好きな女の子を守るために強くなった結果、何故か彼女を曇らせてしまった   作:えしゅろん

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ディオとメイリン

 翌日の朝、12人は再びブリーフィングルームに集められた。

 昨日と同じ部屋、同じ席の配置だ。ただ昨日と違うのは、ブルーコメットとドレッドの間に漂う空気が、張り詰めたものから距離感がわからない微妙なものに変わっていた点だった。

 

 勿論不信感やドレッドに対する気味悪さが消えた訳ではない。ただ……昨日の模擬戦で、お互いの実力は嫌というほどわかった。それが変な形で緊張感を和らげていた。

 

 やがてブレイン中将が正面に立った。

 

「昨日はご苦労だった。模擬戦の結果については……まあ、色々思うところがあるだろうが、ドレッドたちの実力が凄まじいものだとはわかった筈だ」

「まぁ……そうですね」

 

 ジャックは小さく鼻を鳴らし、ゼインは無言で眼鏡を押し上げた。他のメンバーも一応納得はしている様子。

 

 ただしドレッド側は全員無表情だった。

 そして「本題に入る」と中将は続けた。

 

「本格的な合同作戦の開始まで、3ヶ月の訓練期間を設ける」

 

 セリアが僅かに眉を動かした。

 メイリンは静かに中将を見ていた。

 

「訓練内容については追って通達する。ただし」

 

 中将は一拍置いた。

 

「この3ヶ月は、訓練だけが目的ではない」

 

 室内がわずかにざわついた。

 

「実戦において、連携は命綱だ。どれだけ個々の戦闘能力が高くても、互いを信頼できなければ烏合の衆に過ぎない。お前たちは昨日初めて顔を合わせた。ドレッドの5人がどういう存在かを、ブルーコメットはまだ肌で理解していない。逆もそうだ」

 

 ライルは中将の言葉を聞きながら、室内を一瞥した。

 ブルーコメットのメンバーがそれぞれ微妙な顔をしていた。納得しているような、していないような顔だ。ライルたちはガワは人間だが、中身は機械のそれである。センチネルのAIのように性格や感情があれば話は別だが、今の彼らは人のふりをしたロボットという表現が正しい。

 

「つまり……この3ヶ月は親睦を深める期間でもある」

 

 沈黙が続く。

 最初に口を開いたのはジャックだった。

 

「……親睦、っすか」

「そうだ」

 

 無表情なライルたちを見て、ジャックは言う。

 

「で、出来るんすかね……」

「出来るよ」

 

 すると意外にもセリアが自信満々に言った。

 彼女はまっすぐライルを見ていた。

 

「ライルは……まだいなくなってない。きっと他の4人も同じ」

 

 他の4人がどんな人間だったのかは知らない。

 でもライルみたいに、人間性の残滓があるなら呼び起こす事も出来ると信じていた。

 

「難しいと思うけど……頑張ろう」

「隊長が言うなら……仕方ないっか」

 

 リアはくすりと笑って、仲間達を一瞥する。

 

「皆で頑張ろ! この3か月でマブダチになる勢いで!」

「目標たかー」

「そんな事言わない!」

 

 フィーナの一言に皆が薄く笑う。

 和やかな空気が流れる中で、ただ1人。

 若干心配そうな人がいた。

 

(大丈夫なのかね……ふぅ)

 

 副隊長メイリンは下手な任務より困難になると予想していた。仲良くなる意思があるなら何とかなるだろうが、ライルたちの振る舞いを見ると不可能なんじゃないかと思っていた。

 

「――――」

(ぜ、全員……無反応だし……)

 

 ドレッドの5人は揃って微動だにしなかった。

 笑いもしない、困りもしない、反応すらしない姿にメイリンは内心で深いため息をついた。

 

(この3ヶ月……本当に大丈夫なのか)

 

 そう思いながら視線を泳がせた瞬間だった。

 白いメッシュの入った金髪の男と、目が合った。

 

「…………」

「…………」

 

 一秒、二秒が経った。

 

「んじゃ」

 

 ディオが人差し指をまっすぐメイリンに向けた。

 

「まず最初はあんたと仲良くしよう。目が合ったし」

(……は?)

