ゲマトリア兼デカグラマトン所属、エンターと申します。以後お見知りおきを 作:エンター・■■■■
エデン条約編前半もラストスパート
夜、トリニティ地区第三次特別学力試験前日。そんな中で、ある一人の男⋯⋯⋯もとい、エンター事私は、エスケイプ、百合園セイア、蒼森ミネと共に川の近くへと来ていた。
「時期的には⋯⋯エデン条約編の2章。それも最後辺りですか」
「速いですね」
「時の流れというものはそんなものです。そろそろ、私たちも独自に動かなければなりませんね」
「まさか、本当にやる気か?」
「今更ですか?もう後戻りはできないですよ?」
「仕方ないのです。ナギサ様は今救護対象なので、手段は選べません」
「では、エスケイプ。お願いします」
「了解しました。マスター」
その近くには、鍵盤ハーモニカが。エスケイプは懐からタブレットを取り出して、そこから伸びるコードの先端を目の前の鍵盤ハーモニカに貼り付ける。
つけた瞬間、その鍵盤ハーモニカに電子版のようなナニカのシルエットが広がり、少し経った後に消えた。そうして、エスケイプはタブレットを操作して、赤色のメタウイルスカードを表示する。
そして、それをスライドする。
「メタウイルス、『爆発する』」
「そのまんま」
「インストール」
エスケイプのタブレットに繋がれた鍵盤ハーモニカはタブレットから流れるエネトロンによるエネルギーで緑色に発光する。
ピアノロイド
ピアノロイド
ピアノロイド
誕生しようとしているメタロイドの名前が電子音声で3回コールされ、インストールが完了したと同時にその鍵盤ハーモニカが変形し始める。
顔はシルクハットのような見た目をしている。
素体が素体だけに指揮者を思わせる姿をしていて、燕尾服みたいな姿になっており、白い蝶ネクタイのようなものをつけている。また、袖や襟元にはピアノの鍵盤のような模様がついている。
鍵盤ハーモニカより生まれしメタロイド
『ピアノロイド』
ピアノロイドは動作確認をすると、まるでオペラ歌手のように歌いながら言う。
「ラ〜ラァラ〜お待ぁ〜たせぇ〜しまぁ〜したぁ〜」
「また個性的なのが⋯⋯」
エスケイプはその誕生したピアノロイドをジト目で見つめる。メタロイドは大体個性的なのが大半なのだが、ピアノロイドは特段に個性が強い。
そんなことも気にせずに、私はそこら辺の石を拾って川に投げる。俗に言う水切りです。
「ピアノロイド、貴方にはやって頂きたい事があるので。お願いしますね。merci?」
「りょ〜うかい〜しまし〜たぁ〜〜〜」
そうして、私たちは明日に備えて準備を始めた。
《side先生》
夜、補習授業部の私の部屋に皆が集まり、私もドアを開けて入った。夜の薄暗い空気は、何故かここを鋭く、重くしていた。そんな中、ヒフミが口を開く。
「こ、こんばんは、先生⋯⋯ま、まだ起きてらっしゃいましたか」
“ヒフミも、眠れないの?”
「は、はい⋯⋯」
そして、ハナコとコハルも入って一緒に話し始めた。ハナコはどうやらシスターフッドに行ってきたようだ。確かこの前来たマリーがシスターフッド所属だったね。
「明日、私たちが試験を受ける予定の第19分館についてなのですが⋯⋯⋯」
「ま、まさかまた場所が変わって⋯⋯!?」
「本館には戒厳令を、別館にも『エデン条約に必要な重要書類を保護する』という名目でティーパーティからの要請があり、建物全体を正義実現委員会制として守る厳戒態勢に入ったとか」
「か、戒厳令⋯⋯そんなの見たことも聞いたことも初めてです⋯⋯」
ティーパーティーが出したのは『戒厳令』つまりで言えば本気で私たちを潰す気なんだろう。そして、多分エデン条約が終わるまではずっと出入りは許されない。ナギサ⋯⋯
“エデン条約が終わるまで、そこには出入りできない⋯ってこと?”
