ハル先輩は恐れない   作:3DS大将

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体育際の前日

放課後の校門付近。西日が長く伸びる。

授業が終わり、学校から帰る途中、下駄箱で靴を整えている間、ネコはユイに今日のことを聞く。

 

(ユイ、授業の内容わかった?)

「さーぱりっ!ネコってよくあんなの勉強できるよね」

(あはは…実は私も数学苦手で…)

「へぇ…もう算数とは言わないんだね。高校生ってなんか大変」

ユイは精神的にはネコの一個上とはいえ、死んだしまった小学低学年の頃からは当然教育を受けることなく、今がある。

そのため先生の授業中は、生きてた頃の思い出に浸っていたり、周りの生徒が授業中にも関わらずおしゃべりしたり、背中に消しゴムを入れてイタズラする男子生徒を観察して過ごしていた。

 

(高校の算数は数学って言うんだよ。でもユイは授業受けてないから分からないのは仕方ないよ)

「いや…私が生きてても普通に成績悪いと思うよ。勉強そんな好きじゃないし」

(私も好きじゃない…おんなじだね)

「ネコは立派な高校生なんだからちゃんと勉強しな」

(ひ、ひどい!)

 

2人は他愛のないやり取りをしており、ユイが憑依したネコが帰ろうとしたその時、背後から声をかけられた。

 

「よっ、ノラ!」

 

振り返ると、そこには左目に眼帯をした先輩――コトモがにこやかな表情で立っていた。

「っ……!!」

ユイは反射的に、ネコの体をビクンと跳ねさせた。

心臓が早鐘を打ち、指先が瞬時に冷たくなる。かつて夜の街で、出会った忘れもしない少女。

「……あ、え、えっと、はい。さよなら、コトモ……っ!」

ユイは声が震えるのを必死に抑え、しどろもどろに応対した。コトモはネコ(ノラ)だと思って、いつものように穏やかで少しマイペースな調子で首を傾げる。

「どうしたの? なんだか、すごく顔色が悪いみたいだけど。……どこか、具合でも悪いのかな」

そう言って、コトモが心配そうに顔を覗き込んできた。彼女の眼帯のない方の瞳が自分を見つめるたびに、ユイは中身が自分であることを見透かされてしまうのではないかという恐怖で、心臓が爆発しそうだった。ネコの体は冷や汗でじっとりと濡れていく。

(ちょ、ちょっとユイ!? どうしたの、そんなにガタガタ震えて。コトモ先輩、たしかに不思議な雰囲気だけど、すごく優しい人だよ?)

ネコが内側から不思議そうに問いかける。

 

「どうしたの? なんか顔赤いよ〜。ハルのこと考えて照れてる?あはは、かわいいなあ」

コトモはユイの反応に気にせず、ユイのほっぺに指を当ててからかい、その動作によりさらに冷や汗をかく

 

 

(……この人とは、その、本当に……色々あったんだよ……っ!)

ユイは小声で、消え入りそうな声で答えるのが精一杯だった。コトモの何気ない、けれどすべてを見透かすような澄んだ視線に耐えられなくなり、ついに限界に達した。

「あ、あの! 急用を思い出したので、失礼しますっ!!」

「えっ、あ、ノラ……!?」

困惑するコトモをその場に残し、ユイは脱兎のごとく駆け出した。

全力で校門を飛び出し、角を曲がってその姿が見えなくなるまで、一度も振り返ることはなかった。

(ユイ! 速すぎるよ! コトモ先輩と何があったの!?)

ネコの困惑した叫びも、今のユイの耳には届かない。

とにかく、ユイはネコに憑依してること自体が、コトモにバレるわけにはいかなかった。

 

 

○◆

 

 

 

ユイが操るネコの体が風を切って駆け抜ける。

背後に残してきたコトモの気配が遠ざかるのを確認して、ようやくユイは荒い息を整えながら口を開いた。

「はぁ……はぁ……。あ、あのねネコ、コトモがすごく優しい人だってことは、私もちゃんと知ってるの。でも……今の私がネコに憑依してるってバレたら、絶対にまずいことになる。だから、今のことは内緒にして」

(……わかった。ユイがそこまで言うなら、私は誰にも言わないよ)

 

ネコの素直な返事を聞いて、ユイは少しだけ安心したように目を伏せた。けれど、その表情はすぐに真剣なものへと変わる。

 

「それから、もう一つ。……私を助けてくれてるのにこんなこと言うのは変かもしれないけど……。安易に幽霊に関わっちゃダメだよ」

(えっ……?)

