルを見て、私はたまらない気持ちになった。あの時は上手く言葉には出来なかったけど、助けられたあの時から私はライルが好きだった。
好きな人を守るために力がいる――私はそう考えていた。
そしてライルも私と同じ気持ちだった。
「私だってライルを守りたいんだよ! 力を手に入れて……センチネルを着て戦うヒーローみたいになれば、それが出来る!」
「まぁ……セリアもそう考えるよな」
「ライルも同じ気持ちだもんね」
「うん、僕もセリアを守りたい。ずっと一緒にいたんだもの。家族みたいなもんだよ」
家族とはまた違う形でって言ってほしいけど、私は我慢した。
ならば――
「ねぇ、ライル! 2人でヒーローになる約束しよう!」
2人で強くなれば、お互いを守り合える――そう思ったんだ。
◆
「――はぁ……まさかこんな事になるなんて思わなかったよ……」
しかし現実は甘くない。
ライルはアカデミーに落ちて、私は受かった――歴代最高に匹敵する適正値を叩き出して。
「あの子が噂の……」
「綺麗……」
「天は二物を与えないって……嘘だな……」
入学して早々に私は注目された。
同級生の中には政府の重鎮の息子、娘もいるのか装いからして立派な人もいた。まぁ私からしたら全く興味はなかったが……絡まれることはあった。
「君が歴代最高の適正値を出したセリアさん? 俺とも仲良く――」
(キザな感じがして嫌だな……無視無視)
一体どういうつもりなんだろう。
センチネルを着て戦いに来たんじゃなくて、女の子を探しに来たのか? そんな奴が受かって何故ライルが落ちなきゃいけないと思っていると――
「やめなさい、貴方……今相当空気読めてないわよ」
「ん……? 君は――!」
「あら? 私が誰かわかったらさっさと去る事ね」
いきなり長い黒髪を靡かせた綺麗な女の子が私を助けてくれた。びっくりするぐらい顔が整っていて、同性なのにドキっとするぐらいだ。
「貴女は……?」
「私はメイリン、一応中央政府のトップの娘でね……ああいう輩は私を前にすると、ビビっちゃうの」
クスクス笑う彼女はさっと握手を求めてきた。
私は恐る恐る返すとメイリンは笑った。
「あははは! 同い年だし、これからは戦友になるんだから、そんな畏まらなくていいわ。歴代最高クラスの適正値を出した天才さん」
「実感ないんだけどねー……あははは」
メイリンと出会えた事は私にとって宝物だった。
彼女のおかげでアカデミーでも頑張っていけると思えた。
(私もライルに情けないと思われないように頑張ろう!)
少なくともこの時の私はまだまだ前向きだった。
◆
「――センチネルの起源は1500年前……、ヘラルドが最初に人類に対して攻撃を仕掛けてきた時に遡る」
それから私たちはアカデミーでこの世界の歴史……センチネルを中心に、ヘラルドとの戦争の歴史を学んだ。文明崩壊後の歴史を担当していた老齢の教授は、もうすごい熱意で教えてくれた。
「人類史上最も天才と言われたらティナーシャ博士の下で開発されたAI……ノウスが搭載された最初のセンチネルは、最強という名に相応しい性能を誇った。ヘラルドという脅威に対してノウスは、あらゆる干渉を防ぎつつ、武力でも圧倒した。まさに一騎当千……人類は勝てる――そう思っていた」
教授は顔色をガラリと変えて言った。
「ヘラルドもまたノウスに負けじと進化を繰り返した。結果……ヘラルドはオリジナルセンチネルは破壊されてしまい、ノウスも破壊……ティナーシャ博士も死亡、人類は滅亡の淵に立たされた」
しかし――教授の説明に熱が籠る。
「ノウスやセンチネルのソースコードがまだ残っていた。博士は残してくれたのだ。我々の先祖はそれらをコピーし……今のセンチネルを開発した」