「そういうことです」
「ちょっ、ちょっと待って!?そしたら私たちの試験はどうなるの!?」
「⋯⋯つまりは正義実現委員会を敵に回すということです」
ハナコが話したのは正義実現委員会。彼女たちが護衛をしているというのは分かった。コハルも「ハスミ先輩に話せば何とか⋯⋯!」と言ってるけど、ハナコが言った通り、ティーパーティーの命令を無視すれば離反したと捉えられる。つまりは⋯⋯
“ナギサは本気で⋯⋯”
「どうして、そこまで⋯⋯」
そんな時、ドアの開く音がしてその方向を見る。そこにはアズサとクリーナーさんがいた。そして、アズサは顔を曇らせながら重々しい雰囲気で言う。
「⋯⋯私のせいだ」
「アズサちゃん!?今まで何処に⋯⋯?」
「みんな、聞いて。話したいことがある」
その言葉には重々しい雰囲気と悲しみが込められていた。そんな雰囲気に違和感を持ったのかヒフミとコハルが心配して駆け寄る。ハナコとクリーナーは静観していた。
静かに、アズサは肩を震わせていた。
「みんなにずっと、隠していたことがあった」
「⋯⋯ティーパーティーのナギサが探している『トリニティの裏切り者』は私だ」
その言葉を聞いた反応は⋯⋯『困惑』。ヒフミもハナコは事情を知っているが唐突な言葉に固まり、事情を知らないコハルも何が何だか分からないような感じだった。
かくゆう私も少しだけ困惑している。
そして、アズサは話す。
まるで、懺悔するように。
「私は元々アリウス分校の出身。今は書類上の身分を偽って、トリニティに潜入している」
「あ、アリウス⋯⋯?なにそれ?」
「アリウス分校⋯⋯かつてトリニティの連合に反対した、分派の学園です。その反発のせいでトラブルとなり、その後はキヴォトスの何処かに身を潜めてひっそりと過ごしていると聞きましたが⋯⋯」
それは、私も識りもしないものだった。そんな学校があったなんて⋯⋯それに出される言葉はどれも信じ難く、辛いの一言では表せない程に、重かった。
「アリウスとしての任務を受けて、今はこうしてこの学園に潜入している⋯⋯」
「その任務というのは⋯⋯ティーパーティーの桐藤ナギサ、彼女のヘイローを破壊すること」
その言葉に皆がどよめき、私も目を見開いた。聞いたことがある。『ヘイローの破壊』、それは即ち死であるということを。つまり、彼女は任務で殺人を⋯⋯
「う、嘘でしょ!?」
当然、驚くのも無理はない。殺人を犯すということは、キヴォトスでもトップクラスのタブー、だということを私も把握していた。俄には信じ難い。だけど、打ち明けてくれたんだから⋯⋯
「アリウスはティーパーティーを消すためなら、何でもしようという覚悟でいる」
そうして話されたのは真実。ミカを騙してアズサをこのトリニティ総合学園に入れて、潜入させた。そして、来たるべき日にティーパーティーのナギサを殺害し、罪をミカに押し付けるために。
当然、それを聞いた他のメンバーは黙ってはいない。コハルも、口を開こうとしたが、私は人差し指で彼女を制止した。彼女の覚悟を無駄にしてしまう⋯⋯そんな思いがあったから。
「明日の朝、アリウス分校の生徒たちがナギサを狙ってトリニティに潜入する」
「私は、ナギサを守らなくちゃいけない」
明日だって!?⋯⋯いや、状況的にはナギサを狙いやすい。その場面が整ってしまっている。その盤面にはハナコも気づいたようだ。
「ま、待って!?アズサちゃんはティーパーティーをやっつけに来たんでしょ?それなのに守るってどういうこと?話が合わないじゃん!」
「それは⋯⋯」
アズサ言おうとしたことを遮り、言葉を口にしたのはハナコだった。
「⋯⋯⋯アズサちゃん
その言葉に、アズサは目を見開く。
「最初からナギサさんを守るために、ナギサさんを襲撃する任務に参加した⋯⋯いわば二重スパイ」
もしかすると、ハナコは分かっていたのかな⋯アズサが二重スパイだって言うこと。いや、どちらかといえば⋯⋯頭をフル回転させて理解したのかな⋯⋯