 

 メイリンは顔が引き攣るのを自覚した。

 目が合ったし、で仲良くする相手を決めるのか、この男は。

 中央政府トップの娘として、それなりに理不尽な場面は経験してきた自負がある。だがこの種の理不尽は初めてだった。

 

(なんか……腑に落ちないんだけど)

 

 しかしディオはもう満足そうに頷いていた。

 理由はそれだけで完結しているらしかった。

 

「よろしくな、副隊長」

「……よろしく」

 

 メイリンは辛うじてそれだけ返した。

 隣でジャックが肩を震わせていたのが腹たったメイリンは、後でジャックの肩を殴り抜いた。

 

(ま、やるだけやるしかないか……)

 

 これでも自分は若手の有望株。

 どんなミッションもこなしてみせる――メイリンは己のプライドにかけてディオとコミュニケーションを取ると決意するのだった。

 

 

 『――まだ3日しか経ってないのに……もう疲れてるのはどういう事なのー……?』

「言わないで……アイア……」

 

 そんな風に思っていた時期が私にもありました。

 (メイリン)は始まって3日……ディオとの接し方に、正解を見つけることが出来ていなかった。初めて憂鬱な表情で朝食のビュッフェを食べてる。

 

 おかげで私のセンチネルに搭載された相棒(AI)――アイアは困り顔をしていた。中華風のドレスを着た、お団子ヘアをした黒髪のボブカットの少女という、非常に愛らしい見た目をしたアイアは、滅多に見せない呆れ顔を披露していた。

 

 いやいや……私も結構頑張ったよ……?

 

『何があったの? 私を付けてない時だよね?』

「ああ……まぁかいつまんで話すけど……」

 

 まず初日の時点で私は色々と困り果てた。

 向こうから言ってきたから、じゃあ一緒の時間をどう過ごすのと聞いたら、スポーツでもしようと言われ、シティ内にある娯楽施設へ2人で向かった。

 

 正直悪い提案ではないと思った。

 会話だけで距離を縮めるより、何かを一緒にやる方が早い。理屈は通っている。私はそう判断して、了承した。

 それが間違いだった。

 

「キャッチボールを提案したのよ。最初は軽くね」

『うんうん』

「そしたら向こうが投げ返してきたボールが……音を立てて飛んできて、受け止めたら数歩後退したわ」

 

 断言する――私じゃなかったら大怪我してる。

 あのやろう……。

 

『……おっと……早速雲行きが怪しくなったねー……』

「本人は加減したって言うのよ、あれで」

 

 アイアが眉を下げた。

 

「その後サッカーに切り替えたら5分で0対7よ。私が息切れしてる横でディオは汗一つかいてない。涼しい顔で『1点』って言うだけ。会話がそれしかないの」

『それは……確かに疲れるわね』

「極め付きはハンデをつけてあげると言われた事。内容が片手でやるっていうの。それがハンデになるかどうかわからないって本人も言ってて……」

 

 これまで同期や後輩、たまに先輩とスポーツに興じることは何度もあったけど、人生で1番つまらない瞬間だった。身体的なスペックに物を言わせて圧倒して楽しいんか、ああんってメンチ切りそうになってた。

 

 いや……ちょっとなっていたか……。

 私自身負けず嫌いだから、相手が超人でも勝機はあるとガチで思ったし……。

 

『ふふふ』

 

 するとアイアがくすりと笑った。

 他人事だと思って……。

 

『なんか久しぶりに見たかもー、メイリンがムキになるとこ』

「そ、そうかしら?」

『うん、だって最後にムキになったのは3年以上前だよー。ほら……セリアに勝ち越したいって模擬戦ばっかやってたー』

「そう、ね……3年前……ね」

 

 3年前――セリアが冷たくなった瞬間だ。

 あの時から私たちブルーコメットは、いつしか笑顔とかなくなっていった。

 

『だから嬉しいー、最近まで何か余裕ある感じじゃなかったからー』

「……そうね」

 

 セリアの悲しみや憎しみを理解して、私たちは感情を押し殺し、兵器であろうとした。実際戦果をあげてきたが……私たちは人間であり、戦えば戦うほど心が荒んだ。

 

『ある意味……いい機会だったかもよー?』

 

 アイアは首をコテンと傾け、可愛らしく言った。

 そう……か、いい機会だったのか。

 まぁ……そういう風に捉えるようにしよう。

 それはそれとして負けたままは腹立つが。

 

「わかった、ひとまずいい機会という事にはしとくわ。だけどわた――」

「ここにいたのか」

「うぉっとぉ!?」

 

 いきなり声かけられて私はキモい声出した。

 誰だ私を脅かす不届きものは――と言いかけて、目の前に座った人物を見てまた驚く。

 

