【街の解体屋】魔物解体配信、はじめます【初見歓迎】 作:解体新書が泣いている
「町の解体屋」の正体である田中悠一との接触から一週間が経っていた。
本部への外部からの問い合わせは依然として続いていた。魔法道具師・魔法薬師・武具職人からの素材取引の打診。配信者の身元照会。所属支部と契約条件を知りたいという高位冒険者からの連絡。件数は毎日増えている。処理が追いついていない。
早川は手元の書類を見た。田辺から渡された協力依頼書の草稿だった。
昨日の田辺との確認では内容が二点に整理されていた。一点目は正式な協力関係の締結。二点目は本部からの依頼を受け入れてもらうことの確認。書式は本部の公式様式で作成する。宛先は田中悠一。
早川は草稿を読み直した。内容は正確だった。ただこの文書を持っていったとして、田中悠一がどう読むかという問いの答えはまだ出ていなかった。
先日の訪問を振り返る。作業室に入った瞬間の印象は今でも残っていた。道具の並べ方。棚の整理の仕方。配信で何度も見てきた空間が実際にそこにあった。そしてその空間の主は早川が来た理由を把握しないまま依頼に入っていった。
文書を依頼書の形式に近づけることで相手の文脈に乗せる。そういう判断だった。早川には田辺の判断の意味が分かった。ただ文書を受け取った田中悠一が何と言うかは、会ってみないと分からなかった。
田辺に呼ばれたのはその日の午後だった。
部屋に入ると田辺の向かいに椅子が出ていた。珍しかった。田辺が誰かを座らせる形で話すのはあまりない。
「進捗を確認します」
田辺が書類を一枚手に取った。早川が提出した訪問報告書だった。
「先日の訪問について改めて確認したいことがあります。田中さんが配信を始めた理由を本人から聞けたということですが、その場での印象を教えてください。報告書に書いてある内容以外で」
早川は少し考えた。
「淀みがなかったです」
「淀みが」
「はい。なり手不足の解消という理由を、考えてから答えた様子がありませんでした。聞かれたから答えた、という感じでした。それ以上でも以下でもないという印象です」
田辺が報告書を置いた。
「つまり建前ではないと」
「建前を使う必要があると思っていない人間の答え方でした」
田辺がしばらく黙った。早川は続けた。
「もう一点あります。百万人では足りないという発言についてです。あの発言は謙遜でも誇張でもなかったと思います。本人の中に具体的な基準があって、その基準に対して百万人はまだ途中という認識でした。その基準が何なのかは分かりませんでしたが」
「なり手不足が解消されたと判断できる数字がある、ということですか」
「そう思います。ただその数字がいくつなのかは本人も言語化していないかもしれません」
田辺が椅子の背もたれに体重をかけた。
「整理します」田辺が言った。「田中悠一という人物は、本部の意向に関わらず配信を続けます。理由は自分の目的が達成されていないからです。本部が接触しようとしまいと、この人物の行動は変わらない」
「そうだと思います」
「ならば本部として取れる選択肢は二つです」田辺が指を一本立てた。「一つ目は関与しない。この人物が自発的に動いている状況を静観して、外部からの問い合わせだけ処理し続ける。二つ目は」
指が二本になった。
「正式に連携する。本部として協力関係を結んで、依頼の流れを整備して、素材の流通も含めて管理下に置く」
「二つ目を選ぶということですか」
「一つ目は既に破綻しています」田辺が書類の山に目をやった。「この問い合わせの量を見れば分かります。関与しないという選択を続けることで、本部が管理できない影響がすでに外部に出ています。静観できる段階はとっくに終わっています」
早川は手帳を開いた。
「連携する場合の具体的な内容は」
「三点あります」田辺が書類から一枚取り出した。「一点目は配信の継続。本人がやめると言わない限り続けてもらう。二点目は本部経由の依頼の受け入れ。素材の流通経路を整備するために本部が間に入る形を作ります。三点目は情報の共有。配信で公開された技術が業界に与える影響について、本部として把握し続ける体制を作ります」
「本人への説明はどこまでしますか」
「必要最小限にします」
早川は少し止まった。
「理由は」
「この人物に本部の意図を全部説明しても処理できないと思います」田辺が言った。「悪い意味ではありません。この人物の関心は解体と配信にあります。本部の組織論や市場への影響という文脈は、この人物にとって重要な情報ではない。説明しても混乱するだけです」
