【街の解体屋】魔物解体配信、はじめます【初見歓迎】   作:解体新書が泣いている

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【第八回】レッサードレイクの解体手順【完全硬直個体】

 

 田辺が席を立ってこちらに歩いてきたのは、午前の業務が一段落した頃だった。

 

「絞れてきた」

 

 声を低くしている。

 

「対象の支部が三カ所まで絞れた。配信の更新時間帯と曜日の一致、背景の作業室の広さ、照明の角度。全部突き合わせた結果だ」

 

 三カ所。先週まで六カ所だったのが一気に絞られた。早川は画面から目を離して田辺を見た。

 

「その三カ所の所属解体師を洗えば特定できる可能性が高い。ただ」

 

 田辺が少し間を置いた。

 

「課長から待ったがかかった」

 

「待った、ですか」

 

「上から話が来たらしい。正体を特定した後の対応を先に決めてから動けと。本部として接触するのか、支部を通じて打診するのか、あるいはしばらく泳がせるのか。決めずに特定だけ先行させると後が面倒になるという判断だ」

 

「つまり特定はできるが今は動かないということですか」

 

「そういうことだ。しばらく観察を続ける。次の配信で何か手がかりが増えるかもしれないしな」

 

 田辺は自分の席に戻った。

 

 早川は画面を開いたまま少し考えた。三支部のうちどこかに配信者がいる。ただし田辺の方針は変わっていなかった。「正体を把握してから接触するまでの間に、相手が何を考えて配信しているのかを確認する必要がある」。動機が分からない相手に接触しても対応の方針が立てられないという判断だ。早川は引き続き配信を見ながら待つ。

 


 

 チャンネル登録者数が七万人を超えていた。

 

 ブラッドモスキートの配信が広がったらしい。コメント欄に素材商人や魔法薬師を名乗る書き込みが増えている。解体師や冒険者だけだった頃と比べてコメントの種類が変わってきた。現地で配信してほしいという要望も増えてきている。

 

 悠一はその要望を眺めながら、少し考えた。

 

 現地配信。やってみる価値はあるかもしれない。室内での解体手順は一通り見せてきたが、実際のダンジョン内での立ち回りや素材の状態確認の仕方は現地でしか見せられない。解体屋を目指すと言っている視聴者への情報としては現地の方が有益な部分もある。

 

 ただそれは今すぐ決めることではない。今日の依頼に集中しよう。

 

 午後に入って受付カウンターに冒険者が駆け込んできた。Bランクの冒険者章を下げている。手に持った密封袋の中身を見て、悠一はすぐに状況を把握した。

 

 レッサードレイク。体長八十センチ程度。袋越しに触れてみると、非常に硬かった。

 

「田中さんに頼みたくて。道中でトラブルが続いて、討伐からもう八時間経ってしまったんですけど、もう無理ですかね」

 

「確認させてください」

 

 作業台に移動して確認していく。完全に硬直して皮が全体的に縮んでいるのが分かった。通常であれば討伐後できるだけ早く持ち込んで硬直が始まる前に剥離作業を済ませる。八時間が経過した個体はその段階をとっくに過ぎている。

 

 ただ解体できないわけではない。

 

 松田さんが奥から顔を出した。

 

「田中くん、いつも通りよろしくね」

 

「はい」

 

 依頼人の冒険者に向き直った。

 

「全部位回収で対応します」

 

 男は目を丸くした。

 

「硬直してても回収できるんですか」

 

「はい。ただ時間が経ちすぎているので、一部の素材については値が付かないかもしれないのでご了承下さい」

 

 男は何か言いかけてからやめた。中村さんが横で伝票の処理をしながら微妙な表情をしていた。

 

 作業室に戻った。作業台の横に細長い金属製の道具を置いた。先端が丸く仕上げてある。支給品の中に丁度いいものがあったので流用している。

 

 作業台の上でレッサードレイクが硬直したまま横たわっている。体長八十センチ。緑がかった鱗が照明を受けて鈍く光っていた。

 



 

【第八回】レッサードレイクの解体手順【完全硬直個体】

 

「こんにちは。街の解体屋です。第八回です。今日もよろしくお願いします」

 

>きたー

>今週も来た

>登録者七万人超えてる

>先週から一気に増えたな

>ブラッドモスキートの配信が広まったからか

 

「登録者数が増えていました。現地で配信してほしいというコメントも増えてきていますので、近いうちにやってみようと思っています」

 

>現地配信来る

>近いうちにって言った

>本人が言ったの初めてじゃないか

>期待していいのか

>楽しみ

 

 今日の解体するレッサードレイクを作業台に置いた。

 

>今日は何

>蛇…蜥蜴か?

