L vs ルルーシュ   作:stein0630

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その予感は、三日後に形になった。

 

きっかけは、ごく小さな記録のズレだった。

 

アッシュフォード学園周辺の監視報告。

黒の騎士団港湾作戦当夜の、生徒会関係者の避難導線。

学生寮への帰着時刻。

その中に、たった一人だけ、説明のつきにくい空白がある。

 

ナナリー・ヴィ・ブリタニア――いや、表向きはナナリー・ランペルージ。

 

Lはその名を見た瞬間、指を止めた。

 

「……そうですか」

 

ワタリが視線を上げる。

「見つけましたか」

 

Lはすぐには答えない。

答えると、それが現実になる気がしたからだ。

だが現実は、答えなくても現実だ。

 

「たぶん」

Lは静かに言った。

「彼の名前を持つ急所です」

 

資料には大したことは書かれていない。

火災報知の夜、避難誘導の最中、ナナリーの移送ルートだけが微妙に過剰だった。

護衛の判断としては不自然ではない。

だが不自然ではない程度に、不自然だ。

 

他の生徒は一度校庭へ出たあと、通常誘導へ従っている。

ナナリーだけは、ルルーシュ本人の到着とほぼ同時に、より内側の安全導線へ入っていた。

偶然とも言える。

気遣いとも言える。

だが、Lにとって重要なのはそこではない。

 

ルルーシュが“学園へ戻る理由”として成立する程度に、ナナリーの導線が重い。

つまり、彼女はただの家族ではなく、“帰らざるをえない理由”だ。

 

「確率は?」

ワタリが問う。

 

Lは視線を資料から外さない。

「高いです。かなり」

それから少しだけ言い直す。

「……いえ、急所であること自体はほぼ確実です。

問題は、どの種類の急所かです」

 

「どういう意味ですか」

 

「守りたい対象には二種類あります」

Lは言った。

「失いたくないから守る対象と、失うと自分の構造が崩れるから守る対象。

ルルーシュ・ランペルージにとって、ナナリーはたぶん後者にも近い」

 

ワタリが小さく息をつく。

それはつまり、ただの脅しでは済まない相手ということだ。

 

Lは資料を閉じた。

少しだけ疲れた顔になる。

ユーフェミアの件で一度、彼はルルーシュの“切れないもの”の気配を掴んだ。

そして今、その中心へほぼ辿り着いた。

 

本来なら、ここから包囲は速い。

急所が見えたなら、その周辺に観測線を置き、反応を測り、相手に選ばせる。

それがLのやり方だ。

 

だが、今回は違う。

違わざるをえない。

 

「どうしますか」

 

ワタリの問いに、Lは珍しく長く黙った。

 

「……まだ触りません」

 

「意外ですね」

 

「はい」

Lはあっさり認める。

「でも、ここは間違えると終わります。

ナナリーさんが本当に彼の中心なら、ここを雑に触った瞬間、ルルーシュは日常ごと切るかもしれない。

そうなると、ゼロは今よりずっと読みにくくなる」

 

「つまり、残しておく」

 

「ええ。今は」

 

だが、その答え自体が一つの事実を含んでいた。

Lはもう、ナナリーを“ただの観察対象”としては見られない。

見ることはできる。

だが、使うことには躊躇が出る。

 

その躊躇を、ルルーシュが読む可能性もある。

だから厄介だ。

 

ルルーシュは、その変化を二日後に感じ取った。

 

直接ではない。

いつものように、報告と沈黙の角度からだ。

 

学園周辺の目が減った。

完全には消えていない。

だが種類が変わった。

以前のような、“誰がどこにいるかを拾う観測”ではなく、“そこへ触れないようにしながら外周だけを測る観測”へ変わっている。

 

「……見つけたか」

 

自室でそう呟くと、C.C.がすぐに反応した。

 

「何を」

 

「ナナリーだ」

ルルーシュは窓の外を見たまま言う。

「Lはたぶん、そこまで来た」

 

C.C.は少しだけ目を細める。

「それで?」

 

「妙だ」

ルルーシュの声が低くなる。

「来たなら、もう少し踏み込んでいいはずだ。

だが踏み込まない。

つまり、見つけた上で、まだ使わないと決めている」

 

