好きな女の子を守るために強くなった結果、何故か彼女を曇らせてしまった   作:えしゅろん

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必ずキミを取り戻す

「……何という威力だ……!」

 

 巨大なスクリーンの向こうで、模擬市街地の一角が消し飛んでいた。廃ビルの壁面が抉れ、瓦礫が吹き飛び、砂埃が煙幕のように広がっている。直撃を受けたわけではないアイアス・グラヴィスでさえ、爆風で数メートル吹き飛ばされていた。

 

 たった一発だ。

 開始からコンマ数秒の出来事だった。

 

「アクシオンに近い……が違う」

 

 傍らの分析官が端末を叩きながら言った。

 

「エネルギーの波形が異なります。ヘラルド由来の粒子と、ノウスのコードが干渉して生成された……未知の複合エネルギーです」

 

 ブレイン中将は腕を組んだまま、スクリーンを見つめていた。

 

「ユリア教官」

 

 中将は静かに口を開く。

 

「彼らの戦闘能力は……ヘラルドで換算したらどれほどのグレードになる」

 

 ユリアは答えるまでに間を置かなかった。

 

「グレード6には届きます」

 

 モニタールームの空気が変わった。

 グレード6――つまり上級のヘラルドに匹敵する戦闘能力という事になる。おそらく並のセンチネルパイロットでは彼らには敵わない力を持っている事になる。

 

「……ブルーコメットと同格か、それ以上ということか」

 

 中将の隣に立つ参謀の一人が、掠れた声で言う中……モニターでは先制を食らっても何とか立ち直りつつあるブルーコメットのメンバーが映し出された。

 対するドレッドの5人は漆黒の翼を広げ、市街地の上空と地上を縦横無尽に動き回り始める。

 

「しかし彼らの本当の強さは、単純な戦闘能力ではありません」

 

 中将が視線を向けた。

 

「どういう意味だ」

 

 ユリア教官はモニタールームの窓に近づいた。

 

「彼らは決して死を恐れないのですよ、中将……」

「……何」

 

 スクリーンの中でライルが再び腕を構えた。

 バトルマスクの奥の目が、何も映していない。

 躊躇がない。逡巡がない。恐怖も、痛みへの警戒も、死への忌避も——何もない。

 

 ただ、制圧するという目的だけがあるように見えた。

 

「恐怖は生物が持つ最大のリミッターです」

 

 ユリアは続けた。

 

「人間は死を恐れるから手加減する。傷つくことを恐れるから躊躇する。負けることを恐れるから迷う。どれだけ優秀なパイロットでも、その枷からは逃れられない」

 

 中将は何も言わなかった。

 事実だからだ。

 

「ですが彼らにはその枷がない。感情を失った代わりに……恐怖も失った。戦場において、それがどれほどの意味を持つか」

 

 ユリア教官はようやく窓から視線を外して、中将を見た。

 

「きっとこの模擬戦でその片鱗が見えますよ」

 

 

「――大丈夫!? ジャック!」

《ああ……なんとかな》

 

 まさかいきなり殺人光線を放つなんて――私は異形となってしまったライルの姿を見据える。

 

《くそ、シールド展開したのにアーマー耐久値を20%持ってかれたぞ。直撃したらゲームセットだ》

 

 ジャックのセンチネル——バスティオン・フェルムが砂埃の中から立ち上がる。全身を分厚い鉄色の装甲で覆った重戦士型の機体で、ブルーコメットの盾と呼ばれる所以がそのシルエットだけで伝わってくる。今の一撃でも倒れないのは、さすがの一言だ。

 

「全機、陣形を組んで!」

 

 私は即座に指示を出した。

 

「ジャック、バスティオンで前に出て! 残りは私の指示に従って動く!」

《了解、盾になりゃいいんだろ!》

 

 バスティオン・フェルムが前に踏み出す。両腕の装甲が展開して、巨大なエネルギーシールドが形成された。あれがあれば多少の砲撃は防げる。

 

