【街の解体屋】魔物解体配信、はじめます【初見歓迎】   作:解体新書が泣いている

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【第十三回】キメラ系魔物の解体手順【個体情報なし】

 

 早川が田辺の部屋に入ったのは午前中だった。

 

「再訪の件、報告します」

 

 田辺が書類から目を上げた。

 

「文書は渡せましたか」

 

「はい。田中さんに直接渡しました。受け取り方は想定通りでした」

 

「どう受け取りましたか」

 

「依頼書として読んでいました。内容を確認してから了解の意を得ました。本部との協力関係という意味で理解しているかは確認できませんでしたが、依頼が来れば受けるという認識は確認できました」

 

 田辺が少し間を置いた。

 

「それで十分です」

 

 早川は手帳を開いた。

 

「もう一点あります。業界への波及について数字をまとめました」

 

「聞かせてください」

 

「三点あります。一点目は解体師の志願者数です。全国の解体師専門学校への問い合わせ件数が先月比で三倍になっています。入学資料の請求件数も同様の増加傾向です。配信の登録者数の増加時期と一致しています」

 

 田辺が一度だけ頷いた。

 

「二点目は素材市場への影響です。これまで廃棄または流通量が極めて少なかった素材について、市場への流入が確認されています。主なものを挙げますと、グロテスクワームの絹糸腺が三支部から市場に出回り始めています。ヴェノムスコーピオンを含む毒腺や毒袋等の回収成功数が増加しており、解毒薬の原料素材として取引の問い合わせが増えています。ネクロフローラの酵素については、先週の配信を受けて解毒薬師と魔法薬師の組合から本部に問い合わせが入っています。現時点では素材の安定供給経路が確立されていないため、流通の整備を求める声が業界から上がっています」

 

「本部への問い合わせ件数は」

 

「今週だけで二十三件です。先週の倍近い数字です。業界の種類も広がっています。医療系・防具系・魔法道具系が主で、先週まで少なかった食品加工系と研究機関からの問い合わせが今週新たに加わりました」

 

 田辺が書類を一枚取り出した。

 

「三点目を続けてください」

 

「三点目は冒険者ギルドからの動きです。今週、複数の高位冒険者から当該配信者への指名依頼の問い合わせが届いています。解体師ではなく一定以上の戦闘技術の保有者として接触を求めるケースが出始めています。ダンジョン内での現地配信を同行形式で依頼したいという内容も一件ありました」

 

「指名依頼の件数は」

 

「本部経由のもので今月五件です。ただし支部に直接届いているものは把握できていません」

 

 田辺が書類を置いた。しばらく黙っていた。

 

「配信の更新頻度は変わっていませんか」

 

「変わっていません。ランページボア、ダンジョンナッツ、ネクロフローラと毎回新しい素材を扱っています。本人の中での優先順位は変わっていないようです」

 

 田辺が書類に視線を落とした。何かを書き始めた。早川は続けた。

 

「ネクロフローラの配信を受けた解毒薬師と魔法薬師からの問い合わせが今週だけで七件届いています。配信の影響が翌日から翌々日で問い合わせになって届くサイクルになっています。波及の速度が上がっています」

 

 田辺が書類を閉じた。

 

「本部からの依頼の整備を急ぎます。素材の流通経路についても整備が必要です。早川さん、今週中に草案を作ってください」

 

「依頼の優先順位はありますか」

 

「解毒薬と魔法薬の原料素材を優先します。医療系の問い合わせが増えているのは放置できません」田辺が立ち上がった。「松田支部長への連絡は引き続き早川さんに任せます。あの人はこの件をどこまで把握しているか分からない部分があります。情報の共有は丁寧にしてください」

 

「分かりました」

 

 早川は部屋を出た。

 

 廊下を歩きながら手帳を見た。今日書いたメモが並んでいた。志願者三倍。素材市場への流入。問い合わせ倍増。指名依頼五件。

 

 この人物が動くたびに何かが変わっていく。本人はそのことを知らないまま今日も「問題ありませんでした」と言って配信を終えているはずだった。

 


 

 支部の空気が変わり始めたのはいつ頃からだろうかと思うことがある。

 

 今日も作業室の入り口の外を見慣れない人間が歩いていた。職員風だが支部の所属ではない。松田さんが対応している声が聞こえてきた。

 

 片付けの手を止めて松田さんが対応を終えて離れたタイミングで声をかけてみた。

 

「何かあったんですか」

 

 松田さんは少し間を置いた。

 

「君は気にしなくていいよ。普段通りの仕事をしてくれ」

 

