名探偵コナンLegendary Justicez Twilight 作:アサシン・零
現場の空気は、もはや「事件捜査」のそれではなくなっていた。
小さな少年の口から放たれた言葉の重圧に、百戦錬磨の刑事たちが気圧され、立ち尽くしている。
「君は……本当に、コ……コナン君なのか……?」
目暮警部が、震える声で問いかけた。
その目は、知っているはずの「協力者の子供」ではなく、得体の知れない「巨大な意志」を見つめている。
「何か、歴戦の猛者のオーラを感じるんですけど……」
佐藤刑事もまた、本能的な恐怖に近い敬意を抱き、一歩身を引いた。高木刑事に至っては、もはや言葉も出ない。
コナンは、血に染まった現場を背に、刑事たちを一人一人見据えた。
その眼光は、かつて高陽の地で憲兵や軍務を統率した、総督・梶谷朝陽のそれだった。
「……そうだね。まず君たちは、東京警視庁という地方最大の警察本部……それも、この巨大都市の治安を司る警察官だ。誇りと使命感を持って、国家と国民に奉仕すること。人権を尊重し、公正かつ親切に職務を執行すること。規律を厳正に保持し、相互の連帯を強めること。人格を磨き、能力を高め、自己の充実に努めること。」
淀みなく紡がれる「警察教訓」。コナンはそこで一度言葉を切り、さらに鋭く声を響かせた。
「これができなければ、警察官ではないと思うな。……ただね、私はここにもう一つ付け加えておくよ。『警察官も公務員であり、社会人である以上、子供の見本となって悪に進撃すべし。それがたとえ、正義を騙る反組織や、巨大な犯罪組織であろうとも』……とな」
捜査一課の刑事たちの背筋に、冷たい戦慄が走った。
目暮警部は、己の帽子を強く握りしめた。
いつも自分たちが市民に説き、若手に叩き込んできた正論。
しかし、それを子供の姿をした「何者か」に、より高い次元の説得力で突きつけられたのだ。
(この少年は……ただの探偵ではない。組織を、人を、そして『法』の運用を極めた者の目だ……)
「……ぐうの音も出ん。全くだ、コナン君。……いや、失礼した」
目暮警部は深く頭を下げた。それは、協力者に対する礼ではなく、一個の「指導者」に対する敬意の表明だった。
「おい、お前たち! ぼうっとするな! 今の言葉を聞いただろう! 鑑識を急がせろ、不審な車両の徹底洗出しだ。一課と三課の合同捜査、すぐに本部に掛け合う!」
「は、はいッ!!」
高木刑事たちが弾かれたように動き出す。
その喧騒を背に、コナンは隣で呆然としていた灰原の肩を叩いた。
「行こうか、灰原。……散歩の続きだ」
「……ええ。貴方、本当にどこかの国の王様にでもなったつもり?」
灰原は呆れながらも、その頼もしい「総督」の腕を、昨日よりも少し強く掴み直した。
現場を離れ、再び歩き出したコナンの足取りは、どこか軍の閲兵を終えた指揮官のように堂々としていた。
「仕方がないよ……。僕たちが活躍するたびに彼らの給料(手柄)が実質的に減って、探偵の取り分になるなんて、本来の組織の在り方じゃない。……正式な警察官たちが、キッパリと公私をつけて、自らの足で正義を完遂すべきなんだ」
コナンの言葉に、灰原は複雑な表情を浮かべる。
「……正論すぎて、ぐうの音も出ないわね。でも、今の貴方の言葉、あの現場にいた刑事たちの魂に火をつけたわよ」
一方、米花町の現場から戻った目暮警部たちは、管理官室の重苦しい空気の中にいた。
「分かった、目暮! 合同捜査本部はあっちの部屋だ!」
当時、捜査一課を束ねていた松本清長管理官が鋭い声を飛ばす。しかし、彼は部下たちの異様な様子に気づき、眉をひそめた。
「……何か、揃って冷や汗をかいているようだが?」
「いやあ……。子供に、正論を言われてしまって……。アハハ、管理官、情けないです……」
目暮が力なく笑う。その目には、敗北感ではなく、何か強大な啓示を受けた後のような「畏怖」が宿っていた。
