「……」
あの時から聞こえてくる筈の音や声は聞こえなくなり、普段聞こえてこない音や声は聞こえるようになった。
以前は子供達が走り回る声、都の賑わいの音が毎日の様に聞こえたが今と言えば所々で起こる喧嘩の罵声が響くばかり……
もううんざりだった。
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異変はあの時からすぐに現れた。
「遺体の処理……終わったよ」
私は今まで宿儺によって殺された住民の処理を行っていた。
「……おつかれ」
心做しか小梅もかなり疲れている様だった。
それも仕方無いことだろう、あれからご主人は疑心暗鬼になり、一種の精神病の様になってしまった。
娘さんや奥さんははっきりとした物は無いが、最近は笑顔を見ていないのは確かだった。
「…かなり参っている様だな」
いつの間にか紅月が入ってきていた。
「うわ…あんた何処から入ってきたのよ」
私は露骨に嫌そうな顔をしてみる。
「ちゃんと入口から入ってきたが……まあいい、少し思い出した事があってな。本当に少しだが」
「いいから話してみてよ」
「…ああ、俺が八坂の所で捕り…戦力を提供していたのは知っているな?」
捕虜って言葉が聞こえたけど揚げ足を取るのも面倒なのでそのままにしておこう。
「うん」
「その時に雫…御園生冷夏の側近な?そいつが言うには『あっ、狐狛兄様…え?蝦夷の神ですか?ええ存じておりますよ。最近こちら側が征伐した者は…宿儺と呼ばれる鬼神です……兄様だけにお教え致しますが彼は民を守る事を一番に考えていたそうです。しかし我が軍は何を思ったか彼が大事に想っていた民を殺し尽くすことを決定したそうです。これは私の憶測ですが兄様、彼が民を殺戮した事にすることによって征伐を正当化する狙いがあった物と考えられます。まあ彼からは頭を一つ落としたという戦果しか得られなかったそうですが、彼に対してこの様な事を行ってしまったからには温厚な彼もさぞかし恨みを持っていることでしょう……あ、これは私の憶測に過ぎませんが成るべく外へは漏らさぬ様、お願い致します。ね、兄様?』ということらしい」
へぇ…宿儺にそんな過去がねぇ…
側近さんの言う事も割と的を射ている様にも感じるし……兄様兄様五月蝿い上に長ったらしいのは置いといて。
すると小梅が驚いた様な顔をしている…咄嗟にデシャヴを感じた。
「えっ、紅月ってあの御園生冷夏とその側近とお知り合い?」
「…」
紅月は無言で頷いた。
「え?そんな凄い奴なの?アイツ」
「この朝廷…というより天皇家に伝わる様な伝承だけど、彼女ら二人のみで一国を滅ぼしたって話があるのよ」
え、そんな奴と私と諏訪子って対面してたの?
というより何で小梅そんなこと知ってるの?
「…一国じゃない、二国だ」
心底どうでもいい
「…へぇ、神様が知り合いにいるなんて凄いわね」
驚かれることに対するデシャヴが凄い…
「まあいい、話を戻そう……宿儺の目的についてだが、恐らく雫が言ってた民の虐殺への恨みが西の人間…即ちここの人間、要するに皇族の辺りに向けられて都全体を襲うことになったと考えた。」
「うんうん」
「それでだ。奴は朝廷への恨みを晴らそうとした……その結果がこれ、一個体が持つ怨念にしては強すぎたんだ。周りの様子はどうだ?疫病や暴力沙汰、とにかく悪いことだらけ、都全体に瘴気が満ち溢れているんだ。そして空神もやってきただろう。」
「うんうん」
「俺達が宿儺を倒した後、直ぐに戻ったというのに既に疫病が一部に広がり息絶えている者も居た。つまりだ、奴は怨念となりこの地へ溶け込み、その恨みで災厄振りまいている状態だ。疫病の即効性と感染力を見る限りその恨みはとても強い物だと言えよう。」
「はいはい」
「穢れは土地に延々と残るからな。これも同じだ。この土地から暫くヤツの恨みは消えないだろうよ。」
「うんうん」
「じゃあこれから『上』はどうするつもりなのかしら?」
私が真剣に聞いている中、小梅は問う。
というかこれ傍から見たら私、適当に聞いている様に見えるんじゃなかろうか……
まあこの相槌は変えるつもりは全く無いのだが
話を戻そう。
「ああ、きっと今俺が言ったことも上はご存知だろうから、今頃朝廷の移設でも検討してるんじゃ無いか?」
「移設って…何年かかると思ってるのかしら 」
「それも、上は考えの内だろう。だが最善策は今その程度だからな、問題は完了までにどれだけの人が生き残っているか、だな。仮に疫病が収まっていったとしてもこの瘴気に満ちた空間で人間の気がいつまで保つか。」
外を見ろ、と紅月は言う。
いつも通りどよんとした空気の中、家屋の戸は重く閉じられ、たまに通る住民達の顔は俯いていて見えないが、きっとパッとしない暗い顔をしているのだろう、と予想がついた。
