【街の解体屋】魔物解体配信、はじめます【初見歓迎】 作:解体新書が泣いている
管理業務課のデスクで、早川はまた例のチャンネルを開いていた。
【街の解体屋】第三回目の配信が上がっていた。内容はグロテスクワームの解体で絹糸腺の無傷摘出。登録者数は先週より明らかに伸びている。
調査を始めてから三週間が経つ。きっかけは田辺が個人的に気になった配信を見つけ、「これは普通じゃない」と言って共有してきたことだった。最初は半信半疑だったが第二回、第三回と見るうちに、早川自身も同じ結論に至っていた。もう普通じゃないでは済まない。
先週、解体師部門の主任である森本に声をかけた。配信のアーカイブを見てもらうためだ。
森本の反応は、早川が想定していたよりも大きかった。第一回、第二回では「技術力が高い」という反応だったが、第三回のグロテスクワーム回を見終えたとき、しばらく無言になった。
翌日、森本から連絡があった。実際にグロテスクワームを用意して、絹糸腺の摘出を試したという。
「配信の手順を見ながら五回やって、成功したのは一回だった」
畑違いの部署である早川には森本の実力がどの程度のものか分からなかったが、その表情から只事ではないと分かった。
「私は解体師歴二十三年になる。配信の手順は理に適っている。私が考えたやり方より遥かに合理的だと思う。それでも五回に一回しか成功しなかった」
森本は第一回、第二回も見直したという。スライムの核への刺激のかけ方、アシッドスライムの腐食条件の制御。どの手順も論理的に正しい。だが、同じ精度では再現できなかった。
「この人間を本部に呼ぶべきだ」
本人が開発した手順を体系化し、研修に組み込む。それができれば業界全体の技術水準が上がる。絹糸腺の摘出成功率も上がる。配信で実証された手法が現場に普及する。一人の解体師を動かすだけで、業界の底上げができる可能性がある。
「正体を特定してほしい」と森本は言った。「呼びかけるために必要だ」
それが早川に調査が降りてきた経緯だった。
「支部の絞り込みはどこまで進みましたか」
早川が田辺に確認すると、田辺はモニターを向けた。
「背景に映ってる機材の型番で製造年代を絞れた。五年以内に建設または改装された施設に絞られる。ただ、全国に該当する支部が三十以上ある」
「まだ時間がかかりますね」
「もう少し手がかりが増えれば絞れると思う」
田辺は画面を閉じた。
「次の配信を待とう」
早川は自分のデスクに視線を落とした。先週から調べているが、配信者の正体はまだ掴めていない。チャンネル名は街の解体屋。顔出しなし、本名なし。配信サイトの登録情報には最低限のものしか記載されていない。
配信プラットフォームへの情報照会をかけることも検討したが、ギルドの権限では配信サービスの個人情報にアクセスできないという壁があった。ギルドが動けるのはあくまでギルドの管轄内に限られる。外部サービスへの照会には別の手続きが必要で時間がかかる。
現状でできることは、配信映像から読み取れる情報とギルドに登録された解体師のデータを地道に照合していくことだけだった。作業環境・道具の管理方法・使っている素材の種類。一つひとつ絞り込んでいくしかない。
支部に持ち込まれるグロテスクワームが増えていた。
先週から数えて十二体。今まで月に一度あるかないかの頻度だったものが、ここ数日で一気に増えている。理由はよく分からないが、仕事が増えること自体は歓迎だ。グロテスクワームは解体的に面白い素材だし、絹糸腺の状態が良い個体も多く、作業が捗っている。
チャンネル登録者数を確認した。先週からまた増えている。グロテスクワームの配信を見て来てくれた人が多いのかもしれない。コメント欄に「解体屋に興味が出た」「職業として調べてみた」という書き込みが増えているのは、悪くない傾向だと思う。
支部の受付を担当している中年の職員、松田さんが作業台の近くにやってきた。手に伝票を持っている。
「田中くん、ちょっといいかね」
「はい」
「今日の依頼なんだが、ヴェノムスコーピオンが一件入ってる。やってもらえるかね」
伝票を受け取った。体長一メートル二十センチ、討伐から二時間経過、状態良好。Cランクの個体だ。
「わかりました。全部位回収で」
「じゃあお願い」
松田さんはあっさりと頷いた。
「いつも通りよろしく」
いつも通り、という言葉が少し引っかかった。
ヴェノムスコーピオンは解体師が敬遠しがちな魔物だ。死亡後に毒腺を損傷させると即座に毒が全身に回り、素材が全滅する。さらに尾部が硬くて切り離しもできないため、毒腺をつけたまま解体するしかない。大半の解体屋は毒腺の回収を諦めるか、そもそも受付を断る。全部位回収となれば、相当な緊張を強いられる作業のはずだ。