「ほう……。あの目暮がそこまで恐れるほどの人物か。小田切部長(刑事部長)に報告だな」
松本管理官は、深く何かを考え込むようにして、廊下の闇へと消えていった。
その数時間後のことである。
米花町、そして東京全域を震撼させる大事件が起きた。
警視庁警備部、公安部、そして刑事部。
普段は互いに縄張り争いをする三つの部署が、まるで**「何者かに背中を押された」**かのような異常な連携を見せ、同時多発的な強制捜査を敢行したのだ。
そのターゲットは、これまで警察の捜査網を嘲笑い続けてきた「黒ずくめの組織」の潜伏拠点——その一部であった。
「な、なんだ……警察の動きが速すぎるぞ!?」
「情報が漏れている!? どこからだ!」
闇に紛れていたアジトが次々と爆破・制圧され、組織の末端工作員たちが芋蔓式に拘束されていく。
それは、これまでの「名探偵コナン」の歴史にはあり得なかった、警察組織による圧倒的な**「進撃」**だった。
パトカーのサイレンが遠くで鳴り響く中、コナンは喫茶ポアロの窓際に座り、静かにコーヒー(実際はミルクだが)を口にしていた。
(……ようやく、警察が『警察』としての仕事を始めたか。谷会長に回させた裏の資金と、私が高木刑事たちに植え付けた『規律』……。これらが噛み合えば、闇を暴くのは赤子の手をひねるより容易い)
灰原は、テレビの速報ニュースを見つめ、ガタガタと震えていた。
「……貴方、何を……何をしたの? まさか、警察を裏から操って組織を叩かせたの……?」
コナンは不敵な笑みを浮かべ、彼女の震える手をテーブルの下で優しく握った。
「操ってなどいないさ。ただ、彼らの『能力分析』を行い、適切な『外事情報』を与え、あるべき『法務執行』を促しただけだ……。高陽の総督としては、当然のマネジメントだよ」
組織の崩壊は、まだ始まったばかりだった。
喫茶ポアロの静かな店内に、テレビから流れる臨時ニュースの絶叫が響き渡った。
「速報です!東京都内の複数の雑居ビルおよび地下施設において、警視庁による大規模な同時強制捜査が行われ、武装集団が次々と制圧されています!」
画面には、漆黒の服に身を包んだ男たちが、盾を構えた機動隊によって次々と引きずり出される光景が映し出されていた。
「組織っていうのはね、灰原。外部からの圧力が強まると、内部の綻びが一気に露呈する。かつての広域暴力団がそうだったように、利害が一致しなくなった途端、内輪揉めが始まるんだ……」
コナンの予言通り、組織内部は地獄絵図と化していた。
「おい、ベルモット! お前が情報を流したんじゃないのか!?」
キャンティがライフルを構え、余裕を失った顔で叫ぶ。対するピンガやキュラソーも一触即発の構えだ。
「喧嘩はやめなさい……末端の拠点がいくつか潰れたところで、問題はありません……」
ラムが冷徹に制止しようとしたその時、アジトの隔壁が爆破された。
「突撃!!」
なだれ込んできたのは、これまでの「事なかれ主義」を捨て去った警視庁警備部の精鋭たちだった。
「……おそらく、私が小田切部長に『士気を高める方法』を教えたからだろうな」
コナンはポアロの椅子に深く腰掛け、独り言のように続けた。
その頃、警視庁では信じられない光景が広がっていた。
小田切敏郎刑事部長自らが、捜査員たちのために大量の高級ジュースや差し入れを抱えて現れたのだ。
「みんな、日頃から疲れているだろう。好きなものを飲んで、力を蓄えてくれ」
「部長自ら……!?」「マジで!?」
佐藤刑事や目暮警部、さらには二課の中森警部までもが、上層部からの異例の「労い」に魂を震わせた。
「歴史を見れば分かる。戦の際、上司からの褒美……領地や武器、酒。これらが兵の士気を極限まで高めるんだ。士気が昂ぶった組織が、仲間割れして士気が落ちた組織に負けるはずがない」