遠くからは前とは違った喧騒が聞こえてくる、また喧嘩か…と嘆く。
「…人々は皆、既に人間不信に陥っている者も少なくない。復興は絶望的。人間同士による関わりの無い都などに活気が戻るはずも無い。」
「となると、やっぱり移設しかないのね…」
小梅は悲しそうな表情を浮かべる。
割とこの地に思い入れがあるのだろう。
「まあ、そこの所は俺達がどうしようが行政は動かんだろうがあっちもあっちで自らの命が惜しいだろうから早急に対応していくだろうよ。」
すると、今度は外から紅月を呼ぶ声がするのが聞こえた。きっとまた喧嘩の仲裁、再三に述べるがこのような仕事が最近は多い。
ただ、これを行うことで住民の為になるのであればしっかり引き受ける、今はそれしか私に出来ることは無いから…
明日も同じ様な一日になるだろうと嘆きながら、ひとまず今日の所はこれで解散となった。
しかしまた、衝撃的な出来事はいつも唐突に起こる様で…
その夜、
ドンドンと戸を叩く音に叩き起された。
「開けて」
かなり小さな声であったが、その声の主を察するには充分だった。
私は戸を開けてやった。
「あ、ねえ、そら!皆の様子が変なの…」
やはり小梅だった。
その小梅は相変わらず小声ではあったが焦りを感じさせる物ではあった。
「どうした?」
すると、いつの間にかアイツもやってきていた様で
「ええ、何か、辺りの様子がおかしいと思って…」
確かに、違和感を感じる様な空気ではあった。
「やけに静かだな…」
違和感の正体はそれであった。
いや、確かにいつもこの時間帯は暗く静まり返っているのだがそれでも外にいる人間はいて、殴り合いの喧嘩をして怒号とそれを止めようとする仲裁の叫びだけが響いている様な状況だった。
しかし、今日はどうだろう?暴力沙汰が無くなるのは悪くない、寧ろ良いことだが、この妙な静かさは何かそれらを止めさせるほど重要な事な出来事があることを暗示している様でならなかった。
二人もそれを感じている様だった。
「少し見回りしてくるか…」
その時、
「紅月、危ない!」
小梅が叫んだ。
突如上方から月明かりに照らされて二つ三つ程の大きな石が飛来して来たのだ。
「…っ」
それを紅月は間一髪で避ける。
その石の投擲元はどうやら屋根の上の様だった。
屋根の上を見てみると人影が五つ程度現れていた。
そこだけじゃない、他の家屋や店の屋根にもいる。
するとその中の一人が話しかけてきた。
「流石ですね、都を窮地へと追い込む妖様達…」
どうしてこのようなことをしているかは簡単に理解することが出来た。人間不信は私達にも影響しているらしく、何処からか吹聴されたのかもしれないがこの人間達は私達を疑っている様だった。
続けてその一人が話す。
「貴方達は周りの雰囲気を察知する能力が高いだろうから簡単に出てきてくれましたね。」
「どうしてこのようなことをする?」
「どうしてと言われましても妖は排除されるべき存在でありますし、私達の身を護るにはこうするのが一番です。」
それにしてもそれ程、周りには私達の正体を明かしていない筈なのに何故周知されているのか、私には一応心当たりはあった。
「どうして妖だと知っているのか、という様な顔をしていますね…それはこの方が密告して下さったからですよ。」
すると、その一人の横からスッと現れたのは、
「え、嘘…」
こちらを睨みつける雑貨屋の娘さんであった。
心当たりはだいたい当たった。信じたくは無かったが雑貨屋さんの三人の中で誰か、という検討はついていた。
さて、この状態で最もショックを受けているであろう小梅は固まっていた。
「どうして?私は貴方の事を信頼していたのに…」
娘さんは、先程の一人と同じ様な理由で密告したらしい。
「私達の安全を脅かす妖なんて消えればいいのよ!」
そう、娘さんは人間不信でヤられているのか冷たく言い放つ。
小梅は余程ショックなのか俯いている。
私にとってもそれなりにショックではあった。
「ふふ……それからですね、『上』からも『都の安全を脅かす存在を知る者は直ちに告げよ』と言われているので今頃都は陰陽師様をかき集めて総力挙げて貴方達を殲滅にかかるんじゃないですかぁ?三体も妖が都に隠れ潜んでいたのです。これは排除しない方が可笑しな話でしょう。」
そして辺りを見回すと大勢の人影が囲む様に道を塞いでいる様だった。
「そろそろですかね…」
陰陽師だろうか、向こうから松明の灯り暗闇に浮いてドタドタという音と共に近付いてくる。
「空神!多野!俺に掴まれ!」
瞬間、私達は紅月に掴まった。
途端に紅月は能力を発動、
「都の出入口までの道のりを縮小!」
紅月は一歩踏み出す。
都の出入口、要するに羅城門だ。
周りの風景が飛ぶように進む。
どうやら紅月は私の能力発動までに時間がかかること、それから比較的短距離は自らの方が力を使わずに済むことを察していた様だ。
