名探偵コナンLegendary Justicez Twilight   作:アサシン・零

4 / 7
第3話「Masquerade Phantom Thief」

一方、窓の外でそのやり取りを盗み聞きしていた探偵団の面々は、脱力と混乱の極みにあった。

 

「どうやらコナン君……ただお金が欲しかっただけみたいですね」

 

光彦がガッカリしたように肩を落とす。

 

「つまんねーヤツだな! 探偵の次は金儲けかよ!」

 

元太が毒づく中、歩美は別の意味でショックを受けていた。

 

「それにしても、晶子ちゃんがあんなに可愛いと……私……」

 

だが、誰よりも深刻なダメージを受けていたのは、静かに震える灰原哀だった。

 

その瞳は据わり、唇からは呪詛のような呟きが漏れ続ける。

 

「浮気は許さない……浮気は許さない……浮気は許さない……!!」

 

執念の連呼。かつての組織の天才科学者は、今や一人の「嫉妬に狂う少女」と化していた。

 

応接室で晶子から出された紅茶を啜りながら、コナンは内心で冷徹に計算を弾いていた。

 

(まずは資金の蛇口を確保した。次は……この世界の技術水準を「高陽」のレベルまで引き上げるための人材確保だ。谷家の資本があれば、三菱の技術者を引き抜くことも不可能ではない)

 

「工藤新一」としての日常を送りながら、その裏で巨大な経済帝国を築き、阿笠博士さえも驚愕させるような「武装」を整える。

 

(待っていろ、ジン。お前たちの『暴力』を、私の『資本』と『戦略』で根こそぎ踏み潰してやる)

 

「どうしたの? コナン君」

 

晶子が不思議そうに顔を覗き込む。コナンは不敵な笑みを浮かべ、カップを置いた。

 

「いいえ。……これからの『仕事』が楽しみになっただけですよ」

 

谷邸を後にしたコナンは、軽やかな足取りで米花町2丁目22番地へと向かった。その後ろを、抜き足差し足で追う少年探偵団の姿があることには気づいている。

 

だが、今の彼にとってそれは些末な問題だった。

 

「今日は失礼します!」

 

「コナン君、またねー♪」

 

晶子の見送りを受け、コナンが辿り着いたのは阿笠博士の邸宅だった。門の前で、コナンは感慨深げに独りごちる。

 

「ここが、志保嬢の家か……」

 

その言葉を、生垣の影で聞き耳を立てていた探偵団が逃さなかった。

 

「『志保』って誰なんだ……?」と元太が首をかしげ、「『新一』ってどういうことですか?」と光彦が目を丸くする。歩美も不安げに顔を見合わせた。

 

「な、なんじゃ新一! 急に来て……」

 

玄関から顔を出した阿笠博士に、コナンは不敵な笑みを浮かべて答える。

 

「いや……宮野のヤツが気になってな」

 

「宮野って誰ですか!?」

 

ついに光彦が我慢できずに飛び出した。

 

「ちょっと! あなたたちはもう帰りなさい!」

 

背後から現れた灰原が、鬼気迫る表情で3人を追い散らす。

 

「はーい……」「またね、哀ちゃん」と渋々去っていく3人を見送り、灰原は深くため息をついた。

 

「……私をわざわざ本名で呼んだのは初めてなんだけど。ちょっと、工藤君!」

 

灰原がリビングに踏み込むと、博士が困り顔で地下を指差した。

 

「哀君、新一なら今、君の部屋……地下室におるぞ」

 

「な、なんですって!?」

 

灰原は階段を駆け下りた。「工藤君! 今日という今日は――!」

 

だが、目に飛び込んできた光景に、彼女は言葉を失った。

 

コナンは、机の上に置かれたAPTX4869の試作解毒薬のデータを、チャッカマンの火で静かに燃やし尽くしていたのだ。

 

「し、正気なの……? 唯一の希望を……」

 

「灰原。今日、ずっと後をつけていただろ。しかも、私が浮気をしていたと決めつけて」

 

コナンは振り返り、灰原を真っ直ぐに見据えた。その瞳には、かつての工藤新一にはなかった、他者を圧倒する「総督」の覇気が宿っている。

 

