好きな女の子を守るために強くなった結果、何故か彼女を曇らせてしまった   作:えしゅろん

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お久しぶりです、ちょっと構成変えてます。


センチネルとドレッド③

 私――リアにとって、ライバルというのはブルーコメットのメンバーぐらいだと思っていた。

 あ、勿論同世代のパイロットたちもライバルだけど、やっぱり仲良しだからこそ、余計に負けたくないというか……特別というか、とにかく仲間達に一番認めて欲しいから、私も頑張ってる。

 

 だけど今、私のライバルは今ブルーコメットだけじゃなくなってきた。

 

「シェイとノラの前じゃ、センチネルなんて敵じゃないね」

「じゃないね」

「舐めるなよ……オレたちを!」

 

 すると隣で膝をついていたカイが、低い声で唸った。

 普段ほとんど喋らない男が悔しさを滲ませている光景に、私は思わず口をあんぐりと開けてしまった。

 よほど堪えたのかその巨体が面白いぐらい小刻みに震えていた。

 

「リア、お前もそうだろう!」

 

 カイは私を一瞥して言った。

 

(ああ……そうだね)

 

 だけど私も同じ気持ちだった。

 ブルーコメットの狙撃手として、私は冷静沈着であることを身上にしてきた。感情に流されず、最適な一射を放つ。それが私の役割だ。だから普段の私なら、相手の格上を認めて素直に退く。

 

 でも今は違う。

 シェイとノラ、あの2人を前にして私の中の何かが疼いている。

 

(ドレッドが何なのか知らないけど、私はセンチネル部隊の1人だ。いきなり出て来た奴らに負けたくない。)

 

 彼らには申し訳ないが、私は人間として負けたくなかった。

 ほぼ機械に成り果てている彼らに勝てないようでは、人類の勝利なんて夢のまた夢だ。 

 

「組み手と行こうよ、2人とも」

 

 私は再びアキュラ・ヴェントゥスを展開しながら言った。

 自分でも驚くほど好戦的な笑みが浮かんでいた。普段の私を知っている仲間が見たら、目を丸くするだろう。

 

 シェイとノラが、お互いに顔を見合わせた。

 

「……格闘戦だって」

「狙撃手のくせに?」

 

 シェイの顔の金属になった半分が、微かに光を帯びた。ノラは燻んだ赤色のボブを揺らして、口の端を上げる。2人とも、私の挑発を面白がっているようだった。

 

(断られるかな)

 

 メリットのない提案すぎたかと、私が思っていると――

 

「いいよ。やろう」

 

 何とノラが快く……あくまでも私目線だが、答えると2人の肉体が変化を始めた。

 

「今はまだ訓練期間だしね」

 

 そう言ってシェイの右腕が、肘から先で組み変わっていく。皮膚の下から黒い装甲が押し出されて、拳が一回り大きくなった。指の関節が金属の節に置き換わり、打撃に特化した形状に変わっていく。射撃が得意なはずの彼女が、あえて格闘用の腕を選んだ。

 

「じゃあ、遠慮なく行くよ」

 

 私はアキュラ・ヴェントゥスの重心を低く落とし、狙撃用に最適化された機体の制御を、あえて近接戦へ寄せた。力任せに殴っても勝てないことは分かっている。だから踏み込みの角度、肩の入り方、シェイの視線、ノラの足運び、その全部を一つずつ拾い上げ、最短で崩せる一点へ拳を差し込む。

 

「フン……」

 

 シェイの右腕が振られるより先に半歩だけ外へ逃げ、肘関節の内側へ打撃を重ねる。続けて腰を沈め、膝裏へ足払いを入れた。狙撃手だから近接ができないなんて思われるのは癪だったし、私は私なりに、近距離での勝ち筋を組み立てていた。

 

「動きは悪くない」

 

 シェイは淡々と言った。

 

「でも、貴女の思考パターンはもう推測してる。機械に勝てると思う?」

「っ……!」

 

 次の瞬間、私の腕は空を切っていた。シェイは私が選ぶはずだった退路に先回りし、打撃特化に変形した腕でアキュラの胴を弾く。衝撃で視界が揺れ、姿勢制御が乱れたところへ、さらに一撃。計算していたはずの動きが、まるで最初から読まれていたみたいに潰されていく。

 

「チィ……」

「うりゃ」

 

 横ではカイがノラとぶつかっていた。カイの近接戦闘は力強く、無駄がなく、私から見ても頼もしいものだった。それでもノラは正面から受け止め、黒い装甲を軋ませながら一歩も引かなかった。