「優しさか?」

 

「違う」

ルルーシュは即答した。

「Lはそんな人間じゃない。

だが、ユーフェミアの件以降、急所に触れた時の俺の反応を少し気にしている。

そこを刺せば、俺が日常ごと切る可能性があると読んだんだろう」

 

C.C.が笑う。

「つまり、お互い相手の“まだ切りたくないもの”を知ってしまったわけか。

本当に面倒だな」

 

「面倒で済めばいいが」

 

ルルーシュは机上のチェス盤を見る。

以前なら、Lがナナリーへ近づいた時点で、先に盤ごと壊す算段をしていたかもしれない。

学園を捨てる。

ルルーシュ・ランペルージの生活を捨てる。

ゼロとして完全に地下へ沈む。

 

だが今は、それを即断できない自分がいる。

それ自体が弱点だ。

そしてLは、その弱点を見つけたうえで、まだ刺してこない。

 

「嫌な探偵だな」

 

「だから言っただろ」

 

ルルーシュは返答しなかった。

代わりに、別のことを考える。

 

Lがナナリーに触れないなら、その理由は二つ。

一つは本当に、ゼロを読みにくくしたくないから。

もう一つは、ナナリーに触れる前に“ナナリーに触れずともナナリーへ届く線”を固めたいからだ。

 

例えば、スザク。

例えば、学校関係者。

例えば、自分自身の行動記録。

 

「……先に切る」

 

「何を」

 

「スザクとの線だ」

 

C.C.は肩をすくめた。

「遅くないか?」

 

「遅い。

だが、まだ完全には切れていない。

Lがナナリーへ触らずに来るなら、次に使うのは間違いなく“俺に近い人間”だ。

その筆頭がスザクだ」

 

言いながら、ルルーシュ自身、その名前の重さを感じていた。

ユーフェミアの件以降、スザクはもはや単なる友人ではない。

あの夜の因果を知る、最も危険で最も壊れた証人だ。

 

放置すれば、Lに拾われる。

下手に動けば、もっと悪化する。

 

「会う」

ルルーシュは言った。

 

「またか」

 

「今度は、ゼロとしてじゃない。

ルルーシュとしてだ」

 

C.C.は小さく笑った。

「最近、そればっかりだな」

 

「うるさい」

 

スザクは、皇族施設側の訓練区画で一人、模擬戦用の木剣を振っていた。

 

強い。

そして荒い。

 

以前の彼の動きは、強さの中に妙な誠実さがあった。

今はそこへ、削れたものの空洞がある。

正確だが、危うい。

力が前へ出すぎて、止める側の理性が少し遅れる。

 

それを見た瞬間、ルルーシュは悟った。

遅かった。

もうかなり壊れている。

 

「よう」

 

木剣の軌道が止まる。

スザクが振り向く。

その目に最初に浮かんだのは驚きではない。

冷たい認識だった。

 

「……何しに来た」

 

「話だ」

 

「話?」

スザクが笑う。

笑いではない。

音だけがそうだった。

「今さら?」

 

ルルーシュは数歩先で止まる。

近づきすぎれば危険だ。

目の前の男は、今やギアスの対象としても、感情の対象としても重すぎる。

 

「今さらでもだ」

 

「僕は違うと思う」

スザクの声は静かだった。

「今さら、じゃない。

遅すぎるんだよ」

 

訓練区画の空気が重い。

周囲に人払いはされている。

だが完全な密室ではない。

だからこそ余計に、ここで交わされる言葉は“壊れすぎない範囲”でしか出せない。

 

「ユフィの件か」

 

「その名前を軽々しく出すな」

 

即答。

しかも速い。

怒りが表面近くまで来ている証拠だった。

 

ルルーシュは目を逸らさなかった。

逸らせば終わる。

 

「軽々しくはない」

彼は低く言った。

「だから来た」

 

スザクは木剣を床へ放った。

乾いた音が響く。

 

「何を言いに来たんだ。

謝るのか?

