【街の解体屋】魔物解体配信、はじめます【初見歓迎】   作:解体新書が泣いている

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【第十二回】ネクロフローラの解体手順【指定劇物取り扱い免許持ってます】

 

 早川はデスクで草稿を広げた。本部の公式書式で作成された協力依頼書。宛先は田中悠一。内容は二点。正式な協力関係の締結と本部からの依頼受け入れの確認。簡潔だった。余分な説明がない。田辺が意図的に削ったのだと分かった。

 

 外部からの問い合わせは今週に入っても増え続けていた。早川はデスクの端に積まれた対応記録を見た。魔法薬師の組合・武具職人の連合・複数のメディア・高位冒険者からの連絡。全員が同じ人物の情報を求めていた。本部が正式な協力関係を持っていないという事実を伝えるたびに相手が驚いた。その驚きの意味が早川には分かるようになっていた。

 

 この人物の影響が外部に出ている速度に本部の対応が追いついていない。

 

 田辺が「合わせた方が早い」と言った言葉を改めて思い出した。急いでも仕方ない。この人物のペースに合わせる。その判断の意味が問い合わせの件数を見るたびに重くなっていった。

 

 昨日上がっていた配信のアーカイブを開いた。ダンジョンナッツ。ダンジョンの帰りがけに拾ってきたという実を四十個並べて選別していた。境界線を触診で読み取って処理するという手順を「胡桃と同じなので簡単です」と説明していた。コメント欄に解体師の書き込みが並んでいた。上級課程にもない技術を簡単と言い切った、という内容だった。

 

 早川は配信を閉じた。

 

 文書を持参しての再訪の日程は松田支部長との調整が必要だった。昨日連絡を入れたところ、支部長から「来週の水曜日なら田中はいる」という返答が来ていた。

 

 松田支部長が日程を即答した点が早川には少し引っかかった。田中悠一のスケジュールをそのまま把握していたということだ。支部長がこの件をどう見ているかはまだ分からなかった。ただ先日の訪問で感じた「意図的なタイミングで声をかけてきた」という印象は今でも残っていた。

 

 草稿を鞄にしまった。

 

 来週文書を持参する。渡した後のことは渡してから考える。田辺にそう言われていた。早川もそれ以外の方法が思いつかなかった。この人物については会ってみないと分からないことが多すぎた。

 

 登録者数の最新値を確認した。百三十万人台に差し掛かっていた。外部からの問い合わせの件数はまだ増えている。田中悠一はまた今日も配信を上げているはずだ。

 


 

 朝から支部が少し騒がしかった。

 

 松田さんが電話を終えるたびに別の電話が鳴っている。カウンターの上に見慣れない書類が何束か積まれていた。受付に見慣れない顔が何人か来ては帰っていった。取材らしき人間もいた気がしたが、よく分からなかった。中村さんがいなくなってから受付の人手が足りていないのかもしれない。

 

 ただ今日は少し様子が違った。

 

 来る人間の雰囲気が依頼者のそれではなかった。書類を持って松田さんに何かを確認している。松田さんの方を見ると、いつもより言葉を選んでいる感じがした。電話でも同じだった。普段の依頼の受け答えとは違うトーンで話している。

 

 松田さんが受話器を置いた瞬間を狙って声をかけた。

 

「何かあったんですか」

 

「色々あってね。田中くんには関係ないから大丈夫」

 

 そう言ってすぐ依頼書を渡してきた。また電話が鳴った。松田さんはすぐ戻っていった。いつもより疲れた顔をしている気がした。依頼の量が増えているのかもしれない。

 

 俺には関係ない、という言い方が少し引っかかる。関係ないとわざわざ言うということは、関係があることが起きているということかもしれない。ただ松田さんがそう言うならそうなのだろう。

 

 依頼書を確認する。

 