だから今もセンチネルが稼働出来ている訳だが、悪い言い方をすれば劣化コピーしか作れていない事になる。それでも充分強力ではあるけれど、まだ戦況が厳しい辺り……決め手には欠けていた。
「教授」
隣の席にいたメイリンが手を挙げた。
「オリジナルと同等のセンチネルを、今の技術で再現する事は出来ないんですか?」
教授は少し間を置いてから、深くため息をついた。
「良い質問だ……率直に言えば、今もって実現には至っていない」
教室がざわめいた。
私も驚いたのを覚えている。
「理由は幾つかあるが……最も厄介なのはノウスそのものの性質にある」
教授はホログラムボードに図を展開しながら続けた。
「ノウスのソースコードは確かに残っている。だがそれをセンチネルのコアシステムに搭載しようとすると、毎回異なる人格が生成されるんだ」
「人格……ですか」
私は思わず口を挟んだ。
「そうだ。性別、年齢、思考傾向……あらゆるパラメータがランダムに変動する。男性人格が出る事もあれば女性人格が出る事もある。10代の子供のような人格が生まれる事もあれば、老人のような落ち着いた人格が生まれる事もある」
教授は眼鏡を押し上げて続けた。
「これはノウスが単なるプログラムではなく、搭載される度に自律的な自己生成プロセスを走らせるためだと考えられている。いわば……毎回違う人間が生まれてくるようなものだ」
「じゃあ……それでもいいんじゃないですか? 人格が違っても、性能が同じなら」
別の生徒が口を挟むと教授は首を横に振った。
「そうはいかない。ノウスの戦闘能力は人格と不可分なんだ。その人格の思考傾向、判断基準、リスク許容度……そういった特性が、武装の設計や戦術AIの最適化に直結する。平たく言えば、生まれてくる人格に合わせてセンチネルの武装を一から設計し直さなければならない」
教授はホログラムに複雑な数式を展開した。
「攻撃的な人格なら近接格闘特化の重装備が適合する。慎重な人格なら長距離支援型が向いている。ノウスの人格と武装が噛み合わない場合、同期率が著しく低下してオリジナルには遠く及ばない性能しか発揮できなくなる」
「つまり……」
メイリンが静かに言った。
「生まれてくる人格を予測できない以上、事前に武装を用意する事も出来ない。だから量産も標準化も出来ない……という事ですか」
「そうだ」
私はそんなセンチネルの説明を聞いて思った。
ティナーシャとやらは
まるでセンチネルとヘラルドを使って、何か壮大な社会実験でもやっているんじゃないかとすら思った。
――それから程なくして私たちはセンチネルを与えられた。
格納庫に並んだプロトタイプのアーマーは、無骨で無機質だった。色もなく、武装もない。ただの金属の外骨格が、私たちを待っていた。
「これが……センチネル」
メイリンが隣で呟く。
私も同じ気持ちだった。
テレビや教科書で見てきたセンチネルとはあまりにもかけ離れた、のっぺりとした灰色の鎧が並んでいる。
これがパイロット登録されていないセンチネルだ。
内部にはアクシオンという、かつて宇宙で観測されたダークマターをエネルギーとして抽出、人類が使えるように改良を重ねた結果、1000年以上に亘って使われるエネルギーだ。
センチネルはそれを動力源として動いてる。
「諸君、今から各自のセンチネルとの初期同期を行う」
担当教官が淡々と説明した。
「プロトタイプのアーマーを装着すると、内蔵されたノウスのコピーAIが起動する。AIは装着者の神経パターン、脳波、身体データを読み取り……人格の自己生成を行う。その後アーマーのカラーリングと基礎武装が決定される。各自、指定されたアーマーへ」
私は自分の番号が振られたアーマーの前に立った。
近くで見るとやっぱり大きい。
(これが……私のパートナーになるのか)