 

「いいね、でもまだ足りない」

「ぐ……ッ!」

 

 ノラが押し返した瞬間、カイの巨体が後ろへ滑る。拮抗しているように見えて、最後の一押しで負けていた。私も何とか体勢を立て直そうとしたが、シェイはすでに次の一手に入っている。こちらの重心が戻る瞬間を狙い、拳ではなく足を払ってきた。転倒まではしなかったが、膝が落ちる。悔しいくらい的確だった。

 

《訓練時間終了。全員、戦闘行動を停止》

 

 アナウンスが響いた瞬間、シェイとノラは同時に動きを止めた。

 

「決着はつかなかったね」

「残念。もう少しやりたかった」

 

 ノラは本当に残念そうに肩をすくめ、シェイは変形させていた右腕を元に戻していく。私は荒く息を吐きながら立ち上がったが、胸の奥には敗北感しか残っていなかった。決着はつかなかった。形式上はそうだ。でも違う。今のまま続いていたら、私は確実に崩されていた。カイだって、力で押し切られていた。

 

「……このままじゃ」

 

 声が、勝手に漏れた。

 

「このままじゃ……私は何も守れない」

 

 自分でも驚くほど低い声だった。私はシェイとノラを睨んだ。悔しかった。怖かった。あの2人が敵じゃないことは分かっているのに、彼女たちの強さを前にすると、自分が積み上げてきたものが足りないと突きつけられる。

 

「私も……もっと力が欲しい」

 

 そう呟いた時、カイが深刻そうな顔でこちらを見ていたことに、私は気づいていなかった。

 

 

 それから数日後――ユリア教官に呼び出された私たちは、いつものブリーフィングルームに集められていた。

 

 訓練が始まってから、もうすぐ1ヶ月半になる。最初はドレッドたちと同じ空間にいるだけで、どこか喉の奥に引っかかるような緊張感があったのに、今では少なくとも隣に立っているだけで身構えることは少なくなっていた。勿論、完全に慣れたなんて言えない。シェイとノラを見るたび、私はあの時の敗北感を思い出すし、カイも隣で腕を組みながら難しい顔をしている。

 

「――よし、全員揃っているな」

 

 ユリア教官は正面に立つと、いつものように鋭い視線で私たちを一瞥した。灰色の髪が肩口で揺れ、赤い瞳が順番にこちらを射抜いていく。この人の場合はただ立っているだけで圧があるから、一向に慣れない。

 

「訓練課程も折り返しに入った。そこで途中経過を見る意味も兼ねて、お前たちに割り当てられそうな任務をいくつか検討している」

「任務……ですか」

「厄介そうねー……」

 

 セリアが少し表情を引き締める。

 その反応につられるように、メイリンも背筋を伸ばした。ジャックは軽く肩を回し、ゼインは眼鏡を押し上げ、フィーナはいつもの眠そうな目のまま端末を弄っている。カイは無言。私は……正直、少しだけ胸が高鳴っていた。

 

「まだ正式決定ではない。だが、訓練だけでは見えないものもある。実戦に近い環境でこそ、連携の粗や精神的な揺らぎが表に出るからな」

 

 精神的な揺らぎ――その言葉を聞いた瞬間、私はちらりとシェイとノラを見た。シェイは無表情でこちらを見返し、ノラは何が面白いのか口元だけで笑っている。駄目だ。相変わらず掴みどころがない。あの2人と組んで戦う自分を想像すると、頼もしいはずなのに、同時に負けた時の悔しさが胸の奥で燻った。

 

「この1ヶ月半、お前たちはそれぞれの形でコミュニケーションを取ってきたはずだ。最初にブルーコメット側が抱いていたドレッドへの忌避感も、多少は薄らいできているだろう」

「多少は、ですね」

 

 メイリンが苦笑混じりに言うと、ディオが首を傾げた。

 

「俺はメイリンとの会話量は増えたと思う」

「それを本人の前で淡々と言わないで……! 恥じらいを持たんかい」

「事実だろ」

「そういう問題じゃないのよ……はぁ」

 

 メイリンが額に手を当てると、ジャックが小さく吹き出した。すぐに睨まれて黙ったが、空気はそこまで悪くない。少なくとも、初日のように誰もがドレッドを警戒しているだけの空間ではなくなっていた。

 

「セリア」

 