「ディオ……心臓に悪いわよ!」

「? 持病があるのか?」

「違うわ!」

 

 ドレッドたちはどうやら言葉をそのまま受け取って解釈しがちだ。それもまた頭を悩ますが、まずはわざわざ来た理由だ。

 

「ディオ、何の用かしら? 合同訓練は今日遅めだけど……」

「ユリア教官に相談した」

 

 唐突すぎる、何を相談したか明確にしてくれ。 

 

「……何の相談?」

「仲良くなる方法がわからなかったから。昨日のスポーツは失敗だったと判断した」

 

 自分で失敗だと認識していたのか。

 私は少し意外に思った。

 

「教官は何て言ったの」

「もっとパーソナルな部分を知るべきだと言われた」

「パーソナルな部分……」

「そう。だから聞く」

 

 ディオはまっすぐ私を見た。

 

「メイリンは普段、何をして過ごしてる?」

 

 私は少し考えた。

 パーソナルな部分か……。

 趣味とかを教えたらいいのかな。

 

「……読書とか、書類仕事とか。あとはセンチネルの整備記録を確認したり」

「仕事ばかりだ」

「そうかもしれないけど……」

「今日の午前、予定は?」

「特にないけど」

 

 何となく展開が読めてきた。

 

「ついていっていいか」

「……は?」

「今日の午前、メイリンがやる事についていく。それがパーソナルを知る方法だと教官に言われた」

 

 私はアイアを見た。

 彼女は口元に手を当てて、楽しそうに笑っていた。

 

(助けてくれないの……)

『頑張れーメイリンー』

 

 全く助けてくれなかった。

 それでも相棒か。

 

「……わかったわ。ついてきなさい……普段行きつけの場所があるから」

「ありがとな」

「いーえ」

 

 私は椅子から立ち上がった。

 腑に落ちない気持ちは相変わらずだったが、これも仕事だと割り切った。

 

 

「――ここって……」

「アーカイブよ、西暦と呼ばれていた時代の……古の書物が数多く置かれた図書館よ」

 

 扉を開けると、独特の匂いがした。

 紙と、インクと、長い時間が経過した事で発生した匂いだ。変わってると思うけど……私はこの匂いが好きだった。

 

 シティ・アルタの端に位置するこの施設は、ヘラルドとの戦争が始まる前の時代に存在した書物を収集、保管するために作られた場所だ。デジタルデータとして記録し直されたものも多いが、ここにあるのは全て紙媒体の原本だ。

 

 天井まで届く本棚が、視界の奥まで続いている。

 柔らかい間接照明が棚と棚の間を照らしていて、人の気配は少ない。午前中の早い時間帯は特に静かで、私はそれが気に入っていた。

 

「広い」とディオが言った。

 

「そうね。収蔵されてる書物は約40万冊以上だったかしら。戦前の文化、歴史、科学、文学……ジャンルも色々ある」

「40万冊か……中々だな」

 

 ディオはそれをどう処理したのか、少し間を置いた。

 

「私はよくここに寄って、気になったものを借りて読むの。娯楽というより……習慣みたいなものね」

 

 私は奥の棚に向かいながら言った。

 ディオは無言でついてくる。足音が静かで、存在感が薄い。昨日の広場での圧とは全然違う。

 

「戦前の人間はこれを全部紙に書いたのか」

「書いたのも、印刷したのも。デジタルがなかった時代だもの」

「非効率だ」

「そうかもしれないけど……私はこっちの方が好きよ」

 

 手に取ると重さがあって、ページをめくる音がする。

 それが私には心地よかった。デジタルで読むのとは、何かが違う。うまく言葉にはできないけれど……。

 

「今日はこれにしようかな」

 

 私がいつも座る窓際の席に向かおうとした時、ディオが口を開いた。

 

「このアーカイブは建設から約200年が経過している。当初は規模が現在の3分の1程度で、シティ・アルタが拡張されるにつれて増築が繰り返された。収蔵物の中で最も古いものは西暦で言うと16世紀頃のものとされており、現存する紙媒体としては人類の遺産の中でも特に価値が高い部類に入る。管理には特殊な温度と湿度の調整システムが使われており、年間の維持コストは――」

「ちょっと」

 

 私はディオの脇腹を軽く肘でこついた。

 

「ここは静かにするところよ」

 

 ディオが止まった。

 急に電池切れたみたいだなと思った。

 