「そんなわけないじゃないか。……私は今日、灰原とトコトン一緒に寝てやる」

 

「あ、いや……何を……」

 

灰原は思わずそっぽを向くが、耳たぶまで真っ赤に染まっているのをコナンは見逃さなかった。

 

「バレバレだっつの。お前、言っとくが顔に出ているからな?」

 

「え……?」

 

灰原は驚いて自分の頬に手を当てた。かつて組織で「シェリー」と呼ばれ、感情を殺して生きてきた彼女が、今、目の前の少年の前ではただの少女として暴かれている。

 

(工藤新一としてのアイデンティティは捨てた。だが、宮野志保……お前だけは、この私の『国』で一生守り抜いてやる)

 

燃え上がる青い炎の中で、コナン……梶谷朝陽は、この世界のヒロインを独占するための、もっとも強引で、もっとも現実的な一歩を踏み出した。

 

地下室の冷ややかな空気の中で、灰原哀は戸惑いの中にいた。目の前の少年——江戸川コナンという器を借りた「何か」が、あまりにも迷いなく自分を支配しようとしている。

 

「え……? 本当に寝るの……?」

 

「決まっているだろ。たまには添い寝させてくれ……」

 

コナンは当然のようにシーツに潜り込んだ。その動作には、工藤新一の青臭さは微塵もなく、愛する者を守護する者の落ち着きがあった。

 

「お前の様子を見にきたんだ。お前、まだ何か色々情報を隠し持っていそうだが……詮索はしねえ。なんせ、工藤新一と

宮野志保は今日、一緒に交通事故で亡くなったからな……」

 

灰原はキョトンとして、言葉を失った。

 

「無理もないよな……。父さんと慎重に検討して話した結果、工藤新一と宮野志保は共に事故で亡くなることになった。わざわざ明美義姉さんの事件と紐づけしたのは、世論を動かすためでもある……。まあ、今は気にしなくてもいい」

 

(宮野明美の事件とリンクさせて、社会的な死を偽装した……?)

 

灰原は戦慄した。この短時間で、彼は工藤優作をも動かし、戸籍という名の概念を書き換えてしまったのだ。それは正義感の強い探偵のやり方ではなく、一国の運命を操作する「統治者」のやり口だった。

 

コナンは、灰原の柔らかな髪にそっと指を通した。

 

「可愛いな……ショートウェーブヘア。俺もビジネスヘアスタイルにしようかな?」

 

「っ……!」

 

灰原の喉が鳴った。強引なくせに、その指先は酷く優しい。

「な……撫でて……!」

 

不意に零れた本音。孤独に耐え続けてきたシェリーが、初めて見せた幼い渇望だった。

 

「はい、はい……」

 

コナンは苦笑し、ゆっくりと彼女の頭を撫で始めた。

 

「じゃあ……明日はお休みのようだから。おやすみ、灰原」

 

コナンが静かに目を閉じると、灰原もその温もりに導かれるように瞼を落とした。

 

「ええ……おやすみ、江戸川君……」

 

暗闇の中、コナンの内心には、現実世界での痛切な記憶が去来していた。

 

(灰原の匂いは……いい香りだな。まるで、私が高校時代に会った時の彼女と同じ香りがする。もしかしたら彼女が生まれ変わって、また不幸な人生を歩んでいたらと思うと……私は精一杯撫でてやりたい。頑張ったね、と。私は無事だったから……。今度こそ、お前の居場所は私が作ってみせる)

 

高陽の地で救えなかった「孤独」を、この米花の地で、彼は資本と策略、そして溢れるほどの愛で埋め尽くそうとしていた。

 

翌朝。阿笠邸の地下室に差し込む細い光の中で、私は一つの「誤算」に直面していた。

 

……灰原哀が、私を離そうとしないのだ。

 

昨夜、工藤新一と宮野志保を社会的に葬り、この世界で「江戸川コナン」として生きる決断を下したこと。それが、彼女の中で毛利蘭という巨大な壁が消滅したことを意味し、堰を切ったように彼女の深層心理を溢れ出させてしまったらしい。

