【街の解体屋】魔物解体配信、はじめます【初見歓迎】 作:解体新書が泣いている
過去に登場したヴェノムスコーピオンは死亡すると自身が保有する強力な毒に対する耐性が切れるなど、基本的に魔物は死亡後保有する特性を失ってしまいます。
素材は解体して取り出した後、防具や武具に加工する際に特殊な処置(触媒塗布、魔力を込める等)をすると魔物が元々持っていた特性を復活させることが出来る、という設定(言い訳)にしたいと思います。
管理業務課のデスクに、竜種専門部門からの問い合わせ票が届いていた。
早川が内容を確認すると、要件は簡潔だった。配信者の正体調査に協力したい、情報を共有してほしい、という申し入れである。竜種専門部門がこちらに接触してくるのは異例で、課長は対応に迷い、早川に判断を委ねてきた。
竜種専門部門の担当者と短い通話をした。担当者は開口一番こう言った。
「逆鱗の応用を独学で辿り着いた解体師が、本当に存在するんですか」
「配信を見る限りそう判断しています」
少し間があった。
「竜種の解体師でも劣化種への応用という発想に至った者は我々の把握している限りいません。その知識がどこから来ているのか、ぜひ直接確認したい」
通話を終えてから田辺に報告した。田辺はコーヒーカップを置いてから言った。
「正体が分かったら取り合いになりそうね」
冗談なのか本気なのか、よく分からなかった。
逆鱗の応用という発想が出てくるためには竜種の解体経験が必要だという解体師部門の分析が上がってきたので、候補がさらに絞られた。ただし竜種の解体経験を持つ地方支部所属の解体師という条件でも該当者がまだ複数いる。確信が持てない状態で接触して関係をこじらせるリスクは避けたかった。
竜種専門部門との情報共有を始めたことで、絞り込みが一段階進んだ。竜種の解体経験がある解体師であること、地方支部の常勤職であること、配信の更新頻度から日中は通常業務をこなしていると推測されること。これらの条件を重ね、候補支部は十二から六まで絞られた。
「次の配信で何か情報が取れれば、三か四まで絞れると思います」
早川が言うと、田辺は少し間を置いてから答えた。
「急ぎなさいと言われても、向こうが配信してくれないと手がかりは増えないのよね」
早川も同じ気持ちだった。今日も画面を開き、次の更新を待った。
早川は手帳を開いて今週の記録を書き足す。竜種専門部門からの問い合わせ一件。配信の技術波及に関する実績報告、今週分を集計して別資料にまとめる。田辺からの指示通りだ。項目が増えるたびにこの配信者の影響範囲が広がっているという事実が積み上がっていく。
チャンネル登録者数が先週からまた増えている。最近コメント欄に「解体師を目指すことにした」「専門学校を調べている」という書き込みが増えてきた。それを見るたびに、配信を始めた理由を思い出す。
解体師は慢性的な人手不足である。俺がこの支部に来てからも状況は変わっていない。配信を始めたのも、解体という仕事の面白さを伝えれば、興味を持つ人間が増えるかもしれないという単純な動機からだった。実際に興味を持ってくれる人間が出てきているなら、やった意味はあったということだ。
登録者数が百万人になるより、解体師を目指す人間が一人増える方が、本来の目的には沿っている。
作業台を拭きながらそんなことを考えていると、中村さんが近づいてきた。
「田中さん、少し聞いてもいいですか」
「はい」
「解体師になるには、どうすればいいんですか」
少し意外な質問だった。中村さんはギルドの受付職員として採用されているので、解体師への転向を考えているとは思っていなかった。
「専門学校で基礎資格を取るのが一般的です。座学と実技、実地研修をこなす必要はありますけど、早ければ二年で取れます」
「田中さんはどうやって」
「同じです。卒業してからはずっと実践で覚えました」
中村さんはしばらく考えるような顔をしてから「そうですか」と言って戻っていった。
配信を始めてから、解体師という職業について直接聞かれたのは初めてだった。中村さんが配信との関係に気づいているかどうかは分からない。ただ、こういう会話が増えていくなら悪くない。そう思いながら作業台に戻ると、松田さんが伝票を持って待っていた。
