好きな女の子を守るために強くなった結果、何故か彼女を曇らせてしまった   作:えしゅろん

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センチネルとドレッド②

 最近妙な仲間が増えた。

 簡単に言えば生体兵器になってしまった人間だ。

 

《――訓練用ドローンの撃破時間を計るぞ》

《了解した、ゼイン》

 

 アルゴス・マキナのコックピットの中で、(ゼイン)は端末を展開した。今日の訓練内容はシンプルだ。1000体の小型訓練用ドローンをイリンが前衛で殲滅する。俺とフィーナはその後方で情報分析と戦術支援を担当する。

 

 訓練期間が始まって2週間――俺たちはドレッドのメンバーを1人ないし、2人を加えて変則的な訓練をしていた。

 それをやる意図としてはどの人物と組み合わせたパターンが有効か、データを取る目的があった。

 

《準備できてるよ、ゼイン》

 

 フィーナの声が通信に入った。

 ネクサス・ラピダの各部アンテナが展開されているのがモニターに映っている。既に戦場全体の電子情報を拾い始めていた。

 

《イリン、準備は》

《いつでも》

 

 短い返答だった。

 俺はイリンをモニターで確認した。

 

 広大な訓練フィールドの中央に、イリンは立っていた。

 武装もなければセンチネルもない。黒い戦闘服だけがある。

 そんな彼女の周囲に1000体のドローンが四方八方を取り囲んでいる。赤い光点がフィールド全体に広がっていた。俺の分析端末には既に敵の配置パターンが表示されている。密度、速度、射線——全部把握している。

 

 数字で見れば圧倒的かつ絶望的な状況だが、彼女を前では1000体程度は何の脅威にもならない。

 

《開始》

 

 俺がカウントを告げた瞬間、イリンが動いた。

 

(速すぎるな……ったく、自信無くす)

 

 モニターの追尾が一瞬遅れるほどの速度で、イリンが最初の一群に飛び込んだ。右手の甲から高周波ブレードが生成される。刃渡り60センチほどの、薄い赤色に発光する刃だ。

 

 振るう、というより——流れるように動いた。

 

 一閃。

 三体が両断された。

 踏み込みながら返す刃で二体。体を捻って背後の一体。着地と同時に膝を落として低空の二体を薙ぐ。

 

 8体、2秒。

 

《ゼイン、右の第三群が詰めてくる》

《見えてる、イリンに送る》

 

 俺は戦術データをイリンの神経系に直接流し込んだ。ドレッドとの連携で発見した事だが、イリンはデータを言語より直感的に処理できる。座標と脅威度を数値で送ると、言葉より速く体が動く。

 

 イリンが右に跳んだ。

 ちょうど第三群が詰めてくる軌道を先読みした動きだ。

 着地点で既にブレードを構えていた。

 

 群れの先頭に刃を通しながら、体重を乗せて薙ぎ払う。

 7体が一度に沈んだ。

 

《反応速度が速すぎてドローン側の射撃タイミングがずれてる》

 

 フィーナが淡々と言った。

 

《ドローンの射撃AIが追いつけてない。データ取るなら難易度上げた方がいいかも》

《今は1000体での基礎パターンを記録する。難易度変更は次のフェーズだ》

《了解》

 

 俺は端末を操作しながら、イリンの動きを分析し続けた。

 近接格闘の基礎はかなりしっかりしている。人間だった頃に叩き込まれた動きが骨格に染み付いているのだろう。しかもそこにドレッドの肉体が乗っている。通常の人間なら筋肉が悲鳴を上げるような角度と速度で、イリンは動き続けていた。

 

 100体突破。経過時間、38秒。

 

《……異常だな》

 

 俺は独り言のように言った。

 

《ライルと並ぶって話だったけど……本当だった》

《むしろ単体の近接戦闘だとイリンの方が上かもしれない》

 

 フィーナが補足した。

 

《ライルは砲撃と制圧が主軸だけど、イリンは純粋な剣術特化だから。狭い空間だとイリンの方が有利だと思う》

 

 なるほど、と俺は思った。

 データを見ればフィーナの言う通りだった。イリンの動きに無駄がない。最小限の力で最大限の効率を出している。感情がないから迷いがない、恐怖がないから躊躇がない——ユリア教官が言っていた言葉の意味が、数字として目の前に現れていた。

 