 不意にライルが口を開いた。

 彼は隣に座るセリアの方を見て、いつもの感情の薄い声で尋ねる。

 

「僕のことは理解出来てきた?」

 

 セリアは一瞬だけ目を瞬かせ、それから困ったように笑った。笑っているのに、その表情を見ていると、なぜか胸がちくりと痛む。きっと昔のライルを知っている彼女にとって、その問いは私たちが聞くよりずっと重い。

 

「ライルのことは昔から知ってるよ。でも……今のライルは中々難しいかな」

「そうなのか」

「うん。だって昔のライルなら、そういう聞き方はしなかったと思うし」

 

 ライルは少しだけ首を傾けた。

 その仕草だけ見れば、どこか幼く見える。だけど目はやっぱり静かで、セリアを映しているようで、何を感じているのか分からない。

 

「だけどね」

 

 セリアはそこで少しだけ声を柔らかくした。

 

「段々と、ライルが考えそうなことは分かってきたかも」

「それは理解とは違うのか?」

「んー……近いけど、ちょっと違うかな。ライルがどう判断するかは前より分かる。でも、何でそう思ったのかとか、どう感じてるのかは、まだ分からないことが多いから」

 

 ライルは納得したのかしていないのか、また首を傾げた。

 

「感情の機微を理解するには、まだ早いかしらね」

 

 メイリンが残念そうに言うと、ディオが彼女の方を見る。

 

「感情の機微とは、具体的にどの範囲を指す?」

「そこから説明しなきゃいけないのね……」

 

 今度はリアだけでなく、何人かが小さく笑った。

 1ヶ月半前の私が見たら、ギョッとする光景だ。

 内心で生物兵器と認識していた彼らと、こんな和やかな空気を出しているのだから。

 

(だけど私は……どうだろ)

 

 私とカイはまだそんな段階にはない。

 人見知りするフィーナでさえ、よく話してると聞いている。

 皆は前に進んでるのに……私だけ……。

 

「まあ、3ヶ月経った後でも完全な理解は難しいだろう。それは承知している」

 

 ユリア教官がそこで話を戻した。

 室内の空気が自然と引き締まる。

 

「だが大事なのは、互いの全てを理解することではない。チームとして認識し、戦場で同じ方向を向いて動けるかどうかだ。相手が何を得意とし、何を苦手とし、どこで踏み込んで、どこで任せるべきか。それを判断できれば、まずは十分だ」

 

 教官の赤い瞳が、私たち全員を順番に見た。

 その目を受けて、私は自然と背筋を伸ばす。さっきまで残っていた和やかさは、もう薄れていた。代わりに、任務前のような緊張が静かに満ちていく。

 

「ここからは大事な話をする。よく聞け」

 

 ユリア教官が端末を操作すると、ブリーフィングルーム中央に立体のホログラムマップが展開された。

 

(シティの外……?)

 

 映し出されたのは、シティ・アルタから数十キロ離れた荒野の一角だった。シティの防壁外に広がる荒野は、整備された道路も補給施設もほとんどなく、一般市民ならまず近づかない。私たちセンチネル部隊にとっても、任務でもなければ好き好んで行く場所ではなかった。

 

「ここはアルタ外縁から北西におよそ四十キロ。旧居住区画の跡地だ。現在は廃棄指定区域となっている」

 

 ユリア教官が指を動かすと、マップ上に赤い点がいくつも浮かび上がった。

 

「ヘラルド……」

「しかも沢山……」

 

 数は多いが表示されている反応の大半は、グレード1から2程度の低ランクヘラルドだった。通常なら一般兵と支援機でも対応できる規模だし、私たちブルーコメットが出るほどの案件には見えない。

 

「見ての通り、低ランクのヘラルドが集まるポイントが散見されている。問題は、何故そこに集まっているのかが分からないことだ」

「巣でもあるんすか?」

 

 ジャックが軽い口調で聞いたが、その目は笑っていなかった。

 

「現時点では不明だ。巣の可能性もあるが、低ランクの集積にしては動きが不自然すぎる。そこで調査用ドローンを何度か飛ばしたが、全て途中で妨害を受けている」

「妨害……ですか」

 

  ゼインが眼鏡を押し上げた。

 

「通信妨害ですか?」

「そうだ。映像、位置情報、機体制御の全てが不安定になり、一定範囲に入った時点でロストする。回収できた機体も内部データが焼き切られていた。おかげで調査は悉く断念している」

 