「アリウス側には連絡役として、常に問題ないとずっと嘘の報告をしながら⋯⋯本当は裏切るための準備をしていた」
「どうして、ナギサさんを守ろうと?」
「⋯⋯これは誰かに命令された訳じゃない。私自身の判断だ。桐藤ナギサがいなければ、エデン条約は取り消しになってしまう。あの平和条約が無くなればこの先、キヴォトスの混乱は更に深まるだろう」
「その時、またアリウスのような学園が生まれないとは限らない」
だから守ろうとした。ということがアズサの口から聞いたことだった。ハナコはそれをとっても条約の名前みたいに甘い言葉だと一蹴するが、続けて口を開く。
「アズサちゃんは嘘つきで、裏切り者だった⋯⋯」
「トリニティでも本当の姿を隠し、アリウスでも本音を隠していた。アズサちゃんの周辺には、アズサちゃんに騙された人たちしかいなかった、ずっと周りを騙していた⋯⋯ということですか?」
容赦はなく、淡々とそれをハナコは告げる。それにアズサは、目を反らして、拳を握り締めながら話す。
「⋯⋯いつか言った通りだ。私は皆のことも、皆の信頼も⋯⋯皆の心も、裏切ってしまうことになると」
そうして話したのは、補習授業部ができたのは、トリニティがここまで追い詰められているのは全てアズサのせいだということ。それに、私は物申す。
“それは、違うと思うな”
「? 先生?」
“元々の原因はきっと、『信じられなかった』こと”
“ナギサが皆を信じていれば、ミカがもっとナギサを信じていたら⋯⋯互いが互いをよく信じていたら、こんなことにはならなかっ⋯⋯”
「先生、それはちょっと違いますよ」
私の言葉を止めたのは⋯⋯ここに派遣された掃除屋のクリーナーだった。その機械とも思えないその気怠けのような声は、この部屋に良く響いた。
「ナギサ様は、ずっと“信じられなかった”んじゃないです。“信じることができなかった”んです」
「聴いた話、彼女はずっとトリニティ総合学園のティーパーティー⋯⋯つまりは、トップとしてエデン条約を締結させるために奮闘し、ゲヘナとの長い因縁を終わらせようとしてきました」
「ですが『トリニティ総合学園』は学園柄、後ろ暗い話題が絶えることはない。だからこそ、全てを疑うことしかできなかった。もしかしたら⋯⋯そんな可能性を視野に全て入れて」
「確かに互いに信じられていたら良かったと思います。ですが、そんなこと出来るはずがない。疑念と黒く濁った何かが渦巻くこのトリニティ総合学園では」
「先生、補習授業部の方を見るのも大事ですが、トップとしての立場から見るのも大事ですよ。それだけ、ナギサ様は追い詰められていたということなんですから」
⋯⋯確かにそうだ。ナギサはエデン条約を締結させるために奮闘していた。だからこそ、この補習授業部を作って裏切り者を探させようとしたし、その裏切り者の疑惑がある人をこの箱に入れていた。
盲点だった。トップとしての立場⋯⋯確かに、そうなのかもしれない。
「まぁ、でも、ナギサさんも、ミカさんも、ほんの少しだけ、相手を信じることが出来たら良かったのかもしれませんね。それについては先生に賛成です」
「ま、そういう用務員の独り言です。気にしないでください」
独り言に収まることではないと思うけど⋯⋯ということを心のなかにひっそりと鎮める。でも、私も彼女からの視点も見なきゃいけない。クリーナーさん、ありがとうございます。良い経験になりました。
「アズサちゃんは、私たちにこうして本心を語ってくれました。黙り続けることもできた筈なのに、謝ってくれました」
「ごめんなさい、先程は何と言いますか⋯⋯どうしても意地悪したくなったんです。アズサちゃんの真っ直ぐな顔を見ていると、何だか心が落ち着かなくなってしまって」
「誰にも気づかれないように消える、そういう手段やタイミングは今まで幾らでもあったでしょう、けれどアズサちゃんは、最後までそうしなかった。その理由を、私は知っています」
そう告げ、ハナコは笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「⋯⋯補習授業部での時間が、余りにも楽しかったから。ですよね」