深呼吸して、アーマーに足を踏み入れた。
背中からパーツが閉じていく感覚がして、全身を金属に包まれる。
《同期開始》
アナウンスが流れるとアーマーの内側にホログラムのウィンドウが展開されて、無数のデータが流れていく。私の心拍数、脳波、神経伝達の波形……自分の身体が数字に変換されていくのを、ただ眺めていた。
処理時間、およそ10秒あたり。
データの奔流が止まるとウィンドウの中心に、小さな光が灯るとゆっくりと形を成して——銀髪の女の子が現れた。
年齢は見た目で言えば10代後半くらい。
くりっとした大きな目に、肩まで伸びた銀色の髪。ちょこんとした小さな口元をしていて可愛い子だった。
「……起動、確認。装着者のデータ読み取り、完了」
声は鈴が鳴るように澄んでいた。
「初めまして。私はノウス第20世代コピー……名前はルナって呼んでくれたら嬉しいな!」
「ルナちゃん……! よろしくね!」
これが私とルナ――センチネルに宿る相棒のAIとの出会いだ。この日を境に私の世界はより大きく動き出す事になった。
◆
「――ルナ、展開!」
《はい!》
本格的な訓練が始まった。
センチネルを展開すると、白い光の翼が生えたアーマーが現れる。アーマーの名前はルナ・クラリタス、同期の中で一番美しいセンチネルと呼ばれていた。
「――アイアス、展開!」
《了解です、メイリン様》
メイリンのセンチネル——アイアス・グラヴィスが現れた。
深い紺色の重装甲、無骨で角張ったフォルム。ルナ・クラリタスの優美さとは対極にある、城壁のような威圧感を持つアーマーだ。並べると正反対すぎて思わず笑いそうになる。
でも動き出した瞬間にそんな印象は吹き飛んだ。
速くて正確な動きをするし、重装甲のくせに隙がない。
さすがだと思った。
模擬戦が始まると、私たちは互いに実力を測り合った。
(そりゃセンチネルに頼りたくなるよね……)
実際に動かしてわかったが、センチネルは本当に動かしやすいし、自分の頭に浮かべた内容をノイズなく、動きに変換出来る。とは言え雑念が入ればダメだし、集中力はかなり必要だ。
最初こそは苦戦したが――
「――セリア、また勝ったのか……」
「すごい……!」
「えへへ……」
数ヶ月もしないうちに私は成績トップになり、話題に釣られるように声をかけてくる人間が増えて、いつのまにか輪が出来ていた。
最初は戸惑った。
孤児院育ちの私には、こんなに人が集まってくる経験がなかったから、余計にだった。
「俺たちも精進しなきゃな」
「そうだな」
「ジャックもゼインも上手いよ?」
「いやいや……お前には負けるって、あとメイリンも」
「あいつも強いからなー……持ってるやつは違うな」
大体私たちは成績トップ7までのグループで固まるようになった。お互いにアドバイスして力を高め合い、時には談笑する。ライルが一番なのは変わらなかったけれど、友人という枠組みが広がっていくのは私にとって、非常に幸せな瞬間だった。
ちょうどこの時――よく私は夜にライルと会話していた。
《順調そうで安心したよ僕は》
「それは私のセリフだよ、頑張って食らいついてるんだって?」
ライルは一般兵科で訓練していた内容を聞かせてくれる。
アカデミーの訓練との違いにびっくりするのと同時に、ライルが面白おかしく話すから、この時間が楽しくて仕方がなかった。
《一般人なりに頑張ってるぜ!》
「全然一般人じゃないって! 充分ライルもすごい人だよ!」
私からしたらセンチネルもなしに戦おうとするライルの方がすごい。生身で立ち向かうと考えたら、ゾッとする。
《やったぜ、将来の英雄様にそう言われたら、本当にすごい気がしてきたぞ……!》
「いくらでも褒めるよ、ライルのことなら」
《く……なんかいつも以上に全肯定してくれるじゃん……!》