「ゼイン、フィーナ、妨害を仕掛けて。バイオジャミングの波形を解析して、少しでも通信妨害の隙間を作る」

《……難しいが、やってみる》

《データ収集開始します》

「リア、高所を取って。狙えそうなら翼を狙って。飛行能力を削げば地上戦に引き込める」

《わかった。上に行くね》

 

 リアのセンチネルが静かに上昇していく。

 あの子の狙撃精度なら、動き回るドレッドでも捉えられる可能性がある。

 

「カイ、メイリン、近接戦の準備。地上に引き込んだら即座に詰めて」

《了解》

《任せて》

 

 さて問題はライルだ。

 私の視線は自然と、漆黒の翼を広げて空中に浮かぶ白髪の影に向かっていた。

 

(ライルは……私が行く)

 

 これが感情的な判断だとわかっている。

 でも他に誰かをぶつけるという選択肢が、どうしても選べなかった。

 

(……向き合う……)

 

 ズキリと痛む心に私は蓋をする。

 ライルがもうライルじゃなくなっても、私は――

 

《セリア》

「……メイリン」

 

 戦術モニターに彼女の心配そうな顔が浮かぶ。

 

《私たちがいるからね》

「ありがとう……」

 

 そう、もう私は1人じゃない。

 残酷な現実を飲み込んで、私は動く。

 

(機動力を潰そう)

 

 戦略の骨子はシンプルだった。

 彼らの飛行能力と遠距離砲撃をまず警戒する。観察する限り……飛行速度は私たちより速い。空中から自由に動き回られると、センチネルといえど対処が追いつかない。

 

 だからそのためにまず翼を潰す。

 そして翼を潰すには近づかなければならないし、近づくためには砲撃を防がなければならない。

 

「ジャック、前進して! バイオジャミングの中心に向かって!」

《わかった、ついてこいよ皆!》

 

 バスティオン・フェルムが地面を揺らしながら前進する。その背後にカイとメイリンが続く。

 

《いくよ、ディオ》

《ああ、イリン》

 

 動き出した――イリンという女性とディオという男性が向かってくる。

 

(速いな……!)

 

 舌打ちしつつ私は指示を飛ばす。

 

「ゼイン、フィーナ、今!」

《干渉波、入力開始》

《こちらも展開します》

 

 ゼインのセンチネル——アルゴス・マキナが両腕を広げた。

 全身が緑と黒で塗り分けられた細身の機体で、頭部には六つのセンサーアイが並んでいる。千の目を持つ巨人の名に相応しく、戦場全体を同時に把握するための観測特化型だ。近接戦闘は苦手だが、電子戦と情報収集においてブルーコメット随一の性能を誇る。

 

 その隣でフィーナのセンチネル——ネクサス・ラピダが起動した。白と銀を基調とした軽装型の機体で、各部位にアンテナ状の突起が無数に生えている。見た目は華奢だが、あの突起が展開するたびに戦場の電子情報を根こそぎ拾い上げる。ゼインが解析する情報をフィーナが収集し、フィーナが展開する干渉波をゼインが最適化する——2人は常にセットで運用される。

 

 2機が連動してバイオジャミングに干渉波を叩き込むと、ドレッドが展開する電磁フィールドに一瞬だけ乱れが生じた。

 

《ジャミング干渉、成功。ただし持続時間は短くなる》

《推定3秒から5秒です、セリア》

「十分! リア、今よ!」

 《もらった》

 

 乾いた発射音が二つ、立て続けに響いた。

 リアのセンチネル——アキュラ・ヴェントゥスが高所から狙いをつけていた。白とグレーを基調とした細身の長距離型機体で、右腕部が展開して長大なレーザースナイパーライフルを生成している。照準はゼインとフィーナが作った干渉の隙間を通して、ドレッドの翼へと向けられていた。

 

