【街の解体屋】魔物解体配信、はじめます【初見歓迎】   作:解体新書が泣いている

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【第五回】アーマーリザードの解体手順【鎧鱗の剥離】

 

 チャンネル登録者数が一万を超えていた。

 

 先週からさらに増えている。最近、コメント欄の雰囲気が変わってきた気がする。以前は「すごい」「意味がわからない」といった反応が多かったが、ここ最近は解体手順について具体的な質問や考察が増えてきた。解体師らしき人間が視聴者に混じり始めているのかもしれない。配信は解体屋の広報として始めたものだ。業界の人間に届いているなら、悪くない傾向だと思う。

 

 作業台を拭きながら今日の依頼を確認した。

 

 五件。そのうちの一件にアーマーリザードと書いてある。

 

 珍しい。Bランクの魔物が支部に持ち込まれることはあまりない。受付カウンターに向かうと、松田さんが伝票を手に待っていた。

 

「田中くん、今日のアーマーリザードなんだがね」

 

「はい」

 

「持ち込んだ冒険者が田中くんへの指名依頼という形になっている」

 

 伝票を受け取った。依頼主の欄に冒険者ランクが記載されている。Aランク。それなりのベテランだ。

 

「遠方から来たらしい」と松田さんは付け加えた。「田中くんに頼みたいと言っていたよ」

 

 遠方から指名依頼。最近そういうケースが増えている。

 

 この支部に来て三年になる。最初の頃は、持ち込まれる素材もEランクやDランクが中心だった。それがいつの間にか変わっていった。ゴブリンラットの内臓を通常より丁寧に分離して回収したことで買取価格が上がり、その話が冒険者の間で広まった。ホーンビートルの外殻を継ぎ目から一枚も割らずに剥がしたときは、その日のうちに素材商が取引を申し込んできた。気づけば指名依頼が増えていた。

 

 松田さんは、その変化を当然のことのように受け止めている。先日もヴェノムスコーピオンの全部位回収依頼を「いつも通りよろしく」の一言で渡してきた。長年この支部で働いてきた松田さんにとって、俺が難しい素材を処理するのは見慣れた光景なのだろう。

 

 一方で中村さんの反応は少し違う。

 

 去年この支部に配属された若い職員だ。最初の頃は俺の作業にほとんど関心を示していなかったが、最近は作業台の近くをうろつくことが増えた。先日、ヴェノムスコーピオンの毒腺を取り出した後、しばらく黙って素材を見つめてから「田中さんって、すごいんですか」と聞いてきた。

 

「普通ですよ」と答えたら、「そうですか」と言って戻っていった。

 

 何が普通じゃないのかよく分からないが、中村さんは最近妙に俺のことを気にしている気がする。

 

 作業台に頭部がひしゃげたアーマーリザードを置いた。体長二メートル弱。全身を硬い鱗で覆われた大型のトカゲ型魔物だ。

 

 鱗の一枚一枚が分厚く、光の当たり方によって鈍い銀光を放っている。討伐されてから遠方から運ばれてきた個体なので鮮度には期待できないが、取れる内臓があれば儲けものだ。

 

 アーマーリザードの解体で難しいのは鱗だ。継ぎ目が細かく、順番を誤ると隣接する鱗に負荷がかかって割れる。鱗の下の薄い膜を傷つければ品質が長期間低下する。順番と膜の保護、この二つに気をつければ問題ない。

 

 今日の配信はこれをやろうと思っていた。Bランクの魔物は初めて配信で扱う。

 

 配信の準備を始めた。

 



 

【第五回】アーマーリザードの解体手順【鱗の剥離】

 

「こんにちは。街の解体屋です。第五回です。今日もよろしくお願いします」

 

>きたー

>今週も来た

>最近コメント欄の雰囲気変わってきた気がする

 

 コメント欄を見ると、先週あたりから解体手順について具体的な考察を書き込む人が増えている。業界の人間が混じり始めているのかもしれない。それならちょうどいい。今日の内容は、そういう人間に届いてほしい。

 

「今日はBランクの魔物を扱います。アーマーリザードです」

 

>Bランク来た

>またランク上がった

>アーマーリザードって中層のやつか

>討伐したことあるけどあの鱗で武器が何本か駄目になった

 

 作業台にアーマーリザードを置いた。体長二メートル弱。全身を灰色から銀色系の大判の鱗で覆われた大型のトカゲ型魔物だ。光の当たり方によって鈍い銀光を放っている。鱗が均一に並んでいるため遠目には滑らかに見えるが、近づくと無数の継ぎ目が走っているのが分かる。

 

>でかい

>銀色でかっこいいな

>鱗が綺麗

>この鱗で作った防具は高いんだよな

 

「今日は全部位回収でやります。まず鱗から説明します。アーマーリザードの鱗は継ぎ目が極めて細かく、目視での位置把握が難しいです。剥がす順番を誤ると隣接する鱗に負荷がかかって割れます。また鱗の下に薄い膜があり、これを傷つけると鱗の品質が低下します。順番と膜の保護、この二つに気をつけながら進めます」

 

>順番まであるのか

>継ぎ目が細かくて目視が難しいって

>膜まで保護するの?