「っ!!」
「先生と、みんなと一緒にあれこれをやった時間が⋯⋯幸せ、だったんですよね?」
「⋯⋯ああ」
「目標に向かって皆で努力すること、そしてヒフミちゃんとコハルちゃんと先生と、皆で知らなかった事を学んでいくことが、楽しかったから⋯⋯だから、最後まで抜け出せなかった。違いますか?」
「⋯⋯⋯⋯うん、そうだ、その通りだ」
その目から落としたのは一粒の涙。言ってしまえば、ストンと胸の中に入った。つまりは、楽しかったのだ。皆で学んだ補習授業部という存在が。
「何かを学ぶという事、皆で何かをするという事⋯⋯その楽しい時間を、私は手放せなかった。誰かを頼って、誰かと一緒に何かを食べると言う時間が⋯⋯最高に、幸せだった」
「その気持ちは、良く分かりますよ。同じように思っていた人が居ましたから⋯⋯その人にとって、全ての事は無意味で、無駄で、嫌で⋯⋯学校を、辞めようとしていたんです、何せ、そのまま生活を続ける事は監獄にいるのと同じでしたから」
ハナコは語る。その人は、ただ要領が良く何をしても周りからおだてられてしまうような、ただの平凡な人だったと。
その人は、常に周りからの期待に応えていった。それが出来てしまっていた。才能が、それが出来るほどの頭脳があったが故に。
結果として、皆その人を特別視し。誰一人として自分の本心を見ようとも、知ろうともしてくれなくなっていた。シスターフッドも、ティーパーティーも、クラスメイトも。だから静かにこの学園を去ろうとした。
「ですが、その人とアズサちゃんには違う点がありました」
アズサは普通の転校生ではない。書類を偽装して潜入したスパイであり、最終的にはアリウスも裏切るアズサには、帰る場所も、戻る場所も無い。
アズサはそれを理解していてもなお、短い学園生活の、補習授業部の活動に『一生懸命』だった。
vanitas vanitatum⋯⋯全ては虚しいもの。それがアズサの口癖であった。しかし同時にこうも付け足していたのだ。
『たとえ全てが虚しいことだとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない』
『たとえそれが虚しいことであっても、抵抗し続けることを止めるべきじゃない』
努力⋯⋯そして、諦めない強靭な心。ようやく、その人は気付いた。浦和ハナコは、気付いたのだ。大切なものを、存在を。学校生活の楽しさを。
「気付いたんです。自分をさらけ出せる人たちと、そういったよくあることを全力でするということが、こんなにも楽しかったのだと」
「だから、やってやりましょう。諦めてはなりません。桐藤ナギサさん⋯⋯彼女を、アリウスの襲撃から守りましょう」
それは、思っても見ない、私も提案しようとしていたことだった。
「これまで様々な策略の中で弄ばれてきましたが⋯⋯今度は私たちの方から仕掛ける番です」
このメンバーは⋯⋯意外にも、色んなものに精通していた。
片や正義実現委員会のメンバー
片やゲリラ戦の達人
片やティーパーティーの偏愛を受ける自称平凡な人
片やトリニティのほぼ全てに精通した人
「その上に、ティーパーティから来たクリーナーさんに、ちょっとしたマスターキーのような『シャーレ』の先生までいるんですよ?」
が、その時、クリーナーが手を挙げた。
「⋯⋯あの、すいません。舞い上がってるとこ非常に言いにくいんですが⋯⋯」
「私、契約日今日までなんです。だから明日にはここにいません」
⋯⋯⋯⋯⋯あっ
その言葉に、部屋の空気が一瞬固まった。ま!まぁと言いながらハナコは続ける。
「クリーナーさんはいいとして⋯⋯何をするも何も、試験を受けて合格するだけです♡」
「今こそ力を合わせる時です!行きましょう!」
“えいえいおー!”
この時、まだ知らなかった。
その上を、このことさえも全て見据え、計画を企てていた人がいようなんて。
ピアノロイドの紹介は次回