 200体突破。経過時間、1分12秒。

 

 ドローンの群れがイリンを完全に取り囲んでいた。

 四方から射撃が集中する。

 

 イリンは避けなかった。

 

 当然被弾した。

 肩、脇腹、腿と複数箇所だ。

 それでも動きが止まらなかった。傷口が塞がりながら、ブレードを振り続けていた。

 

 《……やっぱり気分悪いな、これ》

 

 フィーナが静かに言った。

 珍しかった。あいつが感情的な言葉を口にするのは。

 

《慣れろとは言えないが、データを取る事に集中しろ》

《わかってる。ただ思ったことを言っただけ》

 

 口ではこう言ってるが俺も同じだった。

 撃たれながら斬る。斬りながら再生してまた戦場に舞い戻る。

 

(……どう向き合えってんだ)

 

 やがて彼女が全てのドローンを倒すに至るまで、5分とかからなかった。結果としては非常に素晴らしいものだし、戦力的にありがたいのはわかる。

 

 それでも俺とフィーナは未だにドレッドたちと距離を保っていた。

 

 

「まだ距離感計りかねてる?」

「ああ、そうだセリア。あとこいつもな」

「ボクはもう基本的に深入りはしない主義だし。仲間はブルコメ以外はいらないよ」

「ブルコメって、ふふ……フィーナは相変わらず面白い言葉遣いするね」

「えっっへん」

 

 何故か無表情で胸を張るフィーナを、俺は無視して話を続けた。

 

「ドレッドの連中は信頼出来ん。いつ寝返ってもおかしくないリスクを孕んでる」

「同意しかなーい」

 

 普段からフィーナと話す際、あんまり意見が一致することはない。こいつ自身がマイペース過ぎるという単純な理由だが、今回ばかりは一致していた。

 

「ドレッドの戦闘能力はセンチネルを超える可能性がある」

 

 模擬戦もそうだが、ドレッドはあの強さを持っていてまだ発展途上。高グレードのヘラルドと相手しているような感覚すらある。それこそ大戦争……センチネル部隊の中でも最強と名高い戦士たちと渡り合った、戦術兵器クラスの武装を使いこなすヘラルドたちに匹敵したら、人類は敗北する。

 

「ボクはもう単純に赤の他人がいきなり家族の中に入ってきたからって理由が強いけど……」

「あはは……フィーナらしいね」

「ゼインの懸念事項には同意かな、ヘラルドの力なんて扱い切れないっしょ」

「ただでさえ人類は劣勢に置かれているのに、こんな博打みたいな作戦には乗れないからな」

 

 俺は率直に言った。

 ドレッドの戦闘能力が高い事は認める。だがそれはあくまでも現状の話だ。ヘラルドの力を体内に宿した存在が、いつまでも安定していられるという保証はどこにもない。ユリア教官自身が「未解明な部分が多い」と言っていた。それを主力として運用する事のリスクを、俺は無視できなかった。

 

「……」

 

 セリアはしばらく黙って困ったような顔をしていた。

 

「言いたいことはわかるけど……」

 

 するとセリアはゆっくりと言った。

 

「本当はもっと違う理由で避けてるんでしょ?」

 

 俺もフィーナも黙るしかなかった。

 2人して気まずい顔になっているのが、自分でもわかった。

 

「私だって仲間なんだよ? わかるよ、それぐらいは」

 

 セリアの目が「わかってるよ」と言っていた。

 流石に俺は誤魔化せなくなって、白状することにした。

 

「私の前だから……ちょっと言いづらいんだよね?」

「……まいったな」

「セリアはエスパー?」

「違うよ」

 

 フィーナの戯言をよそに、俺は眼鏡を押し上げてから端末を閉じた。言い訳の材料を探す手を止めただけだ。

 

「ああ……そうだ。本当は不気味なんだよ、ドレッドが」

 

 口に出してしまったら後は早かった。

 

「戦略的なリスクはその通りだ、嘘じゃない。だが……それ以上に、あいつらの戦い方が気持ち悪い。撃たれても怯まない、斬られても止まらない、再生しながら向かってくる。頼もしいと思う前に、嫌悪感が勝った」

 

 フィーナは目を伏せると何か言い淀みながらも、ポツリとこぼすように言った。

 

「……化け物って、思っちゃうなぁ」

 

 普段の軽い口調じゃないからこそ、俺は言葉の重さを、少し後になって感じた。

 

