ハル先輩は恐れない   作:3DS大将

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ハルの家

ムカデ女…ではなく、コトモと別れた後、ハルはネコの手を握ったまま、自分のアパートまで歩いた。

夜の街は静まり返り、さっきの化け物の気配はもう遠ざかっていた。

それでもネコの足取りはまだふらつき、指先が冷たく、時々肩を震わせて振り返る。

ハルは無言でネコの手を強く握り直し、

「もう大丈夫」とだけ小さく呟いた。

アパートのドアを開けると、ほのかに甘い匂いがした。

バニラとシナモンのような、優しい香り。

「入って」

ネコは一瞬躊躇したが、ハルの温かい手に引かれて玄関をくぐった。

靴を脱ぐと、リビングは狭くて、でも不思議と落ち着く空間だった。

ハルはネコをソファに座らせ、

キッチンへ向かった。

 

ネコはソファに腰を下ろすが、膝を抱えて小さくなる。

まだ心臓がドクドク鳴っている。

「……お腹、空いてる?」

ハルが振り返って聞いてきた。

ネコは首を振る。

「いえ……大丈夫です」

その瞬間。

グゥゥゥ……

ネコのお腹が、はっきりと鳴った。

「……っ」

ネコは真っ赤になって両手でお腹を押さえる。

ハルは一瞬ぽかんとして、それからくすくすと笑い出した。

「ふふっ、正直に言えばいいのに」

「う、うるさいです……!今日は色々ありすぎて……」

「わかったわかった。じゃあ、ちょっと待ってて」

ハルはエプロンを着け、手際よく調理を始めた。

冷蔵庫から卵、ベーコン、玉ねぎを取り出し、フライパンを火にかける。

ネコはソファからキッチンを覗き込む。

「……先輩、料理できるんですか?」

「うん。一人暮らし長いからね。簡単なものだけど……」

 

冷蔵庫を開け、卵、ベーコン、玉ねぎを取り出す。

フライパンを火にかけ、手際よく調理を始める。

ネコはソファからキッチンを覗き込みながら、

まだ震えが完全に止まらない体を抱きしめていた。

数分後、ハルが持ってきたのは、

ふわふわのオムライスだった。

ケチャップで描かれた小さなハートの絵。

横にはサラダと温かいスープ。

「はい、どうぞ」

 

ネコは驚いた。

片腕で作った料理はとても見栄えが良く、ハルの技量の高さを改めて確認させられる。

 

ネコはスプーンを手に取り、一口。

「……!」

目を見開く。

卵はとろとろで、中のチキンライスは優しい味付け。

今まで食べたどのオムライスよりも、ずっと温かくて、ずっと美味しい。

「……おいしい……」

声が震えた。

ハルは自分の分を手に取り、

ネコの隣ではなく、向かいのソファに腰を下ろした。

背もたれに体を預け、足を軽く組んでくつろぐ。

左腕のない袖が、静かに揺れる。

ネコが食べ進めている間、ハルは静かに窓の外の様子を眺めていた。

時々、ネコが視線を上げると、ハルは柔らかく微笑む。

でも、すぐに目を逸らさず、じっと見つめ返す。

ネコはスプーンを止めて、

小さく呟いた。

「……先輩」

ハルは軽く首を傾げて、

「ん?」

「……あの……あそこにいた理由、聞かないんですか?」

ハルは少し間を置いて、ゆっくりと首を振った。

「聞かないよ」

ネコの目が少し揺れる。

「だって……聞かなくても、わかる気がするから。

帰りたくない理由なんて、誰にでもある。

無理に話さなくていい」

ハルはソファの背に深く寄りかかり、

天井を見上げながら続けた。

「でも、もう夜は出歩いちゃダメだよ」

声は優しいのに、どこか厳しかった。

「夜の街は……危ない。

化け物だけじゃなくて、もっと怖いものもいる。

ネコちゃんみたいな子は、特に狙われやすいんだ」

ネコはスプーンを握ったまま、俯いた。

「……わかってます。でも……」

「でも、じゃない」

ハルは体を起こし、ネコの目を見て言った。

「今夜はここにいて、朝になったら一緒に家行こう?」

ネコの目から、ぽろりと涙が落ちた。

「……ありがとう……先輩」

ハルは照れくさそうに頰を掻き、

「ふふっ。たくさん食べてね。冷めちゃうよ」

ネコは頷きながら、再びスプーンを動かした。

ハート型のケチャップが、少しずつ消えていく。

ハルはまたソファに体を預け、くつろいだ姿勢でネコの食べっぷりを眺め続けた。

部屋の中は、オムライスの甘い匂いと、

二人の静かな呼吸だけが満ちていた。

窓の外では、夜の街がまだ息を潜めている。

 

・・・

 