 フィーナが端末を弄る手を止める。電子戦担当の彼女が反応した時点で、単なるノイズではないのだと分かる。

 

「ヘラルド側のバイオジャミングに近い?」

「波形だけ見れば近い。だが低ランクが自然発生的に展開できる規模ではない」

「むぅ」

 

 室内の空気が少し重くなった。

 低ランクの群れに見えて、その奥に何かがいる。あるいは、何かが仕掛けられている。そう考えると、さっきまで他人事のように見えていた赤い点が、途端に不気味なものに変わっていく。

 

「調査そのものは、お前たちでなくとも可能だ。他のセンチネル部隊を出す選択肢もある」

 

 そこでユリア教官は、私たち全員を見た。

 

「だが今回は、ドレッドとブルーコメットの実戦的なチームワークを見る意味も兼ねて、お前たちに行ってもらう予定だ。正式な命令内容はまだ調整中で、場合によっては変更もある。だが、ほぼ確実に割り当てると考えておけ」

「つまり……これこそ初の共同作業ってわけね」

 

 メイリンが静かに言うその横で、セリアも表情を引き締めている。ちなみにライルはマップをじっと見ていた。感情は読めないが、何かを記録しているような目だった。

 

「そうなる」

 

 ユリア教官は短く答えた。

 

「だからこそ、残りの期間で連携を詰めろ。仲良しごっこをしろと言っているわけではない。だが、戦場で相手を信じられない兵士はすぐ死ぬ。ドレッドを不気味だと思うなら、その不気味さごと把握しろ。センチネルを脆いと思うなら、その脆さをどう補うか考えろ。信頼関係とは、相手を都合よく美化することではない。相手の危うさも含めて、背中を預ける覚悟を作ることだ」

「「「はい!!」」」

「「「了解……」」」

 

 センチネルとドレッドが綺麗に異なる返事をした後、ユリア教官は時計を見てから言った。

 

「話は以上だ。詳細は追って通達する。それまで各自、訓練内容を見直しておけ」

 

 ユリア教官の言葉で解散となった。

 皆がそれぞれ立ち上がる中、私は膝の上で握っていた拳に気づいた。いつの間にか力が入りすぎていて、手のひらが少し痛い。

 

「カイ」

 

 私は隣を見る。

 カイはいつものように無口だったが、こちらが声をかける前から何かを察していたような顔をしていた。

 

「今日も時間空いてる? もっと詰めたい」

 

 そう言うと、カイは少しだけ眉を寄せた。

 難しい顔だった。私の焦りを見抜いているのか、それとも自分も同じように焦っているのか、どちらなのかは分からない。

 

「……無理はするな」

「分かってる。でも、このままじゃ任務で足を引っ張る」

「リア」

「お願い、カイ。もう少しだけでいいから」

 

 カイはしばらく黙っていた。

 それから、重く息を吐く。

 

「……分かった。付き合う」

「ありがと」

 

 私はそう答えながら、もう一度ホログラムが消えた空間を見た。

 

(私だけが遅れてるんだ……)

 

 次の任務までに、もっと強くならなきゃいけない。そう思うほど、胸の奥で燻っていた焦りが、静かに熱を増していった。

 

 

「――まだまだ……!」

 

 ブリーフィングルームを出てから、私とカイはほとんど会話もないまま、近接戦用の訓練エリアに来ていた。アキュラ・ヴェントゥスは本来、長距離狙撃と高精度射撃に特化した機体だ。近接戦闘を主軸にする機体ではない。そんなことは分かっている。それでも、シェイに一方的に読まれたあの感覚が、ずっと身体の奥に残っていた。

 

(もっと……もっと速く!)

 

 私は射撃用のライフルを格納し、短距離制圧用のブレードと格闘用の補助装甲だけを展開した。カイは正面で構えている。彼のセンチネルは近接特化だけあって、立っているだけで圧があった。だけど今の私には、その圧すら越えなければならない壁に見えていた。

 

「もう一本、お願い」

「……リア、さっきから何本目だと思っている」

「いいから……!」

 

 カイの低い声が訓練場に響く。

 私は答えずに踏み込んだ。斜め前へ滑るように出て、カイの腕の外側を取る。重心をずらし、右肘の内側へブレードの柄を叩き込み、返す動きで脇腹へ膝を入れようとした。だが、カイは半歩だけ退いて私の動きを殺し、そのまま肩で押し返してきた。

 

「くぅ……!」

 