 スタン仕様の弾が、イリンとディオの翼に直撃する。

 青白い電撃が翼全体に走り、バイオジャミングのフィールドが一瞬崩れて、2人の飛行軌道が乱れた。

 

《……っ》

《おっと》

 

 イリンが体勢を崩して高度を落とす。

 ディオも同様に傾いた。

 

(これで動きを鈍らせれば――)

 

 そう思った瞬間だった。

 イリンが自分の翼を掴み、そのまま引き千切った。

 

「……!?」

 

 ぶちり、という音が戦場に響いた気がした。

 翼の根元から黒い液体が飛び散る。イリンは痛みを感じている様子すら見せず、千切れた翼を地面に投げ捨てた。

 次の瞬間、根元から新しい翼が生えてきた。

 数秒で完全に再生した。

 

(自傷行為かと思ったけど、違うのか! なんて奴ら!!)

 

 身体の一部を千切っても顔色ひとつ変えない姿に、私は戦慄した。もう自分の肉体を道具としか思ってないのだろう。

 

 そしてディオも同じだった。

 翼を自ら千切り、数秒で再生させ、何事もなかったように体勢を立て直す。

 

(なら……ライルも……)

 

 つまり……ライルも……同じ事ができる訳で――

 

「まずい——ゼイン、フィーナ、逃げて!」

 

 叫んだが遅かった。

 イリンが一直線にゼインへ向かって急降下する。

 ディオがフィーナへと飛んだ。

 それぞれが完全に一対一を仕掛ける形で、2組に分かれた。

 

《……来る気か》

 

 ゼインが静かに呟いた。

 アルゴス・マキナの六つのセンサーアイが、降下してくるイリンを捉えていた。

 

《セリア、援護は不要だ。こちらで対処する》

《私も大丈夫です》

 

 フィーナも続けた。声が少し緊張していたが、それでも落ち着いていた。

 

 私は歯を食いしばった。

 援護に行きたい。でも——

 

《セリア》

「ライル……」

 

 目の前にはライルがいた。

 メイリン、ジャックもドレッドを相手にしている。

 

《悪いけど倒れてくれ》

「…………今のライルに……負けるわけにはいかないから」

 

 私は怖かった。

 このまま戦うと、ますますライルが人間じゃない事を突きつけられそうで。

 

 

「ユリア教官……彼らは痛覚もないのかね?」

 

 ブレイン中将は厳しい視線をユリアに向けた。

 イリンが自分の翼を千切った瞬間から、中将の表情は固まったままだ。セクションゼロの悪名は知っている。表に出せない仕事を一手に引き受ける機関だという事も。だがスクリーンに映った光景を見て。ヘラルドの仕業だけじゃないと思った。

 

 あれは人がやった事なのではないか――その疑念が、中将の目に滲んでいた。

 

「はい、まぁ厳密に言うと痛覚はただの信号として受け取っています。感じるというより……知るという表現が正しい」

「……ちなみに再生の限界は? 脳を潰されてしまえば流石に——」

「再生しますよ、()()()()()ので」

 

 モニタールームが静まり返った。

 隣に立っていた参謀の一人が、小さく息を呑む音が聞こえた。ユリアはスクリーンを見たまま、表情一つ変えなかった。

 

「……詳しく説明しろ」

 

 中将の声は低かった。

 

「彼らの細胞はヘラルド由来のナノボットとノウスのコードが複合した自律再生システムによって管理されています」

 

 ユリアは淡々と続けた。

 

「通常の細胞再生とは根本的に異なる。損傷した部位の情報をナノボットがリアルタイムで収集し、ノウスのコードが設計図として機能する。脳でも、心臓でも、脊髄でも——損傷の程度に関わらず、理論上は再生可能です」

「理論上、では曖昧すぎる」

「実証済みです」

 

 淡々とユリアは言った。

 

「3年間……みっちり試してますから」

 

 また沈黙が落ちた。

 参謀たちは誰も口を開かなかった。

 いや開けなかった。

 