「……データを確認していた」

「声に出さなくていいわ」

 

 数人の利用者がこちらをちらりと見てきた。

 気まずくなって私は小さく頭を下げる。全く……数少ない憩いの場が行きづらくなったらどうしてくれる……。

 

「喋りたいなら外に出てからにして。ここでは静かにするのがルールよ」

「わかった」

 

 ディオは素直に頷くと、それ以上は何も言わなかった。

 私は窓際の席に腰を下ろして、今日借りるつもりだった棚に向かった。戦前の小説だ。ページが茶色くなりかけているが、文字はまだはっきり読める。

 

 席に戻ると、ディオは隣の椅子を引いて静かに座っていた。

 何もしていなかった。

 本を読むわけでも、端末を操作するわけでもなく、ただ座っていた。

 

「……読まないの?」

「読み方がわからない」

 

 私は少し考えた。

 

「紙の本を読んだことがないの?」

「ない。データは全部デジタルで処理している」

 

 そうか……と私は思った。

 ドレッドになる前はどうだったのかは知らない。でも今の彼らにとって、紙の本は馴染みのないものなのかもしれない。

 

「……一冊、選んであげようか」

「いいのか」

「どうせ何もしないで座ってるなら、何か読んだ方がいいでしょ」

 

 私は棚に戻って、しばらく考えてから一冊抜き出した。

 薄い本だ。戦前の短編集で、内容は平易だった。

 

「はい」

「……ありがとな」

 

 ディオは表紙を見て、それからゆっくりページをめくり始めた。久々に静かな時間が過ぎていく。窓から光が差し込み、紙をめくる音だけが、時々聞こえた。

 

(思ったより……悪くないかも)

 

 なんて考えていると、ディオはこっちを見て小さな声で話しかけてきた。

 

「メイリンは何故ここが好きなんだ?」

「何故……か、うーん……そんな大した理由じゃないんだけどね」

 

 本当に大した理由じゃない。

 ここは私にとって、辛い現実から逃避するのに使えるからだ。

 

 私は本を膝の上に置いて、少し考える。

 ディオは急かさずただ静かに待っていた。

 

「私の親は中央政府の上層にいるから……小さい頃から色々と教えられてきたの。この世界の成り立ちとか、ヘラルドとの戦争の歴史とか」

「知っている。メイリンの父親は――」

「データじゃなくて、私の話として聞いて」

 

 そういうとディオは止まった。

 

「……わかった」

「教えられた事は確かに大事な知識よ。ジェネシス・イベント……人工知能が反乱を起こしてからどう人類が生き延びてきたか、7つのシティがどう形成されたか、どれだけの人間が死んできたかを、とにかく頭に入れた」

 

 窓の外を見た。

 空は青くて穏やかな午前だった。

 

「でも……ずっとそればかりだったの。会う大人が話す事は全部戦争の話で、将来の話をすれば戦力になれとか、優秀な指揮官になれとか。勉強する理由も、強くなる理由も、全部ヘラルドに勝つためで」

 

 子供の頃の私は、それが当たり前だと思っていた。

 でも当たり前だと思いながら、どこかずっと息苦しかった。

 今思えば当たり前の話だと、冗談混じりに言えるようにはなったが。

 

「辟易してたのよ、正直。生まれた時から戦争の話しかない世界に」

 

 ディオは何も言わず、続きを待ってるように見えた。

 

「そんな時にここを見つけたの。偶然に。親の仕事についていった時に、たまたま迷い込んで」

 

 あの日の事はよく覚えている。

 重い扉を開けたら、見たことのない量の本が並んでいた。司書の老人が優しく声をかけてくれて、好きに見ていいと言ってくれた。

 

「ここにある本の多くは、戦争が始まる前の時代だからね。本当……知らないことが沢山あるの」

 

 私は手元の本の表紙を撫でた。

 

「読んでみたら驚いた。昔の人間って……本当に色んな事をして生きてたのよ。娯楽だけでもね、音楽、絵画、演劇、映画、スポーツ……今みたいに戦う事と生き残る事だけじゃなくて、もっとたくさんの選択肢があった」

 

 料理の本があった。

 旅行の記録があった。

 恋愛の話を書いた小説があった。

 誰かが誰かを笑わせるために書いたとしか思えない、くだらない読み物もあった。

 

 親はきっとくだらない、そんなのは必要ないと言うけど、私からしたらこういった書物のが尊いものに見えた。

 