「盾、密集構え!!」
小田切部長の指揮のもと、鋼鉄の壁がジンたちの前に立ちふさがる。
キールやバーボンは、この異様な「警察の変貌」を察知し、いち早く撤退を開始。アイリッシュやキュラソーも、もはや抗戦不能と判断して闇へ消えようとした。
「逃がすか……」
ジンたちが隠し通路から逃げ出した先には、網を張っていた刑事部の一団が待ち構えていた。逃げ場を完全に塞がれた黒の組織の幹部たちは、次々と組み伏せられていく。
ニュース画面には、手錠をかけられたウォッカや、苦渋の表情で連行されるジンの姿が(顔にモザイクはあるものの)映し出されていた。
「マジで……!? 本当に捕まえたの……!?」
灰原は持っていたフォークを落とし、震える声で絶叫した。彼女が一生をかけて逃げ回るはずだった悪夢が、たった数日の「総督」の介入によって、物理的に粉砕されたのだ。
「当然の結果だよ。警察が『本気』を出せる環境を整え、組織を『内側』から腐らせれば、彼らなど恐るるに足りない」
コナンは冷めたミルクを飲み干し、窓の外を見つめた。
「さて……次は谷グループの社長として、この国の『経済』を建て直すとしようか。灰原、お祝いにケーキでも追加するかい?」
かつての梶谷朝陽は、この異世界において、一人の少年としてではなく、世界を裏から作り替える「絶対的な執行者」として、その頂点に君臨し始めていた。
警視庁の喧騒とは裏腹に、千代田区にある警察庁。その一角にある警備企画課(通称:ゼロ)の執務室は、もはや戦場跡のような凄惨な光景となっていた。
「たまたま……公安部長の沢村辰也警視長と、黒田兵衛裏理事官がいて助かった……」
降谷零は、懐の警察手帳の重みを確かめながら呟いた。黒の組織という巨大な闇を暴くために潜入していた彼は、組織の壊滅に伴い、ようやく「安室透」の仮面を外し、本来の帰属先へと戻ったのだ。
だが、彼を待っていたのは再会を祝う言葉ではなく、天井まで積み上がった紙の山だった。
「みんな、一体どうしたんだい?」
降谷が部屋に入るなり、同僚の山谷宗兵警部が頭を抱えて叫んだ。
「事後処理を手伝ってくれ、降谷! 最近、公安各課から回ってきた書類が山積みなんだ! クソッタレ!」
「……先週までは、こんなに忙しくなかったはずだろう?」
降谷が困惑気味に周囲を見渡すと、鐘谷広俊巡査部長が力なく応じる。
「ああ。だが……どういうわけか、この数日で国内に潜んでいたスパイが次々と露見しちまってな。特に地方警察が急に『本気』で仕事を始めやがった。その裏付け調査と検挙の書類が、全部ここに回ってきたってわけだ……」
山谷が吐き捨てる。
「クソ……! 今日も徹夜確定だ。令和だっていうのに、昭和の再来かよ!」
「そこまで仕事が溜まっていたのか。……僕も手伝うよ」
降谷がデスクに座り、回ってきた資料の束に目を落とした瞬間、彼は思わず絶句した。
「……はは、日本、スパイ多すぎだろう。ワロタ……」
乾いた笑いが漏れる。書類の総数はざっと4,000枚以上。
産業スパイ、外事関連の潜入員、果ては政治家への協力者まで――。まるで巨大な掃除機で日本中を吸い取ったかのように、これまで「見逃されていた」汚濁が全て浮き彫りになっていた。
(……これほどの情報を、警察組織が独力で、しかもこの短期間に精査・検挙できるはずがない。まるで、あらかじめ『正解』を知っている誰かが、警察という巨大な機構を使いこなして一斉掃射したかのようだ)
降谷零の脳裏に、ポアロで時折見せていた、あの聡明すぎる少年の不敵な笑みがよぎる。
(まさか……コナン君、君が……?)
4,000枚の書類。それを片付けるのは、たとえ「トリプルフェイス」を持つ彼であっても、一晩や二晩で済む話ではなかった。
日本の闇が物理的な紙の束となって、公安の若きエースを圧殺しようとしていた。