「さらに」とユリアは続けた。

 

「彼らの再生システムには学習機能が付随しています」

「学習機能?」

「受けたダメージの種類、威力、攻撃パターンを自己解析して、次回以降の同種の攻撃を通りにくくするよう肉体を最適化します。簡単に言えば——同じ手は二度通じなくなる」

 

 中将はしばらく黙っていた。

 スクリーンの中ではイリンが再生した翼を広げ、ゼインのアルゴス・マキナと対峙していた。千切れた跡すら残っていない。まるで最初から何もなかったかのように。

 

「……中央政府はそこまで地に堕ちたか」

 

 中将から明確な怒りと敵意を向けられても、ユリアはライルたちを見ていた。

 

「勝つためなら何でもします」

 

 ユリアは静かに一切の迷いなく言い放った。

 

「負ければ人類は終わります。10年以内にシティが陥落するという試算は、楽観的な数字です。私はその現実から目を逸らす趣味を持っていない」

「……倫理は」

「倫理を守っても、滅んだら何も残らない」

 

 中将は何も言えなかった。

 ユリアはそこで初めて、スクリーンから視線を外した。

 

「中将」

 

 声のトーンが、僅かに変わった。

 冷たさの中に、何か別のものが混じった気がした。

 

「このような事に関わった以上……私が楽に死ねるとは思っていません」

 

 中将が視線を向けた。

 

「彼らに施した処置の責任は研究者や官僚だけじゃなく、彼らの訓練を見ていた私にもある。セクションゼロが下した判断の責任も私にある。それは理解しています」

 

 ユリアは窓の外を見たまま続けた。

 

「だから私は絶対に投げ出さない。彼らの行く末を私が見届けるつもりです。それこそ私の命が尽きる最後までです。例え報われない結末になろうとも……私だけは彼らを見捨てない」

「……!」

「それだけは改めて言っておきます」

 

 それだけ言って、ユリアは口を閉じた。

 モニタールームにまた沈黙が戻ったのと同じタイミングで、セリアとライルの戦いが始まった。

 

 

「ルナ……殴り合い用に変えて」

《わかった!》

 

 セリアの空気が変わった――なるほど、近接戦闘モードに切り替えた訳か。確かに……ここまで接敵していたら、その方がいい。

 

「…………長期戦は不利だと思うから……」

 

 ルナ・クラリタスの翼が格納されていく。

 光の羽が収束して、代わりに胴体と四肢の装甲が厚みを増した。手の形状が変化して、拳打に特化した重厚なグローブ型に変わる。優美だった機体のシルエットが、より実戦的な形になった。

 

 悪くない判断だと客観的にそう思った。

 僕も同じようにしよう。

 

「セリアに合わせよう」

 

 背中の装甲が折り畳まれて、代わりに全身の外殻に力が集中していく。皮膚の下から何かが押し出されてくる感覚——骨格が変形して、筋繊維が膨張して、それを包む装甲が皮膚を突き破るように展開していく。

 

 肘から先の皮膚が裂けて、刺々しい黒い外殻が露出する。棘のような突起が関節ごとに生えて、拳の形が人間のものから外れていく。左腕も同じように変形した。

 

 準備完了――セリアと正面から向き合った。

 

「……行くわよ、ライル」

「うん」

 

 その距離、わずか3メートル。

 先に動いたのは僕だ。

 

「――――シッ!!!」

 

 ナノボットが脚部に集中して、爆発的な推進力を生む。

 瞬時に距離を詰めて、右腕を振り抜いた。

 

「……っ!」

 

 セリアが横に跳んで避けた。

 速い。反応速度は相当だ。

 僕の拳が廃ビルの外壁に叩き込まれ、壁が消し飛んだ。

 コンクリートの塊が周囲に飛び散る中、セリアは着地した瞬間に僕は追撃する。

 

「――フッ」

「はやい……ね!」

 

