好きな女の子を守るために強くなった結果、何故か彼女を曇らせてしまった   作:えしゅろん

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削ぎ落とされた者

「どうしてセリアは暗い顔をしたのかな」

 

 悲報――せっかく再会したのに、セリアは喜んでくれなかった。理由がさっぱりわからない……再会は喜ばしいものだと学んだはずなのに。

 おかげで体調悪くしたのか、具体的な話は翌日となって今に至る。セリアは精神的に強そうに見えたから、意外だ。

 

「同一人物な上に、仲良しだったという()()は把握している。なのに何故彼女は苦しそうだったのか……理解出来ない」

 

 時刻は朝7時――朝の簡単な運動を終え、リノリウムの床が特徴的なラウンジで僕はダラダラしていた。時折……スタッフらしき人間が通っては、何か変な目を向けてきてる。

 その理由もさっぱりわからない……何か嫌われるような事をしたのだろうか。

 

「ライル、どうしたジタバタして」

「イリン」

 

 するとイリンが僕を見下ろす。

 若干紺色がまだ残った白い髪が、僕の顔まで垂れて来て擽ったい。

 

「久しぶりに会った僕の守りたい人が、僕を見て苦しそうな顔をしたんだ」

「首でも絞めたっけ」

「してないよ、というか君もいただろう……現場に」

 

 するとイリンは首を傾げた。

 よく覚えてないとか、それじゃ立派な兵器にはなれないよ。

 

「ふん」

「わ」

 

 するといきなり僕の体を起こす。

 何するんだと思ったら、イリンはいきなり抱きついて頭を撫でて来た。

 

「よしよし、お前は1人じゃないぞ」

「それはわかってる、僕の同類は5人いるんだから」

「私は特別だぞ」

「皆特別だよ」

 

 これはイリンの癖みたいなものだ。

 僕らが一度死んだ時、最も強く抱いた感情が脳に焼きついた弊害らしい。でもそれは昔の僕の名残りみたいな感じがして、良いものだと思った。

 

「もしかしたら強さに不安を抱いているんじゃね?」

 

 すると白いメッシュが入った金髪をセットしながらディオが入ってきた。何かいつにも増してカッコつけてる気がした。

 

「強さに不安……確かに」

「考えてみればまだ自己紹介もままならないな、なるほど……向こうは今の僕たちの事を知らないから、あんな苦しそうな顔をしていた訳か」

 

 納得した。

 確か今のセリアは以前より戦果を気にするようになったと聞いている。雑魚を近くに置いても迷惑だと思ったから、セリアだけじゃなくセリアのチームメイトも、悲痛な表情をした訳だ。

 

「ならすぐに安心させないと」

「ダメだよ、勝手に戦ったら」

「シェイ」

 

 冷静で感情のない……って僕も言えないけど、シェイの声が割り込む。昔はよく緑の髪をツインテールにした、女の子らしい女の子って見た目だったけど、今や顔の半分が金属の骨格剥き出しになったイカつい顔になっている。

 結構かっこいいって僕は認識しているんだけど、周りはそう思わないらしい。

 

「シェイたちは命令がない内は動けない、勝手に動いたらロックがかかっちゃうよ」

「むぅ、ならプログラムすればいいのに」

 

 しがみつくイリスにされるがままの状態で僕は悪態つくフリをする。だいぶ人間らしい振る舞いを無意識で出来るようになってきた。うん……成長って奴だな。

 

「そう簡単にはいかなかったんでしょ、今のアタシら」

 

 とノラがため息混じりに言った。

 燻んだ赤色のボブカットをした彼女は、足を組んで偉そうにしてる。

 

「脳まで全部機械に置き換えたら、アタシらどうなるかわからない。壊れるで済むならまだしも……ヘラルド化したら大変だ」

「冗談だよ、ノラ」

「最近冗談をインストールしたから、使いたがってるのかお前」

「……うるさいなディオ、何事も実際にやってみるのが大事だよ」

 

 それを言うなら皆だってそうだ。

 皆頑張って人間性を真似てる。

 本当は端的な会話でいいのに。

 

「――朝から元気じゃないか、お前たち」

「「「「!!」」」」

 

 その声を聞いて僕は意識を切り替える。

 姿勢は正しく、余分な思考を切り捨て、声の主に意識を割く。

 

「おはようございます、ユリア教官」

「おはよう……もう楽にしていい」

 

