【街の解体屋】魔物解体配信、はじめます【初見歓迎】   作:解体新書が泣いている

21 / 31
感想欄で主人公が認定解体師でない事に驚いている読者様が多かったので、ここで補足説明させていただきます。

認定解体師とは「解体師の国家資格を有し、ギルドが定める技能・知識を有していると認められた解体師」の事で、ギルドが開催する試験(実技・学科)に合格する事で取得することが出来ます。

試験を受験するには受験資格が必要で、技能や知識だけでなく「所属部署(本部、支部問わず)の推薦、解体師として十年以上の実務年数、特定ランク以上の魔物解体実績」等が必要です。

主人公は現在実務年数が六年目で「十年以上の実務年数」の条件を満たせず受験出来ずにいますが、仮に受験したら過去最高得点で合格すると思われます。

因みに「特定ランク以上の魔物解体実績」は「Aランク魔物〇体以上」「劇物指定魔物〇体以上」「Bランク以上の竜種魔物〇体以上」等があります。


【第十回】ランページボアの解体手順【痙攣継続中】

 

 現地配信のアーカイブを早川が最初から見直したのは配信が上がった翌朝だった。

 

 配信の途中で一度だけカメラが配信者の顔を捉えていた。ウォーオーガが棍棒を振った瞬間に自動追尾カメラが大きく揺れて、その反動で配信者の横顔が一秒ほど映り込んでいた。画質は荒い。ただ輪郭と骨格の特徴は確認できた。

 

 早川はその一秒を十数回繰り返し再生し、一番画質がマシな瞬間を割り出し本部の専門部署に解析を依頼した。

 

 解析が終わり田辺に連絡を入れたのはその日の午後だった。

 

「映像に顔が映っています。確認してもらえますか」

 

 田辺は一時間後に折り返してきた。

 

「人事情報データと照合したら、候補が三名出たよ」

 

「絞れますか」

 

「映像の解像度が低いので確定には至れなかったけど、ただ今まで分析してきた情報と組み合わせると一名に絞れた」

 

 候補の一名が表示された。

 

 田中悠一、二十六歳。地方支部所属の解体師。登録歴六年目。専門学校卒業後に支部登録。直近の依頼履歴は支部を通じたものと外部からの指名依頼が混在している。

 

「彼で間違いないと思います」と田辺が言った。「キャリアの長さと実力の乖離が大きい人物です。専門学校の卒業記録は残っていますが在学中の評価は目立ったものがない。六年前以前の記録と現在の技術水準の間に説明がつかない空白があります」

 

 早川は手帳に名前を書いた。田中悠一。配信者が実在する人物として確定した瞬間だった。

 

 課長に報告したのは夕方だった。課長は報告を聞いてから一言だけ言った。

 

「会いに行ってください」

 

「どういう形で接触しますか」

 

「本部の職員として、正直に話してください」

 

 早川は少し間を置いた。

 

「本人の反応が読めません」

 

「読めないから直接会う必要があります」と課長は言った。「この人物についてはデータから予測できることに限界があります」

 

「了解しました」

 

 今日はもう遅いので、明日に田辺と今後の方針を決める事にし、早川は疲れた頭を休めようと退社していった。

 


 

 翌日、田辺の部屋で方針を確認した。

 

「接触の目的はどうしますか」

 

「まず本人が配信を続けているという事実を本人と共有することです」田辺が書類を机の端に寄せた。「その上で本部として協力を求めることができるかどうかを確認します」

 

「協力の内容は」

 

「現時点では二点あります。一点目は配信を続けてもらうこと。二点目は本部からの依頼を受け入れてもらうこと」

 

「本人が断った場合は」

 

「断る理由がないと思います」

 

 田辺の言い方が断言に近かった。早川は少し考えた。

 

「根拠は何でしょうか」

 

「配信を始めた理由が解体師のなり手不足の解消だということが配信内のいくつかの発言から読み取れます。本部の目的とこの人物の目的は一致しています。断る理由がない」

 

 早川は手帳を開いた。

 

「もう一点確認していいですか」

 

「どうぞ」

 

「本人に正体が調査されていたことを伝えますか」

 

 田辺がしばらく黙った。

 

「伝えましょう。隠す理由がありません」田辺は書類に視線を戻した。「ただし調査の詳細については聞かれたら答える形にしてください。最初から全部話す必要はない」

 

「分かりました」

 

