【街の解体屋】魔物解体配信、はじめます【初見歓迎】 作:解体新書が泣いている
【初配信】スライムの解体手順を見せます【解体屋の仕事紹介】
俺は解体師だ。
冒険者がダンジョンで討伐した魔物を引き取り、素材ごとに解体する仕事だ。革、骨、内臓、魔石。部位によって買取先も用途も変わるし、どこをどう切るかで素材の品質も大きく変わってくる。地味だけど、需要は確実にある。魔物を倒す人間がいる限り、解体する人間も必要だ。
ダンジョンはずっとある。生まれたときからそこにあった。魔物も討伐されるものだったし、解体された素材は市場に流れて日用品になっていた。魔物の革で作られた財布も、魔物の油を精製した潤滑剤も、誰も不思議に思わない。そういう世界だ。
俺自身は別に苦ではない。解体は好きだ。
どこをどう切れば素材が活きるか考えながら刃を入れる瞬間は、パズルを解くのに似た気持ちよさがある。魔物によって構造は違うし、同じ種類でも個体差がある。飽きたことは一度もない。血まみれになることも日常茶飯事だし、内臓を素手で扱うこともあるけど、別にそれが嫌だと思ったことはない。慣れるとそういうものだ。慣れない人は、慣れないらしいけど。
ただ、このまま解体師が減り続けるのは困る。
慢性的な人手不足だ。冒険者の数は増えているのに、解体できる人間の数は増えていない。討伐される魔物の数は年々増えていて、現場はじわじわと忙しくなっている。腕のない解体師が増えれば、取れるはずの素材が無駄になる。それは嫌だ。素材が無駄になるのは、単純に我慢ならない。
理由はわかる。イメージが最悪なんだ。キツイ、汚い、気持ち悪い。まあ否定はしない。魔物の腹を開けた瞬間の匂いは、慣れるまでそれなりにしんどい。冒険者みたいな派手さもないし、絵にならない。ダンジョンに潜って魔物を倒すのと、作業台の上で黙々と解体するのとでは、見た目の格好よさが全然違う。
収入は悪くない。安定している。仕事がなくて困ったことは一度もない。でも「解体師になりたい」と思わせるには、地味すぎる。国家資格が必要で、専門校に通い、試験を受け、ギルド登録をして、ようやくスタートラインだ。参入障壁が高い割に、見返りが地味に見える。若い人間が敬遠するのはわかる。
どうにかして、興味を持ってもらえないものか。
作業台を拭きながら、ぼんやりそんなことを考えていた。今日の依頼は終わった。道具の手入れも済んだ。あとは片付けだけだ。つけっぱなしのテレビからは、賑やかなCMが流れている。
画面を見たら、冒険者の配信者が映っていた。ダンジョンの中を走り回りながら、大袈裟なリアクションをしながら叫んでいる。視聴者数のカウンターがどんどん増えていく。「登録者百万人突破」というテロップが流れる。
へえ、と思った。
最近は配信で稼ぐ冒険者が増えている。企業がスポンサーについた高位冒険者ともなれば、もはやスポーツ選手と変わらない扱いを受けているらしい。ダンジョン探索がエンタメになった。それ自体は別にどうでもいい。
ただ、ふと思った。
配信か。
実際にやって見せれば、解体という仕事がどんなものか伝わるんじゃないか。難しそうに見えて、コツさえわかれば誰でもできる部分もある。素材がきちんと取れたときの達成感だって、映像で見せれば伝わるかもしれない。解体師を目指す人間が一人でも増えれば、それでいい。
我ながら、悪くないアイデアだと思った。
チャンネル名は「街の解体屋」にしよう。シンプルでわかりやすい。
作業台の汚れを拭い終えて、スマホを手に取った。アカウントの開設は十分もかからなかった。思ったより簡単だった。配信の予約を入れて、タイトルを決めた。
「【初配信】スライムの解体手順を見せます【解体屋の仕事紹介】」
地味なタイトルだけど、内容そのままだからいいだろう。
事務方上司の松田さんに配信をしてみたいと相談してみると、二つ返事で許可を出してくれた。
「田中君は面白い事を考えるね。ギルドとしても解体師の確保や担い手不足解消は慢性的な課題だからやってみようか」
許可は出たが身バレになるような情報を出さない事、解体する魔物の情報も依頼主等がバレるような発言はしない事等を条件に出され、それを守るなら最低限のバックアップはしてくれることになった。
配信の準備は整ったので、翌日から始めることにする。
【初配信】スライムの解体手順を見せます【解体屋の仕事紹介】
「はじめまして。街の解体屋と申します。解体師をやっています。解体師という仕事がどのような事をしているのか知ってもらうため、今日から解体の様子を配信していきます。目標は週一更新です。よろしくお願いします」
>おー初配信か
>がんばえー
二人だった。出だしとしては、まあこんなものだろう。チャンネル登録者数は現時点でゼロだ。知り合いに声をかけるのも何となく気恥ずかしくて、告知らしい告知は何もしていない。たまたま配信一覧を眺めていた人間が流れ込んできた数が二人、ということだ。
「今日の素材はスライムです。Eランク魔物、個体は小型。状態は良好です。討伐からの経過時間は約二時間、品質劣化はほぼありません」
スライムを作業台に置く。水色で半透明のゲル状の塊が、ぷるぷると揺れている。中心部に薄く赤みがかった核が透けて見えた。生きている。作業台の照明を調整して、核の位置が画面越しにも見えやすいようにした。配信映えという概念を最近になって知った。
>スライムか
>Eランクなの草
>初配信でスライムはしょぼくない?