だが松田さんにその様子は一切なかった。伝票を渡す手つきも、「よろしく」の一言も、まるでスライムの解体を頼むときと変わらない態度だった。
思えば、ここの職員はいつもそうだ。難易度の高い魔物が持ち込まれるたびに俺に回ってくるが、誰も特別な顔をしない。「田中くんならできるから」という空気が支部全体に漂っている。それが当然だと思っているのか、俺の仕事ぶりを長く見てきて慣れてしまっているのか。どちらにせよ、こちらとしては淡々とやるだけなので問題はない。
それに難易度の高い魔物の解体を担当すれば手当がつく。支部所属の他の解体師がどの位貰っているか知らないが、俺も同じくらいは貰えているだろう。
松田さんが戻りかけたところで、若い職員の中村さんが受付カウンターから声をかけてきた。最近になって話しかけてくることが増えた気がする。
「田中さん、最近グロテスクワームの持ち込みが増えてますね」
「そうですね」
「なんでだと思いますか」
「さあ。討伐しやすい時期なんじゃないですか」
中村さんは少し間を置いてから「そうですかね」と言って戻っていった。松田さんも特に気にする様子もなく、次の書類に目を落としている。
作業台の上のヴェノムスコーピオンを眺めた。暗褐色の外骨格が鈍い光沢を放っている。
今日の配信はこれをやろうと思っていた。Cランクの魔物は初めて配信で扱う。毒腺の解体手順は、説明しながらやれば伝わるはずだ。解体屋を目指す人間がいれば、参考になるかもしれない。
手順通りにやれば問題ない。
作業台を拭き、配信の準備を始めた。
【第四回】ヴェノムスコーピオンの解体手順【毒腺処理あり】
「こんにちは。街の解体屋です。第四回です。今日もよろしくお願いします」
>きたー
>今週も来た
>グロテスクワーム回から来ました
>じわじわ増えてるな
コメントを確認してみると、グロテスクワームの配信を見て来てくれた人が多いらしい。ありがたい話だが、今日の配信に集中しよう。
「今日はCランクの魔物を扱います。ヴェノムスコーピオンです」
>Cランク来た
>ヴェノムスコーピオン?
>急にランク上がった
>あの毒サソリの?
>冒険者だけどヴェノムスコーピオンは厄介な魔物だぞ
作業台にヴェノムスコーピオンを置いた。体長一メートル二十センチ。暗褐色の外骨格が作業台の照明を受けて鈍い光沢を放っている。ハサミが大きく発達していて、尾部が緩やかな弧を描いている。討伐から二時間経過、頭部が潰れている以外状態は良好だ。
>でかい
>一メートル超えてるじゃん
>その辺に置いておきたくない見た目してる
>実物は迫力が全然違う
「今日は全部位回収でやります。まず甲殻から入ります。継ぎ目に沿って剥がしていきます」
刃を入れる為の継ぎ目を探す。ヴェノムスコーピオンの甲殻は硬い。通常の刃では、継ぎ目を正確に捉えないと弾かれる。継ぎ目の位置を指先で確認してから、刃を寝かせて滑り込ませる。
すっと入った。
そのまま継ぎ目に沿って走らせると、甲殻がきれいに剥がれた。
>あっさり入った
>甲殻硬くないの?
>あの甲殻に剣が弾かれたことあるぞ
>何か特別な道具使ってますか
「支給品ですよ。ギルドの標準支給の解体刃を使ってます」
>支給品で??
>業物じゃないの
>え、あのスピードで支給品?
支給品なので特別なことは何もない。継ぎ目の位置を正確に把握して、適切な角度で刃を入れるだけだ。道具の性能より手順の問題だと思っている。
甲殻を外した後、ハサミの関節部分に刃を入れて切り離す。胴体を開く時は内臓を傷つけないように深さを調整しながら、順番に取り出していく。
>支給品であのスピードは意味わからない
>道具のせいにできないじゃないか
>手順が違うんだろうけど何が違うのか分からない
>内臓を取り出す順番が独特な気がする
>師匠に見せたら何て言うかな
甲殻・ハサミ・内臓の回収が終わった。残るは毒腺だ。
「最後は毒腺の解体をやります」
>毒腺?
>え、毒腺まで回収するの?
>毒腺は癒着が強くて解体が難しく、熟練者でも手を出す人は少ない
>毒腺は廃棄するのが普通では
「毒腺について説明します。ヴェノムスコーピオンは死亡直後から自身の毒への耐性が切れるので、癒着が強く繊細な毒腺を少しでも損傷させると毒が即座に全身に回り、素材が全滅してしまいます。尾部は非常に硬く切り離しができないので、尾部をつけたまま解体する必要があります。麻酔薬・解毒薬・痛み止めの原料になるので、回収できれば価値があります」
>それ全部聞いてリスク高すぎない?
