名探偵コナンLegendary Justicez Twilight   作:アサシン・零

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第1話「Duel Harvester」

2026年、3月。

 

広島市安佐北区、高陽町。

 

春の柔らかな日差しが降り注ぐこの町には、地図に載らない「国」が存在していた。

 

高陽自治政府。

 

それは、既存の社会から零れ落ちた孤独な魂たちが、生存という名の旗の下に集った最後の聖域である。そしてその頂点、総督府の奥深くに、一人の男が座していた。

 

総督、梶谷朝陽(かじたに あさひ)。

 

彼は、自らの執務室で古びた歴史書を閉じた。

朝陽には、数学における学習障害があった。複雑な計算や数式は、彼の目には時として意味をなさない記号の羅列に映る。

 

しかし、代わりに彼に与えられたのは、歴史という膨大な「人間の営み」を俯瞰し、本質を見抜く異能だった。

 

「カール大帝、オットー1世……。かつて欧州を統べた者たちも、混迷する時代の中で『秩序』という名の盾を掲げたに過ぎない」

 

朝陽の独白が、静かな部屋に響く。

 

彼は、日本史、中国史、そして※¹フランク王国から神聖ローマ帝国の分裂に至るまでの西洋史を独学で血肉としてきた。

 

政治塾のような既存の枠組みには目もくれず、ただ「孤独な民が生き残るための統治とは何か」を歴史の闇に問い続けた。

 

その答えが、この高陽自治政府である。

 

2020年の計画始動から6年。

 

当初は「障害者連合」という小さな互助組織に過ぎなかったそれは、朝陽の「現実主義」という名の執念によって、精緻な国家機構へと変貌を遂げた。

 

「総督、各部署より定時報告が入っております」

無機質な声と共に、総務部・総務運用室の職員が入室する。

朝陽が構築した組織は、憲兵課が治安を、軍務課が防衛を、経済産業課が自立を担う、完璧な自給自足の歯車だ。民主主義という名の、時として残酷な「決定の遅れ」を排除するため、朝陽はあえて全ての責任を背負い、専制的な指導者となった。

 

「……広島県警の動きは?」

「外事課の分析によれば、依然として敵対的です。正式登録の可能性を逆手に取り、内政干渉の隙を伺っているようです」

朝陽の瞳に、冷徹な火が灯る。

 

彼にとって、この自治政府は権力欲の対象ではない。自らの命を代わりに差し出してでも守り抜くと決めた、壊れやすい宝物なのだ。

 

夜、朝陽は一人、高陽の街並みを見下ろす。

健常者が支配する「外の世界」からは、独裁者、あるいは危険な右派組織のリーダーと蔑まれることもある。だが、彼の下に集まった町民たちは知っていた。

彼がどれほど町を想い、どれほど深く「正義」ではなく「道徳」を選び取ってきたかを。

 

「数学は苦手だが……人一人の命の重さだけは、間違えずに数えてきたつもりだ」

 

彼の手元には、2022年の設立以来、組織を守るために積み上げてきた法務、気象、地理管理に至るまでの膨大なデータが揃っている。

 

2026年。組織の正式登録という大きな転換点を前に、朝陽は言い知れぬ予感に襲われていた。

 

自分の使命は、この現実世界で終わるのか。

それとも、この強固な組織を携えて、さらなる混沌へと導かれるのか。

 

「……行こう。どんな世界が待っていようと、高陽の民を見捨てはしない」

 

歴史を愛し、歴史に学んだ男、梶谷朝陽。

彼が孤独な玉座から立ち上がった時、物語の歯車は「現実」の枠を越え、大きく軋み始めた。

 

2026年3月のある日の翌日。

高陽自治政府総督府、重厚なオーク材の円卓を囲む会議室には、張り詰めた緊張感が漂っていた。窓の外には、一見穏やかな安佐北区の風景が広がっているが、卓上の資料が示す数字は、既存の社会が内側から腐り落ちている現実を冷酷に突きつけていた。

 

総督、梶谷朝陽が静かに口を開く。

 

「では……内務部部長、山村渉。先の内政状況は……?」

 