(セリアの前で言う言葉じゃなかった)

 

 ライルはセリアにとって幼馴染で、3年間探し続けた人間である。その相手を化け物と言ったに等しい。俺はすぐに謝ろうとする。

 

「……セリア、その」

「大丈夫、言いたい事はわかるからさ」

 

 分析が得意と言いながら、一番近くにいる人間の気持ちの読み方を間違えた俺は何てバカな奴なんだ。セリアは俺たちが本音を言えない事をわかっていて、だから聞いてきたんだ。責めるためじゃなく、吐き出させるために。

 

「セリア……俺――」

「でもね、2人とも……私思うんだ。ドレッドになったライル……だけじゃない。皆人間がまだ残っているって」

 

 セリアは優しい笑みを浮かべて言った。

 

「忌避感を感じるかもしれないけど……今後のチームの事を考えたら、ドレッドが敵にならないようにする為にも……人間としての部分を取り戻していく方がいいと思う」

 

 俺は黙って聞いた。

 論理としては正しい。感情的な部分を切り捨てて考えれば、セリアの言っている事は至極合理的だ。ドレッドが人間性を失えば制御不能になる可能性がある。その前に繋ぎ止める何かを作っておく——それは戦略として間違っていない。

 

「それにライル以外の子達も……話してみたら馴染みやすいかもしれないよ」

 

 セリアはそう言ってから少し笑った。

 

「ほら、ディオとメイリンみたいに……意外と仲良くなれるかもよ?」

 

 その一言で俺の思考が少し止まった。

 

 (……本当に驚いたんだよな、あれは)

 

 訓練が始まって1ヶ月あまり。

 この期間で俺が一番予想外だと感じた事は、戦闘でも連携でもなかった。メイリンとディオが一緒にいる時間が増えた事だ。

 

 副隊長として、メイリンは誰に対しても一定の距離感を保つ人間だった。人柄ももちろん素晴らしいが、任務に私情を持ち込まないプロフェッショナルぷりは流石だ。俺はそれがメイリンという人間だと思っていた。

 

 それがディオと話している時だけ、何か違う顔をしていた。呆れているような、でもどこか楽しそうな、奇妙な表情だ。3年間一緒にいるが、あまり見たことない表情をしていた。

 

 ディオの側はといえば相変わらず無表情だが、メイリンの近くにいる時は気持ち明るそうだ。

 

 まぁ錯覚かもしれないが。

 

 意図があるのかないのか判断できないところがまた不気味ではあるが……少なくともメイリンを害しようとしている様子はなかった。

 

(あの2人が、な……)

 

 俺の分析が外れた数少ない例だった。

 

「だから……思い切ってイリンに話しかけてみたら?」

 

 セリアから静かに促された俺はフィーナの方を見る。

 彼女も思うことがあったのか、何となく顔を逸らす。

 

「……ボクは別にいいけど、どうせゼインが決めるんでしょ」

「そういう言い方をするな」

「事実じゃん」

 

 やれやれ……話しかけ方も俺が決めなきゃならんのか。

 とは言え、フィーナの得意分野ではない事は知っているし、任せたらヘマしそうだ。

 

「仲良くなったら色々話を聞かせてね」

「……期待はするな」

 

 ここまで言われたらやるしかない。

 俺とフィーナは、イリンに踏み込むことにした。

 

 

「いたな」

「うん」

 

 訓練後の自由時間、ドレッドのメンバーはそれぞれ自室に戻る事が多い。イリンもそのはずだったが、廊下に出ると部屋の前の広めのスペースで柔軟をしていた。

 

「ん……」

 

 壁に片足をついて、上体を深く折り曲げている。

 関節の角度が人間のそれじゃない事以外は普通だ。

 

(……まあ、そういう身体だからな)

 

 フィーナが俺の背中に隠れるように立った。

 気配を消そうとしているのか、息まで潜めている。

 

「隠れても意味がないぞ」

「ゼインの後ろにいるだけだよ」

「同じ事だ」

 

 小声で言い合っている間に、イリンがこちらに気づいたのか柔軟を続けたまま、こちらに視線だけを向けていた。

 

「2人とも? 何の用で来たんだ?」

「少し話せるか」

「構わない」

 

 イリンは柔軟を続けながら答えた。

 止める気はないらしい。まあ……邪魔したいわけでもないから構わないが、話しかける側としては少しやりにくい。

 