違うよな。

お前はそんな人間じゃない」

 

その言葉は刃だった。

だが、ルルーシュにとってもっと痛かったのは、その“そんな人間じゃない”が半分正しいことだ。

 

「謝って済む話じゃない」

ルルーシュは言った。

「だから、説明しに来たわけでもない。

ただ、一つだけ言いに来た」

 

「何」

 

「Lに乗るな」

 

スザクの目が、ほんの僅かに動く。

 

図星だ。

Lはすでに接触している。

あるいは、まだ深くはないにせよ、線はできている。

 

「……何を知ってる」

 

「お前が今、あいつにとって一番使いやすい位置にいることだ」

 

「使う、ね」

スザクは低く繰り返す。

「それは、お前が言える言葉じゃないだろ」

 

ルルーシュは返せない。

返せないまま、続けるしかない。

 

「Lは正しい。

少なくとも、物事を止める方向では正しい。

だが、お前があいつの線に入れば、最後には“正しいから切る”側へ回される。

ユーフェミアの件も、俺の件も、ナナリーの件も」

 

そこで、スザクの表情が変わった。

 

ほんの一瞬。

だが確実に。

ナナリー。

その名前への反応。

 

しまった、とルルーシュは内心で舌打ちする。

出すべきではなかった。

Lがまだそこまで来ていない可能性もあるのに、自分から“そこが線になる”と示したようなものだ。

 

「今、何て言った」

 

スザクの声は低い。

危ない低さだ。

 

「……」

 

「ナナリーが何だって?」

 

沈黙。

その沈黙だけで十分だった。

スザクはもともと愚鈍ではない。

感情が強いだけで、線が繋がれば見える。

 

「そうか」

彼は言った。

「やっぱり、そこなんだ」

 

「違う」

 

「違わない」

スザクは一歩近づく。

「お前は今、“Lにナナリーを使わせるな”と言った。

つまり、Lはまだそこに本格的には触っていない。

でもお前は、いずれ触ると分かってる。

そして、それが一番困る」

 

ルルーシュは動かなかった。

動けば崩れる。

ここで下手に否定すれば、もっと情報を渡す。

 

スザクは彼を見ていた。

かつての友人としてではない。

敵としてでもない。

もっと厄介なものを見る目で。

 

「ねえ、ルルーシュ」

彼は静かに言った。

「お前、今でもナナリーのためだと思ってるの?」

 

その問いは、予想外に深く入った。

 

ルルーシュの表情が、ほんの一瞬だけ遅れる。

その遅れだけで、スザクには十分だった。

 

「やめろ」

ルルーシュは低く言う。

 

「違うのか?」

 

「やめろと言っている」

 

「違うんだろ」

スザクの目が鋭くなる。

「最初はそうだったかもしれない。

でも今は、もう違う。

お前は自分が止まれなくなったから進んでる。

ナナリーは、その理由として一番綺麗だから使ってるだけだ」

 

訓練区画の空気が凍る。

 

そこまで言うのか。

そこまで見えるのか。

いや、違う。

見えているのではない。

スザク自身が壊れかけているから、相手にも“壊れた本音”を投げられるのだ。

 

ルルーシュは口を開きかけ、閉じた。

反論が、ないわけではない。

だがどれも薄い。

ナナリーのためだ。

ブリタニアを壊すためだ。

平和を作るためだ。

どれも事実だ。

そしてどれも、今の問いへの答えにはならない。

 

「……お前は変わったな」

代わりに、彼はそう言った。

 

スザクは笑わない。

「お前が言うな」

 

その返しが、あまりにも正しくて、ルルーシュは少しだけ目を伏せた。

 

もう会話は失敗している。

スザクをLから切るどころか、逆に“ナナリー”という単語を強く意識させた。

最悪だ。

 

だが、その最悪の上でも、一つだけ確認できたことがある。

スザクはまだLの線に完全には入っていない。

入っていたなら、今の問いはもっと冷たく整理されていた。

これはまだ、スザク自身の怒りと直感から出た問いだ。

 

「……Lに全部を渡すな」

ルルーシュは最後に言った。

「お前が今見てるものを、そのまま全部あいつに渡せば、いずれナナリーも巻き込まれる」

 

「脅しか?」

 

「忠告だ」

 

「ふざけるな」

スザクは吐き捨てる。

「巻き込んだのはお前だろうが」

 

