私の名前はハル。
高校2年生。
小さい頃住んでいた街に隣町から通っている。
可愛い後輩や優しい友達に囲まれて楽しく暮らしている。
…あれから私はどれだけ一心不乱になったのだろうか。
過去を振り切るように勉強やって、身体も鍛えて。
お陰で学校のトップになり、皆んなから認められて羨望の眼差しを受けるまでになったけど、私の心はそれで埋まることはなかった。
もちろん皆んなから尊敬されるのは嬉しくて光栄なことだった。
でも親友がいなくなったあの苦しみと後悔はそう簡単に消えるものではない。
ましてや私の罪も無くなるわけでは無い。
私は今でもあのことを思い出すと涙が溢れてくる。
もう一度会いたい。会いたい。会いたい。
本当に会って話したい。
受け入れたつもりでも諦められないものだった。
しかし最近驚いたことがある。
(ユイ…?)
突然、私の前にユイが現れた。
…違う、この子は別の子だ。
私よりも学年が下の全く他人の子だ。
(会いたかったよユイ…)
ユイじゃないとわかっているのに私は目の前の女の子の顔を触って見つめて釘付けになった。
まるで私が2人いるかのように身体と心の整合性が取れていない。
すぐにこの子から離れて、私は私の過去と向き合わなきゃ
「貴方のお名前は?」
…何を聞いてるの?
「ねえ…このあと時間ある?」
…やめて…この子は関係ない
「貴方のこと…」
もっと知りたい。そう言って私はネコを誘ってデートに誘った。
この時点で私は最低だった。
この子をユイと見てしまったことでもダメなのに、私はデート中にネコちゃんについてわかったことがある。
この子は優しい。
いい子。
デートしてて本当に楽しかった。
友達らしい友達ができるのなんてユイ以外だと、こともちゃんとネコちゃんだけかな。
だからこそ新しい友達との時間はあっという間だった。
私がやることにすごくいい反応をしてくれて、からかってみるとまた面白い反応が返ってきて、本当に愛おしい。
だからこそ自分が許せなくなってくる。
なぜ私は気づいてるのにまだユイと重ねているのだろうか。
ダメだよそんなこと。
絶対にダメ…
「…ただいま」
そうして私は家に帰った。
●◆
「げほっ!げほっ!」
全身の痛みと血を吐いて私はなんとか立ち上がる。
横には倒れた妹と母がおり、酒とタバコで充満した匂いに私は咳き込み、2人のそばへ
「お母さん…ユリナ…」
ユリナは顔に1発。お母さんはベルトで何度も何度も何度も…
お母さんのは見てられなかった。
途中で目を瞑って耳を塞いでたから何がどうなったのかはわからない。
私は刃物で切り付けられて、お腹を蹴られて今にでも死にそうだけど、途中で気絶したからそれ以上は特にされなかったらしい。
でもお母さんはそうでもないみたいだ。
…寝かせてあげよう
「み…水を一口…」
切れた口を洗いたい気持ちと、乾いた喉を潤すために台所にいく。
しかし足が動かず、転んでしまい、テーブルに倒れ、大きな物音を立てながら全身を床に叩きつける
「・・・」
大丈夫…いつもこれだから。
このぐらい、包帯巻けばいいだけ。
「お姉ちゃん…」
自分を励ましていると、妹が這いずって近寄ってきた。
気絶から目を覚ましたみたいで私に甘えてくる。
「あぁ…ごめんごめん。すぐにご飯しようね」
身体を無理やり起こし、テーブルを直し、冷蔵庫にあるコンビニ弁当を出して温めて、妹を椅子に座らせる。
「ありがとう…お姉ちゃん」
私がご飯の用意をしたり、髪を解いてあげたりすると決まってその言葉を言う。
でもその言葉が毎回私の心を刺してくる。
私は臆病で卑怯者だ。
妹は私をすごい存在だと見てる節があるけど、父親には逆らえないし、妹の代わりに殴られる度胸も何もない。
…ハル先輩なら
つい数時間前から幸せな気持ちからジェットコースターみたいに地獄の時間に落ちて私はもう感情ぐちゃぐちゃだった。
でも次第に慣れて、妹の横に座り、妹の血を拭く。
ハル先輩に会いたい…早く会いたいなぁ
あと家庭環境のことは友達に言ってない。
あの男は頭がおかしい。子供でも女の子でも構わない。
過去はこんな人じゃなかった。
優しい人ではなかったけど、すぐに怒ったりする癇癪持ちでもなかった。
子供に興味がない人ていう感じだった。
でも1年前から人が変わった。