 連続で打ち込む。

 右、左、右と。

 

 だけどセリアは全部捌いた。

 しかも捌きながら後退して威力を逃がしている。

 

(速い。そして……無駄がない)

 

 セリアの動きには一切の迷いがない。

 受ける時は最小限の動きで受け流して、避ける時は次の行動に繋げるように動いている。膂力では僕の方が上だが、それを正面から受け止めようとしていない。

 

(データ通り、センスがいい)

 

 やはり彼女は優秀だ。

 記憶があった頃の僕は、間違いなく彼女のセンスに惹かれたのだろう。

 

「ちょっと仕掛けるか……」

 

 4発目を打ち込んだ瞬間、セリアが動きを変えた。

 何と避けなかったのだ。左腕でいなしながら、右手を僕の脇腹に差し込んできた。

 

 ドン——という衝撃。

 急所を突く一撃だった。

 通常の人間なら臓器が破裂するような角度と威力だった。

 

「おお」

 

 僕は2メートルほど吹き飛びながら感心した。

 着地して、すぐ体勢を立て直し脇腹の感覚を確認した。

 損傷あり……ただし再生中。問題ない、この程度で止まるような性能はしてない。

 

「……っ、ライル……」

 

 セリアが何かを言いかけて、止まった。

 表情は見えない。

 アーマーのバイザーが顔を隠しているからだ。

 

 一体僕は気にしないで再び踏み込んだ。

 すると今度はセリアも前に出てきて打ち合いだ。

 

 僕の右腕がセリアの左肩に当たり、セリアの右拳が僕の顎に入る。互いに吹き飛ばされて、互いに立ち直る。

 

「…………こう、なったら」

 

 セリアが次の瞬間、腕を引いた。

 右手の甲から、光が収束し始めた。

 

(エネルギーブレードか、うん……まぁ殴って止められるのは無謀だからね)

 

 そう認識した瞬間には、既に刺さっていた。

 右肩から左脇腹にかけて、斜めに貫通している事を知覚した。痛みとして感じたわけではない。ただ損傷の情報が入力された。

 

 大きな損傷だ。

 再生システムが即座に稼働する。

 僕はブレードが刺さったまま、前に踏み込む。

 中身が切り刻まれながらも、僕は拳を構えた。

 

「——!」

 

 セリアが僅かに動揺した気配がした。

 抜こうとしたが、僕が前に出たせいで体勢が崩れた。

 その隙に左腕を振り抜く。

 セリアの腹部に命中しアーマーにひびが入る音がした。

 

「よっと……」

 

 ブレードが引き抜かれ、傷口から黒い血が飛び散った。

 肝臓がぶち抜かれたけど、こんなのは問題無し。

 僕は口から出た血を手で拭う。

 

「く……あぁぁあ!!」

「?」

 

 すぐにセリアが向かって来たけど、なぜか苦しそうだ。

 確かにアーマーにダメージは与えてるが、人の肉体は僕と違って脆い。だからかなり加減してるから、大した痛みはないはずだ。

 

「ライル……!!」

 

 また打ち合い、斬り合い、ぶつかり合う。

 その度に彼女の顔は歪み、力が弱まっていく。

 

(今だ)

 

 致命的な隙を晒したな。

 僕はあえてセリアのエネルギーブレードを腹に刺しこんで固定化……そのまま首を掴むとエネルギーを拳に流し込み、意識を奪うべく顔面を狙い、振りかぶって――僕は固まった。

 

「う、ぅぅぅ……!!」

「――――」

 

 セリアが涙を流してる。

 唇を噛み締め、血が流れてる。

 目は大きく見開かれ、息も荒い。

 

 なぜ――と聞く前にセリアは言った。

 

「やだよ…………もう」

 

 ポツポツとセリアは言葉を出して、止まらなくなっていった。エネルギーブレードを出す手がガタガタ震えていた。

 

「わたし……ライルと……こんな再会を…………したくなかったよぉ……」

「――」

 

 僕も固まった――何故だ。

 

(何故……僕も動けない? エラー?)

