独裁官と転移者の憤り   作:匿名

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第三話

 

 

この開拓地の空は、常に重苦しい。低く垂れ込めた雲の隙間から、時折、雷の音がする。

部屋の隅、湿気で歪んだ粗末な木机の上には、一丁のミスリルの筒が置かれていた。

 

 それは地球からの転移者が銃と呼んだものだ。旋盤加工技術を流用して作られたこの銃には、溝が付けられている。

特徴的な灰色の軍服を纏った男が、その銃身をなぞるように指先を空中に走らせた。

 

彼の肩には、下士官であることを示す一筋の星が刻まれている。

 

 「で、これが銃ってわけか」

「見るからに強そうじゃないか!」

 

スミスという名のその男は、自らの声が反響するほど狭い室内で言葉を紡いだ。

その瞳には、停滞した戦場に風穴を開ける新兵器への、狂信に近い期待が宿っている。

 

「ああ。……どうやら、当たりさえすれば強いらしいな」

 

 返すジョンの声は、泥を啜ったような重苦しさに満ちていた。彼は窓の外を眺めている。そこには、軍団長たちが勝手に作り上げた尖塔が、雨に打たれながらもそびえ立っていた。

 

「当たりさえすれば、だと? なぜそんな暗いんだよ、ジョン。おい、これはあの転移者が授けてくれた『新時代の火の力』なんだぞ。しかも、弾丸はすべてミスリル製だ。ちゃーんと手入れもしてるよ。」

 

 

 

 スミスは陽気に、笑った。

 

 

しかしその瞬間、ジョンはこう返した。

 

 

「フッ、盲信なんてやめちまえよ。」

 

その瞬間、雷がどこか遠くで鳴ったような気がした。

スミスは怒る。怒りながら、まくし立てる。

 

 「軍団長とかが転移者と掛け合って、量産の目処まで立ててくれたんだ。弱いわけねえじゃねえか!」

「一つの班に一丁の銃。」

「こんな最強の武器だぞ!射程は弓より長くて、矢より重い!これを手にすれば、俺たちはもはや使い捨ての歩兵じゃない。戦場を支配する主役だ。ミスリル弾なら、たぶんきっと卑怯な全身鎧もぶち抜ける。それのどこが弱いって言うんだ!」

 

スミスの詰め寄る気配に、ジョンはゆっくりと首を振った。

 

 「それがよお……最悪なんだよ!俺は実際に撃ってみた。ボブに隠れて、裏の峡谷の訓練所でな。」

 

ジョンの脳裏に、あの時の空虚な感触が蘇る。

 引き金を引いた瞬間に掌を打つ、制御不能な不快な衝撃。立ち込める白煙。そして、祈祷の力によって強化された盾。それを模した標的に、弾丸が虚しく弾き飛ばされた光景。

 

騎兵用の盾は傾斜が激しく最も分厚い部分で1cmの分厚さがあるとはいえ、正面から撃たない限り盾を貫通できないというものが露呈した瞬間、ジョンは負けを悟った。

 

「スミス、俺は逃げる。お前も着いてこい。今ならまだ、軍の台帳から名前を消して消えられる」

 

その声は本心から出ているのだと、スミスは思った。

 

 

 「……何を言ってるんだ、正気か? 訓練所でボブ伍長に武器の無断使用だとか、弾の窃盗だとかって叱られたから、そんなに臆病風に吹かれたのか?」

「は!表面のメッキが剥がれたな。昔、お前の家で遊んだ時のことを思い出すよ。木に登って落っこちて泣いた!」

「お前はその時から変わってない!」

 

 スミスは憤慨し、ジョンの胸ぐらを掴まんばかりに距離を詰めた。部屋の空気が、雨の湿気とは別の熱を帯び始める。

 

築年数にして七年の駐屯地。新築にも等しいはずだが、設けられたいくつもの窓が湿気を伝える。

夏は蒸し暑く冬は乾燥を続ける空気を吸う。

 

そんな設計の駐屯地で、二人は言い合いになる。

 

「ボブは今、軍曹たちに呼び出されて最終調整に行ってる。戻ってきたら本格的な配備が始まるんだ。成功すれば、俺たちは独立軍閥の幹部になれるんだぞ!」

 

「ボブ班長のバカは、何も分かっちゃいねえ!!」

 

 ジョンの瞳に、狂気が戻る。

 

 「こんな武器を作ったことなんて、あの独裁官さまにバレてないはずがない……あの男がどんな奴か、お前は本当に分かってないのか?」

 

「独立したとて未来はない。所詮おれたちは、ただのコロニスの兵士さ。」

「独立戦争を挑んだら、独裁官は現場に現れることさえない。だが、奴がペンを一度走らせれば、俺たちの兵糧は止まり、逃げ道は塞がれ、気づいた時には『反乱分子』として社会的に抹殺されている。」

