【街の解体屋】魔物解体配信、はじめます【初見歓迎】   作:解体新書が泣いている

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今週は本日から三日更新です。


【第九回】初の現地配信、やってみます【ダンジョン浅層】Part1

 

 現地配信を検討すると言ってから、機材の調達に一週間かかった。

 

 室内配信であれば固定カメラで事足りる。ただ現地となると話が変わる。手が塞がる場面が増えるし、魔物の動きに合わせて画角を調整する余裕もない。解体の手元を撮りながら周囲の状況も映すとなると、固定カメラでは無理がある。

 

 探索系の配信者が使っている機材を調べたところ、これが標準装備らしかった。宙に浮いて配信者の動きを自動で追尾する。画角の調整も自動で、手を触れる必要がない。冒険者向けの製品だけあって耐久性も高い。値段はそれなりにしたが、現地配信を続けるつもりなら必要な投資だと判断した。

 

 箱を開けて中身を確認した。本体と充電器、簡単な説明書。起動方法と追尾設定の手順を一通り読んでから、実際に電源を入れてみた。本体が静かに浮き上がり、俺の顔を正面から捉えて止まった。追尾モードに切り替えると、俺が動くたびにそれに合わせて位置を変える。

 

 なるほど。これは便利だ。

 

 準備を済ませて家を出た。ダンジョンまでは電車で四十分ほど。最寄りの浅層入口は観光客向けの整備が進んでいて、平日でも人の出入りが多い。今日は午前中に出たので、まだそこまで混雑していないはずだ。

 

 電車の中で機材の設定を見直した。追尾精度と画角の広さを調整して、解体作業中の手元が映るように設定しておく。音声は本体のマイクで拾う仕様だが、ダンジョン内なら問題ないだろう。

 

 ダンジョン入口に着いた。受付窓口に探索許可証を提出する。ギルド登録証と合わせて提示すると、担当者が確認してスタンプを押した。

 

「解体師の方ですね。浅層のみでよろしいですか」

 

「はい」

 

「お気をつけて」

 

 入口をくぐった。通路は整備されていて、照明も十分ある。観光客向けの案内板が数メートルおきに立っている。浅層の魔物はEランクからDランク程度で、一般人でも立ち入り許可が下りる区域だ。現地での解体手順を実際に見せれば、解体屋を目指す人間の参考になるはずだ。

 

 奥へ進みながら機材を起動した。本体が浮き上がり、追尾モードに入る。今日の配信はここから始まる。

 


 

 同じ頃、ダンジョンの中層より深い区域で、別の話が進んでいた。

 

 走っている。

 

 息が上がっている。左腕に巻いた応急処置の布が血を吸って重い。隣を走る仲間の顔色も良くない。四人いたパーティーが今は三人だ。残りの一人がどうなったかは、考えないことにした。

 

 後ろから足音が響いている。重い。一歩ごとに床が揺れる感覚がある。三メートル近い巨体が走れば当然そうなる。距離は詰まっていない。でも離れてもいない。

 

 「右に曲がれ!」

 

 リーダーの声で体が動いた。角を曲がり、細い通路に入る。巨体には通りにくいはずだ。足音が一瞬止まった。壁に何かがぶつかる音がして、それからまた響き始めた。壁を崩して無理矢理通ったようだ。

 

 「くそっ!」

 

 誰かが吐き捨てた。声に出す余裕があるだけまだましだった。

 

 棍棒が後方の壁を叩いた音が響いた。牽制ではなく、単純に通路が狭くて振れなかっただけだ。それでも風圧が届いた。

 

 走った。走り続けた。足が限界に近い。傷から血が滲んでいるのがわかる。それでも止まれない。あれが来る。あれが来たら終わりだ。

 

 「前、光ってる」

 

 足元の床が淡く輝いていた。転移トラップだ。中層の深部にたまに出現する罠で、踏むと不特定の場所に飛ばされる。

 

 止まる時間はなかった。

 

 三人同時に踏んだ。視界が白く染まった。耳の奥で高い音が鳴って、それから何も分からなくなった。

 

 次に気づいたときには、見覚えのある通路に立っていた。

 

 天井が低い。照明が明るい。足元の床は整備されている。壁面に観光客向けの案内板が見えた。

 

 浅層だ。

 

 息を吐いた。足が震えているのは今更気づいた。左腕の傷がじくじくと痛む。仲間の顔を確認した。二人とも立っている。それだけで十分だった。助かった。そう思った。

 

 背後の空気が変わったのは、その直後だった。

 

 重い。

 

 この感覚には覚えがある。中層の深部で初めてこれを感じたとき、リーダーが「逃げろ」と言う前に体が動いていた。今回は体が動かなかった。消耗しすぎていた。

 

 ゆっくりと振り返った。

 

 そこにいた。

 

 灰色の巨体が通路の幅いっぱいに立っている。体長は三メートル近い。頭部は人間に近い造形だが、顎が張り出していて目が小さい。骨と鉱石を組み合わせた棍棒を片手に持ち、重そうなそれを地面に引きずるようにして、こちらをゆっくりと見ていた。

 