「前もそう言っていましたね」

 

 松田さんが少し笑った。

 

「気づいてたか」

 

「何かあるたびに同じ言葉を言っている気がしたので」

 

「賢いな田中くんは」

 

「それで、何があるんですか」

 

「色々ある。ただ田中くんの仕事には関係ない。続けてくれればそれでいい」

 

 それ以上聞かなかった。松田さんがそう言うなら問題ないはずだ。

 

 次の依頼書を確認した。

 

 キメラ系魔物、一体。Aランク指定、全素材回収。備考欄に「討伐後搬入済み・個体情報詳細不明」とあった。

 

 キメラ系か。

 

 厄介な分類だ。複数の魔物の特徴が混在しているため、個体によって構造が大きく異なる。解体の手順を事前に確定させることができない。開腹して見てみないと分からない部分がある。ただし基本的な構造の読み方は決まっているから問題はない。

 

 道具を保管している棚を確認し、普段は使わない包丁を取り出す。とりあえずこれだけあれば問題ないだろう。

 

 作業台の上に置いた獣型の体躯に鱗とヒレが混在しているキメラ系魔物の横に包丁を並べ、配信を開始する。

 



 

【第十三回】キメラ系魔物の解体手順【個体情報なし】

 

「こんにちは。街の解体屋です。第十三回です。今日もよろしくお願いします。今日の素材はキメラ系魔物です」

 

>キメラ系

>来た

>初めて見た

>キメラ系って何

>見た目がおかしい

>何の魔物か分からない

>キメラ系って難しいんじゃないのか

 

「キメラ系は複数の魔物の特徴が混在した個体の総称です。Aランク指定。個体によって混在する魔物の種類が異なります。今日の個体が何の特徴を持つかはこれから確認します」

 

>確認するのか

>まだ分からないということか

 

>冒険者です。キメラ系は討伐の際にも個体差が大きくて毎回対応が変わります。解体はさらに難しいと聞いています

 

>そんな魔物に道具三本で挑むのか

>三本で足りるの

>道具の説明してほしい

 

「キメラ系魔物は個体によって構造が変わるので本来は解体道具を多く持ち替える必要があります。ただ道具を大量に持ち替えるのが大変なので今日はこの万能包丁だけで進めます」

 

>持ち替えが大変だから

>その理由か

>Aランクの魔物を解体する理由が道具の持ち替えを減らしたいだった

 

>解体師です。この理由を聞いて逆に納得してしまった。道具が多いと手間が増える。この人は余計なことをしないという判断が毎回一貫している

 

>合理的ではあるが普通の解体師が同じ判断をしたら全素材回収できないという問題がある

>できる人間がやるから成立する判断だ

 

「まず外見から確認できる特徴を読んでいきます」

 

 個体を観察した。体躯の大きさと比率は哺乳類系に近い。全体的に毛が生えているが腹部から側面にかけて鱗が混在している。鱗の質感は爬虫類系のそれだ。足先の構造を確認すると蹼がある。水生系水鳥の特徴だ。次は開腹する為に一番幅の広い包丁を手に取る。

 

>毛と鱗が混在してる

>足に蹼がある

>三種類が混ざってるのか

>外見だけでそこまで読み取れるのか

>もう包丁持った

 

>解体師です。外見の特徴から混在している種を特定していくのが基本ですが、町の解体屋はすでに判明させて包丁を選んで持っている

 

>何を見るべきかを知っている人間と知らない人間の差がここに出る

 

「外見からは哺乳類系・爬虫類系・水生系水鳥の三種が混在していると判断できます。内部構造を確認してから手順を確定します」

 

>まだ手順が決まってない

>開けてから決めるのか

 

 腹部の鱗と毛の境界に幅広の包丁を当て境界を起点に開く。

 

 内臓の配置を確認する。消化器官が爬虫類系の位置にある。循環器官は哺乳類系の位置に近い。ただし形状が水生系水鳥の特徴を持っている。骨格密度は哺乳類系に近いが関節の構造が爬虫類系だ。

 

 手順が決まった。包丁は持ち替えない。

 

>開けてからの判断が早い

>中身の確認が速い

>包丁まだ替えてない

 

>解体師です。開展してから何をどの順番で確認するかが問題です。内臓の配置・骨格・循環器官を同時に確認しながら三種の特徴を整理する。これを数十秒でやっている。道具の話はまだ出てこない

 

>見てる側には何が起きているか分からなかった

 

「内部は哺乳類系の循環器官に水生系水鳥の形状が混在しています。骨格は哺乳類系ですが関節は爬虫類系です。循環器官から先に処理します」

 