 僕らの前に現れたのは、ユリア教官。

 ウルフカットにした灰色の髪、燃え盛るような赤い虹彩、顔には古傷の入った彼女は、死にゆく僕らの命を救ってくれたセンチネルパイロットだ。

 

 いつもの凛々しい軍服の上からはコートを羽織ってる。

 余計に怖そうな雰囲気を出している。

 

「今日からブルー・コメットの連中と合流……いよいよ本格的に、()()のセンチネル部隊と任務をこなしていく」

 

 そう言えばそうだった。

 ユリア教官みたいに、極秘の仕事をするセンチネル部隊の人と仕事をした事はあっても、正規部隊とはなかった。実戦自体は呆れるぐらいはやってるけど、それは記録に残ってない。

 

 全く……なんとまぁややこしい立ち位置になってしまったんだか。

 

「当然だが困惑もあるだろう、特に……セリアに関してはな」

「それが疑問です」

「……お前なら仕方あるまい」

 

 すると教官は優しい顔をする。

 普段からその顔した方が人気出ますよ。

 

「強い反発も予想される、当然だ……何せお前らは特別だ。良くない目を向けられることもこれから増える」

 

 ふむふむ。

 

「だが私はお前らの力を知っている、そんじょそこらのセンチネルとは訳が違うと。任務を通じて……お前たちの力を人類に知らしめてやれ」

 

 お前たち……ドレッドの力を――最後に教官はそう言って、挨拶を締め括った。今の僕に感情はないけど、多分あったらモチベーションとか上がっていたんだろうな。

 

 

 2時間後ぐらいしてブリーフィングルームの扉が開き、ブルー・コメット部隊が入ってきた。僕はちらっと横目で見ると、セリアがいた――だけど先頭ではなく、ちょっと後ろにいた。

 

(顔色悪い、あとなんか僕の視線から外れようとしてるな)

 

 一見すると普通に見えるが、目元が赤い。

 泣き腫らしたのか、そんな怖い顔していたかな。

 

「……」

「!」

 

 すると副隊長の――あー……確かメイリンが割り込んで、セリアを隠した。メイリンは毅然とした態度のままだ。さぞかし仕事がよく出来る人間なのだろう。

 

 それから僕はブルーコメットのメンバーを一瞥する。

 

「……重い空気だなぁ」

 

 不安そうに言うのはジャック・スタール。

 茶髪に軽薄そうな笑みを浮かべたヤンチャそうな男――といった見た目だが、若手のパイロットの中でも最高クラスと名高いブルーコメットで斬り込み隊長をやってる猛者だ。

 

「……やれやれ」

 

 んで隣にいるのはゼイン・グランツ。

 眼鏡、オールバック、鋭い目つき、他人を寄せ付けない雰囲気を出してる頭脳派だ。多分仲良くなるのは難しいタイプだ、何となく。

 

「…………」

 

 ゼインの後ろにいるのはえーと、確かカイ・レナードだ。

 短く刈り上げた黒髪に、日に焼けた肌。無口で表情が乏しいが、体格だけで言えばブルーコメットの中で一番ガタイがいい。近接戦闘特化のパイロットだと記録にあった。喋らないだけで怒ってるわけじゃないらしいが、初見では絶対怒ってると思う。

 

 

 その隣に並ぶ女性が2人。

 

「お、穏やかに済まなさそうね……あはは」

 

 1人目はリア・ソレル。

 明るい茶色の癖毛を無造作に束ねた、小柄な女だ。ぱっと見は穏やかそうで、ブルーコメットの中では一番話しかけやすそうな雰囲気を持っている。ただ記録を見ると長距離狙撃の精度がチーム内トップで、冷静沈着な判断力に定評があるらしい。見た目と中身が全然違うタイプだ。

 

「トラブルにならないといいがな」

 

 2人目はフィーナ・クロス。

 切り揃えた黒髪のボブに、どこか飄々とした表情。年齢が一番若いのに妙に落ち着いていて、掴みどころがない。電子戦と情報解析担当で、戦場ではルナ・クラリタスのサポートを主に担うと書いてあった。

 

 改めて全員を見渡す。

 セリア、メイリン、ジャック、ゼイン、カイ、リア、フィーナ。

 

 なんて錚々たるメンバーだ。

 正規部隊は眩しい。

 

「では改めて、今回加わるサポートメンバーについて説明する。……ユリア教官、頼む」

 

