【街の解体屋】魔物解体配信、はじめます【初見歓迎】 作:解体新書が泣いている
現地配信を検討すると言ってから、機材の調達に一週間かかった。
室内配信であれば固定カメラで事足りる。ただ現地となると話が変わる。手が塞がる場面が増えるし、魔物の動きに合わせて画角を調整する余裕もない。解体の手元を撮りながら周囲の状況も映すとなると、固定カメラでは無理がある。
探索系の配信者が使っている機材を調べたところ、これが標準装備らしかった。宙に浮いて配信者の動きを自動で追尾する。画角の調整も自動で、手を触れる必要がない。冒険者向けの製品だけあって耐久性も高い。値段はそれなりにしたが、現地配信を続けるつもりなら必要な投資だと判断した。
箱を開けて中身を確認した。本体と充電器、簡単な説明書。起動方法と追尾設定の手順を一通り読んでから、実際に電源を入れてみた。本体が静かに浮き上がり、俺の顔を正面から捉えて止まった。追尾モードに切り替えると、俺が動くたびにそれに合わせて位置を変える。
なるほど。これは便利だ。
準備を済ませて家を出た。ダンジョンまでは電車で四十分ほど。最寄りの浅層入口は観光客向けの整備が進んでいて、平日でも人の出入りが多い。今日は午前中に出たので、まだそこまで混雑していないはずだ。
電車の中で機材の設定を見直した。追尾精度と画角の広さを調整して、解体作業中の手元が映るように設定しておく。音声は本体のマイクで拾う仕様だが、ダンジョン内なら問題ないだろう。
ダンジョン入口に着いた。受付窓口に探索許可証を提出する。ギルド登録証と合わせて提示すると、担当者が確認してスタンプを押した。
「解体師の方ですね。浅層のみでよろしいですか」
「はい」
「お気をつけて」
入口をくぐった。通路は整備されていて、照明も十分ある。観光客向けの案内板が数メートルおきに立っている。浅層の魔物はEランクからDランク程度で、一般人でも立ち入り許可が下りる区域だ。現地での解体手順を実際に見せれば、解体屋を目指す人間の参考になるはずだ。
奥へ進みながら機材を起動した。本体が浮き上がり、追尾モードに入る。今日の配信はここから始まる。
同じ頃、ダンジョンの中層より深い区域で、別の話が進んでいた。
走っている。
息が上がっている。左腕に巻いた応急処置の布が血を吸って重い。隣を走る仲間の顔色も良くない。四人いたパーティーが今は三人だ。残りの一人がどうなったかは、考えないことにした。
後ろから足音が響いている。重い。一歩ごとに床が揺れる感覚がある。三メートル近い巨体が走れば当然そうなる。距離は詰まっていない。でも離れてもいない。
「右に曲がれ!」
リーダーの声で体が動いた。角を曲がり、細い通路に入る。巨体には通りにくいはずだ。足音が一瞬止まった。壁に何かがぶつかる音がして、それからまた響き始めた。壁を崩して無理矢理通ったようだ。
「くそっ!」
誰かが吐き捨てた。声に出す余裕があるだけまだましだった。
棍棒が後方の壁を叩いた音が響いた。牽制ではなく、単純に通路が狭くて振れなかっただけだ。それでも風圧が届いた。
走った。走り続けた。足が限界に近い。傷から血が滲んでいるのがわかる。それでも止まれない。あれが来る。あれが来たら終わりだ。
「前、光ってる」
足元の床が淡く輝いていた。転移トラップだ。中層の深部にたまに出現する罠で、踏むと不特定の場所に飛ばされる。
止まる時間はなかった。
三人同時に踏んだ。視界が白く染まった。耳の奥で高い音が鳴って、それから何も分からなくなった。
次に気づいたときには、見覚えのある通路に立っていた。
天井が低い。照明が明るい。足元の床は整備されている。壁面に観光客向けの案内板が見えた。
浅層だ。
息を吐いた。足が震えているのは今更気づいた。左腕の傷がじくじくと痛む。仲間の顔を確認した。二人とも立っている。それだけで十分だった。助かった。そう思った。
背後の空気が変わったのは、その直後だった。
重い。
この感覚には覚えがある。中層の深部で初めてこれを感じたとき、リーダーが「逃げろ」と言う前に体が動いていた。今回は体が動かなかった。消耗しすぎていた。
ゆっくりと振り返った。
そこにいた。
灰色の巨体が通路の幅いっぱいに立っている。体長は三メートル近い。頭部は人間に近い造形だが、顎が張り出していて目が小さい。骨と鉱石を組み合わせた棍棒を片手に持ち、重そうなそれを地面に引きずるようにして、こちらをゆっくりと見ていた。
一緒に転移してきた。
「……逃げるぞっ…!」
リーダーが絞り出すように言った。
