好きな女の子を守るために強くなった結果、何故か彼女を曇らせてしまった   作:えしゅろん

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センチネルとドレッド①

 翌日の朝、12人は再びブリーフィングルームに集められた。

 昨日と同じ部屋、同じ席の配置だ。ただ昨日と違うのは、ブルーコメットとドレッドの間に漂う空気が、張り詰めたものから距離感がわからない微妙なものに変わっていた点だった。

 

 勿論不信感やドレッドに対する気味悪さが消えた訳ではない。ただ……昨日の模擬戦で、お互いの実力は嫌というほどわかった。それが変な形で緊張感を和らげていた。

 

 やがてブレイン中将が正面に立った。

 

「昨日はご苦労だった。模擬戦の結果については……まあ、色々思うところがあるだろうが、ドレッドたちの実力が凄まじいものだとはわかった筈だ」

「まぁ……そうですね」

 

 ジャックは小さく鼻を鳴らし、ゼインは無言で眼鏡を押し上げた。他のメンバーも一応納得はしている様子。

 

 ただしドレッド側は全員無表情だった。

 そして「本題に入る」と中将は続けた。

 

「本格的な合同作戦の開始まで、3ヶ月の訓練期間を設ける」

 

 セリアが僅かに眉を動かした。

 メイリンは静かに中将を見ていた。

 

「訓練内容については追って通達する。ただし」

 

 中将は一拍置いた。

 

「この3ヶ月は、訓練だけが目的ではない」

 

 室内がわずかにざわついた。

 

「実戦において、連携は命綱だ。どれだけ個々の戦闘能力が高くても、互いを信頼できなければ烏合の衆に過ぎない。お前たちは昨日初めて顔を合わせた。ドレッドの5人がどういう存在かを、ブルーコメットはまだ肌で理解していない。逆もそうだ」

 

 ライルは中将の言葉を聞きながら、室内を一瞥した。

 ブルーコメットのメンバーがそれぞれ微妙な顔をしていた。納得しているような、していないような顔だ。ライルたちはガワは人間だが、中身は機械のそれである。センチネルのAIのように性格や感情があれば話は別だが、今の彼らは人のふりをしたロボットという表現が正しい。

 

「つまり……この3ヶ月は親睦を深める期間でもある」

 

 沈黙が続く。

 最初に口を開いたのはジャックだった。

 

「……親睦、っすか」

「そうだ」

 

 無表情なライルたちを見て、ジャックは言う。

 

「で、出来るんすかね……」

「出来るよ」

 

 すると意外にもセリアが自信満々に言った。

 彼女はまっすぐライルを見ていた。

 

「ライルは……まだいなくなってない。きっと他の4人も同じ」

 

 他の4人がどんな人間だったのかは知らない。

 でもライルみたいに、人間性の残滓があるなら呼び起こす事も出来ると信じていた。

 

「難しいと思うけど……頑張ろう」

「隊長が言うなら……仕方ないっか」

 

 リアはくすりと笑って、仲間達を一瞥する。

 

「皆で頑張ろ! この3か月でマブダチになる勢いで!」

「目標たかー」

「そんな事言わない!」

 

 フィーナの一言に皆が薄く笑う。

 和やかな空気が流れる中で、ただ1人。

 若干心配そうな人がいた。

 

(大丈夫なのかね……ふぅ)

 

 副隊長メイリンは下手な任務より困難になると予想していた。仲良くなる意思があるなら何とかなるだろうが、ライルたちの振る舞いを見ると不可能なんじゃないかと思っていた。

 

「――――」

(ぜ、全員……無反応だし……)

 

 ドレッドの5人は揃って微動だにしなかった。

 笑いもしない、困りもしない、反応すらしない姿にメイリンは内心で深いため息をついた。

 

(この3ヶ月……本当に大丈夫なのか)

 

 そう思いながら視線を泳がせた瞬間だった。

 白いメッシュの入った金髪の男と、目が合った。

 

「…………」

「…………」

 

 一秒、二秒が経った。

 

「んじゃ」

 

 ディオが人差し指をまっすぐメイリンに向けた。

 

「まず最初はあんたと仲良くしよう。目が合ったしな」

(……は?)