>鱗が綺麗

>足が小さいな

 

「今日はレッサードレイクを扱います。竜系近縁種です。Bランクです。今日の個体は討伐から八時間が経過しています」

 

>竜系近縁種か

>八時間って結構経ってるな

>それが何か関係するの

>嫌な予感がする

 

「まず死後硬直について説明します。死後硬直はあらゆる魔物に起こる現象です。討伐後に筋肉が収縮して体が固まります。特に竜種に近い魔物の場合は筋肉の密度が高いため硬直の程度が強く一筋縄ではいきません。今日の個体は完全に硬直しています」

 

>竜系だと特にきついのか

>完全硬直って

>どのくらい硬いの

>触ってみてほしい

 

 レッサードレイクの体側を軽く叩いてみると、鈍い音がした。首や手足を動かそうとしてみるが、全く動かない。

 

>硬い

>カチコチじゃん

>石みたいになってるんだな

>これを解体するの

 

「レッサードレイクの解体で最も価値の高い素材は皮です。竜系近縁種の皮は防具や装飾品の最高級素材になります。問題は硬直によって皮が縮んでいることです。この状態で無理に剥がすと皮が裂けて素材価値が失われます。通常の解体手順では硬直が始まる前に急いで剥離作業を済ませます」

 

>皮が高級素材なのか

>竜種に近い魔物の皮防具は性能高いよ

>その分お高いけどな

 

「今回の個体はそもそも硬直前の剥離が間に合っていません。なので先に硬直を緩和する処理を施します。以前の配信でアーマーリザードを扱った際に逆鱗について説明しました。レッサードレイクも竜系近縁種なので退化した形で逆鱗が存在します」

 

>逆鱗って竜種の弱点じゃん

>アーマーリザードの回で出てきた

>竜系近縁種にも逆鱗があるのか

>ずっと見てた人には分かる話だ

>初見だけど逆鱗って何

 

「逆鱗は竜系の魔物に存在する特殊な鱗です。逆鱗の付近には竜系特有の筋肉の経路が集中しています。この部位に適切な刺激を与えると収縮した筋肉全体に信号が伝わって硬直が緩和されます」

 

>逆鱗への刺激で硬直が解けるのか

>そんな使い方があるのか

>アーマーリザードでは鱗の剥離の起点に使ってたけど

>今回は全然別の使い方だ

>逆鱗の応用がまだあったのか

 

「道具はこれを使います。先端が丸く仕上げてある細長い金属製の道具です。支給品の中に似たような用途のものがあったので転用しています」

 

>支給品の転用

>またそれか

>専用の道具じゃないのか

>この人の支給品で十分の精神

 

「一点補足します。本来硬直が緩和されるまでにはかなりの時間がかかります。状態によっては数時間待つ必要があり、その間も鮮度は落ち続けるので新鮮な個体であれば待機時間のデメリットが大きいです。今回の個体はすでに八時間経過しているのでこれ以上鮮度を落とすわけにはいきませんので、処理後は素早く解体します」

 

>数時間待つのか

>新鮮な個体ほど使いにくい手順なのか

>今回はもう八時間経ってるから待てないってこと

>素早く解体するって言ったけど、この人の素早くってどのくらいだ

 

 指先でレッサードレイクの体表を辿って逆鱗の位置を確認していく。身が固まっている感触が分かる。

 

>また指先で探ってる

>毎回この動作から始まる

>完全硬直してるのに指先で分かるの

 

 暫く体表を指で辿ると、逆鱗の位置が分かった。体表から少し浮いた感触がある。道具の先端を当てる角度を確認し、一気に差し込んでいく。

 

>刺さるの

>あんなに硬いのに

>え、入った

>するっと入った

>硬いって言ってたじゃないか

 

「逆鱗付近は筋肉の経路が集中しているため他の部位より刺激が通りやすい構造になっています。適切な角度で差し込めば硬直していても問題ありません」

 

>適切な角度で差し込めば問題ないって

>その角度をどうやって知ったの

>問題ないの基準が毎回おかしい

 

 処理を施したら道具を抜き取り、硬直が解けるのを待つ。

 

>待機中だ

>変化はある

>あ

>動いた

>皮が戻ってる

 

 体全体が緩んでいくのが分かった。縮んでいた皮が少しずつ元の状態に戻っていき、鱗の下の層も柔らかくなっている。硬直が完全に緩和された。

 

>本当に戻った

>硬直してた体が柔らかくなった

>触り心地が全然違いそう

 

「硬直が緩和されました。ここから素早く剥離に入ります」

 

 皮の剥離を始めた。これ以上鮮度を落とさないために手を止めない。ただ急いでいるからといって雑にやる理由はない。鱗の並びに沿って必要な動きだけを積み重ねていく。

 

>素早いけど丁寧だ

>急いでるのに手が乱れてない

>これが通常手順と違うところか

>時間に追われてないから判断が落ち着いてる

 

 皮の回収が終わった。続いて骨格と牙の回収に移った。硬直緩和処理の効果で骨格も扱いやすい状態になっている。牙は根元から丁寧に外した。残念ながら内臓の一部は時間経過によって痛んでいる部位もあり、そこは泣く泣く処分するしかなさそうだ。

 

>骨格も取りやすそうだ

>処理一つで全部位に影響が出るのか

>効率がいい

 

「以上です。内臓の一部は傷んでいましたが、それ以外の部位の回収完了です。硬直した個体でも手順を踏めば問題ありません。逆鱗への刺激による硬直緩和は竜系近縁種全般に応用できます。参考になれば幸いです。次回もよろしくお願いします」

 

>竜系近縁種全般ってかなり広い範囲じゃないか

>硬直した個体でも問題ないって

>問題ないの基準が高すぎる

>現地配信を期待している

 

 配信を終了した。

 

 硬直緩和の処理は今後も使える手順だ。竜系近縁種は入手しやすいが解体が難しいという理由で敬遠されやすい。この手順が広まれば市場に出回る素材の量が変わるかもしれない。

 

 チャンネル登録者数、九万八千四百五十二人。

 




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