「お前は何か……趣味とかあるのか」

「いきなりじゃん」

 

 我ながら唐突な質問だと思った。フィーナも張り付きながら突っ込んできた。聞かれたイリンも同じ事を思ったのだろう。上体を起こして、今度はこちらをまっすぐ見た。

 

「質問の意図は」

(何で俺が不審な目で見られなきゃいけないんだ)

 

 心の中で軽く毒づきながら、俺は努めて平静を保った。

 

「我々はチームだ。チームとして機能するには相互理解が必要だと、訓練初日に中将から言われている。お前の事を知っておく方が、連携の精度が上がる。それだけだ」

 

 理屈っぽいとは自分でも思う。

 だが俺にはこれ以外の切り口が思い浮かばなかった。

 フィーナが背中越しに「ゼインらしいアプローチ……」と小声で言ったのが聞こえたが、無視した。

 

「……わかった、そうだな」

 

 やがてイリンは短く言った。

 納得したのか、諦めたのか、これも判断できなかった。

 

「趣味……という言葉が正しいかどうかはわからないが」

 

 イリンは立ち上がって、軽く手を払った。

 

「キッチンを貸してくれるか」

「……キッチン?」

「そうだ」

 

 俺とフィーナは揃って首を傾げると、イリンはサラッと言った。

 

「料理を作るのが……私の趣味というか。昔の私がよくやっていた事だ」

 

 俺もフィーナもお互い顔を見合わせて、同じように驚いた顔をする。

 

「……使えばいいだろう、共用キッチンなら誰でも使える」

「ならそこでいい、ついてくるか?」

「……俺から声をかけたからな」

 

 するとイリンは柔軟をすぐにやめて、スタスタと歩いて行く。俺とフィーナはヒソヒソ話しながら着いて行った。

 

「結構家庭的?」

「知らん……」

「意外なんてもんじゃないんだけど」

「それには俺も同意する」

 

 そのまま俺たちは久々に共用キッチンにいた。

 複数の部隊が使用する前提で設計されているから、調理台が4つ並んでいる。この時間帯に使っている者はいないらしく、俺たちの他に人の気配はなかった。

 

「待ってくれ」

 

 イリンは迷わず奥の更衣スペースに向かうとドアが閉まって、数十秒後に出てきた。

 

「待たせたな」

「「……」」

 

 黒い戦闘服の上から白いエプロンをつけたイリンが、何事もなかったように調理台に向かっていた。さっきまで訓練フィールドで1000体のドローンを5分以内に片付けていた人間と、目の前の人間が同一人物だという認識が、どうしても追いつかなかった。

 

(ついさっき生体兵器だと思っていたのに、何か色々と認識がおかしくなりそうだな)

「何を作るんだ」

「私は割とカロリー高めなのを好んでいたらしい」

 

 イリンは冷蔵庫を開けながら淡々と言った。

 

「だからそれを作る。お前たちの分も作ろう」

「俺たちの分まで?」

「せっかくついてきたんだろう」

 

 それだけ言って、イリンは食材を取り出し始めた。

 鶏肉、じゃがいも、玉ねぎ、バター、生クリーム、牛乳、小麦粉……と迷いなく選んでいく辺り、何を作るか既に決まっているのだろう。

 

「まさかこうなるとは」

 

 俺は調理台から少し離れた椅子に腰を下ろした。

 

「さて……」

 

 それからイリンは手慣れた様子で調理を始めた。

 鶏肉を一定の厚さに切り分けながら、並行して玉ねぎを刻む。包丁の音が規則的に響く。じゃがいもの皮を剥く動作も無駄がない。人間だった頃に積み重ねた習慣が、今の肉体に乗っているのがわかった。フライパンにバターを落として、香りが立ち始めると、フィーナが僅かに前のめりになって近くに寄っていた。

 

「……」

「フィーナ? って――」

 

 よく見ると、フィーナの唇の端に光るものがあった。

 めちゃくちゃ食い気味に見ている辺り、腹が頗る減っていたのだろう。

 

(実際美味そうだな……)

 

 俺も正直少し惹かれたが、とりあえず眼鏡をあげて冷静さを取り戻す。

 

「イリン、一つ聞いていいか」

「何だ」

「何でまた料理をよくやるんだ」

「と言うと?」

 