 

「早く! 早く! 今日はお休みなんでしょう!?」

 

ベッドから私を引っ張り出そうとする彼女の声は、かつてのクールなシェリーの面影など微塵もなかった。

 

「そんなに急がなくても……というか、どこに行きたいんだよ」

 

「散歩よ! 決まっているじゃない!」

 

呆れ気味に応じる私を余所に、彼女は鼻歌混じりに支度を整えている。

 

正直に言えば、私はあの冷徹で理知的な灰原が好きだった。だが、今の彼女は驚くほどに「ルンルン」としている。

 

「灰原……今日はどうした?」

 

「なんでもないわ!♪」

 

(……これが、彼女の『素』なのか)

 

気づいた時には、もう遅かった。彼女の本来の性格は、驚くほど甘えん坊なのだ。

 

黒ずくめの組織という歪んだ環境で、ピスコやラム、あるいはベルモットといった怪物たちに囲まれて育つ過程で、彼女の自我は生存のために「矯正」され、冷たい氷の仮面を被らされていたに過ぎない。

 

組織という重圧から解放され、さらに私の「独占宣言」を聞いたことで、その仮面が完膚なきまでに砕け散ったのだろう。

 

朝食の席、阿笠博士が焼いたパンを頬張る灰原の隣で、私の携帯が震えた。谷会長からだ。

 

『江戸川君。来週の月曜日から、自動車部門の全権を……いや、ほとんどを君に任せる準備が整った。君の望む「SUV開発拠点」の用地も、こちらの郊外に確保してある』

 

(よし。経済の歯車が動き出すな……)

 

来週からは、谷グループの若き指揮官として、次世代の覇権を握るための戦いが始まる。

 

だが、その隣では灰原が「ジャム取って!」とフォークを振っている。

 

(高陽での私は孤独だった。だが、この世界では……最強の頭脳を持つ甘えん坊のパートナーを飼い慣らすところから始めなければならんらしい)

 

「江戸川君、聞いてるの?」

 

「ああ、聞いてるよ。散歩だろ。……米花公園まで、エスコートしてやるよ」

 

私は苦笑しながら、ビジネススタイルの髪型を鏡で整えた。新一でもなく、ただのコナンでもない。再建された「高陽」の覇道を歩む男として、私は彼女の手を引いて外へと踏み出した。

 

米花町は、改めて歩いてみると地理的に奇妙な街だった。

住所が9丁目まで広がり、北には4丁目までの北町、西には5丁目までの西丹町が控えている。

 

東京のはずなのに海が近く、港南町は潮の香りがする。

 

(現実世界の東京とは似て非なる、この世界の創造主が描いた独自の歪み……。まあ、深く考えても始まらないな)

 

いつもは黒の組織の影に怯え、屋敷に籠もっていた灰原が散歩を望んだこと。それは彼女にとって、宮野志保という呪縛を捨て、新たな一歩を踏み出すための儀式なのだろう。

 

「あれ……? この雑居ビル、前は喫茶店があったのに……」

灰原が不思議そうに足を止める。私はその横顔を見て静かに答えた。

 

「灰原……時代だよ。俺たちは今、幼児化して1988年生まれの小学1年生だ。だが人一倍長く生きている分、消えていく景色が寧ろ懐かしく感じてしまうな」

 

「あ……そうだったわね」

 

「時代の流れに逆らうことはできない。懐かしいものも、いずれは忘れ去られ、消える。……そんなものだよ」

 

感傷に浸る間もなく、視線の先に黄色い規制線とパトカーの赤色灯が飛び込んできた。

 

「うん……? 高木刑事……?」

 

「コ、コナン君……と哀ちゃん?」

 

高木刑事が、困り果てたような顔でこちらを見た。

 

(どれだけ治安が悪いんだ、この街は……。昨日までとは打って変わって、また死体かよ)

 

内心で悪態をつきながら、私は「総督」としての冷徹な観察眼に切り替えた。

 

「高木刑事……僕は助言に徹するから、殺害現場を特別に見せてくれないかな?」

 