走った。後ろで重い足音が響いた。
【第九回】初の現地配信、やってみます【ダンジョン浅層】
「ダンジョン浅層から配信しています。今日は現地での解体手順を実際にお見せします」
新しい機材のおかげで両手が空いている。カメラが勝手に追いかけてくる。これは快適だ。
>現地配信だ
>機材新しくなってる
>カメラ浮いてる
>探索者みたいな装備だ
>ついに来た
通路を歩きながら魔物を探した。浅層の魔物は密度が低い。しばらく歩かないと出会えないこともある。
十五分ほど歩いたところで、前方の地面に半透明の塊が見えた。
スライムだ。
「スライムがいました。せっかくなのでおさらいをしておきます」
>スライム懐かしい
>初回からずっと見てる者として感慨深い
>おさらいって言えるのか
スライムの前にしゃがんだ。核の位置を確認する。この個体は核が少し上寄りにある。体のサイズに対して核がやや大きめで、ゲル全体の密度が均一に近い。状態は良好だ。
千枚通しを取り出した。
>千枚通し懐かしい
>初回でも同じの使ってた
>道具が変わってない
指先をゲルの表面に軽く触れさせた。押しつけるのではなく、乗せる程度の力加減だ。ゲルが指の形に沿って僅かに沈む。その反発の強さと方向からゲル全体の張力の分布を読んでいく。核と外層の境界が緩んでいる箇所を探す。
>何を確認してるの
>触れてるだけに見えるんだが
>初回の時も同じことしてた
「ゲルの張力を確認しています。個体によって核の周囲の密度が違うので、差し込む箇所と角度を決めてから作業します」
指先をゆっくりと横にずらした。ゲルの抵抗がわずかに変わる点がある。ここだ。核と外層の境界が他より薄くなっている箇所。この角度から入れれば最小限の力で核だけに届く。
>何をしてるのかわかるようでわからない
>指先だけで何が分かるんだ
「いきます」
千枚通しをゲルに差し込んだ。抵抗なく入る。角度を僅かに修正して、そのまま真っ直ぐ。核が、音もなく砕けた。ゲル状物質はそのままの形を保ち、地面の上でぷるりと一度揺れただけだった。
>やっぱり崩れない
>何回見ても信じられない
>これ本当に誰でもできるの
「慣れれば難しくないです。数をこなせば誰でもできるようになります」
>そうはならんやろ
>慣れればのハードルが高すぎる
>ベテラン解体師が再現できないって掲示板で報告してたぞ
>慣れればって何に慣れるんだよ
>この人の難しくないは絶対信用してはいけない
>初回からずっとそう
そんなに難しいだろうか。そう思いながら立ち上がってまた歩き始めた。
>コメント無視して歩き出した
>難しくないと思ってるのが一番やばい
ゲルの張力を読むのは確かに最初は手間取るが、コツを掴めば自然とできるようになる。説明の仕方が悪いのかもしれない。
そんなに難しくないんだけど、と呟きながら歩いていたとき、進行方向の床が光った。
光の広がり方が速い。転移トラップの発動だ。浅層でたまに出る。踏んだ側は気の毒だが、こちらには関係ない。少し距離を取って待った。
光が収まった。
そこに三人の冒険者がいた。全員消耗している。装備に損傷があり、一人は腕を押さえている。転移元で相当な戦闘があったらしい。
そして、その後ろにいた。
体長三メートル近い灰色の巨体。骨と鉱石を組み合わせた棍棒。Aランク特有の圧迫感が通路全体に広がった。
>え
>何あれ
>ウォーオーガ
>浅層にいるはずじゃない
>逃げて逃げて逃げて
>やばいやばいやばい
>配信者逃げろ
冒険者の一人がこちらを見た。消耗しきった顔で、それでも声を絞り出した。
「危ないから逃げてください!」
俺は少し考えた。
ウォーオーガ。Aランク、人型魔物。本来は中層より深い区域に生息する。こんな浅層で遭遇するとは思っていなかった。
以前、死亡個体を一度だけ扱ったことがある。皮膚と筋肉の密度が高く、通常の手順では刃の入りが悪くて難儀した記憶がある。あのとき回収しきれなかった部位がいくつかあった。生きている状態であれば組織が柔らかく、死亡後に硬化が始まる前の状態に近いはずだ。それに生きた個体でしか確認できないこともある。
棍棒の素材選定も気になる。
ちょうどいい。
「今日は生きている人型魔物の解体手順を披露します」
>は
>今なんて言った
>逃げろって言われてるのに
>ちょうどいいとか思ってそうで怖い
>この人何を言ってるんだ
>死ぬ死ぬ死ぬ
道具袋を開けて解体準備を始めた。
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