【街の解体屋】魔物解体配信、はじめます【初見歓迎】   作:解体新書が泣いている

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【第三回】グロテスクワームの解体手順【絹糸腺の処理あり】

 

 管理業務課のデスクで、早川はまた例のチャンネルを開いていた。

 

 街の解体屋。二回目の配信が上がっている。アシッドスライムの解体。専用道具なし、腐食なし、十体すべて成功。アーカイブの再生数は少しずつ増えていた。登録者数は増えている。

 

「調べてみたんだけど」田辺がデスクの向こうから声をかけてきた。「チャンネル情報、最低限しか登録されてないんだよね。名前も顔も出してないし、配信サイトの規約上こっちからは個人情報にアクセスできない」

 

「支部の特定はできますか」

 

「配信に映ってる作業台と壁の感じからすると、ギルドの施設を使ってる可能性が高い。でもどの支部かまでは絞れてない」

 

 正式な調査として動くには、もう少し根拠が要る。今のところ二人の間で話しているだけで、上には上げていない。登録者数僅かの配信者を本部が動いて調査する、という段取りをどう説明するかが難しかった。

 

「次の配信を見てから考えましょうか」

 

「そうだね」田辺は画面を閉じた。「来週また見よう」

 


 

 最近、妙なものが流行っているらしい。

 

 支部に依頼の報告に来た若い冒険者が、帰り際に「スライムチャレンジって知ってますか」と聞いてきた。知らないと答えると、スマホの画面を見せてくれた。

 

 若い冒険者や学生が浅層ダンジョンのスライムを相手に、道具を使わず素手で核を破壊しようとする動画が大量に並んでいる。成功しているものはない。大半はスライムが崩壊するか、成功する前に諦めるかのどちらかだ。失敗した瞬間のリアクションが面白いのか、再生数の多い動画ほど盛大に崩壊させていた。

 

「うちのパーティの新人が昨日やって、スライム三体崩壊させて帰ってきました。今日もリベンジするって言ってましたよ」

 

 冒険者が去った後、しばらくその動画を眺めた。

 

 成功者がいないのは予想通りだ。基礎なしでいきなりやっても難しいのは当然である。それでも、こうして大勢が挑戦しているのは素直に嬉しかった。なぜ崩壊するのか気になった人間が一人でもいれば、それで十分だ。俺が配信を始めた理由も、突き詰めればそういうことだ。

 

 魔物の解体に興味を持つ人間が増えている、ということだからだ。

 

 たとえ動機がチャレンジ動画の流行であっても、スライムの構造に触れて、核の位置を探して、崩壊させてしまった経験は無駄にならない。なぜ崩壊したのかを考えれば、ゲルの仕組みへの興味に繋がる。興味が繋がれば、解体という仕事への入口になるかもしれない。そこまでいかなくても、魔物素材に対する解像度が上がるだけで十分だ。

 

 スマホを取り出して登録者数を確認した。僅かに増えている。スライムチャレンジの流行と関係があるのかは分からないが、見てくれる人が増えているのはありがたい。コメントで「解体師に興味が出た」という書き込みがちらほら出てきたのも悪くない。

 

 次回の素材は、見た目と素材価値のギャップが大きいものを選ぼうと思っていた。

 

 冒険者や一般の視聴者が「こんな魔物に価値があるのか」と驚くような素材を扱うことで、解体屋という仕事への見方が変わるかもしれない。解体師は単に魔物を捌くだけではない。誰も気づいていない価値を引き出す仕事でもある。そういうことを伝えたかった。

 

 候補はすでに決まっている。仕入れ先にも当たりをつけてある。あとは来週の配信までに素材の状態を確認しておくだけだ。

 

 支部の廊下を中年の職員が通りかかった。書類を抱えたまま「最近スライムの持ち込みが増えてて助かってるよ」と言いながら足早に過ぎていった。俺は「そうですか」と答えた。

 

 スライムチャレンジの影響かもしれないとは、特に思わなかった。

 

 作業台を拭きながら、配信の段取りを頭の中で組み立てた。

 



 

【第三回】グロテスクワームの解体手順【絹糸腺の処理あり】

 

「こんにちは。街の解体屋です。第三回です。今日もよろしくお願いします」

 

>きたー

>今週も来た

>スライムチャレンジの元ネタの人だ

>え、この人がスライムチャレンジの?