不自然に笑い始めることが多くなった時思ったら、今度は楽しい言う言葉と可哀想と言う言葉を連呼し始めて、急に暴力を振るい出した。
この前は自分の後ろを走ったというだけでユリナの顔を殴って踏みつけた。
…私はその光景を見て何もできなかった。
なんなら自分じゃなくてよかったと思ってしまった
「ごめん…ごめん…ごめんねユリナ…」
モグモグと食べる妹の前で倒れた母を横に私は涙を流して妹に謝り続ける。
もう小学3年生なのにこんなに辛い目に合わせてごめんという気持ちと、守ってあげれない情けない気持ちから私は謝り続ける
私とユリナ。
お揃いの赤いリボンを付け、その赤は血と滲んで元色なのか私達で染めた赤なのかもうわからない
●◆
私は夜を廻っている。
あまり知ってる人はいないけど、この街の夜はちょっと怖い。
化け物がたくさん歩いてて、私を見ると襲いかかってくる。
全部が全部そうじゃないけど、とりあえず逃げることに越したことはない。
「…はぁ」
ため息をつく。
しつこいと思うけど、私はまだユイとネコが似てることを引きずっていた。
…今日は本当に危なかった。
ネコとたまたま通学途中に会って、一緒に歩いていたら「不思議な形をした松ぼっくり」と言ってネコは私のところに持ってきた。
松ぼっくりを持って笑顔で私に接してきた瞬間、私はそれから完全にユイにしか見えなくなってしまった。
声は違うはずなのにだんだんと思い出してくる。
ユイと始めて友達になれたこと、あき地でわんちゃんの世話をしたこと。
溢れ出てきて整理している内に私は立ち止まって涙を流していたらしい。
涙を拭いてくれながらネコが教えてくれた。
そうこうしてる内に学校につくと、学年が違うから当然学校内だと離れる。
でも私はネコを離さなかった。
手を握って離さなかった。
ユイは気遣って私に声をかけてくれたけど、私は地面を見つめたままその場から動かなかった。
ユイは困った表情をして「私で宜しければ話でも聞きますよ?」とまで言ってくれたけど違う。
私はもう危なかった。
だってこの子を連れ去りたいって思ってしまったんだから
「…あのまま止まらなかったら…やってることは昼のよまわりさんだよね」
なんて冗談を言いながら軽く笑い、夜を歩く。
でも本当に危なかったから、放課後でも私はネコに関わらなかった。
自分が制御できないなんて久しぶりだったからネコのために距離をとった。
だけどそんな自分勝手なことをした結果、ネコに寂しそうな表情をさせてしまい、自己嫌悪が進む。
「明日謝らないと…」
そう思って歩いていると
「あ…」
「え?」
目の前にネコがいた。
「先輩…何してるんですかここで…」
「こっちの台詞だよ!何してるのここで!?」
私が出歩いてるところは、私の住んでいる街。
つまりネコにとって隣町のエリアだ。
なんでこんなところにまでネコがいるの?
「いや…あの…」
「…?…言いたくないならいいけど、すぐに家に帰ったほうがいいよ」
「・・・・」
「…どうしたの?家に帰りたくないの?」
「いえ…あの…」
しどろもどろになるネコを放っておけなかった。
というよりも早く家に帰さないと。
…あれがくる
ーーーカサカサカサカサ
「うぇ!?今の何!?」
「…きたね」
音を聞いて狼狽えるネコの手を握り、私は決めた。
距離は遠いけど家まで送る
「いい?ネコ。私から絶対離れない、手を離さない。約束してね?」
「え?なにをいって」
「約束して」
「は、はい!」
「私もネコを家に返すまで貴方を守るから。約束する」
お化けが集まってきた…
「いくよネコっ!走って!」
そう言ってハルはネコの手を握って走り出した。
急な加速にネコは引っ張られ、身体が前屈みになる。
(はっっっや!?先輩速すぎるって!!)
あまりにも早い加速にネコは驚愕する。
すでに最初の3歩で向かい風を感じてしまうそのスピード。
踏み込みか足の筋力かはわからない。
とにかく言えるのはその走力はとても高校生とは思えない
「先輩!なんでそんなに走るんですか!」
「説明してあげるからとにかく走って!」
ネコは何故走るのかわからない。
夜は怖いが、そんなに急ぐほどだろうかと疑問に思う。
ハルの必死さにネコはつられるが、大きな理由もなくこんなに全力疾走は難しい。
体力も持つかどうか
「ん?」
ネコは屋根の上に何かに気づく。
顔だ。
顔…
(え?顔だけ?)