 ネクロフローラ、十二株。Cランク指定、酵素採取込み。依頼主はギルド経由。備考欄に「根株のまま専用容器で搬入済み・劇物用専用貯蔵庫保管中」とあった。

 

 ネクロフローラか。

 

 劇物指定の植物型魔物だ。ダンジョン内に生える小さな株で、傷をつけると揮発性の毒を放出するので通常は焼却処分される。素材として持ち込まれること自体が珍しい依頼だった。

 

 取り扱い許可は持っている。専用防護具も支部に一式ある。問題ない。

 

 専用防具を身に着け劇物用専用貯蔵庫に向かう。専用容器が十二個、棚に並んでいた。蓋を一つ開けて中を確認する。根株ごと土ごと、丁寧に掘り起こされた状態で収まっていた。葉に傷はない。採取した冒険者がきちんと仕事をしてくれたようだ。根の状態も良好だった。これなら全株処理できる。

 

 道具を確認した。

 

 支給品の薄いヘラ、細いピンセット、密閉容器が十二個。いつも使っている道具だ。専用道具は必要ない。道具を棚の空いている場所に置いた。

 

 作業室に戻ると、また見慣れない人間が受付に来ていた。松田さんが対応している。先週から似たような人間が何人か来ている。依頼とは少し違う雰囲気がある。何かを確認しに来ているような感じだった。松田さんが上手く対応しているようなので、俺は特に気にしないことにした。

 

 スマホを開いた。登録者数を確認する。また増えていた。先週より多い。ただそれだけだった。まだ足りていないので続ける。それ以上考えることは特になかった。スマホをしまって専用防護具の確認に戻った。

 

 専用防護具を確認した。手袋、保護眼鏡、簡易マスク。規定通りの装備だ。今日の作業場所と手順は配信しながら説明する。

 



 

【第十二回】ネクロフローラの解体手順【指定劇物取り扱い免許持ってます】

 

「こんにちは。街の解体屋です。第十二回です。今日もよろしくお願いします」

 

>きた

>今日は防護具着てる

>ちゃんと装備してる

>珍しい

>長期勢だけど防護具姿初めて見た

>なんか安心する

 

「今日は劇物指定の素材を扱うので規定通りの装備をしています」

 

>劇物

>待って背景が寒そう

>息白くない?

>どこにいるの

>冷凍庫?

 

「今いる場所は支部の劇物専用貯蔵冷凍庫です。理由は後で説明します。今日の素材はネクロフローラです」

 

 容器の蓋を開けて、カメラに近づけた。平らな葉が重なり合った小さな株。十センチほど。地味な緑色で、見た目は普通の雑草と変わらない。

 

>地味

>どこが魔物なの

>葉っぱじゃん

>根っこごと入ってる

>鉢植えみたいになってる

 

「ダンジョン内に生える魔力含有植物です。Cランク指定。劇物に指定されている理由は、茎に傷をつけると揮発性の猛毒を放出するためです。拡散範囲が広いので通常は発見次第、遠距離から焼却処分されます」

 

>焼却処分

>じゃあなんで持ってきたの

>素材として回収できるの?

>根っこごと持ち込んでるのはなんで

 

>冒険者です。採取の依頼が来たとき正直断ろうかと思いました。根株のまま掘り起こして容器に収めるだけで半日かかりました

 

>採取した冒険者さんが来た

>大変だったんだ

 

「採取してくださった方、ありがとうございます。ネクロフローラは茎の内部に解毒薬や魔法薬の原料になる酵素が含まれています。傷をつけると揮発するので回収が難しいとされていますが、回収できます。根株のまま持ち込む必要があるのは、採取時に傷がつき揮発が発生するためです」

 

>回収できますって言い切った

>どうやって

>採取した冒険者も大変だったろうな

>根っこごと掘り起こしたのか

>そこから既に難しそう

 

「揮発の原因は温度です。外気温や道具の熱で毒素が気化します。低温環境であれば切断しても気化しませんので、液体のまま採取できます。だから冷凍庫の中で作業しています」