「本当だもん」
気楽に会えない分、私はいつも以上に感情をぶつけた。
そしていよいよ就寝時間が近づくと、ライルが言った。
《そっちは一足早く実戦だって?》
「……うん」
そう……私たちセンチネル部隊の初陣は一般兵より早い。あと1週間もしない内に、私は戦場に向かう。
《セリア、無理しなくていいから》
「ライル……?」
《あまりこう言っちゃいけないけど、任務失敗しても……生きていてくれたら勝ちだからさ。頼むから生きて帰ってくれよ》
「……!」
ライルの想いが通信に乗って私の心に届く。
無限の力が湧いてきた気がした。
「うん、絶対生きて帰るよ」
《おう》
「だからライルも生きて帰るんだよ」
《任せろ》
依存とでも言うべきか。
私たちはどっちか欠けたら片方は壊れる危うい関係だった。
でもそれで良かった。
ライルのいない世界なんて考えたくないから。
「終わったらすぐ連絡する」
《待ってる》
そして5日後――予定より早く、わたしたちは実戦に入った。
◆
雲を突き抜けると、青い空が視界いっぱいに広がった。
七つの光が一直線に飛ぶ。
その先頭にいるのが、私のセンチネル――ルナ・クラリタス。
背部の光翼が淡く輝き、推進粒子が尾を引いている。
後方には同期のパイロットたちのセンチネルが六機。少し間隔がばらついているのを見ると、まだ編隊飛行に慣れていないのが分かる。
そのさらに横、少し後ろの位置に一機。
副隊長のメイリンの機体だ。
「全機、通信確認」
私は隊内回線を開いた。
《三番、問題ありません》
《四番、問題ありません!》
少し硬い声が順番に返ってくる。
私も緊張している。
今回が初実戦だ……失敗は死を意味する。
「任務内容を再確認する」
私は戦術モニターを展開した。
前方の地形データと、赤い反応がいくつも浮かび上がる。
「三時間前、前哨基地エルデンがスワームの群れに襲撃された。守備隊は一般兵中心。現在確認されている戦死者は五十名以上」
通信が静かになる。
「問題はここから」
赤いマーカーが一つ、強く点滅する。
「グレード3の個体が確認されているわ」
ヘラルドには明確な階級がある。
グレード1からグレード10と数字が大きくなるにつれ強くなる。
数が多く知性の低いスワーム型は、ほとんどがグレード1か2であり、それなら通常兵器でも対処できる。
でもグレード3以上は話が変わってくる。
装甲強度、反応速度、自己修復能力。すべてが通常兵器の想定を超える。一般兵ではまともに相手にならない。
そいつらは基本的に私たちセンチネル部隊が担当する。
今回のわたしたちに依頼されたように。
「隊形維持。あと三分で戦域に入る」
その時、横から落ち着いた声が入る。
《副隊長より全機へ。隊長の指示に従って動くこと! いいわね! 特にジャック!》
《なんで俺だけ名指し!?》
コミカルな返しに私はクスリと笑ってしまった。
おかげで部隊の皆もいい空気になってきた。
「絶対生きて帰るよ! 皆!」
なんだか負ける気がしなかった。
フラグとかそういうのは一切ない。
ただ……確信めいたものがあった。
「――着陸する」
やがて七機のセンチネルが減速しながら降下する。
視界の先はには前哨基地エルデンが見えてきた。
(妙に静かだね……)
破壊の形跡を見るに、さほど時間は経っていない。
まだスワームが徘徊しているはずだ。
「……妙ね」
私は小さく呟き、戦術モニターの感知機能を拡張する。
スキャン範囲を広げると、地形データの上に薄いノイズのような反応がいくつも浮かび上がった。
私は目を細める。
「……なるほど」
赤い点が、一斉に表示される。
瓦礫の影、壊れた車両の下、基地外壁の割れ目とこちらを囲むように表示された。