 ブレイン中将がユリア教官を呼びつける。

 するとブルーコメットのメンバーは怪訝な顔をした。

 

「中央政府直轄の……」

「ああ……セクションゼロの人だ」

 

 セクションゼロというのはユリア教官がいる機関の名前だ。

 そして今日まで僕らが世話になっているとこでもある。倫理観ガン無視しがちだけど、強さはくれた。

 

「ユリア・ハーツだ、こいつらの部隊……プロジェクト・ドレッドの教育、および戦闘技術の教導も行っている。これからは頻繁にコミュニケーションを取るだろう」

「……彼らは……まさか人体改造された兵器じゃないですよね……?」

 

 するとメイリンが殺気を滲ませながらユリア教官を睨む。

 厳密に言うと違うんだよね……ただ僕らは話していいと言われてないから、黙るしか出来ない。

 

「当たらずといえども遠からずだな」

「……どういう意味ですか」

「それはこれから話す」

 

 そう言ってユリア教官はテーブルのタッチパネルに触れて、僕らの資料を見せた。勿論……表向きの。

 

「ライルたち5人だが、簡単に言うと半分機械で半分人間と言った状態だ」

「…………は?」

 

 するとセリアが初めて口を開いた。

 

「ただきっかけは不幸な事故だ。ライルたちの部隊は初任務で推定グレード8以上と見られる謎の人型のヘラルドに遭遇……全員がその場で致命傷を受けた」

「「……!」」

「……グレード8、マジかよ」

 

 グレード8以上となると、セリアたちより実力が上――つまりセンチネル部隊の中でも最強格になる人たちが複数人必要だ。そんな奴相手に当時ただの人間だった僕らが叶う訳ない。

 

 現に人としては死んだし。

 

「しかしその個体から漏れ出たナノボットが彼らの肉体を侵食していた。そこで我々はノウスのコードを侵食部位に差し込み、入力……何とか侵食が最後までいかないように食い止めた」

 

 恐らく聞いた事ない内容にブルーコメットは絶句してる。セリアに至っては具合悪そうだ。大丈夫だよ……今の僕は体調いいよ。

 

「その結果……一命は取り留めたが、彼らの肉体は普通の人間にはない変化を齎した。超人的な力と……ヘラルド由来の戦闘能力を手に入れた」

 

 一瞬だけユリア教官が顔を顰めた――理由はわからない、気のせいだったかも。

 

「続きを話す」

 

 ユリア教官は淡々と続けた。

 

「ライルたちの肉体に侵食したヘラルド由来のナノボットは、通常であれば宿主の細胞を完全に置換し……最終的にヘラルドの一個体として再構成される。事実、過去にそのような症例が確認されている」

 

 へぇ、そうなんだ。

 初めて聞いたよ、危なかったんだな、僕ら。

 

「だが今回は違った。我々がノウスのコードを侵食部位に差し込んだことで、ナノボットの再構成プログラムが上書きされた。結果として彼らの肉体は……ヘラルドでも人間でもない、第三の状態で安定した」

 

 ユリア教官がホログラムを展開する。

 僕たち5人の身体データが映し出された。骨格、神経系、細胞構造——どこをどう見ても人間のものとは違うパターンが混在している。

 

 客観的に見ると結構えぐいな、これ。

 

「具体的には筋繊維密度が通常の人間の約8倍、神経伝達速度は計測限界を超えており数値化不能。自己修復機能は高グレードのヘラルドに匹敵する。加えてヘラルドが使うナノボットフィールド——バイオジャミングを、自前で展開できる」

「……バイオジャミング」

 

 高グレードというのは一般的に5以上を指す。

 そいつらは自己修復機能が備わっていて、殺すのは容易じゃない。

 

 するとゼインが眼鏡を押し上げながら呟いた。

 

「ヘラルドが通信妨害や電子干渉に使うやつを……人間が使えると?」

「正確には人間だった者が、だ」

 

 ユリア教官はそこだけ訂正した。

 そこだけ、ね。まあ否定はしないけど。

 

「センチネルはアクシオンコアを動力源とする外装兵器だ。着用者の才能に依存する部分が大きい。対して彼らは肉体そのものが兵器だ。動力源は自身の生体エネルギーとヘラルド由来のナノボット。外部エネルギーへの依存がない」

 

 つまり僕らは燃料いらずってことだ。

 結構扱いやすい兵器だなぁ……僕らは。

 