>制約が多い

>それを全部クリアしながら全枚数回収するってこと?

 

 説明をしながら、まず指先でアーマーリザードの鱗の表面を軽く確認した。

 

>何を触ってるの

>解体前に確認してる?

>丁寧だな

 

 鱗の表面を指先でゆっくりと辿る。継ぎ目の位置と生え方を把握する。均一に並んでいるように見えて、一枚だけ周囲と微妙に異なる生え方をしている鱗がある。ここだ。

 

「爬虫類型の魔物の多くは竜種の劣化種で、竜種と同じ身体的特徴が退化した形で残っています。その一つが逆鱗です。アーマーリザードにも小さく退化した逆鱗が存在します。逆鱗は周囲と逆方向に生えていて、ここを起点に解体を進めると鱗全体が自然な方向に剥がれやすくなります。まずこの逆鱗の位置を指先で確認しました」

 

>逆鱗?

>アーマーリザードに逆鱗があるの?

>竜種の劣化種だから残ってるってこと?

>そんな知識どこで仕入れてくるの

>逆鱗を起点にするとどうなるの

 

 逆鱗に刃を当てた。継ぎ目に沿って刃を滑り込ませる。

 

 すっと刃が入った。

 

 そこを起点に順番に剥がしていく。一枚目、二枚目、三枚目。鱗が自然な方向に従って次々と剥がれていく。

 

>スムーズ

>自分がやるよりスムーズで嫉妬

>逆鱗を起点にするとこんなに変わるの

>割れない

>何枚目だ

 

 剥がした鱗を作業台の端に並べていく。一枚ずつ丁寧に、膜を傷つけないように角度を調整しながら進める。継ぎ目の位置は指先で追いながら確認する。目視では追いきれない細かさなので、感覚で進む。

 

 十枚、二十枚。

 

>まだ一枚も割れてない

>ずっと見てしまう

>膜も保護しながらやってるの?

>継ぎ目を目視せずに指先で追ってる?

>三十枚目

 

 三十枚、四十枚。

 

 鱗の並びが変わる部分に差し掛かった。尾部に近づくにつれて鱗の大きさが微妙に変化する。剥がす順番の調整が必要だ。指先で次の継ぎ目の位置を確認してから刃を入れる。

 

 四十枚、五十枚。

 

>五十枚超えた

>まだ一枚も割れてない

>途中で順番の調整してた

>尾部に近づいたら変わるのか

>指先だけで継ぎ目を追ってるの本当に?

 

 最後の大判に差し掛かった。尾の付け根に近い鱗だ。周囲の鱗がすでに剥がれているので支えがなく、力の加減を誤ると割れやすい。刃を寝かせて、膜との境界を丁寧に辿りながら剥がす。

 

 全て取ることができた。

 

「大判の鱗の回収完了です。六十三枚、傷なしです。続けて中判と小判も回収します」

 

>まだあるの?

>大判だけじゃないのか

>中判と小判って武具には使えないサイズでは

>普通は廃棄するやつでは

 

「中判と小判は身飾品やアクセサリーの素材になります。継ぎ目が大判よりさらに細かくなるので丁寧に進めます」

 

>さらに細かい

>大判でも目視が難しいって言ってたのに

>それより細かい継ぎ目を指先で追うの?

>普通に廃棄される鱗まで回収するのか

 

 中判の鱗に移った。大判より一回り小さい。継ぎ目の間隔が狭くなっている分、指先への集中度を上げる。逆鱗を起点にした順番の法則は中判でも同じように機能する。一枚ずつ丁寧に剥がしていく。

 

>またスムーズに剥がれてる

>小さくなっても手順は同じなのか

>逆鱗の法則が中判にも適用できるんだ

>何枚目だ

 

 中判が終わった。小判に移る。四肢の末端と尾の先端に集中している。一枚一枚が指の爪ほどの大きさしかない。継ぎ目の間隔はほぼ目視では追えない。完全に指先の感覚だけで進める。

 

>小さい

>爪くらいのサイズを傷なしで剥がすの?

>もう目視できてないよね

>指先だけで継ぎ目を追ってる

>これが一番怖い

 

 小判の最後の一枚を剥がした。

 

「全サイズの鱗の回収完了です。大判六十三枚、中判八十七枚、小判百四十二枚。全て傷なしです」

 

>合計二百九十二枚

>小判が一番多いのか

>全部傷なし

>小判まで無傷で回収したの?