指名された内務部部長、山村渉は、手元の端末を操作しながら苦渋の表情を浮かべた。

 

「正直言って、状況は芳しくありません。健常者は広島を出る一方で、ここ高陽町への『しわ寄せ』にも拍車がかかっています。上の安佐北区役所がどんな手を使って介入してこようとも……我々は、この独立独歩の姿勢を貫くべきです」

 

「転出超過が9921人……あり得ん」

声を荒らげたのは、総務部部長、清水勇斗だった。資料を叩きつけるように置く。

 

「広島には広島の良さがある。それを捨てて、ただ『流行りだから』と東京や大阪、京都の大学へ流れていく。郷土を捨てる若者たちの気が知れない。正気とは思えませんな」

 

朝陽は深く頷き、その場にいる全員を見渡した。

 

「二人の言う通りだ。友人が行くから、都会だから……そんな浮ついた理由で動く者の努力は、真の意味で無意味だ。自分の足元を固められぬ者に、これからの激動の時代は通用しない可能性がある」

 

その言葉を引き継ぐように、屈強な体躯を持つ鎮護部部長、前田篤志が低く唸るような声を出した。

 

「それどころか、あいつらは何でも国のせいにする。……まあ、国が腐っているのは事実だがな。だが、本質的に悪いのは『ただ逃げて、現実から目を背けたい』だけのバカ野郎どもだ。自分たちで守る気もない場所に、未来などあるはずがない」

 

「安佐北区役所に対しても、これまで幾度となく調整を行ってきましたが……」

 

外務部部長、町田智也が眼鏡のブリッジを押し上げ、冷徹な口調で続けた。

 

「流石に我慢の限界です。行政の末端にすぎない役所が、どれほど偉いというのか。我々の自治権を軽視する彼らには、一度声を大にして叩きつける必要があります」

 

朝陽は歴史の教訓を噛みしめるように呟いた。

 

「こんな時代だからな……。保守派が警鐘を鳴らしても、連中には聞く耳もなければ、歴史から学ぶ姿勢も微塵もない」

 

「バカバカしいですよ」

 

最後に口を開いたのは、教務部部長、佐藤晴之だった。その声には、一切の容赦がない。

 

「我々がそもそもこの組織を立ち上げたのは、誇り高き『高陽町・白木町民』のためであって、安佐北区や広島市のバカどものためではありません」

 

佐藤の冷たい言葉が会議室に響き渡り、全員の意志が一つに固まった。

 

既存の行政、無責任に流動する大衆。それらと決別し、自分たちの手で「高陽」を要塞化する決意。朝陽は、自らが構築した**「6部体制」**の結束を改めて確認した。

 

しかし、この時。

彼らの「現実主義」が、物理的な現実の壁さえも突き破り、未知の世界へと転移する「予兆」が始まっていることに、まだ誰も気づいていなかった。

 

会議室の空気は、さらに重苦しさを増していた。高陽という土地が抱える、具体的かつ切実な問題が次々と浮き彫りになっていく。

 

内務部農林水産課課長、谷川彩花が、沈痛な面持ちで口を開いた。

 

「農業は衰退していく一方です……。高陽町以北、狩留家村の名物である『狩留家なす』も、このままでは継承者がおらず、途絶えてしまう可能性があります。あの美しい白銀の肌を持つ茄子は、高陽を代表するブランド品なのに……」

 

「町内には工場も少ない。元々がニュータウンですから、大規模な誘致は難しいとはいえ、このままでは町内の経済循環は細るばかりです」

 

経済産業課課長、松海秀和が後を追う。

 

教務部長の佐藤晴之が鼻で笑った。

 

「その損失の大きさを、上の安佐北区や広島市は微塵も理解していないようだ」

 

総督、梶谷朝陽は冷徹な眼差しで応じる。

 

「市議会議員が無能だからな。かつて、とある国会議員が市議や県議らと大規模な汚職に手を染めた……。その癒着構造のツケが、今になって地方議員の無能さとして露見しているのは、至極当然の結果と言えるだろう」

 

話題が治安に及ぶと、交通部の廣兼慧悟が朝陽に問いかけた。

 