 衝撃で身体が浮いた。アキュラの姿勢制御が追いつく前に床へ叩きつけられ、肺の中の空気が一瞬で抜ける。

 

「が……っ」

「終わりにするぞ、もう……」

「まだ……!」

 

 私は床に手をついて立ち上がろうとした。

 膝が笑っているし、手も震えていた。頭の中では警告音が鳴っていて、ルナほどお喋りじゃないアキュラの補助AIでさえ、休息を推奨する文字を視界の端に出している。それでも止まる気にはなれなかった。

 

「無理したら体を壊す。自分で限界が分からない奴はプロ失格だって、学生時代に教わっただろ!」

「分かってるよ……でも」

 

 私は奥歯を噛み締めながら、もう一度立ち上がった。

 視界が少し揺れている。だけどそんなことを言っている場合じゃない。

 

「ドレッドは人間離れした能力を持ってる。あの子たちは、私たちの常識の外にいるんだよ。限界を超えなきゃ意味ないじゃん」

「だけど焦りすぎだ……」

 

 カイは怒っているというより、本気で心配している気持ちの方が勝ってるようだ。分かっている、カイは私を止めようとしてくれている。だけどその優しさが、今の私には余計に苦しかった。

 

「セリアたちだけじゃない。皆、強くなってる」

 

 私は拳を握った。

 アキュラの手甲が軋む音がした。

 

「こないだの全体訓練、覚えてる? 総合成績……私が一番悪かった」

「あれを言うなら俺もだ」

 

 私は数日前に行った全体訓練で、ぶっちぎりのビリだった。前から私は一歩遅れてはいたが、ドレッドが来てから如実に力不足が現れていた、

 

「カイは前衛で何度も押し返してたじゃん。でも私は支援も遅れたし、狙撃も外した。シェイたちの動きに目が追いついてるのに、身体が追いつかない。判断してる間に、もう全部終わってる」

「だからって、焦っても仕方ないだろ」

 

 カイはそう言って、一歩こちらへ近づいた。

 普段ほとんど喋らない彼が、ここまで言葉を重ねるのは珍しい。きっとそれだけ、今の私が危なっかしく見えているのだと思う。

 

「……不安なの」

 

 声に出してから、自分でも驚いた。

 もっと強い言葉が出ると思っていた。負けたくないとか、追いつきたいとか、そんな意地っ張りな言葉を吐くと思っていた。でも実際に零れたのは、ひどく情けない本音だった。

 

「ドレッドと出会ってから、全部分からなくなった。私たちが強くなるって信じて歩んできた道が、全部否定されたみたいで……センチネルに選ばれて、訓練して、怖くても戦場に出て、それでも少しずつ前に進んできたつもりだったのに」

 

 胸の奥が熱い――でも涙は出なかった。泣けた方が楽だったかもしれないのに、今の私はただ焦りだけが空回りしていた。

 

「あの子たちは簡単に予想を越えてくる。身体を壊しても、痛みを怖がらない。私が必死に考えた動きも、すぐ読まれる。そんな相手と一緒に戦うって言われて……頼もしいって思わなきゃいけないのに、私は悔しいって思っちゃう」

「リア」

「私は……皆に置いていかれたくない」

 

 言葉にした瞬間、訓練場の空気が重くなった。

 カイに悪い事をしたと思って、謝ろうとした――

 

「――2人とも、ここにいたんだ」

「!」

 

 その声に、私は反射的に顔を上げた。

 

「シェイと……ノラ?」

「ん」

 

 訓練場の入り口に、シェイとノラが立っていた。シェイはいつものように半分金属になった顔でこちらを見ていて、ノラは燻んだ赤色の髪を揺らしながら、どこか気まずそうとも面白がっているともつかない表情を浮かべていた。

 

「随分、熱心だね」

「熱心というより、無茶してるように見えるけど」

 

 シェイが淡々とそう言うと、私は咄嗟に言い返せなかった。

 さっきまで一番聞かれたくなかった相手に、聞かれたと思って何か言い訳を考えていると――

 

「よし、私たちと遊ぼう」

「…………なんで?」

「……はぁ?」

 

 あまりにも脈絡のない誘いに、私とカイは間抜けな顔を晒した。

 

 ◆

 

「――って、まさか本当にゲームで遊ぶの!?」

 

 訓練場の隅にある休憩スペースへ連れて来られた私は、思わず素っ頓狂な声を上げていた。

 