しょぼい、という感想はわからなくもない。スライムはダンジョン最浅層に出現する最弱の魔物で、冒険者が最初に倒す相手としておなじみだ。見た目も地味だし、絵にならないのは認める。
ただ、解体的には面白い素材だ。
「地味に見えるかもしれませんが、スライムは解体が難しい素材のひとつです。ゲル状物質は魔物素材を加工する際の加工触媒に使われます。ただし、核を破壊しないと素材として使えません。強い力で核を破壊するとゲルが崩壊してしまうのが問題で、通常は仮死状態にしてからゆっくり核を取り出します」
>へえ知らなかった
>スライムって素材になるんだ
>仮死状態にするってどうやるの
「仮死状態にする方法はいくつかあります。低温処理、魔法薬を使った麻酔、特定の周波数の振動を与える方法など。ただ、今日は少し違うやり方でやります」
千枚通しを手に取った。
>千枚通し?
>何するの
>仮死状態にしないの?
スライムをそっと指先で押さえる。ゲルが指の形に沿って凹んだ。核の位置を確認しながら、表面を軽く撫でるように圧をかけていく。
どこかに必ずある。
個体ごとに微妙に違うが、必ずある。ゲルの張力がわずかに変わる点。核と外層の境界が緩んでいる場所。そこを通せば、核だけを破壊できる。
指先に伝わる微細な抵抗の変化を拾いながら、ゆっくりと探っていく。焦る必要はない。
あった。
「スライムには個体ごとに張力の弱い箇所があります。そこを通して核だけを破壊できます。いきます」
千枚通しをゲルに差し込んだ。抵抗なく入る。角度をわずかに修正して、そのまま真っ直ぐ。
核が、音もなく砕けた。
スライムは崩壊しなかった。ゲル状物質はそのままの形を保ち、作業台の上でぷるりと一度揺れただけだった。
>え
>あれ、崩壊してない?
>は??
「核が取れました。ゲルも無事です。このまま素材として使えます。仮死状態にする手間が省けるので、慣れればこちらの方が早いです」
砕けた核を小皿に移す。赤みがかった小さな結晶が、ころりと転がった。ゲル状物質は依然として形を保ったまま、静かに揺れている。
>待って待って
>スライムって核壊したら崩壊するんじゃないの
>俺冒険者やってるけど今のどういうこと
>崩壊してないのはおかしい
>いや絶対おかしい
>なんで生きたまま核だけ取れてるの
>千枚通し一本で何やってんの
視聴者数は十人に増えていた。コメントが流れるのが少し速くなった気がする。
「スライムの張力の弱い箇所は、ゲルの張力を確認しながら探せば見つかります。難しくないです。慣れの問題だと思います」
>難しくないです←
>難しくないわけないだろ
>そのルートとやらをどうやって見つけるんですか
>ギルドの解体講習でそんなこと習った記憶ないぞ
>俺Cランク冒険者だけど意味わからない
>Cランクでも意味わからないの草
>というかこの人誰
コメントがだいぶ騒がしくなってきた。何か変なことを言っただろうか。難しくない、は言いすぎたかもしれないが。慣れればそんなに難しくない、という意味のつもりだった。それから「慣れの問題」というのも少し語弊があったかもしれない。正確には、慣れるまでが大変、ということだ。自分がどのくらいかかったかは、よく覚えていないが。
「今日はスライム十体の解体をやります。個体ごとに張力の弱い箇所がどう違うか、見比べてもらえると参考になるかもしれません」
>十体
>まだやるの
>見る
>絶対見る
視聴者数、十四人。ほぼ変わっていない。
次のスライムを作業台に置いた。さっきより核が下寄りで、ゲルの密度がやや高い。個体差があるので、張力の分布を読み直す必要があった。少し時間がかかった。
でも、見つけた。
>また崩壊してない
>二個目も同じルートで入ったの
>いや角度違った
>個体ごとに違うって言ってたやつだ
>どうやって見つけてるの
>指で触っただけで分かるの??
>隣で見てた冒険者仲間が画面覗き込んできた
「個体差があるので毎回少し時間がかかります。でも手順は同じです」
三個目、四個目と続けた。コメントが少しずつ変わっていった。最初は「え?」「なんで?」という困惑が多かったけど、だんだん「毎回成功してる」「これ本当に普通じゃない」という書き込みに変わっていった。
十体目が終わった。視聴者数は十六人。
「以上です。スライム十体、ゲルはすべて無事です。今日は短めですが、これで終わります。解体に興味を持ってもらえたら嬉しいです。また来週やります」
>短い
>もっとやってくれ
>来週絶対見る
>解体師の知り合いに声かけとく
>というかこの人本当に何者なの
>初配信でこれはやばい
配信を終了した。
画面を閉じながら、まあまあ悪くない反応だったと思った。コメントで仮死状態にする方法を質問している人がいたのは良かった。ああいう疑問を持ってくれる人が、将来的に解体師を目指してくれるかもしれない。そういう人間が一人でも増えれば、この配信をやる意味がある。
そう思いながら、スマホを置いた。
チャンネル登録者数、十一人。