 

 メイリンは顔が引き攣るのを自覚した。

 目が合ったし、で仲良くする相手を決めるのか、この男は。

 中央政府トップの娘として、それなりに理不尽な場面は経験してきた自負がある。だがこの種の理不尽は初めてだった。

 

(なんか……腑に落ちないんだけど)

 

 しかしディオはもう満足そうに頷いていた。

 理由はそれだけで完結しているらしかった。

 

「よろしくな、副隊長」

「……よろしく」

 

 メイリンは辛うじてそれだけ返した。

 隣でジャックが肩を震わせていたのが腹たったメイリンは、後でジャックの肩を殴り抜いた。

 

(ま、やるだけやるしかないか……)

 

 これでも自分は若手の有望株。

 どんなミッションもこなしてみせる――メイリンは己のプライドにかけてディオとコミュニケーションを取ると決意するのだった。

 

 

 合同訓練、古い言葉で言うと()()()みたいな事をしろと中将は言った。僕からしたらセリアたちとの相互理解の場は必要だと思っていたから、ちょうどいいと思っていた。

 

 人間の感情というのは数値化出来ない領域だ。

 少しの歪みで予期せぬ反応をもたらし、本来なら難なくこなせる任務すら失敗に導いてしまうことだってある。計算通りにやれば出来る事が出来なくなるなんて、バグでしかないと思うのだが、その不完全性があったから人類は発展してきたのもまた事実。

 

 とにかく僕らは感情を推測して、彼らに寄り添う他ない。

 

「さて……全員いるな」

 

 そう言ってユリア教官は仁王立ちしながら言った。

 僕らは今訓練場にいる。

 

(初めて来たな……)

 

 シティ・アルタの軍事区画に設けられたこの施設は、複数のエリアに分かれている。今日使うのは開けた平地のエリアで、人工的に作られた緩やかな起伏があるが、基本的にはだだっ広い。センチネルが展開しても余裕で動き回れる広さだ。

 

「今日は訓練初日だ。色々やる前に……まず前提を確認する」

 

 ユリア教官はブルーコメットを一瞥してから、ドレッドに視線を移した。

 

「昨日の模擬戦で互いの実力は把握した。だが実力と連携は別物だ。センチネルがどう動くか、ドレッドがどう動くか……頭でわかっていても体で理解していなければ戦場では使えない。まず感覚的に理解し合う事から始める」

 

 ごもっとも――とは言え、ドレッド式の内容にはならないのは確実だ。

 

 ユリア教官の訓練が厳しいのは3年間で骨身に染みている。ドレッドに施した内容を思い返すと、客観的に見てもかなり非常識だった。再生能力を測るために手足を引き千切ったり、自己修復の限界を確認するために内臓をぐしゃぐしゃにしたり。痛みを信号としてしか処理できない僕らだから耐えられた内容だ。

 

 当然ながら今日のブルーコメット相手にそれはしない。

 彼女らは生身の人間で——センチネルを纏っているとはいえ中身は普通の肉体だ。内臓を潰されたら死ぬし、手足を引き千切られたら生えてこない。教官もそのくらいの分別はある、多分。

 

「数値やデータではなく、実際に動いて見て感じてもらう。そのために——」

 

 ユリア教官の目が僕とセリアに向く。

 あ、はい、僕らの出番ですね。

 

「セリア、ライル。前に出ろ」

「はっ」

「了解」

 

 セリアが僅かに動いた気配がした。僕も一歩前に出る。教官は2人を交互に見てから、短く言い放った。

 

「まずはレースしろ」

 

 

「んじゃ、頑張るよメイリン」

「ん! ファイト! セリア!」

 

 (メイリン)はぐっとアピールするセリアに、軽く応援しつつ、まさかレースするなんてと思わず呟いた。

 

「外周を3周、攻撃は禁止だ。それだけだ」

 

 ユリア教官はあっさりと言い放った。

 シンプルすぎて逆に意図が読みにくい。

 

 (この人……一体どれだけ強いんだろう)

 

 私はユリア教官を軽く一瞥する。

 灰色の髪、古傷、燃えるような赤い瞳と中々威圧感ある見た目をしている。セクションゼロの人間というだけで只者ではないのはわかるが、実戦でどう動くのかは見たことがない。

 まぁ間違いなく私たちより上だと思う。格が違うという言葉を安易に使いたくないけど、私たちが人類最強だと驕り高ぶってはいない。

 