 そこに置かれていたのは、今の軍用端末とは比べ物にならないほど古い、小さな箱型のデバイスだった。表面は擦り傷だらけで、角も少し欠けている。けれどノラが慣れた手つきでケーブルを繋ぐと、壁面モニターに妙に鮮やかなタイトル画面が映し出された。

 

「そうだよー。それ以外何があるの?」

「いや、流れ的に何か特殊な訓練とか、模擬戦の別方式とか、そういう……!」

「遊ぼうって言ったじゃん」

 

 ノラは当然のように言った――そんな変なこと言う奴みたいな目で見ないで欲しい。

 

「ライルあまり遊んでくれないんだよ、ちょうどよかった」

 

 横ではシェイが古いコントローラーを四つ並べている。半分金属の顔で、文明が滅ぶ前に作られた娯楽品を淡々と準備している姿は、正直かなり絵面が変だった。

 

「これは旧時代の対戦ゲーム。セクションゼロの倉庫から掘り出した。動く個体は貴重」

「何でそんなもの持ってるの……」

「娯楽は精神安定に有効らしい」

 

 シェイが真面目な顔で言うものだから、余計に突っ込みにくい。

 

「ちょっとカイ……」

 

 私は助けを求めるようにカイを見た。けれど彼は、さっきまでの難しい顔を少しだけ緩め、画面をじっと見ている。

 

「……懐かしいな」

「え、カイ?」

「学生時代、少しやっていた。対戦ゲームは好きだ」

「うそでしょ!? 今この場で一番意外な情報出てきたんだけど!」

 

 私が思わず叫ぶと、カイはほんの少しだけ目を逸らした。

 無口で、近接戦闘の鬼みたいな男が、まさか旧時代のゲーム好きだったなんて知らなかった。しかもコントローラーを握る手つきが妙に慣れている。

 

「よーし、負けないぞ」

 

 ノラが()()()楽しそうにコントローラーを持つ。シェイも隣で無表情のまま準備完了していた。もちろんここから逃げる空気ではない。というかカイが完全に乗り気なので、私だけ帰るのも何だか癪だった。

 

「……仕方ないなぁ。やるからには勝つよ」

「いいね。そういう顔の方がいい」

 

 ノラが小さく笑うと、対戦は速やかに始まった。

 

「くっ、この!」

「まずは一勝」

 

 最初の数戦、私は操作にかなり苦戦した。キャラクターは妙に素早く動くし、技の入力も分かりにくい。シェイは初見とは思えない精度でこちらの動きを狩ってくるし、ノラは意味の分からないタイミングで突っ込んできて、気づいたら画面端に追い込まれていた。

 

「――やった! 勝てた!」

「やるね、シェイは本気出す」

 

 けれど、何戦も繰り返すうちに少しずつ見えてくるものがあった。シェイは効率を重視する分、確実に通る行動を選びやすい。ノラは大胆だけど、勝ちに行く瞬間だけ前のめりになる。なら、そこを誘えばいい。カイは横で黙々と操作しながら、私の読みを支えるように相手の逃げ道を潰してくれた。

 

「カイ、右から来る」

「分かった」

「ノラ、今突っ込むでしょ」

「あっ、読まれた」

「シェイはそこで待つ。だから先に投げる!」

 

 画面の中で、私のキャラクターがシェイのキャラクターを掴んで投げ飛ばす。そのままカイがノラを撃破し、勝利表示が派手に光った。

 

「やったー! どうよ??」

 

 私は思わず立ち上がり、ドヤ顔でシェイとノラを見下ろした。

 

「シェイの負けか……」

 

 気づけば対戦成績は、私たちの勝ち越しになっている。最初はあんなにボコボコにされていたのに、いつの間にか流れが変わっていた。

 

「ぐぬぬ……って悔しがるのが正解?」

 

 シェイが首を傾げながら言う。

 

「何か勝った気しないんだけど……まぁいいわ」

「私は悔しいからもう一回やりたい」

「ノラは素直でよろしい」

 

 そう言いながら、私は自分の口元が少し緩んでいることに気づいた。

 

(久々かも……何も気にしないで楽しんだの……)

 

 さっきまで胸の奥に溜まっていた焦りや苛立ちが、完全に消えたわけではないけれど、少なくとも今は少しだけ呼吸がしやすかった。

 

「さっきより、だいぶ顔色が良くなった」

「……ノラ、私……そんなに酷かった?」

「酷かった。今にも自分の限界を踏み潰しそうな顔だった」

 