「と、特別だよ? 亡くなったのは川崎由美さん(26歳)。包丁で刺されて……二人には『刺殺』っていうのは言葉が難しいかな?」

 

「大丈夫、意味は分かるから。続けて」

高木刑事は驚きながらも、現場の状況を語り始めた。発見者は彼氏の尾崎雄介(32歳)。寝室での発見。死亡推定時刻は午前5時から7時の間。

 

「正確に言えば、雄介さんが7:02に発見したし、4:53には実母との電話記録があった。だから時間は間違いないと思うんだけどねえ……」

 

私は高木刑事の顔をじっと見つめ、思わず口をついて出た。

 

「高木刑事……ちょっと言うけど、本当に君は東京警視庁刑事部捜査一課強行犯三係の刑事なのかい?」

 

「そうだけど……? それが何か……?」

 

(甘い。甘すぎる。一課の強行犯担当なら、もっと多角的な疑いを持つべきだろう。高陽の憲兵課なら、今の報告だけで三つは矛盾点を指摘しているぞ)

 

「高木刑事……『7:02に発見』したことが、なぜ『その時まで死んでいなかった証明』になるんだい? 凶器の角度、室温、それから電話の声……。君は相手が本人だったと、どうやって確信したんだ?」

 

私の声から、子供特有の「高いトーン」が消えていた。

隣で灰原が、「あら、総督モードね」と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべていた。

 

現場に冷たい沈黙が流れた。高木刑事は口を半開きにし、鑑識員たちは動かしていた手を止めて、目の前の「子供」を凝視している。

 

「と言うと……?」

 

高木刑事の問いに、コナンは死体のそばまで歩み寄り、冷徹な指揮官の目で現場を俯瞰した。

 

「まずは**『数学的』**に見ていく。寝室は約6畳……少し広いな。次に時間だ。高木刑事、君は死亡推定時刻を信じすぎている。死体の劣化速度や、それが本当に『新しい死体』なのか、変数は無数にあるんだ」

 

鑑識の一人が息を呑んだ。小学1年生が口にする「変数」という言葉の重みが、現場の空気を変えていく。

 

「次に包丁だ。刃渡り、刺入の深さ……そして刺された時の角度。これらを計算すれば、犯人の身長や利き腕が割り出せる。……おや?」

 

コナンは背後に、聞き込みを終えた佐藤刑事と目暮警部が立ち、黙って聞いていることに気づいたが、構わず続けた。

 

「次に**『物理学』**の観点だ。包丁を突き立てるのに必要なエネルギー量は、男女の筋力差によって明確に異なる。特に単独犯の場合、抵抗する被害者を一撃で沈めるには、解剖学的な知識か、圧倒的な瞬発力が必要になる」

 

コナンは立ち上がり、血に染まった床を指差した。

 

「さらに**『科学・生活的』**観点。部屋の温度と湿度は正常。水回りに不自然な使用痕がない。素人なら、返り血を恐れて風呂場で処理しようとするか、あるいはパニックで水を流す。だがここは寝室が血の海だ。つまり、犯人は返り血を浴びない『殺し方』を知っている。手慣れたプロの仕業と見て間違いないだろうな」

 

目暮警部が深く帽子を被り直し、コナンの背中を鋭く見つめる。

 

「最後に**『人脈と組織』**の観点。金銭が盗まれているから一見『強盗殺人』に見える。だが、この手際の良さは偽装の可能性が高い。本来なら、捜査三課と一課が合同捜査本部を立てるべき案件だ。……高木刑事、君の言った『彼氏の発見』というシナリオは、あまりに出来すぎているとは思わないか?」

 

コナンの分析が終わった時、現場はまるで大学の講義室のような静寂に包まれていた。

 

隣で灰原が「相変わらず容赦ないわね」と言いたげに、唇の端を吊り上げている。

 

「コ、コナン君……君は一体……」

 

絶句する高木刑事に、コナンはかつての高陽総督としての鋭い視線を向け、一言だけ付け加えた。

 

「私はただ、**『効率的』**に真実を述べているだけだよ。……さて、目暮警部。私の推論、捜査の足しになりますか?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。