「では何を説明しますか」
「依頼が来ます、という事実だけです」田辺が書類を揃えた。「本部からの依頼を受け入れてもらうということ。配信を続けてもらうということ。その二点だけ伝えれば十分です。理由を説明しなくても、依頼として来れば受けるという人間です」
早川は手帳に書き留めた。
「もう一点確認していいですか」
「何でしょうか」
「松田支部長についてです。先日の訪問で支部長の動きが気になりました。田中さんが依頼に入るタイミングで声をかけてきました。意図的だった可能性があります」
田辺がこちらを見た。
「どういう意図だと思いますか」
「田中さんと本部が直接話すことを望んでいなかったか、あるいは逆に話す機会を作ろうとしていたか。どちらか判断できませんでした」
「どちらだと思いますか」
早川は少し考えた。
「後者だと思います。支部長はあのタイミングで声をかけることで、一度区切りを入れた。田中さんが依頼を終えてから改めて話すという流れを作った。急いで話をさせようとしなかった」
田辺が頷いた。
「松田支部長に連絡を入れてください。文書を持参して再訪するという形で日程を調整します。支部長を通すことで田中さんに事前に内容を伝えてもらえるかもしれません。直接話すより文書が先に届いている方がいい」
「支部長がどこまで協力するかは分かりませんが」
「構いません」田辺が立ち上がった。「この件は急いでも仕方ない。この人物のペースに合わせます。合わせた方が結果的に早くなりそうですしね」
早川は手帳を閉じた。田辺がそれだけ言って窓の方を向いた。話が終わった合図だった。
登録者数の最新値を確認した。百十万人台に差し掛かっていた。
この人物のことはまだ分からないことが多い。ただ配信を続ける意思があることだけは確かだった。
草稿を鞄にしまった。再訪の日程を松田支部長に連絡する必要があった。
支部に出勤したのは朝の八時少し前だった。
作業台を拭いて、道具を並べて、今日の依頼書を確認する。俺の朝はいつもこの順番だ。
受付の窓口が開いたのと同時に、中村さんが入ってきた。いつもより少し早い。
「田中さん、少しいいですか」
声のトーンが普通と違った。何か言いにくそうにしている。
「はい」
「あの、実は、専門学校に申し込みました。解体師の」
しばらく間があった。
「合格しまして」
俺は中村さんの顔を見た。緊張しているのか、それとも照れているのか、よく分からない表情をしていた。
「それは良かったですね」
「はい。えっと、田中さんの配信を、その」
「配信?」
「いえ、なんでもないです。お世話になりました」
中村さんは深く頭を下げた。俺は何に対してお世話になったのかよく分からなかったが、とりあえず頷いた。
「頑張ってください」
中村さんは「はい」と言って、いつもの受付の椅子に座った。
しばらく解体依頼をこなしていると松田さんが来た。追加の依頼書を持っている。
「田中くん、これよろしくね」
いつもの渡し方だった。依頼書を差し出して、俺が受け取る。ただ、受け取った後に松田さんがすぐ離れなかった。
一秒か二秒、そのくらい。
何事かと思っていたが、松田さんは何も言わずいつも通り奥の事務室に戻っていった。
依頼書を確認した。レッサードレイクの追加依頼が一件。よく出る依頼だ。
あとは今日の配信の準備をすればいい。
レッサードレイクの解体を終え、配信をすべくスマホを開いた。
登録者数を確認する習慣がいつの間にかついていた。別に意味があるわけじゃないが、一応見ておく。
数字を見てみると、百万を超えていた。
「増えてるな」
誰もいない作業室でそう呟いた。何か別のことがあったのかもしれない。切り抜きが出回ることがある、と以前コメントで見た気がする。
まあ、解体師を志す人が増えるならそれでいい。
スマホをポケットにしまって、カメラをセットした。以前ダンジョンで現地配信の帰り際に拾ったダンジョンナッツを木箱から出して作業台に並べる。四十個。大きさが微妙にばらばらだ。
一個ずつ確認してから始める必要がある。時間はかかるが、丁寧にやれば問題ない。
配信を始めた。
【第十一回】ダンジョンナッツの解体手順【結晶素材あり】
カメラの前に木箱を置いて、ダンジョンナッツを並べる。四十個。作業台の上に四列で収まった。
「こんにちは。街の解体屋です。第十一回です。今日もよろしくお願いします」
>きた
>これが例の配信者?