 返す言葉がなかった。

 カイも隣で小さく息を吐く。

 多分、彼も同じことを思っていたのだろう。

 

「私たちは確かに、人より効率よく戦う術を持ってる」

 

 ノラは画面に表示された戦績を指差した。

 そこには直近の勝敗が並んでいて、最初こそシェイとノラの圧勝だったのに、後半は私たちの勝ちが増えている。

 

「でも、人を完全には超えてない」

「たかがゲームじゃないか?」

 

 カイが低く言うと、シェイが静かに首を横に振った。

 

「侮れない。限られた情報、制限された操作、反射速度だけでは処理しきれない読み合い。勝つには、相手の癖を見て、次に何を選ぶかを予測し、その予測を外す動きも混ぜる必要がある。実戦とは違うけど、思考の傾向は出る」

「妙にもっともらしいこと言うね……」

「事実。少なくともこの条件では、後半のリアは私たちより上手く適応していた」

 

 シェイの金属の目が、まっすぐ私を見る。

 褒められているのか、分析されているのか分からない視線だったけれど、不思議と嫌な感じはしなかった。

 

「リアには、私たちより優れている能力がある」

「私が?」

「そう。観察して、違和感を拾って、相手の行動を人間的な揺らぎごと読む力。さっきの組み手でも、それ自体は機能していた。ただ、勝ちたいという焦りで視野が狭くなって、読めるものまで見落としていた」

 

 その言葉に、私は思わず黙った。

 力が欲しい。もっと速く、もっと強くならなきゃいけない――そう考えている間、私は自分の得意なことすら見失っていたのかもしれない。

 

「思い詰めすぎると、発揮できる能力も発揮できない」

 

 シェイは淡々とそう言う中、ノラが隣でコントローラーをくるくる回しながら、軽く笑う。

 

「だから遊んだ。遊ぶと、ちょっと力が抜けるでしょ」

「……もしかして、慰めてくれてる?」

「多分」

「多分って何よ」

 

 これが計算だとしても、私は嬉しかった。

 シェイとノラが、私を気にかけていただけじゃなく、ちゃんと実力を認めてくれていた事も、モヤモヤしていた心を晴らしてくれた。

 

「……ありがとう、シェイ、ノラ」

「シェイは出来る女だからね」

 

 本当に感情がないのだろうかと、疑問に思うほどのドヤ顔を披露するシェイを見て、私はついおかしくなって笑ってしまった。

 

「何で笑う?」

「……ううん、何でもない」

 

 照れくさくなった私は、ちょっと咳払いして誤魔化すと、ふと気になった事を聞く。

 

「シェイもノラも……昔からゲーム好きだったの?」

「「……」」

 

 私がそう尋ねると、シェイとノラは少しだけ顔を見合わせた。別に困っているわけではなさそうだったけれど、すぐに答えが返ってこなかったせいで、私は踏み込みすぎたかもしれないと一瞬だけ思った。

 

「んー……と」

 

 けれどシェイは、コントローラーを膝の上に置いたまま、いつもの淡々とした声で口を開く。

 

「昔のことは、ほとんど覚えてない……というより、知らない」

「ゲームが好きだったかどうかも分からない」

 

 ノラもあっさりと言った。

 

(……記憶もないのね)

 

 その言い方があまりにも軽かったから、逆に胸の奥が少し痛んだ。覚えていない、好きだったかも分からない、そんな言葉を、まるで今日の訓練メニューでも話すみたいに言えることが、何だか寂しかった。

 

「でも、これをしてると心地いい感じはする」

「うん。勝つと嬉しい……気がするし、負けるともう一回やりたくなる。多分、これは悪くない」

 

 シェイは画面に表示されたキャラクターをじっと見つめていた。

 

((ブルーコメット)も……同じ事を思ったのかな)

 

 半分金属になった横顔からは、何を考えているのか読み取れない。それでも、さっきよりほんの少しだけ柔らかく見えたのは、私の気のせいではないと思いたかった。

 

「いつかライルみたいに、人だった頃の名残りをもっと思い出せれば、私たちも強くなるかもしれない」

「戦闘能力じゃなくて、たぶん中身の方」

 

 ノラがそう付け足すと、私は何も言えなくなった。

 カイも隣で黙っていた。いつもの無表情に近い顔だったけれど、その目は少しだけ寂しそうに見える。

 

「……いつか思い出せるよ」

「そうだな。時間はある」

 

 私が言うと、カイも低い声で続けた。

 