>待って、まじで?

 

 スライムチャレンジ。先週も聞いた単語だ。どうやら俺の配信が元ネタらしいという話が出回っているようだが、正直よく分かっていない。俺がやっているのは解体の紹介であってチャレンジ動画ではないので、少し方向性がずれている気もする。ただ、興味を持ってもらえているなら結果としては悪くない。

 

「スライムチャレンジというものが流行っているらしいですね。解体に興味を持ってもらえているなら嬉しいです。今日の素材はスライム系ではありません」

 

>おっスライム以外来た

>何だろ

>スライムチャレンジの話スルーされた

>元ネタ本人がスルーするの草

 

「今日の素材はグロテスクワームです。森林地帯に生息する芋虫型の魔物。ランクはDです」

 

 作業台にグロテスクワームを置いた。全長およそ八十センチ。深緑色の胴体に瘤と棘状の器官が並んでいる。身体の側面には目のような模様が規則的に並んでいて、置いた瞬間にぐにゃりと動いた。

 

>うわあああ

>きもい!!!!

>なにこれなにこれなにこれ

>無理無理無理無理無理無理

>目みたいな模様やめて

>画面越しでもきつすぎる

>え動いてる?動いてる??

>なんでこれ選んだの

>配信事故かと思った

>隣で見てた友達が悲鳴あげた

 

「これは全長八十センチほどの個体です。一メートルを超える個体も存在します」

 

>一メートル!?!?

>知りたくない情報が来た

 

「見た目は確かに人を選びます。討伐報酬も低く、冒険者にも解体屋にも敬遠されがちな魔物です。素材価値もないとされています。知っている人も多いかと思いますが、グロテスクワームは成長するとジャイアントモスになります」

 

>何それ知らない

>あの綺麗な蛾の魔物?

>これがあれになるの??

>グロテスクワームとジャイアントモスが同じ魔物とは思えない

>幼体がこれで成体があのきれいな蛾なの?

>自然ってすごい

 

「ジャイアントモスは蛹の状態で内部を殺傷処理すると、繭から絹糸が採れます。ジャイアントモスの絹糸は高級素材として知られていますが、蛹状態の個体を見つけること自体が非常に難しい。森林地帯を探しても滅多に見つからないため、安定した供給ができていません」

 

>だから希少素材なのか

>蛹って確かに見たことないな

>冒険者やって長いけど蛹状態は一度も見たことないかも

 

「ただ、幼体のグロテスクワームは比較的容易に見つかります。そして体内に絹糸腺があり、正しい手順で解体すると内部の液体が糸状に固形化して、絹糸と同等の素材になります。今日はそれを確認する解体をやります」

 

>え?

>幼体から絹糸が取れるの?

>そんな話聞いたことない

>高級防具の素材があの見た目から取れるの??

>冒険者仲間呼んできた

 

「知られていないのは、通常の討伐方法だと絹糸腺が破壊されてしまうからです。絹糸腺を無傷で摘出できれば、幼体からでも採取できます」

 

 グロテスクワームがまたぐにゃりと動いた。刺激を与えると粘液を吹き出す器官があるので、動きには注意が必要だ。解体用手袋をつけた状態で、棘状の器官を避けながらそっと押さえていく。

 

「まず体表の棘状器官を避けながら固定します。刺激を与えると黄色い粘液を吹き出すので、そこだけ気をつければ、あとは落ち着いて作業できます」

 

>落ち着いてって言えるのすごい

>これ触れるの普通に尊敬する

>粘液吹き出すのも怖いし目の模様も怖いし

>手袋越しとはいえよく触れるな

 