「もう一点。本人が想定外の反応をした場合は、その場で適宜判断してください。この人物については事前に想定できる範囲に限界があります。早川さんの判断を信頼します」

 

 田辺がそれだけ言って次の書類に手を伸ばした。早川は部屋を出た。

 

 廊下を歩きながら、田辺が最後に言った言葉を反芻した。想定できる範囲に限界がある。田辺がそう言うのは珍しかった。それだけこの人物の行動が予測しにくいということだった。早川自身も同じ感覚を持っていた。配信を何十本も見てきたが、この配信者が次に何をするかを予測できた場面は一度もなかった。

 


 

 支部に向かう電車の中で、早川は手帳を開いていた。

 

 田中悠一。二十六歳。解体師歴六年。支部長の松田という人物からの情報では、依頼対応は丁寧で問題を起こしたことがない。同僚との関係も良好。特に目立った言動はない、という評価だった。

 

 目立った言動はない。

 

 早川はその言葉を手帳に書き留めてから線を引いた。配信を見てきた人間の評価としては成立しない言葉だった。支部の中ではそういう人間として存在しているということだった。

 

 電車が揺れた。窓の外を建物が流れていく。

 

 支部に着くまでに三つの可能性を想定した。一つ目は本人と会う前に別の職員に遮られる可能性。二つ目は本人が配信者としての接触だと察して身構える可能性。三つ目は本人が全く気づかない可能性。

 

 三つのうちどれが最もありそうかを考えた。配信を見てきた印象では三つ目の可能性が一番高い気がした。ただそれは配信の中での話だ。実際に会ったことがない。直接話せば印象が変わるかもしれない。

 

 一点だけ確認することを決めていた。

 

 この人物は配信を始めた理由として「解体師のなり手不足を解消したい」という発言を配信の中でしていた。その発言が本心かどうか。配信の文脈ではなく直接話す形で確認できれば、その後の方針が決まる。田辺がそこを重要視していた理由も分かる気がした。

 

 電車が止まった。早川は手帳を閉じて立ち上がった。

 


 

 早川が支部の扉を開けたのは午前十時を少し過ぎた頃だった。

 

 受付の職員に用件を告げると、少し待つように言われた。奥の事務室で誰かが電話をしている声が聞こえる。支部の中は思ったより活気があった。壁に貼られた討伐の依頼票の数が多い。他の支部と比べても多い方だろう。

 

 早川は待ちながら支部の内部を観察した。受付のカウンターの上に書類の束が積まれている。外部からの問い合わせへの対応書類だと分かる形式だ。本部にも同じ書類が山積みになっている。この支部もその余波を受けている。

 

 受付をしてくれた職員に呼ばれ、作業室に通される。作業室に入った瞬間に視線を動かす。

 

 作業台が窓際に置かれている。配信で何度も見た角度だ。道具が左から順番に並んでいる。サイズ順ではなく用途順に整理されている。素材の保管棚が奥の壁際にある。配信では映り込んでいなかったが、瓶の並べ方に規則性がある。同じ人間が整理した棚だと分かる並べ方だった。

 

 早川はここが配信場所だと確信し、一度深呼吸をすると扉が開いた。

 

 男が入ってきた。作業着姿で手に依頼書を持っている。作業台を見てから道具を確認して、それから早川に気づいた。

 

 その佇まいから、早川は一言も交わす前にこの人物が配信者であることを確信した。この人物は早川が来た理由を知らない。知ろうともしていない。ただ次の用件を待っている。

 

「本部から来ました、早川といいます。田中さんですね」

 

「はい」

 

 男は依頼書を作業台に置いてこちらを向いた。警戒も困惑もない。ただ次の用件を待っている顔だった。

 

「少しお時間をいただけますか。田中さんの解体配信について」

 

「解体の依頼ですか」

 

 早川は一瞬言われた意味が分からず止まった。

 

「解体の依頼でしたら松田さんに通していただけると早いですよ。本部から直接でも受け付けていますけど」

 

 田中悠一は早川が本部から来た配信者の調査担当だという認識が一切ないようだった。解体配信という言葉が、解体をこなす案件として処理されているようだ。

 

 事前に田辺から言われていた言葉が頭をよぎった。「この相手には想定通りの説明が通じない可能性があります」。通じないというより、そもそも想定している文脈が違う。

 

「あの、そういう意味ではなくて」

 

「何の魔物ですか」

 

「えっと…」

 