 

>温度が原因だったのか

>その発想がなかった

>シンプルだけど誰も気づかなかったのか

>だから冷凍庫にいるのか

>なるほど

 

>解毒薬師をやっています。この手法が広まればネクロフローラの酵素を安定供給できるようになります。原料不足で作れない解毒薬が複数あるので、業界にとって大きな話です。なぜ今まで誰も気づかなかったのかという話でもありますが

 

>解毒薬師さんが来た

>業界への影響があるのか

>焼却処分が標準だから誰も回収しようとしてなかったんだな

 

>魔法薬師です。ネクロフローラの酵素は解毒薬だけでなく神経系の魔法薬にも使えます。入手が難しいため研究段階で止まっていた薬が複数あります。今日の配信で状況が変わるかもしれません

 

>魔法薬師さんも来た

>解毒薬だけじゃないのか

>研究段階の薬があったのか

 

>解体師です。低温環境で作業するという発想が今まで出なかった理由が分かります。劇物指定の魔物等は規定の貯蔵庫の中での作業が基本なので、設備を使って解体するという考え方がなかったです

 

>解体師さんの言う規定外というのが気になる

>設備を使うという発想の転換か

 

「道具の温度でも気化するので、使う前に冷凍庫で冷やしています」

 

>道具まで冷やしてる

>そこまで考えてるのか

>細かい

>この人の抜け目のなさが毎回怖い

 

「では一株目に入ります」

 

 冷えた薄いヘラを株の根元に当てた。根と茎の境界を確認してから切り離す。切断面からじわりと液体が滲み出てきた。揮発しない。そのまま液体が流れ出てくる。

 

>あ、液体が出てきた

>揮発してない

>ほんとに気化しないんだ

>きれい

>理屈が分かると余計に感動する

 

 ピンセットで茎を固定しながら、密閉容器の口に当てて液体を移した。容器の蓋を閉める。

 

「密閉容器に移してしまえば常温でも揮発しません。これで一株分です。残り十一株、同じ手順で進めます」

 

>十二株全部冷凍庫やるの

>ずっとあの中にいるの

>寒くないの

 

「少し寒いですが問題ありません」

 

>問題ありませんって言いながら息が白い

>防護具ちゃんと着てると思ったら冷凍庫にいた

>結局どこかで突っ込まれる

>長期勢だけど安心したのは最初の三十秒だけだった

 

 二株目に入る。手順は同じだ。根と茎の境界を確認して切り離す。液体が滲み出る。密閉容器に移す。三株目。四株目。手が止まらない。個体ごとに根の張り方が少し違う。確認してから切る。それだけだ。

 

>黙々と進んでる

>八株目に入った

>ペースが一定だ

>手が止まらないのに雑になってない

>個体差があるのに毎回確認してから切ってる

>十株目

 

 十一株目。根の張り方がこれまでで一番複雑だった。境界を確認するのに少し時間をかける。問題ない。切り離す。液体が滲み出る。移す。

 

>十一株目だけ少し時間かかった

>気づいたら見てた

>十二株目入った

 

 最後の一株。蓋を開ける。根の状態を確認する。良好だ。ヘラを当てる。切り離す。液体が出る。移す。蓋を閉める。

 

>終わった

>十二株全部終わった

>全量回収できたのか

 

「十二株、酵素全量回収できました。低温環境での作業は初めて配信しましたが、手順自体は難しくありません。温度の管理さえできれば同じことができます。次回もよろしくお願いします」

 

 十二株、問題なく処理できた。酵素の状態も良好だった。貯蔵庫の中は確かに寒かったが、作業自体は快適だった。動かない素材は扱いやすい。温度の管理さえできれば難しくない手順なので、広まれば酵素の供給が安定するはずだ。

 

 チャンネル登録者数、百二十九万八千六百三十二人。

 




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