 固定できた。次に体表を縦に切開する。ここで深く入れすぎると内臓を傷つける。皮膚と内臓の間の薄い層を意識しながら、刃を寝かせて滑らせていく。グロテスクワームの内部は、思ったよりも整然としている。絹糸腺は中央部に位置し、周囲を複数の内臓が取り囲んでいる。

 

>内臓が見えてきた

>うわー

>解体って感じがしてきた

>さっきまで悲鳴あげてたのに見入ってる自分がいる

 

「絹糸腺は細長い器官です。長さは一メートルを超え、太さは二センチほど。体内で折り畳まれた状態で収納されています。周囲の内臓を傷つけないよう一つずつ避けながら進みます。絹糸腺自体は非常に繊細で、少しでも傷がつくと液体が流れ出して固形化しなくなります。焦らずやれば難しくないです」

 

>焦らずやれば←

>一メートルを超える器官を傷つけずに取り出すの?

>太さ二センチって結構あるな

>折り畳まれてるのを広げながら取り出すってこと?

>この人の「難しくない」は信用できない

>絶対難しい

 

 内臓を一つずつ丁寧に避けながら、折り畳まれた絹糸腺をゆっくり手繰り寄せていく。粘液が視界を悪くするため、こまめに拭いながら進む。絹糸腺の端に指先が触れた。太さ二センチほどの細長い器官が、体内で幾重にも折り畳まれている。状態は良好だ。周囲との癒着も少ない。これなら綺麗に取れる。

 

 折り畳まれた部分を一つずつ解きながら、傷をつけないよう引き出していく。焦る必要はない。絹糸腺と周辺組織の境界を辿り、少しずつ自由にしていく。

 

 全長が出た。一メートルを少し超えるくらいだ。思ったより状態がいい。

 

 絹糸腺を広げて作業台の端に置く。細長い半透明の器官が、ゆっくりと形を落ち着かせた。

 

「取れました。傷なしです。長さ約百三十五センチ、状態は良好です。このまま少し置いておくと固形化が始まります」

 

>一メートル三十五センチ!?

>それを傷なしで取り出したの?

>あの狭い体内から?

>は??

>あ、変化してる

>ほんとに糸になってる

>きれい

>さっきまで気持ち悪いって言ってたのに見入ってる

>あのグロテスクワームからこれが取れるの?

>なんか感動した

 

「これが絹糸です。品質は上々です。軽量で防刃性能があり、魔法的な加工との親和性も高いので、高級防具や魔法衣の素材として使えます。グロテスクワームの幼体は比較的容易に見つかる魔物なので、この手順が広まれば蛹を探さなくても安定した供給ができるようになります。解体屋の仕事としても面白い分野だと思います」

 

>高級防具の素材なのか

>魔法衣って一着いくらするんだよ

>絹糸ってそんなに高いの?

>防具屋やってる知り合いに見せたら「仕入れたい」って言ってた

>Cランク魔物なしで同品質の絹糸が取れるってこと?

>なんか感動した

>冒険者だけどグロテスクワーム今まで放置してたわ

>これ業界的にすごい話じゃないの

>解体師って面白い仕事なんだな

>この人が一番伝えたかったことってこういうことだよね

 

 最後のコメントを横目で見て、少し思うところがあった。そう、こういうことだ。見た目が悪くて敬遠されている魔物から、誰も知らなかった素材が取れる。そういう発見の積み重ねが、解体という仕事の面白さだと思っている。

 

「今日はグロテスクワーム一体でしたが、手順はアーカイブで繰り返し確認できます。次回もよろしくお願いします」

 

>次回も絶対見る

>グロテスクワーム討伐してみようかな

>解体師って思ってたより奥深い

>チャンネル登録した

 

 配信を終了した。

 

 画面を閉じながら、今日は悪くなかったと思った。絹糸腺が固形化する瞬間をリアルタイムで見てもらえたのが良かった。説明よりも、実際に変化する様子を見せる方が伝わるものがある。

 

 チャンネル登録者数、八千四百六十三人。

 




投稿を始めてから一週目でルーキー、日間、週間、新作でランキング入りを果たせました。

二週目に入る前にルーキー部門の対象外になるのは予想外でしたが(笑)

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