「お、い、で」
「ひぃっ!!!!ば、バケモノが喋ってる!」
顔だけの化け物は屋根から飛び跳ねて追いかけてくる。
声は不気味で聞きたくない気持ちの悪いもので、ネコは鳥肌が立ちながら走り続ける
「オォ…」
今度は黒い謎の男?か、わからないけど巨大な人型の化け物が後ろから追いかけてきた
「あ、あぁ…」
ネコは顔がひきつる。
恐怖で顔面蒼白になり、足が重くなり、こけそうになると
「ネコ!しっかり!」
「わぁ!?」
ハルはネコを担ぐと全力疾走で走り抜け、2体の化け物から一瞬で距離ををあける。
その様子はまるで自転車と新幹線だ。
距離は縮まることはなく、ハルとネコは追跡を振り切った。
●◆
ハルとネコは公園で一休みを取っていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
ネコは息切れで今でも倒れそうであり、体力の限界は明らかだ。
「あと2分休憩したら行くからね。早く移動しないと集まっちゃう」
対照的にハルは汗もかいておらず、ネコの回復を隣で待つ
「先輩…先輩体力どうなってるんですか」
「ネコも中々悪くなかったよ。ちゃんと着いてきてくれたし」
「ハル先輩が支えてくれたおかげですよ…でなければ死んでました…ありがとうございます!」
「お礼はいいよ。だって友達でしょ?」
「普通は友達を片手で担いで走るなんてできませんけどね…」
「ユイなら何時間でも運んであげるから安心して」
「…ゆい?」
撫でられた頭をかきながら首を傾げる
「多分この時間だとカラスの幽霊も来てもおかしくないし…やっぱりペース上げていかないと厳しいな…」
私だけならなんとでもなるけど、この子の体力を考えると普段通りにはいかない。
ここに絶対置いていくわけにはいかないし、何がなんでもこの子だけは無事に家に帰す
「ハル先輩!ハル先輩!」
「どうしたの?」
「あれ!」
ネコが怯えながら私の背後に隠れ、暗闇の方向を指差す。
指差した方向にはセーラー服の女の子が立っており、顔はなんとムカデそのものだ。
体を不規則に揺らしながら私とネコに近づいてくる
「ムカデの化け物!!!先輩早く逃げましょう!!」
ネコは涙目になりながら私を引っ張る。
しかし腰は抜けており、すぐに転んでしまい、それにつられて私も膝をつく
「ネコ、落ち着いて…」
私はネコを落ち着かせようとするが、ネコは怯えて必死に離れようとする
そんなネコを追い詰めるようにムカデ女は笑いながら喋り出した
「オマエたちヲ、クッテヤル…クッテヤル…」
「ひぃっ!!しゃべったぁ!!!」
「・・・」
ネコはハルに抱きつき、涙を流して取り乱す。
それを嘲笑うかのようにムカデ女はネコとハルの周りをステップする
「ケチャップヲツケヨウカ?マヨネーズカ?オイシイオイシイ、ニクダ」
「お願い…助けて…」
「・・・・」
「サァコノママ…イキタママクッテヤル!!!」
「あぁぁぁぁ!!」
ムカデ女は一気に距離を詰めてネコの腕を掴む。
そんなムカデ女にハルは一言。
「やめてコトモ」
その言葉にムカデ女は止まる。
ハルとムカデ女は向かい合うも、ハルは全く下がらない。
少しの静寂のあと、口を開いたのはムカデ女の方だった
「ふふっ…あはははは!!!」
そして強く掴んだ手を離して、大笑いしながらお腹を抑える
「いやぁ…この子のリアクションすごくいいよ!ハル〜めっちゃいい後輩連れてきたんじゃない?」
「からかうのはやめて。この子怖がってるよ」
「ちょーーーと脅かす予定だったけどあまりにもいい反応するから遊んじゃった。…てへっ」
「はぁ…コトモは本当に…」
ムカデ女にハルは頭を抱える。
さっきとは打って変わって和やかないムードにネコは落ち着きを取り戻す。
「え…えぇ…ハル先輩の知り合いですか?」
「うん。私の友達。名前はコトモ」
「でも…ムカデのお化け…」
「あ、これマスクね」
すぽーんっとコトモはムカデマスクを取ると、ネコにピースする。
現れた可愛い女子高生に
…ネコはしばらく固まっていた。
さっきまで「食べられる」と思っていた相手が、突然ピースしている普通の女の子になったのだから無理もない。
⸻
「……え?」
ネコは目をぱちぱちさせながら、マスクを持っているコトモを見つめる。
「え?え?え?