 視線を前に戻すと、セリアとライルが並んでスタートラインに向かうところだった。

 

「――!」

 

 セリアが親指を立ててセンチネルを展開する。

 本当に頑張って欲しい、貴女なら勝てるから。

 

「ライル、やりすぎるなよ」

「それぐらいはわかる」

 

 一方でライルはユリア教官から端的に命令されるだけ。

 仲間達は皆、無表情で見ている。

 

「不気味ね……」

 

 私自身ライルに対して何を思うかは……正直、まだうまく整理できていない。生きていてよかったという気持ちは本物だ。セリアがあの3年間どれだけ苦しんでいたか、誰より近くで見てきたから。でも今のライルにはちょっと嫌悪感を抱いている。セリアを取り戻したいという気持ちと、あの無表情が今のセリアをまた傷つけるんじゃないかという不安が、ぐちゃぐちゃに混ざっている。

 

 とはいえ今はそんなことを考えても仕方ない。

 任務と個人的な感情は切り分けなければ。

 

(ドレッドの性能……実際のところどれほどのものなのかしら)

 

 昨日の模擬戦では戦闘能力は嫌というほど見せられた。だが純粋な機動性となると話は別だ。センチネルはアクシオンを推進力に変換して飛行する。ルナ・クラリタスの速度は現行機の中でもトップクラスだ。対してドレッドは生体エネルギーとナノボットで動くらしい。

 

 外周3周——センチネルが普通に飛べば数十秒あれば行ける。

 全力なら超音速で飛べるが、ここでは禁じられているためそれは出来ない。

 

(さて通常飛行なら……どうなるかな)

 

 色々と気になって訓練場の外周を眺めていると——

 

「……」

「うわぁお!?」

 

 視線を感じた私は飛び退いた。

 ディオが私のことをマジマジと見ていたからだ。

 

「……何」

 

 バクバクする心臓を抑えながら、こちらを見る意図について問いかけるとディオは無表情のまま口を開いた。

 

「観察しているだけだぞ、敵対的なものじゃねえ」

「いや見られる事自体が嫌なんだけど」

「お前も観察してたじゃん」

 

 それはそうだけど、お前みたいに不気味な感じじゃないわ。

 なんて文句を言いたいけど、絶対理解はしない。

 私は久々に「うぎぎ……」と声を漏らす事しか出来なかった。

 

「人のことをマジマジ見るのはよく思われないから。常識として覚えておきなさい」

「……参考にしとくわ」

 

 ディオは少し間を置いてから言った。

 

「ただ……観察しないと理解できないんだよ。メイリンの事が」

「別に理解しなくていいわよ」

「そういう訳にはいかないって」

「……はぁ」

 

 反論する気がない訳じゃない、ただこれ以上言っても平行線だという予感がして、私は小さく息を吐いた。本当に……扱いに困るなもう。

 

「両者、位置につけ」

 

 その時、教官の声が響いた。

 両者は並んで構えると――

 

「スタート」

 

 ユリア教官の声と同時に、セリアのセンチネルが地を蹴った。

 

「行くよ、ルナ」

 

 ルナ・クラリタスの背部から光翼が展開して、アクシオンの推進粒子が尾を引く。加速に要した時間は0.3秒あるかないかだ。センチネルの飛行はアクシオンコアが生成するエネルギーを推進力に変換する仕組みで、パイロットの神経系と同期したAIがリアルタイムで出力と方向を制御する。理論上のトップスピードは音速に届くが、今は訓練用の制限がかかっているため通常飛行域での勝負になる。それでも十分すぎるほど速い。

 

(……普通ならこれで終わりよね)

 

 私はそう思いながらライルに目を向けると、息を呑んだ。

 

「さて……勝つか」

 

 ライルの下半身が変わっていた。

 膝から下の皮膚が割れて、黒と灰色を基調とした装甲が露出している。関節部分が肥大化して人間の膝の構造とは明らかに異なる逆関節に近い形状に変形し、足先は地面を掴むような形に広がっていた。

 

(怪物……)

 

 口には出さないが、そう思わざるを得ない。

 ライルはぐっと姿勢を低くすると――いきなり駆け出した。

 

「はやっ」

 