 

 疑問が生じた。

 戦闘中に感情的になる理由がわからない。

 セリアは優秀なパイロットのはずだ。

 感情を戦闘に持ち込むのは非効率だ。

 でもその顔は——明らかに、戦闘とは別の何かを抱えていた。

 

 (何故、そんな顔をしているんだ)

 

 答えが出なかった。

 僕の中の何かが、その答えを知っているような気がした。

 

「ライル…………どんな……約束…………したか、覚えてないの?」

「……約束……」

 

 約束――それを守るために……僕は、ここに。

 

「2人で……ヒーローになる…………そう、約束したじゃん……ライル……」

「……約、そく」

 

 その瞬間、僕の頭の中でノイズ混じりの映像が流れた。

 

 ――ねぇ、ライル! 2人でヒーローになる約束しよう!――

 

 小さな僕の前で小さなセリアが笑顔で言った。

 知らない――でも知ってる。

 相変わらず何も感じないが、何故だろうか。

 

(僕はこれを無視出来ない、しちゃダメだと……頭の中がうるさい)

 

 何がどうなってそんなのが記憶が流れたのかはわからない。

 だけどこのズタボロになって、引き裂かれた記憶が僕から攻撃の意志を奪いとる。

 

 約束……何のために。

 その理由もわからない、だけど……約束自体の内容ははっきりしてきた。

 

「…………約、そく……は」

「ライル……?」

 

 別に言う必要性はなかった。

 戦闘を有利に進めるに至って、こんな思考は邪魔にしかならない。

 

 ならないのに……言わなきゃいけない。

 これだけは何としても。

 

「2人で……ひーろーに、なること」

「ラ……イル……!?」

「ヒーロー……に」

 

 あれ……僕は何故彼女を泣かしてる?

 

「ライル……!! ライル……!!」

 

 何故僕は彼女の首を――必要だから――必要?

 守るべき彼女をなんで僕が泣かしているんだ?

 

「――――ぁ、ぐ……!」

「ライル……? ライル……!!?」

 

 心拍が上がり、意識が揺らぎ、電撃が頭の中に走る。

 

「ライル……!! ライル!!! 目を覚まして――」

 

 そのまま僕は倒れ込み、バイザーを解除したセリアが泣きながら僕に縋り付くのを見て、ブラックアウトした。

 

 

 ライルが目を覚ましたという報せが入ったのは、翌朝のことだった。

 

 私は上着を引っ掴んで部屋を出た。

 廊下を歩きながら、昨日の事を頭の中で整理していたが、今でもうまくいかなかった。整理できるような話じゃなかった。

 

 あの後……模擬戦は中止になった。

 ライルが突然意識を失った瞬間、ユリア教官がすぐに中断を命じたのだ。勝敗は無効、決着なし。あの場にいた私以外の全員がぽかんとしたまま、それぞれの持ち場に戻った。

 

 私はライルの側にいたかったが、ユリア教官は「お前起因の可能性があるから待機しろ」と言われ、渋々引き下がった。

 そして夜になってから、メイリンの部屋に集まると各々の感想を言った。

 

『あのままだったら……俺たちが負けてたな』

 

 ジャックが珍しく静かな声で言ったのが印象的だった。

 そこにいつもの軽薄な笑みはなかった。

 

『再生持ちはまだわかる。でも攻撃に適応されたら話が変わる。同じ手が通じなくなるなら、こっちは手札を削られ続けるだけだ。じり貧どころの話じゃない』

『理論上は無限に強くなっていく可能性すらあるらしい、ったく……とんでもない奴らだ』

 

 ゼインが眼鏡を押し上げながら静かに言う。

 あまりにも馬鹿げた内容だけど誰も反論できなかった。

 カイも何も言わなかったが、腕を組んで俯いていた。

 あれは悔しい時の顔だ。3年一緒にいたからわかる。

 そしてリアが、ため息混じりに呟いた言葉が今でも私の頭の中にこびりついていた。

 