ネコはオムライスの最後の一口を食べ終え、スプーンを皿に置いた。

ハルは向かいのソファに体を預けたまま、静かにネコの様子を眺めている。

部屋の中は、甘いケチャップの匂いと、かすかな時計の針の音だけが響いていた。

ネコは膝の上で指を絡ませ、

意を決したように口を開いた。

「……先輩」

ハルは軽く首を傾げた。

「ん?」

「……あの……左腕のこと……」

ハルは一瞬、動きを止めた。

表情は変わらないまま、ただ無言で座り続ける。

視線はネコの顔に留まっているのに、どこか遠くを見ているようだった。

ネコは言葉を続ける。

「……みんな、気になってるんです。

学校でも、友達の間で『ハル先輩の左腕、どうしたんだろう』って話になるけど……何故か、そこから話が進まないんです。誰も、深く聞けないっていうか……」

沈黙が落ちた。

ハルはゆっくりと息を吐き、ぽつりと呟いた。

「……聞きたい?」

ネコは咄嗟に頷いた。

「はい……聞きたいです…」

その瞬間、

部屋の空気が変わった。

ハルの瞳が、わずかに細くなる。

いつもの優しい微笑みが、薄く消える。

代わりに、静かで、でも鋭い何かが浮かんだ。

ハルはソファから立ち上がり、ゆっくりとネコに近づいた。

一歩、一歩。

足音が、ネコの心臓の鼓動に重なる。

ネコは後ずさりたくなる衝動を抑えきれなかった。

体が勝手に震え、息が浅くなる。

恐怖——

それは化け物を見たときのものとは違う。

もっと静かで、もっと深い、

「この人に触れられたら、もう逃げられない」

というような、底知れぬ恐怖。

ハルはネコの前に立ち、

ゆっくりと右手を伸ばした。

指先が、ネコの頰に触れる。

冷たくて、温かくて、

でもその感触に、ネコの全身が凍りついた。

「……ご、ごめんなさい……!」

ネコは小さく叫んで、目を閉じた。

体が縮こまり、謝罪の言葉が勝手に溢れ出す。

「ごめんなさいハルさん!ごめんなさい!」

次の瞬間。

ハルの手が、優しくネコの頰を撫でた。

いつもの、ハルに戻っていた。

柔らかい笑みが、ゆっくりと浮かぶ。

「……ふふっ。びっくりさせたね、ごめん」

ハルはネコの隣に腰を下ろし、

左腕の袖を軽く揺らしながら言った。

「左腕のことは……まあ、昔の怪我だよ。詳しくは、話したくないかな」

ネコはまだ震えが止まらず、

小さく頷くだけだった。

ハルは少しの間、黙っていた。

窓の外の夜空を眺め、

ため息のように息を吐く。

 

「今、ハルさんって言ってくれたね」

「え!?あっ!すみません先輩!」

「いいよ。むしろハルって呼んでほしいな」

「呼び捨て!?無理無理そんなことできませんよ!!」

 

ハルは不服そうに口を尖らせ

 

「距離詰めすぎたかな…」

「なんて言いました?」

「なんでもない、ちょっと独り言!」

ニコって笑うハルにネコは優しいハルに戻ったことに安堵するのと同時にさっきのハルの様子が不可解に感じた。

 

こんなに優しいのになぜさっきは影のある恐怖のオーラを出してまで話を終わらせたのか。

きっとあの左腕がハルの過去の根幹なのだろうと感じ、同時に辛い思い出だということも察した。

 

「…夜の化け物は…誰か退治してくれないんですかね」

「それって霊媒師や除霊師のこと?」

「あ、それですそれです」

「あてにならないよ。知ってる人いるけど弱いのしか退治できないし」

「え…えぇ…」

 

ネコは少し落胆する。

夜にあんな化け物がいて、出歩くことすらままならないことにもそうだが、対抗策が逃げること以外にないことが残念なのであった。

 

そこで一つ疑問が出る

 

「ハルさんはなんであそこに?」

「わたし?…昔からやってることだから慣れてる。夜廻なんてもう長いし」

「人には危ないって言うのに…自分はいいんですか?危険だとわかってるのになんでやるんです?」

「探してる人がいるんだけど…そのついでに人助け」

「探してる人…」

 

探している人に関しては昼に探せばいいのではと思うネコ。

だがハルの行動に口を挟むことはできない。

恩人だからということもあるが、それにしてもこの人の目は特に話を深入りさせてくれない。

 

「まぁ…もう会えないと思う…私もあの時望んだし、でもそんな選択しておいて後から年を跨ぐと寂しさだけが大きくなった」

「…ハルさん?」

「でも私だって離したくなかった…ずっと一緒にいたかった…おばあちゃんになるまで一緒にずっと…ずっと…」

「ハルさん落ち着いて!」

 

だんだんと身体を震わせるハルを見ていられなくなったネコは隣に座る

 

「・・・ごめんね」

「いえ…やっぱり何か辛いことがあったんですね…」

「・・・色々ね」

 

ハルはネコの手を握る。

突然握られてネコは驚くが、ハルの温もりに安堵してしまう。

 

「うぉっ!」

「…手握っててもらえるかな?」

「私でよければ!」

ネコは両手でハルの手を握る。

ハルは嬉しそうに優しい笑顔になっていき、頭をネコの肩に寄せる。

ハルは目を瞑ると、ウトウトとしだし、ネコに耳元で

 

「遅いから…もう寝よ?」

「は、はい…」

 

ネコはドキドキしながら眠りにつくハルを横目に座り続ける。

 

「大丈夫。怖いのは私が追っ払ってあげる。ネコは私が守る」

 

ハルはリラックスした様子でネコに語りかけ、ネコはハルの手を握りしめ、お互いが目を瞑って明日の朝を待つ。

 

 

 

 

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