「私は、ネコを傷つけるつもりなんて絶対にない。でも、幽霊の中には優しいふりをして近づいて、そのまま体を乗っ取っちゃうやつなんて普通にいるんだよ。隙を見せたら最後、心を壊してくるやつだって珍しくない。夜の街には、そういう『危ないもの』がいっぱいいるの」

 

ユイの言葉には、かつて死線を潜り抜けてきた者だけが持つ、重苦しいまでの現実味がこもっていた。

「ネコは優しすぎるから……。私みたいなハルに会いたいなんて私情でネコを利用する幽霊を、二度と受け入れちゃダメだよ」

(ユイ……そんなことないよ。私はユイに会えて――)

「……ありがとう。今日、学校に行けて、ネコとおしゃべりできて、本当に楽しかった」

 

ユイはネコの言葉を遮るように、優しく、けれどどこか拒絶するように微笑んだ。

「ありがとう、ネコ」

その言葉を最後に、ネコの体からふっと力が抜けた。

憑依が解かれ、内側から溢れていた超人的なエネルギーが霧散していく。

夕闇が迫る道端で、自分の感覚を取り戻したネコが立ち尽くす。

隣には、半透明の姿に戻ったユイが、今にも消えてしまいそうな儚い笑顔で立っていた。

 

ユイは姿を消し始め、ネコから離れようとする。

その悲しい後ろ姿はネコをハッとさせる。

 

「ユイ! 行かないで!!」

憑依が解けた直後、その儚げな微笑みと「ありがとう」という言葉が、まるでお別れの挨拶のように聞こえてしまった。ネコは夕闇の中に消え入りそうなユイの姿を見て、喉が張り裂けんばかりの声を上げた。

 

「あわわっ! ちょっと、ネコ!? どうしたの、そんな大きな声出して!」

消えるどころか、ユイは慌ててネコの元へタタタッと駆け寄ってきた。両手をぶんぶんと振って、焦りながらネコの顔を覗き込む。

 

「勘違いさせちゃった? ごめんね! お別れじゃないよ、ただ憑依を解いただけ。ほら、私、ちゃんとここにいるから! 明日の体育祭、絶対勝たせてあげるって約束したでしょ?」

ネコは肩を上下させて息を整えながら、目の前の「幽霊」をじっと見つめた。

「……本当? 本当に明日、一緒に戦ってくれる?」

「もちろんだよ。ハルに勝とう! 私たちの力、見せつけてやるんだから」

ユイがいつものように胸を張って笑うと、ネコは少しだけムッとしたような表情になった。

「……もう、驚かさないでよ」

そう言うと、ネコは仕返しとばかりに、ユイのふっくらとした頬を目掛けて指を伸ばした。

(どうせ幽霊だし、手はすり抜けるんだろうな……)

ユイはそうタカをくくって、避ける動作すらしなかった。

ところが。

「――あいたたたたっ!?」

ネコの指は空を切ることなく、しっかりとユイの頬を捕らえた。

ぎゅーっと左右に引っ張られ、ユイは驚愕で目を見開く。

「な、なんで!? 私、幽霊だよ!? なんで触れるの!?」

「あ、やっぱり触れた」

ネコは平然とした顔で手を離した。

 

「ハル先輩にも言ってないんだけど…私って昔から幽霊とか見えちゃってて…小さくて手のひらサイズぐらいのお化けなら手で追い払ってたんだ。てかむしろそんな可愛いサイズのお化けしか見てなかったから、夜の街の化け物を見て本当に腰抜かしたんだよね」

 

 