「劇物指定の魔物だと準備もありますからすぐには出来ませんけど、それ以外なら緊急案件として対応できますよ」

 

 早川は返す言葉を探した。目の前の人間は完全に真顔だった。この人物は嘘をついていない。本当にそういう意味で受け取っている。早川の想定していた会話の展開が全て崩れた。

 

「田中さん、配信のことはご存じですよね。ご自身の」

 

「配信ですか」

 

「その配信について、本部としてお話が」

 

「あ、すみません」

 

 話を続けようとしたら、松田という職員が扉を開けて顔を出した。

 

「田中くん、ランページボア入ってるよ。これからお願いできる?」

 

「分かりました」

 

 田中悠一は早川に向き直った。

 

「依頼が入ったので失礼します。本部の件は後でも大丈夫ですか」

 

 早川が返事をする前に彼は保管棚の方へ歩いていた。道具を一本ずつ確認しながら並べ直している。早川はもう視界に入っていないようだった。

 

 松田という職員と目が合った。松田は小さく苦笑して、それから何も言わずに事務室へ戻っていった。早川は作業室に一人残された。

 


 

 本部から来たという早川さんの話は後にして、松田さんから渡された依頼書を確認した。

 

 ランページボア、一頭。Bランク上位指定。備考欄に「討伐直後・痙攣継続中」とある。

 

 ランページボアか。発電器官を有しており、発電した電気によって全身の毛が逆立ち実際より大きく見える魔物だ。赤褐色の体躯に下顎から上に向けて伸びる牙が二本。体長は百五十センチほどだが討伐難易度は高い。討伐後の痙攣が厄介だと言われているが、原因と対処法は分かっている。

 

 痙攣中の個体に近づく必要があるのが少し面倒だが、問題ない。

 

 配信の準備をしながら、本部から来た早川さんのことを思い出した。先週の現地配信の後から、外部からの問い合わせが増えていると松田さんが言っていた。その中に本部が含まれているかもしれない。依頼が終わったら聞けばいい。

 



 

【第十回】ランページボアの解体手順【痙攣継続中】

 

 カメラを作業室の奥に向けた。搬入されたランページボアが作業台の横で横たわっている。全身の毛が逆立っていて、四肢と頭が不規則に跳ねている。

 

「こんにちは。街の解体屋です。第十回です。今日もよろしくお願いします」

 

>何あれ

>動いてる

>死んでるのに動いてる

>毛が全部逆立ってる

>怖い

 

「今日の素材はランページボアです。Bランク上位の電気を貯蔵する性質を持つ猪型魔物です。討伐後も筋肉へ電気信号が続くため、しばらく痙攣が続きます」

 

>電気が原因なのか

>見た目が想像以上に怖い

>全身の毛が逆立ってるのそのせいか

 

>冒険者やってます。ランページボアの討伐経験があります。これ討伐直後ですよね。よく搬入できましたね。討伐直後は痙攣が激しくて近づけないので運搬だけでも相当苦労したはずです

 

>冒険者さんが来た

>搬入するのも大変なのか

 

>冒険者です。追記すると突進力が高くて電気を牙に流して攻撃してくるので討伐難易度も高いです。Bランク上位の中でも厄介な部類です

 

「搬入してくださった方はありがとうございました。では解体を始めていきます」

 

 サンプルとして保管していた個体から取り外した牙を作業台に置いた。左右一対で二本。下から上に向けて湾曲している。

 

「まず牙について説明します。ランページボアの牙は武器として使われますが、実際には蓄電器官として機能が備わっています。発電器官で過剰に作られた電気が消費しきれなかった場合、牙にため込まれるようになります」

 

>蓄電器官?

>武器じゃなくて電池なのか

 

「牙を先に外すと死亡後に体内への電気放出が止まり、痙攣が収まります。業界では牙は最後に回収するのが慣習になっているので、この手順は一般ではないかもしれません」

 

>牙を先に外せばいいのか

>シンプルだけどその発想がなかった

>慣習で最後に回収するから誰も試さなかったのか

 

>解体師です。牙が蓄電器官だという認識が業界にないので誰も試さなかったというのが正確だと思います。素材用途として武器・装飾品という分類しかなかった

 

 コメントを確認しながら痙攣している個体の方へ向いた。近づきながら頭部の動きを確認する。全身が不規則に揺れている。電気が皮膚の表面を走っているのが見える。

 