 一緒に転移してきた。

 

 「……逃げるぞっ…!」

 

 リーダーが絞り出すように言った。

 

 走った。後ろで重い足音が響いた。

 



 

【第九回】初の現地配信、やってみます【ダンジョン浅層】

 

「ダンジョン浅層から配信しています。今日は現地での解体手順を実際にお見せします」

 

 新しい機材のおかげで両手が空いている。カメラが勝手に追いかけてくる。これは快適だ。

 

>現地配信だ

>機材新しくなってる

>カメラ浮いてる

>探索者みたいな装備だ

>ついに来た

 

 通路を歩きながら魔物を探した。浅層の魔物は密度が低い。しばらく歩かないと出会えないこともある。

 

 十五分ほど歩いたところで、前方の地面に半透明の塊が見えた。

 

 スライムだ。

 

「スライムがいました。せっかくなのでおさらいをしておきます」

 

>スライム懐かしい

>初回からずっと見てる者として感慨深い

>おさらいって言えるのか

 

 スライムの前にしゃがんだ。核の位置を確認する。この個体は核が少し上寄りにある。体のサイズに対して核がやや大きめで、ゲル全体の密度が均一に近い。状態は良好だ。

 

 千枚通しを取り出した。

 

>千枚通し懐かしい

>初回でも同じの使ってた

>道具が変わってない

 

 指先をゲルの表面に軽く触れさせた。押しつけるのではなく、乗せる程度の力加減だ。ゲルが指の形に沿って僅かに沈む。その反発の強さと方向からゲル全体の張力の分布を読んでいく。核と外層の境界が緩んでいる箇所を探す。

 

>何を確認してるの

>触れてるだけに見えるんだが

>初回の時も同じことしてた

 

「ゲルの張力を確認しています。個体によって核の周囲の密度が違うので、差し込む箇所と角度を決めてから作業します」

 

 指先をゆっくりと横にずらした。ゲルの抵抗がわずかに変わる点がある。ここだ。核と外層の境界が他より薄くなっている箇所。この角度から入れれば最小限の力で核だけに届く。

 

>何をしてるのかわかるようでわからない

>指先だけで何が分かるんだ

 

「いきます」

 

 千枚通しをゲルに差し込んだ。抵抗なく入る。角度を僅かに修正して、そのまま真っ直ぐ。核が、音もなく砕けた。ゲル状物質はそのままの形を保ち、地面の上でぷるりと一度揺れただけだった。

 

>やっぱり崩れない

>何回見ても信じられない

>これ本当に誰でもできるの

 

「慣れれば難しくないです。数をこなせば誰でもできるようになります」

 

>そうはならんやろ

>慣れればのハードルが高すぎる

>ベテラン解体師が再現できないって掲示板で報告してたぞ

>慣れればって何に慣れるんだよ

>この人の難しくないは絶対信用してはいけない

>初回からずっとそう

 

 そんなに難しいだろうか。そう思いながら立ち上がってまた歩き始めた。

 

>コメント無視して歩き出した

>難しくないと思ってるのが一番やばい

 

 ゲルの張力を読むのは確かに最初は手間取るが、コツを掴めば自然とできるようになる。説明の仕方が悪いのかもしれない。

 

 そんなに難しくないんだけど、と呟きながら歩いていたとき、進行方向の床が光った。

 

 光の広がり方が速い。転移トラップの発動だ。浅層でたまに出る。踏んだ側は気の毒だが、こちらには関係ない。少し距離を取って待った。

 

 光が収まった。

 

 そこに三人の冒険者がいた。全員消耗している。装備に損傷があり、一人は腕を押さえている。転移元で相当な戦闘があったらしい。

 

 そして、その後ろにいた。

 

 体長三メートル近い灰色の巨体。骨と鉱石を組み合わせた棍棒。Aランク特有の圧迫感が通路全体に広がった。

 

>え

>何あれ

>ウォーオーガ

>浅層にいるはずじゃない

>逃げて逃げて逃げて

>やばいやばいやばい

>配信者逃げろ

 

 冒険者の一人がこちらを見た。消耗しきった顔で、それでも声を絞り出した。

 

 「危ないから逃げてください!」

 

 俺は少し考えた。

 

 ウォーオーガ。Aランク、人型魔物。本来は中層より深い区域に生息する。こんな浅層で遭遇するとは思っていなかった。

 

 以前、死亡個体を一度だけ扱ったことがある。皮膚と筋肉の密度が高く、通常の手順では刃の入りが悪くて難儀した記憶がある。あのとき回収しきれなかった部位がいくつかあった。生きている状態であれば組織が柔らかく、死亡後に硬化が始まる前の状態に近いはずだ。それに生きた個体でしか確認できないこともある。

 

 棍棒の素材選定も気になる。

 

 ちょうどいい。

 

「今日は生きている人型魔物の解体手順を披露します」

 

>は

>今なんて言った

>逃げろって言われてるのに

>ちょうどいいとか思ってそうで怖い

>この人何を言ってるんだ

>死ぬ死ぬ死ぬ

 

 道具袋を開けて解体準備を始めた。

 




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