笑いながら話すネコに、ユイは信じられないといった様子で自分の頬をさすり、ネコをまじまじと見つめた。

「ネコ……あんた、本当に何者なの……? 怖くないの? こういう、普通じゃないものに触れるのって、普通はもっと……その、大丈夫なの?」

心配そうに問いかけるユイに対し、ネコは少しの間、沈む夕日を見つめて考え込んだ。

それから、どこか冷めた、けれど確信に満ちた声でこう答えた。

「うーん……。幽霊は…怖いね………何回も殺されかけたし…でもっ、どっちかっていうと、人間の方がよっぽど怖いよ」

その言葉には、学校生活や名前へのコンプレックスの中で、生身の人間から受けてきた視線や言葉の鋭さを知るネコなりの実感がこもっていた。

ユイは何も言えなくなり、ただネコの少し寂しげな横顔を見つめていた。

 

「でもユイはこんなに優しいし、ハル先輩もあったかくて良い人だから…人間にも幽霊にも怖い人と優しい人がいるんだなって気が付いたらよ」

 

そう言って笑顔になるネコに、釣られてユイも明るく笑顔で返す。

それと、ネコはさっき走った道に振り返り、ため息をついてユイに目線を向ける

 

「はぁ…ユイが家と反対方向に逃げたから下校時間伸びたなぁ」

「えぇ!?あっ!ごめん!」

「いいよ。帰る時間が伸びる分には」

「…??」

 

ネコの言葉が深く理解できず、ユイは首を傾げる。しかし本格的に暗くなってきたため、これ以上留まる必要はないと思い、ユイはネコに声をかける。

 

「じゃあね!ネコ!明日は絶対勝つよ!」

「…うん!またね!!」

 

夕闇が深まり、ユイの姿が夜の帳に溶けるように見えなくなった頃。ネコは独り言のように、静かに呟いた。

「……ユイと話してるとさ、なんだかハル先輩と同じような安心感があるんだよね」

その言葉が空気に溶け出すのと同時だった。

「……私の名前、呼んだ?」

「ひゃいっ!?」

聞き慣れた、けれど今は一番聞きたくないタイミングの声に、ネコは飛び上がって振り返った。そこには、街灯に照らされたハルが穏やかに微笑んで立っていた。

「ハ、ハル先輩! いつからそこに……っ」

「今さっきだよ。ネコちゃんが見えたから」

ハルはネコの元へ歩み寄ると、その瞳に温かな光を湛えて言った。

 

「それよりも…なんでこんなところに?家とは全然違う方向だよね?」

「え!?いや、これはその…」

 

ユイが家の方向間違えたせいでここにいますとは言えなかった。

単純に恥ずかしい気持ちもあるが、最大の理由はユイの話題を出せばコトワリ様に怒られる可能性があるからに他ならない。

 

「もう…ほら、送ってくよ」

ハルはネコの手を優しく握り、ネコの家の方向は歩き出す。

 

ハルの手は柔らかく、とても安心する。

これから大っ嫌いな家に帰るにも関わらず、ネコはこの時間がとても好きになりつつある。

だが、夜の静寂と同じように2人の間には会話が発生せず、通学路を歩く2人の少女の靴音が響くだけだった。

 

この2人の沈黙に、ハルの方から話を切り出した。

 

 

「明日、いよいよ本番だね。練習、毎日遅くまで頑張ってたの知ってるよ。……でも、あんまり無理しすぎちゃダメだよ? 」

そう言って、ハルは一歩踏み込み、ネコの顔を覗き込んだ。

「あ、リボン、少し曲がってる」

ハルの指先が丁寧にリボンを整え始める。あまりの至近距離、漂ってくるお日様のような石鹸の匂い。ネコの心臓はうるさいほどに脈打ち、頭の中が真っ白になりかける。

(どうしよう……ハル先輩、かっこよすぎる……!)