『それ以上にさ……人間を何度もセンチネルの武装で潰すって、普通じゃないじゃない。私、途中から気分が悪くて……やめてくれて正直助かったよ』

 

 その言葉は確実に全員に刺さっていた。

 私たちは人殺しをするためにセンチネルを着ていない。

 本来ならヘラルドという怪物を殺すためなのだ。

 

 そう……あれは戦いじゃなかった。

 一方的に壊して、再生して、また壊されて。

 斬っても斬っても立ち上がって、血を流しながら向かってくる。あれを戦闘と呼ぶのは、何か違う気がした。

 

「でも……」

 

 あんな気分が悪くなる模擬戦はない――でも、私の中で微かな光が見えた瞬間もあった。

 

『2人で……ひーろーに、なること』

 

 ライルの記憶が、一部だけだが戻った瞬間があった。

 あの一瞬……ライルの目にちょっと光が見えた気がした。

 

(ライル……ひょっとしたら……)

 

 なんて事を考えながら、ライルのいる部屋のドアを開けると――

 

「――イリン、邪魔なんだけど」

「君がまだ不調かもしれない、側にいないと」

「――――――――」

 

 ベッドに寝てるライルの上に、イリンが馬乗りなっていた。

 しかもライルの顔に近づいて、抱きしめようとしている。

 心が急に冷えていった。

 

「………………何してんの」

「む、セリアさんが来たか。時間切れだな……またなライル」

「あ、うん……わかった」

 

 イリンはすぐに立ち上がって、わざわざ私にペコリと頭を下げて部屋を出る。なんだろう……頭の中がぐつぐつ煮えたぎり、言葉に出来ない感情が私の心を掻きむしってる。

 

(これがあれなの? リアとか後輩が言っていた脳が焼かれる感覚って)

 

 とりあえず猛烈にむしゃくしゃするが、今はその時じゃない。私は首を傾げるライルの近くに椅子を持ってきて、ゆっくり座ってから聞いた。

 

「ライル……体調はどう?」

「今は大丈夫、ちょっとしたアクシデントだったけど……命に別状がある類いじゃないよ」

「なら……良かった、安心した」

 

 しばらく沈黙が落ちた。

 私は膝の上で手を組んだ。

 言おうと思っていた事が、いざとなると喉の奥に引っかかる。

 

「……ライル」

「うん」

「記憶って……戻っていたりする?」

 

 少し言い淀んでしまった。

 我ながら情けない聞き方だと思ってるとライルはあっさりと答えた。

 

「いや、それはないかな」

 

 そうか……そうだよね。

 現実は甘くない。

 

「一応……セリアと僕が幼馴染だという情報は把握してる。記録に残ってたから」

 

 情報として把握している。

 記録に残っていたから。

 その言葉の選び方が、じわりと胸に沁みた。

 思い出として持っているんじゃない。データとして持っている。それがライルにとっての私との関係なんだ。

 

「記憶自体は朧気で……何か変化があるかと言われたら、特にないよ」

 

 私は少し肩を落とした。

 わかってた。そんな簡単に戻るわけがないって。

 でも聞かずにいられなかった。

 

(気のせい……か)

 

 そう思っているとライルはまた口を開いた。

 

「……変化、ない……と思っていたけど」

「え」

 

 私は顔を上げた。

 

「あの瞬間は、何か違った」

 

 ライルは天井を見ていた。

 どこか遠くを見るような目だった。

 

「どの……瞬間?」

 

 聞き返すと、ライルはゆっくりこちらに視線を向けた。

 

「僕がセリアを攻撃しようとした時だよ」

 

 思わず息が止まりそうになった。

 

「首を掴んで、意識を刈り取ろうとした。その瞬間……セリアが泣いているのが見えた」

 