「それどころか梶谷……広島県警察も、最近は不祥事続きだ。あいつら、本当に大丈夫なのか?」

朝陽は、ふと遠くを見つめるように答える。

 

「……いや。名探偵コナンの目暮警部の言葉を借りるなら、『全国に何万人と真面目に職務をこなしている他の警察官の誇りを傷つけている』。もう吉島町行き……広島刑務所送りだろうな。解雇や厳重処分では、あまりに甘すぎる」

 

「それよりも、警察庁は何をやっているのかと声を大にして言いたい」

 

内務部長の山村渉が苛立ちを隠さずに吐き捨てた。

 

「特に上八丁堀と基町の間……合同庁舎にある警察庁中国四国管区警察局だ。あそこがしっかり監督していないから、地方警察の腐敗が止まらんのだ」

 

「官僚は私服を肥やすために存在しているわけではない。国民に選ばれ、国民の暮らしを第一に考えるべき立場だろうに」

 

朝陽の言葉が終わりきらぬうちに、会議室のドアが勢いよく開かれた。

 

「失礼いたします!!火急の事態です!!」

現れたのは、鎮護部軍務課課長、安作伊織だった。その顔は青ざめ、激しく動揺している。

 

「我々が……高陽自治政府が、テロ組織として報道されています!すぐにテレビを!!」

 

大型モニターに映し出されたのは、センセーショナルなテロップと共に、高陽の境界線に配置された鎮護部の「近衛」たちの姿だった。

 

『速報:安佐北区に武装独立組織を自称する集団。県警はテロ組織と断定か』

 

「マスメディアなど、今どき誰も信用しないと言いたいところだが……」

 

朝陽は、画面に映る歪められた自らの組織を見つめ、静かに、だが恐ろしいほど低い声で続けた。

 

「……この広島では、その『嘘』が通用してしまうからな」

現実主義を貫いてきた彼らが、ついに社会という名の巨大な暴力に、正面から指名手配された瞬間だった。

 

会議室の空気は、安作伊織がもたらした衝撃の余波で一気に氷点下まで下がった。

 

大型モニターの中で繰り返される「テロ組織」という歪められたレッテル。

 

それは、彼らが命を削って積み上げてきた自衛の成果を、一瞬で泥塗るものだった。

 

「芸備線の廃線問題……。それを今回の会議に挙げようと思った途端にこれか。本気で我々を潰しに来たぞ、あのバカタレらが!」

 

交通部の廣兼慧悟が拳を卓に叩きつける。彼にとって、高陽の足を支える鉄路を守る戦いは、町民の生活そのものを守る戦いだった。

 

「それも広島全土の報道ですよ……」

 

軍務課課長の安作伊織が、唇を噛み締めながら続ける。

 

「今はまだ県外にまで大きく伝わっていないのが救いですが、広島県警察の警備部と公安部が、これを大義名分に動かないとも限りません!」

 

「出しているのは……RCC放送局か。広島城のあの場所か……!」

 

総督、梶谷朝陽の低い声が、静かに怒りを帯びる。かつて毛利元就が城を構えたその地のすぐ側で、真実を歪める言葉が吐き出されている皮肉。

 

「クソ野郎すぎる……。だいたい、あの無能な連中が動かして、一体何がしたいんだ!」

 

内務部長の山村渉が吐き捨てるように言った。

朝陽は、揺れる一同を鎮めるように力強く断を下した。

 

「……とにかく、前田たち軍務部は早急に動いてくれ。確かシェルターを、深川村、矢口村、そして亀崎村の三箇所に構築していたはずだ。そこに町民を避難させる。一刻を争うぞ」

 

「総督、了解しました。至急動きます!」

鎮護部長の前田篤志が短く応じ、軍人気質の鋭い足取りで退室した。

 

「……とりあえず、外交の窓口で話が通じればいいのですが。まあ、今の連中には無理でしょうね」

外務部長の町田智也が諦念の混じった表情で告げ、調整のために席を立った。

 

一人、また一人と各部署の長たちが、自らの戦場へと散っていく。

 

やがて静まり返った会議室の隣、総督政務室。朝陽は重厚な椅子に深く身を沈めた。

 