「中央政府はこれをセンチネルに次ぐ、対ヘラルド用の新たな戦力と見なしている。コードネームは『プロジェクト・ドレッド』。ライルたち5人が第一号だ」

 

 室内がざわついた。

 僕はぼんやり天井を見た。

 プロジェクト・ドレッドという名前はちょっとかっこつけだな。

 

「ただし現時点では未解明な部分が多い。長期運用における肉体への影響、精神的安定性、ヘラルドとの親和性がどこまで進行するか……全て不明だ。故に今回の合流はテストを兼ねている。数ヶ月単位で戦果と安全性を検証する」

「……つまり私たちは実験に付き合わされると、そういう話ですか」

 

 メイリンが鋭く言った。

 

「そう取ってもらって構わない」

 

 ユリア教官は顔色一つ変えなかった。

 相変わらず容赦ないな、この人。

 

「以上が説明の全てだ。質問は?」

「はい……」

 

 手を挙げたのはセリアだった。

 一体何を聞いてくれるのだろう。

 

「ライル……いや彼らは……記憶を無くしてますか?」

「……彼らは生前の記憶を断片的に持っている。全てとは言わないが……ある程度は残っている」

 

 するとセリアはちょっと顔を明るくした。

 大丈夫! ほら! 肉体は生きてるよ、セリア!

 

「だが」

「……だが?」

「彼らから感情は失くなっている。感情のあるフリをしているだけだ」

「…………そん……な」

「セリア……」

 

 少しふらつきそうになったセリアをメイリンが支えた。

 体調悪いのか……大丈夫なのかな。

 

「ちょっといいっすか、ブレイン中将」

 

 ジャックが手を挙げた。

 さっきまでの軽薄な雰囲気が消えていた。

 

「上の決定なのはわかります。でも……セリアとライルの関係性ぐらいは調べてますよね? 幼馴染で、ずっと一緒にいたって」

「……ああ」

 

 中将が苦しそうな顔をした。

 

「なら悪趣味すぎません? 記憶はある、でも感情はない。そんな奴を目の前に出して……セリアの心は? というかせめて生きている事ぐらいをもっと前に伝えるとか、やりようはあった。あいつが今まで……どんだけ苦しんだかわからないアンタらじゃないだろ!」

 

 室内が静かになった。

 中将は何も言えなかった。

 言えないってことは、わかってやってるんだな。

 まあ……そういうもんか。

 

「答えよう」

 

 ユリア教官が口を開いた。

 

「現状を理解してもらう必要がある」

 

 ホログラムが切り替わった。

 世界地図が展開される。7つのシティが光点で示され、その周囲を赤い領域が侵食するように広がっていた。

 

「現在、ヘラルドの侵攻速度は過去10年で最も速い。シティ・ヴェルダの外縁防衛ラインは先月突破された。今は取り返したが……シティ・カイロスは慢性的な戦力不足だ。いくら凄腕のセンチネル部隊を揃えても……消耗の速度に補充が追いついていない」

 

 赤い領域がじわじわと広がっていく映像は、見ていて気分のいいものじゃなかった。まあ僕は気分というものがないけど。

 

「このまま同じ戦力で同じ戦い方を続ければ、10年以内にどこかのシティが陥落する。それが試算だ」

 

 誰も喋らなかった。

 

「戦況を変えるには、今までにない一手が必要だ。センチネルでもない、一般兵でもない……ヘラルドの力そのものを人類の手に取り込んだ存在が、戦場でどこまで機能するか。それを確かめる必要がある」

「……セリアに会わせた理由は」

「ライルの部分が、ヘラルドとしての力に良い作用を齎すかもしれないからだ」

 

 僕の人間の部分――それが一番作用しやすいと考えられるのがセリアしかいない。僕からしたら願ったり叶ったりだ。

 

「非情な判断だが、今は戦時中だ。使える手は何でも使わねば負ける――お前も理解してるのでは? ジャック」

「…………俺たちは中央を信頼してない、こいつらがヘラルドになったら俺が破壊する」

 

 そう言ってジャックは僕たちを睨む。

 疑うのは正しい判断だ、いい戦士だなと理解した。

 

「とは言え、ブルーコメットの部隊もドレッドの力がどれほどかわからないだろう。そもそも足手纏いじゃないのかと」

「…………まぁ、ね」

 

 リアがため息混じりに答えると、ユリア教官は言い放った。

 