>何この木の実?
>新規勢多くなってきたな
「登録者が増えていたので新しい方が多いかもしれません。最初から説明しますと、この配信は解体師の仕事内容を普及する為に始めた配信です。解体師という仕事に興味を持って頂けたら幸いです」
>百万人超えてるんだが
>そこだけ反応薄い
>いつも通りすぎる
「今日の素材はダンジョンナッツです。ダンジョン内の岩場に自生する樹木に生る実で、Eランク指定の素材です」
木箱からダンジョンナッツを一個取り出してカメラに近づけた。茶褐色の丸い実。表面はなめらかで凹凸がほとんどない。
>地味じゃね
>どこが魔物なの
>戦闘どこ
>胡桃みたいな見た目ですね
「厳密にいえば魔物ではなく、ダンジョン特有の魔力含有素材ですね。こういう素材を処置するのも解体師の仕事です。これは以前行った現地配信の時に拾ってきました。ダンジョンに落ちていたので、帰りがけに四十個ほど持ち帰りました」
>拾ってきたの
>帰りがけにAランク魔物の素材と一緒に胡桃拾ってきた
>ウォーオーガ解体した後に胡桃拾って帰る人間
カメラに近づけたまま、表面を指先でゆっくりと辿った。
「成熟した個体にしか素材が入っていないので、まず選別が必要です。成熟すると殻に微かな隙間ができます。目視では分かりにくいですが、触ると分かります。今カメラに近づけているのが成熟した個体です」
>どこに隙間があるの
>全然分からない
>どこ見ればいいの
>茶色い丸にしか見えない
>触ったら分かるって言われても
「この部分です。段差があるのが分かるでしょうか」
指先で一点を指し示しながらカメラに近付ける。
>見えない
>全然見えない
>カメラに近づけてもらってるのに分からない
>どこ??
>段差 is どこ
「慣れると分かりますよ」
>慣れると←
>いや慣れの問題じゃない
>見えてる人間が世界に何人いるんだ
四十個を順番に手に取って、表面を撫でて右と左に振り分けた。一個あたり数秒で確認が終わる。右側に十七個のダンジョンナッツが残った。
「十七個が成熟しています。二十三個は未成熟なので今回は素材が取れません。常温環境下で熟成していくので、こちらは後日解体したいと思います」
>四十個全部確認してた
>一個何秒で判断してるの
>てか見えないのに選別終わってる
「次に取り出し方を説明します。殻を乱暴に割ると中の素材が粉砕されてしまうので、境界線に沿って開く必要があります。手順書だと境界線に切れ込みを入れながら慎重に開きますが、それだと時間がかかってしまいます」
成熟個体を一個持ち、もう一個を隙間に沿わせるように当てる。
「境界線を確認したらこのように別の個体を当てて、両手で挟んで握ります。そうすると簡単に割れ中身を取り出すことが出来ます。胡桃割りと同じ手順なので簡単です」
>胡桃割りじゃん
>でも境界線がどこか分からないんだが
>胡桃割りって言ってるけど前提条件の確認方法がおかしい
>どこが簡単なんだ
>境界線が見えない時点で簡単じゃない
>「胡桃割りと同じ」の一言で済ましてる
「握る時に勢いをつけ過ぎたり力を込め過ぎると中身の素材も割れてしまうので、慣れないうちはゆっくりと力を込めて下さい」
両手でダンジョンナッツを挟んだら力を込めていく。パキッと乾いた音がして、殻が境界線に沿って割れた。中心に親指の爪ほどの大きさの無色透明の結晶がある。
>簡単に割れた
>透明で綺麗
>簡単そうだけど難しそう
>あんな地味な見た目の実にこんなものが