>だから普通は廃棄するんだ
>ギルドの講習でも毒腺は触るなって習った
>隣で見てる先輩解体師も百回に一回成功すればいい方って言ってる
>それをやるんですか?
「やりますよ。手順通りにやれば問題ないです」
>手順通りにやれば←
>その手順が難しいんでしょうが
>固唾を呑んで見守ります
>これ失敗したら素材全滅するんだよな
>怖くて見てられない
>でも見ちゃうんだよなぁ
まず尾部を作業台に固定する。毒腺は尾針の根元から尾部の内側に向かって伸びている。通常の手順では、針の根元から内側に向かって順方向に剥がしていく。しかしその方法では、周囲の組織との境界に負荷がかかりやすい。
俺がやるのは逆だ。
「毒腺は尾針の根元から尾部の内側に向かって伸びています。通常は針の根元から内側へ順方向に剥がしていきます。ただ、この方向だと問題があります。毒腺は根元に近いほど周囲の組織との結合が強い。つまり順方向で進むと、最初に一番結合の強い部分を剥がすことになります。強い結合を最初に剥がそうとすると、それだけ繊細な毒腺に負荷がかかります。逆方向から進めば、結合の弱い部分から順番に剥がせます。最後に根元の強い結合を処理するときには、周囲がすでに開いているので負荷を分散できます」
>そうなの?
>そう言われてみれば理屈が通ってるように聞こえる
>根元が一番結合強いの知らなかった
>そんな発想は二十年以上やってても出てこなかった
>順方向が当たり前だと思ってたから疑いもしなかった
>これ独学で辿り着いたの?
尾部の内側から針の根元に向かって、逆方向に剥がしていく。逆から進むことで境界が自然に開きやすくなり、毒腺への負担が最小化される。
反対の手を尾部に軽く添えた。
「刃を入れる前にもう一つ説明します。解体作業では、刃を動かすたびに微細な振動が発生します。通常の素材なら問題になりませんが、ヴェノムスコーピオンの毒腺のように繊細な器官では話が変わります。振動が毒腺に伝わると、組織に微細なひびが入ります。そのひびが毒腺の損傷につながり、毒が滲み出す原因になります。切れ味のいい刃で慎重に切る事で振動を発生させないようにします。完全にゼロにはできませんが、毒腺に届く前に減衰させることができます」
>振動が原因だったのか
>刃を動かすだけで振動が出るのは確かに
>切れ味のいい刃物を使う理由は納得できるけど、業物が必要にならない?
>手に持ってるの普通の支給品だよね?
>説明を聞けば聞くほど難しさが増していく
>ギルドのどの教本にも載ってない手順だ
「尾部の内側から逆方向に剥がしていきます。手を止めずに慎重に切っていきます」
>理屈はわかった
>わかったけど実際にできるかは別の話だよな
>これを独学で考えついたのか
刃を進める。境界が少しずつ開いていく。手を止めず結合の弱い部分から順番に開いていく。道筋ができていく。焦る必要はない。手順通りに進めれば必ず取れる。
根元の結合に差し掛かった。周囲はすでに開いている。負荷を分散させながら、丁寧に剥がしていく。
境界が完全に開いた。
毒腺が、周囲の組織から完全に切り離された。
「取れました。傷なしです」
毒腺を小皿に移した。細長い半透明の器官が、静かに揺れた。
>取れた
>傷なしで取れた
>説明通りの手順で本当に取れた
>理屈は完全に理解した
>理解したけど絶対できない
>支給品の道具で毒腺無傷ってなに
「このように逆方向から進むと境界が開きやすいです。刃物の扱いは慣れれば自然にできます。この手順が広まれば、毒腺の回収率が上がると思います」
>慣れれば←
>また「慣れれば」が来た
>理屈は完全にわかった、でも慣れたらできるものじゃないと思う
>この人の「慣れれば」は信用できないと何度も学んでいる
>手を止めずに逆方向へ向かって精密作業するのを慣れで片付けるな
>毒腺の回収率が上がると思いますって軽く言ってるけど業界が変わる話では
「以上です。全部位回収完了です。次回もよろしくお願いします」
>全部位回収を当然のようにやってのけた
>次回も絶対見る
>チャンネル登録した
>知り合いの解体師に今すぐ見せたい
>毎回業界をひっくり返してくる配信者
配信を終了した。
今日は毒腺の手順を丁寧に説明しながらできたのが良かったと思う。逆行剥離の理屈を言語化したのは初めてだったが、説明してみると意外とシンプルにまとまった。慣れれば難しくない手順なので、広まってくれれば毒腺の廃棄は減るはずだ。
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