 循環器官の処理に入った。幅広の包丁のまま進める。水生系水鳥の形状を持つ部位は固定のされ方が違う。確認してから刃の角度だけを変えて切り離す。包丁は替えない。

 

>角度だけ変えた

>包丁まだ替えてない

 

>解体師です。水生系水鳥の固定構造に対して刃の角度で対応している。専用の道具を使う場面です。それを角度の調整だけで処理している

 

>専用道具が要らないのか

>専用道具は使い方が固定されている。この人は道具の使い方を固定しないから専用道具が不要になる

>ところで道具の説明まだですか

 

「水生系水鳥の形状を持つ循環器官は魔法道具の動力制御部品の原料になります」

 

>希少素材が出てきた

 

>魔法道具師です。水生系水鳥の循環器官は動力制御に使える部品で入手が難しい素材です。キメラ系からも回収できるという情報は業界にとって重要です

 

>道具の話を忘れてた

>素材の話に引っ張られた

 

 消化器官に移る。爬虫類系の位置にあるため切り離しの角度が変わる。幅広の包丁のまま確認して入れ直す。

 

>また角度変えた

>まだ一本目

 

>解体師です。循環器官と消化器官で刃の当て方が三回変わっている。通常はそれぞれ別の道具を使う工程です。一本の万能包丁で全部対応している

 

>万能包丁の名前が文字通りになってきた

>使ってる人間が万能なだけという話もある

>ちなみにその包丁はどこで買えますか

 

「この包丁は私物で、近所のホームセンターで購入しました」

 

>え

>ホwーwムwセwンwタwーw

>支給品じゃないのか

>支給品の転用もしてるのにそこにプラスでホームセンターの私物が入ってた

>Aランクのキメラ系をホームセンターの包丁で解体してる

 

>解体師です。この話を聞いて少し頭が痛くなってきた

 

>三本の値段いくらだろう

>Aランク討伐に使う道具より安そう

 

>魔法薬師です。先ほどの消化器官の話をしようとしていたのですが一旦保留します

 

>業界の人が引いてる

 

「爬虫類系の位置にある消化器官は内部に特殊な消化液を持つことがあります。今日の個体は保有しているようです。解毒薬の原料になります」

 

>話を戻してくれた

>本人の中ではホームセンターの話は終わったのか

 

>魔法薬師です。気を取り直して。爬虫類系の消化液は解毒薬の製造過程で必要な成分を含んでいます。供給が不安定だった素材です。キメラ系からも回収できるならば別のルートが確保できます

 

>この配信は業界の話とホームセンターの話が同居している

 

 内臓の処理が終わった。骨格に移る。ここで細い包丁に替えた。関節の構造を一つずつ確認しながら外していく。爬虫類系の関節は哺乳類系と逆方向に外れる。骨格が外れた。

 

>初めて包丁替えた

>ここで替えるのか

 

>解体師です。ここまで一本でやっていた意味がようやく分かった。内臓処理までは刃の角度と力の入れ方で対応できる。骨格の関節は物理的に細い刃が必要になる。最小限の持ち替えで全工程を組み立てている。これがホームセンターの包丁の実力か

 

>これもホームセンターです(察し)

 

 最後に毛と鱗が混在している皮部分の剥離解体に入る。三本目の中幅の包丁に替えた。境界を確認し、鱗を先に処理してから毛皮に移る。

 

>三本目が出た

>今日三本全部使った

 

>三本で足りた

>Aランクのキメラ系をホームセンターの万能包丁三本で全素材回収した

 

>防具職人です。爬虫類系の鱗と哺乳類系の毛皮が同時に無傷で回収されました。通常は別々の魔物から採取します。キメラ系の全素材回収が標準化されれば市場への影響が出ます

 

>この配信が続くたびに誰かの仕事が変わっていく

>ホームセンターの包丁で

 

>考えてないからこそ価値がある

 

「全素材回収完了です。キメラ系は個体ごとに構造が違うので毎回確認してから手順を決める必要があります。今回の個体は三種混在でしたが基本的な読み方は変わりません。次回もよろしくお願いします」

 

>基本的な読み方は変わりませんって言った

>この人の「変わりません」が毎回怖い

>ホームセンターの包丁でまた来ます

 

 配信を終了した。

 

 素材の状態は全て良好だった。複合臓器も損傷なく取り出せた。個体情報がなくても開けてみれば分かる。キメラ系は見た目より手順が重要だと思う。

 

 チャンネル登録者数、百六十二万四千九百五十三人。

 




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