「全機注意……スワームはステルスモードで潜伏してる」
一瞬の沈黙の後、副隊長の声が飛ぶ。
《任せて!》
メイリンのセンチネルが一気に高度を上げた。
装甲がスライドし、背部ユニットが展開すると光が収束し、ナノボットによって武装が生成される。
形成したのはミサイルポッドだ。
数秒で十数基が展開した彼女は一気にロックオンすると――
《――発射》
空気が震えた。
ミサイルが一斉に放たれ、地面へと降り注ぐと爆炎が大地を揺らした。
その瞬間――スワームが現れた。
《来たぜ来たぜ!! おい!!》
ジャックが叫ぶ中で私も戦闘体勢に移る。
掌にはセンチネルが使うエネルギーであるアクシオンを圧縮し、光の玉を作る。
「ルナティック・レイ」
そして私はそれをばら撒き、レーザーを放って一気にスワームを切り裂く。部隊の皆も私の後に続き、集まってきたスワームを破壊していく。
《おらぁ!!!》
《ハァ!!!》
新人とは思えない動きを皆で披露し、戦況を有利に進める。
するとついに親玉が現れた。
「――――――!!!」
見た目は甲虫のようだが、大きさがとんでもない。
15メートル以上はあるグレード3のヘラルドが現れた。
まさに移動要塞という表現が正しい奴だった。
《セリア!》
「わかってる!」
巨大な甲殻が大地を揺らしながら迫ると関節部から無数のビーム砲が展開されて、私たちに向けて一斉に照射された。
「散開!!」
爆発が連鎖する。
地面が抉れ、砂煙が視界を塞ぐ。
《セリア、右!》
ルナの警告と同時に私は右に急旋回した。
直後、さっきまで私がいた空間をビームが薙ぎ払う。
間一髪だ。
心臓が口から飛び出そうだ。
(落ち着け……落ち着け……!)
深呼吸する。
ルナ・クラリタスの同期率が上昇するのが見えた。
《同期率91%。セリア、見えてる?》
「……見えてる」
見えた。
砲撃の間隔、装甲の継ぎ目、重心の位置。
巨体ゆえに動きに癖がある。右側の砲台が過熱するたびに、コンマ数秒だけ射角がずれる。
そこだ。
「全機、私の動きに合わせて! 陽動をお願い!」
《了解!》
ジャックたちが一斉に正面から仕掛ける。
ビーム砲が彼らに集中した瞬間——私は急降下した。
地面スレスレを滑るように飛んで、グレード3の真下に潜り込む。
装甲の隙間、腹部の継ぎ目が見えた。
(いける)
両掌にアクシオンを限界まで圧縮する。
熱い。手が焼け切れそうだ。
でも止めない。
「ルナ、出力最大!」
《……いいの? 反動で身体に負荷が——》
「いいから!」
一瞬の間の後、ルナが答えた。
《……わかった。出力、最大》
同期率が95%を超えた。
センチネルの中に自らの意識が入り込みそうになるが、私はなりふり構わず撃った。
「ルナティック・レイ——フルバースト!!」
光が爆ぜた。
アクシオンの塊が継ぎ目から内部に叩き込まれ、装甲の内側で膨張する。グレード3の巨体が内側から軋む音がした。関節が、装甲が、内部構造が——順番に崩壊していく。
「――――!!!!」
ヘラルドが断末魔のような電子音を発した。
次の瞬間、爆発が起きた。
衝撃波で私の機体が吹き飛ばされる。
錐揉みしながら空に投げ出されて、ルナが緊急制御で姿勢を立て直した。
《……撃破確認。セリア、大丈夫?》
「……うん、大丈夫」
煙が晴れていき、グレード3の残骸が見えた。
しばらく誰も喋らなかったが、その沈黙を破ったのはジャックだった。
《やったなぁ!! おい!!!》
「わ…………! うるさ!」
私はゆっくり着地しながら答えた。
身体の各所が痛い。反動が思ったより来ていた。
でも——生きてる。
全員生きてる。
(ライル……初戦、勝ったよ)
心の中で呟いて、私はモニターで部隊全機の無事を確認した。七つの光が全部揃い、皆が私を労い、歓声を上げた。