>素材商やってます。この結晶、市場にほぼ出回ってないやつです。仕入れられたら単価がかなり高いですよ
「そうなんですか。依頼書の単価が悪くなかったので持ち帰って正解でした」
>悪くなかったで済む値段じゃないぞ
>この人は値段に興味がない
>素材商さん補足ありがとうございます
>解体師です。ちょっといいですか。境界線を指先で特定するのは相当な訓練が必要なはずです。見えないものを触感だけで読むというのは、解体師の専門教育にもない技術で、習得していない人間も多い。それを「慣れると分かります」の一言で済ませた
>解体師さんが来た
>上級課程の技術にもないのか
>解体師の続き。しかも境界線の位置を読んだ上で別個体を当てて挟んで割るという工程を「胡桃と同じなので簡単」と説明した。胡桃を割ったことがある人間なら誰でも再現できると思っている。この認識がもう完全におかしい
>解体師さんが発狂してる
>技術的に何がおかしいか分かる人がいると怖さが増す
>上級課程の技術を胡桃割りと同列に置いてる
「ちなみにこのダンジョンナッツ、加熱すると食べれます」
>は???
>食べれるの?
>貴重な素材を食べるな
>食べんな
>解体師さんのメンタルが心配
「ローストして食べたことがありますけど、味は普通の胡桃みたいでした。少し塩を振ればよかったかもしれません」
>食べてんじゃねえか!!
>高級素材の感想が「普通」
>素材商さんと解体師さんが泣いてそう
>胡桃なら塩以外に蜂蜜やキャラメルと絡めても美味しいぞ
残りのダンジョンナッツを手に取る。境界線を確認して、もう一個を当てて割り、結晶を取り出す。
これを数回繰り返すと、作業台の上には十七個の結晶素材と割れた殻だけが残った。
「今日はここまでにします。続きはまた依頼が来たときに」
>短い
>もっと見たい
>過去のアーカイブ見てきます
>食べた話もっと詳しく
>解体師さんまだいますか大丈夫ですか
>多分素材商さんと一緒で息してないよ
配信を終了した。
ダンジョンナッツは思ったより面白い素材だった。個体ごとに境界線の走り方が違うから、一個ずつ確認する手間はかかる。ただ手順自体は単純なので、境界線さえ読めれば誰でもできると思う。
食べられるという話をしたら反応が多かった。解体師の仕事を知ってもらうのが目的なので、素材の使い道も含めて伝えていくのは悪くない。
チャンネル登録者数、百十二万八千九百四十一人。
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前回の話で実は松田さんが支部長だったと判明しましたが、最初の設定だと昼行燈な事務方勤務のオッサンでした。
しかし物語が進むにつれ人間関係も広くなって支部長が必要になり、新しく支部長を出すとキャラ管理が大変になると判断し松田さんを特進させました。
結果的に松田さんは「主人公に無茶な仕事を割り振る現場の現状を知らない事務方の上司」から「主人公の事を陰ながら見守っていた有能な支部長」にランクアップしました(笑)
一応作中で何かあった時に「どういう形であれ裏ではある程度の権力を持っている(かもしれない)人物」として使い回せる設定にしてたので丁度良かったかもしれません。
因みに主人公は支部配属になった時に支部長として松田さんを紹介されましたが、今では松田さんが支部長であるということを完全に忘れています。
松田さんも偉ぶったりする人ではないし、しょっちゅう部下と一緒に現場(受付対応や裏方事務作業)で働く様子を見かけるので何も知らない初見の人からは支部長と気付かれません。