 イリンの問いに俺は答えた。

 

「ドレッドは人間のようにエネルギー摂取が必要なのか。ユリア教官からの説明では、生体エネルギーとナノボットで動くと聞いていたが」

 

 イリンはフライパンを傾けながら、少し間を置いた。

 

「厳密に言うと……必要ではない」

「ほう」

「食事をしなくても活動に支障はない。摂取しても問題はないが、必須ではない」

「ならば何故」

 

 イリンは鶏肉をフライパンに並べた。

 じゅっという音が響いて、バターの香りが広がった。

 

「この行いは……過去の私を知りたいからだ」

 

 俺は少し黙った。

 フィーナも、前のめりになっていた体勢のまま動かなかった。

 

「今の私には記憶がない。断片的にあるものはあるが、どれが本物でどれが欠落しているのかわからない。ドレッドになる前の私がどんな人間だったのか、何を考えていたのか……それを私は知らない」

 

 名残りとして残っているのは、ライルに対する感情だろうか。俺は何度か彼女がライルに引っ付こうとしているのを見ていた。あれは……前の自分の残滓を再確認するための行為なのだろうか。

 

「だが……料理をしていると、手が覚えている事がある。こう切る、こう火を入れる、この順番で仕込む。誰かに教わった記憶はないのに、身体が知っている」

 

 感情がないはずなのに、その言葉には何か重いものがあったように俺は感じた。

 

「それを手繰り寄せていくと……少しずつ、昔の私が見えてくる気がする」

 

 俺とフィーナは黙って聞き入っていた。

 同時に自分の中にあった彼らのイメージ像が若干覆っていった。

 

(セリアが言っていた……人間の名残りとはこの事だったか)

 

 彼らは機械なんかじゃない。

 ただの犠牲者だ。

 ヘラルドによって翻弄され、兵器であることを運命づけられてしまっただけだ。

 

「さて……出来たぞ」

 

 クリームシチューが完成したのは、それから20分ほど後だった。白い湯気が立ち上る鍋の中で、鶏肉とじゃがいもがゆっくりと沈んでいる。生クリームと牛乳が溶け合った滑らかなスープが、柔らかな橙色の光を反射している。

 

「どうぞ」

 

 イリンは器を3つ並べて、鍋から丁寧によそった。

 音もなく、無駄な動作もなく。訓練中と同じ集中力で、ただシチューをよそっていた。

 

「ありがとう」

「さんきゅ」

 

 2人して恐る恐るスプーンを手に取った。

 

 (味の保証はどこにもない)

 

 食事をしなくても問題ないと言っていた彼女が作るものが、果たして美味いのかという疑問が過ぎるも、俺は口に運んだ。

 

「…………」

「……」

 

 うん、めちゃくちゃ美味い――フィーナも固まっていたが、段々と目を輝かせていた。

 

「美味い……」

 

 鶏肉がほろほろと崩れて、スープが優しく絡む。じゃがいもの甘みとバターのコクが混ざって、非常に美味い。

 

「そうか」

 

 イリンは短く返す。

 表情は変わらなかったが、何となく悪くないと思っているように見えた。

 

「はぐはぐ」

「……」

 

 横を見るとフィーナが黙々と食べていた。

 スプーンを動かす速度が、さっきより明らかに速い。

 こいつ腹減ったのかよ。

 

「……おかわり、もらえる?」

「構わない」

「所でゼイン」

 

 ま、まぁ……満足してるなら何よりだ。

 俺はいつぶりかわからない穏やかな時間を過ごしてると、イリンがいきなり質問してきた。

 

「お前たちがセンチネルに志願した理由は何だ」

「……いきなりだな」

「戦う原動力が知りたい」

 

 原動力か……と言っても俺は皆とさほど変わらない。

 

「家族のためだ。戦争を終わらせる力が……もしかしたら自分にあるかもしれないと思って志願した。試験を受けたらたまたま適性があった。それだけだ」

「家族……」

「ああ、両親が2人。世界を救いたい思いはあるが、やはり身内を救いたい一心が強いな」

 

 正直原動力なんて壮大じゃなくて十分だと思っている。

 この戦争が終われば、普通の時間が戻ってくる。それを守るために俺は戦っている。崇高な使命感というより……ただそれだけだ。

 

「フィーナは」

 