 ジャックが呟くもの無理はない。

 だってライルの加速はセリアを超えていたからだ。

 

(地上走行で、あの速度……)

 

 私は即座に分析を始めた。

 センチネルの飛行は三次元機動が可能な代わりに、アクシオンの消費とAI同期の集中力を要求するため、長時間の全力飛行は搭乗者の精神的疲労を蓄積させる。

 対してライルの走行は地上に限定される代わりに、エネルギー消費による疲労という概念が存在しない。生体ナノボットが推進力を直接筋骨格系に供給しているため、疲労の概念そのものが違う。加えてあの逆関節に近い脚部構造は、接地の度に爆発的な反発力を生む。動物ならチーターやダチョウに近い。

 

(空気抵抗を考えると飛行の方が有利なはずなのに……)

 

 1周目が終わった時点で、セリアとライルの差はほぼなかった。ルナ・クラリタスが外周のカーブを旋回する際に僅かに速度が落ちる。飛行機動は直線で真価を発揮するが、急角度の曲線では慣性の制御にコンマ数秒のロスが生じる。対してライルは脚部の爪が地面を噛むように蹴り込んでカーブを曲がる。遠心力を殺す形で体幹ごと傾けて、ほぼ速度を落とさずに曲線をクリアしていた。

 

 (重心制御まで最適化されてる……本当に生体兵器ね)

 

 2周目に入った。

 セリアも気づいたのだろう——ルナ・クラリタスの出力が上がった。光翼の輝きが増して、推進粒子の密度が濃くなる。同期率を引き上げて速度域を上げにいっている。

 

 それでもライルは離れなかった。

 

 2周目の終盤、二者の差は数メートル以内に収まる。

 それから3周目——最終周回に入った瞬間、セリアが直線で一気に踏み込んだ。ルナ・クラリタスが加速する。光の尾が長く伸びて、コンマ数秒だけ前に出た。

 

(このままいける……!)

 

 私が息を詰めたその瞬間——ライルの脚部装甲が更に変形した。膝上まで装甲が広がり、一回りシルエットが大きくなった。

 

「変形ずるっ」

 

 思わず口から出てしまったが、備わった機能を使ってるだけに過ぎない事はわかっている。それでもそう言わざるを得ない。

 

「先にゴールしたのは……ライルだな」

 

 ユリア教官は淡々と結果を口にする。

 ゴールラインを先に切ったのはライルだった。

 差にして、ほんの僅かだった。

 

「以上だ。見てわかったと思うがセンチネルは空を制する。ドレッドは地を制する。どちらが優れているかというよりどう組み合わせるかの話だ。実際のところは性能にそこまで優劣がある訳じゃない」

 

 だが――とユリア教官は強調するように言った。

 

「戦闘においてドレッドは肉体を自在に変える事で多彩な戦い方が出来る。その利点にどうやって迫れるかはお前たち次第だ」

 

 そう言ってユリア教官はチーム分けして訓練すると言い出した。センチネルとドレッド混合でやるらしいが、もう既に嫌な予感しかない。

 

「チームを発表する」

 

 ユリア教官が端末を操作すると、ホログラムに組み合わせが表示された。

 

 セリアとライル、ディオと私、イリンにゼインとフィーナ、シェイとカイ、ノラとリア。

 

(フラグだったわ……)

 

 私はホログラムを見た瞬間、小さく目を閉じた。

 覚悟はしていた。ディオが「目が合ったから仲良くする」と言い出した時点で、こういう流れになると薄々感じていた。感じていたが、いざ確定すると運命の悪戯としか思えない。

 

「今からやる訓練内容はこうだ」

 

 ユリア教官が続けた。

 

「想定は市街地での索敵および制圧任務だ。各チームは担当区画を割り当てる。索敵フェーズでは無線を使わず、手信号と目視のみで連携しろ。制圧フェーズでは模擬標的を設定した順番通りに処理する。順番を間違えたらやり直しだ。時間制限は30分、全標的の処理が目標だ」

 

 無線なし、手信号のみ。

 これは意思疎通の訓練だ。どれだけ強くても、言葉が通じなければ連携にならない。ドレッドとブルーコメットの間にある根本的な問題を、一番シンプルな形で炙り出す内容だった。

 

「はぁ……」

「……」

 

 チームごとに担当区画へ散り始める中で、私はディオの隣に立った。

 