(できれば……ここにライルがいたらな)
ちょっとばかりの後悔がよぎったが、私はすぐに切り替えた。
「皆……帰ろう」
それから帰投して私たちは同期たちに囲まれた。
本当に新人かとか、未来の英雄候補だなと先輩にも褒められた。
でも一番嬉しかったのはライルの言葉だった。
――セリア、お前ならやれるってわかってたよ――
端末に映ったライルのメッセージを見て、私はベッドでジタバタしながら喜んだのを覚えてる。同時に早くまた会いたいって気持ちが抑えきれなかった。
――初任務が終わってからかな……会うのは――
だから私は約束した。
そっちの訓練期間がひと段落したら会おうって。
それまで私はちょくちょく任務を達成しては近況報告した。
再会した時に立派な自分であれるように――そう思っていた。
だけど……それは叶わなかった。
◆
「――――いま…………なんて、言いましたか」
「……っ」
数ヶ月後――私は教官越しから最悪の知らせを受けた。
「ライル・カリストの部隊は…………人型のヘラルドの襲撃を受けた。その場にいた全員の死亡が確認されたそうだ」
「……………………」
視界が、ぐらりと傾いた。
「セリア!」
メイリンの声がして、身体が支えられる感覚があった。
立っていられなかった。
膝から力が抜けて、メイリンにしがみつく形になった。
彼女の顔を見ると泣きそうな顔をしていた。
私のために泣きそうになっている。
私はただ静かに目から涙が流れているのを感じていた。
「………………ライルに…………あえますか」
「……それが、現状では難しい。遺体は現在、中央政府直轄の対ヘラルド研究機関とセンチネル部隊の管理下に置かれている。未知の物質による汚染の可能性が確認されていてな……接触には厳重な制限がかかっている。面会は許可できない」
なんだそれは。
ふざけるな。
死に目にすら会わせてくれないのか。
「おねがいします」
「…………無理だ」
「私の………………一番愛する人なんです」
「なら……余計に許可は出せない。見ない方がいい事も」
「それでも!!」
もう立っていられなかった。
「ライルはわたしの全てなんですよ…………約束したんです、いつか2人でって…………約束したんですよ……?」
「すまない…………」
「彼を守りたくて力を付けたのに………………!!」
でも死に追いやったのは貴女でしょ――自分の声が頭の中で反響した。
「ライルのために………………頑張ってきたのに!!」
貴女の愛する人は貴女を追って死んだ。
「どうしてライルが死ななきゃいけなかったの………………」
貴女が彼を戦場に引き摺り込んだのに――良いご身分だね。
「わたしは…………」
死ぬなら貴女が死ねば良かったのに――そう考えて、私の中で何かが壊れる音がした。
◆
――新世代の英雄、セリア・クリステスがまた勝利を――
――まさに鬼神の如き――
――シティの外にて悪事を働く
――ヘラルドは地球上から1匹残らず殺し尽くすと――
それから私は3年間、ひたすら戦った。
ブルー・コメットという名前をつけられた私の部隊は、同期で入ってきたセンチネル部隊の中で、一番ヘラルドの撃破数が多く、犯罪者相手でも容赦なくセンチネルの力で焼き尽くした。
私の友人達は離れずついて来てくれた。
もうヘラルドを殺す以外に頭がない私なのに、心配してずっと側にいてくれた。
でも私はこの憎しみの炎を絶やさなかった。
絶やしたらもう立ち上がれなくなるから。
(あと何万体……いや……もっとか、あと何億体潰せば終わりは来るの?)
私は夥しい数の残骸の上を歩く。
ヘラルドがどこで作られているのかは未だわかってない。
宇宙という話もあるが、それも証拠がない。
(どれだけ殺したら……ライルに会えるの?)