「田中くん、今日の依頼だが」
「はい」
「ヴォルトイールが一件入っている。例によって田中くんに回していいかね」
伝票を受け取った。体長一メートル六十センチ、討伐から一時間経過、発光継続中。状態は良好だ。
「分かりました」
「いつも通りよろしく」
松田さんはあっさりと戻っていった。
ヴォルトイールは水域に生息するCランクの魔物である。死亡後も放電が継続するため、解体中の感電リスクを避けるために放電が完全に収まるまで待機する必要がある。ただし、その間に電気を帯びた油脂の電荷が失われる。発電器官は回収できても、油脂の素材価値が大幅に下がるというのが業界の常識だ。
今日の配信はこれを扱おうと思いついた。水生系の魔物は、配信では初めてである。
作業台にヴォルトイールを置く。腹部に切り付けられた傷があるが、青紫の体色が照明を受けて淡く発光している。発電器官が無事な証拠だ。
不規則な間隔で光が強まり、また弱まる。中村さんとの会話の余韻がまだ少し残っていたが、配信を始めれば自然と集中できる。
配信の準備を始めた。
【第六回】ヴォルトイールの解体手順【放電継続中】
「こんにちは。街の解体屋です。第六回です。いつも見てくださっている方、ありがとうございます。今日もよろしくお願いします」
>今週も来た
>いつも見てるよー
>登録者数増えたな
>これを見て正気でいられる解体師がいるだろうか…
コメント欄が登録者数の話題で盛り上がっている。数字より、今日の配信に集中する。
「今日はヴォルトイールを扱います。水生系の魔物です」
>水生系初めてだ
>ヴォルトイール?
>Cランクに戻った
>なんか光ってる
>冒険者だけどヴォルトイールは水中で不意打ちしてくる厄介なやつだ
>川沿いのダンジョンで何回か感電させられた
作業台にヴォルトイールを置いた。体長一メートル六十センチ。青紫の体色が照明を受けて淡く発光している。不規則な間隔で光が強まり、また弱まる。討伐から一時間が経過しているが、放電はまだ続いている。
>死んでるのにまだ光ってるの?
>触ったら感電しそう
>実際感電するやつだよ
「ヴォルトイールについて説明します。ダンジョンの川辺や沼地に生息する魔物で、発電器官を有しています。死亡後も発電器官が機能し続けるため、放電が継続します。放電のタイミングは不規則で予測が難しい。通常の解体手順では、放電が完全に収まるまで待機してから作業を開始します」
>やっぱり感電するやつか
>どのくらい待つの
>解体師やってるけどヴォルトイールは受付で断る同僚が多い
>放電が収まっても油脂が死んでるから割に合わないって聞く
「問題はここからです。ヴォルトイールの素材価値の高い部位は、発電器官と電気を帯びた油脂です。発電器官は放電が収まってから回収できますが、油脂は電気を帯びている状態での採取が必須です。放電が収まるまで待機すると油脂の電気が失われ、素材価値が大幅に下がります。安全を取れば油脂の価値が無くなり、油脂を活かそうとすれば感電リスクがある。これが業界の問題になっています」
>ジレンマじゃないか
>どちらを取っても損をする構造か
>じゃあどうするの
>この人が普通の手順を取るわけがない
「なので、放電を一時的に止めます」
>止める???
>放電を止めるってどういうこと
>止められるの?
「魚の神経締めという技法を知っていますでしょうか。魚を締める際に神経を破壊することで死後硬直を遅らせて鮮度を保つ処理です。発想はそこから来ています。ヴォルトイールの発電器官にも神経が繋がっており、その神経を特定の順番で刺激すると発電器官の機能が一時的に停止します。特殊な道具は必要ありません」
>神経締めから発想を得たのか
>魚の処理技術を魔物に応用するって発想がなかった
>その順番どうやって特定したの
>解体師やってるけど魚の神経締めは知ってても魔物に応用するとは考えたことがなかった
>独学でそこに辿り着いたのか
「ただし止まるのは数分間だけです。その間に発電器官と油脂を回収します」
>数分間だけ
>時間制限があるのか
>失敗したら感電するってこと?