「……よろしく」

「おう」

 

 訓練区画は廃屋を模した構造物が並ぶエリアだった。入り組んだ路地、崩れかけた壁、視界が遮られる角が多い。索敵には向いていないが、それが狙いだろう。

 

「私の指示には従ってよね」

「俺なら大丈夫だよ」

「さいですか……」

 

 私たちはまず入り口で立ち止まって、区画の構造を確認した。模擬標的は電子タグ付きのマーカーで、センサーに引っかかったものを処理済みとみなす仕組みだ。

 

「先に地図を把握する、私が指示を出すから手信号で返して」

「了解」

 

 簡単に言えば訓練内容は思ったより良かった。

 スタートした瞬間から、ディオの動きは悪くなかった。指示を出せば即座に動くから判断が速い。ただ……こちらが想定する一歩先を勝手に動くから、微妙にズレが生じたりはする。

 

 その差は皆も感じていたが、基本的にはやりやすかった。

 そして訓練も佳境に入る頃――ふとディオが質問をしてきた。

 

「メイリン」

「まだ訓練中よ、手信号で」

「確認したい事があんだ」

 

 私は小さく息を吐いた。

 

「……何?」

「何故センチネルに乗ろうと決めたんだ?」

 

 思ってもみない質問に私は思わずディオの顔を見た。

 

「……どうして教えないといけないのよ」

「知りたいんだよ」

 

 ディオは静かに続けた。

 

「人の強さの秘密を。感情がもたらす強さをな」

「……強さの、秘密?」

 

 私は訝しんで聞き返すとディオは少し口を噤みながら言った。その姿に若干()()を感じた。

 

「ユリア教官から教わったんだよ。感情というのは人に、計算で測れない強さをもたらすってな」

 

 教官が……そんな事を。

 

「そうすれば俺はきっと変われる気がすると思った。感情がない俺でも、人の強さの理由を理解すれば……何か変わるんじゃないかって」

 

 淡々としてはいるけど、変わりたいという思いは嘘には聞こえなかった。

 

(まいったなぁ……もう)

 

 こんなタイミングで人間性は出すなんて。

 さっきまでの私が悪人にしか見えないじゃないか。

 

「……はぁ、もう。仕方ないわね」

 

 こういう言い方をされたら断れない。

 損な性格だと自分でも思うが、不思議と嫌な気はしなかった。

 

「訓練終わったらちゃんと話すから、今は集中するわよ」

「わかった」

「その代わり勝手に動かない、私の指示に従う」

「善処するわ」

 

 善処って何だ善処って——と言いかけて私は口を閉じる。たぶんこれ以上言っても同じだからだ。

 

「行くわよ」

 

 私は角を曲がりながら、次の標的に向かった。

 ディオがぴたりと後ろについてくる気配がした。

 さっきより、少しだけ間合いが揃っていた。

 

 

 訓練が終わった時、私は思ったより疲れていなかった。

 

 ディオと組んだ結果は……まあ、合格点といったところだ。勝手に動くのは相変わらずだったが、私の指示の意図を途中から汲めるようになっていた。学習が速い。素直に認めたくはないが、やりやすい相手ではあった。

 

「お疲れ様」

「ああ」

 

 他のチームも続々と訓練区画から戻ってくる。

 セリアとライルは……セリアがライルに何か話しかけていた。ライルの反応は薄いが、それでもセリアは諦めない。あの子は本当に強い。あの子の強さは私には到底真似できない類のものだ。

 

(がんばれセリア)

 

 私はそこから視線を外すとディオが佇んでいた。

 約束覚えてるんだろうな、この男は。

 

「……わかってるわよ、話すって言ったもの」

 

 私は近くにあった低い段差に腰を下ろすとディオは隣に立った。

 

「私がセンチネル部隊に入ったきっかけはね……」

 

 少し間を置いた。

 言葉にするのが久しぶりすぎて、どこから話せばいいか迷った。

 

「親の力だけで成り上がってるような、ボンクラになりたくなかったからよ」

「へぇ」

 

 言ってしまってから、我ながら身も蓋もない言い方だと思った。

 

「セリアみたいに……家族の仇を討ちたいとか、誰かを守りたいとか、そういう崇高な理由じゃないの。結構自分勝手なのよ……私」

 