その通りだった。

その通りすぎて、何も返せない。

 

ルルーシュは背を向けた。

ここでこれ以上粘れば、もっと失う。

その判断だけは、まだできる。

 

背後で、スザクが言う。

 

「ルルーシュ」

 

足を止めない。

だが聞く。

 

「僕はLに全部は渡さない」

 

ルルーシュの肩が、わずかに揺れる。

 

「でも、お前を止めるためなら、必要なところまでは渡す」

 

その言葉に、ルルーシュは振り返らなかった。

振り返れば、何かが壊れる気がした。

 

訓練区画を出て、雨上がりの冷たい空気へ出た時、彼はようやく息を吐いた。

失敗だ。

明らかに。

だが、完全な失敗でもない。

 

スザクはLの道具にはならない。

少なくとも簡単には。

だが同時に、もう自分の味方でもない。

その中間にいる。

そして中間にいる人間が、一番読みにくい。

 

Lは、その会話の内容までは知らなかった。

 

だが、接触があったことは数時間後には把握していた。

訓練区画の出入り。

人払い。

滞在時間。

そして、その後のスザクの行動。

 

「話しましたね」

 

ワタリが言う。

 

「はい」

Lは資料に目を落としたまま答える。

「しかも、あまり上手くいっていません」

 

「なぜそう思うのです」

 

「枢木スザクの afterwards が不安定だからです」

Lは言った。

「彼は接触後、報告書を二つ破棄しかけて、結局一つだけ提出した。

何かを言うか言わないか、今かなり揺れています」

 

「ルルーシュが何を言ったかは」

 

「完全には不明です。

でも、たぶん“渡すな”の類でしょうね。

そして、渡すなと言うなら、渡されると困る名前か場所がある」

 

ワタリは静かに頷く。

そこまで来れば、答えはもうほとんど見えている。

 

「ナナリー」

 

Lは答えない。

だが、その沈黙がもう十分だった。

 

「どうしますか」

 

その問いに、Lはまた長く黙った。

 

やがて言う。

 

「まだ触りません」

 

「また、ですか」

 

「はい」

Lは資料を閉じる。

「でも、もう時間の問題です。

ルルーシュ自身が、そこを守ろうとして周辺へノイズを出し始めた。

急所は隠されている間より、守られ始めた瞬間の方が見えます」

 

「では次は」

 

Lは窓の外を見る。

雨はもう止んでいた。

雲の隙間から、濡れた街の灯りが滲んでいる。

 

「次は、名前です」

彼は静かに言った。

「誰の名前を出すと、彼が本当に揺れるのか。

もうそこまで来ています」

 

その声は冷たい。

だが同時に、ほんの少しだけ重かった。

 

Lも分かっている。

そこへ踏み込めば、もう純粋な推理戦ではなくなる。

相手の人生の中心へ手を入れることになる。

それでもやる。

やらなければ、止まらない相手だから。

 

その夜、ルルーシュもまた、同じようなことを考えていた。

 

Lは来る。

次はもう、構造でも軍でも港でもない。

名前だ。

ナナリー。

スザク。

ミレイ。

シャーリー。

そういう“ルルーシュ・ランペルージ”に紐づいたものへ、探偵の手が伸びる。

 

そして、その瞬間から勝負はもっと露骨になる。

 

ゼロが世界をどう動かすかではない。

ルルーシュが、何を失えば本当に崩れるか。

 

窓の外の濡れた夜景を見ながら、彼は静かに思った。

 

――次に先手を取るのは、こちらだ。

 

その決意は冷たい。

だが、その冷たさの底に、まだ名残のような熱が残っている。

 

ユーフェミア。

スザク。

ナナリー。

失ったものと、まだ失っていないもの。

 

Lはそこを読む。

なら、自分もまた、Lの“まだ切っていないもの”を見つけなければならない。

 

探偵は冷たい。

だが完全な機械ではない。

その証拠を、自分はもう何度か見ている。

 

次はそこだ。

 

そうして夜は更けていく。

都市は濡れ、

包囲網は狭まり、

二人は互いの人生の中心へ、

ついに手を伸ばし始めていた。

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