 イリンが今度はフィーナに向いた。

 フィーナはちょうど2杯目のシチューを半分まで食べたところだった。スプーンを持ったまま、少し考えるような間を置いた。

 

「ボクも同じように家族の為もあるけど……お金もあるかな」

「そうなのか」

「貧乏だったからね。センチネル部隊に入れたら高給取りになれるし、生活が安定するから志願した。適性があったのはラッキーだったけど」

「金のため……か」

 

 フィーナはくすりと笑ってから言った。

 

「うん。最初はそれだけだったよ」

 

 でも――フィーナはちらっと俺を見た。

 何を言われるか若干緊張する。

 

「仲間達と過ごす時間を守りたいんだ。格好いい理由なんてないけど、皆と一緒にいたいからボクは戦える」

「仲間……」

 

 イリンはそう言って顔を俯かせた。

 見たことない反応に、流石の俺も心配になってくる。

 

「大丈夫か……?」

「問題ない……ただ、そうだな……私は、どうだったのかなと思ったのさ」

 

 それから少し間があって、イリンはまた口を開いた。

 

「私も……いつか戦う理由を思い出せるのだろうか」

「!」

 

 この時に見せた表情は、見ているこっちが胸を締め付けられるような憂いを帯びた顔になっていた。

 

(なんて言えばいいのか)

 

 俺にはわからない。

 感情をなくした人間になんて言えばいいのかなんて。

 そう言い淀んでいると――

 

「なら探そうよ、イリン」

「……フィーナ?」

 

 何とフィーナが積極的に語りかけた。

 これには俺も驚いた。

 

「……探す?」

「うん」

 

 フィーナはスプーンを器の縁に置いた。

 

「イリンってさ、まだ子供みたいなもんなんだよ」

「……私は21で成長が止まった成人女性だが」

 

 イリンが即座に返すとフィーナは「ぷっ」と笑ってから、違うよと言った。まるで子供に言い聞かせるようにも見えた。

 

「体じゃなくて、心だよ」

 

 フィーナは続けた。

 

「戦う理由も、好きなものも、嬉しいとか悔しいとか……そういうのが全部まだわかってない。それって子供と一緒でしょ」

「……そう、なのか?」

「心がまだ何もわかってないなら……こうやって人と接してれば、理由が生まれてくるよ」

 

 俺は夢でも見てるのだろうか。

 3年間一緒にいて、フィーナがこういう顔をするのを俺はほとんど見た記憶がなかった。こいつは基本的に他人に深入りしない。仲間はブルーコメット以外いらないと、今日も本人の口から言っていた。それが今、ドレッドのメンバーに向かって微笑んでいる。

 

「……」

 

 イリンは無表情のまま、目だけが微かに泳いでいた。

 動揺してるのだろう。

 

「……なら」

 

 ようやく落ち着いたのか、イリンは辿々しく喋りだした。

 

「お前たちと話していけばいいか」

 

 問いかけというより、確認に近い言い方だわ、

 心なしか許可を求めているような感じもした。

 

「勿論、ゼインもいいよね」

「まぁ、な」

「でも……またご飯作ってよね」

「あの程度でいいなら、私はいくらでも作るが」

 

 イリンは少し首を傾ける。

 あの程度、という言葉が本人にとっての正直な評価なのだろうが、フィーナは満足そうに頷いた。

 

「……フィーナ」

「ん?」

「どんな心変わりだ」

 

 俺は率直に聞いた。

 フィーナはドレッドに深入りするつもりはないと明言していた。それが今や2杯のシチューをたいらげて、またご飯を作ってもらう約束まで取り付けている。その変化には流石に気になった。

 

「んー……」

 

 だがフィーナは素直に言わず、悩むふりをして俺に言った。

 

「ご飯から優しい味がしたからかな」

「……それだけか」

「それだけ」

 

 ふふんと笑って、フィーナはまたイリンに話しかける。

 相変わらずマイペースで、読めない奴だ。

 まだドレッドのがわかりやすい。

 

(でも……)

 

 セリアの言葉が蘇る。

 ドレッドの中には人間が残っている――最初聞いた時は、信じられない気持ちでいっぱいだったが、今なら分かる。

 

「ドレッドは……人間だ」

 

 生物兵器なんて大層な存在じゃない。

 こいつらは()()()人間なんだ――改めてそう確信した。




※内容修正しました、すみません! 
 別作品が商業化決まりましてドタバタしてました……。
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