「自由だったのよ、昔は。少なくともここにある本を読む限りは。生きる事の意味が、戦う事だけじゃなかった」

 

 私はディオを見た。

 

「ここに来ると……戦争の事を忘れられるの。ここにある本の中の世界には、ヘラルドもセンチネルも存在しないから。ただの人間が、ただ生きてるだけの話が書いてある」

 

 やっぱり少し恥ずかしくなって、視線を本に戻した。

 彼らに感情なんてないのに――そう言いかけて、私はちょっと罪悪感を覚えた。

 

「だから私は……いつか人々が戦争の事なんか考えずに済んで、生きたいように生きられる世界をつくりたい。ヘラルドなんかぶっ潰してね」

「……メイリン」

 

 ディオはしばらく黙っていたが、私が言ったことに反応を示した。

 

「大した理由だと思う」

 

 私は少し驚いて顔を上げた。

 ディオの表情は相変わらず無表情だった。

 でも否定でも肯定でもなく、ただ事実として言っているように聞こえた。

 

「きっと……記憶にある俺なら、そう言う」

「ありがとう……」

 

 真剣な表情……の真似だろうか。

 あまりにもまっすぐな目を向けてくるもんだから、私は恥ずかしくてたまらなくなった。こうなったら……私も聞いてやるとしよう。

 

「じゃあさ、ディオは何のために戦うの?」

「それは――」

「昔の貴方の事よ、覚えていたら……でいいけど」

 

 そういうとディオは何かボーっとしたような感じになってから言った。

 

「記録として把握してんのは、俺が軍に入った理由は……妹の為らしい」

 

 

 俺には妹がいた――らしい。

 記録として把握している、というのは正確な表現だ。

 今の俺に感情はない。だからこれは記憶の再生であって、懐かしむとか、悲しむとか、そういう話じゃない。

 

 ただ……この記録は、他のものより鮮明だった。

 脳内に焼きついている。

 

「俺はもともと孤児だった」

 

 覚えてる限りをとりあえずメイリンに言う。

 シティ・アルタの外縁部にある孤児院で育って、10歳の時に養子として引き取られた。引き取ったのは普通の家族だった。父親は工場の技術者で、母親は食料配給の管理をしていた。裕福ではなかったが、食べるものには困らなかった。

 

 家には同い年の娘がいた。

 それが妹になる子だった。

 最初は全然なつかなかった。

 当然だ……突然見知らぬ男の子が家に来たんだからな。

 彼女は俺を警戒して、目を合わせようとしなかった。食事の時も俺から離れた席に座った。

 

 だけど俺は焦らなかった。

 無理に話しかけるより、側にいる方がいいと思った。

 だから毎日、ただ近くにいた。

 彼女が本を読んでいたら、少し離れたところで同じように本を読んだ。彼女が庭に出たら、少し離れたところで空を見ていた。

 

 半年ほどそれを続けたある日、彼女が初めて俺に話しかけてきた。

 

『……何の本、読んでるの』

 

 それだけだった。

 でもそこから少しずつ、距離が縮まった。

 1年後には普通に笑うようになっていた。

 2年後には喧嘩もするようになっていた。

 3年後には、俺のことを兄と呼ぶようになっていた。

 

「なんか昔の俺は成長してから、軍に入るとは考えていなかったらしい」

 

 父親の工場で技術を学ぶか、シティ運営に関わる仕事に就くか。どちらかだと思っていた。戦いとは無縁の、地味で安定した生き方だ。

 

 妹は絵を描くのが好きだった。

 将来は絵に関わる仕事がしたいと言っていた。俺はそれを応援していた。あいつの絵は本当に上手くて、見ているとこの世界にもまだ綺麗なものがあると思えた。

 

 その日、俺は施設の見学に出かけていた。

 父親の知人が働く工場で、採用の話があったからだ。

 帰ってきたら、家が半壊していた。

 ヘラルドの襲撃だった。

 グレード3の個体が外縁部に侵入して、一帯を荒らしていったらしい。センチネル部隊が駆けつけるまでの間に、何十人もの市民が巻き込まれた。

 

 父と母は瓦礫の下から発見された。

 どちらも昏睡状態だった。

 妹は……病院のベッドに横たわっていた。

 両足と、右腕がなかった。

 

『……お兄ちゃん』

 

 俺を見て、彼女は泣いた。

 声を上げて泣いた。

 