 ディオは何も言わなかった。

 続きを待っているんだろう。

 

「私の親は中央政府の高官でね。私が生まれた時点で、将来の選択肢は用意されてた。どの学校に行くか、どの部署に配属されるか、誰と繋がりを作るか。全部ある程度決まってた」

 

 当時はそれが当たり前だと思っていた。

 不満もなかった。ただ……どこか息苦しかった。

 

「別に親が嫌いな訳じゃないのよ。ちゃんと愛されてたと思うし、不自由もなかった。ただ……私は私の意思で何かを選んだ事がなかった」

 

 私は足元を見た。

 暗い感情を見られたくなかった。

 

「学校に友達がいたの。普通の子よ、親が工場勤めで、シティの中層区画に住んでて。明るくて、よく笑う子だった。私が政府の娘だとか関係なく、普通に接してくれてたから好きだった」

 

 今でも顔を思い出せる。

 くるくるした茶色の髪をした、よく笑う女の子だった。

 

「ある日、その子の住んでる区画にヘラルドが侵入した。グレード2のスワームだったけど、一般市民には十分すぎる脅威よ。センチネル部隊が駆けつけるまでの間に、その子の家族が巻き込まれた」

 

 友人は無事だったがしばらく学校に来なかった。

 来るようにはなったが笑顔は戻らなかった。

 

「私は何もできなかった。お見舞いに行って、言葉をかけて……でもそれだけよ。で、家に帰ったら親が仕事の話をしてた。予算配分がどうとか、防衛ラインの再編がどうとか。難しい話をしてるのに……何か全部他人事みたいに見えてね。思い切って友達のことを話したら、深くは考えるな、この世界ではありふれている事だから割り切れって言われた」

 

 あの時の怒りは今でも覚えている。

 

「ただ偉そうに指示だけ出して、現場を知らない奴らと同じになりたくなかった。だけど最悪なのはコネで守られて、リスクも負わないくせに高いところから物を言うような大人よ。私は少なくともあんな大人には絶対なりたくなかった」

 

 私は少し笑った。

 今思えば私もだいぶ痛い奴だ。

 子供だった時に抱いた怒りが、結果として今の私を作り上げているのだから。

 

「だから反骨精神よ、突き詰めれば。中央政府の一部のボンクラに対する、ちっぽけな反骨精神。それが私がここにいる理由。センチネルの適性値が高かったのは運が良かっただけで、動機はその程度のものよ」

 

 言い終えてから少し恥ずかしくなった。

 我ながら何と小さな理由だろうか。

 

「小さくないだろ」

「へ?」

 

 するとディオが口を開いた。

 

「声に出てたぞ?」

「ま、マジで……? くっ」

 

 つい口に出るとか、なんて無様な!

 私にスパイは無理だな、うん。

 

「立派な理由じゃねえか」

 

 だが私の予想に反してディオは何故か前のめり気味だ。

 

「……どこがよ」

「自分の意思で選んだ理由だろ? 約束された未来を蹴って、リスクのある方を選んだ。それを小さいとは言わねえ」

 

 ディオは相変わらず無表情だったけど、私はその言葉に少しドキリとした。何というか……認めてもらった気がして、嬉しかったのだ。

 

「それに小さい理由だったらセンチネル部隊には入れていない、そうだろ」

「……それは計算?」

「? 俺の考えだが?」

 

 そんな意味じゃねえよ……。

 計算だとしたらタチが悪い。

 私は手でパタパタと仰ぎながら言った。

 

「ま……そう言ってくれてありがとう、ちょっとだけタメになった」

「体温が上がってるけど大丈夫か? 発熱か?」

「うっさい!」

 

 私は立ち上がって、ディオから距離を取った。

 顔が熱いのは自分でもわかる。わかるから余計に腹が立つ。

 

「バイオセンサーで検知できるんだよ。頬の表面温度が平常時より2.3度上昇している」

「センサーをこっちに向けるな! プライバシーってものがあるでしょ!!」

「有用なデータだぞ」

「有用じゃない!!」

 

 今日一日、私は彼らと接してわかったことがある。

 こいつらはつくづく人間の感情を掻き乱すのが上手い。

 だけど……頼もしい戦力になってくれる可能性はあると。




※内容修正しました、すみません!
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