「面倒なことになったな……」

 

デスクに置かれた「高陽自治政府」の紋章を見つめながら、彼は独りごちる。

 

「……早く町民を避難させなければならない。あいつらに、この町の平穏を壊させてたまるか」

 

数学の計算は苦手でも、彼は「守るべき命の数」だけは誰よりも正確に把握していた。窓の外、安佐北区の空は不気味に静まり返り、遠くから微かに、サイレンの音が近づいてくるようだった。

 

数分後、執務室の静寂を切り裂くように安作伊織が飛び込んできた。その報告は、もはや対話の余地が潰えたことを告げていた。

 

「警備部、もう境界を突破しました……!SAT(特殊急襲部隊)を含め、数百人規模です!」

梶谷朝陽は静かに立ち上がった。その瞳には、歴史の荒波を乗り越えてきた統治者特有の、冷徹な覚悟が宿っている。

 

「よし……。向こうの答えが『武力』なら仕方がない。こちらも相応の対応をさせてもらう。対物狙撃銃PMGヘカートⅡ、そしてデザートイーグル(マグナム・ハンドガン)を展開。

 

遠距離から確実に足止めしろ。近接戦闘においては、我々が磨き上げてきたCQC、そして暗殺格闘術GVGの使用を許可する。ソードメイスでも日本刀でも構わん……判断は各幹部に一任する!」

 

「了解しました……。それと、梶谷先輩。死なないでくださいね」

 

安作の悲痛な願いに、朝陽はわずかに口角を上げた。

 

「俺は死なねえよ。生きている限りはな……。町のために尽力してきたつもりだったが、結局、この国の民意は我ら障害者の叫びに答えなかったということだ。ならば、力で示すまでだ」

 

その直後だった。

 

凄まじい爆発音が轟き、自治政府の庁舎が白煙と共に崩れ落ちた。瓦礫が降り注ぐ中、土煙を割って一人の男が姿を現す。

 

全身を朱に染め、抜き身の日本刀を握りしめた梶谷朝陽。その姿は、かつて中世の戦場を駆けた狂王の如き威圧感を放っていた。

 

「冬竜月火(カタストロフィ)!!」

 

朝陽の咆哮が響き渡ると同時に、彼は弾丸のような速度で広島県警の陣列へと突撃した。

 

一閃、また一閃。重厚な防護盾が紙のように切り裂かれる。

 

「総督が応戦しているぞ!我らも続くんだ!」

 

内務部長、山村渉の声が戦場に木霊する。

 

「爆砕拳!!」

 

最前線で前田篤志の拳が唸りを上げた。その一撃は文字通り空気を爆発させ、迫りくる特殊部隊員を一人、また一人と圧倒的な質量でなぎ倒していく。

 

「前田……!貴様とは犬猿の仲だったが、今回ばかりは背中を預けることになりそうだな」

 

返り血を拭いながら山村が隣に並ぶ。前田はフンと鼻で笑い、巨体を揺らした。

 

「今回だけだぞ、山村……!自慢の『疾風拳』はどうした!鈍ったか!」

 

「言われなくても……!疾風拳!!」

 

山村の鋭い突きが風の刃となり、警備隊の隊列を次々と吹き飛ばしていく。

 

孤独に生きてきた彼らが、初めて手にした真の「連帯」。

安佐北区高陽の地は、国家権力と独立組織が激突する地獄の戦場と化した。

 

だが、この絶望的な防衛戦の果てに、時空を歪めるほどの「特異点」が近づいていることを、戦いの中にいる彼らはまだ知らない。




註釈

※¹フランク王国は5世紀後半にゲルマン人の部族、フランク人によって建てられた王国。ヴェルダン条約にて西フランク王国、中央(または中部と訳されることも)フランク王国、東フランク王国に分裂し、フランス王国、神聖ローマ帝国(ドイチュラントまたはアルマーニュ)、イタリアに分裂した西洋史で最も偉大な国として知られている。

人物のモデル

今回、高陽町・現実世界編には名探偵コナンやミステリー小説要素を含んだ人物の名前を持っているが、後述する。
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