 ライルは淡々と感情のない声で言っているけど、その内容は淡々としていなかった。気のせいかもしれないけど……不思議と必死な顔をしている。

 

「その時……僕は思ったんだ。何で彼女を泣かせてるんだろうって」

「……っ」

 

 驚いて、言葉が出なかった。

 感情がないはずだ。

 何も感じないはずだ。

 それがあの模擬戦で私が突きつけられた現実のはずだった。

 なのに――

 

「ライル、それって……」

「理由はわからない」

 

 ライルは続けた。

 

「感情があったわけじゃないと思う。ただ……処理できなかった。攻撃を続けようとしたのに、身体が止まった。エラーみたいなものだったかもしれない」

 

 エラー……そう言いながらライルは少し首を傾けた。

 

「でも……その瞬間に、思い出したんだ」

「何、を……?」

 

 私の声は震えていた。

 ライルは私を見た。

 

「約束を」

「……」

「2人で……ヒーローになるという約束を」

 

 視界が滲んだ。

 ライルの口からその言葉が出るとは思っていなかった。感情がないから覚えていても意味がないと、どこかで諦めていた。

 

 なのに今、ライルは確かにその言葉を言った。

 

「覚えて……るの」

「朧気だ。映像みたいなものが一瞬流れただけだから、全部じゃない」

 

 ライルの声に少しばかり熱が入った。

 

「でも……内容だけははっきりした。2人でヒーローになる。そう約束したんだろう、僕たちは」

 

 目から涙が落ちた。

 止めようとしたけど、止められなかった。

 昨日もこんな風に泣いてしまって、みっともないと思っていたのに。

 

「……うん」

 

 私はなんとか声を出した。

 

「そう約束したよ。2人で……絶対なろうって」

「セリア……泣いてる」

「あ、あはは……なんか止まらないや……」

「また……泣かせて――」

「違う、これはね……嬉し涙。だから大丈夫」

 

 ああ……私は確信した。

 私が知ってるライルはまだ()()()()()と。

 

(もうダメだと思ったんだよ……?)

 

 3年ぶりに会ったキミを見て、私は世界はなんて残酷なんだと思った。この世界はいつだって厳しくて、終わりの見えない暗い絶望が覆い尽くしているのだと。

 

 でもようやく……光が見えた。

 ライルはまだ……(ここ)にいる。

 

「ライル」

「どうしたの? セリア」

「新しい約束をするね」

 

 そう言うとライルは首を傾げる。

 なんだろう……急に可愛く見えて来た。

 

「私……必ずキミを取り戻すから」

「……僕を?」

「うん、今は何のことかわからないと思うけどさ……」

 

 私の新しい約束――そして目標は決まった。

 世界を救う、それは果たす。

 だけどこれはある意味……私にとっては世界より大事な目標。

 

「私……ライルがちゃんと帰ってくるの諦めないから

「……セリア」

「一緒に戦って……離れていた時間と共に、ライルの心を取り戻す」

 

 私はライルの胸に手を当てて言った。

 

「んで戻ってきたら、改めて私から言いたいことを言うから」

「今じゃダメなの?」

「今じゃダメ! ライルが……ちゃんと私を見てくれるようになってから!」

 

 仕方ない――ちょっと長引く事にはなるけど、それは預ける。

 

「だから……改めてまた一緒に戦おう、ライル」

 

 今はまだいい。

 だけど私は必ずキミを取り戻す。

 取り戻して……一緒に世界を救う。

 私の新たな目標が定まった瞬間だった。

 

「うん、よろしくね」

 

 そう言ってライルと握手する。

 よし……話は落ちついた頃だし――

 

「ねぇ、ライル……ちょっと聞きたいことがあるけどいい?」

「ん? 何?」

イリンって子とは……どういう関係なのかな????

「え……」

 

 軽く私はライルの手を砕くつもりで手を強く握る。

 ちなみ数時間ぐらい問い詰めた。

 




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