「思い出せるまで、いくらでも遊んでやれるぞ」

「……カイ、それ自分が遊びたいだけじゃん」

「否定はしない」

 

 あまりにも真顔で言われたせいで、私はつい吹き出してしまった。

 

「ふははは――って笑うのが正しい反応か」

「何かいたたまれない気持ちになるから、やめてくれ……ノラ」

「カイがそういうなら」

 

 シェイは首を傾げながら「今のは面白い場面?」と聞いてくる。さっきまで重かった空気は、いつの間にか少しだけ軽くなっていた。

 

(いつか本当の意味で仲間になれたら――)

 

 ――きっとこの時間も、すごく楽しいものになる。

 

 私はそんな未来が来るといいなと、心底思った。

 

 

 その日の夜――セクションゼロ管轄の一室で、ユリア・ハーツは一人、暗い部屋の中に立っていた。

 

 

 照明は最低限に落とされ、壁際の端末群だけが淡い光を放っている。正面には暗号化された通信ホログラムが浮かび上がっており、そこに映る人物の顔は意図的に輪郭をぼかされていた。声にもわずかな加工が入っているが、ユリアは相手が誰なのかを当然のように理解しているらしく、特に問いただすことはしない。

 

「報告を聞こう」

 

 ホログラムの向こうから、低く落ち着いた声が届いた。

 ユリアは腕を組んだまま、わずかに目を細める。

 

「ブルーコメットとドレッドの関係は、現時点では想定より良好です。初期の拒絶反応はまだ完全には消えていませんが、少なくとも同じ部隊として行動する下地は出来つつあります」

「具体的には?」

「セリア・クリステスとライル・カリストは、特殊な関係性ゆえに不安定さもありますが、同時に最も強い接続点にもなっています。メイリンとディオは会話量が増加。ゼイン・グランツ、フィーナ・クロスはイリンへの認識を改め始めている。リア・ソレルとカイ・レナードについても、シェイ、ノラとの接触で心理的な距離は縮まりました」

 

  ユリアの声は淡々としていたが、そこには僅かな疲労が混じっていた。

 この一ヶ月半、彼女は教官として訓練を見ていただけではない。ドレッドが人類側の戦力として成立するか、ブルーコメットが彼らを受け入れられるか、その両方を常に観察していた。

 

「なら、順調と言っていいだろう」

 

 ホログラムの人物はそう言った。

 だが、その声音に安堵の色はない。

 

「本題はこれからだ」

 

 ユリアは眉を動かした。

 

「例の廃棄指定区域についてですか」

「そうだ。低ランクヘラルドの集積地点に関して、追加情報が入った」

「ドローンがロストする以上、現地情報は限られているはずですが」

「だからこそ、厄介な情報だ。あのエリアにいるのはヘラルドだけではない」

 

 ホログラムの人物が端末を操作すると、ユリアの前に別の簡易マップが重ねて表示された。

 

「これは……」

 

 低ランクヘラルドの反応とは別に、複数の小さな光点が荒野の一角に固まっている。ヘラルド特有の反応ではない。人間の生体反応に近いものだった。

 

「武装した人間たちの集まりが確認されている」

 

 ユリアはしばらく無言だった。

 それから、深く息を吐く。

 

「……このタイミングで、ですか」

 

「偶然と見るには出来すぎている。難民崩れ、武装集団、あるいはヘラルド関連技術を漁る連中か。詳細は不明だが、少なくとも通常の民間人ではない」

「ヘラルドの集積と人間の武装集団。最悪ですね」

 

 ユリアの表情が険しくなる。

 こういった事態に遭遇することを予見はしていたが、タイミングが早すぎると考えていた。

 

「任務内容は調整する。だが、彼らを投入する方針は変わらない」

「了解しました」

 

 ユリアは短く答えた。

 ホログラムの光が少し揺らぎ、通信が終わりに近づく。

 

「ハーツ教官。これは戦闘能力だけを見る任務ではない」

「分かっています」

 

 通信が切れると、部屋に静寂が戻った。

 ユリアは消えたホログラムの跡を見つめたまま、もう一度ため息をつく。

 

「ある意味で、ブルーコメットとドレッドの絆や信頼関係を試されることになるな」

 

 人間としての倫理観と、ドレッドとしての在り方がぶつかるとしたら、まさにこのタイミングだ。必ず訪れるであろう衝突を予感したユリアは、人知れずため息を吐くのだった。

 




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