その時、ネコの脳裏に、ついさっきユイが言っていた「悪巧み」がフラッシュバックした。

『耳元でふーって息を吹きかけてみなよ。ハル、意外と耳が弱くて……』

(……今なら、できるかも)

ネコは緊張で震える拳を握りしめ、リボンを整え終えようとするハルの耳元へ、勇気を振り絞って顔を寄せた。

 

「……えいっ」

ハルの白い耳に、ふっと、熱い吐息を吹きかける。

「――っ、ふぁ、ぁ……っ!?」

 

次の瞬間、凛としていたハルの体がびくんと大きく震えた。彼女の口から漏れたのは、普段の「絶対王者」としての姿からは想像もつかないような、甘く、無防備で、艶っぽい掠れ声だった。

「…………っ、ね、ネコ……ちゃん?」

ハルは顔を真っ赤に染め、耳を押さえてその場に座り込みそうになる。潤んだ瞳でネコを見上げるその姿は、まさにユイが言っていた通りの「弱点」を突かれた、か弱い少女だ。

 

 

「ちょ、ちょっと、ネコちゃん! 今のは……ダメだよっ……」

ハルは耳を真っ赤に染めたまま、ネコを可愛く叱った。あんなに凛々しいハル先輩が、腰を抜かさんばかりに悶える姿を見て、ネコは内心で(ユイ、大正解だよ……!)とガッツポーズを決める。

 

「全く…一体どこでそんなの習ったのかな…耳が弱いって知ってる人少ないはずなんだけど…」

「いやーなんとなくですよ!なんとなく!」

「えーホントかなぁ〜?」

 

そんな二人の帰り道。前方に、街灯の下で足を止め、自分の掌に話しかけている人影があった。

 

「うんうん、そうだね。今日は特に変わったことは……」

「あ、コトモ先輩?」

ネコが近づくと、眼帯の少女――コトモが顔を上げ、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。

「あ、ノラ!ハル!お疲れ〜仲良しだね」

「何してるんですか、そんなところで」

 

ネコが何気なくコトモの掌を覗き込んだ、その瞬間。

そこには、毒々しく足を波打たせる巨大なムカデが鎮座していた。

 

「ぎっ…ギッ……ギニャァァァァァァァァ!!!!!」

 

 

ネコは人間業とは思えない跳躍を見せた。恐怖のあまり空中で一回転を決めると、そのままハルの肩に飛び乗り、さらにその頭上へとよじ登って、完璧な「肩車」の姿勢でハルの頭をがっちりとホールドした。

 

「わわっ!? ネコちゃん!?」

「ひっ、無理無理無理! 先輩!!ハル先輩!!」

「えっ、あ、大丈夫? これ、そんなに怖いかな……?」

コトモが心配そうにムカデを乗せた手を差し出そうと一歩踏み出す。

 

「こないでぇ!!!」

パニックに陥ったネコは、ハルの頭を「早く走って」と言わんばかりにペシペシと叩いた。

「走って!ハル先輩、走ってください!!早く!!」

 

ハルは一瞬困惑した顔をしたが、

ネコの必死な様子に小さく笑みを浮かべ、

素直に走り出した。

 

「わかったわかった。しっかり掴まっててね」

 

ハルは、頭の上で暴れるネコを落とさないようしっかりとその足を固定すると、

「じゃあねコトモっ!」

シュバッ、という風を切る音を残し、ハルはネコを乗せたまま、まるで競走馬のようなスピードで夜の闇へと消えていった。

残されたコトモは、掌のムカデをそっと撫でながら、ぽつりと呟いた。

 

「……行っちゃった。元気だなぁ、二人とも」

 

二人を見送ったコトモは、街灯のオレンジ色の光の下で、再び自分の右手の人差し指に視線を落とした。そこでは、先ほどネコを絶叫させたムカデが、節のある体を器用にうねらせている。

「……あはは、ごめんね、驚かせちゃって」

 

コトモは指先に這わせたムカデを愛おしそうに見つめながら、まるで親しい友人に話しかけるような、穏やかで柔らかなトーンで語りかけた。

「明日はね、体育祭なんだよ。あの子……ノラちゃんと、あのハルも、二人とも一生懸命練習してたみたい。きっと、明日はすごく賑やかな一日になるんだろうね」

ムカデが触角を忙しなく動かすと、コトモは自分の左目の眼帯をそっと指先でなぞった。

「ハルはやっぱり強いし、ノラちゃんも頑張り屋だから……。うん、きっといい勝負になるよ。二人とも怪我しなきゃいいんだけどね」

 