もう死んでるってわかってるのに……私はいまだ彼の存在を探してる。世界を埋め尽くすヘラルドの残骸の海を、黒い血に染まった手で掻き分けて探す。
(私は…………何のために………………命をかけたらいいの?)
友人のため、世界のため、そう言えるほど……私は人が出来ていない。なんて酷い奴だ。
「なんて酷い奴だ」
「…………!!?」
ライルの声がした。
私は恐る恐る振り返る。
「僕はちゃんとここにいるのに」
「ラ………………イ…………ル…………」
真っ白になった髪、ビー玉みたいな目をしたライルが私を睨んで言った。
「僕を死なせたのはお前なのに」
◆
《――――リア!! セリア!!》
「――――――ハァッ!!? ハァ……ハァ…………!!」
ガバッと、体が痛む勢いで私は飛び起きた。
声を発していたのは、ナノボット化してブレスレットの中へと格納されたルナだった。
「…………るな……」
《セリア……すごく魘されてた……心配したんだよ?》
「…………ごめんね」
《ううん、謝らなくて大丈夫。魘されてた原因って……やっぱり》
「うん……ルナの想像通りだよ」
私は少しだけ黙った。
まだ心臓がバクバクしてる。
「…………ルナ」
《うん》
「ライルが……生きてた」
《……うん》
わかってる。
わかってるけど、口に出さないと整理できなかった。
「喜ぶべきなんだよね、本当は」
死んだと思っていた人が生きていた。
それは奇跡だ。信じられないくらいの奇跡だ。
「生きてたんだから……よかったって、思わなきゃいけない」
《……セリア》
「でも」
声が震え出した。
止まらない。
「もしまた会って……話していくうちに、やっぱり私の知るライルじゃないって……確定したら」
言葉が続かなかった。
その先を言うのすら苦しい。
「私……立ち上がれなくなるかもしれない」
3年間、憎しみを燃料にして戦ってきた。
ヘラルドを殺し続けた。
それでもどこかで、ライルを探していた。
生きていてくれたら——そう思い続けていた。
なのに目の前に現れたのは、ライルの顔をした別の何かで。
「昔のライルってさ、困った時に目が泳ぐんだよ。なんか言い訳考えてる時に、ちょっと上を見る癖があって……笑うと目が細くなって……」
《……うん》
「今日のライルの目、全然違った。何も映ってなかった。私のことを見てたけど……何も見てなかった」
ブレスレットの中でルナが小さく息を吐く気配がした。
《……ねえ、セリア。明日は休んだら? ブリーフィングはメイリンに任せて、一日だけ》
「……」
《無理に顔合わせなくていいよ。心の準備ができてから——》
「休んだら」
私は静かに遮った。
「もう……顔合わせられなくなるかもしれない」
《セリア……》
「怖いんだよ」
声が小さくなった。
「すごく怖い。また会って、話して、やっぱりライルじゃないって思ったら……もう終わりな気がして」
膝を抱えた。
暗い部屋の中で、毛布に顔を埋める。
「でも……サボったら、皆に申し訳ないよ」
あまりにも弱々しい声に自分でも情けないと思った。
「メイリンも、みんなも……ずっと私のそばにいてくれてる。私がおかしくなっても離れなかった。なのに私だけ怖くて逃げたら……そんなの、隊長失格じゃん」
《……セリア》
「わかってる、ルナが心配してくれてるのは」
毛布の中で目を閉じた。
「でも……逃げたら終わりな気がするんだ。私が私でいられなくなる気がして」
《セリア……》
「……いつもみたいに……無理すれば大丈夫だから」
ルナが何を考えてるかはわからない。
だけど何か私の為に、色々と考えてくれてるのは察した。
「すぐ……慣れるから」
それに私がこんな悲しむ資格はない。
だって私がライルの人生を破壊したんだから。