「自己紹介がてら……彼らと模擬戦をしてもらう。強さが分かれば君らも納得するだろう」

 

 

「――模擬戦……ね」

「セリア……本当に大丈夫?」

 

 メイリンの声が更衣室に響く。

 私は黙ったまま戦闘服のジッパーを上げた。

 今私たちはセンチネル部隊が模擬戦を行う訓練エリアにいる。市街地、軍事基地、荒野などなど様々なシチュエーションが試せる広大なエリアであり、私たちだけじゃなく、先輩や後輩のセンチネルパイロットがよく利用している。

 

 私たちは市街地戦を想定した区間で模擬戦をすることになった。

 

「大丈夫だよ」

「……嘘つき」

 

 メイリンは腕を組んで、私の顔をじっと見た。

 誤魔化せないなぁ……。

 昔からそうだ、メイリンは本当よく見てくれてる。

 

「ちょうど良かったと思ってるよ、本当に」

 

 私は鏡の前に立って、乱れた髪を直した。

 鏡の中の自分の顔が、思ったより酷かった。目元がまだ少し腫れている。

 

「ライルたちの力がどれほどかわかるし……これから一緒に任務をこなすなら、早いうちに把握しておいた方がいい。合理的な判断だよ」

「合理的ね」

 

 メイリンが繰り返した。

 呆れているのか、悲しんでいるのか、判断できなかった。

 

「セリア、私はあなたの副隊長で……ずっと隣にいた。だから言う」

 

 メイリンが私の隣に立って、鏡越しに目を合わせた。

 

「今のあなたは合理的じゃない。無理してる」

「……」

「ライルって人の話、あなたから何度も聞いただけでさ、詳しい人柄はわからないけど、あんな感じの人じゃないって……私でもわかるよ?」

 

 リアが静かに続けた。

 多分このエリアに向かう前のことを言ってる。

 

「対面して……何も言わないなんて……」

「……っ」

 

 エリアへ向かう前――私は勇気を振り絞ってライルに声をかけた。手が震えていたが、無理矢理押さえつけて「ライル……」と弱々しく声をかけた。

 

 するとライルは――冷たい目を私に向けて言った。

 

『話していいという命令がまだない』

『ぇ……』

『先に行く』

 

 それだけ言ってさっさと言ってしまった。

 たったこれだけのやり取りで、ライルから人間性がないと突きつけられた気がして、私はしばらく動けなくなりかけた。

 

「ジャックも気にしてる、ゼインもね。あんまり顔に出さないけど、カイも。フィーナなんてさっきから扉の外でうろうろしてるし」

「……あの子、それ気づいてないと思ってるのかな」

「多分思ってない」

 

 リアが苦笑いしてふざけてくれたおかげで私も少しだけ笑えた。本当に……いい仲間たちだ。

 

「ありがとう、皆」

 

 私は鏡から目を逸らした。

 

「でも……向き合わないといけない。これから一緒に動くんだから、慣れておかないとね」

「……うん」

 

 準備を終えた私たちは部屋を出て、男子組と合流する。

 彼らも緊張感に包まれていた。

 

(今のライルが何者かを知らないと……私は前に進めない。だから戦う……)

 

 スタジアムへ続く廊下は長かった。

 遠くにライルの白い髪が見えた。

 

 追いかけて名前をもう一度呼びたかった。

 でも今の私には、まだその権利がない気がした。

 戦って、向き合って——それからだ。

 私は歩幅を広げた。

 

 ◆

 

 バカ広い――それがまず抱いた感想だった。

 

 市街地を模したエリアは、本物の都市をそのまま縮小したような作りになっていた。廃ビル、瓦礫、入り組んだ路地、壊れた車両。戦闘訓練用に作られた偽物の街が、どこまでも続いている。

 

 僕らドレッドは5人でそのど真ん中に立っていた。

 装備は普段通り、黒い戦闘服を着ている。

 

「評価されたらいいけど……」

 

 ノラが首を回しながら言った。

 

「されるだろ、俺たちの性能なら」

 

 ディオが呑気に答え、イリンは黙って周囲を見渡している。シェイは既に戦闘モードに入ったのか、顔面の金属になった部分が微かに光を帯びていた。

 

 そこへアナウンスが響いた。

 

「これより模擬戦を開始する」

 

 ブレイン中将の声だ。

 