『お父さんもお母さんも……目を覚まさないの。私だけ……私だけ起きてるの。どうして私だけ』

 

 俺は何も言えなかった。

 何を言えばよかったのか、今でもわからない。

 ただ手を握っていた。

 残っている左手を。

 その日から俺は軍の募集窓口に足を運んだ。

 理由は単純だ。父と母が昏睡状態では収入がない。妹の医療費がかかる。義肢の調達にも金がいる。軍に入れば給与が出る。家族を養えると思った。

 

「使命感でも正義感でもない、俺はきっと何か他の理由で軍に入った」

 

 だが入隊手続きを終えて、最後に病院に寄った日。

 妹はまた泣いていた。

 

『どうして兄ちゃんだけ無傷なの』

 

 静かな声だけど力はこもっていた。

 

『私は手も足もなくなって、お父さんもお母さんも起きなくて……なのに兄ちゃんだけ、どこも怪我してない。どうして私だけこんな目に遭うの。どうして兄ちゃんはそこに立ってるの』

 

 俺は答えられなかった。

 どうしてかなんて、わからなかった。

 たまたま外に出ていたからだ。それだけだ。

 だがそれは答えにならなかった。

 

 その日から俺は……生きている事に、妙な感覚を持つようになったんだ。罪悪感という言葉が一番近いと、今の俺は記録から判断する。何もしていないのに、ここにいる事が悪い事のような気がした。

 

 傷ついていない事が、申し訳ないような気がした。

 だから強くなろうと思った。

 傷ついていない分だけ、戦えると思った。

 

 だけどその家族は……もう死んだ。

 3年前に体力が尽きたらしい。

 残ったのは罪悪感を感じたという感情が焼きついた、ディオの抜け殻だけだ。

 

「――死んだと聞いたのは初任務にしくって、俺がこの身体になった後だ」

 

 それを聞いて、俺は泣けなかった。

 でも焼きついて離れない、泣いた妹の姿が。

 

「俺はきっとその家族のために戦ってる、もう何も出来ないけど……何もしないのは違うだろ。これだけはわかる」

 

 そう言ってから俺はさっきからメイリンの反応がない事に気づいた。つまらない話だったかなと思いきや――

 

「うぅ……ぐす……そうか……そうなんだね」

「すごい泣いてるじゃねぇか」

 

 メイリンは大号泣していた。

 これには流石に俺も面食らった。

 他人の話なのに。

 

「ごめんね……何か、そんな事…………あるなんて知らなくて」

「知らないのは当たり前じゃないか? それにこんな話はありふれてる」

「ありふれさせちゃダメなんだよ!」

 

 メイリンはデカい声を出して――すぐに我に返って、声を小さくした。ちょっと面白かった。

 

「……いけない、つい」

「自分で言ってたのに」

「本当よ……いや、私のことはいい。ディオ……これほどまでに……感情がない事が1番残酷だと思った事はないわ」

 

 するとメイリンは俺の手に自らの手を重ねた。

 

「記憶に焼きついてるのは……貴方が今悲しんでいて、1番悔やんでるからよ」

「だけど、感情は――」

「消えてない、ライルと同じよ。貴方もまだ心の中に生きている」

 

 そっと彼女は俺の胸に手を触れた。

 不思議とじんわり暖かいのが広がってきた気がした。

 

「私に何が出来るかわからないけど――」

 

 するとメイリンは()()()()()()笑顔で、俺に言った。

 

「貴方がちゃんと家族を悼む事が出来るように、心が息を吹き返す手伝いをするから」

「………………あ、ああ」

 

 いい人だな――俺はそう認識した。

 

「ね、まだ覚えている内容とかさ、私に教えて」

「……そんな大した内容じゃねえけど」

 

 そう言って俺はメイリンとの時間を過ごす。

 泣き腫らしても綺麗な横顔をしたメイリンを見て、俺は言おうとした事を飲み込む。

 

(なぁ……メイリン、俺があんたを選んだ理由は……本当は目があったからじゃないんだ)

 

 ――お兄ちゃん!

 

 あんたの見た目……妹にそっくりなんだよ。

 もう妹は守れないけど、生きているあんたなら守れると思ったんだ。だから戦う理由をもし作るとしたら、俺はあんた()を守るためだよ。

 

「聞いてるのか? ディオ」

「…………ああ、聞いてる」

 

 この日……俺は守れなかった記憶と、守ろうとしている今が、初めて同じ場所に並んだ気がした。

 

 

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