>プレッシャーがやばい
絶縁手袋越しの指先でヴォルトイールの体表を確認した。発電器官につながる神経の位置を把握する。発光の間隔から個体の状態を判断する。今の間隔なら神経の状態は良好だ。
>また指先で確認してる
>前回の逆鱗のときと同じ動作だ
>発光の間隔で何が分かるの
神経の位置が確認できた。順番通りに刺激すれば止まる。特に難しいことはない。
特定の順番で神経を刺激した。
発光が、止まった。
>止まった
>本当に止まった
>光が消えた
>今から数分以内に終わらせるのか
作業を開始した。発電器官の位置は把握済みだ。周囲の組織を丁寧に避けながら進む。制限時間はあるが焦る必要はない。必要な動作を必要な順番でやるだけだ。余分な動作を省けば時間は十分にある。
まず発電器官の周囲に分布している油脂から回収していく。電気を帯びたままの状態で採取できている。これが活きれば価値が上がる。
>淡々と進んでる
>焦る様子が全くない
>時間大丈夫なの
>こっちがハラハラしてる
油脂の回収が終わった。
「油脂の回収完了です。次は発電器官を取り外します」
>まだ続くの
>時間大丈夫?
>そろそろ時間切れでは
>感電しない?
>ハラハラが止まらない
発電器官はまだそこにある。油脂を回収している間に周囲の組織の状態を確認済みだ。切り離す位置と角度は決まっている。あとは手順通りに進めるだけだ。
刃を入れた。発電器官の根元に沿って慎重に進める。発電器官は接続部が複数あるので一か所ずつ丁寧に切り離す必要がある。一か所目、二か所目。
>まだやってる
>時間切れたら感電するよな
>接続部が複数あるのか
>一か所ずつ切り離してる
>こっちの心臓が持たない
三か所目を切り離した。発電器官が周囲の組織から完全に浮く。最後の一か所、角度を調整しながら刃を滑らせる。
切り離せた。
取り出した発電器官が手の中で淡く光っている。状態は良好だ。
>取れた
>発電器官が光ってる
>取り出しても光るんだ
>きれい
>感電しなかった
>よかった…
「発電器官と油脂の回収完了です。余裕を持って終わることが出来ました。このあと皮膚と内臓も回収します」
>余裕←
>また出た
>こっちは全然余裕じゃなかった
>余裕の基準が違いすぎる
その後は皮膚と内臓の回収に移った。発電器官を取り外したので感電のリスクは無いので素早く解体していく。皮膚は防具素材として需要があるので丁寧に剥いでいく。内臓は薬の原料になる部位を中心に回収した。
>素材商やってるけど電気を帯びた状態で採取した油脂は魔法道具の触媒として需要が高い
>通常の手順だと電気が抜けた状態のものしか出回らないから価格が全然違う
>薬品商だけど発電器官は神経系の薬の原料になる部位で慢性的に供給不足だった
>安定供給できるようになれば薬品市場にも影響が出る
「以上です。全部位回収完了です。神経締めの応用は他の電気系魔物にも使えるものがあります。参考になれば幸いです。次回もよろしくお願いします」
>また業界が変わる発言した
>さらっと言ってるけど
>チャンネル登録した
配信を終了した。
神経締めの応用は思ったより説明しやすかった。魚の処理技術として知られている概念から発想を得たため、知っている人間には理解しやすいはずだ。油脂を先に回収してから発電器官を取り外すという順番が伝われば、同じ手順を試す解体師も出てくるかもしれない。電気系の魔物は他にもいる。この手順が広まれば、電気を帯びた素材の回収率は上がるはずだ。
チャンネル登録者数、五万一千三百二十七人。
読者の皆さまへ。
前回の後書きに書いた投稿に対して「気にしなくていい」「このままで楽しんでいる」といった温かい感想をたくさんいただき、本当に励みになりました。ありがとうございます。
いろいろと考えたのですが、ひとまず今はあまり気にしすぎず、この作品はこの作品として、今のスタイルのまま書き続けていこうと思っています。勢いやライブ感も含めて楽しんでいただけたら嬉しいです。
とはいえ現状で十万字に届いていませんがもしも、万が一、奇跡的に書籍化なんてことになったら、その時はさすがに全編しっかり見直して、設定も文章もがっつり整えると思います(笑)
それまでは、この少しラフな形も含めて楽しんでいただければ幸いです。これからもよろしくお願いします。