>普通は廃棄するサイズまで全部回収した

>二百九十二枚を一枚も割らずに取り切った

 

「この個体は状態が良かったので綺麗に取れました」

 

>状態が良かったから←

>また出た

>二百九十二枚無傷が状態のせいなわけないだろ

>この人の「状態が良かった」は信用できないと学んだ

>小判まで回収する解体師は見たことない

 

 その後は骨格と内臓の解体に移った。骨格は関節の構造に沿って分解していく。工芸品の素材として需要があるので、形を崩さないように丁寧に取り出す。内臓は薬の原料になる部位を中心に回収するが、遠方から運ばれたので一部の内臓が傷んでおりそれらは処分する。

 

>鱗の後だと内臓がスムーズに見える

>Bランクの内臓解体も普通に難しいはずでは

>さっきまで二百九十二枚の鱗を見ていたせいで感覚が狂った

 

「以上です。全部位回収完了です。次回もよろしくお願いします」

 

>今回も全部位回収

>逆鱗の話が一番驚いた

>竜種の知識をアーマーリザードに応用するって発想がなかった

>チャンネル登録した

>次は何を解体するんだ

 

 配信を終了した。

 

 逆鱗の位置を言語化して説明できたのは良かったと思った。爬虫類型の魔物には同じ構造が残っている個体が多いので、知っておくと解体の効率が上がる。この情報が広まれば解体屋の作業が楽になるはずだ。

 

 チャンネル登録者数、二万九千八百七十四人。

 



 

 本部の廊下を早川が早足で歩いていた。

 

 手に持った資料は薄い。三十枚以上あった候補支部のリストが、今朝の時点で十二枚に絞られていた。

 

 候補の絞り込みが少し進んだ。配信映像から道具の管理方法と作業室の構造を分析した結果、地方支部所属の自営業に近い解体師という条件が出てきた。全国の地方支部に問い合わせをかけることも検討したが根拠が薄いと判断され、もう少し絞り込んでから動くことになる。

 

 五回目の配信が上がってから二日が経つ。逆鱗の話が掲示板で広がり始めた翌朝、解体師部門から連絡が来た。竜種担当の解体師まで反応しているらしい。森本の予測より早く業界内に浸透している。

 

 課長室のドアをノックした。

 

「絞り込みの進捗を報告します。候補支部が十二まで減りました」

 

 課長は書類から目を上げた。「根拠は」

 

「背景の機材の製造年代、照明の型番、支給品の解体刃の年式を突き合わせました。加えて配信の曜日と時間帯から、通常の業務時間外に配信している可能性が高いと判断し、残業申請のある支部を優先しました」

 

「森本の意見は」

 

「今週の配信を見て、爬虫類型の解体経験が豊富な人間だという見解が加わりました。竜種の知識を持ち、かつ劣化種への応用まで把握しているとすれば、キャリアの長い現場叩き上げの解体師だろうと」

 

 課長は少し間を置いてから「急ぎなさい」と言って書類に戻った。

 

 廊下に出て、早川は田辺に電話をかけた。

 

「候補支部が十二まで減りました。次の配信で何か新しい情報が取れれば、さらに絞れると思います」

 

「急いで見つかるものでもないでしょうに、と言いたいところだけど」田辺の声に苦笑いの気配があった。「今週の逆鱗の件は私も驚いた。竜種専門の担当者が反応するとは思ってなかった」

 

「森本さんも予想外だったようです」

 

「他に動きはある?」

 

 早川は手帳を開いた。

 

「一点追加の報告があります。配信で公開された解体手順について、複数の支部から実績報告が届き始めています」

 

「どの解体手順?」

 

「三件あります。一件目は今回の逆鱗の応用です。爬虫類型の魔物で試した解体師から鱗の回収率が上がったという報告が六支部から届いています。二件目はグロテスクワームの絹糸腺摘出です。配信で公開された手順を試みた解体師から無傷回収に成功したという報告が三支部から来ています。三件目は毒腺を持つ魔物の部位解体です。毒腺の回収を諦めていた解体師がヴェノムスコーピオンの解体配信を参考に試みて成功したという報告が二支部から届いています」

 

「全部で何件?」

 

「現時点で十一件です。加えてもう一点あります」

 

「続けて」

 

「素材の市場への影響が出始めています。絹糸腺については今まで市場にほぼ出回っていませんでしたが、先週から複数の素材商が取り扱いを開始したという情報が届いています。毒腺については回収成功数が増えたことで解毒薬の原料供給量が増加しており、一部の魔法薬師から取引の問い合わせが増えているという報告も来ています」

 

 田辺の側でしばらく間があった。

 

「配信から何日?」

 

「逆鱗は三日です。絹糸腺と毒腺の件は一週間から二週間の間に届いたものです。配信の話数が増えるにつれて報告の件数も増えています」

 

「掲示板で話題になって現場に届いて市場に出るまで二週間ということね」

 

「はい。想定より速い波及だと思います」

 

 また間があった。

 

「正体調査と別に、技術の波及状況と市場への影響を記録しておいてください。手順の種類・支部数・報告内容・素材の流通量の変化を週単位で。今後の判断材料にします」

 

「分かりました」

 

「次の配信、何が来るか分からないけど」田辺は少し間を置いた。「早く見つけた方がいいね、この人」

 

 早川も同じ気持ちだった。ただ今は理由がもう一つ加わっていた。正体を見つけるより先に、この配信者の技術が業界全体に広がっていく可能性があった。

 




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