コトモは夜の静寂に耳を澄ませるように少し目を細めた。彼女の目には、単なる「虫」以上の何かが、あるいはこの街の影に潜む「ざわめき」が、このムカデを通じて伝わっているのかもしれない。

「ふふ、君も見に行く? ……でも、あんまり目立っちゃダメだよ。ノラちゃん、またひっくり返っちゃうからね」

コトモはクスクスと小さく笑うと、ムカデをそっと茂みの方へ逃がしてやった。

「さあ、お帰り。……明日は晴れるといいね」

 

 

 

○◆

 

 

ハルの爆走によってムカデの脅威から逃れた二人は、少し離れた公園の入り口でようやく足を止めた。ネコはハルの頭からずるずると降りると、そのまま地面に手をついて深々と土下座した。

「ハル先輩、本当に……本当にもうしわけありませんでしたぁぁ……っ!」

「あはは、いいよいいよ。顔を上げて、ネコちゃん」

ハルは息一つ切らさず、土下座するネコをひょいと立たせると、膝についた砂埃を自分の手で丁寧に払ってくれた。その仕草はどこまでも優しく、ネコは情けなさで顔を真っ赤にする。

「……あの、私、昔から虫が本当にダメで。家でゴキブリとかが出ると、年下の妹よりも先に絶叫して外まで逃げ出しちゃうんです……」

 

ネコが消え入りそうな声で白状すると、ハルは一瞬きょとんとした後、お腹を抱えて笑い出した。

「あははは! 妹さんより先に!? それは面白いね。ネコちゃん、あんなに運動神経がいいのに、そんなに臆病なところがあるなんて。なんだか、意外な一面が見られて嬉しいな」

 

「笑わないでくださいよぉ……自分でも本当に情けないんですから……」

ネコは上目遣いでハルを見た。そして、ふと思いついて尋ねてみる。

 

「ハル先輩は、虫、平気なんですか?」

ハルは少しだけ視線を泳がせ、苦笑いしながら首を振った。

「うーん、正直に言うとね、私も好き好んで触りたいとは思わないかな。やっぱり、あの独特の動きとか、脚がたくさんある感じはちょっと苦手だよ」

「えっ、じゃあ……」

「でもね」

ハルはネコの目を真っ直ぐに見つめ、頼もしい笑顔を浮かべた。

「もしネコちゃんが困ってて、『助けて!』ってお願いされたら、私はいつでも誰でも相手するよ」

その言葉は、単なる強がりには聞こえなかった。かつての泣き虫だった面影はどこにもなく、今のハルは誰よりも強く、そして温かい。

(……ハル先輩、かっこよすぎだよ……)

ネコは胸がいっぱいになり、思わず言葉を失った。

 

その後ハルさんは「夜道は危ないから」と、当然のような顔をしてネコの家まで送ってくれた。

「ねえ、ネコちゃん。明日の体育祭、本当に本当に、怪我だけはしないでね?」

家まであと少しというところで、ハルはまた足を止めて、今日何度目かわからない念押しをした。

「準備体操は念入りにするんだよ? もしどこか違和感があったら、すぐに棄権するって約束して。あ、水分補給も忘れないように。それから――」

「あ、あの、ハル先輩! 大丈夫ですから! 心配しすぎですよ!」

あまりの過保護ぶりに、ネコはタジタジになって両手を振った。ハルは少し困ったように眉を下げて笑う。

「ごめんね。でも、ネコちゃんが一生懸命なのを知ってるから、無理しちゃわないか心配で……」

「私は、ハル先輩に勝ちたいんです。絶対優勝を狙ってますから!」

ネコが拳を握って宣言すると、ハルは一瞬驚いたように目を丸くし、それから心底嬉しそうに、太陽のような笑顔を見せた。

「うん! その意気だよ!」

ハルはネコの頭をポンと一度だけ撫でると、一歩下がって手を振った。

「じゃあ、また明日。……明日、最高に楽しもうね!」

軽やかな足取りで去っていくハルの背中を見送りながら、ネコは自分の心臓の音を聞いていた。

 

そして、姿の見えないユイもまた、明日の決戦に向けて静かに闘志を燃やしているのが伝わってきた…

 

いや、多分どこかで寝てると思うネコなのであった。

 

 

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