 近づきながら動きを観察する。痙攣のリズムを読む。不規則に見えるが周期がある。筋肉の収縮が一定の順番で起きている。

 

>近づかないで

>危ないよ

>まだ動いてる

>距離が近い

 

「牙の位置を確認してから外します。二本同時に外す必要はないので右から順番に取ります」

 

>確認ってどうやって

>不規則に動いてるのに

>二本あるから二回やるのか

 

 四肢が跳ねるたびに全身が揺れる。頭部の動きを見ながら骨切り包丁を構え、動きの合間を読む。

 

 今だ。

 

 一気に踏み込み、右の牙の根元に刃を当てた。乾いた音がして牙が落ちた。すぐに左に移る。頭部がまだ揺れている。もう一度合間を読んで踏み込み、左の牙を切り落とす。

 

>え

>速い

>二本連続で一瞬だった

 

>冒険者です。今の動きに合わせたタイミングで踏み込んだんですよね。不規則な痙攣の動きを読んで合間を見つけた。しかも二本連続で。戦闘訓練を受けた人間でもあの動きに合わせて踏み込むのは難しい

 

>解体師です。牙の根元を正確に断てる技術が何より難しい。牙は湾曲しているので根元の角度があり、それを痙攣中の個体に対して二本連続で決めた

 

>冒険者と解体師が両方絶句してる

>この人の手元が怖いという感想が毎回出てくる

 

 個体の動きが止まった。四肢が静止して、逆立っていた毛がゆっくりと落ち着いていった。右と左、二本の牙が作業台の前に転がっていた。

 

>止まった

>止まった

>ほんとに止まった

>牙二本外しただけで

 

「牙が二本外れ痙攣が止まりました。続いて発電器官を取り出します」

 

>あっさり言った

>「止まりました」の一言で済ませるなw

 

 腹部を開くと発電器官が見えた。指で触りながら蓄電量を確認する。新鮮な個体だから素材として使えそうだ。

 

「これが発電器官です。鎖骨下の肋に守られる位置にあります。損傷させると電気が漏れて周囲の素材を傷つけるので、周辺組織から丁寧に切り離します」

 

>繊細な作業だ

>さっきの豪快な一瞬の動きと同じ人間が繊細な手つきでやってる

 

 発電器官を含む内臓を取り出し終わると、次に皮の剥離に入る。電気を帯びた状態の皮は硬質化の反応が速い。指で触れると表面の張りが通常より強いので、丁寧に剥離する。

 

 取り出した皮の端を持ち、少し魔力を与えると表面がわずかに硬質化した。思ったより状態が良い。

 

「ランページボアの皮は電気を流すと硬質化します。これが防具素材として使われる理由です。今回は討伐直後に痙攣を止めて解体できたので、通常より素材の状態が良いです。時間を置いて解体した個体と比べると品質の差が出ます」

 

>新鮮な状態で解体できたから品質が上がるのか

>つまり今日の手順自体が素材価値を上げてる

 

>防具職人やってます。ランページボアの皮は品質のばらつきが大きい素材です。状態が良い個体のものは別格です。安定供給できれば上位防具の生産量が変わります

 

>魔法道具師です。発電器官も同様です。鮮度が高いものは出力が安定します。今日の手順が広まれば素材の質が業界全体で底上げされます

 

>防具職人さんと魔法道具師さんが来た

>解体の手順が素材の品質に直結してたのか

 

「牙・発電器官・皮、全素材回収完了です。新鮮な状態で解体できたので発電器官の蓄電量も皮の硬質化の反応も通常より良い状態です。牙を先に外せば待機は不要です。今回も状態の良い個体でした。次回もよろしくお願いします」

 

>牙を先に外せば待機不要

シンプルだけど誰もやってなかった

>また来ます

 

 配信を終了した。

 

 素材の状態は全て良好だった。討伐直後に解体できると品質が安定する。現地配信を続ける価値がある、という話とは別に屋内でもこういう依頼が来るなら悪くない。

 

 チャンネル登録者数、百七万二千三百十八人。

 




読者の皆様へ。

本来のプロットだと今回の話の前に二話ほど別の話があったのですが、物語の転換点であるウォーオーガ回までに至るまで長引いてグダってしまった感があったので、物語を進めるために順番を変えました。

今回から三話は急いで順番を変えた話で時系列の整合性が取れていないかもしれませんので、気になる点がございましたら感想欄や誤字報告欄で報告お願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。