羅城門前に着いた。
そこには勿論陰陽師等の妖怪退治の専門家もいれば、一般の人間もいたが皆私達の突然の出現に一瞬固まり、取り囲むようにして退いて行った。
「ま、待て!どこへ行く…ここから先は通さんぞ、紅月狐狛!貴様妖怪退治屋のフリをして…っ!」
陰陽師の一人が、言いたいことが沢山あるらしく慌てた様に立ち塞がった。
「五月蝿い、お前達がどう喚こうが教えるつもりは無い。解かったらさっさと散れ。」
「っ!…こちらとしてもプライドって物があるんでね、のこのこと逃す訳には行かないんだよ!」
「そうか、なら仕方無い…」
…空気が変わった。
私はどことなく心配になり、
「紅月、手は出さないで…」
小声で注意した。
チッ、と舌打ちされながらも
「お前に言われなくとも解ってる。」
「何をぶつぶつ言って…!」
瞬間、緊張に包まれた空気の中、紅月は群がる陰陽師等に向かって鋭い目付きで睨んだ。
「かっ……はっ!」
「五月蝿いっつってんだろ」
何が起こったのか解らないが、陰陽師等は声が出なくなってしまったようだ。
「…行くぞ、空神、多野。」
えっ?と思わず口にしてしまったが
「おっ……ま、て…っ!」
辛うじて声を出した代表格のソイツが手を伸ばそうとして来たが、
「な…っ」
ピクッと、身体が少し震えただけで動かなかった。
「紅月、何を? 」
小梅が私の代わりに聞いた。
「安心しろ、ちょっと睨みを効かせただけだ。神経とかヤった訳じゃねえよ。」
それより、と紅月は私達の手を引き、人混みを掻き分けていった。
人混みを抜けて振り返って見たが、辺りは未だ緊張に包まれたままであった。
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ようやく抜けることが出来た私達は足早に近くの山へ逃げ込んだ。
暫く都から離れた所で小梅はふと気づいた様に
「ねえ…これからどうするの?」
そういえばそうだった。
私は逃げることとか目の前のこととかに必死で、そんなことは全く思考の内では無かった。
「まあ、取り敢えずここでお前達とは別れる。一緒に居ても意味は無いからな。」
「そんな…っ」
と、小梅は呟く。
「空神だってそう思うだろう?寧ろ今まで過ごして来たのは偶然で仕方無いことでもあった…元々俺達は敵同士……都での生活が終わった以上、関係は元通りだ。」
確かにそうだ、今までの生活は以前の私達には確かに有り得ないものであった。
「確かにそうね。」
私は肯定したが、
「じゃあ、私はどうすれば…っ!あんなことに、あんなことになっても私の場所は彼処しか無いのに!」
確か小梅はあの雑貨屋の娘さんに命を助けられたんだっけ。
それなら嘆くのも無理は無いか、その娘さんに捨てられたんだもの……もしかしたら、私達がここに来たせいでこんな状況になったのかもしれない。私が諏訪子の所にずっと居れば、小梅は今も平和に暮らせたのかもしれない。
なら、小梅は私のことを…
「そう悩むな、どちらにせよ宿儺の侵攻があったのだから平和なんて壊される定めだった。寧ろ俺達が救ったんだ。」
ふと、紅月は私の肩に手を置いた。
こんな奴に慰められるのも癪ではあったが今は何故か気持ちは安らいでいった。
「多野も。これから居場所なんていくらでも見つけられるだろう。」
すると、紅月が私の肩をポンと叩いた。
ふと、私は気付いたように
「そ、そうだよ小梅!小梅は私が守ってあげるから!」
「そら…有難う。」
まだ少し小梅は泣いていたが少し和らいだ様だ。
小梅は割と泣きやすいから、私が守ってあげないと。
「そうとなったら決まりだな。」
紅月は私達に背を向けた。
「ひとつだけ注意して置く。暫く人間には関わるなよ、特に都の連中にはな。あの場所はもう駄目だろうから他の場所に移動するだろう。それでもだ、『妖怪は危険だ』なんて考えは更に増す。」
紅月は続けて、
「一時は共存も考えたが、そんな考えは甘かった様だ。」
と、嘆いた。
「さて、注意も済んだ。もう一度遭いたいとも思わないが、気を付けろよ。」
私はムッとしたがこちらこそ願い下げだ。
もう一度遭いたいだなんて思わないが、
「そっちこそ気を付けなさいよ」
「…それじゃあな」
そうして、紅月は夜闇に消えていった。
さてと、これからどうするか…
諏訪子の所に戻るのも良いけどそれではつまらない。
それなら、ただ一つ。
「小梅、旅をしよう!」
「…旅?」
「うん、旅!」
諏訪子の所を抜けてきたのも本来旅をするのが目的だった筈、それならその目的を続けようと思う。
小梅の居場所も見つけてあげられるかもしれないから……
「そうね、いいと思うわ。」
丁度良く、朝日が昇ってきた。
全く、あの憎たらしい天照も良い演出をする物だ。
そうして私達は紅月と逆の方向へ宛の無い旅を始めたのだった。