「あの男の仲介は、交渉のテーブルの下に常に皆殺しの選択肢が隠されてるんだよ。物理的な暴力じゃない、もっと逃げ場のない『死』だ」

 

ジョンはスミスの腕を振り払い、窓の外の風景を指差した。

 「いいか、5人や10人、あるいは100人。銃を持った兵士を揃えたところで、あの独裁官が動かす『国家』という機構には叶いやしない。銃火器は……当たんねえんだよ!」

 

ジョンの叫びが、狭い部屋に響き渡った。

 

 「撃ってみれば分かる。あれは、俺たちが生きてきた『戦い』のルールを何一つ更新しちゃいない。本当にお前の言う通り鎧を貫通できると!?」

「正気じゃない。どこの誰が胴体を正確に撃てるんだ?頭を正確に狙えるんだ!?どうやったら一番分厚い装甲の心臓をぶち抜けるんだ!」

「祈祷を帯びた鎧の防御は硬すぎる!」

 

「同じ祈祷を帯びたミスリルだとしても質量が違いすぎる。盾と鎧、その重さは……本当に弾丸ひとつと同じなのか?」

 

「そんな訳がない。」

「弾性が弾にはぜーんぜん足りないよ!」

「いくら固くしたって、そいつは貫通力が上がったってことじゃねえよ!」

「弾丸が届いたとして鎧に当たっても砕けるだけさ。破片が治療の阻害をするだあ?転移者の主張は妄想だよ。」

「なあにが最強なんだか、俺は最悪の武器だと思うがな!」

 

吐き捨てる唾は地面に当たり、コンクリート製の冷えた床へと染みになる。

 

そしてスミスは怒りつつも、拳を握りしめ、堪えた。

堪えると言うより、それは備えに近かった。

 

「は、無能の考える武器はいつだってしわ寄せが来るもんさ。」

「現実を見て、大人になれよ。お前はもう32歳だぜ?」

 

 

 

部屋の中に静寂が訪れた。

誰かがノックをしたわけでもない。

 

ただ極大化したお互いの怒りが、沈黙を誘っただけだ。

 

 

スミスはその瞬間に顔を真っ赤にし、血管を浮き上がらせた。彼にとって、この銃は現状のクソッタレな日常を打破する唯一の希望だった。

 

地道な槍の訓練も、祈祷への適性も必要ない、ただ数による暴力。

それを全否定されることは、自分の未来を殺されるのと同じだった。

 

 

殴り掛かるスミス。

 

「ゴチャゴチャ御託並べて好き勝手喋ってよぉ!うるせーぜ!」

 

 

その腹へと襲いかかるのは熱烈な蹴り。体重を十分に乗せられた蹴りは臓器やら横隔膜やら、重要な部位へと衝撃を伝える。

 

「うぐっぁあ」

 

腹を抑え、手をつくために机へとよろめいて倒れゆく。

 

トドメに罵るジョンは、応答を期待してはいなかった。

 

「お前は体験してねえから言えるんだ! この、バカ野郎!」

 

体が崩れ落ち、よろけた刹那。

 

 さらにジョンの拳がスミスの顎を捉えた。

 

 鋭いアッパーカット。磨かれた技術によって生まれた一撃。

スミスの意識は火花を散らし、そのまま床へと崩れ落ちた。

 

「……悪いな、スミス!だが、俺は転移者の『最強信仰』と一緒に、弓矢で殺されるのは御免だ。」

 

ジョンは手早く身支度を整え、ハンガーラックからコートをひったくった。

 

 ふと、窓の外を見る。雨の向こう、遠く離れた首都の政庁舎には、あの独裁官や元老院議員たちがいるはずだ。

 

 所詮、独裁官は現場の兵士など使い捨ての駒としか思っていないであろう。

だが、その駒が余計な知恵をつけた時、もっとも残酷な方法で盤上から弾き出す。おそらくは、死。

 

ジョンは一度だけ、かつての仲間に振り返り、机の上の無機質なミスリルの塊――銃を見つめた。

 

 これさえあれば世界が変わると信じた者たちの末路は、いつも決まっている。

 

「あばよ!てめぇは俺の誕生日の日にロウソクを1番最初に吹き消したからずっと嫌いだったぜ!」

「歳上だからって掃除をサボりやがって!このバカ!」

 

最後に恨みの一発。倒れたスミスの顔についているメガネを外し、踏み壊した。

 

 

 

シャープスライフルを一瞥し、すぐにジョンは駆け出す。

馬がなくとも、今なら次の街まで間に合う。

 

駐屯地の高い壁は四方を囲んでおり、まるで監獄のよう。そんな圧迫感の中、ジョンは逃げるために走るのだった。

 

 

 

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