あの……ムカデ……は?」
「だからマスクだってば」
コトモは笑いながらムカデの被り物をひらひら振った。
「ほら、ゴムついてるでしょ?」
ネコはゆっくりハルの後ろから顔を出す。
「……」
そして数秒見つめたあと――
「び、びっくりしたぁぁぁぁ!!!!!」
膝から崩れ落ちた。
⸻
ハルは小さくため息をつく。
「だから言ったでしょ。からかうのやめてって」
「いやーでもさ」
コトモは肩をすくめる。
「この子、リアクション神だよ?
“ケチャップかマヨネーズか”って言ったときの顔見た?」
「見たけど。怖がってたよ」
「可愛いじゃん」
「可哀想でしょ」
⸻
ネコはまだ地面に座り込んだまま、震える声で言った。
「先輩……」
「うん?」
「心臓……まだバクバクしてます……」
ハルはしゃがんでネコの背中を軽くさする。
「大丈夫。もう襲われないから」
「いやさっきのが一番怖かったです……」
コトモが横から笑う。
「ごめんごめん。ちょっと遊びすぎた」
「ちょっとじゃないです……」
⸻
コトモは改めてネコを観察する。
「へぇー、この子がハルの言ってた後輩?」
ハルは少しだけ言葉に詰まる。
「……うん」
「ふーん」
コトモは意味ありげにニヤッと笑った。
「確かに似てるね」
その瞬間、ハルの表情がほんの少しだけ固くなる。
ネコは首をかしげる。
「似てる……?」
「なんでもないよ」
ハルはすぐに話を切り替えた。
「コトモ、こんなところで何してるの」
「夜回り。いつも通り」
コトモはくるっとマスクを回す。
「今日は“顔だけ”とか“黒い巨人”とか、結構出てるよ」
「やっぱり…」
ハルは小さく頷く。
ネコは青ざめた。
「え、さっきのって……本物だったんですか?」
「うん」
「え」
「普通に危ないやつだよ。捕まったら即死」
「えええええええ!?」
⸻
コトモは楽しそうに笑う。
「この子ほんと面白い」
「だからからかわないで」
「はいはい」
コトモは両手を上げて降参ポーズを取る。
そして少し真面目な顔になった。
「で、どこまで送るの?」
「ネコの家。隣町」
「結構遠いじゃん」
「だから急いでる」
コトモは空を見上げる。
「うーん……正直そろそろ囲まれてもおかしくないなぁ…危ないから今日はハルの家に泊めてあげたら?」
「私の家?」
ネコは震える声で聞く。
「ハル先輩の家…?
ハルは立ち上がった。
「ねぇ、分かってて言ってるでしょ」
「じゃあ走らせるの?この子もう体力の限界そうだよ」
「・・・」
私の家は…少しまずい…ユイに似たこの子と一緒にいて、無事に返せる保証ができない。
さっき手を繋いだあの時間だけでも危なかったのに…一緒の空間にいたら私何するかわからない。
絶対わかってる…でも走らせるのも酷だ
「こっから余裕で10キロあるし、ハルは良くてもネコが可哀想だよ」
「…わかった…ネコ、今日は私の家でいい?」
「は…はい…」
そしてネコに手を差し出す。
「立てる?」
ネコはその手を握る。
「……はい」
ハルは少しだけ微笑んだ。
「よし。じゃあ行こう」
するとコトモが言う。
「私もついてくよ」
「いいの?」
「今日は暇だし」
コトモはムカデマスクをまた被った。
「三人の方が安全でしょ?」
ネコは思わず叫ぶ。
「マスクは外してください!!」
コトモはケラケラ笑った。
⸻
夜の公園。
三人は並んで歩き出す。
ハルは前を見ながら静かに思う。
(ネコはネコ)
(ユイじゃない)
分かっている。
分かっているのに――
隣で一生懸命ついてくる後輩を見ると、胸の奥がまた少しだけ痛んだ。