「ルールを説明する。ドレッド5名対ブルーコメット7名の団体戦だ。勝利条件はそれぞれ異なる。センチネル部隊はアーマー耐久値が30パーセントを割った時点で戦闘離脱とみなす。ドレッドは意識を失った時点で戦闘離脱とみなす」

 

 すると通信が入った。

 

《……ちょっといいですか、ブレイン中将》

 

 フィーナの声だ。

 

《ドレッドの皆さん、センチネルみたいな機体を装着するわけじゃないんですよね……? 生身で戦うってことですか? いくらなんでも条件が違いすぎませんか》

 

 ああ……確かにそらそうだ。

 センチネル部隊はすでに装着してるが、僕らは今その身1つで来てるようにしか見えない。うっかりミンチにしちゃうと考えてるだろうが、そんな心配はご無用。

 

「見ればわかる」

 

 ユリア教官の声が割り込んで、通信が切れた。

 相変わらず説明が少ない人だ。

 しばらくして、上空に光点が現れた。

 7つの光が一直線に並んで、真上から降りてきた。

 

《本当に大丈夫なのかな……》

《わかってるとは思うけど……加減はしなさい》

 

 メイリンとリアがそんな会話をしている。

 ちょっとサプライズでもしてやれば、その評価も変わるだろう。

 

《皆、わかってるとは思うけど……油断はしないように》

 

 先頭にいる白いセンチネルが話す。

 光の翼が淡く輝くルナ・クラリタス――セリアの機体だ。

 降下してきたセンチネルが次々と地面に着地し、衝撃で砂埃が舞った。7機が横一列に並ぶと、それだけで相当な威圧感がある。アーマーが光を反射して、廃ビルに影を作っていた。

 

 立派なものだ。

 客観的にそう思った。

 ルナ・クラリタスを纏うセリアは、僕の目をまっすぐ見ていた。

 

「ドレッド」

 

 ユリア教官の声が耳に届いた。

 

「戦闘許可を出す。各自の判断で動け」

「了解」

 

 5人の声が重なった。

 次の瞬間——僕の背中が動いた。

 皮膚の下から何かが押し出されるような感覚がして、肩甲骨の辺りが盛り上がる。黒い装甲が皮膚を割って展開し始める。骨格が、筋肉が、形を変えていく。

 

 そして背中から漆黒の翼が生えた。

 機械で出来た翼だ。羽の一枚一枚が薄い金属板で構成されていて、それが幾重にも重なっている。広げると全長は3メートルを超える。翼の縁が微かに赤く発光し、ナノボットが霧のように滲み出していた。

 

 次に顔だ。

 黒い液体が顎の下から這い上がってくる感覚がして、それが固まりながら形を成していく。バイザー、顎当て、こめかみの装甲——順番に生成されて、数秒で顔の前半分を覆った。

 

(うん……問題ない)

 

 視界がわずかに赤くなる。センサーが起動して、周囲の熱源と動体を捉え始めた。7機のセンチネルが赤い輪郭線で表示される。

 

 最後に腕――指先から変化が始まった。爪が伸びるように黒い金属が展開して、節ごとに装甲が形成されていく。肘まで覆った時点で変化が止まった。五本の指の先端には、それぞれ10センチを超える鉤爪が生えていた。

 

 僕は手を開いたり閉じたりして動きを確認して、隣を見ると、4人も同じ状態になっていた。

 

《なん……だ、その姿は……ライル……》

 

 ん……? セリアが信じられないような目で僕を見る。

 これは……恐れかな?

 

《おいおい、マジで人間やめてんのか!》

《……っ》

 

 ジャック、メイリンもちょっと汗をかいている。

 まだ緩めの変化なのだが……そんなおかしいのかな。

 まぁいい――とりあえず意識が途絶えないよう、立ち回ればいい。

 

「では」

 

 ユリア教官のアナウンスが響く。

 

「――開始」

 

 先手必勝――僕はイリンを一瞥した後、右手を突き出した。

 この戦いで僕たちが兵器として優秀だと示せば、きっとセリアは笑ってくれるに違いない。

 だから見てくれセリア、僕……君のために全て削ぎ落としてここまで来たんだよ。

 

「装填……」

 

 右手の掌の真ん中に穴が空き、漆黒のエネルギーが集束――7人全員に狙いを定めたら、僕はそのまま解き放つ。

 

発射(ファイア)

《皆!!! たい――》

 

 セリアの声を掻き消し、僕の兵装――アナイアレイターが火を吹いて、戦闘が始まった。

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